Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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指で手繰った感覚が、褪せる日和を明かします。
舞って舞って馴染ませて、気付けば過去から通ォせんぼ。
鎧いませ、今日で私らおともだち。


35 木漏れ日と篝火

 

 

「あーっ、そこそこ……もうちょっと強くていいよ」

 

「千冬姉も親指が良いとか言ってたけど、やっぱり生徒会って疲れるんですか?」

 

 火曜日の午前。

 東京都は奥多摩の更に先を目指して揺れるミニバンの後部座席では、隣からぬっと伸びてきた手を丁寧に揉み解す一夏の姿があった。

 その手の主──楯無は、与えられる甘美な刺激を受けて不定期に身を捩らせている。実に目の毒だ。ついでに小さく聞こえてくる嬌声も相まって、一夏はそこから意識を逸らすのに必死だった。

 

(心頭滅却すれば火もまた涼し、とはいうけど……これ言った人は同じ状況を味わって欲しいね。ムリだろ! こんなの! 

 ねえ運転手さんも止めてくんねえかな……俺セクハラで訴えられたらアウトだよ? 社会的に命握られてるよ!?)

 

 このいかがわしい状況をどうにかしてくれとルームミラー越しに助けを求める一夏の視線は、ドライバーの女性が目を逸らしたことで絶望的な結果に終わった。

 

 

 

 

 ことの発端は、昨日の出来事である。

 クラス対抗戦の前に放課後の第5アリーナで行われていたサラによる操縦訓練は、鈴音とショウ、更にオブザーバーとして楯無を加えた大所帯での再開となった。

 但し、自分で訓練がしたいとセシリアは参加を辞退している。

 

 ISの歴史におけるビッグネームの関係者の訓練をイギリスが占有するのはいかがなものか、という学外からのツッコミを、同級生である楯無がサラにそれとなく伝えた結果がこれである。

 ……要するに、色々な国の人を巻き込めば良いんでしょう?

 

 イギリス、中国、日本、そして自由国籍ながらロシア代表と国際色豊かな面子で行われるこの企画は、タダで代表候補の練習が拝めると他の生徒たちも観戦に来ていたほどに耳目を集めていた。

 

 もとより一夏と箒を鍛えるための練習会だったが、方やバイド戦という嬉しくない実戦経験のお陰で基本的な動きを身に着けてしまった男と、一方で戦いからは離れていた女。どちらかに偏重すればそれだけ成長に歪みを生みかねない。

 そんな状態で進め方に困ったサラと楯無は、一旦全員の実力を見ておこうと総当たりでの模擬戦をすることにした。

 

 時間がないのでクォーター式のセミコンタクトルール*1で行われた連戦は、「いい機会だからアンタと()ってみたかったんだよね」と手を上げた鈴音とショウの組み合わせで始まった。

 

 試合運びは極めて一方的だった。

 鈴音の攻撃の一切を見透かしたように避けるショウが、背後に回り込んでレーザーブレードを押し当てるだけ。振り向いても張り付き続けてシールドエネルギーだけを削ると、決着には30秒もかからない。

 威力を大きく制限しているとはいえ、衝撃波動砲が追加されて回避不能の弾速を得たはずの甲龍でさえ、ガルーダを捉えるには至らなかったのである。

 

「ねえ、ショウ。アンタ……なんで一撃も当たらないワケ?」

 

「いや、見たらわかるし……」

 

「だから何を見てるってのよ……まあ、あの会長に勝ちかけたんだから強いのは理解するけどさぁ」

 

 不機嫌な鈴音をよそに、続く第二戦はサラと一夏の戦いになった。

 

「見せてもらいましょうか一夏くん。この短期間でどこまで進めたか」

 

「みんなが見てる前なんだ、期待には応えますよサラ先輩……!」

 

 千冬のアドバイス通り相手をよく観察して、サラの忠告通り瞬時加速(イグニッション・ブースト)は乱用しない。

 一夏は鈴音との試合やバイドの迎撃を通して朧げながら浮かび上がっていた自分の戦闘スタイルに従って、粗削りながら堅実な戦いを心がけた。

 

 一方でサラの射撃と機動は正確で、他の専用機持ちや観客席の生徒たちは息を呑む。

 特別なイメージ・インターフェースにも、新しい第3世代技術にも頼らない。純粋に基本と自分の技量を積み重ねて織り上げたそれは、真っ白いシルクの1枚布のようだった。

 

 短い時間でも両者の経験の差は如実に現れる。サラのラファール・リヴァイヴよりも機動力で優る白式に、ジワジワと被弾が重なっていく。

 だが一夏も単に逃げに徹していたわけではない。気を伺い、観察を重ねて、自分とサラの動軸が重なる瞬間が──来た。

 

(ここッ!)

 

 使えるものは刀一本。単一仕様能力に使えるシールドエネルギーは普段よりも少ない。だがそれでもやることは変わらない。

 狙うは瞬時加速(イグニッション・ブースト)による肉薄と一撃決着。突っ込んで、ぶった切る。

 

 問題はそこで起きた。

 スラスターにいつも通り命令を送って、直後に一夏が感じたのは全身を貫く慣性ではなく、ぼんッ、という強い振動と、ぐちゃぐちゃに乱回転する世界。

 けたたましいアラート音が耳に痛い。

 

「一夏っ!?」

 

 制御を失った白式の前に、箒と鈴音が飛び込んで、半ば正面衝突する形で受け止める。

 一手遅れて、ショウが飛ばしたレッド・ポッド2基がそれぞれの砲身を装甲の隙間に差し込んで支えた。

 

「うぇぇ……!? 一体どうしちまったんだよ白式……」

 

 一夏が恐る恐る見回すと、スラスターが黒い煙を立ち昇らせて機能停止していた。機体保護プロトコルが作動した白式は、今やPIC以外に移動手段を失っている。

 

 緩やかながら自己修復能力を持つISだが、ここまでハッキリ故障するとそれにも頼れそうに無いというのは素人目にも分かることだった。どうやら、ゲインズとの戦いで損傷が蓄積していたらしい。

 

 ひたり、と消火のために白式のスラスターにアクア・ナノマシンを纏わりつかせながら飛び上がってきた楯無は、「反則」と書かれた扇子を開きつつ呆れ混じりのジト目で一言。

 

「……ねえ織斑くん、この前の戦いからそのISってきちんと整備した?」

 

「いや、実はあんまり……訓練のことしか頭になかったです……」

 

 目を覆いながら溜め息を漏らす楯無の横で、戦うことしか教えてなかった私の落ち度ね、とサラも天を仰いだ。

 

「このたわけめ……せっかく専用機を与えられておいて管理がなってないではないか」

 

「とりあえず織斑くんの負けね。先生に話を通しておくから、今は修理が最優先よ」

 

「え、じゃあ整備課の人たちに預けるんですか?」

 

 困惑から帰ってこれない一夏が漏らした一言に、その脇を抱える鈴音がデコピンを食らわせる。ついでに箒からも肘鉄が差し込まれた。

 

「痛──くはないけど、何すんだよ2人共?!」

 

「こンのバカ一夏っ……! 一点物の専用機のパーツが都合よく学園に置いてあるワケないでしょ。メーカー送りよ、確定ね」

 

「そうだぞイチカ、テストパイロットってのは機体壊すと面倒なんだよ。乗って壊してナンボな部分もあるけど、それ以前に整備不良は始末書案件だぞお前」

 

「うぇぇ……」

 

 そこからあれよあれよと言う間に話が進み、翌日に白式の開発元──倉持技研への出向が決定した。

 千冬によると公欠扱いだから安心しろとのことだが、今ひとつ釈然としない一夏だった。

 

 

 

 

 閑話休題。

 世に2人しかいない特異体質の片割れが学園の外に出るということで、当然その護衛も必要になる。だが、今回は決定が突然過ぎたために、楯無と更識に属するドライバーを合わせた3人による弾丸ツアーが行われている。出発は朝6時と早かった。

 

 この少人数の理由は、単に準備の時間がなかったことの他に、先の地震で動かせる人員が減っていることも影響していた。事前に計画していたショウの出張と違い、今回は突発的なイレギュラーだらけ。今なら逆に一夏を狙う勢力も出遅れるだろうとの予測である。

 

 そうして車に揺られて数十分。急に仕事が生えてきてこっちも大変なんだからね、と後部座席で護衛対象に無茶振りを仕掛ける楯無の餌食になっていたのが、冒頭の一夏の惨状であった。

 

 確かに今日のことは自分の落ち度だ。素直な一夏は断れない。

 え、じゃあ肩でも揉みましょうか……なんて何も考えず言ってしまったのが運の尽き。不定期に帰って来る千冬を満足させるべく幼少期の内から研ぎ澄まされたテクニックは楯無の疲労を的確に解きほぐしていく。

 

 結果、もっとやって、とお代わり要求。

 肩甲骨周りに首筋、二の腕、手先と進めていく。確かに大変な身分なのだろう、柔らかく細いようでその実筋肉が付いた彼女の身体には、以前千冬にやったときとと同じように疲労の感触があった。だが、揉む度に楯無が嬌声を上げるのがよろしくない。

 広いとは言えない乗用車の後部座席のお隣、しかもマッサージのためにその距離が縮まった今、目の前の景色は一夏の煩悩を煽る要素だらけである。具体的には肉付きのいい太腿とか意外とデカい胸の二物とか諸々。

 おお、何たる暴虐か。健全な青少年を誘惑する第六天魔王がここにいる。

 

 

 

 

 多分来世には悟りが開けそうな苦行がどれほど続いただろうか。辺りはだいぶ前から山がちな景色が続いていて、今やどこの窓からも鬱蒼と生い茂る木々が見える。

 やがて車が目的地に付くと、じゃあ私ここで待ってるから、と楯無は一夏を送り出した。

 

「……先輩は付いてこなくて良いんですか?」

 

「突然すぎて私が入っていい状態じゃないんだってさ。ほら、企業秘密とか」

 

「なんか、すみません……」

 

「そう思うなら早く白式を直してらっしゃいな」

 

 ペコリと頭を下げて、倉持技研の本棟がある森の中へ去っていく一夏を眺める楯無に、ドライバーの女性が呆れ顔で口を開いた。

 

「……随分お愉しみでしたね、お嬢様」

 

「イジメ甲斐があって可愛いでしょ? 彼」

 

「それは、まあ……」

 

「帰りにあなたもやってもらったら? 多分そのうち金取れるよ、あの腕」

 

「え、遠慮……しておきます」

 

「わ、すっごい迷ってる」

 

 顔も良ければ家柄も良い好青年にマッサージしてもらう……という想像に、露骨に後ろ髪を引かれるドライバーをきゃっきゃと笑いつつ、楯無は座席の背もたれを倒した。

 

「──沢村ショウの背後調査、どこまで進んでる? 5年前の事件とか」

 

「芳しくはありませんね。単に消したり隠したりするのではなく、デタラメな情報が細かく織り込まれているみたいで……何者かの関与は間違いないと思います。今は改ざんされにくい紙資料を漁らせているところですね」

 

「すぐに片付かない厄介事が多いわね、全く……」

 

 


 

 

 数分歩いたら見えてきた白い建物の受付で待機状態の白式を見せると、すぐに整備するからその辺でも歩いていてくれと一夏はそれを預かられてしまった。

 すっ飛んできた男性職員が呆れ顔で言うには、所長がどこかにいるらしいので探してきてくれ、とのこと。

 

(やっぱ急に来ちゃったせいか慌ただしいなあ……)

 

 代わりに渡された「ヒカルノセンサー」なるガジェットを玩びつつ、一夏は再び森の中を歩くことになる。初夏が顔を出した日中の森は湿っていて、しかし木陰は涼しい。

 そういえば昔は鈴や箒と山で遊んだっけなあ、と妙に懐かしさを覚えるアウトドア少年は、センサーが名前の通りに強く光る方向を目指して足を進めていく。

 

 果たして、一夏が導かれたのは歩いて10分ほどのところにある川だった。心の洗われるような水の音と、湿り気と涼しさを纏ったそよ風が一夏の感覚を撫でる。

 

「おー、こうなるとまさに山って感じだな。めっちゃインザ・マウンテン」

 

 ザクザクと河原を歩いて水面を覗き込んでみる。日差しに煌めく川は、まるで宝石を液体にしたかのように透き通っていて、種類は分からないが川魚が泳いでいるところまでハッキリ見えた。

 手を入れてみれば、想像通りの気持ちよさが腕を突き抜ける。日差しの熱と水の感触に優るものは、今ここには無いだろう。

 

 そんなときである。水中の一夏の手を、何かがくすぐった。

 水の流れの感触かなあ、と呑気に思うも束の間、手首から引き込まれる。

 

「──お、おわあァァァっ!?

 

 突然の怪現象に悲鳴を上げつつ、引きずり込まれないように抗うと、ざばあっ、と水飛沫を上げて下手人の姿が明らかになる。一夏の制服はびしょ濡れだ。

 

 遮光仕様の水中眼鏡を付けた、深い緑色の髪の女性。ニッと不敵に犬歯を覗かせるその装いは旧式のスクール水着……ではなくISスーツだった。

 大きい二物で引き伸ばされた胸元に「かがりび」と白地の名前タグが縫い付けられている。腰には籠のような物を着けていて、反対の手には銛が握られている。今まさに素潜り漁してました、というような格好だ。

 

「な、何なんですかあなたは……っ!?」

 

「なにって、見ての通りだよ」

 

 謎の女性は胸元の名前タグにスッと人差し指を向ける。大きく「かがりび」と書かれた隅っこに、小さく「ひかるの」と書かれているのが見えた。

 

(えっ、じゃあヒカルノセンサーって()()()()()()じゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()なのか!?)

 

 実にしょうもないネーミングが明らかになったところで、水中眼鏡を額の位置までずりあげたヒカルノは一夏の手からセンサーを引ったくる。

 

「おお、ちゃんと動いたらしいねこのセンサー。遠隔でも無線で私を探せるから、サボっても逃さないぞって触れ込みらしいんだが、いやあウチの技術者は優秀だね」

 

 まっ技適通ってないんだけどね、と意味は分からないが良くなさそうなことを口走るヒカルノは、銛と籠を河原において、一夏の方に向き直る。

 

「──改めまして、ここ倉持技研第2研究所の所長をしている篝火(カガリビ)ヒカルノだ。キミが織斑一夏くんかな、少年?」

 

「え、あ、どうも、IS学園から来ました。織斑一夏です……?」

 

「わお、疑問形」

 

「色々あって、ちょっと自信が持てなくて」

 

「思う我さえ疑う──実は哲学もイケる口ってわけだ、面白いね。

 とにかく話は聞いてるよ、白式のフルメンテナンスは先んじて始めさせてる。キミが立ち会わなきゃいけない肝心の最終調整までは時間があるし、まあゆっくり行こうよ」

 

 ヒカルノが籠を開けると、中で数匹の川魚がビチビチと跳ねている。銛を持っている割に傷一つ無い辺り、もしかして実は手掴みで獲ったんじゃなかろうかと一夏は目を細めた。

 

「時に、キミのお姉さんは元気かい?」

 

「え? ええ、まあ……毎日忙しそうにしてますけど」

 

「実は彼女とは高校時代の同級生でね、長らく顔も合わせてないから気になってたんだが、元気そうなら良かった」

 

「じゃあ、束さんとも友達なんですか……?」

 

「友達? いやいや、そういうのはあの2人の関係のことを言うんであって、私なんかはその足元にも及ばない、世に言うところの()()()()()ってやつさ。そもそも千冬が私の顔を覚えてるかどうかも疑問だけどね。束なんてそもそも存在すら覚えてないんじゃないかな?」

 

「ああ、そしたら学年一緒だけどクラス違うから顔しか知らないとか、そういう感じですか。卒業アルバム見ても分からない人ってやっぱりいますよね」

 

「…………キミ、思ったことをすぐ言ってしまうのは美徳じゃないよ」

 

「──友達じゃないって言ったのあなたでしょ!?」

 

 まあそんなことはさておき、とヒカルノは籠から取り出した魚に、これまたどこからか取り出したナイフで切れ込みを入れて内臓を取り出した。鮮やかな手付きだ、今まで何度もこうして魚を穫ってきたのだろう。

 

「……もしかして、この場で焼こうとしてます?」

 

「ゆっくり行こうって言っただろ? 何でも獲れたてがウマイんだよ」

 

 釈然としない一夏は、それとなく大きい石と枯れ枝を集めて簡易的なかまどを作る。火口に松ぼっくりも拾ってきた。

 実は経験豊富かい? と興味ありげに一夏を見るヒカルノは、いつの間にか串を通していた魚をそこに立てて、やっぱりどこからか取り出した謎のガジェットで火を点けた。

 

ぼーんふぁいありっと! やはり火は文明の力だね。ああそうだ、上着、脱ぎなよ。ついでに乾かしてしまうといい」

 

 元はと言えばあなたのせいじゃ……という本音をゴクリと呑み込んで、一夏は濡れた制服を広げて火に向ける。火の暖かみは日光とは別物、というのを久々に思い出した。

 

 魚が焼けるまで、火の弾ける音と川の流れの多重奏に耳を傾けていると、突然ヒカルノが一夏の胸を突っついてきた。乳首にヒットした気がする。

 

「──ひぅおッ!?」

 

「ぷっくく……リアクションの才能あるよキミ。それで、白式はどうだい? 一応開発元としては聞いておきたいんだけど」

 

「今のボディタッチの意味あります……?」

 

「ナイヨ~、この世には意味を求めても仕方ないものが沢山あるものさ少年」

 

「マジで何なのこの人……いやまあ、ISの経験少ないんで何ともですけど、良い機体ですよ。千冬姉と同じ戦い方ができるし、乗ってるだけであの人に少しだけ近付けるような感じがあるんです。……ちょっと考えることは多いのと、千冬姉と同じ性質な分、比べられがちなのが苦しいところですけど」

 

「つまりキミはお姉さんの後を追いたいと考えてるワケだ」

 

「女手一つで俺を育ててくれた人ですし、同じことができるとは全く考えてなかったけど、憧れてたんです。そしたら……IS使えるようになっちゃって。狙えるなら、千冬姉の背中を目指してみても良いのかなって」

 

 麗しい姉弟愛だなあ~! とわざとらしく言ってのけるヒカルノに、一夏はムッとした表情で続ける。

 

「俺だって、千冬姉の真似だけしてるつもりは無いですよ。学園には俺より強い人が何人もいるし、まずはそこで勝ち上がれないと話になりませんし」

 

「ああ、ごめんごめん。からかう気は無かったんだ。意欲のある有望な若者を見ると興奮しちゃうタチでね──お、そろそろ焼き上がりだね。食べ終わったら出発といこう」

 

 そう言ってヒカルノは焼き魚の串を一夏に渡す。そのまま早速齧り付いてみると、これが実に美味い。淡水魚で塩気の欠片もないが、こんがり焼けた表面と内側に閉じ込められた脂と水分のバランスが絶妙で、溢れ出す旨味だけで幸せになってしまう。なるほど、これが獲れたてかと納得させられた。

 ……納得した後で、一つ考えが浮かぶ。

 

「あの、ヒカルノさん」

 

「ん? ふぁんふぁい(なんだい)?」

 

「この魚ってなんて種類でしたっけ? よくよく考えたら食中毒のリスクとか何も……」

 

「んん……んぐっ、種類なんて知らないよ。しっかり火は通したし、仮に(アタ)ったら2人仲良く共倒れというわけだね。いやあ、運命共同体ってのは興奮するねえ!」

 

マジで何なのこの人……!

 

 

 

 

 時刻は11時半を過ぎた頃。

 破損部はパーツ交換で早く済ませたというヒカルノに連れられて、一夏は白式の最終調整に向かっていた。

 ISが運べるように幅広いリノリウム敷きの廊下を進み、整備等と呼ばれた建物の最奥──中央に専用の架台が一つだけある特殊な整備室で、その()()は待ち構えるように佇んでいた。

 

 部屋の中は壁も天井も真っ白い塗料とLEDの輝きで塗り潰されている中で、それは保護色による擬態にも似た獰猛さを内に秘めていた。どこか、静かに燃える一夏の闘志とリンクしているようにも感じられる。

 ただの動かない機械……そうとは思わせない何かが部屋の中心から漂っているのだ

 

「それじゃあ最終調整といこうか、見た目こそ同じだけど、パーツ変えちゃったからこれしないと暴走するかも知れないんだよね」

 

「え゛っ、そんな怖いことあるんですか……」

 

「暴走って言ってもアレだよ、車で言ったらハンドルの角度と曲がり具合がかけ離れたりするやつ。前のつもりで動かそうとするととんでもないことになるかもね」

 

 よく分かんないけど、お願いします……と恐る恐る一夏は白式に乗り込む。思えば量子化から直接纏ってばかりだった白式に直接乗り込んだのはこれで2度目だ。仄かに湧き上がる懐かしさと共に、白式の装甲がガチガチとパイロットの姿に合わせて変形して、繋がっていく。

 

「スラスターの動作テストは終わってるから、後はそれとキミの操作をすり合わせる作業だね。そっちの視界に仮の空間を見せるから、ターゲット目掛けて飛ぶように動かしてみて」

 

「これってシミュレータですか? なんかショウみたいでワクワクするなあ……」

 

 隣接する操作室からスピーカー越しに聞こえてくるヒカルノの声に合わせて、一夏の視界には果てのない青空がオーバーレイ表示される。所々に雲がある以外は上も下も空しか無い、ちょっと奇妙な感じ。見回そうと首を動かせば、赤色の輪が遠くに浮かんでいる。アレがターゲットらしい。

 

「ん? ショウって沢村ショウのことだよね、彼もシミュレータを使うのかい?」

 

「はい。なんて言ったっけ……名前忘れましたけど、専用機にシミュレータが内蔵されてるからっていつもそれやってるんですよ。噂じゃ丸半日乗ったままって言うんですけど……真似できる気しないっすね」

 

 初めはぎこちなかったスラスターの振る舞いが少しずつ滑らかになっていくのを感じつつ、一夏はサーカスのライオンよろしくターゲットの輪を潜っていく。言葉を交わす余裕さえあったので学園の思い出を語るが、それを聞くヒカルノの雰囲気はほんの少し険しい感じがした。

 

「記録じゃキミは沢村ショウに勝ってるようだけど、そのシミュレータはそんなに良いものなのかい?」

 

「勝ったって言ってもマグレですよあんなの。いつか再戦の約束してるんですけど、ショウは今の俺じゃ勝てないくらい強いです。ホントに」

 

「機体性能のおかげ……いや、当時はワルキュリアだったか。とすると本人が──」

 

 仮初の空を飛び回る一夏をよそに、何やら考え込むようにヒカルノはブツブツつぶやき始めた。どうせならマイクを切れば良いものを、一夏にとっては気になって仕方がない。

 

「あの……何か変なことありました?」

 

「ああいや、気にしないでくれ。ただまあ、白状するとあんまり嬉しい話でも無くてね」

 

「え? それはどうして……」

 

「──沢村ショウの所属はどこだっけ?」

 

「グランゼーラって会社ですよね」

 

「じゃあ、そこは何を作ってる企業だっけ?」

 

「医療機器作ってるって言ってたけど、一番売れてるのはISだから──ああ、倉持技研の競合他社(ライバル)

 

「そーゆーことさ」

 

「あれ、じゃあショウと仲良くしてるのって実は立場的に良くない……? 白式のこととかアドバイス貰うんですけど」

 

「キミが弱冠15歳にしてここの企業秘密を知り尽くしてるようならその通りだね。……運動会の紅組白組みたいなものさ、子供は気にしないでよろしい」

 

 データが揃ったのか、白式のシミュレータを終了させたヒカルノは、そのまま世間話でもしながら待っててくれと呟く。

 

「時に、グランゼーラがこの前新しいフレームを発表したのは知ってるかい? ゴールデン・ウィークの話なんだけど」

 

「一応……なんか噂になってたんで。OF-3ですよね、名前がガルーダじゃないのは意外ですけど」

 

「じゃあ、それが何世代の機体かって分かる?」

 

「え? 第3世代じゃないんですか? セシリア──じゃなくてイギリスの専用機も似たような装備持ってるし……」

 

 そうして一番の頭に浮かぶのは、ガルーダのレッド・ポッドとブルー・ティアーズのビット。イメージ・インターフェースの応用で支援兵装を思考で操作するのは第3世代技術の特徴だと、授業で真耶が言っていた。何ならパイロットのセシリア自身も自慢げに語っていたか。

 

「だと思うだろう? 彼らが言うには第2世代なんだよアレ」

 

「えっ、そうなんですか」

 

「第3世代の開発が最盛期の今になって新しい第2世代機だ、明らかに時期を逃してるとしか思えない。……まあ、各国が躍起になってるところに最新世代の量産型なんて出したら総叩きに遭うのは必至だから、ってのは分かるけどね」

 

「ヒカルノさんの倉持も……作ってるんですか? 第3世代」

 

「ある意味キミの白式がそんな感じだね。まさしく発展途上だけど。

 まあともかくとして、今はグランゼーラのOF-3に業界の注目が全部集まってる。これから商売上がったりって状況になりそうでウチの上層部は大慌てさ。

 ──ただ、ココだけの話……()()()()()()()()、あのIS」

 

「めっちゃ速い機体なのはよく知ってますけど、そんなにヘンなんですか?」

 

「例えばガソリン自動車ってのは、最初に登場した19世紀末の時点で基本的な技術としては完成してたワケだ。内燃機関で車輪を回すって意味でね。当然そこから今に至るまで改良を重ねて、安全性やら燃費やら乗り心地やらが向上してきたけど、基本形としては揃ってる。

 ラファールにサンスト、そして我らが打鉄……今トップシェアの第2世代機をフォード・モデルTだとしようか、一方のOF-3はワイルド・スピードに出てくる数々のスーパーカーそのものだよ」

 

「あの、よく分かんないです……」

 

「レコード盤全盛期の時代に、スマホと無線イヤホンで音楽聞けますよって売り出されたらどうなるかって話だよ。見た目こそ古めかしい全身装甲(フルスキン)で第2世代と銘打ってるけど、その中身はオーパーツとしか思えないね」

 

 この科学全盛の時代に、技術者から飛び出すとは思えない単語ランキングがあったら上位に食い込みそうな言葉、オーパーツ。意味は場違いな人工物(out-of-place artifacts)だったか。

 幼少期に見たバラエティ番組くらいでしか聞かないその言葉とショウの機体が繋がるとは、果たして一夏には思えなかった。

 

「これが(アナガ)ちウソでも無くてね。

 装甲の強度に重量、カタログ上の最高速度とエネルギー出力エトセトラエトセトラ……スペックシートの内容をそのまま実現しようとしたら、1()0()0()()()()()()()がないと話にならないってのがウチの技術者全員の見解だよ。もちろん私もね。

 でもって、その眉唾をキミは直接見てると来た。となると信じるしか無いわけだけど……なーんかズルされた感じがして気に食わないんだよね」

 

「さ、さいですか……」

 

「そういうわけだからキミにはもっと戦ってほしい! 強くなってほしい! データも欲しい! あとついでに可愛いから結婚してほしい!

 

「オイなんか今ヘンなの聞こえたぞ」

 

「そうやってOF-3に負けない機体を作り上げよう! 完成の暁には、クラモチ・ファクトリーの門を開けろ! 最強のISの誕生だっ──って感じで全世界に勝利宣言してやるのさ。

 ……どう? 付き合ってくれる?」

 

 いつの間にか隣の操作室から白式の前まで出てきていたヒカルノの目には、何だか良からぬ輝きが爛々と宿っている。正直、一夏はちょっとどころではなく引いていた。

 何せ、自分の個人的な目標が企業間競争に置き換わろうというのである。嬉しい話でもなかった。

 

「そりゃまあ、強くなるのは望むところですけど……なんか複雑っすね」

 

「大人のReal(実数)Complex(複素数)ってね。まっ、キミの成長に勝手にこっちが乗っかるだけだから、細かいことは気にしないでいいよ」

 

 あ、これで整備は終わったから……とヒカルノが呟くと、白式を固定していた架台のロックが順々に外れていく。地味に同じ姿勢のままなのが堪えていた一夏は、伸びをしつつヒカルノに礼を言った。

 ──丁度、そんなときだった。

 

 ずずん、と空間が震える。壁や天井がミシリと軋んで、その場が緊張で塗り上げられる。

 更に一瞬遅れて、真っ白かった部屋の明かりが一転、薄暗く真っ赤に染まる。それと同時に鳴り響くブザー音。誰の目にも耳にも、非常事態であることが分かるアラートであった。

 

「──ヒカルノさん」

 

「ちょっと待ってくれ、いま調べ──なんだこれ、防衛用のドローンが軒並み無力化されてる。でもって、付近を飛び回ってるISの反応が1……招かれざる客が来たにしては変だな」

 

「それってまさか、楯無先輩……?」

 

「護衛のロシア代表だろう? 照合を待つまでもなく彼女だろうが、問題は誰と戦っているかってことさ。彼女が乱心して暴れているのでもなければ、反応が1つだけというのはおかしい」

 

 手元の携帯端末を訝しげ眺めるヒカルノに、一夏は慌てたように叫ぶ。

 

「ヒカルノさん、俺、行かないと……!」

 

「──無許可のIS展開が問題になるのは習ったね?」

 

「それでもっ! 俺に良くしてくれる人が戦ってるのを、放っておける訳ないじゃないですか。味方は多い方が良いし、救援を呼ぶにしても時間稼ぎくらいは……自惚れるつもりないですけど。それに──」

 

「緊急事態にそんなこと言ってられない……か。分かった、丁度整備も終わったし、ウチのメンバーに被害が出るのも嬉しくない。増援を呼ぶまでの時間稼ぎってことで私が許可しようじゃないの」

 

 ありがとうございます、とそのまま入口のゲートを突き破って出て行きそうな勢いの一夏の前に、ヒカルノが立ち塞がる。

 

「えっ、何のつもりですか?」

 

「急ぐからって建物壊しちゃ同じでしょうが。ホラ、その架台のところに立って」

 

 意味も分からず渋々後ろに下がる一夏を見届けたヒカルノは、再び携帯端末を操作する──直後、一夏の立っていた床の一部分が円形に迫り上がり、真上の天井も引き戸みたいに開いていく。その先には青空が見えた。

 それはまるで特撮作品の秘密基地みたいで、どこまで行ってもオトコノコな一夏は胸の高鳴りを隠せない。

 

「うわっ、なにこれすっごい」

 

「整備が終わったISを即飛ばせるようにしててね。まあとにかく気をつけてくれよ? 直して早々壊されたら堪ったもんじゃない」

 

「あっ、はい。頑張ります!」

 

 

 

 

 天井の穴へと飛び去った一夏に軽く手を振りつつ、ヒカルノはすぐにそこから目を離した。まるで、もう既に興味の対象から外れてしまったかのように。

 

「……誕生を待ってるよ。私の、私だけのweißritter(ヴァイスリッター)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

こんかいのまとめ

 

・楯無

 

 急に生えた仕事に苦しめられる現場系組織トップ。憂さ晴らしに一夏をイジってあそぼ。

 予想より数段上手かった指圧術に嬌声を上げて感動している。将来的に実家で囲ってやろうか。

 ちなみに親指のツボは頭の疲労に関係するらしい。そこを押されて効くということは……。

 

 

・学園のみなさん

 

 バイド襲来のこともあり、戦うことへの意識が強く生まれている。下駄履いてギリギリの勝利だったから仕方ない。

 というわけで自主訓練。テクニックを共有して実力を高め合おうとする動きがあるが、どうやっても真似できない技術の持ち主もちらほら。 

 

 

・ヒカルノ

 

 一夏の乳首を狙い澄ますやべー女。素潜り手掴みの漁が得意であり、持っていた銛は非常用の浮上ガジェットで見掛けだけ。

 一企業人として同業他社のことはキッチリ把握しており、特にOF-3のことは危険視している。1世紀先の技術で無ければ作れない代物らしいが……。

 でも、負ける気は無いよ。

 

 

・一夏

 

 今回で一番可哀想な人。美女2人の魔の手が迫る。

 確かに整備ちゃんとしてなかった俺が悪いけどさ、急に壊れるなんてアリ?

 ただならぬ雰囲気を感じたためSFチックにいざ出撃。

 お魚、美味しかったなあ……。

 

*1
相手のシールドエネルギーをゼロにするまで戦う普通のルールと違い、それよりも少ない分量で試合を止めるルール。クォーター式は相手のシールドエネルギーを先に25%削った方が勝ちとなるもので、試合時間とシールドエネルギーを節約しつつ、そこそこの実戦経験が積める手軽さが訓練では人気である。もちろん捏造設定。




 ちょっと味を変えて一夏が中心だった今回。
 2章で原作よりも大分激しく戦わせたため、倉持での修理イベントが早まることになりました。
 ヒカルノの「やべー女」感をちゃんと表現できているかはちょっと不安なところ。
 彼女との会話を通して描きたかったのは、一夏の心情だったり、業界から見たグランゼーラの評価だったりと様々ですが、原作から変化した世界でも彼女は黙ってないぞ、というのが中心のつもり。

 楯無のマッサージをしたり、ヒカルノにいじられたりとうらやまけしからんシーン多めでしたが、なんか可哀そう……?

既存キャラの強化パターンを見て……

  • もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
  • 強化装備ポン付け位がいいかな……
  • 機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
  • この水は飲めそうだ
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