Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
変わらぬ感覚は命綱。太く離さず生きましょう。
ひどく時間がゆっくり流れている。
一夏には、束の声なんて聞こえてはいなかった。それでもしっかり認識できたのは、自分と相手の間の景色がやけに
ぬるり。
そんな音が聞こえてきそうなくらい滑らかにそれは波打つ虚空から浮上する。
核のある暗い紅色の球体と、そこからウネウネとのたうつ無数の触手。そんなものがダンタリオンを庇うように存在していた。直径にして1.5mくらいだろうか。
雄性と雌性の融合。例えるなら、保健体育の教材で見たワンシーンを拡大して、どうしようもないくらい気持ち悪く作り変えたような外観。
魂の底から生理的嫌悪感を煽る謎の物体へと振り下ろされていた腕を、一夏は寸でのところで止める。
考えての行動ではなかった。もっと原始的な脊髄反射とか、あるいは他人に腕を掴んで止められたとか、自分の意思を超越しての反応だった。
同じようにして、刀身の真っ白い輝きも収められる。
「──ッ!?」
「……おや、引っ掛からなかったか。大抵ならこれで自滅していたところなんだが」
一夏は、目の前の球体から飛び退いた。距離を離せば謎の物体の向こうにあるダンタリオンの全体像がハッキリ見えて、だからこそ一夏は自分の目を疑った。
「直ってる……? どうして……」
「これをやると活動可能時間が減るから好みじゃないんだが、まあ仕方ないね」
ダンタリオンの姿が元の十全な状態に戻っている。笛持ちからの通信にもノイズが見られず、時間を遡ったかのように始めのままだった。
ISにだって自己修復能力はある。だが、一瞬にしてボロボロの状態から完全に戻るなんて、まずあり得ない。
『よりにもよって
一方の束はそんなことより、ダンタリオンの前に現れた物体──ライフ・フォースに意識を向けていた。憎悪と敵意の混じった声色に、一夏もそれがどういうものなのか察する。
「おいおい、僕を罵って、さも自分は悪くないように言ってるところ悪いけど、フォースならキミだってこの前使ってたじゃないか。……シアとか言ったかい? キミの仲間だろう」
笛持ちは淡々と語る。
このフォースと呼ばれる物体は、エネルギーと粒子の両方の性質を持つバイドを純粋なエネルギーの塊として運用する代物だ。バイドが持つ凶暴性をそのままに、触れたものは物質・エネルギーを問わず分解して吸収してしまう。それがバイドでも、例外ではない。
一夏には、その性質がどこか自分の零落白夜に似ているように感じられて、背筋に冷たいものが走った。
どうだい、毒を以て毒を制すと考えれば合理的な兵器だろう? と嘯く笛持ちに、束は怒りを込めて叫ぶ。
『ふざけるなよ、そのフォースの処分はどうなる? 食い続けたエネルギーがいつ暴走するとも分からない代物をポコジャカ量産し続けるお前が私と同じ最終目標を名乗るなんて、烏滸がましいにも程があるんだよいい加減にしろッ!』
「そのための波動砲だろ? キミが開発してる
『──黙れ』
絞り出すように呟く束を他所に、笛持ちは一夏の方を向いた。ライフ・フォースはダンタリオンから少し離れた上方に移動して、どこか一夏を狙って構えているような出で立ちだ。
「……さて、放置してしまって悪かったね。ともかくとしてキミはケイロンを、僕はフォースを得たわけだ。──ここでキリよく第2ラウンドといこうじゃないか」
予告なくフォースが紅色に発光したかと思えば、どぼぼっ、という液性の音と共に赤色の大きな光弾が放たれる。
束の補助によるターゲッティングと持ち前の機動力で不格好ながらそれを回避する一夏は、弾丸の異様な形状に驚きを隠せない。
「──赤い白玉だんごォ!?」
『バカっ、赤血球だよ!』
「名付けてブラッド・レーザーだそうだよ。
『お前もうるさいッ!』
避けた先の背後──緑豊かな山の斜面が爆発と共に抉れていくのが見えた。
ふざけた外見からは有り得ない威力だ。1発程度は絶対防御なら防げるかも知れないが、連発されている以上は被弾すればそのまま固め殺しを食らうだけだろう。
「くっそ……どうすりゃいい!?」
こちらも忘れてないかとばかりにダンタリオンの腕からウロコ状の光弾が放たれる。言葉通りの十字砲火。回避機動で手一杯の一夏から集中力が奪われていく。
『いっくん、フォースに波動砲をぶつけて! 一瞬だけど機能不全にさせられるから』
「そんなこと言ったって本体が……!」
突然、おどろおどろしい雑音が響いて、全身の神経を逆撫でされた一夏はびくりと身を捩じらせた。
それは笑い声だった。老若男女、何人もの人の声を重ねて、更に歪めたような、明らかに人の喉から出る音ではないもの。怪物の鳴き声ですらない。もっと醜悪な何か。
笑っているのだ。この怪人は。
「白式のパイロットとは思えない発言だね、自分で斬り込むしかないって分かってるだろう?」
「──うるせえッ!」
そんなに言うなら、やってやる。
一夏はブラッド・レーザーを垂れ流すフォース──ではなく、ダンタリオン本体に最大チャージした衝撃波動砲を叩き込む。
即座にフォースを引き戻した笛持ちが盾のようにフォースで防ぐと、表面で蠢く鞭毛の動きが鈍って、束の見立て通りに攻撃が止んだ。
「今度こそォっ!」
「……で、それを僕が待つとでも?」
突然、ダンタリオンの前方にあったライフ・フォースが拡大した。
──違う。とんでもない速度でこちらに向かってきている。
「うォあっ!?」
寸でのところで束の外部操作によるバレルロール。慣性に振り回される一夏の真横をフォースが駆け抜けていった。
物質・エネルギーを問わず触れたものを食うらしいフォース。そんなものに触れたらまず間違いなくシールドバリアも絶対防御もなす術無く食い破られてしまうだろう。
一夏は改めて理解する。こいつ、本当に自分を殺しに来ているのだ。
だがそれが、一夏の感覚を研ぎ澄ましていく。血中にアドレナリンがバラ撒かれ、上がった心拍数が動悸でどくんどくんと胸を震わせる。
仮に自分がこいつに負けたとしよう。……その次は? 誰を傷つける?
束が憎悪を隠さない相手。楯無を襲って、命を奪うことに欠片の躊躇もない。
ここで倒さなければ、きっと誰かが不幸になる。それが自分の知っている相手かどうかは問題じゃない。
「おや、外したか。それなら」
一夏が機動を立て直して向かう先──待ち構えるダンタリオンの背後に、紫色の光の線で円形の幾何学模様が描かれていく。いや、幾何学的というよりはもっと、並んだ文字に近い。明らかに人語ではなかったが、妙に人間の意図を感じた。
(何だありゃ、魔法陣? ふざけやがって、見た目から何から滅茶苦茶じゃねえかアイツ……!)
『いっくん気を付けて、
一夏はケイロンと白式のスラスターに命じる。サラたちに習った通り、機を狙っての
スピードに身体が溶け込んでいく感覚。視野と時間が引き伸ばされて、全身を慣性が突き抜けた。
「警告されても突っ込んでくるか! それが蛮勇か愚行か確かめようじゃないか」
どこか嬉しそうに腕を伸ばし、ニューロン・レーザーの触手を這わせてくる笛持ち。
その動きは先ほどよりもゆっくりで、一夏は刀身にエネルギーを纏わせる省エネルギー式の零落白夜で必要最低限の部分だけを切り払って突き抜ける。
(勝負は今、ここで決める──ッ!!)
雪片弐型の刀身が今、真っ二つに割れる。
「──ではお見せしよう。『
しゃりりりり……っ!
散々予告はされていた。だが、起こるのは一瞬だった。
乾いた無機質な音と共に、ダンタリオンの周囲から紫色をした槍状の光弾が無数に放たれる。それぞれが互いに交差して立体的に絡み合う軌道で暴れ、青海波紋様を3次元に拡張したような網目で一夏を捉えようとした。
これこそが「笛持ち」と呼ばれる所以。ダンタリオンの波動砲、「ダンタリオンの笛」。
迸る生命の力を組み込んだ輝きは、小規模ながら無数の波動エネルギーの槍を放つ殲滅兵器だ。
……だが。
(どうしてだろう。なんか、みえる)
一夏は、自分の意識がぐずぐずに溶けているような感覚の中を揺蕩っていた。
先程とは比べ物にならないくらい時間がゆっくりで、直前まで何を考えていたか分からないくらい「現在」が思考を埋め尽くすように流れ込んでくる。
音の類が無くなって、手足の感覚もぼやける感じ。
ピンボケした視界の全てがギラギラと眩しくて、けれど不思議なことに形は分かる。
(これ、よけるんだっけ)
何となく身体を捩って、紫色のギラギラが薄いところに身体を置く。
ケイロンが接続されて投影面積の増えた白式がギリギリ通れるかという僅かな隙間。だが、捩じ込むための時間は幾らでもあった。
(なんだろ、ちょっとねむ────じゃないッ!)
緩慢極まりない景色が退屈で、眠気すら湧いてくる。
そうして、このまま微睡んでしまおうかと思いかけた矢先に、耳元で音が弾けた。プールから上がって、耳に詰まった水を出したときみたいに。
感覚が引き戻されるように鮮明になっていく。痛いくらいだった。
(何だったんだ今の……寝ぼけたのか? この土壇場で!? いやそれより──)
妙な現象に疑問を抱く間もなく、一夏はダンタリオンを探した。また距離が離されている。数値にして100mは下らないだろうか。
どうやら、波動砲を避けている間に上空へ逃げられたらしい。また、振り出しに戻ってしまった。一夏は歯噛みする。
「へえ? 今のを避けるのか、
何を訳のわからないことを。
一夏が怒りを込めてそう叫ぼうとする前に、視線の先のダンタリオンが爆炎に包まれる。
『──隙は作ったよ織斑一夏ッ、やってしまえ!』
ヒカルノの声だった。
戦いを俯瞰する者がいたら、それが倉庫に眠っていた試作ISを持ち出しての長距離砲撃と気付けただろうか。
どのみち一夏は彼女が何をしたかは知らない。だが、今はそれよりも。
(束さんがここまで導いてくれた、ヒカルノさんが時間をくれた! 本当に、ここで──)
顎を開いたままの雪片弐型の根本が琥珀色にバチバチと弾ける。直後に純白の輝きで出来た刀身がその姿を表す。
オーバーヒート寸前のスラスターに命じれば、暴力的な加速感でもう一度答えてくれる。
「そザザッ輝き、そうジジッ篠ノザザッ束、キミの──」
「うおァァァァァァァァァァァ──────ッ!!!!」
晴れた爆煙の向こうで、ひしゃげて煤だらけになったダンタリオンへ突っ込む。そして力任せの袈裟斬り。何の障害もなく光の奔流がその肩口から抉り取っていく。
笛持ちは、奇妙なことに満足げだった。ノイズの無い声で、囁く。
「おめでとう織斑一夏、これでキルスコア1だね」
「──うあッ!?」
どんッ、と衝撃が一夏の身体を突き抜けて、真後ろに吹き飛ばされる。
それが笛持ちに蹴り飛ばされたからだと気付く頃には距離が大きく離されていて、今しがた一夏が叩き斬ったダンタリオンの切断部から赤い液体がどぼどぼと溢れているのが見えた。
その色と、粘性。誰がどう見たって……。
「まあ、慣れなよ」
笛持ちの言葉を遮るように、ダンタリオンから青白い光が溢れ出す。網膜を焼かれてしまいそうな光量に、一夏はつい目を閉じてしまう。
直後に、無機質な女性の合成音声が
ケイロンのメインシステムから高線量の警告が鳴り響いた。
青白い光はそのまま半径100m以上まで広がって数秒留まった後、ダンタリオン諸共に何事も無かったかのように消えた。一陣の暴風だけを残して。
◆
役目を終えたケイロンが虚空へ飛び去るのと同時に、束の言葉も途絶えた。
拘束が解けた楯無と合流しつつ、白式の再検査をして、自己修復で問題がないことを確かめた一夏は、遅れて来た警察と入れ違いになる形で倉持技研を出発した。
山間部の頻繁な急カーブに揺れる車内は静かなもので、後部座席の2人は揃って顔を俯けている。
直接戦闘を見ていないドライバーも、時折聞こえてきた轟音と衝撃から様子は察していて、尚更言葉を掛けようとはしなかった。
「……とにかく、全員無事で済みましたね」
一夏が確認するように呟いた。
「ええ、そうね」
楯無も確認する。
確かに、突然殺しに来た強敵を相手に誰も死なずに終わったのは嬉しいことだ。だが、何も傷付かなかったかといえば嘘になる。
「……楯無先輩。俺、もっと強くなりたいです」
「それはまた、どうして?」
「今回は、楯無先輩が情報をくれて、束さんがケイロンを貸してくれて、ヒカルノさんが隙を作ってくれて……だから勝てたと思います。けど、逆に言えば俺と白式だけじゃ刃が立たない。この前だってそうです。身一つでバイドと戦えって言われたら、きっとダメ」
「おねーさん、あるものを使うのは悪いことじゃないと思うな。相手がルール無用なら、こっちもそうでなきゃ戦えない瞬間は必ず来るもの。それに、味方が多ければ心強いわ。1人で抱え込むことないよ」
「かも知れません……でも、俺が強くないと意味がないんです。もしも一人になったときに何も出来ないなら、みんなに負んぶに抱っこじゃないですか。
楯無さんのISみたいに人助けができるような芸もないし、俺には刀一本って力があるだけで。多分、千冬姉と同じように、戦ってみせるのが一番向いてるんです。
──それに多分、今日のアイツは本気じゃなかった」
戦いの狂熱が収まってみれば、今日のことは一夏のプライドをそれなりに苛んだらしい。それは楯無も同じことである。
(じゃあ、本気じゃないアレに負けた私は何だっていうのよ……)
そもそも、今日の笛持ちが本気でないのは自分で言っていたことだ。
「監査役」を自称するあの存在は、確かに容易くこちらを殺しうる攻撃を連発してきた。だが、仮に殺意をもって行動していたなら、もっと幾らでも酷い攻撃が出来たのではないか──社会の暗部に触れてきた楯無は考える。
まるで、「この程度で死ぬなら価値はない」とでも言いたげな、試験の足切り点みたいな攻撃の数々。
下駄を履いたとはいえ打ち勝った一夏に対して、楯無はその足切りに引っ掛かった側である。一々品定めしてくるかのような言動も合わせて、思い出すだけでも神経が逆撫でされるようだった。
「ちょっと、気負いすぎよ。大体、乗り始めて一月ちょいのひよっ子だって先生も──どうしたの?」
楯無が横を見ると、一夏は項垂れていた。
「……いや、本気、だったのか?」
その目は震えていた。何か、大事なことに気付いてしまったかのように。
滔々と口から言葉が止まらない。
「俺、ダンタリオンのことを無人機か何かだと思ってたんです。束さんもバイドを使った兵器だって言ってたし、人が乗ってるにしては滅茶苦茶に速い動きするし……笛持ちは危険なロボットに人を襲わせて遊んでるんじゃないかってムカついてたんです」
「そうね、私も同感だけど」
「……最後、俺がダンタリオンを斬ったとき、隙間から赤い液体が垂れてるのが見えたんです。それでその後アイツ、『キルスコア1』とか『慣れろ』とかって……」
不揃いの、論理も滅茶苦茶な言葉。そこまで聞いて察せられない楯無ではない。
要するに、一夏は恐れているのだ。あのダンタリオンには笛持ち本人が乗っていて、自分はそれを殺してしまったのではないか、と。
姉を誇りに思う彼にとって、自分の行いでそれを穢してしまうのは許しがたいのだろう。
楯無も笛持ちの言葉は聞いていたし、それに関して束は特段説明することなくケイロンを退却させて通信を切った。違うならそう言ってやれば良いものを、その不確定な暗闇にこそ恐怖が宿る。
たとえ
楯無は慣れている。だが、一夏はそうではない。ただそれだけのこと。
自分を慕ってくれる後輩の様子を彼女は放っておけない。選ばれた手段は実に強硬で。
「俺、もしかして千冬姉の剣で人を──ンぎゅッ!? むー、むーっ!!」
「はーいその辺でストップ」
楯無は一夏の後頭部を掴んで、それを自分の豊満な二物に押し込んだ。抱き寄せるというよりはかなり強引な、ある種の拘束技。
一瞬遅れて顔を真っ赤にした一夏は顔の向きをズリズリと動かして、辛うじて叫ぶ。
「なっナニするんですかっ!?」
「良いから黙って頂戴。……聞こえる?」
「聞くって一体なにを……」
楯無は一夏の頭に掛ける力を少し弱めて、その耳をやんわり胸に当てさせた。反対の耳を塞いでやれば、エンジン音の邪魔も入らない。
どくん、どくん。
心音。鼓動。それは紛れもなく命の音色だ。
自分は生きていて、埋もれる骸とは違うのだと主張する、力強い波動。
ほんの少し早まって聞こえるのは気のせいだろうか。
いつの間にか身体から力が抜けていて、一夏は自分が抗うことなくそれを聞いていることに気付いた。暖かくて、どこか引き込まれるような懐かしさ。
「織斑くん、キミはさっき自分では人助けが出来ないって言ったけど、それならこの音はどこから来るのかな」
「え?」
「情けない話だけど、今日の私はダンタリオンに負けたよ。無様にも縛り上げられて、もしも織斑くんが来なかったら……。それでも生きてる。他でもなく、織斑くんが戦ってくれたから」
「……」
「出来たじゃん、人助け。誰かを背に戦うって、すごいことなんだよ」
「そんなもん、ですか……」
「そんなもんだよ。それにね、キミが何を恐れてるか知らないけど、アイツ、また来るよ」
一夏の背筋がビクリと跳ねた。それからゆるゆると起き上がって、信じられないものを見るような視線を楯無に向ける。
そんな楯無は、若干嫌そうな表情を浮かべながら、「最低」と書かれた扇子を一瞬開いてから自分のスマホを一夏に見せた。
映っているのは一夏も見慣れた学内用チャットアプリの画面で、だがその記述は彼に安堵と嫌悪を与えた。
「う、うわ……」
「さっき送られてきて追跡したけど、存在しないアドレスからだって。ほんっとにイヤなヤツだよ、アイツ。
──ま、一応は一件落着ってことで、次の目的地行きましょ。辛気臭い顔で帰っても嬉しくないでしょ?」
お陰様でこちらもbetの配分を変えられそうだ
あと、次に会うときはゴールキーパーじゃなくてリベロくらいにはなっていることを期待するよ、生徒会長
今日のお礼代わりにこの後の安全は保障するよ
キミたちが帰るまでは何も起こらないように陰ながら見守っているから、羽根を伸ばすといい
「……そういえば、何だかんだで昼飯食べそびれてますね」
「あら、食べ盛りのオトコノコとしては辛いかしら?」
「年齢1つしか変わらんでしょ……」
夕刻前の某市街地。
閑静な住宅街の一角に、織斑一家の自宅はある。
それまで安いボロアパート暮らしだったところを、千冬が公式にISパイロットになってから引っ越した戸建てだ。決して大きいわけではない、並の一軒家。
今日、一夏が学外へ出たもう一つの理由がここにある。すなわち、荷物の回収だ。
一夏のISへの適正が発覚した1月末から、5月上旬の今に至るまでの約四半期。一夏は自宅に足を踏み入れることはなかった。
黒服たちの警護に囲まれたホテルの一室か、IS学園の寮でのみ過ごすことを許された彼に与えられたのは、千冬が最低限だけここから持って出た日用品くらいのものである。
しかも、ほとんど帰宅しない千冬に一夏が普段何を使って生活しているかなど分かるはずもなく、欲しいものが色々欠けている内容物に不満が無かったと言えば嘘になる。
「しかし、調理器具ばっかりね。もっとこう、ベッドの下のイカガワシイ物品とか持ち出すのかと」
「何言ってんのアンタ!?」
楯無はニヤニヤしながら扇子を開いて口元を抑えた。そこには「獣欲」の二文字がでかでかと書かれれている。彼女の期待するような代物は元より一夏の家に無い。節約に節約を重ねるこの少年にそんなものを仕入れる金はないし、そもそも近年はそういうものは何でもデータ形式である。
恐る恐る覗いてみた冷蔵庫の中身は空だった。受験当日のために、試験が終わったご褒美に食べようと買っておいたコンビニスイーツだって、影も形も無い。
元より
入学前のホテル暮らし時代に黒服から聞かされたところによれば、空き巣紛いの報道関係者や、家の損壊を目論んだ女尊主義者、更には「自称」親戚などなど、怪しい人間が押し寄せたため、より大掛かりな警備が付いたという。
3ヶ月も間を空けたのにホコリの1つも無く、人が入ったのは事実なんだなと一夏は悲しげな表情を浮かべる。顔も知らぬ誰かに家を好き勝手されて嬉しい人間は居ない。
掃除も警備の時に行われたのだろうと一夏は推察する。自分でやるよりも随分キレイに仕上がっているので、もしもその場に立ち会えたら学べることも多かっただろうか。
一夏は家事オタクの気があった。
「……っと、こんなもんかな」
当面をやり過ごすだけの衣類と、使い慣れたキッチン用品、幼馴染に見せるための昔の写真など、厳選した物品を事前に持ってきた大きいスーツケースに詰め込む。
もう他に持ち出すべきものがないかと周囲を見渡せば、いっそ生活感がないくらいに片付けられた我が家に一夏は異様なものを感じる。慣れ親しんだ住処だからこそ、ほんの少しの違和感が何倍にも膨れ上がった。
見慣れた内装。見慣れた景色。だけど…………なぜ?
「……大丈夫?」
ぼうっと眺めている視界の端から、楯無がひょっこり顔を覗かせた。知らない内に頬を突かれていたことに気づいて、一夏は背筋をビクリと震わせる。
「いや、何ていうか……久し振りに帰ってくると色々変わって見えるなあ、と」
「大忙しだったもんねえ、織斑くん。同情するわ」
それじゃコレ持っていっちゃうから、とスーツケースを持ち上げる楯無を止めきれず、そのまま2人は家の前に停められた乗用車のところまで出てきてしまった。
戸締まりは済んでいる。荷物を載せてしまえば、後は帰るだけ。日は傾きつつあり、なんだか後ろ髪を引かれてしまう、そんな時間。
「……お? お前、一夏か?」
声がした。若い男のもの。覚えがある。
「お、おおっ! 弾じゃねえか!」
赤い長髪の上から被ったダボダボのヘッドバンドが特徴的な男。一夏の悪友「
「久し振りだなあ! お前マジで大丈夫だったか? 卒業式も出ねえで音沙汰もねえし、ニュースで名前だけは出るしで心配してたんだぞ」
「そこはマジで済まねえと思ってる。けど、色々あって連絡取れなくてさ……」
「あら、知り合い?」
駆け寄ってきた弾と、パシンと打ち合わせるように握手する一夏。そのまま思い出話に花が咲きかけたところに、楯無が首を突っ込む。
「ああ、コイツは五反田弾っていって、俺の中学時代からの友人なんです。まさかここで会えるとは思わなくて────ああ、弾、この人はIS学園で生徒会長やってる更識楯無先輩だ」
「更識……あれ、先月辺りニュースに出てたロシア代表の? マジかよ、ガチの有名人じゃん」
「はじめまして。ご紹介に預かった更識楯無です。有名人ってほどでもないけど、宜しくね弾くん」
さも今日初めて見知ったかのように振る舞う楯無だが、実のところ前から彼については調べ上げてある。特段の危険性のない、一夏の学友。妹が1人いて、両親は定食屋を営んでいるのだったか。
「それで、んなすげえ人連れて一夏は何してんのよ。帰省にしちゃ時期が違わねえか?」
「ほら、色々突然だったろ? いい機会だったから荷物取りに来たんだよ。んで、帰るとこ」
一夏は車を指さした。それから、何かを思いついたように弾と車を数度見返して、今度は楯無の方を向く。
「……あの、楯無先輩、コイツの家行きませんか?」
◆
「……お嬢様、良かったのですか?」
「彼の精神衛生上、必要なことだったと考えましょ」
弾の家である五反田食堂前に停めた車内で、楯無はボソリと呟いた。
今日に限らず危険なイレギュラー続きの生活を送る彼には、何らかの精神的ケアが必要だというのは楯無も理解するところである。親しい友人と再会するのは、きっとそれに寄与することだろう。
用事を果たした時点で直帰せずに寄り道するリスクについては、自分で目を光らせることにした。決して笛持ちのメッセージを頼りにした訳ではない。断じて。
「おお、一夏じゃねえか。最近はどうだ、ちゃんと食えてるか?」
一夏に招かれて入った店内では、ステレオタイプな頑固親父みたいな外見をした老齢の男──「五反田
弾の祖父にして店主だという彼とも一夏は交流があったらしい。時折ダハハと大声で笑う厳にビクつきつつも、一夏は和やかに会話をしていた。
「そんで一夏、今日は何しに来たんだ? 見ての通り店ならまだ閉めてんぞ」
「ちょっとした用事の帰りなんですが、色々あって昼飯食いそびれちゃって……やっぱこの時間じゃキツいっすよね」
「んだよ、そんなことなら待ってろ。ちゃちゃっと作ってやっから──そっちの嬢ちゃんもそれでいいかい?」
カウンターの向こうから力強い視線を向ける、筋骨隆々の老人。楯無は物怖じすることなく、しかし申し訳無さそうに答えた。
「あの……ごめんなさい、もうすぐ帰らなければならないので、あんまり長く食べていられる時間がなくて」
「なんだよ、近頃の若いモンは急いてばかりでいけねえ」
すねたように厨房へ去ろうとする厳を、一夏が呼び止めた。
「そしたら、4人分くらい作って持ち帰れたりしませんか? 実は隣のクラスに鈴も来てて、アイツにも食わしてやりたいんですよ、業火野菜炒め」
業火野菜炒めというのは五反田食堂の看板メニューだ。中学時代に一夏がよく頼んでいたメニューであり、同時にその時代の友人たちにとっても馴染み深いものである。
鈴音の名を聞いた厳は目を丸くしながら厨房から戻ってきた。昨年度末まで交流のあった一夏と違って、彼女はその更に前年に引っ越してしまった相手だ。何だかんだ目をかけていた孫の友人の息災が知れたというだけでも、厳にとっては嬉しい報せだった。
「へえ、鈴って、あの鈴音の嬢ちゃんかい! こりゃ俄然やる気が湧いてきたな──よし、20分ばかし待ってな、とびきりのを持たせてやる。そっちの嬢ちゃんもそれくらいなら待てるかい?」
「ええ、それくらいなら問題無いと思います」
袖を捲って力強く厨房へ去っていく厳を横目に、男子2人と楯無がテーブル席に向かい合った。
楯無としては折角の思い出話を邪魔したくなかったのだが、
「……なあ一夏、鈴のやつがいるってマジか?」
「ああ、マジだ。中国の代表候補やってる。強えぞ」
「アイツがなあ……すげえ出世したもんだけど。てかお前もお前だよな、何だよ両手に花か?」
……まあ、そうも言ってられないんだろうが。と弾は目を伏せた。
中学時代は色々とバカをやった間柄、昔のような雰囲気が見られない時点で一夏の不自然を察せられない弾ではない。
「自宅に帰るだけなのに、まるでお忍びみたいな格好で、しかもロシアの代表さんまで引き連れてるとくれば……」
「……まあ、な」
「ごめんなさいね、秘密が多いからあまり話せることも無いの」
諦めたように無言で頷く弾に、そんなことよりお前のこと聞かせてくれよと一夏が話題を切り替えた。
IS学園を目指して勉強中だという妹の蘭のことに始まり、中学時代の悪友だった数馬と音楽系の同好会をしていること、その他同級生の進路状況など様々だ。
「そういえば、IS/VSってまだやってんの?」
「おう、バリバリやってるし何ならランカーだぞ」
実は密かにプロ狙ってんだよな、と弾が笑みを浮かべて答えた。
IS/VS──インフィニット・ストラトス/ヴァーサス・スカイとは、実際のISバトルを基にした対戦格闘ゲームの一種だ。特に第一回モンド・グロッソの出場機体に焦点が当てられており、適正の有無に関わらず乗る機会の無いISをゲームの中で操作できるというところで人気を博している。
ゲームセンターの筐体と、家庭用ゲーム機の両方で発売されたこのゲームは、一夏たち悪友たちにとって青春の1ページだ。特に、アルバイトのために帰宅部にならざるを得なかった一夏にとっては、好きな時に短い時間で仲間と鎬を削れる趣味だった。
「てか、それ言ったらお前は現物乗れんだもんな。チクショウ、コレばっかりは羨ましいぜ。
──で、どうなんだよ、乗った感想は」
「詳しいことはあまり言えねえけど、何つーか、自分の身体が広がる感じ? 考えること多いけど空飛べるのは間違いなく気持ちいぜ」
「楯無さんはどうですか? 第3世代の専用機ってのはカタログに乗ってましたけど……」
「良い例えじゃないけど、手足が追加で2、3本生えるようなものかな。慣れれば大した事ないけど、イメージ・インターフェースで頭が疲れるんだよね」
「やっぱりまだまだ不思議なところあるんですねISって……そういう話ってインタビューでも出ないんで、貴重なお話、マジで感謝です」
ゲームで触れる前からISが好きな弾が楯無にアレコレ聞いている横で、ちょっとお手洗い借りるわ、と一夏は店の奥に去っていった。
店内には厨房から響く賑やかな油の跳ねる音や、おたまが鍋を小突く音が響いている。聞いているだけで食欲が唆られそうになって、胃の中が空っぽの楯無はみぞおち辺りを撫でた。
弾は見計らったように目の前の青髪少女に顔を近付けて、小声で呟く。
「……それで、アイツはどうなんです」
「さっきも言ったけど、あんまり話せることは無いわ」
「それでも放っておけねえんですよ。アイツ、ホントはもっと明るいバカなんです。それが久し振りに見たら目付き暗ぇし……」
「……」
「この前なんて、IS学園の近くで変な光が見えたとかって……ニュースにならなくても噂くらいにはなってます。ISに乗れる男って、そりゃあ貴重なんでしょうけど、俺にとっては大事なダチなんです。心配にもなるっていうか」
なるほど、麗しい友愛だ。こんな友人を持つ一夏の幸せを疑う人間なんていないだろう。楯無は安堵する。
そして、だからこそ。
「五反田弾くん」
「──っ!?」
弾は一瞬にして周囲の空気が冷え切って、張り詰めていくのを感じた。その根源は楯無だ。弾の両目を貫かんばかりに鋭い眼光で見つめる赤い瞳が、彼の背筋を悪寒となって這い回る。
声色、佇まい、視線……それら一つ一つの精緻な組み合わせで表現される、殺意とは異なるもの。すなわち、殺気。
楯無は日向で生きる哀れな少年を、冷たいそれで射抜いた。
「今のが少しでも恐ろしいと思ったのなら、その感覚は正しいし、決して無くしちゃダメ。そして、それを持っている限り、キミは深入りすべきじゃない」
「出来ることは、無いってことですか。俺が、アイツのために……」
「ええ。全く以て」
調べた身の上は間違っていない。一夏にとって弾は無害で優しい友人だ。これからもその関係が続いて欲しいと部外者ながら楯無も思う。
だが、この世にはそんなものを路傍の石も同然に蹴り捨てられる、あるいは食い物にしても一切の罪悪感を覚えない怪物が蠢いている。楯無はそれが住まう領域に膝まで浸かった人間だし、だからこそ穢れなき彼には触れてほしくない。もちろん、一夏にも。
「そうやって織斑くんのことを心配してあげられるキミは間違いなく良い人。だからこそ深入りしないで頂戴。キミが彼のことを大事な友達だと思う以上に、世の中には彼のことを単なる珍獣か研究用のサンプルとしか見ない連中も多いの。何せ、この世のあらゆる特異体質よりも分かりやすい使い道があるからね」
「……」
「キミが不用意に近付けば、連中は彼を手に入れるためにキミや大事な人を当たり前のように傷付けてくるよ。実を言えば、既に怪しい部分もあるくらい」
「そんな、悔しいですよ……」
「キミに出来る一番のことはね、織斑くんにとって良き友人で居続けること。今日明日に現状が変わることはないだろうけど、彼が普通の日常に戻ってきた時に、拠り所の一つでいてあげて」
さ、暗い話はコレでおしまい、と楯無が緊張を解くと途端に空気が緩んだ。笑顔を貼り付ける彼女とは対照的に、弾の表情は暗い。
「──ん? 何か大事な話でもしてたか?」
「いいや、お前が学園でどんなエロライフを送ってるか生徒会長さんに聞いてたとこ────ですよね?」
「ええ、仮にも年頃の男女が同室なんですもの、風紀を預かる身としてはバッチリ把握してるわよ?」
「え゛っ、こ……こんなことが許されていいのか」
その後少しして、大きいテイクアウト用容器を積み上げて持ってきた厳と弾に別れを告げて、一夏と楯無は学園への帰路に就いた。
「織斑くん。彼、とっても良い友人ね」
「はい。自慢の悪友です」
車内には野菜炒めの芳香がずっと漂っていたという。
こんかいのまとめ
・笛持ち
気持ち悪い上にウザさも兼ね備えた不審者。魔法陣とか厨二病かよ。
キレイ好きなので、バイド汚染が起きる前に自機ごとバルムンクで消毒している。
思えばキミの友人の店には行ったことが無かったね、織斑一夏。
・束
外からケイロン越しに白式を操縦する女。路上教習みたいな?
何やら波動砲の開発を進めているようだが、笛持ちはそれを当てにしている模様。
ライフ・フォースを回収しようとしたら既にどこかに消えていた。
・ヒカルノ
一応ISには乗れる人。やたら高火力の武器を売り出す他社に対抗しようと採算度外視で作った試作火砲の出番が貰えて内心ちょっと嬉しい。
ここで彼に死なれたら困るからね。
・一夏
あの変な感覚は何だったんだろう。ともかく生き延びたので勝ちは勝ち。
無力と責任に苛まれている。こんなのでアイツに追い付けるのかな。
帰宅後に幼馴染2人と楯無を誘って業火野菜炒めを食べた。何だか涙が出た。
・楯無
笛持ちに負けた屈辱。自分より経験で劣るはずの一夏に感じる劣等感。
誰よりも深みにいるから、他の誰かを押し上げられる。キミ達は溺れちゃダメだよ。
倉持編の終わりは湿っぽい感じで。
ダンタリオン戦後半から雰囲気がガラリと変わった今回。日常の裏にある非日常を浮き彫りにする感じで描いてみました。
本作でマトモに戦闘で用いられる最初のフォースが、よりによって全フォースの中で一番気色悪い見た目(褒め言葉)してるライフ・フォースとは思いませんでした。構想時はこんな予定じゃなかったんですけど。
とはいえ、普通の試合でこんなものが出せないのも事実。フォースシュートしたら相手がグロテスクにえぐり取られて死ぬなんて描きたくないですからね。
原作で影の薄かった五反田一家も出してみました。戦場から日常への回帰を1話でキッチリやりたかったので、楯無に慰めさせるだけじゃ足りないよな、と。
男性操縦者が外に出づらい設定にしてしまったので、原作のようにフラっと遊びに行かせる代わりにここに仕込むしか無かったのも理由です。
ああ、楯無おねーさんに甘えたいなあ……。
既存キャラの強化パターンを見て……
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もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
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強化装備ポン付け位がいいかな……
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機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
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この水は飲めそうだ