Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
今日のことだけ見ていられたのなら、一体どれほど楽だろうか。
医務室に送られたセシリアとショウは、先の模擬戦における怪現象のこともあって簡易的な身体検査を受けた。あれほどの異常の連続である、きっと良からぬ影響があるに違いないと疑ったリーの指示だ。
しかし、結果は健康そのもの。血圧、心拍、脳活動……どれを取ってもおかしな点は見られず、リーは肩透かしを食らうことになる。
一応、両者ともに軽度の脱水が見られたが、試合の後ならば一般的な状態だ。仮にもスポーツ扱いされるISバトルである。試合に際して消耗する水分やエネルギーは決して少なくない。集中を要するビットやポッドの制御を繰り返すのなら尚更だ。
検査結果を信じられないリーは、次の日に更に精密な検索を行うことにした。
「ホンマに……ホンマに何とも無いんか?」
「ええ、全く。正直に言って、あそこで試合が止められたのも、博士の言う”妙な現象”も疑問ですよ」
あっけらかんと言ってのけるショウに、しかしそれでも信じられないリーは、本人のBT適性の検査を提案する。
セシリアは既知の中で最高のBT適性を持つパイロットだ。そんな彼女の実力を引き出し、共鳴じみた現象を起こす彼なら相応の才能があっておかしくない……これを考えたのはリーだけではなかった。
「そこまでは今回の契約に入っていないのでは?」
「せやな。これは飽くまで提案でしかないんやけど……アンタも気になっとるんとちゃうか? ビットとポッドの類似性とその適性の関係……聞けば長らくポッドのテスターやっとったそうやん。知っといて損は無いと思うで」
「わ、わたくしも気になります……」
まあ、セシリアがそう言うなら……。と、妙にしおらしいセシリアの言葉に根負けする形でショウのBT適正検査が行われた。
最初に行われたのは、試作中のBT2号機「 サイレント・ゼフィルス」に搭載される予定のシールド・ビットを、専用のBTコネクタを介して制御するもの。しかしビットは、ショウが幾ら呼び掛けてもその場で揺れるのが精々で、まるで言うことを聞かなかった。
念の為にとショウをセシリアの機体に乗せて──フィッティングをする訳にはいかなかったので正確には乗ったのではなく、何本ものケーブルを繋いでその側に座らせただけだが──みると結果は更にひどいものだった。
ショウのBT適正はN──すなわちNegativeの意味で、計測不能なレベルの低さを記録した。セシリアの適正Aと比べると劣っているどころの話ではなく、そもそも反応しないのだ。
「ううん、納得いかんなあ……ISの適性がSもあるやつが、何や、まるで
「結果は結果でしょう。まあ、専門家の席を奪う才能なんて自分には無いですし、これはこれで無難なのでは」
ショウは困惑に唸るリーの報告を、然程興味なさげな相槌とともに聞き、それをセシリアはあまり気にすることでもないと慰めた。上っ面の、言葉だけだった。
セシリアは、自分がショウの結果を聞いて安堵しているのを自覚していた。
出会った当初は、自分と似た装備を使い互角の実力を持つ相手として親近感さえ覚えていた。しかし、次第にそれは劣等感へと色を変えていった。
自分はブルーティアーズを十全に操れていないのに、高稼働状態を維持することが出来ていないのに、あの男と肩を並べようと一時でも考えていたことが恥ずかしかった。
セシリアはIS適正とBT適正という二物を自身のアイデンティティとして国家代表候補の座まで登ってきた過去がある。どちらか一方だけならば──相応の苦労を要するにしても──探せば見つかるだろう。それら二物を持って生まれる人間が更に希少であることは考えるまでもない。
そうしてイギリスという国家の目に留まったセシリアは、そこからの血の滲む努力によって現在の操縦技術を手にした。
しかし、それでも足りないものは幾つもあった。そして、その足りないものを揃えた状態で現れた、更に希少な存在がショウだった。
──自分が彼に勝るものなど、実は何もないのではないか?
そんな恐れがセシリアの脳内でゆるゆると体積を増やしていった。
自身の希少性をトレードマークとしてきたセシリアの前に、より優れた同質の存在が現れれば、国の人間がどちらに目を向けるかは火を見るよりも明らかだ。仮に恐れた通りになれば、尊敬する母に顔向け出来ないどころか、今までの努力が水泡に帰す可能性さえあった。
聞けば日本の倉持技研でそんなことがあったらしい──ロンドン行の機内でショウがなんの気無しにその話題を振ったとき、セシリアの恐れは最高潮だった。
セシリアは、自分の喉を掻っ切ってしまいたい気分だった。これが、貴族の姿か。
ショウは始めからそこに居て、単に見つかってしまっただけなのだ。決して自分を貶めようとしている訳では無いことなど考えるまでもない。飽くまでも、求められたから結果を出しているだけ。
戦っていて楽しい好敵手。自分の能力を拡張してくれるかも知れない人物。その認識は決して揺らがない。だけれど。
そんな彼の低い評価を聞いて安堵するなど……。
◆
研究所の中庭、テニスコートの半分くらいの面積の端にあるベンチで俯くセシリアの耳が音を拾った。中庭の床を彩る石畳をこんこんと叩くそれは、誰かの足音に違いなかった。
「そこにいんのは……セシリアか。どうしたよ、随分静かだから分からなかったぞ」
「ショウ、さん……」
「いつもは小鳥みたくピーチクパーチク言ってるだろうに……腹でも冷やしたか?」
「こ、ことッ……?」
小鳥とは何だとセシリアが抗議の目を向けると、ショウが「ん」と自分のジャケットを脱いで突き出しているところだった。その目は真上の夕焼け空を向いている。
ショウとセシリアの渡英2日目は、精密検査にBTの適正検査、更にはその結果の確認と、手間の掛かるイベントが続いたことで日中の大半が潰れていた。
「日本は春からずっと暑苦しいからな、急に帰国すればこうなってもおかしくないんじゃねえの」
海外は詳しくねえから分からんが、と呟きながらショウはセシリアの隣に座った。
「ええと、ありがとうございます……?」
空調の効いた研究所内から急に中庭の外気に触れたことで、セシリアは自然に浮き出た鳥肌と共に身体が温度差に驚くのを感じていた。軽い立ち眩みに誘われるままベンチに座ったのを、今ようやく自覚した。
思えばそのまま落ち込んでしまったのもそれが原因か──否、そんな言い訳に意味はない。
セシリアは受け取ったジャケットを羽織りつつ礼の言葉を呟いた。直前までショウの着ていたジャケットは、ほのかに暖かかった。
「で、実際のところ大丈夫なのか? 俺の知る限り、冷えたくらいで静かになるような人間じゃないと思うんだけどな。水泳の授業で地獄のシャワー浴びせられてキャーキャー騒ぐタイプだろ、お前」
「Hell's shower...? 随分と禍々しい名前ですけれど……」
地獄のシャワー、直訳してHell's shower。聖書の文化に生きてきたセシリアにとって、地獄という単語はそう軽々しく扱える代物ではない。そも聖書における地獄とは、一度堕ちれば二度と帰れない、永劫の苦痛の象徴だ。日本の死生観におけるそれとは違う。
「ああ、知らないのも無理ないな。
……日本じゃ水泳の授業でプールに入る前に、一回冷水のシャワーで身体を洗ってから泳ぐんだよ。水泳は夏にやるから、日光とかで身体が温まってるところに冷水なんてぶっ掛けられると、これがまあ地獄のように冷たいんだわ。だから地獄のシャワー」
「今の話で余計に身体が冷えてしまいましたわ……」
基本的に屋内の温水プールか海以外で泳いだことのないセシリアにとっては、想像するだけで震えてきそうな内容だ。知らないだけで日本は随分と過酷な国らしい……そんな感想が浮かんでくる。
そいつは申し訳ない、と相変わらず空を眺めるショウは涼しい顔である。
温めたいんだか冷やしたんだかよく分からない男だこと……ショウをじっとりと見つめるセシリアだったが、先程より気分は大分良くなったように感じる。
「……先程の実験について、思うことがありまして」
セシリアは、意を決して自分のことを話すことにした。何も言わないでいるのは不誠実だと思ったし、それ以上にこのまま後ろ暗いものを抱えたまま過ごすのは耐え難かった。
「ああ、それか。済まなかったなセシリア、折角お前からブルーティアーズを借りたってのに、情けない結果になっちまった」
「──そんなことッ!」
つい、声を荒らげてしまった。
そんなことありません──消え入りそうな声で付け足すセシリアだったが、声が小さすぎて尻切れトンボに終わった。
それから、セシリアは自分のことを語り始めた。数年前に事故で父親を失ったこと、それ以降母がオルコット家を取りまとめていること、母を助けるために実績を積み重ねていること……。
ショウはそれをひたすら静かに聞いていた。
「母は、父が亡くなってからずっと一人で私の家を支えています。口では大丈夫とばかり言われますし、昼に見たときは元気そうに見えましたけど、プライベートではよく疲れた顔で……私はそんな母を助けたいのです」
「そのためにテストパイロットになったってことか」
「ええ。私が、セシリア・オルコットが国家代表として名を売れるようになれば、きっと母の支えになれます。そのためなら私は何であろうとやり遂げるつもりです。
ただ……最近はもう一つ理由が増えました」
「……ん?」
「父は、お世辞にも立派とは言えない人間でした。何処へ行っても、他人の顔色を伺ってばかり……幼い日に連れて行かれた社交会では誰の前でもナヨナヨとしていたのを覚えています。家でもそれは変わらず、母の顔色を見るだけで、自分から何か家のことについて主張しているのも見たことはありません。母がなぜあのような男と結ばれたのか理解できませんでしたし、世間知らずの私はこう考えました。
──世の殿方は、ああいう情けない者ばかりなのだと」
ショウは相変わらず黙っている。目の前で「お前は情けない奴なのだ」と言われたようなものだから、何か文句を返されるのではと恐れていたセシリアにとっては少し意外だった。
「その認識を改める機会を与えてくれたのは、貴方と一夏さんでした。世の中には自信と凛々しさのある男性もいるのだと。
……母が疲れた顔をするようになったのは、父が亡くなってからです。単に一人になったからといえばそれまででしょう。でも、もしも私が知らないだけで、父にも立派で自信に溢れた一面があったのだとしたら、私はそれを知りたいのです。そうして初めて、母の悲しみを分かち合えるようになると」
そこまで言うと、セシリアは一度口を閉じる。ここまでは飽くまで前置きに過ぎない。
本題に入るのが怖かった。だから今まで身の上話で時間を稼いだが、それも弾切れだ。或いは、このまま「なんでも無いから聞かなかったことにしてくれ」と逃げることもできるかも知れない。だがそれはプライドが許さない。
選択肢は一つだけだ。
「ショウさんは、すごい方だと思います。私よりもビットの扱いに長けていて、ISの操作技術も高くて、何よりこの世に2人だけの男性操縦者。……とても、強い人。
──だから、少し嫉妬していました」
セシリアは、ベンチからずいと立ち上がって、ショウと同じように空を見た。
「先程の実験、ショウさんの結果は芳しくありませんでしたけど、私はそれに安堵してしまったのです。貴方に『気にしなくて良い』と口走る裏で、『ああ、私よりも良い結果でなくて良かった』と……。
私の想像も及ばない努力を、貴方はしているはずなのに、私はそれを侮辱してしまった。軽蔑してください……私は情けない女です」
そこまで言って、セシリアは俯いた。言っても言わなくても、苦しいことに変わりはなかっただろう。これで、本当に良かったのか。
そんな彼女を横目に、ショウは「そうか」と呟きながら立ち上がると、2、3歩進んで足を止めた。
「返事代わりに、俺の話をするぞ」
ショウは再び空を見上げて、ぽつりぽつりと言葉を繰り出した。
──知っての通り、俺の今の役割はグランゼーラのテストパイロットだ。この前まではワルキュリアを乗り回して、今はガルーダでデータを取ってる。
──想像もできない努力っつったなお前。想像できなくて当たり前だよ、だってそんなのしてねえもん。
──俺がこの仕事をしてるのはな、俺が親父の息子で、それしか能が無かったからだ。
──中学を……こっちで言うセカンダリースクールを中退みたいな終わり方してから、高校も行かずに一人シミュレータで遊んでたら、気付けばこうなってたんだ。
けど、最近ふと思うことがある……ショウはそう言いながらセシリアの方へ向き直る。しかし、その目は下の方を向いていた。
それと同じだけ、声色も暗くなっていくようだった。
──高校は資格だけ。大学は出てない。あるとすればチマチマ取った資格が幾つか……。
──もしも、何かの拍子で俺がテストパイロットじゃなくなったとして、俺は生きていけるのかって。
──仕事を選ばなきゃ、働き口はあるんだろうさ。けど、何の業種だろうが、誰と働こうが、何も変わらない。
──ヒトでないもののために働きヒトでないものから金を受け取りヒトでないものに金を払いヒトでないもののために働きヒトでないものから金を受け取りヒトでないものに金を払いヒトでないもののために働きヒトでないものから金を受け取りヒトでないものに金を払い──でもって昨日と同じように明日が来る。ヒトはいない。死体だけが残る。
「もう何もわかんねえ。一人で生きるってそういうもんなのか?」
──ぞ、わ、り。
背筋を怖気が駆け抜けた。
その一瞬、周囲から音とあらゆる温もりが失われたように感じた。
気付けば、セシリアはショウから目を背けて、そのままベンチに座り込んでいた。
見ていられなかった。
理解できなかった。
顔を逸らすとき、一瞬だけ見えたショウの目が網膜に焼き付いて離れてくれない。
虚ろな目。いや違う。何か、良くないものを何種類も坩堝に放り込んで焦げる手前まで煮詰めたような……それを丸く整えて眼窩に嵌めたら、もしかしたら、ああなるのだろうか。
情けないと思っていた父でさえ、あんな目はしなかったはずなのに。
「……なんてな」
ベンチまで戻ってきたショウがセシリアの隣に座る。
「何にせよ、これからの目標があって、今すぐやるべきことが決まってて、それでやる気もあるっていうのは良いことだと思う。……流されっぱなしの俺とは比べようもないっていうかさ、他所見したって無価値なモノばっかりだし、1つ方向があるならそこだけ見た方が良いよ」
ショウの声色は先程までの、比較的明るいものに戻っていた。それが尚更、今までの姿がセシリアには別人に見えて、本当に同じ人間なのか信じ難かった。
「──『明日のことで悩むな。明日のことは明日考えろ』……だっけか? どこに載ってたか忘れたが、今に相応しい言葉だよな」
なんだこの男は。こっちがあれこれ悩んでいるというのに、やることといえば
急激な緊張からの脱力。
セシリアは、なんだか急に悩むのが馬鹿らしくなってきた。
彼女が何を思おうと、結局ショウという男は何も気にしてはいなかった。許す許さないだの、軽蔑や尊敬だの、そもそもショウはそういう世界に生きてはいないのだから。
この結論に至ったのが、自分の悩みよりも数段粘ついたナニカを見せつけられて感覚が麻痺したからだとしても、セシリアにはもうどうでも良かった。
「……マタイによる福音書 6章34節ですわね」
「あそっか、クリスチャンだもんな」
「それに、正しくは『だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である』ですわよ。訳のブレは許容するにしても、半端に引用するなんて……respectが足りていないのではありませんこと?」
「ああ、スマン。ちゃんと覚えてなかった。今度は覚えてくるわ」
何時ぞやのISの教科書然り、この男なら本当に聖書を丸暗記してきそうだ──。
セシリアは呆れ顔でショウを眺めていた。
「……それで、今回の説明、どうします?」
「どうもこうも、有意なデータが得られたとでも言うとけばええやろ」
「それ、本気で言ってます?」
研究所の狭い一室。
リーとエリックの2名は無数の空中ディスプレイを前に、今後のBT計画について言葉を交わしている。これでもイギリス政府の命で動いている身、BT計画において何が起こったかは事細かに報告せねばならない。
リーは、ショウとセシリアの試合で増殖した大量のログファイルの一覧を呼び出して見せた。
全く同じ名前と、記録開始のタイムスタンプ。双子三つ子が可愛らしく思える程に似通った数百のファイル群は、名前の末尾についた不連続な通し番号と多種多様な経過時間によって見分けることができた。
「なんです? それって全部エラーファイルなんじゃ……」
「ウチも始めはそう思っとったんやけどな、どうもコイツら、全部中身の詰まった正真正銘の稼働データの塊らしいわ。それも、記録されてる範囲全てでBTシステムの稼働率が100%になってるオマケ付きのな」
「なっ……!」
リーが言うには、試合中に同時並行で生成された無数のファイルは、きちんとそれぞれの試合を記録していたという。それぞれというのは、どの試合も1つとして同じ内容のものが見当たらないという意味だ。
青白い粒子で出来たセシリアたちの複製らしき人型の動きを録ったものとリーは考えるが、それを示す証拠はどこにもない。並行世界の景色を覗いてきたと言われたって信じてしまえるくらいには、判断のための情報があまりにも少なすぎるのだ。
「なあ、このログファイル。仮に全部繋げたらどれくらいの時間になると思う?」
「え? この数ですし……2時間くらい?」
「──130時間や」
エリックは目を見開いた。
基本的にISの習熟は「稼働時間が全て」と言われるくらいには乗って動かすことが重要視される。コアがパイロットを理解し、適応するために必要だからだ。
それが100時間オーバー、しかも全編に渡って最大稼働状態。
本当にこのログの情報がそのままIS本体にも記録されていたとしたら、世の国家代表にすら到達できないレベルの成長をもたらすかも知れない。それとも、
「ま、この数字は飽くまでも中止される前までに正常に記録が終わった分だけや。尻切れトンボの不完全なファイルも足したらどんだけになるか……せっかく用意しといた128ペタバイトのストレージがパンク寸前やったわ。やっぱ止めて正解やな」
「……どうする気です」
「決まっとるやろ、こっから解析に次ぐ解析のデスマーチや。全部で何週間掛かるか知らんけど、BT計画へのフィードバックの材料には事欠かなくなったと言ってええんやからな。腑に落ちんことは多々あるが、調べんことには何も分からん。……まあ、連中が健康なら当面は良しとするしか無いやろ」
呆れを通り越して悟ったような様子のリーに、エリックはため息を漏らす他なかった。
「──しーざきら~ くいーんがんぱーうだ ぜらちーんだなまーいざれざび~」
夜の大西洋沿岸は凪いでいた。
疎らに浮かぶ綿雲の上に、宵の明星が空の主役とばかりに輝いている。月が昇るまでその独壇場は続くだろう。
「ぎゃらてぃーぶろーやまあーいん えにた~あぁ~」
そんな夜空をなぞるように、2本の青白い光の線が伸びる。
身体を伸ばして、自由に風を纏いながら翔んでいるのは航空機の類とは一線を画すISたちだ。
「……寡聞ながら
「イギリス来たんだし、イギリス発の歌が良いかと思ったんだけど、Beatlesの方が好みだったか?」
「どの道時代が古すぎませんこと? それこそ世代で言えばShape of Youとか……いえ、それよりもミスターにはボイストレーナーを紹介するのが先ですわね。ISが補正してくれなければ、そもそも歌かどうかさえ分かりませんでしたもの」
「俺……もしかして大分下手な感じ?」
「残念ながら」
ううん……。今まで歌が下手なんて言われたことが片手に収まるくらいしか無いショウは落ち込んだように息を漏らした。その実、歌うときは基本的に1人で、誰かに聞かれる機会がほとんど無かっただけである。
所詮は孤独を和らげるための気晴らしがクセになっただけのもの。採点すらない1人カラオケで上達なんて出来やしないし、そもそも本人に「上手く歌ってやろう」という強いモチベーションは無かった。
「そろそろ予定座標だな、高度上げるぞ」
「ええ、何時でもどうぞ」
極超音速装備の稼働試験、というのが今の2人に与えられたお題目だ。
ショウのBT適正検査とその後の休息の間に、セシリアは自分の専用機を高機動仕様に換装し、大体3時間ほどでそれを終わらせてから、事前に英国政府から許可されたルートでの飛行テストを行っている。
「戦うだけでなく隣で飛んでみたい」というのはセシリアの願いだった。
ワルキュリアを使っていた頃こそ不慣れもあったようだが、今ではアリーナ内という限定空間を縦横無尽に飛び回り、始めから知っていたように全ての攻撃を避けてみせるその技量。バイド襲撃の際には前線で相当に暴れていたのをセシリアは見ていた。
だから、真横でその振る舞いを見たら、きっと何か学び取れることがあるだろうと彼女は考える。立場上は自分より経験で劣る相手にもそんな考えができる程度には、今のセシリアに侮りの心は無い。
そんな考えからスポンサー特権でセシリアが捩じ込んだのが今回の飛行テストなのだが、バカ正直に「セシリアがやりたいと言ったのでやります」では建前も何も無い。
そこでエリックたち政府の上役が表向きの題目──これでも内々でのみ扱われる裏の話だが──として見出したのは、「OF-3の性能評価」だ。
ゴールデン・ウィーク中にグランゼーラより発表された新型の第2世代IS「OF-3」は、そのカタログスペックによって各国政府・企業を驚愕の渦に巻き込んだ。
特殊な兵装や技術で煙に巻くのではなく、「翔ぶ」という戦闘機の延長線上にある純粋な性能だけを練り上げた本機は、ある評論家をして「第2世代の究極形」とまで言わしめる代物だった。
どうせリップ・サービスだらけの評価などマトモに取り扱う国家はいないのだが、それに説得力を持たせてしまったのがバイド襲来時のショウの活躍だ。誰よりも早く、速く敵を撃墜して回り、味方の窮地に遅れることなく助けに行ける。
今年初めてISに触れた人間にそんな実力があるはずもないので、各国は「ショウではなく機体性能によるもの」とこの記録を解釈した。経験に欠けたド素人でもここまで戦えるのなら、自動的にその性能は本物という話になる。男性操縦者を宣伝役に据えたことがここまでの効果を生むとは、ショウの父コウスケも思わなかったようだ。
そんなOF-3をどの国も欲しがるわけだが、ここで我先にと手を挙げるようでは二流三流である。
性能の良い新製品が出たからすぐにでも買ってみよう、なんてガジェット愛好家みたいな振る舞いは国家には許されない。それに比肩する機体を自国で作ることが出来ないと喧伝するようなものだからだ。
そういう理屈もあって、
そういう意味では、セシリアのワガママは逆に、イギリスがガルーダの性能をじっくり拝める良い機会と受け取られた。直前の模擬戦でちょっとくらいおかしなことがあったとしても、延期・中止は有り得ないイベントなのである。
(速度はマッハ8オーバー。ガルーダは何の拡張パックも無しにこの速度域に入門出来ますの……!?)
ソニックブームの発生を嫌って大気の薄い領域まで上昇し、高度は海抜70kmを超えた頃。今やセシリアとショウはイギリスの領域を外れ、大西洋の公海上を飛行していた。
速度に特化していないISならばとうに置き去りにされているスピードの世界を、ガルーダとブルー・ティアーズは切り裂いて進む。
ブルー・ティアーズには機動特化の拡張パッケージ「ストライク・ガンナー」が装備されている。これは普段扱う4基のビットを本体に接続し、追加スラスターとして運用することで速度を増す追加兵装だ。
折角のビットを推進機にしてしまうなんて、と笑う者もいるが、それこそ物を知らない愚物の言葉だとリーは語る。
その心を端的に言えば、自力で推進するビットはこの速度域に追従できないのである。スラスターの出力、燃費性能、持続力を考えれば、ブルー・ティアーズ本体とビットには天と地ほどの差がある。置き去りにされてしまうのなら、逆に追加スラスターにしてしまった方が機動力と総合的な継戦能力に資する、というのがコンセプトだった。
そんな速度特化の形態で飛び回るセシリアにとっての驚きは、隣を悠々と進むガルーダの両肩──レッド・ポッドが当たり前のように本体に追従していることだった。
「その、ミスター……今の状態でポッド・シュートは使えまして?」
「ん? できるぞ。ほら」
ぎゅ、ぎゅい、と耳慣れない音を立てながら、ガルーダの両肩を飛び出したポッドが2人に先行して飛び回り、また戻ってきた。自力で推進する代わりに本体のポッド・コンダクターが引いた力場の上を動くポッドは、さながら電車と乗客の関係に近い。
「リーが知ったら自信を無くすでしょうね。ご覧の通り、ティアーズはこの速度域では飛ばせませんから……」
「いずれ解決するよ。未来の、どこかのタイミングで──技術ってのはそういうものだろ?」
「仰る通りですわね。わたくしにできるのは、その時が来るまで研鑽を重ねるのみでしょうか」
「名を売るんだったな。ヒトデナシばかりの世の中だ、大変だろうけど、応援してるよ」
セシリアは大きくバレルロールを繰り出してショウの周囲を旋回した。ほんのり紅潮した顔を見せないため、というのは本人の秘密だ。
そのままレーザーライフル《スターライトMk3》を抱えたまま空中でぐるりと前転に側転までしてみせると、ISの飛行にスラスターの方向が関係ないことが簡単に証明できた。
「この速度域でマット運動のつもりかよ。全くブレねえ辺り、慣性制御系は随分調子良さそうだな。さすがエリート」
拍手して笑うショウに、セシリアも笑顔を向ける。星明りはそれを照らすには不十分だったが、ISのセンサーなら幾らでも補正が効いた。
きっとガルーダのバイザーの向こうでも笑顔なのだろう、と彼女は思う。
「そう仰るミスターの調子は如何ですの? こうして実際に超音速で飛行するのは初めてでしょう?」
「近頃はかなり調子良いよ。シミュレータの通り、俺の思い通りにガルーダは応えてくれる。アリーナは狭くて仕方無いけど、こうやって自由に飛べると
「……
「え?」
何気ない一言だった、とセシリアは思っている。ショウが急に耳慣れない単語を出してきたから、なんとなく気になっただけ。
対するショウは、酷く困惑した様子で。
「マリコってのは、それは勿論──いや、待て。
奇妙な話だった。自分でも聞いたことのない言葉を、意識せずに言ってしまう。小学生が学校の先生をつい「お母さん」と呼んでしまうような微笑ましいものとは、どうも毛色が違う。
セシリアの良きライバルは、首を傾げながら黙り込んでしまった。
可能性の話ですけれど、とセシリアは口を開いた。
「その、ガルーダのコアの名前ではありませんか? 先日の授業で山田先生も仰ってましたけれど、コアには個別に意識のようなものがあって、パイロットによってはそれと心を通わせたり、呼び合ったりすることもあると」
「セシリアはあるのか? そういうの」
「わたくしはまだ……でも、そうですわね。先程の試合で何か変わったような感じはありますの。そういう意味では、ミスターも同じように何かあったのではありませんこと?」
「あるいは、適性値Sは伊達じゃない、ということかと」と続けるセシリアに、ショウは唸る。
「全くそういう自覚ねえんだけどな。……名前か、何にせよあるなら呼ぶのが礼儀だわな。
──改めてよろしくな、マリコ」
「ふふ。仮に何の返事がなくとも、身を預ける相手ですもの、仲良くするに越したことも無いですわね」
セシリアには、ほんの少しガルーダが輝いて見えた。きっと星明りと角度のせいだろうが、名を呼ばれて喜んだと考えたほうが楽しそうだと思う。セシリアは密かにロマンチストだった。
そうやって他愛もない話を続けながら、指定されたコースに沿って超音速の世界をそのまま進み、大西洋のド真ん中でもう間もなく折り返しとなった頃。機体に不調は見られず、むしろ互いに調子が良いくらいだった。
ショウは自分の視界にオーバーレイされる形で、短いメッセージが表示されたのに気付いた。
──Don't you forget about me, do you?
「こいつは……」
「どうかしましたか?」
「ううん、何と言うか、誰かから『自分のこと忘れてないだろうな』ってメッセージが届いたんだが……」
「脅迫文か何かですの? 本当に気を付けたほうが良いですわよ、立場が立場ですもの」
「本当にこれしか書かれてないんだけど、意味が分からねえし」
その時だった。ショウには、ガルーダの駆体がズキリと震えた気がした。
歌うような、何かを伝えようとするようなその振る舞い。この機体がガルーダという名を手にする前に、そういったことがあったことを思い出した。
ついさっき、自分がマリコと呼んだコアがそれをしたとするのなら。
あの夜、空で出会った相手と呼びあったこのコアならば。
「──ああいや、セシリア。たった今、心当たりができた」
「そうですの?」
「ああ──知ってる相手だ」
ショウの視界にオーバーレイされる形で、しかし本体のシステムに由来しない形で、その行き先に
そうして、セシリアにとっては予期せず、そしてショウにとっては分かっていたタイミングで、2人の
『ハロー。私のこと、忘れてはいないでしょう?
こんかいのまとめ
・ショウ
BTシステムの才能が全く無い人。いーもんね、俺にはポッドがあるもんね。
ガルーダのコアには名前があるらしい。名乗られた覚えも無いが、あれ、俺そんなもの付けたっけ?
先のことばかり考えて、けれどそれ以前にどうにもならないと理解してしまう。せめて、少ない隣人には倒れないでほしい。
・セシリア
ショウへの尊敬と嫉妬が入り交じるコンプレックス。当の本人は気にしていないというか、どうもそんな余裕が無いようにも見えるので一旦放置。
彼と違って試合で何か変わったような感覚がある。パっとしないので成長できたかは本人としてはちょっと疑問。
ライバルと行く超音速の世界は自由でお気に入り。ここでもビットが使えたら良いのに。
持つものの苦悩みたいなやつを描きたかった今回。
主人公という性質上、何かしらの形で褒めそやされることの多いオリ主ですが、かと言って当の本人にそれに相応しい努力をした意識はありません。
隣の芝生は青いという諺の通りで、自分が始めから持っていたものほど価値が無いように感じてしまうのは人の性でしょうか。
時間の流れに抗えぬまま、成り行きに追われてきた彼にとって、努力できて向上心もあるセシリアは眩しいようです。
既存キャラの強化パターンを見て……
-
もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
-
強化装備ポン付け位がいいかな……
-
機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
-
この水は飲めそうだ