Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
I do not aim with my hand;
she who aims with her hand has forgotten the face of her father.
I aim with my eye.
I do not shoot with my hand;
she who shoots with her hand has forgotten the face of her father.
I shoot with my mind.
I do not kill with my gun;
she who kills with her gun has forgotten the face of her father.
I kill with my heart.
「リー博士! 説明してください!!」
「んなもんウチも知るかァっ!」
騒然となっていたのはリーたちのいる研究施設も同じだった。
モニターとしてディスプレイが幾つも並べられた一室は白い蛍光灯で照らされていて、リーはその画面をキョロキョロと忙しそうに見回している。
身体検査も機体の整備も万全の状態で送り出したセシリアたちが、ある程度飛行したところで突然その姿を消したのだ。通信にも応答が無く、そして同時期に政府専用機が行方不明になったとの知らせがエリックの携帯を鳴らした。
とても無関係だとは思えないが、かと言って両者を結び付けるだけの情報はない。
(セシリアのみならずショウ・サワムラの反応まで消えたのが何よりマズいぞ。しかも時期と向こうの慌てようからして、一緒に反応ロストしたべスピナに今乗っているのは──)
アメリカから帰路に着いた政府関係者と、世界で2人しかいない特殊体質のVIP、稀有な才能を持った自国のパイロット。更に、2個のISコア。
これらが一度に失われたとなれば、それは危険などという言葉では表現し切れない事態を生む。
不安定な世界情勢という火薬庫に、片っ端から火を点けて回るようなものだ。
額に手を当てて冷や汗を拭うエリックの横で、リーは備え付けの内線を操作してどこかへ電話を掛けていた。
「──せや、受信システムのパラメータを……」
誰と話してるんです、と口を開こうとしたエリックを、受話器を持っていない片手を口に当ててリーが制した。いつもならやかましく「黙れ」とか言ってくる彼女にしては珍しい印象を受ける。
それなりに専門的な会話らしく、いま現在焦燥に駆られている一介の役人にはそれを悪化させるだけの仕事しかしなかった。
3分程して受話器を置いたリーは、ゆっくりと口を開いた。
「……結論から言うで。セシリアは生きとる。恐らくサワムラのあんちゃんもな」
「本当ですか?! というか、どうしてそんなことが……?」
「ここの地下にある精神拡張デバイス……前に一度見せたやろ?」
「あの……
リーは語る。
ヒトの精神と繋がり、反応するBT技術の根源とされているそれには、「精神拡張デバイス」という渾名が付けられていた。この研究施設の建造時からずっと地下に置かれたまま無数の実験と検証が続けられてきたものの、その由来は未だに判然としない。
同じ技術であるためかブルー・ティアーズと相互干渉するこの物体は、先のセシリアの模擬戦でも独りでに反応を見せた。レーダーからその反応が消えた今でもその繋がりは健在で、外部から入力するパラメータを適当に調整すれば、現在稼働中のBTシステムの状態を読み取れるという。
「1号機の稼働率は高いままや。単なる遊覧飛行でBTシステムは使わんし、あのじゃじゃ馬娘がトチ狂って大西洋上で模擬戦なんて始めない限りは、
「戦うって、一体何と……?」
「サボんな、それを調べるんはアンタの仕事やろうが。……飽くまで勘やけど、ISを奪いに来たテロリストにしては規模が大き過ぎる。このご時世や、
大西洋の一角を覆い隠す、謎の現象。そもそも宇宙空間での活動を想定して多彩な通信手段を保有するISの反応が消えるなど、本体を完全なステルスモードにでもしなければ起こり得ないことだ。
リーによる
そんなときだった。内線から来客を告げるメッセージが届く。
リーがコンソールを操作してディスプレイの1つに研究施設の出入り口付近のカメラ映像を出すと、そこには高級そうな黒いセダンと、そこから降りてきた黒いスーツの初老男性が映っていた。杖を突いて、しかし身を預けることのない振る舞いは貴人を思わせる。
「チッ、貴族院のタカ派がなんでこんなときに……エリック、何かウチの知らんアポでも入ったか?」
「いいえ、私も何も聞いてはいませんが……」
招いた覚えのない黒服の客。
潔癖な白一色の部屋にいる2人には、ツンと鼻を突く厄介事の香りが漂い始めたのが分かった。
「──ジェイド、ジェイド! どうせ聞いてるんだろ、答えろ!」
イギリス領までもうすぐ100キロを切ろうかという頃になっても、空が静寂を取り戻すことはない。
ガルーダの牽引する
「チッ、向こうからは好き勝手言ってくるくせにこういうときはダンマリかよ……」
別に周囲のバイドを脅威に思っているわけではない。
実際、ショウにはバイドがどこに現れて、武装をどのように使えば安全にそれを打倒できるかが分かっていて、後は迎撃しつつこのまま安全圏まで連れて行くだけで事が済む。詰まる所、彼にとってこの護送任務は、MRI検査や歯科治療のような「苦しいことが終わるのをただ待つだけのイベント」でしかない。
嫌悪こそすれど、恐怖するには足りない。
それでもショウを焦らせ、あるいは怯えさせるのは、既知の外側で戦い続けるセシリアのことだった。
意識と視界の外から、何の予兆もなく現れた大型バイド、レヴィアタン。亜空間から他のバイドを誘引して混乱を撒き散らすその相手のことを、ショウは理解できずにいた。小物どもは幾らでも倒せる。だが、レヴィアタンだけが混沌の渦の中心にいるかのように不確定で、未知だった。
そんな中で、セシリアが戦っている。
クラス代表決定戦で通じ合い、共にバイドの襲来を生き延び、記憶こそ無いが昨日の模擬戦でも対等にぶつかり合えた、良き好敵手。そんな相手が現れたのは、ショウにとって生まれて初めてのことだった。
自分よりも未来を見据えて、目的を持って生きる彼女をカオスの渦中に置き去りにしてしまっていることが気掛かりで仕方ない。
人でなし共のせいで、それが失われるかも知れないと思うと、何よりも恐ろしかった。
『……随分と焦っていらっしゃるようですが、お急ぎでしょうか?』
ショウの呼びかけから少し遅れてジェイドが返事をした。忙しかったのだろうか、その嫌そうな声色はボイスチェンジャーでは隠しきれない。
「情報はどこまで伝わってる?」
『ガルーダのセンサー情報よりバイドの反応を検知しています。そこから貴方は離れているようですが』
「なら話は早い。オラクルはタバネ博士と繋がってんだろ? その伝手でシアを呼んでくれ。何ならヘクトールとかいうデカブツを引っ張り出すだけでも良い。とにかく火力がねえと……」
焦りのまま、半ば叫ぶように言葉を並べ立てるショウ。
実際、彼には手持ちのカードでレヴィアタンを倒し切る手立てが思い付かなかったし、圧倒的な火力で押し切れる兵器として知っていたヘクトールだけが唯一思い当たった解決策だった。
千冬から聞いた自分の所属と束の繋がりという情報に賭けて、この場に何としても切り札を持ち込まねばならない。
『──沢村ショウ』
たった一言。ジェイドは名前を呼ぶだけで言葉を制した。
「な、なんだよ……」
『まずは2点、お答えいたします。
──1つ。
「……」
『なしくずし的な事情があったとはいえ、そもそも貴方にあの方の名を知る権限はありません。一介のパイロットが触れて良い相手ではないのです。
そして2つ目。現状ヘクトールを動かすことは出来ません。あの兵装を扱える機体は非常に限られますし、ガルーダはそれに該当しません。何より預言の乙女も束博士も多忙でいらっしゃいます』
「そんなこと言ってる場合か!? 相手はバイドなんだぞ、ヒトデナシ共なんだぞ。ああだこうだやってる間に死体が増えるって──ああチクショウ、俺より先にバイドのこと知ってたなら分かるだろうが」
ショウはギリギリという軋む音を聞いた。自分の歯ぎしりだった。
何としてでも状況を変えねば、どれほど酷いことになるか。いるかも分からないスピーカー越しの相手を動かす言葉がサッパリ思い浮かばない。
「大体、このイギリス行きだってアンタらの命令だろうが。口ぶりからして立場だの何だのを気にしてるらしいけど、命じた仕事を放っぽりだして協業相手も見捨てるヤツがそんなこと気に出来る身分なのか? セシリア・オルコットだって戦ってんだぞッ!」
もうこれ以上言えることが無い。最早ジェイドは当てにならないと判断したショウは通信を切って、あるかも分からない次の手を考えようとした。
その操作を止めるように、ジェイドはもう一度ショウの名を呼ぶ。
『……私も悪魔ではありません。先ほどの言葉はいま現在出来ないことをお答えしたまでのことです。状況が解決されねばならないということは、私も理解しています』
「じゃあ何ならできるって──」
『──こちらから援軍が出せない以上、その場にいる貴方とガルーダの性能を最大限活用する他にありません。リスクはありますが
あとは、貴方の役割……その類稀な操縦技能と果敢な決断に期待します』
ジェイドはそれだけ言って通信を切った。言葉の通りに機能開放のシステムメッセージが浮かび上がったのを見て、ショウもそれ以上何かを尋ねようとは思わなかった。
一転して、ショウの周囲は暗黒と静寂に逆戻りした。バイドが原因らしい電波異常によって後ろで牽引しているべスピナからは何のメッセージも届かないし、航空灯の類も消えたままだった。
ガルーダのスピーカーが音を発したのは、それから数分してからのことだ。
『──そこのIS、所属と目的を明かし、直ちにその旅客機から離れろ!』
やかましい女性の英語が鼓膜を叩いた。即座に望遠を掛けて前方を見ると、2機のISがこちらへ向かっていた。凄まじい相対速度だ、その姿はどんどんと大きくなっていく。
大型の銃器を携えたその姿に、ショウは見覚えがあった。
(イギリスの軍用モデル──メイルシュトロームとか言ったか? いいやこの際どうだって良い)
「先にそっちの所属を明かして貰おうか! イギリス空軍で間違いないか?」
『いかにも、我々は王立空軍所属の者です。そちらは事前情報と機体の概形からミスター・サワムラとお見受けしますが、何故ここにいるのですか?』
「それで間違いない、グランゼーラ所属の沢村ショウだ。アンタらの所属がイギリスならそれでいい、早くこっちへ来てくれ!」
非常事態を受けて
しかも目視するまでその存在に気付けない程にレーダーが仕事をしない空域を、この男は飛んできたという。
ショウは脚部の接地用クローに結びつけた蔓──得体が知れないが強度だけはある──を解くと、それを向かってきたメイルシュトロームの片方の手に、半ば押し付けるようにして握らせた。
『え、一体何のつもり!?』
「早くこの旅客機をここから逃がせ! 俺は戻るッ!」
『戻るだと? ダメだ逃げるなっ、貴様には重要参考人として同行を──』
口調の苛烈な方の軍人が叫ぶが、その頃には垂直上昇したガルーダは既に数キロ上空にあって、尾を引いた青白いプラズマの線だけがそれを物語っていた。
あり得ないスピードだった。軍用機といえど、メイルシュトロームではとても追い切れないし、既にその機影はハイパーセンサーからも消えている。
重要な政府専用機を置き去りにしてまでショウを探す訳にもいかない軍人2人は、とりあえず機内の安否確認を済ませてから、押し付けられた蔦でべスピナを牽引して空域を離れた。
それから少しして、レーダーにべスピナとIS2機の反応が復帰したのをコントロールセンターで見ていた政府の人間たちの間では、安堵から拍手喝采が湧き起こったという。
「──チィっ、数が多いクセにちょこまかと……!」
無数の閃光が煌めく大西洋上空。
ダンタリオンを駆る笛持ちからのデータリンクにより判明した周囲のバイドの数は実に数百体。始めこそ面食らったナターシャだったが、意外にも危な気なく戦えているのは自身の操縦経験によるところが大きい。
飛び交う琥珀色のバイド粒子弾の嵐の間をすり抜けるように、
機敏な制御こそ出来ないが誘導可能な特殊砲撃ユニットと超大型スラスターが一体となったこの兵器は、ナターシャに圧倒的な面制圧力と速度を与えた。
月明かりだけが頼りの宵闇の中にバイドの反応がバウンディングボックスの形でオーバーレイ表示されていて、敵さえハッキリ見えているのなら彼女に恐れるものは何もなかった。
天使が飛んだ後に羽根を残すように光の嵐を撒き散らせば、それだけで敵を倒せてしまうのだから。
「そこッ!」
開放回線越しに少女の声が響くと、ナターシャの位置から数キロ離れた空を青白い光の線がなぞった。セシリアだった。
暴力的な推力と引き換えにビットを封じられるストライクガンナーを装備した彼女が使える武装は、長物のレーザーライフルと改良型のレーザーブレードだけである。包囲射撃で相手を追い詰めるスタイルのセシリアにとって、突然の実戦でそれが使えないのは大きな足枷になっていた。
(動きが、重い……っ)
できるだけ複数の小型バイドが直列する位置まで飛んで、ライフルでまとめて貫く。普段通りに狙撃のセンスは鋭くて、けれど撃てる銃が1つだけというのが何よりも焦れったい。
経験もあって敵の弾は見えている。速度があるから避けられる。戦うために脳はフル稼働している。
だというのに、自分の意思と現実が噛み合わない。
常に階段を踏み外し続けているようなチグハグさにセシリアは歯噛みする。
(
リーの反応から察するに、昨日の試合でのBTシステムは随分と高い稼働率だったらしい。
そして、初めてショウと戦ったときに弾道が曲がったのは、今この手に構えるレーザーライフル《スターライトmkⅢ》によるもの。
もう条件ならとっくに揃っているはずなのだ。
あの一瞬のひらめき。記憶がおぼろげな
「──セシリア飛び込み過ぎっ! もっと外から狙って!」
「そうはおっしゃいますけどッ!」
気付けば敵の多いところにまで踏み込んでいたらしい。超音速で駆け抜けるセシリアの背後を無数の琥珀色の輝きが埋め尽くしていく。ギザギザと重なり合う光の弾道は、まるで口を開けて迫る怪物の大顎のようにも見えた。
多方向への射撃ができない今、敵の群れの外から射撃を叩き込むのが安全で最高効率の戦術のはずだった。考え事をしながらでも戦えてしまうのは成長といえるだろうか? 迷う少女にとっては全く嬉しく思えない。
そんなときだった。
「空間中バイド体湧出量の増大……全員気を付けろ、新手が来るぞ!」
「新手……?」
一気に垂直上昇して距離を取ったセシリアには、眼下で
否、それは風なんかではない。
何も無い虚空から沸き立った琥珀色の粒子が、何かに押されるようにして
最終的に琥珀色の輝きは失われ、現れた
「ねえちょっと待ってよ、アレは全部破壊されたって話じゃなかったワケ!?」
「そっちに生き残りがいたのではありませんの? いいえ、それにしては大きさが……」
宵闇の中でもハッキリ分かる鮮やかな赤色をした、人型の巨影。
体高は15mはあるだろうか。思い出したくもない以前と比べれば倍以上、重機というよりは巨人と言ってしまったほうが分かりやすい。
腰のミサイルポッドが無くなった代わりに左腕は幅広の異形で、しかしそれでも右肩に積まれたトレードマークの大砲はそのままで、名乗りを上げるように顔面のモノアイが琥珀色に輝いた。
「この前暴れたアメリカ製の急造品とはわけが違う──正真正銘バイドが自前で生産した異方の兵器、ゲインズだ」
どういうことだ、と尋ねようとしたナターシャを遮るように、ゲインズの大砲に光が灯る。
「──避けてくださいましッ!」
それは光の柱だった。地平線の彼方に沈んだはずの太陽を棒状にこねたらこうもなるだろうか。
柔らかく降り注ぐ月明かりを全て塗りつぶして、眩い破壊の輝きがサーチライトのように振り回されていく。
笛持ちのダンタリオンを追って動くその根本へセシリアがレーザーライフルを撃ち込むが、幅広の左腕の手前でそれは防がれた。よく見ると薄っすら光の膜のようなものが展開されている。
「ははは、同じ起源のダンタリオンを狙い撃ちか。ジェネレーター出力も先月の比じゃない──ッ!」
まるでUFOみたいに不自然な鋭角軌道でゲインズの光芒を避けきった笛持ちは、瞬時に距離を詰める。
「──ダンタリオンの笛」
ゲインズの胸元に飛び込んだダンタリオンから、紫色をした無数の光の槍が溢れ出す。
だが、ダンタリオンの笛は、胴体とダンタリオンの間に素早く差し込まれた幅広の左腕に吸い込まれ、その装甲を焦がすに留まる。
真っ赤な幅広の左腕に装備されていたのは、超大型のレーザーブレードだった。出刃包丁の側面に食材を載せるように、生半可な攻撃を全て受け止めてしまう圧倒的な出力が、それに盾としての役割までも与えていた。
「波動砲装備と白兵戦仕様のハイブリッド……知らない型だ、波動砲を学習したのか?」
「ねえ! そのデカいゲインズは何なの!?」
「説明を求めますわッ、さっきから訳知り顔で呟いた意味は何ですの?」
「さっきバイドは機械を狂わせると言ったが、それは飽くまでも性質の一端に過ぎない」
両腕からウロコ状のエネルギー弾を乱射しながらゲインズの攻撃を躱し続ける笛持ちは、淡々と語る。
バイドの恐るべき本質は、侵食作用と排他的攻撃衝動を内包した、増殖性のエネルギー粒子だ。それは空間に滲み出し、触れた全てを侵食して同化、衝動のままに破壊を振り撒き続ける。
アメリカで建造されていたゲインズは飽くまでコピー元に過ぎない。ヤツらは受けた攻撃を学習し、その二重らせん構造に織り込まれた戦いの記憶を元に改良し、今ここにさらなる脅威を備えた新しいゲインズとして生み出したのだ、と。
「先月のバイド戦でゲインズを一番倒したのは沢村ショウだったかい? 波動砲の使い過ぎだな、慣れたせいか歪ながらも対策してきているらしい。出力でのゴリ押しもセットときた」
「それで、どうすれば倒せるの!?」
「ハッキリ言って真正面からでは手に余る。3機で撹乱して防御の隙間を狙うくらいしか……フォースを持って来るべきだったな」
「そんな精密な誘導できる兵器なんてこっちには────ッ!?」
──ずん。
一瞬にしてゲインズがナターシャへ迫る。回避すら許さぬ速度で圧倒的な出力のレーザーブレードが振り被られ──、
「ぐ、うううう……っ!」
──寸でのところで飛び込んだセシリアがナターシャの腰を掴んで駆け抜ける。ゲインズの凶刃は空を切った。
間髪を入れずに笛持ちがダンタリオンの笛を叩き込むが、やはり左肩の関節には届かない。
「ミスターにこの場を預かりましたのッ、情けない戦いなど──」
「──お礼は後でしっかり言わせてもらうけどセシリア、貴女そのISのことどれくらい分かってるの!?」
「こんなときに何の話ですの!?」
「良いから答えて!」
分かってると言われても……。
セシリアの肩に触れながら覗き込む銀の福音のバイザーに表情は無い。だが、どうしてだろう。触れた場所に熱感があるような気がした。
「よく聞いて……そのブルー・ティアーズってISは貴女のことを待ってる。それが何かは分からない。でも、貴女の心ひとつで何かが変わるって
「非常事にさっきのオカルトを持ち込まないでくださいまし! 大体『何か』とは一体……」
「──
オカルト、とはもう切り捨てられない。
セシリアは自分の悩みが、そして今この瞬間を脱するためのキーが言い当てられたのを理解した。
だが、どうすれば良い? どういう風に命じれば、どういう角度で撃てば、望みの結果が得られるのか……セシリアはここ暫くそれだけを考えて、進歩を得られずにいた。
「そのISのことはよく知らないけど、少なくとも数字や理屈の話じゃない。もっと感覚の────ッ」
ナターシャは反射的にセシリアを蹴り飛ばして、互いに反作用で距離を取る。
──直後、その間を極太の光芒が駆け抜けていった。ゲインズの砲撃だった。
「大切なのは『認識』することだ。出来て当然だと思え、息を吸って吐くように、魚が泳ぐみたいに!」
「出来て当たり前の、認識……」
何かが引っ掛かるような感覚。どこか、懐かしいような。
セシリアは呼ばれるように真上へと上昇していく。自分の身体と一緒に感覚まで湧き上がっていくようだった。
「ナターシャ・ファイルス、ダンタリオンの笛に合わせて同じ場所に火力を叩き込んでくれ、狙うは左肩……防御が剥がれたらそこを
「勝手に命令しないで! まあやるけど……とにかくセシリア、そのコアの意思を感じ取るの。妙な話だけど、全部は貴女の手に掛かってる」
笛持ちとナターシャは即座に駆け出して、ゲインズを撹乱するように飛び回った。
だが、セシリアにはそんなものは見えていない。
(稼働率は、94%……)
銃をどの角度で構えて、どのタイミングで撃って、スラスターを何秒稼働させて、回転角は……。
セシリアはブルー・ティアーズと出会ってからずっと、機体の制御を数字と計算で行ってきた。父を失い、母は多忙で頼り難く、そんな中でも数字は裏切らずに結果を与えてくれたからだ。
そんな彼女にとって、感覚で操作せねばならないビットの制御は困難を極めた。
だが、そんなものを一切気にしないかのように天を舞う人間に彼女は出会った。ショウだ。
自分の感覚のまま、考えるよりも早く、さも当然のように自由に飛び回るポッドを見て、自分もあのように出来たらと思わなかった日は無い。
ショウの動きを真似して、自機の近くにビットを置いたこともあった。
対策しようとして、アリーナの隅に待機させたこともあった。
結局のところ、それらは数字に頼った逃げの戦い方でしかない。真正面から感覚で動かせないことの裏返しだった。
(出来て、当たり前……)
飛び回るゲインズの左肩に照準を合わせると、ナターシャの言葉が脳内で反響する。
セシリアはブルー・ティアーズに命令してきた。お願いしてきた。どうか曲がってくれ、自分の意思に従ってくれ、と。
だが、それは
雲から降ってくる雨粒に「落ちてくれ」なんて頼むだろうか?
揺蕩う海に「波打ってくれ」なんて命じる人間がいるだろうか?
(だとしたらわたくし、ずっと前から──)
デジャヴなんてものではない。強烈な懐かしさ。
何十時間も前に、確かに自分はショウとそこに居た。キラキラと輝く極彩色の世界に、思考を削ぎ落とした感覚と可能性の領域に。
どうして忘れていたのだろう。幾人もの自分が教えて、見せてくれていたのに。
感覚を感覚のまま思考の表層に引き上げて、実像を捉えられたなら。答えは初めから自分の中にあったというのに。
レーザーライフル《スターライトmkⅢ》の銃口に過剰なまでの輝きが灯る。ブルー・ティアーズの装甲から青色のBT粒子が沸き立って燐光を放っていた。
遠くでゲインズが笛持ちに斬り掛かり、ナターシャを波動砲で狙い撃つのが見えた。
どうでもいいことだった。
セシリアはゲインズに合わせていた照準を外して、レーザーライフルをだらりと真下に下ろす。
手の角度も、指のタイミングも、もういらない。
「ここが隙だ、叩き込め!」
「セシリア、撃って!」
大振りの攻撃を外したゲインズの近くで白と紫色の輝きが絡み合って弾けた。しかしそれはゲインズの腕を吹き飛ばすには至らず、だが、確かに防御は剥がれている。
侵食するバイド粒子の膜も、強固なレーザーブレードの刀身も無い。
「──────そこ」
セシリアがしたことは、ただ目でなぞるだけだった。
過剰にチャージされたレーザーライフルから放たれた光弾は、惑星が恒星の重力に引かれるように曲線の軌道を取って無数のサージを貫くと、ゲインズの剥がれた防御の隙間に寸分違わずに命中した。
──直後に、炸裂。
ゲインズは左腕を爆散させながら緩やかに高度を下げていった。
「You realy-realy made it! これなら後は煮るなり焼くなり──」
「──いいや、まだだ。セシリア・オルコット、避けろッ!」
爆炎を上げ、態勢を大きく崩しながら、ゲインズは次の獲物に狙いを定めていた。
誰よりも目立つ青い輝き。己を破壊した脅威。
この機械の巨人に戦術は無い。ただ衝動のままに健在な武装を選ぶだけ。
右肩の凝縮波動砲に暴力的な輝きが灯る。
「──いいえ、不要ですわ」
だがセシリアは動かなかった。
その青色の瞳で、降下しながらこちらを狙う
これは計算でも、感覚でもない。
セシリアには、この後の結果が何となく分かっていたからだ。
その結果を生み出す相手への信頼がそうさせる。
『──オシレーター、モードシフト』
男の声と共に景色が歪み、赤いゲインズの射線を遮るようにしてもう一つの赤が現れる。
ぎゅろろろろ……!
セシリアにとって覚えのある駆動音が大気を震わせ、ゲインズの周囲に青白い粒子を撒き散らした。
「ガルーダ……ここで戻ってきたか!」
それから、遅れてきたヒーローは一言。
『パーティーは終わりだ』
蓄積された力が開放され、人造の破壊が放たれる。
波動エネルギーの塊はゲインズの砲身の中へ潜り込み、内部で発射を待っていたエネルギーと反応、途方も無い威力の爆轟となって炸裂した。
◆
「随分良いところ持っていくじゃないの、ミスター・スーパーマン?」
4機掛かりで残存していた小型バイドを掃討したところで、ナターシャはガルーダの肩を小突いた。
「これでも必死だったんだぞ。聞けばセシリア、あの一撃を避けようともしてなかったって……」
「ええ、何だか大丈夫な気がしましたもの」
「貴女、なんか……変わったわね」
眼下の海中を動く光の巨影──レヴィアタンは健在だ。しかし、笛持ちによると活動は落ち着いているらしい。
事態は一応の終息を見せていて、状況は初めに戻った。
「何はともあれ、みんなお疲れ様。べスピナの退避からゲインズの撃破まで、正直大分ハラハラさせてもらったよ」
「何がハラハラよ、所属不明のテロリストのくせに……」
「実際、どこの国家にも属さない戦力という意味で僕はテロリストの身分だけどね、テロがしたくてやってるんじゃないんだ。……本当はこの1機だけじゃなくて4機くらいの体制でレヴィアタンの監視をしていたんだけど、色々あってね。とにかく助かったよ」
「……それで、お礼というのは言葉だけですの?」
セシリアは目を細めた。
彼女に流れる貴族の血が相手のポケットに手を突っ込もうとしている……というわけではない。飽くまでこれは危険に対する正当な対価と権利だ。
「いいや、約束の情報は後日送らせてもらうよ。だが、今日のところはイギリスに戻るべきだろう? 気付いてないようだが、鼻血が出ている」
え、どうして誰も指摘してくださいませんでしたの!? と顔を真赤にして手で覆うセシリアを余所に、ナターシャが口を開く。
「私の任務は調査だし、貴方にいつまでもついて回ったって良いケド」
「キミも報告に戻る必要があるはずだ。今日のことをキミが調べた体裁の報告書でもあれば、立場の確保くらいできるだろうと思ってね。色々言われてるんだろう?」
「……知ってるのね、私の状況」
「いやいや、貴重なパイロットとコアを無為に封じさせるようなことをしたくないだけさ」
少し不機嫌そうなナターシャは、ショウとセシリアと握手を交わすと、「また会いましょう、今度は平和なときに」と別れを告げて飛び去った。
それを見届けると、笛持ちに警戒を向けたままセシリアも進路をイギリスに向けようとする。その後ろに続こうとしたショウを、笛持ちは呼び止めた。
「……何だよ」
「いやなに、同じRシリーズを扱う者として警告しておこうと思ってね」
「警告?」
「適正値Sで強力な機体を扱うキミの立場は、キミが思う以上に危険なものだ。その命を狙う人間は少なからずいるということを分かった上で行動した方がいい。篠ノ之束も同じことを考えているだろうが、キミはバイドとの戦いの鍵に────どうしたんだい?」
ずい、とショウは笛持ちの間近に踏み出した。蛍光緑と群青色のバイザーが表情もなく向き合うが、感情は大気に滲み出していた。
「
「え? ああ……テロリストだろうが国家機関だろうが、キミに手を出そうとする人間は多いだろうね」
「本当に、いるんだな」
「あの、ミスター……?」
「織斑一夏も同様だが、
そうか、ならいい……。
どこか上の空の、掠れ声に近い返事をして飛び去るショウを、セシリアは追い掛けていった。
単機で残された笛持ちは、真下のレヴィアタンを眺める。眩い輝きが不規則に点滅して、まるで何かを呼び誘うようだった。
「……人間、ねえ」
こんかいのまとめ
・エリック&リー
精神拡張デバイス(PSYchological-expantion device)なるものを抱えたBTチームの皆さん。レーダーから消えたままのブルー・ティアーズが
次から次へと厄介事を招くセシリアたちにいっそ辟易してしまいたいが、そんなことは許されない。
アポ無しで来やがった来客はどうしようね。
・ショウ
ヒトデナシ共を許さない男。
小物を恐れる心は持っていないが、レヴィアタンに関しては何がどうなるか分からない力不足。
異層次元を経由してゲインズの真ん前にワープからの波動砲でズドン。一瞬ズレていたらセシリアが死んでいたと聞いて背筋が冷えている。
もうすぐ人間に会えるってさ。
・ジェイド
シアの名前を気安く呼ぶんじゃあねえぜ、この平パイロットがッ。
ガルーダの機能開放が出来るなど、その立場と権限は上位のものらしい。
ヘクトールは貸してくれなかったけどセシリアの名前を出したらなんか動いてくれた。
・ナターシャ
「戦え」と、ゴスペルが言っている。
コアの心が分かるらしい人。ショウと初めて出会った太平洋上の一件で責任を追求される立場にあったが、レヴィアタンの詳細とバイドの情報を持ち帰ったことで状況が逆転した。
今度こそショウと普通に飛べると思ったのになあ……。
・セシリア
空気を吸って吐くことのように! HBの鉛筆をベキッ! とへし折ることと同じようにッ、できて当然と思うことですじゃ!
……とか何とか思ってたらできちゃった
例によって鼻血と頭痛に見舞われているが、きっとこれは成長の証……ですわよね?
イギリス空軍保有のとある空港。
2機のISにエスコートされる形でその長い滑走路に悠々とべスピナが着陸する。
数十分前までの異常な不調を一切感じさせないスムーズさで駐機まで済ませると、すぐにタラップ車が横付けされて、機内に男が駆け込んだ。
男はイギリス政府の中でも位の高い人物で、べスピナの中にいる「ある人物」の安否を誰よりも気にするあまり、出迎えるどころか飛び込んでしまっていた。
絢爛な外見に反して頑丈に作られた機内の椅子には、老齢の女性が座っている。彼女は息を切らせる男を見て、くすくすと穏やかに笑った。
「あらあら、そこまで心配させてしまったようね」
「
「ふふふ、良いの。あれでも久々にスリルのある体験が出来たし、勇ましい殿方にエスコートまでしていただけたんですもの」
「殿方……? 護衛のISではなくて、ですか?」
「ええ、赤いIS──たぶん、例の
そこまで聞いて、政府の男は護衛のパイロットたちの言葉が嘘ではなかったと理解した。
確かに居たのだ、沢村ショウが、あの場に。
「それに、彼が出発するまでに守ってくれた他のパイロットにもお礼をしなくちゃね。片方はオルコットのお嬢さんでしょう。昔パーティーで会ったわ。あのときはとても小さかったのが、随分成長して……。
もう一人は分からないけれど、そこは貴方たちにお任せするわね。きちんと恩に報いてこその
陛下、と呼ばれた老齢の女性は、口に出さなかったもう1機の存在を思い浮かべた。
きっとアレには、誰の目も向かないようにしてやるのが一番の恩返しになると、経験から選んで。
ゲインズ再び。
2章で現れたヤツらはアメリカ製の代物でしたが、今度のは言うなれば「天然もの」です。
攻撃の苛烈さも耐久力もより厄介な形に仕上がっていますが、今後も度々出てくる予定。
ナターシャの活躍はこれで良かったんだろうかと未だに迷ってたり。
初見でバイドとやり合える実力と、圧倒的なスピードで火力をばら撒く機体性能を並べたら、こんな感じになる……のかな?
ショウとOF-3の成長のために2章で出した分のツケをこれで精算した形になります。今後も出るよ!
そして本題となるセシリアの強化ですが、まだ終わってません。
そもそも
弾道曲げられるだけで全く火力は増えてませんからね。
そろそろオリ主の内面をしっかり明かしていくフェーズに移ろうと思います。
既存キャラの強化パターンを見て……
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もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
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強化装備ポン付け位がいいかな……
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機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
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この水は飲めそうだ