Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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 三匹の三匹目が通りかかった。
 橋の下に火を放って、雷のようにがらがらと崩してしまおう。
 差し当たって無害だから放置してやっていただけの景色を。


44 Black_Eyes

 

 

「これはこれは……到着して早々にお会いできるとは、私にも運が向いているらしいですな」

 

 緊急事態につき飛行テストを切り上げて研究施設まで戻ってきた2人を出迎えたのは、リーとエリックの2人……を差し置いて一礼する黒いスーツの男だった。

 仕立ての良いツイードのジャケットに、きちんと結ばれたボウタイ。手にはステッキを持ち、もう片方の手には古風な革のブリーフケースを提げている。

 銀色の髪は丁寧に整えられ、口髭も品良く刈り込まれていた。鍛えているらしく、筋骨隆々の首筋は筋肉で太っているが、肥満という言葉からはかけ離れている。

 まるで一昔前の英国映画から抜け出してきたような、どこか出来すぎた風貌だ。

 

「キースン卿……上院議員がなぜ今ここにいらっしゃいますの?」

 

「おやおやオルコット嬢、なればこそ、ですよ。全世界が注目している方が遠路はるばる来英されたとあっては、お会いしない理由がありませんから。

 ──はじめまして。わたくし、貴族院で議員をしているキースンと申します。以後、お見知り置きいただければ幸いです」

 

 芝居がかった様子で握手を求めてきたキースンに、いつもの営業スマイルを貼り付けての定型文でショウは応じる。

 キースンはイギリス貴族院で議員を務める壮年の政治家で、元は空軍出身だという。政界では積極的なISコアの確保と技術開発の推進を掲げるタカ派としても知られ、セシリアは定期的にこの男から飛んでくる自派閥への誘い(ラブコール)を鬱陶しく思っていた。

 

 世界でただ二人の希少人材がイギリスに来たのだから、そこの議員が会いに来ることそのものには誰も疑問を抱かない。ましてや技術交流ともなればタカ派のこの男が飛びつくのは自然だろう。

 だが、今は真夜中である。何より、今回のショウの情報は政府内でも限られた地位の人間だけが知るように事を運んだはずで、どうしてこの男はここのことを嗅ぎつけたのだろうか。

 セシリアは努めて表情を変えないようにしながら訝しんだ。

 

 

 

 

「ご帰国は明日でしたかな? いやいや、何とか間に合って本当によかった」

 

 時刻は午後11時を過ぎようかという頃。

 研究所内の応接室には、キースンと向かい合うようにしてショウとセシリアが並んで座っている。シンプルなテーブルの上には実用性重視のマグカップが人数分、紅茶の芳香を纏った湯気を立ち昇らせていた。

 

 胡散臭い議員の男が言うには、古巣である空軍の伝手でショウの情報を得て、居ても立っても居られずにここまでやってきたのだという。

 セシリアにはそれがショウを自分の派閥に抱き込もうとする動きなのがありありと読めたが、直接口に出すことはしない。

 セシリアだって、ショウがイギリスを選んでくれるとしたら嬉しいことに違いはないからだ。

 

「その空軍の伝手という方、わたくしにもご紹介願えますか? これでも特務少佐の階級を預かる身、円滑な働きのためにも知り合いになって損は無いと思いまして」

 

「ええ、ええ。それは是非に。オルコット家の次期当主と知り合えるとなれば友人もきっと喜ぶことでしょう。

 ──時に、何やら先程まで大変な騒ぎだったようですね。わたくしの立場では知る権限のないことですが、何はともあれ無事で何よりです」

 

 サラリとセシリアの追求を躱しつつ、キースンはまた話し始めた。

 学園でのショウの戦いぶりを引き合いに出しての空軍時代の自慢話、良い紅茶があるから自宅に来ないかとの誘い……元から口数の多い男だということをセシリアは知っていたが、それにしたってTPOを無視した長話に、彼女はついつい半目になってしまう。

 ……先程の事情聴取でもなく真夜中におじさまのお話を聞いている意味が分からないのですけれど、これは一体何の時間ですの?

 

「──そういうこともありましてですな、貴方に期待する方はわたくしの近くにも多くいるのですよ。ミスター・サワムラ」

 

「ははは、恐縮です。この国に来て以来、あれやこれやと褒められるので、図に乗ってしまわないようにするのが大変で……」

 

 ハイハイこう言っとけば良いんだろ、という意図をショウの言葉から受け取ったセシリアは、応接室の外に追いやられたエリックたちを呼ぶべく自分の携帯電話に手を伸ばした。

 この際、先に「こんな洒落臭いことしとれんわ」と奥に去っていったリーでも良い、挨拶にしたって冗長が過ぎるキースンにはお帰り頂くべきだ。

 そんなときだった。

 

「……おや?」

 

「っ!?」

 

 その場の全員が建物の揺れを感じた。ミシリと天井の継ぎ目から粉が舞う。

 けたたましいサイレンの音が施設全体に響き渡り、一手遅れてドアを蹴り開けるようにして入ってきたエリックが叫んだ。

 

「──逃げろ襲撃だっ!」

 

 


 

 

 時間をほんの少し巻き戻そう。

 

「……呆れる。情報通り、ここ数日は実験用にいつでも動かせるようにしているとはな。せめて搭乗部の封鎖くらいはしておくだろうに、ここの技術者は実戦を知らんらしい」

 

 偽造キーによりパイロット認証は突破され、最低限度の装備の操作権限は元からそのまま使える状態になっている。

 思考のままに命令を送れば、搭載されたBTコネクタを介して近くのコンテナからシールド・ビットが浮揚して寄ってきた。

 

「やはり、動くか」

 

 事前に決めた流れの通りに研究所の格納庫に忍び込み、そこに保管されていたBT計画2号機──サイレント・ゼフィルスに乗り込んだ黒髪の少女は呆れたように呟いた。

 彼女こそ、世界を股にかける非合法組織「亡国機業(ファントム・タスク)」のメンバーの一人、エムである。

 

 今はフィクサーであるスコールの部下ということになっている彼女だが、今回はそれよりも上位の幹部から降りてきた命令として、イギリスで行われている新型IS開発計画の試験機を強奪する任務に当たっている。

 ()()()()()に相乗りする形での侵入と、その後の時間稼ぎによる内部システム掌握が本来の計画だったが、後者に関してはスキップ出来てしまったため余裕ができた。ショウの帰国前にもう一度この機体で実験しようと準備が進められていたから、というのが事のあらましだが、エムにとっては知らないしどうでも良いことだった。

 

「──今すぐそのISから降りて投降しろ、侵入者めっ!」

 

「……ふうん?」

 

 唐突に横から飛来した光芒は、エムの前に割り込んだビットが受け止めた。

 視線を向けるまでもない、この施設の警備兵だろう。これもセキュリティというよりは、いるはずのないパイロットが乗っていることに気付いての行動だろうか。

 

(レーザー兵器仕様のメイルシュトロームが2機……これも情報通りか)

 

 機体のスペック、セキュリティ、自分との相性……何から何まで情報通りだ。エムは順調極まりない今の状況が、まるで誰かの手の平の上で転がされているような気がして、無性に腹が立った。

 

「脱出ついでの憂さ晴らしだ──見せてもらうぞ、お前の性能とやらを」

 

 この様子なら、1号機のパイロットが押っ取り刀で駆け付けるのも時間の問題だろうか。

 エムは警備兵に目もくれずにサイレント・ゼフィルスに呼び掛けると、元から装備されていた大型のレーザーライフル《シューティング・スター》を握る手に力を込めた。

 

 


 

 

「結局、2人きりになってしまいましたな。ミスター・サワムラ」

 

「口惜しい限りです。自分もあの場に残るべきでした」

 

「そういう訳にもいきますまい。貴方は我が英国の大事な賓客、危険に晒すなどあってはならないことです」

 

 宵闇に包まれた山間の一本道を、高級そうな黒いセダンが急いで駆け抜けていく。

 エムによる襲撃が発覚してすぐに、ショウはキースンの車で研究所から脱出、退避することになった。

 直前まで戦っていたセシリアを案じて残ろうとするショウを、でしたら無事にいてくださいまし、と彼女は窘めたのだ。

 ガルーダの戦力を考えれば参戦した方が事態の解決も早いだろう。だが、2人目の男性操縦者という立場は厄介なものである。

 何より、今のショウにはやるべきことがあった。

 

「──さて、このまま暫くは車に揺られるばかり。常に最大の緊張を保っていては持ちませんし、雑談でもしましょうか」

 

「キースンさん、随分余裕がお有りのようですね」

 

「年の功、とでも言っておきましょうか。──時に、昔の日本にはサムライという職業があったそうですね」

 

 ショウは後方の窓に目を向けている。真っ黒い闇の中、研究所の方から天に向かって細い光が伸びた。明らかに自然物ではありえない。青白いあれは誰の攻撃だろうか。

 

「君主に使える暴力装置ですよ。こちらにも同じような仕組みがあったのでは?」

 

「ええ、まさしく。英国(こちら)で言うところの騎士と似ています。栄誉と武力を備え、民草を守るべく立つ存在──両者の違いは、今の時代にも存在するか否かでしょうな」

 

 ミスター・サワムラ……。

 キースンは一瞬運転席のドライバーに目を向けてから、芝居がかって仰々しく一呼吸置いて、口を開いた。

 

「オルコット嬢たちはもっと段階を踏めと言うのでしょうが、荒れ狂う今の情勢を考えればそんな悠長は言ってはいられない。

 ──単刀直入に言います、貴方には我が国を守る騎士となって頂きたい」

 

 ショウは窓の外から目を離さないまま、黙って言葉を聞いた。

 

「今や多くの国家や組織が貴方の存在を求めて動き回っているのはご存知でしょう。平和に見える今の国際社会が揺れ動いているのを、貴方も感じているはずです。

 しかし、貴方には戦いの才能がある。居場所を定め、泰平の世を今一度作り出す鍵をお持ちだ。だからこそ、わたくし共を選んで頂きたいのです」

 

「英国を選ぶメリットは?」

 

「聞けばオルコット嬢とはご友人だとか。英国の所属になれば、彼女を中心に据えるBT計画にも参加できます。貴方の才能のすべてを引き出す技術と環境が、この国にはあるのですよ。

 ──時にミスター・サワムラ、先程からどちらを見てらっしゃるのですかな……?」

 

 ショウはどこか上の空な様子で、ずっと窓を見つめている。少し口角を上げているその横顔は、キースンから目を逸らしているというよりは、何かを待ちわびているようにも見えた。

 

「──確かめてるんです。()()()()()って言うから」

 

 それは一体どういう……。

 黒髪の男の真意をキースンが尋ねようとしたときだった。

 

 ──がららら……っ!

 

 連なった破裂音と、車を貫く衝撃。紛れもなくそれは銃撃だった。

 急ブレーキと共に黒色のセダンは躓くように停車する。

 

「……違う。これじゃない」

 

 動かないセダンのヘッドライトに照らされて、銃を構えた黒ずくめの人影が何人も緩やかに近付いてくる。左右と後方の暗闇にも同じだけいるだろう。囲まれている。

 キースンは叫んだ。

 

「ちぃっ、先程のテロリストの残りか。こちらにも罠を張っていたとは──ミスター、どうか戦ってください! 今この場に剣を携えているのは貴方しかいない!!」

 

「……行こう、ガルーダ」

 

 ギギギ、メキメキメキ……!!

 

 ショウは車外に出る間もなくガルーダを呼び出した。当然のようにセダンの天井を突き破って、その真紅の機体が姿を表す。

 タカ派の男が望む、兵器の姿だ。

 

「おお、おお、これこそが噂に聞く……!」

 

 ブリーフケースを抱えながら興奮するキースンの声は、より大きくなった。

 ガルーダのセンサーには、セダンを取り囲む無数の人影がハッキリと見えている。ラウンドバイザーから放たれる群青色の光は暗闇の中でよく目立ち、それは突撃銃を構える襲撃者たちからもよく分かった。

 

 ショウは突き破った車の天井をそのまま引き裂いて、歩みを進める。

 腰にマウントされていたレールガンを構えて、誰もがこれから始まる戦いを予感した。

 

頼もしいですぞ、ショウ・サワムラ! ──とでも言っときゃ満足かよ、バーカ

 

 キースン、()()()()()()()()()は皮のブリーフケースをショウの背中目掛けて投げる。それを突き破って、ナニカが飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 ──どすっ。

 クモヒトデのような形で触手を広げながらガルーダに張り付いた四つ脚の機械は、即座に役目を果たす。襲撃者に意識の向いていた無防備な背中を狙うのは実に簡単だった。

 バチバチと弾ける紫電と共に苦しむようにその駆体が震え、群青色の光を宿していたラウンドバイザーは不規則に明滅を繰り返す。

 5秒もしない内にガルーダは物言わぬ塊に姿を変えた。

 

「──よっし、まあこんなモンだわな。企業所属だか何だか知らねーが、ダメだよなあ、きちんと警戒しねえとさあ」

 

 先ほどまでとはまるで声の色も姿も変わってしまった下手人は、ベリベリと首筋から顔面にかけて皮膚を引っ剥がしていく。

 それはスパイものにありがちな変装用のマスクだった。分厚い人工筋肉とボイスチェンジャーの下から露わになるのは、鮮やかにオレンジがかったブロンドヘアと、勝ち気な目付きの美貌。

 それと同時に他の部分の変装も外れたらしく、男物のスーツの下に押さえつけられていた女性らしい胸の二物がゆっさと解き放たれた。

 

 初めからこの場に、キースンという議員は存在しなかったのだ。

 その外面を勝手に借りていた、世界を股にかける犯罪組織「亡国機業(ファントム・タスク)」の実働要員が一人──オータムは、動かないガルーダの装甲に片足を乗せて嘲るように呟く。

 

「さもねえと、こうして悪ゥい大人に食われちまうぞってな。……へっ、何が要注意戦力だよ、仔山羊も同然じゃねえか。ええ? ()()()()()()()よお」

 

「──にしても、随分簡単な仕事でしたね、隊長。アメリカから拾ってきたっていう新型の出番が無かったのはちょっと寂しいですが」

 

 顔まで装備で覆った黒ずくめの襲撃者の一人が歩いてきて、気さくに口を開いた。それはオータムの擁する実行部隊「モノクローム・アバター」の構成員であり、彼女の部下だった。

 彼が片手に持ってきたのは銃ではなく、真っ黒い工具箱のような物体。高出力のバッテリーと、それを必要とする工具をどこでも扱うための秘密道具だった。

 

「何だお前、羨ましいのか?」

 

「そりゃあ男ですからね、ISに乗ってみたいと考えたらそうも思いますよ。まっ、乗れたところでコイツみたく非力なスケープ・ゴートになるのは御免ですが」

 

 周囲で小さい笑い声が幾つか上がった。他の構成員たちがガルーダを強奪すべく動いている。

 みな気さくな者ばかりで、それが自らの働く悪事から目を逸らす助けであった。

 

「しかし、剥離剤(リムーバー)……でしたっけ? 不意打ちとはいえ、あのISがワン・パンチとは恐れ入りますよ」

 

「全くだな。自分に使われたらと思うとゾッとするね」

 

 オータムはガルーダにへばり付いていた4つ足の機械──剥離剤(リムーバー)を掴んで取り外した。

 ISコアとフレームの繋がりに干渉して強引に断ち切ってしまうこの特殊な機材は、今回の任務に際して上司から渡された虎の子だ。

 戦術レベルでの最強戦力(インフィニット・ストラトス)に対するジョーカーたり得るこれは存在が完全に秘匿されていて、現存する個体もこれしか見当たらないことから、ISに対しては誰にも対策の出来ないゼロデイとして振る舞う。

 しかも、効果のある内はコアの活動も停止するため反応も出ない。ISを強奪するなら必携の一品と言えるだろう。

 学園上空でバイド相手に暴れまわったガルーダであろうと、不意の一撃でこのザマである。接近して取り付けなければならない弱点を含めても、他のISへの有効性は疑うべくもない。

 

「はははっ、コレが広まったら世界が変わりますね。仕事が増えそうだ」

 

「オーケーオーケー、分かったから口より手ぇ動かせよな──で、どうだ、開けられそうか?」

 

「OF-3でしたっけ。グランゼーラの新型と言いつつ普通のソルモナジウム装甲じゃなさそうです。……そこいらの量産モデルならバラせるやつなんですけどね、コレ」

 

 部下の一人は慣れた手付きでガルーダの脚部装甲の隙間に何かを突っ込んでいる。一瞬後でその奥から眩い光と火花が激しく散った。強固な金属装甲であろうと溶断せしめる工作用のプラズマカッターだった。

 

「ふーん、新しいとはいえ量産モデルって話だから大したことねえと思ったが……おいお前ら! バラすのはヤメだ、予定通り運ぶぞ」

 

 今回、彼女らが受けた依頼に含まれているのはガルーダと「生きた状態の沢村ショウ」。

 言い換えれば、死んでいなければ状態は問われていない。

 ガルーダだってOF-3という量産モデルの1機に過ぎないし、破損したならまた何処かから強奪してくれば良いのだ。何なら本体すらいらないとも言える。

 コアさえ持ち帰れば、それだけで世に1500機しかない大戦力の1つを手に入れられるのだから。

 

 要するに、ショウの手足が2、3本取れていようがオータムは気にしない。

 この場でガルーダをパイロットごと解体して、そのコアと「死んでいないだけ」のショウが手に入ればノルマ達成なのだ。

 ターゲットの状態云々よりも確実な回収を優先する。彼女は()()についてはシビアだった。

 

 


 

 

「──っ……ぅ、ぅぅ……っ」

 

 暗い闇の中に、詰まったような嗚咽が人知れず響いていた。

 

 熱い冷たい痛い刺々しい白い黒い神々しい喧しい小さい姦しい威圧的夥しい痒い荒い大きい鋭い厭世的強圧的縺薙い繝九さ的蛛丞濤い壽ァ的──。

 

 辞書に載っているような一般的な語彙の羅列で表現出来るような感覚ではなかった。それを囲ったベン図から数十歩先に飛び出して、ようやく欠片が理解できるかも知れないような。

 ともかく、悲鳴すら上げられないような衝撃と硬直に、ショウは暴れたくても暴れられなかった。仮に身体が動いたとしても、動作を停止して赤い人型の棺桶と化したガルーダの中では許されない。

 

 剥離剤(リムーバー)は、ISコアと本体フレームの繋がりを断ち切る。外から無理矢理に信号を流し込んで。

 OFという機械と脳を侵襲的に直結するサイバーコネクタのレイヤー3を扱うショウにとって、それは背骨や後頭部に電動ドリルをねじ込んで抉り取られた上で、傷口を炙られながら感電させられるような暴挙に近い。

 その一つ一つの行為をショウは経験しているし、していない。

 

 なまじ人機一体を目指してしまったために、マシンが苦しめばパイロットも苦しむようになってしまった。

 

 こんなもの、人間の感覚ではない。

 人外の概念を流し込まれて、だがそれでもショウの脳は狂うことがなかった。狂えなかった。

 だから、語られる弁慶の最期のように、真正面から全て受け止めるしかなくて。

 

「ぅ゛、ぅう゛……っ」

  

 どうしてこんなことになってしまったのか。実のところショウの頭に疑問はない。

 味方のフリをして自分を連れ出した下手人にそのままついて行ったのは、そうしなければこの暴挙が基地の中で行われてしまったかも知れないからだ。既に襲撃者がいる以上、それが増えてしまうくらいなら分散させてしまった方が基地側の対処は早い。人死は減らせるだろう。

 ショウは人が死ぬのを見たくなかった。

 

 だが、本当はそんな非合理的な理由は言い訳に過ぎない。

 ここまで来たのは好奇心だった。

 

 先刻出会ったBX-Tのパイロットは、「キミの生命を狙う()()は少なからずいる」と言った。人間と言ったのだ。

 ショウの身の回りから忽然と姿を消してしまった()()。何十億も居ると言う割に何処にも見当たらなくて、代わりに人でなしのケダモノが溢れるばかり。そんな中で一夏や千冬を見つけられたのは望外の幸運だった。

 

 自分の生命を狙う彼らが本当に()()なら、話して聞いてみたかった。他の人間はどこに行ってしまったのか。

 

 だが、その希望は簡単に打ち砕かれた。

 ショウの視覚と繋がったガルーダのカメラは、そこで蠢くヒトデナシたちの姿を捉えていた。脚部に何かが押し当てられて、熱感を覚える。

 

 マリコと名の付いたコアが今まで掛けていた()()は失われている。

 視界に飛び込んでくるのは、歪んだ色メガネ越しの、あるいは、ショウにとっては剥き出しの、現実。

 人間なんていやしない。特に目の前のは有害だ。

 

 なんだ、嘘っぱちじゃないか。

 また、ひとりごと。

 

「……なあ、ガルーダ」

 

 震える声のまま、ショウは全身を貫く感覚を無理矢理飲み干して、新しい愛機に呟く。

 

「設計方針とか、ISとしての運用とか、名前が変わったとか、短い間に色々あったけどさ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()O()F()()()()()()()

 

「お前はISである前に……OFなんだぜ?」

 

 その真名と、与えられた存在意義を思い出させるように。

 あるいは、忌々しいものたちに向けられた憎悪で機体を染め上げていくように。

 

「──ジェネレーター出力再上昇、オペレーティングシステムを移管」

 

 サイバーコネクタからじわりと、温かさすら感じる応答があって、機体全体が僅かに震えた気がした。

 かつてのOFX-2 ワルキュリアと同じように、この鋼鉄の巨人は一人で立ち上がる力を有している。

 それを起こしてやる。そういう機会が訪れただけのこと。

 

「なあ、付き合えよ。俺以外の人間を追いやって、我が物顔で振る舞う……()()()()()()()()()()()を駆除しよう」

 

 Orbital Fighter-3。

 それは元来、兵器であった。

 

 


 

 

 積み込み作業は実に順調だった。

 モノクローム・アバターの隊員たちが専用の大型トレーラーのクレーンと太いワイヤーでガルーダを繋ぐまでには5分も掛かっていない。彼らにとっては慣れた仕事であると同時、事前にオータムが仕掛けたジャミングが機能している証拠だった。

 

「そっち、引き上げられるか?」

 

「あー、出来ることならこの両腕に付いたヤツ外せないかって……重量ギリギリだろ?」

 

「んあ? どうしたよ」

 

 動かないガルーダの近くで顔を寄せ合う男2人の後ろから現場責任者オータムが覗き込んだ。

 ガルーダの両腕には追加装備のコンバーター「プラズマフレイム」が取り付けられている。これがそうとは分からずとも、重そうな金属の塊であることは部外者の彼らにも理解できて、速やかに本体を持ち去ることを考えると邪魔なものは外してしまいたい、と思うのは自然のことだった。

 

「いいって気にすんな、引き上げのときだけ私のISで押してやるから」

 

「そうっすか? それなら……おい、巻いてくれ」

 

 彼女の指示で男たちが動き出す。それと同時にオータムは彼らの動きを注視して、ガルーダの引き上げが行われる瞬間を待った。ジャミングがあるとはいえ、ISを起動すれば位置を知らせるも同然のことだ。伝家の宝刀を抜く時は一瞬で済ますべきだし、その後は即座に撤退しなければならない。

 

 丁度、そんなときだった。

 

「……あれ、このIS、こんなに暖かかったっけ?」

 

「気のせいじゃねえの。良いからさっさとボタン押せよ、簡単なしご」

 

 黒ずくめの男の言葉はそこで終わった。そして、それに気付けたものもいなかった。

 

 ──ごあッッッッ!!!

 

 一瞬にしてその場一体が青白い輝きに塗り潰された。煙や陽炎のように揺らめく輝きは、まるでそれが意思を持っているかのように男たちを追い掛けて飲み込んでいく。

 

 プラズマだった。

 ガルーダの装甲を焼こうとした工具が玩具に思える1万℃オーバーのプラズマが、男たちの装備を速やかに気化させて鼻や口から潜り込んでいく。光でできた死そのものが世界を撫で回していた。

 悲鳴なんて上げる時間は無かっただろう。1秒足らずで声帯が蒸発し、さらにその奥の内臓が含んでいた水分が蒸気となってボゴリと体積を増した。

 

 一瞬遅れて、その場には人数分のバンバンという破裂音が響いた。

 ……否、一人だけそれを免れた者がいる。

 

「……チッ。どうしてくれんだよ、折角集めた部下が纏めてパァじゃねえか。ああッ?

 

 ギリギリで自分のISの展開が間に合ったオータムだった。

 全身を覆う灰色のISスーツと装甲。ところどころに目立つように配置された黄色の縁取りは警戒色だろうか。

 背面の単発スラスターと腰部に配置された補助スラスターが主な推力となる設計。胸部中央には上を向いた鉤爪のような形の板状パーツが、両肩の非固定部位(アンロック・ユニット)にはテスラコイルのような棒状のパーツが取り付けられたIS。

 そして、何より目立つのは腰から太く生えた長い尾のようなパーツ。見かけ通りテールユニットと呼ばれるそれは、しなやかに揺れ動いている。

 顎から額にかけてを覆う、空色をした半透明のラウンドバイザーの向こうには、怒りに歪んだ彼女の顔が睨んでいた。

 

 その視線の先にあるのは、吹き出るプラズマの根源──ガルーダ。

 バチバチと不規則に点滅する群青色のラウンドバイザーは不調そうで、両腕の「プラズマフレイム」と背面の大型スラスターから暴力的な量のプラズマを放つそれは、いつの間にか立ち上がっていた。

 

「つーか、どうやって生き返りやがったんだ? ついさっきまでぶっ倒れてたよなあ? クリスマスの七面鳥がオーブンに突っ込まれる直前みたいに……ああ、ここがオーブンってか」

 

 オータムの脳内は既に怒りを棚上げして困惑で埋め尽くされていた。

 部下を失ったのは重大な損失だ。それなりに苦労して集めた人員だし、何だかんだで仲良くつるんでいた自覚はある。だがそれでも「仕方ない」で済ませてしまえる相手だ。

 お互いこんな裏稼業で飯を食っている以上、今みたいに悍ましい終わりを迎えることだって、珍しくも何ともないのだから。

 

 獲物には無関心。究極的には仲間にも。一々感情移入なんてしてたらやってられない。

 そんなことより……。

 

(どういうことだ? 明らかに再起動してるってのにコアの反応がまるでねえ。剥離剤(リムーバー)が効かなかったって線が消えてるとすると……)

 

 オータムは自分のIS──エキドナのセンサー情報と目の前を何度も見比べた。

 基本的に起動中のISはコアの反応がハッキリ出る。それも、互いに20m圏内にいる現状でセンサーが見逃すことは有り得ない。だが、現実は違う。

 まるで巨大な翼のように広がるプラズマの中で、ゆらりとこちらを見ながら佇むガルーダは確実に起動していて、だがコアの反応は無い。だとすれば剥離剤(リムーバー)の効果はまだ残っているはずだ。

 

「部下と機材の分だ。弁償して貰うぞ、このクソ野郎が」

 

 これでもプロだ。ここで撤退の選択肢が浮かばない彼女ではなかった。

 だが、気に食わない。せっかく投じたコストが御破算になった上に、肝心の獲物はのうのうと立っているのだ。

 

 コアの反応が戻らない以上、剥離剤(リムーバー)はまだ有効。すなわち、相手は本調子ではない。経験と勘が勝ち目はあると弾き出した。

 このまま相手をブチのめして引きずって行くぐらいはしなければ上司に顔向けなど出来ないし、気が済まないのだ。

 

 かくして私怨と実益を兼ねた暴力が呼び起こされる。

 オータムはエキドナのテールユニットの先端に装備された小型ニードルガンに命じる。青白い光の海に向かって、素早く死が放たれた。

 

「なにっ──ッぐ!?」

 

 予備動作もなくガルーダの姿が消えた。直後にオータムの身体が横からくの字に曲げられた。

 閃光と共に意識の外からのドロップキック。ガルーダの脚部にある接地用クローが彼女の胴体を掴んで離さない。

 

「こンの……離れ、ろッ!!」

 

 そのまま揉み合いになりながら空中へ。宵闇の中、眼下で燃え盛るトレーラーと車がよく見えて、しかしそれも即座に意識が引き戻されて分からなくなる。

 

 ──ガンッ、ガンッ、ガンッ……!

 

 器用にもショウはオータムを掴んでいない方の脚で踏みつけるように蹴りを何度も叩き込んだ。

 2機のISがグルングルンともつれながら、火花とスラスターの噴射炎を散らしながらあらぬ方向へ飛んでいく。

 

 まるで殺意を感じない攻撃だった。

 手を抜いているとかそういう話ではなく、ゴミの破砕機や杭打ち用の油圧ハンマーみたいに、意思というものが見て取れないのだ。

 正確に、確実に、等間隔に、まるで機械のような冷たさで蹴撃が叩き込まれる。

 

 オータムとて黙ってはいない。先ほど放ったニードルガンの発射口をガルーダの背面に突き立てて乱雑にトリガー。装甲の薄そうな場所は剥離剤(リムーバー)で仕留めた時に確認済みだ。

 散発的に重く装甲が叩かれる音と、連続的に鋭く装甲が抉り取られる音の二重奏により、まるでけたたましい工事現場が飛び回っているようだった。

 

「どっちが先にイくか我慢比べでもするか? ナメてんじゃねえぞクソ野郎が……ッ」

 

 直後、オータムの視界が慣性と共に上下反転する。

 至近距離の射撃を嫌ってショウが自分を放したのだと理解した彼女は即座に態勢を立て直して────その顎が勢い良くかち上げられた。

 

「がぅッ!?」

 

 全方位視界で見れば、長いレールガンを構えた腕だけオータムの方に向けたガルーダが空中に静止している。

 滑らかな手付きでそれを腰にマウントし直したショウは、両脚のハードポイントに接続されていた別のコンバーターと両腕のプラズマフレイムを取り替えているところだった。

 

 ブツリ。

 ひけらかすような余裕に、オータムの怒りは最高潮に達する。

 (タマ)の取り合いしてる中で呑気にチャラチャラと武器の取り替えだと……?

 

「──殺す」

 

 一周回って冷静にキレたオータムは、右腕をガルーダへ向ける。盛り上がった腕部装甲が小さく変形すると、そこから真っ赤な細い光芒が目を焼かんばかりの眩さで放たれた。

 エキドナに搭載された「αレーザー」は照射型のレーザー兵装であり、切れ目なく放たれるエネルギーの直線はそのまま高出力のレーザーブレードとして振り回すこともできる。

 

 厚さ100ミリの鉄板を即座に溶断する火力で夜空の星をなぞれば、眩いプラズマの爆発を置き去りにガルーダが飛び出した。

 更にお返しとばかりに飛んできた緑色の円環「リングレーザー」を紙一重で躱したオータム。

 そのままテールユニットからの射撃も合わせて弾幕でガルーダを追う────再びの衝撃。

 

 後頭部と鳩尾を叩かれて、エキドナの機体がぐるりと回転させられた。

 

「ご、がァっ……!?」

 

 空を舞っているのはショウとオータムだけではなかった。

 ぎゅ、ぎゅいっ、と奇怪な音を立てながら、重力や慣性から解き放たれた鋭角軌道で暴れ回る赤い球体が2つ見えた。

 

(レッド・ポッドとか言ったか? チッ、なんだよ、あんなのが使える時点でバリバリの本調子じゃねえか……ッ!)

 

 苦し紛れながらも精密に狙うαレーザーとニードルガンの弾幕を事もなげに回避しながら、ガルーダはその隙間にリングレーザーの光弾をねじ込んでくる。避け切れなかったオータムの脚をリングの端が浅く灼いた。

 

 オータムは即座に理解する。もはや追い立てているのは自分ではなく相手の方だ。

 加害範囲の広いリングレーザーと縦横無尽に殴りに来る2つのポッド。実質的な1対3。

 一方のオータムが駆るのは、つい先日アメリカから奪ってきたばかりのIS1機。どう考えても圧倒できるとは思えない。

 プロとして──────認めねばならない。選ばねばならない。

 

(チクショウ、チクショウチクショウチクショウ……ッ! 逃げろってのか、この私に)

 

 怒りと恥辱が渦巻いても、既にオータムの肉体は行動を始めていた。

 基地から距離を取るように後退し、拡張領域(バススロット)から取り出したEMP機雷をばら撒いての嫌がらせ。

 少しでも離れる。少しでも遠くへ。

 

 もうこれは相手を圧倒して叩き伏せる殲滅戦などではなく、如何に損失を減らしながら帰還するかが重要な撤退戦だった。

 

(おい……当たれよ、1発くらい……ISのセンサーが置いて行かれてるのか?)

 

 一番初めに勝ち目があると思ってしまったのが間違いだったのだ。

 500mくらい間合いを空けた途端に、ガルーダの姿がレーダーからフッと消える。

 次の瞬間には完全に意識の外からそれは突っ込んできて、オータムは悟る。

 逃げられない。

 

(ちょっと前までISはおろか戦いにすら触れたことのねえチェリーじゃなかったのか? 闇の中で生き抜いてきた私をどうしてコイツは──)

 

 平然と追い抜けるのか、と思考が続く間もなくオータムの身体を衝撃が貫いた。直後に閃光と刺すような熱感。

 装甲の無いISスーツ部分目掛けて、ショウはレーザーブレードの切っ先を突き立てながらの吶喊を仕掛けてきたのだ。

 ついさっき命を奪われるような目に遭った人間ができる挙動ではない。どこまでも冷徹に、決められた工程表やアルゴリズムに従うような正確さで、じわじわと彼女を追い詰めていく。

 

 恐るべきことに、オータムのすべきことは最初に戻ってきてしまった。エキドナの最速だろうと追い詰めるガルーダの速力から逃れる術は無い。このままでは一方的に蜂の巣にされて終わりだろう。

 つまり、勝つしかないのだ。

 

 生け捕りだの何だのと気にしてはいられない。

 相手が気に入らないからでも利益のためでもなく、ただ、今を生き延びるために。

 

 バチバチと音を立ててエキドナのシールドバリアがその役目を果たす中、苦悶の悲鳴を上げながらオータムは切り札(ラスト・リゾート)に手を掛ける。頼っても良いか分からない代物に。

 威力だけは十二分にあると検証出来ているが、あまりのエネルギー消費ゆえに一度使えば行動不能は免れない武装。

 前に未調整だから使うなと言われたが、そんなこと気にしていられない。

 

(コイツで、仕留めねえ、と……)

 

 オータムはエキドナの左腕に装備された機械から何かを射出した。

 それは黄色い光の玉を数珠つなぎにしたような外見の光学チェーンだった。オータムはそれを素早くガルーダの首に括り付ける。

 これでもエネルギーの塊だがダメージはあって無いようなものだろう。それよりも相手の拘束が重要だ。

 

 ぎゅろろろろろろろろ……ッ!

 

 エキドナの両肩──非固定部位(アンロック・ユニット)から生えた柱状パーツに紫色の稲妻、文字通りの紫電が走る。

 光学チェーンで逃げ場を塞いでからのゼロ距離攻撃。全身装甲のガルーダといえど絶対防御を貫いて行動不能にするくらいはできるはず────そして、チャージ完了。

 

──死にやがれえええええぇぇぇぇッ(DIE, YOU PIECE OF SHIT)!!

 

 オータムが叫ぶと同時、両肩のテスラコイルみたいな柱状ユニットからフッと光が消えて、代わりに胸元の鉤爪みたいなプレートパーツから、致命的な威力の紫電が放たれる。

 

 ズバヂィッッッッ!!

 

 ──ライトニング波動砲試作型。

 束からの技術リークを受けたアメリカが作った波動砲の中で、その威力を物理的な破壊力に求めた兵器。オシレーターで生み出される波動エネルギーを電撃へ変換することで、瞬間的に高い攻撃能力を発揮できる。

 一方でISコアからのエネルギーゲインを以てしてもその収支がギリギリで、これを使用したエキドナは暫く機能低下を起こしてしまう。

 

 そんなデメリットなど気にしていられないオータムが放った破滅の閃光は、一瞬にして網膜を焼く強度の輝きでエキドナとガルーダを埋め尽くす。

 

 迷えば、敗ける。

 敗ければ、死ぬ。

 だから、殺す。

 

「へっ、へへ……ざまあ見やがれ。屠殺寸前の家畜のくせに歯向かうからこうなんだよ……!」

 

 突き立てられていたレーザーブレードの感触が無くなったのを見たオータムは、波動砲の余波で残ったプラズマの中で吐き捨てるように呟いた。

 勝った。終わった。生き延びた。

 

 途轍もない威力だ。ガルーダの残骸が残るかさえ怪しいほどに。

 サブターゲットの確保には失敗したが、エムがヘマをしなければ一応は本体の目的が達成できる。

 今はこれでいい。コイツは危険すぎた。

 

 オータムの安堵に伴って、身体の緊張が解けていくと同時、プラズマの残光も収まっていく────、

 

「は、はははっ──────ぁ?」

 

 ──次の瞬間、オータムの顔面が真正面から掴まれた。

 

(は?)

 

 疑うように全方位視界であちこち見回して、わかる。

 ガルーダが無傷のまま目の前にいた。

 眼下に広がる地上の一点が大きく抉れている。

 そして、エキドナとそのクレーターの間に整列する、2基のレッド・ポッド。

 

(ひらい……しん? 外したのか? この、土壇場で……?)

 

 試作型のライトニング波動砲に誘導能力は無い。

 ほぼ完全にエネルギーを電撃に変換してしまうために、その性質は電気そのものになる。つまり、電圧と抵抗が低い方に流れてしまう。

 電気抵抗の高い大気に囲まれた目の前のガルーダより、電撃は避雷針代わりに配置されたレッド・ポッドに誘われて大地(グランド)を目指したのである。

 

 至近距離ならば確実に命中すると目論んだオータムの思考を見透かすように、ショウはポッドだけを動かして、素知らぬ顔で待っていたのである。

 彼女が大技を振るう瞬間を。

 その後隙を。

 

「──ぁッ、がァっ……!!」

 

 ショウはそのままオータムの頭を掴んで急峻な谷斜面に投げ捨てた。

 うつ伏せの状態で叩きつけられた彼女の背中へ追い打ちのように着地して、その腰と上背部を両脚のクローで踏み潰すように掴んだ。

 

(ひっ、あ、待って、これ……)

 

 オータムの背筋にバチバチと乾いた恐怖が染み込んでいく。

 後ろを取られている。命を握られている。

 全方位視界でその様子が見えても変わらない。いや、見えるからこそ余分に恐ろしい。

 

 みしりみしり、と何かが軋む音が響いている。エキドナではない、オータムの骨格でもない。崩れかけの斜面ですらない。

 あるいはガルーダから。大事な器に槌を振り下ろした結果、中から何かが漏れ出そうとでもしているのだろうか。

 嫌な想像が無制限に募る。きっとそれは猛毒だ。

 

「……」

 

 オータムはショウが何かする前に、祈るようにエキドナのテールユニットをガルーダに巻き付かせて、必死に声帯を震わせた。

 

「な、なあ……わ、私が悪かった! もうこれで手打ちにしねえか?」

 

「……」

 

「その尻尾には高性能爆薬が詰まってる。起爆すりゃ私だけじゃなくお前だってタダじゃ済まねえ……だからその、放してくれよ」

 

「……」

 

「ぁ、私の身体だって好きにしてくれていい! 自分で言っちゃアレだがプロポーションだって良いし、アッチの腕も悪くねえんだ。……なあ、ここは武器を収めねえか? お前の奴隷でも何でもなってやるから!」

 

 恐怖に支配されてなお、こういう命乞いの言葉はするすると口から出てくる。

 実のところオータムは欠片も自分の命を諦めてはいない。この男が自分の甘言に乗ったなら、ベッドの上でその首を掻き斬ってやるのだ。

 この場においてまだ残っている「女」という武器を使う……ただそれだけのこと。生きるために何度だってやってきたから、今度も同じように。

 

「……」

 

 だが、ショウは何も言わない。

 

「なあオイ……なんとか言えよ、言えったらッ!

 

 それもそのはず。ガルーダのコアは未だに停止したままだ。

 コアネットワークの存在を前提にした開放回線(オープンチャネル)秘匿回線(プライベートチャネル)で幾ら呼びかけようと、紅色の装甲の向こうに通じることは無いのである。

 他ならぬオータムがそうした。してしまった。

 

 もっとも、群青色の仮面の奥でショウの口から()()()()()()()()()()を聞かずに済んだのは幸運だっただろう。

 あるいは、ただオータムの恐怖を煽るだけという点では不幸かもしれない。

 

「……」

 

 欠片も情報を見逃さないよう、限界まで開かれた瞳孔はドス黒く染まっていた。

 ショウはガルーダのセンサー越しに何度も何度もオータムを見返す。

 本当にそれが人間でないと確かめるために。

 

 人に暴力を向けてはいけません。

 本に書いてあった。

 大事なことをするときはよく確認しましょう。

 これも書いてあった。

 何事も、半端に止めてしまうのは良くありません。

 うん、確かに大事なことだ。

 

 人に向けてはいけない道具(へいき)がある。

 だが、どうやらこいつは人間ではないらしい。自分を傷付けてくる。有害だ。

 

 そこまで確認して、ショウは次の行動に移る。

 

 ぎゅろろろろろろろろ……ッ!

 

 響く軋みを塗りつぶすようにして、まるで怪物の唸り声みたいな音と共に、ガルーダの胸元から青白い粒子が湧き出す。

 

 聞けば分かる、ついさっきオータムが外したものと同質の兵器がそこにあるのだ。

 ガルーダに踏まれたまま動けないエキドナを、その見えざる砲口が狙っていた。

 憎悪のあまり、その生命すら注ぎ込んで設計の枠外にはみ出た3重の殺意(STRONG)が、悪しき敵対者を食い破る絶死の槍が向けられていた。

 

「えっ、オイ! 話聞いてんのか、なあ止めろって! なあオイっ!!」

 

「……」

 

 オータムは、自分がもう既に止まることのない運命のベルトコンベアの上に載せられてしまっているのだと理解した。雁字搦めに縛られて、無慈悲にも等速で稼働し続けるそれから逃れることはもう出来ない。

 その行き先は紛れもなく……。

 

ぁ、ぁあ……これホントに、死────

 

 それから1秒足らずで、2人は閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

こんかいのまとめ

 

・エム

 

 キースンに化けたオータムに便乗する形でサイレント・ゼフィルスをゲットだぜ。

 追手の警備兵2人をぶちのめした後でセシリアと戦うも、疲労と装備の相性から余裕で勝利する。

 事がスムーズに進みすぎて、オータムの長話はいらなかったね。

 

 

・セシリア

 

 口数の多い方は嫌いですの。実はショウの寡黙なところもお気に入り。

 2号機を奪ったエムに戦いを挑むも、閉所ではストライクガンナーも偏向射撃も活きず、そもそも直前までの疲労が祟ったこともありエムを取り逃す。

 今は頭痛と無力に苛まれて仕方が無い。

 

 

・モノクローム・アバターのみなさん

 

 悪いことしてるけど気さくだし悪い人じゃないよ。悪いことしてるから焼け死んだけど。

 殺しだけじゃ生きていけないのでエンジニアリングから輸送まで色々できる多芸な人たち。

 死体は残っていない。証拠隠滅の手間が省けたのは誰にとっての幸運だろう。

 

 

・オータム

 

 亡国機業の敏腕エージェント。声まで変えて男に変装するのはお手の物。

 手に入れて一月足らずのエキドナを乗りこなす技術は確か。機体性能込みで教員レベルじゃないと勝てないかも。

 部下の敵を討ちに行ったが所詮はヘビ風情なので返り討ち。彼を冷徹な殺戮機械に変えたのはお前だぞ。

 

 

・ショウ

 

 消エテ、無クナレ。

 

 




 オリ主がついにオータムと真正面からぶつかった今回。
 原作のアラクネに代わってエキドナがR-TYPEより登場しています。ギリシャ神話由来で女型の怪物繋がり、ということで出来るだけ原作寄りのチョイスを心掛けました。
 実は2章のゲインズの初登場時に名前だけ出てたりします。

 ちなみに原作R-TYPE FINALのエキドナはかなり微妙な機体で、黄色レーザーが強力な代わりに波動砲は最弱クラスの使い勝手です。
 マジで誘導しないんですよコレ。敵の鼻先で撃ったのに、それを無視するように自機の真後ろに回り込んでいった時は感動すら覚えました。
 例によってISの形に落とし込むときに諸々強化していますが、ある種のアイデンティティなので波動砲の性質だけはそのままです。

 エムVSセシリアは状況が悪すぎるので省略しています。
 まだ装備も整っていないですし、きちんとした決着はいずれ。

既存キャラの強化パターンを見て……

  • もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
  • 強化装備ポン付け位がいいかな……
  • 機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
  • この水は飲めそうだ
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