Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
見渡して、手を伸ばして、すり抜けていく。
人間万事塞翁が馬ってね、まあ慣れなよ。
音を音と知覚できないほどの衝撃が大気を震わせた。
光学センサーを振り切って一時的に真っ暗になった視界が元に戻ったとき、オータムは全方位視界に映る夜空を見た。
ガルーダの姿は何処にもなくて、視界の端に表示された自分のバイタルサインだけが自身の生存を告げていた。
「……地獄にしちゃ、キレイ過ぎるな」
「おい、起きろ」
「エム、か」
上体を起こして、彼女の目に飛び込んできた紫色のIS。
鋭角を多用したデザインに、両脇を固めるように浮遊する4基のビット。
右手には、後方のジェネレーターユニットから身体に悪そうな色の陽炎を立ち上らせる大型の長銃が握られていた。
蝶の羽を背中に付けたかのようなシルエットは、紛れもなく今回のメインターゲット──BT2号機「サイレント・ゼフィルス」だった。
部下を丸ごと失った自分と違って、エムはきちんと仕事を果たしたらしい。
オータムは自分が生きているという曖昧な実感のままサイレント・ゼフィルスの姿をぼんやり眺めた。先ほどの閃光の正体は、見るからに冷却中の長銃だろうか。
目を向けると、エキドナの視界にその武器の名前がオーバーレイされた。
Model:R-9D
Name:SHOOTING STAR
Weapon type: Photon-Belt W. cannon
Status: Cooling down
──────
────
「──エム、その……
オータムは自分からどうしてこんな言葉が出てきたのか分からなかった。
憎たらしくて行け好かない新入りに、感謝など。
必至に口を手で抑えたがもう遅かった。
一方のエムも怪訝そうな、そして非常に気味悪そうな表情でオータムを見つめていた。
まるで別人のよう、というか、そもそもコイツはオータムで間違いないか?
明らかに普通じゃない、という前提からエムが出力した言葉といえば。
「何だ貴様……拾い食いでもしたか?」
「テメエ……!」
「ふざけるのは後にしろ──まだ、生きてる」
エムは始めからオータムに目線を遣っていない。ずっと前を見据えていた。
「生きてる」という言葉が指すのが自分ではないことくらい、混乱気味のオータムだって分かること。
空の上から赤い光が2つ降り注いで、その先に起き上がりつつあるガルーダが見えた。
機体の前面に展開された、水たまりに浮かんだ油膜のような極彩色模様のバリア──絶対防御を消失させながら、それはオータムとエムの方を向く。
短いノイズの後で、
「──なあ、なあオイ! そこの紫色のISに乗ってるの! アンタ人間だろ! そうなんだろ!? なあって!」
喜色を欠片も隠すこと無く、嬉しそうに、はしゃいでいるようにすら感じられる声でショウが叫んだ。何なら、ガルーダはサイレント・ゼフィルスに対して
状況がまるで飲み込めないエムはチラリとオータムの方を見るが、同じく分からないオータムは小さく頭を振ることしか出来なかった。
ついさっきまで、無慈悲に、機械的に自分を殺しに来た男とは思えない口ぶり、様子。本当に別人のようだ。
「何だ貴様、ふざけているのか?」
「ふざけてねえって大真面目だよ! なあなあ他の人間はどこ行っちまったんだ? 気味悪いだけだろうに、
必死さすら感じられる口調でショウはまくし立てる。相手がテロリストであることくらい分かっているだろうに、彼は攻撃も警戒もする素振りを見せない。
本当にエムを友好的な味方だと思い込んでいるのだ。
だが、ショウはエムのことを何も知らないし、彼女がどういう人間かだって見えてはいない。
だから、分かるはずもないのだ。彼女に
音もなくエムの左手に喚び出されたレーザーライフルが火を吹いた。狙いは勿論、ガルーダ。
「──痛っっ……何すんだよ、同じ人間だろ? 仲良くするもんじゃ……」
「私の前で
エムが飛び出すと同時にガルーダも急上昇。戦端が開かれた。
星空を何本も引っ掻いて伸びるレーザーの残光と、その先を不安定に飛び回るプラズマの輝き。ガルーダの両肩に戻ったレッド・ポッドの淡い燐光が尾を引いて、地上から眺めるオータムには戦いの様子がよく見えた。
「おかしいだろ何でこうなる!?
「──やかましいッ!」
変わらずレーザーライフルを連射するエムの猛攻に、奇妙なことにショウは追い付けていない。時々ガルーダへの命中弾が装甲で弾けて輝いた。
(……どういうこった? ついさっきかっぱらってきたばかりのISなのにエムの方が攻めてる……手抜きにしたって妙だ)
ショウはエムに対して全く攻撃しようとしなかった。ただ彼女の猛攻を覚束ない飛び方で必死に避けては、困惑のまま意味不明なことを口走る。
オータムには目の前の光景が信じられなかった。ついさっきまで自分を冷徹に機械的に殺しに来た男の振る舞いとは全く違うのだ。
(さっきまでのヤツはもっとこう……屠殺から精肉までフルオートでやってのけるキリングマシーンって感じだった。それがどうだ? 隙だらけじゃねえか)
今なら自分でも……などと考えられるほどオータムは愚かではない。せっかく自分への注意が他へ逸れているのだから。何より、今はもう聞こえないガルーダの軋みが耳にこびりついて離れてくれない。
幸いにして、先ほどのエムの砲撃でテールユニットの先端が消し飛んだ以外は損傷部位の少ないエキドナを労りつつ、レーダーを掻い潜るように低空を選んで撤退した。
「あのヒトデナシに何かされたのか? 命令されて逆らえないのか? そんなとこいねえで来いよ、俺らは助け合える。チフユは頼りになるし、イチカも強いんだ。だから、困ってるなら……」
「──うるさいうるさいうるさいッ! 知ったような口でそいつらの名前を出すなッ! 私はお前など知らないぞ。光の当たるところで
吶喊。
肉薄。
長銃をマウントしつつ呼び出したレーザーナイフでの平突き。
エムの怒号と共に行われた急襲を、回避し損ねたまま咄嗟に自前のレーザーブレードでショウが弾いた。そのまま一合、二合と打ち合って、エムが相手を押し潰さんばかりの勢いで鍔迫り合いに持ち込む。
「貴様は、墜とす……ッ!」
「なあ俺何か悪いこと言ったかなあ……ッ? 気に障ったなら謝るからっ、こんな戦い意味ねえって……!」
両手の塞がったエムは、苛立ちのままにそれまで使っていなかった装備──シールド・ビット2基を回り込むような軌道でガルーダへと叩きつける。反射的に飛び出したレッドポッドがそれを受け止めた。
ショウは本当に現状が理解出来ないといった様子で困惑を隠さない。
一夏とは仲良くやれた。千冬とも相応に良い関係が築けている。出会って間もないのにそれが出来たのだから、理想の通り、人間同士仲良くすべきなのだ。
……だというのに、どうして?
「その無自覚が貴様を滅ぼす……」
「自覚って何だよ!? せっかく会えた3人目なんだぞ、少ねえのに滅ぼし合って何の意味が……」
ジジジ……と独特のハム音を奏でながらぶつかり合うレーザー体の刀身が放つ輝きで、エムの顔が照らされた。
鼻上までを拡張ハイパーセンサー搭載のバイザーで覆った彼女の輪郭と、少しだけ覗いた濡れ羽色の横髪。
何故だかショウは強い既視感があった。覚えがある。というか、今までずっと思い浮かべていた人物のそれに似て……。
「……その顔、イチカに似てんのな。もしかして家族か? 家出でもしたか? 大丈夫だって、あの2人ならそんなこと気にせず迎え入れ──」
ショウはエムのことを全く知らない。初対面だからそれは当たり前のこと。
それでも、彼はやっと出会えた同族たちのことをどうしようもなく知りたがった。あれこれ訊いては相手のことを努めて理解しようとした。
きっとこの世は捨てたものじゃない。少しずつ仲間を見つけていって、そうすれば寂しくなんてなくなる。ただそれだけのためにショウは言葉を言葉を紡ぐ。
愚かにも、その歩みの下にどれほどの
「……ころしてやる」
人間の精神に突沸という現象があるのだとしたら、今エムの中でそれは起こった。
一緒にされた。己がただ一人憧れる人間の隣を我が物顔で占有する、忌むべき男と。
……相手は生きたまま確保すべきターゲット?
知るか。コイツは、コイツだけは。
「──がァっ!?」
膝蹴りでショウの手をかち上げて、レーザーナイフを放り捨てながら冷却の終わった長銃をガルーダの腹部に突き立てる。
逃げる隙など与えるものか。そのまま力任せの
ぎゅろろろろろろろろ……ッ!
ガルーダの持つものと同種の、しかし別物。
エムが突きつける長銃──
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね……」
ショウは逃げることが出来なかった。ただ慣性の波濤に押されるままだ。
他とは違う。そして一夏と同じ。
そもそも
先程は寸でのところで息を吹き返したガルーダのコア──マリコが絶対防御を張って守ってくれた。だが、至近距離の今は?
いつもなら即座に自分の精神を苛む死の気配も感じられなくて、ショウはいきなり真っ暗闇に放り込まれたように動けなかった。
こわい。なにも、わからない。
(あ、れ……なんでこんなこと、なんで……?)
チャージは終わっている。あとは発射を待つのみ……。
エムは迷いなく引き金を引こうとした。
そんなときだった。
『──エム、オータムの離脱を確認したわ。最低限メインターゲットの確保は達成出来た以上、貴女も撤退なさい』
「後にしろスコール。私はコイツを……!」
『命令よ。意味、分かるわよね』
ここへ来て秘匿回線が上司からの撤退命令をさえずる。
大きな舌打ちと共に、エムはショウを崖の中腹目掛けて蹴り飛ばすと、それを掠めるようにシューティング・スターの砲撃を放った。
ガルーダは壁面にめり込んで、その横には閃光の奔流が岩を焼き溶かしながら深い大穴を空けた。
その様子をエムはひどく冷徹な目で見下ろす。
命令さえなければ、殺せたのに。
「……なあ、誰と話してんだ? そいつもヒトデナシか? そんなのの言う事、聞かないでも良いって……」
この期に及んで、ショウはエムのことを諦めていなかった。
彼女はきっと、よくないものに従わされているのだ。そうでもなければ、人間同士でこんなひどいこと、できるわけがないのに。
「……沢村ショウ。貴様の名前は覚えたぞ」
「そ、そうか……じゃあ、アンタの名前も……」
「次に会ったときが貴様の命日と知れ──私が、私の意思で貴様を殺す。誰の命令でもなく」
「……は?」
エムは吐き捨てるように呟いて、
それから62秒後。満身創痍のまま追い付いてきたセシリアが見つけたのは、壊れたテープレコーダのように「おかしい」と繰り返し続けるショウの姿だった。
「……なあ、セシリア。アンタは人間だよな……?」
「質問の意図が分かりませんが……人間ですわよ?
あの、ミスター。お気を悪くされたら申し訳無いのですが、大丈夫ですか? 様子がおかしく見えますけれど……」
「ああ、ああ……その通り。おかしいんだ。俺も、周りも」
「……」
「なあセシリア」
「なんです?」
「
場所は襲撃の現場から100km以上離れ、ベルファストにある高級ホテルの一室。
当然のようにスイートルームが選ばれたそこには、今回の事件の下手人たる
「女三人寄らば姦しい」という諺があるが、それに真っ向から反するように部屋は静まり返っていて、三者三様の理由で各々が口を閉じている。
「……クソッ」
それは丁度、水が溜まりきって頭を下げる
ぼすんっ、と自分が腰掛ける高級ベッドに拳を振り下ろすエムは、怒りの遣り場を悪態くらいしか知らない。ギリギリという歯ぎしりの音が聞こえてきそうだった。
「随分とご立腹ね、エム。まず間違いなく撤退が遅れたのと同じ理由なのでしょうけど」
「お前には関係ない」
「行動を共にしている以上はそうも言ってられないことくらいは分かるでしょう? まあ、無事に一人でメインターゲットを強奪してみせた腕は認めているし、足を引っ張らない内は詮索しないけど」
記録によれば、2人目の男性操縦者と戦闘になったというエム。ショウからオータムを救うための行動かと始めは思ったが、どうもそうではないらしいことはスコールにもすぐに分かった。
その間の会話の文字起こしを携帯に映してみれば、気持ち悪いくらいに友好的なショウとそれを罵るエムという妙な一幕が繰り広げられている。
スコールはエムが自分のところに来るまでの経緯を知らないし、知ろうにも機密に阻まれて能わない。その見えない暗闇の中に何かしらエムにとっての重大なコンプレックスがあって、それをショウに突かれてしまったのだろうか。
──その顔、イチカに似てんのな。
確かによく似た顔だと思った。
一夏に似ているということは、その姉である人類最強についても同じこと。何だか嫌な想像がいくらでも出来てしまうが、それ以上は踏み込まない。
ともかくとして、エムの決定的な怒りのスイッチが一つ見つかったという意味では収穫だろう。一応は仲間だし、コンディションの管理は上司たるスコールの役目だった。
「……まあ、何はともあれお疲れ様ね。強奪した機体については後で送る座標まで運んで頂戴。十中八九あなたの物になるだろうし、調査とチューニングが必要よ」
果たして聞こえているのかどうか。スコールに背を向けるエムは、「シャワー浴びてくる」とだけ言い捨てて奥へ去っていった。
「……」
次にスコールはもう一人に目を向けた。ふかふかのソファの上で頭を抱え、膝に肘を突くようにして俯くオータムだ。
「エムもそうだけれど……一体何があったの?」
「……」
スコールは身を震わせるオータムの隣に座ると、その身を抱き寄せる。
彼女にはショウとガルーダの確保を命じていて、結果として配下の部隊を失った上にIS戦でも負けたという。辛うじて回収できた
「……あれは、無理だ」
「ショウ・サワムラはそんなに強かった? 不意打ちで仕留めるところまでは行ったんでしょう」
「強いとか、そういう話じゃない。全部見抜かれる。見透かされる……」
戦っていたのは時間にして3分にも満たない。そのカップ麺にお湯を注いでから食べ始めるまでの僅かな時間にも関わらず、オータムの心には深々と「死」という
エムと戦っている時の振る舞いなんて関係ない。自分が向けられた、あのどこまでも冷徹な無関心が、彼女の背筋をずっと凍りつかせている。
「
口からボロボロと止め処なく、整理も何もされていない言葉が溢れ出す。
アドレナリンが血中に撒き散らされ、一時の高揚に酔っていた当時のオータムでは分からなかったことが、全部終わってから冷え切って理解できてしまう。
逃げるでも助けを呼ぶでもなく、再起動したガルーダから真っ先に吹き出したプラズマ。
オータムの仲間を死体も残さず全て焼き消した、死の颶風。
最速で、最高効率で、より多くを殺す。自分を縛るものを取り除くことよりも、明らかにそれを優先した行動。
「こう言ってはアレだけど……あなたが部下のこと気にするなんて、らしくないわ」
「いや……
オータムは何も変わっていない。
モノクローム・アバターの部下が死のうが、究極的には「仕方ない」で済ませてしまえる。
だから、仲間の死を悲しんでいるのではない。
ショウという男のことを恐れている。
「戦い始めてからだっておかしい。エキドナはアメリカが極秘で進めてた試作機だぞ? ギミックも武器も、少なくともヤツには初見殺しになるはずだった……なのに、何も効かなかった。全部読まれる。全部避けられる。伸ばした指を片っ端から1本ずつへし折られてくみたいに……その癖悪意も何も感じねえ。私のことなんざその辺の小石も同然に踏み潰しに来やがるっ!
……なあスコール、私は何だ? 生まれてから成長も繁殖も屠殺も全部機械に好き勝手されるクソみてえな家畜か? 粉砕機でバラバラにされて焼却炉に突っ込まれるだけの粗大ゴミか?」
単に臆病風に吹かれたとか、そういう話ではない。
何度思い返しても、オータムにはショウを上回って仕留めるまでの流れが一切想像出来なかった。周到な準備を全てひっくり返されて、状況を一方的に支配されることを避けられない。この失敗から学べることが一切無い。噛んでも噛んでも噛み切れない肉の筋みたいにオータムの思考に残り続けて、しかも呑み込んでしまうことも出来ない。
「……こんな生き方してる人間が言えたことじゃねえけど、アイツは悪魔だ。どっか決定的なところがぶっ壊れた、止まらねえ殺戮機械だ」
スコールがそんな彼女に言ってやれることはあまり無い。ただ一人、ショウと対面していないのが彼女だからだ。実際に触れた者にしか分からないことなんて幾らでもある。スコールはそういう体験に対し、無条件の敬意を払う人間だ。
「……そう。ひとまず、あなたはエキドナを修理と調整に回して。少なくとも今のまま同じことがあっても、今回未満の結果にしかならないわ」
「……」
「ショウ・サワムラの再調査は上に依頼しておく。だからできるだけ早く立ち直ってね。二人の仲だもの、頼ってくれて良いんだから……」
スコールはオータムの頭を撫でつつ、虚空を睨んだ。
可愛いパートナーがここまでの状態にされたのだ。御礼参りはいつか必ず。
◆
「──それで、ご依頼いただいたショウ・サワムラの確保については失敗してしまいまして……」
『ああ、そうだったか。それは残念だが、気にしないでくれ。元はウチの娘が勝手に言ったことなんだからね』
深夜になって、スコールは自分の仕事──クライアントへの失敗報告をしていた。
「SOUND ONLY」とだけ表示された空中ディスプレイの向こうから聞こえてきた声は、依頼が来たときの生意気な少女ではなく、初老の男性のものだった。
残念と口では言う依頼人だが、実際のところあまり残念そうな感じはしない。興味がなさそうだ。
「私の部下は優秀です。せっかく情報を頂いたのにこんな結果になってしまうのは、
『いやいや、構わないよ。依頼失敗ということで残りの報酬はお支払いできないが……そちらのメインの目的については達成出来たんだろう?』
「え? ええ、お陰様で……」
前金の時点でとんでもない額が勝手に振り込まれていたこともあって、報酬について不満はない。
だが、この男の娘だというあの少女が話したのだろうか、自分の任務内容を知らない相手に把握されて嬉しくないスコールは眉をひそめた。
『それだけでも嬉しい報告だよ。調べた情報が活きたという実績はこちらの自信になる。こちらは貴女方に相乗りさせて貰っただけの立場なんだ、この失敗で目くじらを立てていては生きていられないよ』
「その……娘さんは何と?」
『ああ、それについては問題ないよ。彼女が無理やり話を進めようとした結果だ。どうとでも説き伏せられるさ』
これくらいは話しておくのが筋かな、と男は続ける。
『そもそも、例の
──ともかくご苦労さまだよ。これ以上はお互いに関わらない方が良さそうだ』
「ええ、突然連絡が来たときは驚かされましたわ。こちらこそ心配りに感謝いたします。では」
通信が終了されたのを確認したスコールは、ふっ、と一気に肩の力を抜いた。
こういう裏稼業の中で大変な瞬間は無数にあるが、依頼の失敗をクライアントに伝えるときはその中でも5本指に入るくらいに辛い。今回は運良く済んだが、ときには失敗を理由に無茶振りを強いてくるクライアントもいるため油断ならない。
「……明日には撤収ね。適当なルートで出国しないと」
机の横にグラスと小さい酒瓶を置いた彼女は、それを少しだけ注いでから口に含んだ。
地酒のアイリッシュウイスキーだ。飲まねばやってられない時は、度数の高いものをノー・チェイサー*1と決めている。
鼻先をふわりと撫でる風味を楽しみつつ、スコールは視線を何処ともなく泳がせた。
変な話だった。依頼人の少女はショウに随分とご執心のようで、結果を報告した男はさほど重要視していないようだ。どうでも良さそうにも感じられた。
あの男一人にかなりの損害を受けたし、オータムもエムも調子を狂わされた今、それをやってのけた相手を無価値同然に扱われてよい気がしないのは、一種のコンコルド効果だろうか。
昔から怪物退治にはお宝が付き物だ。厄介な分、それで得られるものも大きくて良いだろうに。
「収支……合ってるのかしらね、これで」
「──マイナスとは思わないけどね、僕は」
「ッ!?」
突然のことだった。
スコールはポケットに仕込んでいた携帯銃を抜き取って、振り向きざまに構える。
そんなことに意味がないと分かっていても、反射的にそれは行われた。
「……相変わらず心臓に悪いわね、アアル」
「キミこそもう少しマトモな装備を仕込んでおくべきじゃないか、スコール? そのオモチャじゃこのダンタリオンには届かない」
それは男にも、女にも。あるいは赤子にも若人にも老人にも聞こえる。街中を歩く普通の人間と、聖なる僧侶と、凶悪犯罪者を重ねたような、奇怪なフィルター越しの声。
その人物が纏うのは、顔面から後頭部までを覆う黄金のラウンドバイザーと、有機的な形状で全身を覆う赤色の装甲が特徴的なパワードスーツだった。普通は緑と紫という毒々しいカラーリングが基本で、1機だけ特別な色違いなのだという。
コアの反応が一切無いことからISではないらしいが、スコールにも詳しいことは知らされていない。前に見たときも「ダンタリオン」と呼ばれていたのを覚えている。
奇妙な装いの奇妙な人物。一見して特撮作品の怪人や映画のエイリアンにも思えるようなそれが、高級ホテルの一室に音もなく現れたのだ。このブロンドヘアの乙女が叫ばずに済んだのは、何度目かの慣れによるところが大きい。
スコールにとっては特徴的すぎて忘れることの出来ない、彼女の上役の一人である。
「余所じゃ『笛持ち』なんて名乗ってるそうだけど、どっちが本当の名前なのかしらね」
「名前の役割は個体の識別だろう、その場で伝わればそれで良いのさ。……これでも色々関わりがあってね。立場のある相手に、私は世界を股にかける
「……それで、今度は何をしに? 報告ならこれからする予定だったのだけど」
「その報告を直に聞きに来た、というのが第1目標かな。後はエキドナとサイレント・ゼフィルスの回収もだね」
「随分と性急だこと。せっかちは嫌われるわよ」
「善は急げ、いや、悪は急げかな? ともかくキミに任せてたら機体の受け渡しは明日以降だろう。整備も改良もどうせ僕がやることになるだろうし、今で問題無いと思うがね」
アアルと名乗るこの人物は、
異常なまでの高い技術と、個人とは思えない規模の資材を保有しているからこそできることだ。前に「2人目の篠ノ之束」と他の幹部が呼んでいたのをスコールは覚えている。
その実体は組織の大口スポンサーとも、中核となる幹部の私設組織の一つとも言われるが、結局のところ誰もその正体を知らない。それどころか、アアルが個人なのか集団なのかも分からない。
ISではない妙なパワードスーツを纏って現れるこの人物しか、その窓口が存在しないのだ。
「既に戦闘のログは確認したが……まさか試作の波動砲を使うとはね。オータムには未調整だから使うなと言ったのに」
「ショウ・サワムラにそれだけ追い詰められたようね。それなり以上に対策をしたつもりだったのだけど、あそこまでとは私も想定していなかった」
「そこはキミの責任だろうに。……まあ、
「…………皮肉?」
「いや、褒めてるのさ。今はエムと名乗ってるんだっけ、結果として彼女が1人で2号機の強奪をやってのけたんだから、良い采配だったよ。まさしく
別に隠していた訳でもなかったが、上司の命令に関係無い依頼を抱き合わせてしまったことについては少々後ろめたいスコール。直に指摘されて良い気はしなかった。
これ以上あまり言われたくないので、押し流すように報告を始める。
「あなたの言う
「まあ、そうなるだろうね。こちらの損害は
「
どうやらアアルにとってモノクローム・アバターの彼らのことは損害に含まれないらしい。
この人物も裏社会に足先から頭の天辺まで浸かった存在だ、当然のように人命無視をするネジの外れ方は典型的とすらいえる。
スコールにも少なからずその気があるとはいえ、同族嫌悪は禁じ得ない。
「あの尻尾に関しては蛇足というか、エキドナの建造目的からすればどうでもいい部位でしかない。壊れたら取り換えるだけだし、気にも留めないね。
──なんだ、それなら作戦は成功じゃないか。もっと喜んだらいいのに」
アメリカからエキドナを強奪するのを決めたのもアアルだ。構造や仕様にやたらと詳しいから、設計にでも関わっているのかと調べても、分かったことは無い。
それどころか、こういったことは直に聞くと教えてくれるのが気味の悪いところである。
「白々しいわね。
「ん? 効いていただろう。現にログではISコアの反応が消失し、ISとしては機能停止まで追い込めている。そもそもメインターゲットとは関係のない状況で起きたことだ、僕を責めてどうするんだい?」
アアルは熟練のピアニストがするみたいにクネクネと指を曲げ伸ばししている。その中で小さい2つの何かが光った。片方はレモンイエロー、もう一方は深い紫色だ。
スコールにはその片方がエキドナの待機形態だと分かった。もう既に2機のISは回収済みのようだ。
「……。なら、どうしてガルーダは戦えたのかしら。オータムがああまでやられたんですもの、説明の一つくらい────」
そこまで言って、スコールの口が動きを止めた。
そもそも、である。ISはコアが本体だ。それがなければ動かないし、同じくコアが動作不良を起こせばスカスカの鎧でしかない。
では、コア無しで動いたガルーダは何だ?
そんなスコールに、さあ答えをどうぞ、とでも言いたげにアアルは空いた手を差し伸べる。硬いゲル状のバイザーの向こうに意地の悪い笑顔が見えそうだ。
ともかく、それが答え合わせだった。
「
「状況証拠はそう言ってるね。僕も同じ考えだが、要するにアレはハイブリッドなのさ。普段はコアを使ってISとして振る舞いつつ、いざそれが止まれば中身の本物が牙を剥く。ISのつもりで挑めば、結果として手酷い仕打ちを受けるわけだ」
「それが分かっておきながら、あなたはどうして……!」
「どうして? 別に僕が
スコールに言い返す言葉は無かった。全くもってその通りだからだ。
「対IS用装備」として受け取ったものをそのまま流用したのは彼女だし、結果としてそれが装備の選択ミスだっただけのこと。似た症状だからと病院へ行かず、適当に昔貰った古い薬を使って悪化させるようなものだ。
「とはいえ、これは情報のアドバンテージでもある。IS業界の大手が
苦悩するスコールの横で、アアルはどこか楽しそうだ。
以前からそうだ。この相手はどこか思考がズレている。頭の重大なネジが外れているのは同業者なら皆そうだが、少し質が違うように感じられる。自分を含めて、目に映るもの全てを道具としか見ていないような。
「……はあ。それで、他に聞きたいことはあるかしら?」
「いいや、残りは後日書面で貰うよ。僕も目的は果たしたし、退散させてもらうかな」
ああそう……。疲れの色を隠さないスコールは、上司の目の前にもかかわらず飲みかけだったウイスキーを呷った。やってられないのだ。
アアルは特にそれを気にすることなくスコールに背を向けた。しかしすぐに、そうだ、ともう一度振り向いた。
「──建造途中のキミの専用機を含めれば、これからこのチームはISを3機で運用することになるね。さてスコール、今回のことを踏まえて、キミの専用機に追加注文はあるかい?」
アアルはスコールの顔を見つめている。毒々しい色のバイザー越しで視線は見えなくとも、まるで値踏みするようなネバついた雰囲気は嫌でも感じ取れた。
「──火力を。炎でさえ真正面から焼き消せる火力を頂戴」
「私怨だねぇ……まあ僕好みの注文だ、承るよ」
それだけ言い残して、アアルは虚空へと滲むように消えた。後には何も残らない。
部屋に1人残されたスコールは、ウイスキーを2杯飲み直してからオータムのいるベッドに潜り込んだ。
こんかいのまとめ
・オータム
本当に死んだかと思った。代償としてショウに死のイメージを植え付けられている。
エキドナの尻尾が消し飛んだけど助けてくれたエムには感謝……なんて感じてないんだからねっ!
悪の組織の女だろうが所詮はか弱い人の子。やっぱりオバケは怖い。
・エム
サイレント・ゼフィルスを貴様達の整備のおかげで使いやすくしてくれてありがとう。
波動砲の試運転代わりにショウを弾き飛ばしたら結果的にファインプレー。
一夏と自分を並べる最大級の愚弄をされたので絶許。スコールに止められなければ確実に殺してたからな貴様。
・ショウ
同じ人間だろ?
どうして拒絶するの?
仲良くできないの?
殺し合ってどうするの?
人間でないものが多いのが悪いの?
誰かに操られているの?
教えてくれよマリコ。
教えてくれよセシリア。
何がいけないんだ?
・スコール
メインターゲットではないが任務失敗はプライドに関わる。しかも部下2人がまとめて調子崩されたのも頭痛のタネ。殺してやるぞ、ショウ・サワムラ。
頭のネジが外れた上司と不調の部下に挟まれる哀しき中間管理職。上司は多少ワガママを聞いてくれるので積極的に利用している。
・アアル
楽園の名を冠する謎の人物。乗機はダンタリオン。
亡国機業の協力者としてスコールたちに剥離剤を渡したほか、ISの整備・改造を手掛けている。
スコールたち3人の能力は高く評価している模様。
意図せず連戦に巻き込んでしまったショウのことはちょっと気の毒に思っている。
悪の組織だって楽じゃない今回。
作戦がガバるオータムと独断行動の目立つエムを束ねるスコール……と考えると、スコールの負担は決して軽くないだろうなと考えてしまいます。
思えば苦しい中間管理職ばっかですねこの作品。
さらに色違いのダンタリオンが登場しました。
3章でチラホラ出張ってきている奴らの元締めみたいな感じの特殊仕様です。
ちなみに、どうもダンタリオンのキャノピーは仕様が特殊みたいで、本体が赤でキャノピーが金色というのは原作では出来ないカラーリングだったりします。
そういう意味では色違いというよりは別種というべきでしょうか。
オリ主がおかしいのはいつも通り。
これまでも「嘘はつきたくない」だの「人間には優しく」だのと道徳的な言葉を使ってきた彼ですが、それらが妙に薄っぺらかったことにはお気付きでしょうか。
そして、その道徳性を向ける相手が誰だったのかを考えれば、答えまではもう少しです。
色々なことが起こった3章も次回で最後です。
既存キャラの強化パターンを見て……
-
もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
-
強化装備ポン付け位がいいかな……
-
機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
-
この水は飲めそうだ