Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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ここは つりのめいしょ


05 群青刺激色

 

 

 

 

 

 新学期初日ということもあって、今日の授業は5限で終わる。

 その最後のコマも終わり、次はホームルームの時間だ。

 

 4限終わりにショウが姿を消したせいで相変わらず自己紹介の機会を失っていた一夏は、5限の内容が数学だったのを見て、当人の言っていた「皆さんと顔を合わせるのはIS関連の授業だけ」という言葉の意味を身をもって理解した。

 ついでに、IS学園のハイレベルな数学の恐ろしさも理解した。昼飯後の胃に血液を持っていかれる時間帯には大変堪えたのだ。

 

 5限終わりにショウが教室に戻ってきたため、一夏はショウに対して3限目以来の会話を試みる。

 

「あの、さっきは教本ありがとうございました。改めて、織斑一夏っていいます。少ない男同士、仲良くしましょう」

 

「ああ、織斑イチカ君。コレはどうもご丁寧に……沢村ショウです。

 教本のことは気にしないで、お互い様ってやつですよ」

 

 ぺこりとお辞儀して感謝の言葉を送る一夏に、相変わらずの爽やかさで返すショウ。今度は敬語口調だ。

 

「そう言ってもらえると気が楽になります……。

 あ、タメで良いですよ、沢村さんの方が年上ですし」

 

「それならそっちもタメでいいよ、堅苦しいのは苦手なんだ。

 あと、むず痒いから名前で呼んでくれるとありがたい」

 

 それなら、これからよろしくなショウ……!

 ぎこちない様子で早速タメ口を使う一夏の姿を、ハハハと軽快に笑うショウ。傍から見ていた女子たちの内、()()()の趣味を持つものは「ユウジョウ!」と呟いてしめやかに落涙した。

 

 

 さて、そうこうしている内に千冬と真耶が教室にやって来て、ホームルームが始まる。

 新学期最初のホームルームの内容といえば、部活動の勧誘がいつから始まるとか、健康診断はどこでやるかとか決まりきったものばかりで、ここIS学園については大半の連絡事項は学生各自の端末に送信される。従って、口頭で伝えるべきことはほとんど無く、ホームルームは5分と少しで終わった。

 

「――ああそうだ、今月末のクラス対抗戦に出る代表者を決めるのを忘れていたな」

 

 否、終わっていなかった。

 

 危ない危ない……。重大事項を忘れていた割に飄々としている千冬はクラスを見渡した。

 クラス代表ってなんだよ千冬姉……とついつい素が出てしまった一夏に、今は織斑先生だろうが、と千冬が本日何度目かの出席簿を炸裂させている横で真耶がクラス代表について説明する。

 

「クラス代表というのはそのままの意味ですね。生徒会が主催する会議や委員会への出席だったり、行事の運営を主導する、いわゆる委員長です。一度就任したら原則としては来年まで変わりません。

 それが出場するクラス対抗戦は、クラス間の技能向上を目的とし定期開催されるものです。始めは初心者同士だったのが、段々と操縦が上手くなっていくのを見ることができる、楽しいイベントなんですよっ!」

 

 対抗戦が好きらしい真耶は、例年の様子を交えつつクラス対抗戦について話す。言葉の端々から熱が滲み出ていて、何故だろう、近くにいた一夏の頬を汗が一滴伝った。

 

「自薦他薦は問わん。誰かいないか」

 

 千冬が促すと、大半の生徒にとっては案の定、一夏を推薦する声が次々と上がる。

 知識もない、搭乗経験は5回と無い、そんな自分が何故指名されるのか。ど下手くそを祭り上げて何か楽しいのか……?

 一夏はえ゛っ、という絞り出すような悲鳴以外に声が出ない。

 

 だがそんな一夏でも、中学時代のことを思い出すことは出来た。

 中学入学早々に行われる委員長決め、小学校が同じ者以外は初対面ばかりのクラスメイトの中から、誰が委員長に推薦されていたか。()()()()()()()が選ばれた。

 

 あの時、自薦なんてする人間はいなかったが、必ず誰かが選ばれねばならなかった。誰かを生贄にするしかなかった。そうして目をつけられるのは、眼鏡を掛けている(マジメくん)とか、授業で挙手の回数が多かった(勉強できそう)とか……理由は何でもいいから、何となく()()()()()()()が夥しい数の推薦を受けて委員長に祭り上げられる。そして一度祭り上げられたなら、委員長としての手際が余程ひどかったとかの格別の理由がない限りは、前年そうだったからと次の年も推薦されてしまう可能性が高い。

 

 思えば、自分も祭り上げる側だった。

 

 今の自分はどうか。

 世界初の男性操縦者で、同年代においてこのクラス唯一の男。目立たないわけがない。格好の的だ。

 だが一夏は、ここで今度は自分の番かと諦められる男ではない。本当にしょうもないけど、今は中学とは違う。面白半分でやられたら堪ったもんじゃない。

 一夏は周囲を見渡す。必ずいるはずだ、女子にも()()()()()()()が……。

 

 探して、探して……一夏はようやく候補を見つける。

 ショウの前の席に座っている金髪。黙っていれば実に整った顔をしている、自称エリートのなんちゃら候補生。名前は確か、セシリア。

 これしかない。一夏が徐ろに手を挙げようとしたところで――

 

「はい! 私は沢村さんを推薦しますっ!」

 

 ――あり得ない言葉が聞こえた。

 

 おい、おいおいおいおい。それだけはやっちゃいけないだろうが……。

 

 実際のところ、一夏同様にショウも()()()()()()()筆頭だ。だが明らかに年齢が違う。

 このクラスの大半の生徒と同じ年の一夏と違い、一人だけ成人しているとなれば、その疎外感は一入である。ましてや相手は企業所属、学生ではなく仕事で来ている人間だという。

 そんな人に明らかな面倒事を押し付けようっていうのか……?

 

 中学時代、大人に混じって空いた時間をバイトに費やしていた一夏だからよく分かる。

 これはダメだ。

 

「いや流石に――」

 

 それはマズイって……。ショウを推薦した女子に向けられた言葉は――

 

そのような選出、認められませんわッ!

 

 ――セシリアの一喝に遮られた。

 

 驚き気圧される一夏だったが、これを止めてくれるなら何だって良いと事の推移を見守ることにした。その後ろのショウは相変わらず半目で、しかし、今度は起きているらしい。視線を感じた。

 

「この国のイインチョウというものは寡聞にして存じ上げませんが、クラスを導く立場と受け取るのであれば、実力のある私が選ばれるのが必然でしょう。それを、男というだけで、面白半分で推薦する? つい先日ISに触れたばかりの素人を?

 ……わたくし、日本人がここまで無責任だとは思いませんでしたの」

 

 そうだそうだと赤ベコめいた回数で頷く一夏。ちょっと主語が大きい気もするが、細かいことを気にする状況でもないだろう。

 そのままもっと言ってやれ、ついでに自薦して代表もやってくれ……。当事者のくせに、今や一夏は高みの見物を決め込もうとしていた。

 だがセシリアはその無責任も許さない。

 

「――ミスター・イチカ、貴方も何とか言ったらどうです? まさか自分は選ばれるに相応しい実力者だとでも?

 人類最強(ブリュンヒルデ)を姉に持ちながら、自分の実力さえ理解していないとは、全くもって恥晒しですわね。申し訳無いとは思いませんの?

 それに……苦しいだけですわよ、分不相応は」

 

 ……前言撤回。なんだこいつ。

 この状況を止めてくれるのは良い。寧ろありがたいくらいだ。

 自分のことを悪く言うのも良い。タイミングが合わず反論出来ていないだけでここまで言われるのはやり過ぎな気もするが、事実として自分には経験も知識もない。

 

「――あ?」

 

 だが、千冬姉は、それだけは関係ないだろうが……。

 一夏の精神が、静かに怒りへとギアチェンジする。

 

「それは聞き捨てならないぞ、セシリア」

 

「あら、()()()()に声が聞けて嬉しいですわね、ミスター・イチカ。

 次はどんな言葉を聞かせてくださるのかしら?」

 

 口では嬉しいと言いつつ、セシリアの目はぞっとする程に冷ややかだ。

 ブリティッシュ仕込の、淑女的皮肉・日本語風味。誰の耳にも分かりやすい、はっきりとした煽り文句だ。英語ではないから、受験期にリスニングが苦手だった一夏でも内容がはっきりと理解出来てしまう配慮が、刺々しく光る。

 

「……アンタの言う通りさ。俺は実際何も出来ねえよ。教本を捨てちまうようなアホだから知識だって無い。本音を言えば、勝手に推薦されても困るくらいだ。

 けどな、それは俺の、俺だけの問題なんだ。千冬姉は関係ない」

 

「甘えですわね。世間はそう思ってはくれませんのよ。

 ――それで? 弱い自覚があるのなら辞退しては如何ですか? お返事がまだのようですが」

 

 まさに一触即発。次は言葉が出るか手が出るか……一夏とセシリアの間に漂う張り詰めた雰囲気を見かねた千冬が会話に割り込む。

 

()()を振るっている所悪いがセシリア、辞退は禁止にさせてもらう。選ばれた側には選ばれた側の責任というものもある。

 ――無責任は嫌なんだろう?」

 

「あらあら、これはわたくしとしたことが失礼を。それならば、わたくし、セシリア・オルコットは正式に自分を推薦致しますわ。

 さて、どのように選出いたしますか? ディベートではすぐに決着が付いてしまいそうで」

 

 おいセシリア……。 一夏が度重なる煽りに耐えかねたところを、無言の千冬が手で制した。

 一夏の怒気に真耶は小動物のごとく縮こまっている。

 

「ここをどこだと思っている? 当然、『ISバトル』だ。

 ――それで良いな? 織斑」

 

「妥当な選択……と言いたいところですが、それで競技として成立しますの?

 専用機持ちの私と、ド素人のミスター・イチカ……賭けにすらならないと思いますが」

 

「やる前から何だよ、もしかして怖いのか?」

 

「――あら?」

 

 頼れる姉の手を見て少しだけ冷静さを取り戻した一夏は、少ない理性で、最も有効な煽り文句をひねり出す。

 

 相手はプライドの高いお嬢様。であれば、差し当たって有効なのは……中学時代、帰宅する横で学校のグラウンドから聞こえた古の言葉に倣うなら――へいへい、ピッチャービビってるゥ!

 

「俺は何だって良いんだ、アンタと勝負できるならそれで十分。

 ――その代わり、俺が勝ったらさっきの言葉は撤回してもらうぞ」

 

「上等、と日本語では言うんでしたわね……? ええ、ええ、良いでしょう。このセシリア・オルコットに『怖気付いた』などと言ったこと、必ずや後悔させて差し上げますの。

 私が勝ったら……そうですわね、貴方を小間使いにしましょう。わたくし、使用人にも相応の気品と実力を求める人間ですから、徹底的に磨いて削って抉って――

 ――従順に仕立て直すのも一興ですわね?」

 

 熱く挑発的な笑みを浮かべる一夏と、冷たく嗜虐的な笑みを貼り付けたセシリア。笑顔の両者はしかし、互いに睨み合う。忘れ去られた第三者を置き去りにしていることなど、最早意識の片隅にさえ無い。

 

「話は決まったな。諸々時間もないから決定戦は今週末に行うこととする。それまで各自準備をしておくように。

 ――沢村、お前もそれで良いな?」

 

 先程から一言も発しないことで、実は有耶無耶にならないかと期待していたショウを千冬は見逃さなかった。今こそ、ショウの目がはっきりと見開かれる。

 

え゛っ、俺もやるんですか?」

 

「そうだと言っている。さっき推薦されたのを忘れたか?」

 

「いやでもあの、自分はもう委員長なんて年じゃないですし……第一選ばれたってどうにも」

 

「沢村、やれ

 

 どうにかこうにか言葉を並べて回避を試みるショウだが、千冬はそれを許さない。ショウは自分を見つめる千冬の目に言葉を見出した。

 ――「やれと言われればやる」と言ったのはお前だろう……?

 

 ショウは6秒にも渡るロングブレスで、発車前の蒸気機関車のようなため息を吐く。それから、不承不承といった表情で短く答えた。

 

「……了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあの、なんていうか……すみません。

 俺が熱くなったばっかりにバトルなんて……」

 

「気にすんな。あの様子じゃ織斑先生は始めからISバトルのつもりだったろうし。

 ――あと、タメが崩れてんぞ」

 

「あっ」

 

 放課後。照明の切れた教室には昼下りの暖かい日光が差し込んでいる。

 波乱のホームルームが終わった後、伝えることがあるからと男子二人は教師が戻ってくるまで教室で待機しているように指示が出た。他の女子生徒が寮や部活の見学へ向かう中、ショウと一夏は雑談で時間を潰す他無いのであった。

 

「しっかし、どうしたもんかな。金曜までにこっちの用意が終わると良いんだが」

 

「やっぱり、あるんで……じゃなかった。あるのか? ショウにも専用機が」

 

 一夏が左隣の机で物憂げに肘を突くショウに尋ねると、自慢のテストモデルがあるとの返事。ショウの向こうの窓からの逆光に照らされて陰る顔が、一夏には雑誌の1ページか何かに見えて、数度瞬きした。

 

「つーか、恐らくだがお前にも来るんじゃねえの? 専用機」

 

「えっ? 流石にそれは無いんじゃないか?

 おもちゃじゃないんだし、ホイホイ渡されるもんじゃないのは俺でも分かるぞ」

 

 教本を捨てるやつでも分かることだよな、とショウが突っ込むと一夏は苦い顔をした。

 

「でも考えてもみろよ、お前は世界最強の弟で、見つかった一例目なわけだ。データが取れるなら取りたがるやつはいくらでもいるし、あるいは、『織斑千冬の弟に専用機を!』つって騒いでる奴が今頃いたっておかしくないんじゃないの」

 

「んな都合のいい話あるかなぁ……」

 

 まあでも騒ぐ人はいそうだな……。一夏は呆れた表情で天を仰ぐ。

 実際、織斑千冬の人気は世界中で高い。バイト先でも病院でも、「織斑」の名字を見た者は大抵、千冬のことを話題に出す。サインを貰ってきてくれとか、お前の姉はあんなに凄いのにとか、一夏は毎度反応に困ることばかり言われてきた。

 中学の頃、友達とファミレスで席待ちをしていた時に名前を呼びに来たウェイトレスに、暫くきゃあきゃあと絡まれて以来、そういう名前はできるだけ同行者に書いてもらうことにしている。織斑という名字は、目立ちすぎるのだ。

 鬱陶しいことこの上ないが、そこは目を瞑って生きてきた。仕方が無い、間違いなく自慢の姉なのだから。

 

「そういえば、教本覚えたって話……。

 借りた挙げ句コレ言うのも気が引けるんだが、マジなら教えて欲しくてさ……。流石に1週間で全部はキツい」

 

「俺じゃなくて教師に聞いた方がマシなんじゃねえかなそれ……ヤマダ先生って言ったっけ? あの副担任なら色々教えてくれそうなもんだが」

 

「それはそうなんだけど、なんかこう、良い感じの勉強法とかあれば知りたいんだよ。教えてもらったくらいで片付けられる量じゃねえってアレ……」

 

「まあ、大変なのは同情するが、俺も忙しいからな……『やらなくても何とかなる場所』だけ教えるってのは?」

 

 ショウは一夏に先程貸した教本を出すように言った。それから教本を開いて、授業でも挙がった付録の内容を例に、必ずしもその全てを覚える必要は無いと語る。

 

「PICの説明もそうだが、この教本、そんなに良い内容じゃないんだよ。それは恐らく向こうも分かってる。となればカリキュラム上はガン無視しても何とかなる部分も幾らかあるわけだ」

 

 ショウの教本の多くのページには、丁寧に少ない数の色を使った下線やメモ書きがされていた。ほんの3ヶ月前、一夏が受験勉強に使っていた参考書が霞むほどに刻まれた追加情報が、「教本を覚えた」というショウの主張に強力な信憑性を与えていた。

 もしもこれが新品同然の教本だったなら、今日の授業をやり過ごすことは出来なかったかも知れないくらいには、一夏はショウの記述に助けられていたのである。

 

 しかし、そんな教本にも一切手がつけられていないページが存在する。ショウはそのページこそ無視してもいい内容だという。

 

「金曜のことを考えれば最優先は操作方法、でもって次に法規と情勢だ。高々10年しか無いから歴史なんてあって無いようなモンだし、残った動作原理とかは余った時間でやる。

 この順番で先生に教わって、とにかく効率重点。OK?」

 

「マジで助かる……今度なんかでお礼させてくれ!」

 

 気にすんなと一夏を嗜めるショウが下線やメモ書きの見方を教えていると、カツカツというリノリウムを叩く音が二人分聞こえてきた。ホームルーム終了から苦節1時間、やっと待ち時間が終わる。

 

「あ、織斑くんに沢村くん。まだ教室にいたんですね、良かったです」

 

 いや残れって言ったのアンタらじゃん……。一夏は努めて顔に出さないように内心ツッコんだ。隣に()()()がいたので間違っても気取られてはいけない。さもなければ平面にされるだろう。

 

「あの、それで伝えることっていうのは……?」

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

 真耶はそう言って、一夏に部屋番号の書かれたメモ紙とキーを差し出した。メモは単なるメモ用紙だが、キーの方は物理鍵としてもNFCタグとしても使える優れものだ。

 

 ここIS学園は二人一部屋の全寮制だ。理由は主に機密と人材の保護である。法的に学園の存在するメガフロートは表向きどこの国家にも属さないので、一々帰宅のために越境の手続きを増やすのが面倒という事務面の理由もある。

 

「あれ、でも暫くはホテルから通うって聞いてたんですけど、第一私物とか置いてきたままだし……」

 

 不安がる一夏に、諸々手配しておいたから感謝しろと言う千冬。隣の真耶によれば、今日になって急に事情が変わったらしく、学園側としてもよく分かっていないという。

 無理やり寮の組み合わせにねじ込んだので、暫くは二人暮らしになると言われると、なるほど男同士なら気楽だなと独り合点する一夏。

 あれ、そういえばショウのキーはどうしたんだろう。一人一つは無いと不便じゃないか……?

 

「――ああ、沢村なら私と相部屋だ。男二人暮らしにはならんぞ」

 

「ゑ?」

 

 ギギギ……再び油の切れた機械のようにぎこちなく首をショウの方へ向ける一夏。

 オイオイ待て待て、男二人にならないってことは、つまり女子と相部屋ってことで……それよりも、千冬姉とショウが同居だあ?!

 

 ――ズドンッ!

 

「グワーッ!」

 

 鈍い炸裂音。頭頂部から背骨を伝って仙骨、骨盤、半月板へと重い振動が突き抜けた。今回は出席簿ではなく素手によるチョップが一夏の脳天に直撃したのである。

 

「なっ、何すんだよっ!」

 

「すまん、お前が不埒なことを考えそうな気がしたのでな。

 ……だが考えてもみろ、沢村は既に成人してるんだ。女子と同居なぞ、危うく警察沙汰になりかねん」

 

 気がするで人を殴るんじゃないよ、推定無罪の教えはどうなってんだ教えは……。閉口する一夏に向かって、授業中同様の眠そうな目つきで「流石に俺も捕まりたくないからさ」とポケットからキーを見せびらかすショウ。予め自分の分は渡されていたようだ。

 

 実際のところ、ショウと一夏を一緒にしなかったのはリスクの分散が大きな理由だ。

 世界に二人しかいない特異体質者、もしも攫われるとしても、片方が無事ならまだマシ……一般に冗長性とはそうやって担保されるものだ。その二人目(スペア)も、人類最強と一緒ならば安全だろう、と誰にも文句を言わせないよう計らったのはこの学園の理事長である。

 

 もしもショウが変なことをしたら、死ぬより酷い目に遭わせるから問題無いと千冬が言う横で、眼鏡を曇らせた真耶はなんだか興奮している。

 

「え、捕まるようなことするんですか!?

 年頃の女の子と二人であれやこれやを……? はぁ……はぁ……」

 

 頬を桃色に染めては勝手に妄想の世界に入り込んでしまった真耶を、千冬が耳を引っ張って職員室へ連行していったところで、その日はお開きとなった。

 

 寮で相部屋になった女子に、一夏が危うく殺されかけたのはまた別の話……。

 

 

 


 

 

 

 

 時刻は夕方。

 職員室横のベンチでブラックの缶コーヒーを傾けていた千冬は、扉の開閉音を耳にする。

 カツカツという足音は段々と大きくなり、ベンチ前の自販機で止まった。音の主は真耶だった。

 

「休憩ですか、山田先生」

 

「はい。ようやく一段落付きそうで……」

 

 真耶は千冬の手にある缶を一瞥すると、自販機で同じ物を買った。がこん、という落下音のあとに缶を取り出そうとする真耶の姿は、元々の背丈が低いだけに更に小さく見える。

 

 そのまま自分の横にちょこんと掛けた真耶に、千冬は何となく話題を振る。

 

「代表決めの前に聞いておきたかったんですが……沢村の入学試験はどんな感じでしたか?」

 

 1組のほとんどの生徒の入学試験の内容を把握している千冬だったが、他と試験時期がズレていたのと、単に忙しかったのもあって、ショウと真耶の模擬戦の様子は未だに知らなかった。せいぜいが勝敗くらいのものである。

 

 かしゅっ、と小気味良い音をさせながらプルタブを起こす真耶は「ああ、アレですか」と呟いて、コーヒーを一口。

 それから小さく喉を鳴らして、当時の様子を語り始めた。

 

「正直言って、彼の戦いぶりは……何と言うか、チグハグなんですよ」

 

「チグハグ?」

 

「はい。互いにラファールを使ったんですけど、操縦は甘いし照準はブレブレで……。

 それと、動きが虫食いなんです。例えば動作に1、2、3って数字を振るじゃないですか、彼の動きは1と3だけで、その間を繋ぐものが無いっていうか……」

 

 その時は自身のあがり症も鳴りを潜めていたために試合はすぐに終わったと言う真耶は、一旦言葉を切る。相当に言葉を選んでいるようで、暫く周囲には静寂が訪れた。

 それを怪訝な顔で見守っている間に千冬の手にある缶の中身はどんどんと減っていき、やがて空になった。

 

「目だけ……」

 

「え?」

 

 どれだけ角度を付けても中身が出てこなくなった缶に寂しさを感じつつ、それを捨てに行こうと千冬が立ち上がった瞬間に、真耶が口を開いた。

 急に動作を中断したため、千冬はドサリと座りなおすことになった。まだ座面は温かい。

 

「そう、目だけはこっちを向いてたんです。ずっと。

 普通、初心者って機体の操作が覚束ない内は相手を見続けるなんて出来ないじゃないですか。仮に出来てもちょっと誘導したら目を逸らしちゃいますし」

 

「ええ。昔の山田先生みたいですね」

 

 それは言わないでくださいよぉ……と小さく涙を浮かべる真耶を見て、千冬は少し微笑んだ。小動物みたいな仕草が可愛いのは昔から変わらない。

 こんな顔をして、その実、現役時代に得意としていた戦術はえげつないものばかりである。同期の中では恐れられていたのを千冬は覚えていた。

 

「……沢村くんの場合、絶対に視線をこちらから離さないんです。慣れないISの操縦に精一杯になってるのは間違いないと思うんですが、でもずっとこっちを見てて。

 余裕があったので何度かフェイントを入れたんですけど、全く引っ掛かりませんでしたね」

 

「そこまでしたら公平性に問題があるのでは……?」

 

 入学直前の純粋な操縦技術と適正を測るのが試験の目的だ。いきなりフェイントなどの小手先戦術を差し込むのは如何なものか、という至極真っ当な指摘に対し、真耶はつい楽しくなっちゃってと頬を赤らめた。

 この女、可愛ければ何しても良いとか思ってるんじゃなかろうか……千冬は少し心配になった。山田真耶、現在に至るまで独身である。

 

「試合の流れでトドメがグレネードになっちゃったんですけど、その時も着弾の瞬間まで相変わらずでしたね……すごく、残念そうな表情」

 

 言葉を繰る山田は次第に顔を俯かせ、それに合わせて声もトーンダウンしていった。

 普段から明るい性格が特徴の彼女である。現役時代も、試合の後に後腐れするようなことは滅多に無かったと記憶しているだけに、少し話を聞いただけでこうなる件の試合内容が千冬は余計気になった。

 とはいえ、これ以上根掘り葉掘り聞くのは、真耶にとって酷なものだろう。

 

 いずれショウにも聞いてみよう。確か記録も残っていたはずだから、先にそれを見るのも良いかも知れない……そう思いながら、千冬は今度こそ立ち上がる。

 

「案外、その集中力と制御技術が噛み合ったら恐ろしいことになるかも知れませんね」

 

「ええ。これからが楽しみです。

 ……もう戻られますか?」

 

「まだ仕事が残っているので……お先に失礼します」

 

 自販機横のゴミ箱に缶を放り込んで歩き去る千冬の後ろ姿を、真耶は穏やかな顔で見送った。

 

 

 

 

 

 

 それから暫く真耶は、窓から見える日の入り直後の紫色の空を眺めてはコーヒーを飲み進める。ブラックはそこまで好きではないので、相応に時間が掛かった。

 それでもブラックコーヒーを選んだのは、何となく寂しかったから。手っ取り早く、誰かと同じ物を共有したかった。

 

「さて、私も戻らないと……」

 

 缶が空になった真耶は、先程の千冬同様にそれを捨てると、少しストレッチをした。体側を伸ばして、前屈に後屈……デスクワークの後も座ったままの姿勢が続いた真耶の身体に、甘く温かい快感がじんわりと広がった。そうして姿勢を元に戻した時、丁度空が目に入った。

 

 日没の時刻はとうに過ぎている。紫と少量のオレンジが彩るグラデーションはもうどこにもなく、街灯の光害によって星明かりがかき消されている今は、真っ黒い空が塗り潰されたかのように広がるばかりだ。

 そう、黒い。

 

 あの時の目。こちらから片時も離れなかった、あの男の目。

 黒曜石のようでいて、あれのような光沢は無い。昔ネットニュースで見かけた、『世界一黒い塗料』のような……どこまでも遠く、飲み込まれるような深宇宙。

 

 なんてものを思い出させてくれたんだ。折角忘れていたのに。

 真耶はその時だけ……そしてほんの少しだけ、空を恨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……気持ち悪い」

 

 真耶は足早にベンチを後にした。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

こんかいのまとめ

 

 

 

 

 

・一夏

 

 気ままなクラスメイトに…好奇心だけで推薦されてたまるか!

 バイトで培った社会経験が多少活きたが、煽り耐性は身に付かなかった模様。

 姉の手を見て落ち着くシスコン。ショウがズボラな千冬の面倒を見られるか気が気でない。

 

 

・真耶

 

 今日もデカい。妄想力もデカい。

 現役を退いてからは生徒の戦いぶりを見るのが楽しみ。

 現役時代は腕の立つ選手で、バトルではトドメにグレをぶち込むのがお気に入り。トラウマなるわこんなん。

 

 

・千冬

 

 自分の為に怒る一夏がちょっと嬉しい。やーいブラコン。

 知らなかったのか、人類最強からは逃げられない。

 同僚にして後輩である真耶の様子がちょっとおかしいような気がするが、多分疲れているせい。

 

 

・セシリア

 

 本場仕立ての煽りでクラスの軽挙妄動を批判しつつ、一夏を一本釣りすることに成功。

 でも自身の耐性が低いので煽り返されたことにはご立腹。

 少しだけ一夏の立場には同情している。

 

 

・ショウ

 

 「黙っていれば見逃してもらえるかな……」と思いつつ煽り合いをじっくり観察していた人。

 ISの授業のとき以外は教室から姿を消しているが、ホームルームからは逃げられない。

 面倒事が増えたため、今日も涙を我慢して山葵をキメる。甘いぞ。

 

 




当然!「ISバトル」だッ! 初代から受け継ぐ「ISバトル」ッ!
それが流儀ィィッ!!


 セシリアの煽りシーン、書いててすっごく気持ちよかったです(小並)。
 セシリアには自身の実力に裏打ちされたプライドがあるので、期待される側の大変さが分かる点で一夏には少し同情しています。というわけで煽りのベクトルを原作から少し変えました。(原作のカジュアル国際問題は手に余る……)

 一夏は部活に入る代わりに家計を助けようとバイトをしていた、という独白が原作にありました。であればちょっとくらい学生とは違う社会経験をしていても良いのでは……と考えて冷静な描写をひとつまみ。
 中学卒業以前から就労していたと考えると、バレたらマズそう(小並)

 ショウはこれで成人していますが、ストレートに進学していれば大学を卒業していない程度の年齢です。まだまだ未熟ではありますが、しかし女子高生と一緒に同居はマズいよね……といった立場なのでこんな部屋割りに。

 セッシーにはレスバ強者であって欲しい(真顔)

機体の説明とかいる……?

  • 絶対欲しい!
  • あったらうれしい
  • うむっ、緊急連絡だ。
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