Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
明るく塗りつぶして。
未来はオレンジ色。
47 鼎が軽重を問う
秘密基地、という言葉を聞いて思い浮かべるものといえば、普通は地下の奥底にアリの巣みたいに広がった区画や、あるいは移動式の潜水艦のようなものが想像されるかもしれない。
この場所はその前者に該当するだろうか。
ヒマラヤ山脈の地下、今後数十年は地震の心配がない安定陸塊を千メートル以上の深度に渡って掘り進め、物理的な出入り口の類を一切排し、音波や電波の類が地殻で減衰し尽くすように秘匿された深淵に、それは存在する。
薄暗い大空洞の中には、ガラスでできた巨大な円筒形の筐体が無数に並んでいる。
ぼんやりと燐光を発する液体に満たされたそれぞれの内部に、まるで時を待つかのように立位で佇む
先が見通せぬ程に続く、通路代わりの細長い空間を挟んで列を成しているために、中央に立てば前後感覚を失ってしまうだろう。
「──壮観だが、我ながら忌々しい景色だ」
そんな道を、一人分の足音が進んでいた。
肩まで伸ばした長い白髪に、琥珀色の光を灯す瞳。背丈はあまり高いとは言えず、男にも女にも見える中性的な外見は、ボディラインの見えやすいパイロットスーツに身を包んでなお性別を特定する材料を与えない。
ともすればティーンエイジの子どもにも思われる声と顔にはそれらしい無邪気さは欠片も宿っておらず、矛盾したように老熟な暗い表情が浮かんでいる。
「相変わらず歩留まりが悪いが、儀式のための12には間に合いそうだ」
白髪の人物は並ぶ筐体の一つの前で足を止める。
空中ディスプレイが浮かび上がり、その個体の詳細な情報が浮かび上がった。
──Installed A-pack: No. 131
──Matching complete.
──Aligning for OPFER 11.
ごぼぼ、と音を立てて、筐体に満たされた液中で泡が昇っていった。それはどこか胎動のようでもあって、不自然に生命の波動を発している。
ディスプレイが消えて、また足音が響く。
「──
「──はじめまして! フランスから来ました、シャルル・デュノアです」
目が覚めるようなセミロングヘアの金髪に、柔らかみを帯びたハスキーボイスと、どこか妖しさを纏うアメジスト色の瞳。明るい笑顔には不思議な魅力があった。
一瞬遅れて朝の教室を埋め尽くした黄色い悲鳴に耳を劈かれながら、一夏は世の中にはこんな
ショウがイギリスに行って、戻るまではまだ数日残っている。
片方が出払えば当然のことだから、学園唯一の男になってしまったのはこれが初めてではない。
だが、その他女子生徒からのターゲティングが自分に集中している間は居心地の悪さが拭えず、かと言って相談できる相手もいなくなってしまった一夏にとって、シャルルの転入は曇天に差し込んだ一筋の光明であった。
「僕と同じ境遇の人が他にもいるということで本国から転入しました。どうぞよろしくお願いします!」
なんと彼は3人目の男性操縦者で、専用機持ちだというのだ。
恐らくは自分に向けたであろう笑顔のウインクに、一夏は心臓が跳ねるのを感じた。
◆
「そんなに大変なの……?」
「大変なんてモンじゃないんだよ、毎日のように女子が追っかけてくるし、迂回路探してたら遅刻しかけるし、ショウのやつは何か知らないうちに姿を消すし……シャルルも面倒が嫌なら教室移動には気をつけた方が良いぞ。ルート教えるから一緒に行こうぜ」
「う、うん……」
ショウと違って同年代の男ということもあり、シャルルは一夏の同室に割り当てられた。
追い出される形で他の部屋に移動した箒は、初めこそ反抗の色が強かったが、今では新たなルームメイトの鈴音と上手くやっているという。
同じ境遇の男が更に増えて、幼馴染は以前にも増して仲良くしてくれている。
白式の調子も悪くないし、なんだかイイコトばかりだなあ、と一夏は顔をほころばせた。
だが、よくよく考えてみるとそうでもないと思い至る。
第一に、シャルルと同じタイミングで転入してきたもう一人。
長い銀髪に左目を覆う眼帯、いっそわざとらしいくらいに背筋を伸ばした所作は、THE・軍人といった様相だ。コスプレかと思えばそうでもないらしく、千冬のことを一度「教官」と呼んで止められた彼女は「ラウラ・ボーデヴィッヒ」と名乗った。
そんな彼女に、一夏は出会って早々に襟首を掴んで睨まれた。どういう理由があったのかは知らない。千冬にも聞けずにいる。
それ以降は特別何かをされたことは無いが、会うたびに睨むようなじっとりとした視線を向けられるのは気分の良いものではない。
ショウが戻ってきたら相談してみよう、と漠然と思った。
第二は、近い内に開かれるという学年タッグマッチのことだ。
名前の通りペアを組んで2対2でのISバトルを行うこのイベントは、クラス代表対抗戦と違って全生徒が参加する大規模なものだ。
外部の企業や国家機関からも視察に訪れる人も多く、一般の訓練機でも戦術と武装次第で専用機持ちに迫れるチャンスということで、そこで実力を売っておきたい生徒たちにとっては重要な機会であった。
一夏を悩ませるのは、彼のペアが誰になるのかということ。
別に一夏自身はそれほど深く考えていたわけではない。まだ開催まで一月以上あるし、もう少し訓練を積んで愛称が良さそうな人を探そうとか、似た近接武器を使うショウと組めば間違いないなとか、漠然としたイメージだけがあった。
だが、そうは問屋が卸さないのは周囲の女子生徒全員である。
「さあさ、張った張ったァっ! 第一回『織斑くんのペアは誰なんだ』杯、ベットの受付は新聞部まで! シャルルくん版もやってるよ~」
一度あの人は生徒会長にシメられたほうが良いんじゃなかろうか。一夏は遠目に2年の薫子とそこに群がる女子たちを眺めながら更衣室へ向かう。
シャルルは不安げな様子だが、とりあえず一夏に付いて進んだ。
「タッグマッチ、やるんだってね」
「俺も詳しく知らない……っていうかこの前初めて聞いたんだけど、なんだかなあ」
一足早くたどり着いた更衣室には誰もいない。薄暗い照明がぼうっと照らしている空間は、何処かこの世のものでない感覚を与える。
早速開けられたロッカーの扉に隠されて見えない一夏の顔に、シャルルは少し不安げに視線を向けていた。
「どうかしたの?」
「うーん。転入してきて早々にこんなこと言われるのも悪いと思うんだけど、ちょっと前に学園で……事件って言って良いのかな、とにかく大きいことがあってさ。みんなピリピリしてんだよ。そんな状況で普通に行事とかホントにやれるのかなって」
「ああ、なんだっけ、バイド……とかいうの?」
「やっぱり知ってるのか」
「まあね。でも大きい被害が無かったとか、そういう簡単なことしか聞いてないよ。織斑く……じゃくて
……だから『こういうときこそ』って思っちゃうかな」
「こういうとき?」
「うん。だってさ、僕たちは大変な立場にいるけど学生だし、ここは学校でしょ? なら見かけくらいはその通りに過ごしたって、何も悪いことはないと思うんだ。それに、良くないことがあったからずっとそのままっていうのも──ぴぃっ!?」
がちゃん。
ただのロッカーにしては重い音を立てて閉められていく扉の向こう──上裸の一夏がちらりとシャルルの方を向いた。
次の授業はISを使う。スーツの着用は地味に時間が掛かるので、忘れ物が無いよう使わない荷物類を完全に仕舞ってからスーツを着てアリーナへ直行するのが効率的である。ショウと見つけたルーチンだった。
「あれ、まだ着替えてなかったのか? なんか忘れ物とか?」
「いっ、いやいやいやいや! なんでもないよ! まだ慣れてなくてさ、先行っててくれるかな。僕もすぐに着替えるから……」
「あー、やっぱり男物にしろISスーツって着るの面倒だよな。ショウのやつも俺と形違うから相談出来ねえし……とりあえずわかった。遅れるようなら先生に言っとくから、早めに来いよ」
遠ざかっていく一夏の足音が聞こえなくなったのを確認してから、シャルルは自分の制服を解いた。
◆
「──では、事前の連絡通り今回より実際のISを用いた習熟訓練に移る。こちらも細心の注意を払うが、不慮の事故はいつどこに潜んでいるか分からない。お前たちも警戒を怠らず、そして必ず私の指示を聞け。いいな?」
授業開始ギリギリにやってきたシャルルを迎えつつ、1組と2組の合同での授業が始まった。
初回は見学からということで生徒たちが集められたのはアリーナの観客席で、誰もいないフィールドを背に千冬が声を張り上げている。
(ショウもセシリアもいないけど、やることはやるんだよなあ……。まあ授業をちょっと休んだくらいでどうにかなる2人でもないだろうけど)
「ん? どうかしたか、一夏?」
着席位置は自由に決めて良いことになっている。シャルルと反対に一夏の右隣を占領する箒に呼応して、真後ろに座る鈴も覗き込んできた。
「ほら、よそ見してると先生にどやされるわよ」
「ああ、うん。大した事じゃないから……」
視線を前に戻した一夏の視界には案の定、千冬の鋭い目が映った。
「おいコラそこ、人が話してるそばからよそ見とはいい度胸しているな。ええ?
──丁度いい、お前ら3人には戦闘の実演をして貰おうか。専用機持ちはすぐに始められるしな」
「え、それだと私は……?」
「下のガレージに訓練機がある。お前が普段使っているのと同じものだ。後で使うから壊すなよ?」
専用機が無い箒の困惑を払うように、千冬が手を叩いて3人を急かした。
普段から専用機持ちの練習会に交じることで、この時期の1年生の中では特異なほどに長い操縦経験を積んでいる箒だが、他のクラスメイトたちは彼女を好意的に見ている。
学期当初は気難しさが勝っていた箒は、4月末の襲撃事件での振る舞いもあって一夏に次ぐ1年1組の頼れるナンバー2としての地位を確立していた。
これが他の生徒なら自分だけ専用機持ちに教わるなど顰蹙を買うところだが、皆の支持を背負うだけに姉の七光りに目を向ける者は1年の中にはほとんどいない。
さりとて自分にチューニングされたわけでもない訓練機での戦いに不安があるのが当の箒である。
用意されていた訓練機の中から選んだのは打鉄。その鎧武者のような外観と特異な仕様が剣道出身の自分に合っていたから、普段の訓練でも使っていた機体だ。
何となく一夏の白式に近いカラーリングなのも目を引いた理由である。
選ばれたメンツからして、中国代表候補生の鈴と一般パイロットの残り2人による変則マッチだろうという暗黙の了解の下、ISを纏った3人はアリーナの中央で向き合った。
「大丈夫かよ鈴、2対1だぜ?」
「なんだか気後れしてしまうが……手は抜かんぞ」
「ハッ、乗って3ヶ月足らずでナマ言ってんじゃないわよ。こちとら国の名前背負ってんだから、2人まとめてヒネるくらい訳ないっての────ん? 何この音……」
キィィィィィン、という空気を引き裂くような音はその場の全員が聞き取れた。
音源は上。顔を向けた3人の目に飛び込んできたのは……。
「おああああ──っ!? どいてくださいぃぃぃい〜!!」
逆光が眩しいその影の正体はすぐには分からなかったが、同時に
制御を失った真耶のラファールがアリーナの地面目掛けて絶賛墜落中である。
そのまま呆気に取られて動けない3人が衝撃と砂煙に飲まれるまでに2秒と掛からなかった。
「あ痛たた……。ごめんなさい、ちょっと失敗しちゃって……」
「むーっ、んむむっ!」
「全く、何をしてるんですか山田先生……上から来ないで私達と同じようにピットから出てくればよかったでしょうに」
「むごっ、もごごっ!」
「どうせカッコつけたかったとかそんなんでしょ、あーアホらし……てかこの音なに? うめく感じの……」
緩やかに砂煙が晴れていく。墜落したままのうつ伏せ姿勢から起き上がろうとした真耶は、自分の胸元に違和感を覚えた。
──ふよん。
「あば、あばば……」
「お、織斑くんっ!?」
なんということだろう。一夏は献身的にも偶然に真耶の下敷きとなることで彼女を衝撃から守っていたのである。
……脱出マジックよろしく豊満な胸の二物に埋もれて消える形で。
「ぜえ……ぜえ……げほげほっ。ち、窒息するかと思った」
「ごめんね、ごめんね? 大丈夫だったかな……」
ISの生命維持装置を以てすれば宇宙の真空でも呼吸できるが、身体を上から潰されては肺も膨らまない。
極楽から本物の極楽へ。顔面蒼白で魂が口から
「……ねえ箒。アイツ、どう思う?」
「女の敵だな」
「「よし、潰そう」」
『後にしろバカ共。これからお前たちを同じチームとして模擬戦をしてもらう』
一夏にツープラトン*1を仕掛けに行こうとした女子2人を千冬が止めた。
「え、2対1じゃなかったんですか? それなら私たちの相手は……」
「はい! 私ですよ」
2対1を通り越した3対1。変則マッチも良いところのルール指定にも関わらず真耶はニコニコ笑顔だった。
普通なら開始前に勝敗が決まるほどの圧倒的不利だが、それにも関わらずそれを感じさせない巨乳教師の振る舞いが全くの本心からのものだと知っているのは一夏だけだ。
『本来は近日開催されるタッグマッチを見越して2対1を考えていたのだがな。まあ、織斑と篠ノ之で1人分ということで良かろう。もちろんお前を一人前と認めたわけでないことは分かっているな、
「だ、だからってこの人数比なら流石に勝てますよ……あたしだって代表候補だし」
『なら朗報だ。山田先生も元代表候補生──すぐに終わるから安心して良いぞ』
「や、やめてくださいよ織斑先生、昔の話なんですから……」
釘を刺されてギクリと身を震わせた鈴音の横に一夏と箒が並ぶ。
箒は両肩の物理シールドで自分を抱きしめるように前面へと構え、マゼンタと黒で彩られた鈴音は
各々の獲物を構えて、恐る恐るの臨戦態勢だ。
対する真耶は、IS3機を前にするとは思えないほどの余裕を湛えて、笑顔でラファール・リヴァイヴのシールドウイングを展開させた。試合が始まってから呼び出しても間に合う、とでも言わんばかりにその手には武器も何も握られていない。
「皆さん、良い目付きですね。相手から目を離さないのは大事なことですよ。それじゃあ──
──
◆
試合は箒の射撃から始まった。
打鉄の拡張領域から取り出したアサルトライフル【焔備】の狙いはまずまずで、回避に動いた真耶へ一夏と鈴音が挟み打ちを試みた。
(つい近接2人に合わせてはみたが……やはり射撃は慣れないな。反動で手が痺れる……)
箒の手元から放たれる弾丸の嵐の先へ回り込むように紅が駆けた。
(教師が何だってのよ……所詮は旧世代の量産モデルでしょ、カチ合えば最新鋭の前には無力なんだから!)
不可視の衝撃砲をばら撒く牽制を噛ませながら、得物の青龍刀【
衝撃砲で捉えられればそれでよし。さもなければ一対の青龍刀が
小細工の欠片もないが、単純の組み合わせ故に対処しづらい。
鈴音が始めてISに乗ってから今までに研ぎ澄ました初手である。
だが。
「よっと」
──ガッ、ガチンッ。
挟み込むように振られた青龍刀の刃に、倒立前転の要領で回転しながら上からシールドが叩きつけられる。
自分の得物に引っ張られ躓くように下がった鈴音の肩を足場に、真耶は間近に迫っていた一夏の顔面にショットガン【ROOSTER】を向けた。
「──ぃっ!?」
反射的に首を反らした一夏の頭のすぐ横を大口径のスラッグ弾が通り過ぎる。
もはや刀を振るうどころの体勢では無くなった一夏は、そのまま下へ潜り込みながら鈴音の腕を掴んで駆け抜けた。
「おお~、今のを避けたのはすごいですよ織斑くん。でも挟み打ちならタイミングはしっかり合わせないと今みたいに対処できちゃうので、そこは惜しいですね」
箒が射撃による牽制で時間を稼ぎつつ、一夏は真耶から逃げるように距離を取った。
鈴音が震え気味に声を漏らす。
「な、何よ今の……あまりにもスムーズっていうか、普通あんな弾き方やんないでしょ……」
「千冬姉ぇの言ってたこと分かったろ。見かけじゃ分からないけど、
「まるで前から知ってたような口ぶりだな」
「……前にちょっとな。第一、この前の襲撃のときだって──」
一夏は力任せに垂直上昇した。鈴音の悲鳴と全身を突き抜ける慣性から一歩遅れて、数瞬前までいた空間が爆ぜた。
「戦ってる時は集中しないとダメですよ~」
時間稼ぎに入れていた箒の牽制も、結局は当たる可能性があるからこそ意味がある。
彼女の狙いでは命中には至らないと見切りを付けた時点で、真耶は迷いなく一夏たちの背中に大口径グレネードランチャー【BELL BIRD】の砲口を向けていた。
「とにかく離れるよ一夏。このままじゃ的がデカいだけで纏めて潰される……!」
「ぐぇっ!?」
半ば一夏を蹴り飛ばすように離脱した鈴音が青龍刀【
「合わせるぞ鈴音!」
「ナイス箒! さっきも助かった!」
フルオートでは反動の制御もままならない。細かく区切っての三点バーストを青龍刀と真耶を結んだ先にバラ撒いていく。
数的優位に立つのはこちら。常に何らかの方法で挟み打ちを狙わねば、たちまち各個撃破されることを箒は確信していた。
経験と実力で一歩劣るという自覚があるから、尚更。
◆
「さて、今の間に──丁度いい。デュノア、山田先生が使っているISについて説明してみろ」
真耶と3人が戦い始めてわずか30秒。不意に千冬はそんなことを口にした。
普段なら試合映像ですら瞬き厳禁とばかりに集中を求めてくる彼女が、まるで試合内容に興味がないかのように振る舞う時点で、最初から勝敗が決まっているレベルの実力差が両者の間にあることが言葉もなく察せられてしまう。
シャルルはすぐに立ち上がった。
「はい。いま山田先生が使用されているISはデュノア社製の第2世代IS『ラファール・リヴァイヴ』です」
僕の実家の製品ですね……。と続けるとクラスメイトたちの間から笑い声が上がった。
「──第2世代IS開発期の中で最後発の機体ですが、長い第2世代機の歴史の中で積み重ねた技術により、そのスペックは初期型の第3世代ISにも引けを取りません。安定した性能と高い汎用性、多種多様な後付武装、余裕のある
現状では世界シェア第一位の座を守り続けており、7カ国でのライセンス生産と12カ国での制式採用は大きな実績です」
大まかにはこんなところでしょうか、とシャルルが区切ったところで、今度は手が上がる。
1年にして整備科に入り浸る1組ののほほん少女、本音だった。
「はいはーい! 質問なんですけど、よく比べられるサンデー・ストライクとはどう違うんですか?」
「一番簡単なところだとロールアウト時期かな。R-9Kは第2世代の中で一番最初に発売された量産モデルで、確かに汎用性と
わー、ありがとうございます。と元気よく返事した本音をよそに、シャルルはこれで良かったのかと目線で千冬に問いかける。意味ありげな鋭い視線だけが返ってきたが、止められないということはGOサインではあるらしい。
いい加減衆目に晒されながら立つのが辛くなってきた。
「そういう理由もあって、格闘・防御・射撃とあらゆる構成への切り替えが素早く容易に行えるのが本機ラファール・リヴァイヴの特性です」
「ありがとうデュノア、その辺りで十分だ」
今度こそ座る許可が出たところで、シャルルは一息つく。アリーナで戦う真耶は実に生き生きして見えた。デュノア社のエンジニアに教えたら喜ぶだろうか。
なんて。
(はあ……馬鹿馬鹿しい)
「ふん……馬鹿馬鹿しい」
誰か自分の心を勝手に代弁したんじゃなかろうか。不意に聞こえた声の方向へシャルルが顔を向けると、眼帯の銀髪少女──ラウラが不機嫌そうに瞑目しているところだった。
「何が模擬戦だ。まともな連携訓練も出来ていない戦いを見物させるなど……腑抜けてつまらん、まるで
◆
(どうする……鈴たちに合わせてもう一度囲むか? それとも2人が気を引いたところに突撃するか? いや、でも……)
実のところ、真耶のことを最も恐れていたのは一夏だった。
思い出されるのは、あの夜に行われたショウとの一戦。脳裏に映る両者の戦いの熾烈さは、まるで命の取り合いとしか思えなくて。
そして今。一夏は自分にそれが向けられているとは思わない。むしろ手加減されていることがハッキリと分かってしまう。
だが、自分たちを最小の動きで圧倒する彼女の振る舞いを見る度に、命をつう、と指でなぞられてしまうような怖気が背筋を這い回る。
死の危険がないはずの試合が死合いに塗り替えられてしまった気がしていた。
どれもこれも、あの
何を狙っているのかも、どういう存在なのかも、あの一件から伺うことは出来なくて。未知という消化不良のモノが頭の片隅でいつまで経っても
いずれまたヤツはやってくるだろう。そんな確信めいた予感だけがあった。
そして、どうしてそうなってしまったのかは分からないし、誰に相談すべきかも分からないことがある。
笛持ちと戦って以来、危ない攻撃が近付くとその瞬間がフラッシュバックして、同時に世界がひどく緩慢になる。まるで乗り物酔いと寝る直前の微睡みをミキサーに放り込んだような感覚に引きずり込まれるのだ。
具体的に何がどう危険かが分かる前に、理屈を置いて身体が勝手に反応してしまう。
真耶のショットガンを避けられたのもそれが理由だった。気分が悪くなる。
一夏はそういった思考をまとめて追い払うように
(このままじゃジリ貧一直線……勝つとすれば今しかねえっ!)
先ほどの二の舞いになるつもりは毛頭ない。
真耶が言ったように包囲攻撃は同時にしなければ意味がない。であれば、その通りに鈴音に合わせるだけである。
(そりゃあ鈴と合わせる練習なんざしたことねえけど、白式のスピードなら……)
(……やるんだな、一夏!)
視線の先では器用にもアリーナの保護シールドの上に
「鈴ッ!」
「──ッ!?」
接地、照準、射撃。この間わずかに1秒。
ブーメラン形態から回収しておいた青龍刀を反射的にクロスさせて弾を受けた鈴音の動きが鈍るが、衝撃砲で真耶の銃を弾き飛ばすことで応じた。
姿勢が崩れたままのために追撃は狙いが甘い。再び放たれた不可視の弾は真耶の頭上を通り過ぎていく。
(仕留め損ねたけど……隙は作った!)
遅れて回り込んでいた箒が近接用ブレード【
剣道時代から変わらぬ構えと踏み込み。景色の上下が逆さになっているが、箒には慣れ親しんだ道場の床が自分の足元に重なって感じられるようだった。
鈴音の進行方向からキレイに90度間隔での突撃。彼女の横顔が速度の割にゆっくりと大きく見えていく。
「……うぐッ」
──その箒へガルムの弾丸が喰らいついた。
即座に機体を半身に捻り、その両肩に備え付けられた物理シールドの片方で弾丸を逸らすように受け流す。
打鉄はISとしては珍しく防御に特化しており、
正面からの投影面積は大きいが、盾受け出来ている内は問題にならない。普段の練習で身に付けた戦術のまま、箒は回避する素振りを欠片も見せずに突撃を続けた。
十字砲火がそうであるように、平地で包囲攻撃をするならば直行する2方向からの攻撃が最低条件となる。
しかしここは開けた空中。三次元空間。前後左右を抑えても上下の自由度がある。
だからこそ一夏は真上を取った。
一夏の構える刀【
それは白式が有するジョーカー。
(地中までは逃げられないし、あのグレネードランチャーは相当に容量を食うはず……今が隙だな)
(ふんっ、流石に人数差をつけ過ぎよ先生。囲んで叩ける方が勝つのが世の道理!)
(このまま押し通るッ)
水平2方向、そして上。各々刃を構えた狩人が獲物を追う。
相手は丸腰。今から武器を呼び出す暇は与えていない。
ここまで完璧な包囲が成立するなど、このアリーナでは二度と起こり得ないだろう。
全員同時に距離3メートル。振れば当たる間合い。
瞬間的に動きの鈍る真耶に、誰もが勝利を確信する。
そして。
──カチン。
一夏の耳が何かを捉えた。
気のせいかも知れない。けれど、何度目かのスローモーションがまたやってきて、周りの様子がハッキリ見えるようになってしまう。
血気迫る様子で青龍刀を振りかぶる鈴音。刀の切っ先と同じくらい鋭い眼光のまま刃を向ける箒。
ところで、真耶は。山田先生は──。
(──ッ?!)
笑顔だった。
この期に及んでそんな余裕を見せられる理由があるとすれば。
(誘ったのか? けど、何のために──)
生徒の成長を感じて感慨深くでもなった?
それとも相手を怖がらせないように笑顔を貼り付けている?
──あり得ない。戦闘モードのこの人が、
確信めいた直感のまま、鈍い世界を見渡して、ついに一夏は見つけてしまう。
真耶の掌から、こぶし大の何かがふわりと浮き上がっている。
投げ上げられたのであろうその外形は大まかに円筒。彼女の乗機と同じミリタリーカラーのそれは、きっと。
「ぐれ、ね──────」
閃光、遅れて衝撃。
3人の意識はそこで途絶えた。
過日。
日も傾いた授業終わりの教室で、一夏はなんとなくショウに聞いてみた。
授業内容について質問することなんて、ある程度知識が付いてきた今となっては珍しいことだったが、その時は企業所属の彼に聞くべきだろうと思ったのだ。
「なあショウ。さっきの授業で
「それこそお前の姉さんに聞けば良いんじゃ……あとヤマダ先生とかさ」
「いやほら、グランゼーラといったら容量がどこよりも大きい
「教科書に載ってないオイシイ裏技がホイホイ転がってるとかねえからな。仮にそういうがあっても、ちゃんと教える専門家から順序立てて学ぶべきでだな……」
あ、それ私も知りたいかも、と他のクラスメイトも声を上げる。授業後すぐにいなくなるショウが皆の前で何かをするとあって、好奇心に駆られた聴衆は少なくない。
ショウは難しそうに、ううん、と唸った後で、ツカツカと教室前方へ歩いていく。そのまま電子黒板の前で振り向くと、慇懃に瞑目した業務モードで語り始めた。普段とは別人のようだ。
「──ええと、まずこの円グラフをご覧ください。全体がISコア1個が持つ
ショウはまるで機械のように正確な円を片手で描いた。それから、大まかに2対1くらいの比率になるように内部を区切って、面積の多い方に「FRAME」、もう一方に「COMPONENTS」と示す。
「そもそも一般に
では、大元から何が差し引かれているかといえば、それはコアが搭載されたISのフレーム本体──ISが自身を量子化するためには必須のルールだというのはご存知かと思います。特に大掛かりな特殊装備を内蔵している現状の第3世代機にはこの傾向が強い」
「あ、そしたら本体を入れなければ俺の白式も色々入れられるってことか?」
「理屈の上では。ただし、『量子化できる』ということはコアが機体や装備の状態を一元管理できるということでもありますから、本体側にそのメリットを捨てるだけの堅牢な設計ができるか否かが実現の要になるでしょう」
さて……。
ショウはもう一つ同じような図を描いた。ただし、「FRAME」と「COMPONENTS」の面積が逆転している。
「量子化する装備を如何に小さく収めるか、というのは整備科でも行われていることなので置いておくとして、本体フレームの容量の話に移りましょう。より多く、より自由な装備選択を可能とするためには、本体が占める容量の少ない機体を選ぶことが重要ですからね。
……と言っても、基本的な解決策は本体パーツの複雑さと質量を抑えることに尽きるわけですが」
「──で、まんまその通りやってるのがサンデー・ストライクでしょ? おたくの」
「お、鈴も聞きに来たのか」
2組まで声が聞こえていたらしく、鈴音が教室の扉からぬっと顔を覗かせる。今日は掃除当番じゃなかったから、と語る彼女は当然のごとく一夏の横に座った。
「如何にもその通りです。弊社のR-9Kサンデー・ストライクは設計の簡素化とパーツ数の削減に重きを置き、汎用性に特化させています」
「言い換えればスカスカで安く抑えたってことでしょ。……あ、それならラファール! ラファール・リヴァイヴはどうなの? アレだって容量デカいけどもっとスラスターも装甲もしっかりしてるけど」
後から来た割に辛辣な鈴音は、俄然身を乗り出して質問を飛ばす。
「確実なことはデュノア社
──ただ、可能性として言われていることはあります」
ショウは図を消すと、教卓を操作して授業で使われていたラファール・リヴァイヴの写真を投影した。
「デュノア社製のラファール・リヴァイヴに用いられているサード・グリッド装甲ですが、実は準結晶*2と呼ばれる構造を持っています。端的に言えば高次元の結晶構造を低次元に投影して生まれる規則性を持った構造なのですが、ラファールは装甲の高次元にある構造を、量子化するときにOSとコア側で持っておいて格納する情報を減らしているんじゃないか……というのが仮説ですね」
「やべえ言ってる意味がまるでわかんねえ」
いつの間にか真面目な講義のような雰囲気に変わってしまった教室では、聴衆の生徒がメモを取っている。方や一夏は突然の専門用語に頭を抱えた。
「ねえ一夏、グーに勝つのは?」
「え? パーだろ」
「パーに勝つのは?」
「チョキ……」
「じゃあチョキには」
「グーに決まってんだろ……。どうしたんだよ鈴、急に変なこと──あ」
「気付いた? ショウが言ってるのは、バカ正直にIS本体の情報を全部保存するんじゃなくて、それを構成してるルールの方だけを覚えて簡略化してるってことよ。丁度ジャンケンの相性みたいに、何の次に何が来るかをね」
「あー、そっか。それなら装甲がぶっ壊れてもルールそのものは変わらないで使えるのか。すげえ!」
合点がいった一夏は、ぽん、と手を叩いた。その様子を実に満足気な笑みで眺めつつ、鈴音はショウにボールを投げ返す。
……これで合ってるでしょ?
「補足ありがとうございます。まあ、飽くまで有名な仮説でしかないので、実際には何をしているかは不明、というところはお忘れなく。
──あるテストパイロットも言ってましたが、
「──! ──くん!」
(あぁ……前に言われた通りじゃねえか。山田先生の手持ちを警戒しないで突っ込んじまったんだ)
「織斑くん? 大丈夫ですか!?」
「ぅぇ……ああ、大丈夫です。ちょっとビックリしただけなので」
わずか3分で決着した真耶との戦いから2分。
揃ってアリーナの地面に墜落した3人の中で、一番最後に気絶から復帰したのが一夏だった。
真耶に支えられながらよろよろ立ち上がって、先に目覚めた箒と鈴音の方に向かうと賑やかな声が聞こえてくる。
「ぐあ゛あ゛あ゛あ゛悔しい……! 途中から完ッ全に誘導されてたじゃない。テキトーに撃った龍砲で都合よく武器が弾き飛ばせるワケないってのに……」
「近接ばかりだったのも辛かったな。やはり即興チームでは致し方なしか……」
思い返してみればおかしかったと気付ける程度の戦術。だが、現に3人は一網打尽とされた。
例えば、論評混じりの言葉で同時攻撃を意識させた。
例えば、重い武器の呼び出しを印象付けて他の武器の存在を隠した。
例えば、箒のシールドを正確に撃って「盾受けできている」と誤認させた。
例えば、砲口の向きだけで鈴音の龍砲を見切って利用した。
そうして、そうと知らず突っ込んできた相手をまとめて閃光弾で無力化する。
言葉にして並べればそれだけ。だが現役の代表候補生ですら餌食に出来てしまうのは、間違いなく年季の差に違いなかった。
「……まんまと閃光弾に引っ掛かったな馬鹿者ども。もう少しマシな負け方をすると思っていたのだがな」
「でも即興で組んだにしては協調出来てたと思いますよ。日頃の訓練の成果が出てますね! ──特に、篠ノ之さん」
「なんでしょうか?」
「味方の状況に合わせて武器種を切り替えていたのは特にすごいことです。その時その瞬間に何が有効かを戦いの最中に考えるのは、タッグ戦でもシングルでも大事な考え方ですから」
「ありがとうございます。でも、まだまだ射撃の腕も未熟なので……」
大丈夫、そんなものは後から付いてきますし、大事なのは基本ですから……。
はにかむ箒へニッコリ慈愛の笑みを向けた真耶が千冬の下に戻ると、授業再開の合図が出された。
「……今見てもらったように、第2世代であろうと量産モデルであろうと十二分に戦うことは可能だ。第3世代が特別強いということはないし、最終的にモノを言うのは技量と知識なのだからな。
山田先生の戦いを通して教員の実力も理解出来ただろう、今後は敬意を持って接するように」
こんかいのまとめ
・シャルル
おフランスからやってきたセミロングヘアの貴公子にして大企業の御曹司。
男性にも関わらずISを動かせてしまう特異体質の第3例として転入してきたイケメン。廊下を通るたびに方々から黄色い悲鳴が湧き上がる。
自社製品の知識はしっかり身に付けている模様。
・一夏
ラッキースケベで死にかけた人。羨ましい(?)ヤローだぜ。
新メンバーのシャルルに数少ない男として学園生活を案内。同室になったのでかなり伸び伸びできるかも?
ここ最近は危険が迫ると勝手に視界がスローモーションになる変な症状に悩んでいる。便利かもしれないけど気持ち悪い……。
構えた切っ先が命の取り合いと公正な試合との間で揺れ動く。
・箒
着実に成長している人。
専用機持ちと代表候補の集団に揉まれての訓練は過酷ながらも力を与えている。実は鈴音に実力で負けてるのが気に食わないのがモチベーションというのは秘密。
付け焼き刃の射撃じゃ先生には通じなかった模様。
・鈴音
近頃縛りの多い人。
先日、本国から龍砲の衝撃波動砲モードでの使用について事実上の禁止命令を食らったためフラストレーションが溜まっている。仕方がないので通常モードの習熟に努めているが、天才肌ゆえに発展性に難アリ。何かしらのキッカケが欲しいところ。
箒は専用機もないのに頑張ってるんだもの、負けてられないわよ。
・真耶
模擬戦が楽しみではあったものの、2クラス分の生徒に見られると思ったら上がり性を発症する恥ずかしがり屋さん。一夏を押し潰す大ボリュームはまさに質量兵器。
今回はショウがその場にいなかったこともあって3人を冷静に一網打尽。
もっと強くなったら、もっと楽しくなりますよ、皆さん。
3人で勝てるわけないだろ!
4章は学園の日常からスタート。
タッグマッチに向けて模擬戦の描写を増やしてみたいなと考えてます。
今回は3対1という超変則マッチでしたが、書いてみるとこれが辛い辛い……同時にキャラを出しすぎて描写が薄まってないか心配です。
山田先生の強さを盛ろうと思った理由の1つであるVS鈴音&セシリアのシーンに差し掛かったので、ちょっとこだわってみた次第です。ただし当のセシリアはイギリスにいるので、戻ってきたら別途戦闘シーンを入れたいところ。
1章を例外として各章の第一話はオリ主を出さない通例なのですが、回想での登場はノーカンということにしてください。同じ企業所属としてシャルルとの対比がしたかったんです……。
一夏を悩ませる謎の感覚とか、やっと登場したラウラが不機嫌な理由とか、これから明かしていければと思います。
既存キャラの強化パターンを見て……
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もっとやって!何なら別機体渡しちゃえ!
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強化装備ポン付け位がいいかな……
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機体はそのまま新武器使わせる程度が好み
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この水は飲めそうだ