Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
もう手遅れなんだよ。だからもう、それに合わせて進まないと。
「──Sarastro todesschmerzen, Sarastro todesschmerzen♪」
「珍しく上機嫌だね」
「そりゃあもう。パパがエスプリって変な名前使って……誰だっけ? デュノアの女に拾わせた写真と、
あーおかしいったらありゃしない。ちょっと情報見せただけでウキウキの飛ばし記事書いちゃう週刊誌も、それを抑えられてない篠ノ之束の財団も! どこもかしこもおサルさんば〜っかり」
真っ白いリノリウム張りの床と、落ち着いた木目調の壁を暖色の明かりが空間を照らす。そんな部屋に、真っ黒いISスーツの少女の歌声と、学者風のスーツを纏った初老の男性の言葉が響いた。
窓はなく、上等な調度品たちがそれを慰めるように置かれていたが、端から二人はそんなものを気にしていない。歌声は人間の発声限界に触れる手前のソプラノだったが、少女は鼻歌でも歌うように口ずさんでいる。
「回りくどいのはキライだったけど、こうして結果が出るなら悪くないかなあ。今すぐ学園行ってアイツの顔が拝みたいんだけど……やっぱりダメ?」
「答えは変わらないよ、ダメなものはダメ。今は大切な仕込みの時期だからね」
「ちぇーっ。でももう少しでしょ? 私のISも調整してあるし、同調率も完璧に揃ってるわけで」
「データを盗み出して適用するのには苦労したが、相応の性能には仕上がっているね。ともかくシャルロットが
中央のベッドに腰掛けた少女は、ゆっくりと立ち上がって男の横へ立った。
男は壁際の机で情報端末を忙しなく操作している。画面には国際IS委員会のロゴと機密を示す透かしマークが浮かんでいた。
「──よし、アクセスキーは作れた。相手が舞台に上がる前に、君も立場に相応しい玉座と王冠を手にしてくるといい」
「王冠でもティアラでも重たいのはヤダけどなあ。まっ、テロを働く
──おいで、セブンス・ヴェール」
少女の言葉に呼応して、その身を暗黒のISが覆っていく。
暗紫色のラウンドバイザーや腰に集中したスラスター類はサンデー・ストライクやレディ・ラブにも似ているが、両肩に浮かぶ禍々しい
正規の機体ではない。だからこそ、誰にも気付けない。
「じゃ、行ってきまァ~す」
少女の言葉から僅か1秒足らずでその姿は虚空へと消えた。大質量がいきなり無くなったことで生まれた突風がベッドや調度品を捲り上げる。
一瞬にして室内は荒れ放題だ。
「……ふむ。『立つ鳥跡を濁さず』という言葉を教えておくべきだったかな」
「う、うぅ……っ」
「やっと目が覚めたみたいね。気つけ薬が効いたようで何より」
ショウが目を覚ましたのは、学園の中でも比較的設備の集中しているアリアの医務室だった。
天井のトラバーチン模様は午前の日差しに照らされている。
「ここが何処か分かるかしら? というか私のこと覚えてる?」
ショウがここに担ぎ込まれたのは初めてではない。セシリアとの最初の試合の日に気絶したり、あるいはベルメイトを仕留めた直後に倒れた時にも世話になっている場所だ。学校医のアリアにとっては嬉しくない話だが、それなりの顔見知りである。
しかし、まだ意識のはっきりしないショウにそこまでの顔認識機能は戻っていないようで、返事は漏れるような溜息だけだった。
「右側頭部が切れてたから3針縫ったわ。今は痛み止めを使ったばかりだから然程痛まないでしょうけど……」
「……いま、なんにちだ?」
ショウはベッド横の端末を弄って、カレンダーを投影した。今日の日付と一緒に、6月の日付がズラリと並ぶ
「見ての通りだけど……文字は認識できてるかしら。ちょっとその日付を読み上……ねえ、大丈夫?」
アリアの目には、ショウの顔がどんどん青褪めていくのが見えた。カレンダーに向けられた目が震えている。
「……色々順番が狂っちゃったから教えるけれど、貴方は3日間意識を失っていたの。脳の損傷を疑って色々検査もしたけど、結果は健康そのものよ」
3日。3日も過ぎている。
今まで自分は何をしていた? その間に出来たことが、やらなければならなかったことが、もう取り返せない。脳内が真っ白になっていくのがショウ自身に強い感覚を与えている。
「タッグマッチのことなら諦めなさい。少なくとも頭を縫ったまま試合に出るパイロットなんて居ないし、まだ貴方はペアも組んでないでしょう。誰にも迷惑掛からないんだから、今は休むべきよ」
「い、行かないと……」
ふらつく身体を起こしてベッドから出ようとするショウをアリアの手が掴んだ。元海兵隊の経験から患者を取り押さえるなど造作も無いはずだったが、うまくいかない。怪我人とは思えないほどにその動きは力強かった。
「離せよッ、こういうときばっか邪魔するのかッ!」
「セカンドインパクト*1の危険性があるの。良いから戻って、死にたいの!?」
「──よせ、沢村」
シーツをぐちゃぐちゃにしながらもみ合う両者の間に、鋭い女性の声が差し込まれる。二人の視線の先──医務室の入口には険しい顔の千冬が立っていた。
「ち、チフユ……」
「……後は貴女に任せたほうが良さそうね」
◆
「それで、チフユ。俺、戻らないと……」
「戻ってどうする気だ。その傷だけじゃない、脳震盪の可能性だって……」
「それは問題じゃないんだよ。ちょっと
ショウの焦りに満ちた表情に不思議と気圧される千冬だが、それ以上に聞こえてきた言葉の方が気になった。
「……
「ああ、今ひとつ記憶が怪しいが、ガルーダの整備中にぶつけたんだ。あそこには尖ったものも多いし……まさか3日も消し飛ぶとは思わなかった。最悪だよ」
「待て、沢村。お前何も覚えていないのか?」
「覚えてないって、何を」
「……お前が倒れたのは整備室じゃなくて、アリーナの更衣室だ。殴られて、ベンチに頭をぶつけた」
「殴られたって、誰に?」
「…………一夏だ」
千冬は自分の肺が鉛にでも置き換わったのではないかと思う程に言葉が喉で支えるのを感じていた。夜ごとに一夏の良いところをショウから聞かされてきた千冬にとって、あの出来事は今でも信じられないことだったからだ。
……仲が良いはずの自分の弟がどうしてあんな衝動的な行動に出たというのか。
自分から千冬に処分を願い出た一夏は、ショウの意識が戻らなかったために口外禁止を言いつけて保留ということになっている。
単なる傷害事件で済むか、あるいはもっと酷いものか。前者だったとしても被害者本人の状態が分からないことには処分の決めようが無かったからだ。
対するショウは、怪訝な表情で首を傾げた。
「何、言ってんだ? 疲れてるのはよく分かってるけど、流石にその発言は酷いぞ」
「……どういう意味だ?」
「だからさ、一夏が俺を殴るわけねえって」
空気が凍った。
遠目に2人を眺めていたアリアは真っ先に状況を理解する。この男、自分の記憶をすり替えているのだ。
呆然としている千冬にショウは一夏がいかに優しいか、自分を気に掛けてくれているかを語る。
いっそ虚ろにすら見えるその目付きに嘘偽りの色は一切無く、何一つ疑うこと無く一夏を弁護していた。
PTSDの典型的な症状として、脳が自身の記憶を切り離す「乖離」がある。更に記憶の整理が不十分な場合は記憶の前後関係がバラバラのまま記憶し直され、結果として事実と異なる情報が残る。
トラウマから自分を守るために行われる防衛機制の一環としては自然だが、ショウの場合は一夏への盲信にも近い信頼がトリガーになっていた。
「……無理に言わなくていい。事実として一夏がやったこと──」
「──弟だろうがッ」
千冬は息を呑んだ。思えば、ショウが声を荒げて激昂したことなんて一度も無かったからだ。
「なあチフユ……自分の家族なんだぜ? 俺は親父とは離れちまって難しいけど、あんたらはこんな近くで過ごせてるんだぞ? もっと、信じてやれよ……どこのヒトデナシが言ったのか知らねえけど、何かの間違いに決まってるんだから……」
慣れない大声のためかぜえぜえと肩で息をしながら立ち上がったショウは、医務室の出口へ歩き出した。
「……何を、する気だ?」
「タッグマッチの用意。時間が無いけど、出来る限りはやらないと」
その身体で出るつもりか、と言い出すことは出来なかった。今度こそ千冬の息が完全に詰まってしまいそうで、乾ききった口内を動かすだけで痛かったから。
結局、ふらりと出口へ消えたセミロング男の背を無言で見送って、千冬は呻くようにアリアに尋ねた。
「私は、私は一体、どうすれば……」
「少なくとも、今回のことを面と向かって言うのはタブーね。医学的見地から言えば、こんな学園から連れ出してもっと安心できる場所で治療に専念させるべきだろうけど……それが許される身分じゃないのも事実だし」
「隠せ、と? 全て無かったことにして、元の通りに過ごし続けろと?」
「間に合わせとしてはそれが一番でしょうね。罰してほしそうにしていた弟くんに、変わらず素知らぬ顔で過ごせって言うのは相当酷だろうけど、今はショウ・サワムラの時間を動かすべきじゃないわ。後で治療方針を考えるにしても、ね」
「…………」
「聞いた限り、彼は相当に弟くんのことを信頼してる。だとすれば、その本人に攻撃されること事態がショウ自身にとって最悪のトラウマになるのは想像に難くない。受け入れられないものに直面したとき、『無かったことにしてしまう』ことが最大の解決策になってしまう。
……記憶のすり替えよ。脳は現実に耐えるために記憶や人格を作り変える。現実逃避と言えば聞こえは悪いけど、大事な心の免疫機能なの」
「あー、サイアク。あんなことで出場禁止なんてさ」
「機体を壊されすぎたわたくし達の落ち度と考える他ありませんわ。気に入りませんけど」
所変わって学園の医務棟。
骨折や重度の打撲により入院生活が確定している鈴音とセシリアの2人は、同じ部屋に収容されていた。
ラウラに破壊された両者のISはパイロット同様に深刻なダメージを負っていた。このまま自己修復機能に任せてしまうと歪な形に変わってしまいかねないということで、精密なオーバーホールが必要な状態だった。
当然、出場する気でいたタッグマッチも副担任の真耶から正式に出場禁止が言い渡されている。
入院3日目だが、最初の2日弱は気絶したままだったり鎮静剤で寝ていたりと何もしないまま過ぎていて、病室で両者が意識をハッキリさせて会話するのは今日が初めてだ。
「……あのドイツ女、ミスターが倒して下さったそうですわね」
「まあ、ね」
言い淀む鈴音の脳裏に浮かぶのは、あの日聞いたラウラとショウの言葉。
──途中で助けに入れば無事に済んだかも知れないのに、何もしなかった?
──ごめんなさい。
急に突っかかってきた挙げ句酷い目に遭わされた相手の言葉を信じる気は毛頭ないが、かと言ってショウが現れたタイミングはあまりにも
仮にそれが真実だとして、何の意味があるのだろうか。ショウのことを慕っているセシリアの手前、口には出したくないことだった。
そんなときだった。
セシリアの携帯端末が震える。
「……鈴さん、暫しお静かに願いますわね」
「はいはい。言われずとも寝てますわよ~」
セシリアは画面に映った通話相手の名前をイヤそうに見つめながら、端末をゆっくり耳に当てた。
『──随分こっ酷くやられたらしいのォ、セシリア』
「お見舞いにしては随分な物言いですわね、リー」
電話の相手はセシリアの参加するBT計画のチーフエンジニアであるリーだった。先日の会ったばかりの相手でもある。
『ウチの知らんところでドイツ女にぶちのめされたかと思えば……何や、さっきまで寝坊助しとったそうやないの。
「嫌味が聞きたくて出たつもりはありませんわよ」
『……アンタ、こっちに戻ってき』
イギリスにはほんの少し前に戻ったばかりである。セシリアにはリーの意図が読めなかった。
……用事があるなら学園に行く前に言いつけてくれれば良いものを。
『アンタと沢村の兄ちゃんの戦闘データの解析がある程度進んでな、BT計画を大きく進めることにしたんや』
「どうせ新機体の建造がどうとか仰るつもりでしょう? 1号機のテストパイロットには関係のないことですわよね、追加武装を頼んでも聞いてくれなかったクセに」
『その見立てで半分は正解や。──端的に言うで、ブルー・ティアーズを改造する』
「はあ!?」
素っ頓狂な声を上げる横で、言いつけ通りに静かにしていた鈴音がネコみたいにビクリと跳ねた。
それなりに時間を共にしてきた愛機には、今の形だからこそ蓄積された経験値がある。突然それを改造するとなれば事実上のリセットと同義なのは、専用機という運用方法の性格として当たり前のことだった。
『どうせオーバーホールのためにこっちから人員送らせるつもりなんやろ? だったらISと一緒にこっちで療養した方が安上がりに決まっとる。
……準備は進めとくさかい、伝えるだけ伝えたで。ほな』
「あ、えっ、ちょっと……」
リーは返事も待たずに通話を切ってしまった。一体誰がこんなことを決めたのかとか、何処へ抗議したら話に口を挟めるのかとか、セシリアには聞きたいことが山ほどあったが、それは許されなかった。
そもそも、
「国の?」
「ええ、まあ……本国へ戻れ、だそうですわよ」
「この前行ったばっかじゃなかったっけ? まっ、ここに缶詰にされてるよりは気楽かもね、どうせ遊べないんだし、地元の方が気楽でしょ」
「……行きたくありませんわ。こんな急な話、認められませんもの。それに──」
「愛しの沢村さんと一緒じゃなきゃイヤ────っていひゃいひゃい」
不埒なことを口走る溌剌少女の頬にセシリアの指が伸びた。
「それを言うなら一夏さんに見舞いに来ていただいてからにしなさいな。……そんなに元気なら呼びつければ来ますわよ、彼」
「それしたら箒も付いてきてうるさくなるから却下」
「うるさいのは貴女に対してだけでしょうに……」
そこで一度会話が途切れた。
窓の外からは明るい昼の日差しが差し込み、学生たちの声が聞こえてくる。まるで時が止まったみたいに清潔な病室と違って、それでも世界は回っているらしい。
病室の外に置いてきてしまったものたちが今どうしているのか、セシリアはそれが少し気掛かりで。
気まずさに耐えきれない鈴音は、無駄に多機能なベッド脇のコンソールを弄り始めた。
互いに肋骨や四肢の骨にヒビが入っている身で、ナノマシンを用いた最新の治療方法を以てしても暫くは自由な活動が出来ないのは分かりきっている。治るまでの長い退屈を慰める手段を今の内から探しておく必要があった。
「あー、タイクツ……。セシリアぁ、なんか面白い話とかないの?」
「2対1で負ける愚かなパイロットが2人もいることとか、如何です?」
「自嘲は最後の手段に取っときなさいよ……。ニュースもなんかきな臭いのばっかだし……あ、折角だからタッグマッチのトトカルチョでもやっちゃおうかな。新聞部がやってるやつ」
「鈴さんってそこまでお金に困ってますの? 賭け事に手を出すほどには見えませんけど」
「貧乏性なの! 悪かったわね、財布に現金が多くないと気が済まないってだけよ……」
さてさて今のエントリー済みタッグは……。
出られないと分かっているイベントをただ見過ごすのは面白くない中国人は、穴馬を探して出場者リストを漁り始めた。ペアの申請は本番を前日に控えた今日の夕刻までだ。既に大半の面子は出揃っていると言っていい。
尤も、そうやって隠れたツワモノを探したところで、余程の番狂わせが無ければどうせ勝つのはどの学年も専用機持ちか代表候補生に決まっているのだが。
そうして、鈴音の目はリストの中の一項目に釘付けになった。
「…………は?」
「ん?」
一方で、じじっ、とセシリアの携帯端末が再び震えた。今度は学内用のチャットツールに通知が来ている。
突然のショウからのメッセージ。今までも不自然な振る舞いを見せることは数あれど、こうして真正面から何かしてくるのは数えるほどしかない。
「ねえ、セシリア……」
怪訝な表情で画面を睨むセシリアの肩を、鈴音が弱々しく突いた。その顔には困惑が宿る。
つられて鈴音が示す方を見れば、空中ディスプレイにタッグマッチの参加ペアの一覧表が映っている。
accepted pair :
Sho Sawamura / Laura Bodewig
「えっ」
セシリアは少し、気が遠くなるような感じがした。
どうしてあの人はこの女と組んでいる?
私には国へ帰れと言って、私を怪我人にした奴に乗り換えるの?
そもそも、これはマッチポンプだったの?
(いいえ、そんなはずは……)
自分とショウは戦いで語り合う仲だったはずだ。学園でもイギリスでも命を預け合った間のはずだ。それがわざわざ他人をけしかけて盤面から取り除こうとするなど……。
セシリアは頭を振ってショウに電話を掛けた。
いつもと違って呼び出し音がひどく間延びして聞こえる。
(出てくださいまし……)
3コール。
(お願いだから……)
5コール。
(ねえ、ミスター……?)
10コール。
いくら待っても応答の無い呼び出しは、不在時の自動音声が始まったことで打ち切られる。
「…………」
「ねえ、セシリア?」
「……す」
「え?」
「──帰りますわッ! 何の相談もなしに一人で勝手に苦しんでるだけのくせに、お望み通りにこんな所出ていってやりますわよ。
いつか私の頭が冷えるまで顔も見たくありませんわ……」
そんな日が訪れるとはまるで思えなかったが。
セシリアは跳ねるように立ち上がって、即座に襲ってきた痛みに身体をくの字に曲げる。それでももう一度身体を起こして、病室の出口を向いた。
「あ、もう即日行っちゃう感じ?」
「ええ、今すぐにでも。……こんなときに頼んでしまうのは恐縮ですが、他の皆さんへの別れの挨拶はお任せいたしますわね」
わ、わかった……。
憤怒の形相を浮かべるセシリアに気圧されて力ない返事しかできない鈴音は、ふらふらと出ていったセシリアを眺めていた。
「……ホントに、ナニ考えてるんだか」
「ひ、ひひひ、あはははははは……っ」
誰もいないアリーナの管理室に、男の笑い声が響いた。
照明の類は点灯しておらず、薄暗い室内に無数の空中ディスプレイが浮かんでいる。それら
の内の一つ──学園の各所に置かれた監視カメラ映像に、ショウの目は釘付けになっていた。
画面の中では、三角巾で片腕を吊ったセシリアが、学園の入口に到着した黒いリムジンカーに乗り込む様が映っている。裏切られ、傷心の怒りに身を任せて立ち去ろうとするその背中を見て、男──ショウはボロボロと涙を流しながら吐き出すように笑う。
「思い通りに行って満足か? 満足だよなあ、いいや、満足しなきゃいけないんだ俺は。
……見下げ果てたクズが」
認証を迂回して非常電源を起動するマクロ、アリーナのバリアと隔壁を勝手に制御するバックドアコマンド、ISの武装の使用制限を無効化する偽造キー。
ショウは今や手段を選ばなくなっていた。己を鍛えるには全てが遅く、状況をどうにかして自分の手で支配できるようにする他に手は残っていない。
勿論、地上最高峰を誇る学園のセキュリティを掻い潜らねばどれ一つとして実現できない違法行為のオンパレードだったが、ショウはそのために必要な迂回手順を全て
セシリアは学園の外へ。不正に手に入れた権限は幾つか揃えられた。痕跡が残らないようにディスプレイを消し去ったショウは、次に自分の携帯端末に手を伸ばす。
何度かの呼び出し音の後で、相手の声が聞こえてきた。
『……貴様から掛けてくるとは全く想定外だぞ。本当に何なんだ貴様』
「ラウラ・ボーデヴィッヒさん、単刀直入に提案します。
──明日のタッグマッチ、私と組みませんか?」
『何だその口調は……気持ち悪い。というか、私と組みたい、だと?』
慇懃な丁寧口調は相手への配慮ではなく、心理的距離感によるものでしかない。そんなことはラウラにだって分かりきっていた。
だが、先日自分を一方的に制圧してみせた相手がいきなり「手を組もう」と提案してきた異常事態に、脳内が疑問符で埋め尽くされている。
「貴女が望むのは織斑一夏の打倒、そうでしょう? 転入初日に掴み掛かったとか」
『ああ、その通りだ。あの見るからに弱々しい顔付きを見ていると苛ついて仕方なくてな、シャルルのやつが鍛え上げるというから待ってやっていただけのこと。……それで? 私がヤツと当たるまでに負けないように手伝ってやろうとでも言う気か?』
「ええ」
ラウラは大声で嘲笑った。
彼女からすれば、相方など誰でも良かったのだ。セシリアと鈴音を倒した時点で1年生の実力の最高値は測れたも同然で、その中のどんなひ弱なパイロットと組もうが自分一人で勝ち進める確信があった。
だから積極的な参加申請はせず、受付期限を過ぎて余った誰かと機械がランダムに組んだペアで十分である。
『他の凡夫と組もうが何らリスクにならない。貴様の提案は初めから破綻しているよ』
「私が貴女を倒すときの大部分はレールガンとブレードで十分でした。別にガルーダでなくとも訓練機でやれますよ」
『……何が言いたい』
「本番で使われるISの大半は量産モデルの訓練機──貴女を打倒しうる道具と何度もぶつからねばならないということです。トーナメントの仕組みで発生する番狂わせのリスクについては受容しますか? 自分だけ訓練機に負けて、
『……そういう貴様はあの後でヤツに殴られたそうじゃないか。本当の狙いを言い当ててやろうか、お前も織斑一夏が気に食わないんだ。だから同じ敵を持つ者同士で協力しましょうと言いたいんだろう?』
「…………」
『やっと本性が覗いたな。そのつまらん口調で隠すのはやめろ』
ギリリ、という歯噛みの音は幸いにもマイクに拾われなかったが、ショウの顔が想像できたラウラは満足げだった。
『まあ、いいだろう。誰でも良いのだから、誰に誘われても断る理由がないからな。しかし……。
……もう参加申請の期限は過ぎているのではないか?』
時刻はとっくに夕方を過ぎている。ラウラの指摘通り、もう新しいペアの申請はできない。
「ああ、それならお気になさらず。提案を受け入れていただけると思って
『あのなあ……自分のことを棚上げして言わせてもらうが、相当に強引なやつだな? 貴様は』
「お褒めに預かり光栄です」
時の流れを否定できる者はいない。
どれだけ嫌がっても抗っても朝日は昇り、タッグマッチ当日がやってきた。
「結局一回戦で当たってしまったではないか。貴様の言うリスクとやらはどこへ行った?」
「所詮は機械の決めること。俺はそこまで感知するほどヒマじゃない」
「無責任な保険屋め」
10分後に一年生の第一回戦を控えたピットでは、タッグを組んだショウとラウアが呼ばれるのを待っていた。
特にすることのないラウラは壁に寄り掛かって時間を潰し、対するショウはガルーダに乗り込んでギリギリまで調整を続けている。
「せいぜい足だけは引っ張ってくれるなよ。頭を縫ったまま戦いに出てくるやつなど私の同僚にはいなかったぞ」
「ISのバイタルセンサーは優秀だよ。乗るのを止めないってことはそういうことだろ」
「そういうのを何と呼ぶか知っているか? 蛮勇だよ。自分の管理もできないまま殺されに行く迷惑な間抜けのことだ」
「──アインシュタインは扁平足だったそうだな」
「何の話だ」
「移住先のスイスで兵役を逃れた理由がそれだった。でも今日に至っては兵役には問題がないものとして扱われる。今アインシュタインが生まれていたら戦地で死んでいたかも知れないわけだ。
──結局はラインを誰が決めるかでしかないんだよ。俺はコイツに、マリコに従う」
「呆れたやつだな。マリコが何か知らんが、自分の決定権をほかに委ねるのか」
少し散歩してくる、とラウラはピットの出口へ歩き出したが、実際に出ることは叶わなかった。
丁度ピットの前まで来ていた真耶とぶつかりかけたからだ。
「沢村くん……」
真耶は一瞬だけラウラを睨んでからその横を通り抜けてガルーダの前まで来た。ショウにそこから降りてくる気配はない。
「やっぱり、許可できませんよ、こんなの……。織斑先生はどうしてか何も言わないけど、そんな身体で試合なんて……」
「ヤマダ先生。この前の迎撃戦では随分無理をされたそうですね」
「それはそういう状況だったからッ! 命の掛かった場面で前に出るのは教師の役目なんです。今と一緒にしないで……結局は単なるイベントなんですよ? そこまで危険を冒す理由なんて無いんです」
「……」
ショウは返す言葉を持ち合わせていなかった。元より誰かに理解されようなんて考えも無かったし、むしろ自分の意図が誰かに伝わることそのものを避けたいと思っていた。
そういう意味では。
「──山田先生。どうか許可してあげてもらえませんか」
場に割り込んできたシャルルの言葉は助け舟として機能したといえる。
「シャルル君、どうして……?」
「僕たち男性操縦者は、結局のところ単なる特異体質者でしかありません。今は希少なデータという金の卵を産むニワトリでいられますけど……もしも卵を産まなくなったらどうなるか、誰も保証してくれません。
──山田先生、僕たちには、僕たちを守るための結果が必要なんです。多少無理をしてでも」
「それは……」
真耶は二の句を継げなかった。シャルルの言葉が事実だったからだ。
現に、最近になっても国際IS委員会を始めとした外部組織から「男性操縦者を検体として供与しろ」との要望がひっきり無しに来ている。一夏でも、ショウでも、シャルルでも、誰でも良いから実験台にさせろという恥知らずの物言いが世界各地から発せられている。
真耶たちはそれを躱すために力を尽くしているが、いつかは限界が来るだろうという諦観を否定できないでいた。
「……シャルル・デュノア」
「あまり言葉をかわしたことは無かったね、ショウ。でも、一夏からいい人だって聞いてるよ。
──それじゃあ山田先生、時間もないし行きましょう」
俯く真耶の肩を軽くはたいて、シャルルは2人揃ってピットの外へ歩き出す。呆れた表情で壁に寄りかかるラウラを横目に、金髪の貴公子は後ろを振り返って、一言だけ言い残した。
「──ショウ、フェアにやろうね!」
こんかいのまとめ
・エスプリ&少女
なんか勝手に蠢いてる二人組。
シャルルの心を弄びつつ次なるターゲットは国際IS委員会……?
・アリア
久し振りに登場した学校医。
ショウを縛り上げてでも入院させたい気持ちを抑えて対症療法を提案。
ああいう死にたがりに引っ張られちゃダメだからね、千冬。
・千冬
申し訳なさで頭が一杯だったが、今度は悪い意味で空っぽに。
明らかにおかしいショウにしてやれることといえば、止めないであげるくらい。
一夏にはショウの状況を伝えないことにした。
・鈴音
肋骨が折れている上に甲龍は本国に持ってかれちゃった。
かくなる上は暇潰しにギャンブルでもしようかと思ったら厄介事を掘り当てることに。
セシリアに代わって帰国の挨拶を知り合いにしておいた。
貸し、一つだから。
・セシリア
堪忍袋の緒が切れたブチギレお嬢様。
左腕にヒビが入っている上に首を捻挫しているため普段よりストレス大。
怒りと衝動に任せてイギリスへ。獅子が待ってるぞ。
・ラウラ
まんまとノセられた軍人少女。
ショウのことは意味不明な卑怯者と思っているものの実力は疑っていない。
今は一夏を倒せればそれで良い。露払いくらいはしてもらうぞ。
・シャルル
何がフェアだよ。吐き気を抑えていざ本番。
ショウには試合に出てもらわないと計画が破綻するのでギリギリで真耶を説き伏せることに。
止められてる本人が試合から逃げないのはちょっと意外だった模様。
・真耶
どうして病院に行かずこんな場所に来たの? 本当にどうして……?
死ぬかバラされるかだったら死んだほうがマシなのは理解しているものの、やっぱり引き摺ってしまうのが人情というもの。
もう、届かないのかな。私の言葉なんて。
・ショウ
来てやったぞ、ここまで。
そして自己崩壊が始まる…
……と流石に困ってしまうので、そうならないようにしたい51話でした。
話名の通り、こうなることは時間の問題でした。変えられるのは「いつ起こるか」であって、到来するもの自体に手を加えることは人の身に余るわけです。
ショウは一夏を一方的に気に入っていましたが、信頼を積み上げるだけのコミュニケーションを怠っていました。
千冬は2人の関係に甘えて肝心な不安点に踏み入る勇気が持てず、戦いの中で向き合おうとしたセシリアは尊重の名の下にプライバシーに触れるのが遅れ、真耶は自分が決して知り得ないものに阻まれて空回りしています。
誰かが別の時間に向かって放り捨てた運命のツケとでも言いましょうか。
間違っていれば動かないなんてフェイルセーフが存在しないのが苦しいところ。
長かった前フリもここまでです。
オリキャラの描写比率について……
-
主要キャラならバンバンちょうだい!
-
原作キャラの掘り下げに必要なだけ欲しい
-
なるべく原作キャラだけが良い……
-
拷問だ! とにかく拷問せよ!