Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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 侵された生命も
 捻れた川も大地も
 穢れゆく世界も
 理力を隔てる個と存在の境界よ
 ここに消えるがいい
 
 個を滅し、至高へ帰す
 解析せよ、統合せよ、終極たる一へと


52 ×2  [{百} \ {一}]_REQUIEM

 

 

「──くーちゃん、調子はどうかな?」

 

「はい、良好です」

 

 太平洋の某所に浮かぶメガフロート──光学式の迷彩による天蓋によって覆い隠されたここは、オラクル財団の保有する施設の一つだ。

 

 その一角。高い天井と無機質な金属張りの壁と床が特徴的な大部屋の中央には、真っ白いISを纏った小柄な銀髪少女と、その前に立つ束の姿があった。

 

こちらコントロール、コードネーム:DE-VICE(デバイス)/ZERO(ゼロ)のシステムチェック完了しました。いつでも起動可能です

 

 天井に取り付けられたスピーカーから財団のオペレーターの声が響いた。

 「デバイス・ゼロ」というのは、瞑目する少女──クロエ・クロニクルが纏う白色のISを指す仮の名だ。新機軸の波動砲の運用を実現するために生み出されたその外観は、何本もの太いケーブルが繋がっている他は大まかにR-9K サンデー・ストライクに似ている。

 スカイブルーに透き通ったラウンドバイザーが顔面を覆い、腰を両側と後ろから挟み込むように羽つきのスラスターユニットが配置され、ヤシの実くらいの小さな非固定部位(アンロック・ユニット)が浮かび、背面は空白のようにのっぺりとした装甲が覆っている。

 見た目でR-9Kと明確に違うのは、空いた背面の装甲が盛り上がっている点だろうか。赤く縁取りのされた継ぎ目が目立つセミ・モノコック構造はコストの高騰を招いているが、それを無視してでも造り上げるべき力がこの機体には搭載されていた。

 

「それじゃあ早速始めちゃおう。ガルーダの調律パラメータを流し始めて。くーちゃんも起動しちゃって良いからね」

 

 はい、束さま、と返事するクロエの操作で、デバイス・ゼロの各部に明かりが灯る。同時にクロエの胸元に青色の光で「0」の文字が浮かび上がった。本機を象徴する紋章のようなものだ。

 クロエの小さい身体には、電子戦と幻惑に特化した生体同期型ISが別途埋め込まれているのだが、今回の実験には邪魔になりかねないため、それが動かないように自分で抑えていなければならなかった。

 

了解しました。目標アドレスをデバイス・ゼロのオシレーターとし、パラメータNo.152の送信を開始──完了しました。続いてファインチューニングを実行します

 

 OF-3 ガルーダの完成によって得られた機体のパラメータは、彼女たちが扱うRシリーズの技術の根源とされるC2に、言わばお墨付きを受けたような代物である。バイドを討ち祓う波動砲を更に進化させようとすれば、いま手元にある答えを出発点とするのが最も確実な方法だった。

 ガルーダから採取したデータをそのままデバイス・ゼロに適用し、得られた誤差(エラー)を元に再度調整、再び適用して……そんな繰り返しをかれこれ151回も繰り返して今に至る。

 「今度こそは」などという甘えた希望は誰も持っていない。来る()()へ向けて、何としてでも完成させねばならないからだ。

 

コアのバイナリ野へ展開……パラメータの適用が完了しました、クロエさん、次をお願いします

 

「はい。オシレーターをテストモードに移行、波動砲のチャージを開始します」

 

 クロエが視界に浮かび上がったデバイス・ゼロのインターフェースを視線で操作すると、周辺の空間から青白い粒子が湧き上がる。

 ここまでは予定通り進む。いつもの流れだ。

 

「くーちゃん、こっちで受け止めるから2次ループまでチャージ進めちゃっていいよ」

 

「よろしいのですか?」

 

「うん」

 

 ぱちん、と束が指を鳴らすと同時に、クロエの正面に透き通る黄金色の六角形を敷き詰めたような分厚いバリアが出現する。試験用の的だ。

 テストする波動砲の性質を考えればそれでも心配だったが、ニッコリ笑顔でサムズアップを向けてくる束に押される形で、クロエはチャージの段階を次へ進めた。

 

「……っ!」

 

 違和感は直ぐに襲ってきた。

 ぶるる、という不自然な振動が背面の装甲から発せられ、周囲に漂っていた青白い粒子が暴れるように舞い始める。

 

(だ、ダメです()()……いま動いては……っ!)

 

 クロエの胸元から末端部へ、鋭い熱感が迸る。

 自分の身に埋め込まれたもう一つの()()が、デバイス・ゼロへ手を掛けようとしていた。

 

──力場の形成不全を検知! コア側の演算負荷が既定値をオーバーしていますっ!

 

「あーもうやっぱりか! くーちゃん、すぐに止めるからね」

 

 青い粒子は空間を埋め尽くさんばかりに増え、それらはデバイス・ゼロの上下左右の数カ所に向かって収束を始める。

 波動砲は見えない力場にエネルギーを溜め込み、指向性を与えながら解放して撃ち出す兵器だ。では、それを複数並列に行ったら?

 

黒鍵による干渉を確認。例によって力場の形状が補正されていきます

 

「そのまま撃たれちゃ困るので──そーれっ

 

 ──紗蘭(シャラン)

 束はどこからか取り出した黄金の錫杖を振るう。たったそれだけで青い粒子は虚空へと霧散し、デバイス・ゼロも動きを止めた。

 

「申し訳ありません、束様。今回も抑えきれず……」

 

「いーのいーの。黒鍵が出張ってくるってことはそれだけ不完全ってサインだからね。今はとにかく試行錯誤しないと」

 

 クロエ・クロニクルの身体に埋め込まれたIS──『黒鍵(クロカギ)』は、フレームを持たないために量子化などの機能に割かれていた能力を余剰の演算性能として転化している。

 センシングもプロセッシングも、並のコアを優に上回る能力がクロエの身体の一部として与えられていた。

 

 新しい波動砲を生み出すためのデバイス・ゼロ。

 その稼働実験に際して、形成する力場の中心でその様子を観測する存在は必要不可欠であり、そういう意味でクロエは最適な人材だった。

 デバイス・ゼロに組み込まれたコアとは独立していて、かつこの世で最も優れたセンサ兼プロセッサが中心に置かれるのだから、実験結果を知るのにこれ以上のものはない。

 

 だが、ここで黙っていないのが「黒鍵」自身である。

 波動砲による不完全な力場の形成は、下手をすればパイロットごと波動エネルギーの藻屑になりかねない重大なリスクだ。にもかかわらず、宿主のクロエはそれを続行する。

 黙って見ていられない黒鍵は当然のようにそこへ干渉して、力場を「完成」させてしまうのだ。

 

 演算性能と最適化が不足しているのは明白なのに、強い助っ人になれる自身を蚊帳の外に置くのはどうして……? とでも言いたげな黒鍵の振る舞いは尤もであるが、それではいけない。

 

()()()()()()()()の単機稼働、やっぱり今の技術じゃ難しくないですか? 量産にしても始めからコア2基体制でやるとか……』

 

「ダメ。てか下手にコアは増やせないって前も言ったよね。大体シアちゃんから幾ら予算もらったんだっけ? 設備も揃ってんだから高々3桁回のテストで音を上げるなっての。 

 ……次つまらないこと抜かしたら殴るよ、リモートで」

 

 ひぃぃ、と悲鳴をあげるオペレーターに「口より手を動かせ」と無慈悲な指令を飛ばす束は、持っていた錫杖を黄金の粒子へと量子化させて、クロエの肩に手を触れた。

 

「……大丈夫? ごめんね、こんなことに付き合わせちゃって」

 

「束様、どうか気にしないでください。貴女に拾って頂いたあの日から、私は当然の恩返しをしているだけなのですから」

 

「それならママって呼んでくれると束さん滅茶苦茶うれしいんだけどなぁ〜!」

 

 クロエは瞑目したまま、困ったような微笑みを浮かべた。

 

 過日。

 自身の計画に邪魔なISコアの非合法かつ危険な研究を潰して回っていた束が、ある秘匿された研究施設で拾ったのがクロエだ。

 体内にISを埋め込み、投与した特殊なナノマシンと同調させることで高い適正値や身体能力の獲得を目論んで行われたこの研究は、成功例を出す前に徹底的に抹消された。仮にも自分の生み出したISがこんな拷問まがいの無意味な──天才たる束には試すまでもなくこの実験の先にある失敗が目に見えていた──研究に使われるなど、到底許せなかったからだ。

 

 施設を破壊し、実験体も手に掛けようとした束が、その中から死を待つばかりのクロエを拾ったのは単なる偶然かも知れないし、あるいは運命的な必然だったかも知れない。

 少なくとも束はその答えを知らない。興味も無い。

 

 研究所の外では生きていけないほどに肉体を弄ばれていたクロエに対して、束が体内のコアを「黒鍵」として調律して今に至る。

 

「──さ、新しいパラメータが組み上がるまでの間に私たちは遅めの朝ごはんにしよっか。えっちゃんが作るって」

 

「まだリハビリ中のはずでは……心臓はもう大丈夫なのですか?」

 

「そこは心配いらない……んだけど、確かにいきなり働き過ぎなところは心配なんだよねえ。『主人に仕えるのがメイドの役目』とか『いつかの明日のために修行の場をください』とかって……まず第一に病み上がりの病人でしょ?

 下手に動かれて症状が悪化したら洒落にならないから、今日から制限付きで色々やらせてみることにしたんだ。変にフラストレーション溜められるよりは良いかなって」

 

「……そうでしたか。私も負けていられませんね」

 

「えっ、何か勝負でもしてる? まあ同年代だから仲良くね」

 

 


 

 

(まさか、こんな形で約束と向き合うことになるなんてな……)

 

 第6アリーナの中央には、色とりどりのISが4機並んでいる。

 白とオレンジ、赤と黒のペアで向かい合うそれらは、1年生のタッグマッチ第一回戦を戦う戦士たちだった。

 その中で白色のISを纏う一夏は、目の前に佇む赤色のISを眺めている。

 

 過日、拳を突き合わせた「男の約束」。全力で戦おうと誓い合ったあの言葉が、一夏の脳内で繰り返される。

 今や、その約束は穢されている。他でもなく自分が穢した。

 

 箒や鈴音を「人間じゃない」と言われれば怒りもするけど、殴った自分だから分かる。ショウはその瞬間まで避けようともしなかった。言葉に悪意はなく、本気で自分を心配しようとしていたのだ。誰も罰してくれなかった3日間ずっと考え続けて理解した。

 始めから、ああだったのだ。

 

「なあ、ショウ。この前のことは……」

 

 つい秘匿回線(プライベートチャネル)でショウに呼びかけて、言葉が途切れる。代わりに、少し震えた声で妙な返事があった。

 

『イチカ。色々試したけどさ、情けないことに何も分からないんだ。本当ならこれから楽しく試合できるはずなのに、今はどうしようもなく怖いんだ。だから、これだけ言っとくぞ。

 ──気を付けろ。何かがヘンだ

 

「それって、どういう……」

 

 一夏の言葉を遮るように、大音量の矩形波が鳴り響く。号令を受けた猟犬たちが動き出した。

 

──織斑一夏ぁああッ!!

 

「ぐぅっ!?」

 

 真っ先に突っ込んできたラウラのレーザー刃を、一夏は反射的に刀で押し留める。それでも勢いを殺しきれなかったため、両者はスラスターを最大推力にしたまま拮抗する形になった。

 

「貴様さえいなければ教官は棄権しなかったッ!」

 

世界大会(モンド・グロッソ)のことなら俺だってッ」

 

 3年前のポーランド。そこで開催された第2回モンド・グロッソの折に、千冬の観戦に来ていた一夏は誘拐されている。

 それは千冬に再び人類最強(ブリュンヒルデ)の称号を手に入れさせないための人質であることは明白で、実際、そのために千冬は決勝戦を棄権して一夏の捜索に向かっている。

 ラウラはそれが許せない。自分を支えてくれた存在の名誉を傷付けたこの男が。

 一夏も自分が許せない。愛すべき姉の足を引っ張ってしまった愚かな弟が。

 

 ラウラの猛攻は凄まじい。両肩のレールカノンによる至近距離砲撃と、自分に対してAICを使うことによる急制動を織り交ぜた変幻自在の剣戟は、当たり前のように一夏の技量を凌駕していた。

 だが、一夏もそれに食いついている。今日まで積み重ねてきた研鑽と潜り抜けてきた死線が、彼に確かな反応速度を与えていた。平穏な暮らしに甘んじていては決して得られないそれは、紛れもなくバイドのせいだ。

 

(ちいっ、流石は教官の弟。伊達ではないとでも? 気に入らない……ッ)

 

(クソ、一瞬でも気を抜いたらやられる……これじゃアイツのところに行く前に終わっちまうぞ)

 

 ブレードをぶつけ合うこと、一合、二合。

 互いに停止結界や零落白夜、瞬時加速という切り札を持ちながら、それを使うことはない。後の先の戦い。緊張に負けて安易に手を打ったほうが負ける瞬間が延々と両者の神経を削っていく。

 

 一方で、もう一組の戦いは一方的だった。

 

「──ッ、ちょこまかと!」

 

 ショウが駆るガルーダの機動は、一夏たちのそれとは次元が違った。

 直線的な加速と、それを強引に捻じ曲げる直角に近い鋭角機動。2種の慣性制御機構によって実現される、物理法則に中指を立てる動き。

 

(は、ははっ。何なのさ、この機動……一体どこで何をしたらこんなものが身に付くの?)

 

 シャルルは急加速と急制動を小刻みに織り交ぜながら、不規則なリズムでショウとの距離を詰めては離れてを繰り返す。接近すればショットガンを、離れればアサルトカノンを、常人では成せない速度で切り替えて使いこなしている。

 ──砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)という戦術はそういうものだ。相手に対して上下左右ではなく前後の距離感覚を狂わせ、一方的な攻撃を可能とする。いくらISが補正しようと、人が引き金を引く限り狂った距離感覚の影響を消すことはできない。

 それは戦いを支配するアルゴリズムの1つであった。

 だが。

 

「──ッ!?」

 

 ついにシャルルの頬をレールガンの弾丸が掠めて、赤い筋を描く。

 実際、シャルルの戦術にとってショウとガルーダはまさしく天敵であった。

 距離を離せば、その暴力的な推力で即座に詰め寄られる。急に近付いて照準を狂わせようにも、手首を傾けるだけで即座に修正される。狙っているというよりは、風見鶏みたいに自然と銃口がシャルルの方を向くような。

 

 ……ガチンッ!

 咄嗟に構えた左腕の黄色い実体シールドに重い衝撃が加わる。肘の関節が軋む音がシャルルの耳にまで伝わってきた。

 

(完璧に狙ってくれる分、ギリギリ盾で受けられてるけど……もしも一生分の幸運があっても、あと10秒だって耐えられないッ!)

 

 人機一体。ガルーダの照準機能に100%依存・同調した上で、すべてを見透かしたような戦いをするこの男を狂わせることなど土台無理な話である。

 

「そっ、そんなに無理して大丈夫なのかなあ!? 3日間寝込んでた人の動きとは思えないんだけど」

 

「……」

 

 紅色をした、無言の殺戮者。

 一度でも同じ土俵に降り立った時点で、凡人に為せる程度の小細工は無意味だ。

 だから。

 

「……一夏、スイッチ!」

 

 不意に、シャルルの鋭い声が通信機から飛び込んだ。

 事前に打ち合わせていた連携だ。一夏は鍔迫り合いの反動を利用してラウラを蹴り飛ばすと、スラスターを全開にしてターゲットを切り替える。

 

「おうッ!」

 

「貴様ッ、逃げるのか?」

 

「タッグマッチだろうがッ。悪かったな、今度戦うときは一対一(サシ)でお前を叩きのめしてやる!」

 

 捨てゼリフを置き去りにする視線の先には、シャルルを追い詰めようとしていた赤い装甲。己の罪の象徴にして、約束の相手。

 

(……今度こそ、真正面から!)

 

 一夏が望むように。シャルルが狙った通りに。

 ラウラが初手で一夏を狙ってくるのは分かりきっていたことで、ならばそれには無理に抗わず、向こうの手札を見てから相手を切り替えようというシャルルの発案だった。他でもなく、試合の進行を支配するための戦術(タクティクス)だ。

 

(確かに僕じゃ君には相性が悪いかもね。……でもさ、仮説はとっくに立ってるんだよ?)

 

 一夏はブレードの《雪片弐型》を構え、一直線にショウへ突っ込んだ。

 それに対してショウの反応は────遅れた。

 

「……ッ!?」

 

 自分に背を向けて一直線にラウラの方へ飛んでいくシャルルのことなんて意識には無い。

 大きく袈裟斬りの形で振りかぶった一夏の腕を寸でのところで掴んで抑える。いつものレールガンはマウントする暇無く取り落としていた。

 

「流石にバカ正直には斬らせちゃくれねえよな……!」

 

「う、ぐぅ……っ」

 

 暴力はいけない、などと言いながら自分でそれを振るった己に、言葉なんて扱う権利はない。

 今自分にできることは、ショウとの約束の通り真正面からの結着を付けること。誰も自分を罰してくれない。誰も自分に挽回の手段を示してくれない。

 だから。一夏は少しでも良いことがしたかった。約束を果たすのが悪いはずはないし、そうだと自分に言い聞かせるしかなかった。

 

「うおあァっ!」

 

 ブレードとブレードがぶつかり合う。

 クラス代表決定戦の頃と違う、戦士の太刀筋が振るわれる。あの日の未熟とは違う、選んで戦える力が一夏にはあった。

 だからこそ、気付く。

 

(……あれ?)

 

 一夏にはショウの太刀筋がよく見えた。回避先も、どこに隙が生まれるかも。

 強かったはずだ。セシリアを下し、真耶と楯無に匹敵するのを確かに見た。

 速かったはずだ。戦場を駆け抜けて支配し、即座にラウラを制圧する力を一夏は知っている。

 

 だというのに。

 こんなこと、考えてはいけない侮辱のはずなのに。

 

(なんで、こんなに……)

 

 こう思えて仕方がない。

 

(──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

(思った通り、一夏が刺さった!)

 

 ラウラの方へ飛ぶシャルルは、自分の後方で繰り広げられる戦いを全方位視界に収めて、ほくそ笑んだ。

 

 今日に至るまでの間に、シャルルはショウの戦闘記録を可能な限りかき集めて対策を立てようとした。

 どの映像でも非人間的な強さを発揮するシーンばかりが映っていて、その後の勝敗が不自然であることを抜きにしても真正面から勝つのは不可能と理解させてくる。まるで相手が動く未来を先に知っていて、電子ピアノの自動演奏みたいに対応する異常な実力だ。

 だが、その中の1つだけ。一夏との一戦だけが、ショウの動きから鮮やかさを奪っていた。

 

 その瞬間はたまたま疲れていただけで、全力なら何の問題もないのかも知れない。それでも、この男を下せるアキレス腱の候補としてシャルルは一夏をぶつけることを考えた。

 そして現在、病み上がりのはずのショウはシャルルに防戦一方を強いて、一夏を相手にした途端に実力を鈍らせている。

 

(勝てる。これで母さんを……)

 

 心理的なものかもしれないし、あるいは機体やコアの相性かもしれない。

 でも理屈なんてどうだって良い。条件と結果のペアが再現性をもって存在するのなら、シャルルだってそれに手が届くのだから。

 ショウに「機能不全」を引き起こす。それがシャルルが見出した作戦だった。

 

「──さて、悪かったね。途中で打ち切っちゃって。無料サービスはオシマイってことで、ここからは僕を倒してからにして貰おうか」

 

「ふん、二束三文の安物風情が随分と売り込むじゃないか。100年前のマルク札より酷いぞ」

 

「まっ、安くても買い続けてもらわなきゃ生きられない立場だからさ────許してよねッ!」

 

 シャルルの纏うオレンジ色の《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》とラウラの駆る暗黒の《シュヴァルツェア・レーゲン》が対峙する。

 

 先程と同様に付かず離れずの戦術でワイヤーブレードとレーザー刃《プラズマ手刀》を躱すシャルルだが、合間合間に差し込まれる大口径のレールカノンには肝を冷やす。弾速に対して十分に回避できる広さというものが、この鳥籠(アリーナ)の中には無いからだ。

 一方のラウラも逃げ回るシャルルに明確な詰みを突きつけられずにいる。最新鋭の第3世代機である反面、彼女のISは少数高性能な武装だけしか使えない。20に迫る数の銃火器を即座に切り替えられては、如何に軍人といえども対抗手段を練り上げる間も無く次の武装がやって来る。まさに厄介の一言に尽きるだろう。

 

「すばしこいネズミがッ! 下水に叩き返してやる」

 

「僕がドブネズミなら君はハツカネズミかなあっ!?」

 

「口だけ達者か────ゔっ

 

 叫ぶラウラの思考を、不意に麻痺が襲う。

 離人症めいて意識が遠くなる発作。自分がどこにいるのか分からなくなるなるようなその感覚こそ、ラウラを急進的な行動へ突き動かす原因だった。

 強く、自分を示さないと。消えてしまわないように。

 

 だが、それを見逃すシャルルではない。彼の両肩──ラファールのスラスターに虹色の輝きが灯る。

 直後、その姿が消えた。

 

(──瞬時加速(イグニッション・ブースト)だと!? そんな記録はどこにも)

 

「一夏に教わってね、これが初めてだよ!」

 

 ラウラの視界の中で、オレンジ色の装甲が急激にその面積を増やしていく。

 即座にワイヤーブレードで迎撃するが、それを意に介さぬスピードを与えるのが瞬時加速(イグニッション・ブースト)である。レールカノンの照準を合わせる間もなく、肉薄されるのは避けられない。

 ……ラウラの乗機が凡百のISならば、の話だが。

 

「……やっぱり、こうなるよね」

 

「既に二度も見せたんだ、知らんとは言わせんぞ?」

 

 AIC。停止結界の異名を持つラウラの切り札が、まるで不可視の蜘蛛の巣のようにシャルルの身体を絡め取って虚空に縛り上げる。

 

「散々ウロチョロと動き回って熱心に暗躍していたようだが、その果てがこれか? 弱点探しもしないでただ突っ込むだけとはな」

 

「まあね。ショウみたいに真正面からやり合えるほど僕は強くないし。でも──ありがとう」

 

「なにっ」

 

 突撃の姿勢のままラウラの眼前1メートルで硬直しているシャルルの左腕──警戒色みたいな黄色が目立つ盾がぬるりと持ち上がって、その下に隠れていたものが顕になる。円筒形の鉄杭のような物が覗く、複雑な機械だ。

 

 軍人の勘に頼るまでもない。わざわざ至近距離で起動した以上、近接兵装の類であることは確定的である。

 ラウラはAICを解除して、即座に後ろへ飛び退く。近接兵装に対して教科書通りの対策。相手が杭打ち機(パイル)なら近付かなければ良いだけだからだ。

 

 だが、たったそれだけの行動時間でさえシャルルの武装を放つには十分であった。

 音ではなく衝撃が、みぞおち辺りを中心にラウラの骨身を殴りつけた。

 

がッ、あぁ……!?」

 

「感謝するよ、僕を君のそばに留めてくれて」

 

 ──Defensive Pilebunker: Mont Blanc.

 シャルルが秘匿していたエネルギー式のパイルバンカーは、れっきとした()()()()()()だ。一般的なものと違うのは、波動エネルギーを杭から実体のある塊として伸ばして攻撃することと、事前にチャージされた2発分のエネルギーしか積み込めない構造上の制約だ。

 絶対防御をすり抜ける波動的な性質を捨てた代わりに手に入れた、至近距離において破滅的な威力。それは絶対防御で展開されたバリアを共振作用によって一様に破壊し、ラウラを一撃で行動不能にするには十分だった。

 

(……じゃあねネズミさん。故郷の川(ヴェーザー川)で溺れてなよ)

 

 全身の装甲を著しく損傷したまま壁面に叩きつけられたラウラを尻目に、シャルルは一夏の方へスラスターを吹かした。モンブランを叩き込むべき相手は、あと一人。

 

 


 

 

 初めは小さな警告メッセージからだった。

 

「はー忙し忙し。束さんみたいな天才が後もう一人いたらなあ~!」

 

 草木も眠る丑三つ時。現地時刻は深夜の居室には、薄闇に向かって束の声が投げ掛けられる。

 クロエが寝ている間も時間は待ってくれないので、彼女の手が止まることはない。デバイス・ゼロの開発は一時休止として、愛する妹の専用機開発が続けて進んでいる。

 

 そもそも束にとっての睡眠は休息を意味しない。寝ても覚めても脳内のホワイトボードに仮説と計算式とタスクリストが蠢く彼女が休むのは、仕方なく数日に一度、薬で強引に脳の活動を抑えてやるものである。

 

(なんてね、誰に言ってんだか)

 

 周囲に無数の空中ディスプレイが浮かぶ特製のリクライニングシートの背後には、太いケーブルが何本も繋げられた建造中のISが暗闇に浮かぶように存在している。その更に奥には、ショウの父親の元から回収したOFX-2 ワルキュリアの抜け殻が順番を待つように鎮座していた。

 手を付けるべきことは多いが、どれも束にしかできないことだ。

 

 今の開発だって、他の人間の手が入ることはあり得ない。

 単に家族へ贈るISだからという道義的な話ではなく、これを進める上で彼女が求める要件を満たす人員が彼女自身しか存在しないのだ。

 スーパーコンピュータに匹敵する処理能力と、常人ではあり得ない膂力、スタミナ。数日休まず常に無数の理論と仮説を脳内で放し飼いにして狂うことがない人物。それこそが彼女の定義にして自負である「天才」だった。一般に、「異常者」ともいう。

 

「────ぇ?」

 

 頭に着けたメカニカルなウサ耳を揺らしながら手を動かす束の視界の端──ディスプレイのうちの一つに、小さいメッセージウィンドウが浮かび上がった。

 きっかり視覚の反応時間の限界値0.1秒で束は行動を始める。これは絶対に起こらないように対策を講じていたものが万一起きてしまったときのもの。最優先で対処しなければならないイレギュラーだった。

 

まずいまずいまずいまずいまずいマズい不味い……!

 

 頭の上のウサ耳を量子化して代わりに試験管みたいな形のデバイスが現れる。そうして、背後に鎮座するISへ意識を向けて、叫んだ。

 

「──マスター権限で()()()()()()()を発令ッ! コアネットワーク上の全ノード間の到達コストを無限大に変更、全部せき止めて!

 

 


 

 

(ま、て…………)

 

 ラウラは遠くなっていくシャルルの背中に向かって手を伸ばした。横隔膜が強く叩かれたせいで酸欠気味の視界はひどくぼやけていて、ありもしない想像が勝手にそれを補い始める。

 このままシャルルはショウの方へ行くのだろう。行動不能だからと自分を半矢のまま放置して。

 そうして、ショウを囲んで叩き潰したら、今度は自分だ。……自分が?

 

(ふざけるなッ、織斑一夏とまともに戦えぬまま、敗北寸前で降伏勧告だと? 絶対に認めてやるか!)

 

 ラウラは装甲が歪んだシュヴァルツェア・レーゲンに鞭を打って、立ち上がろうとする。生まれたての子鹿みたいに不安定だった。

 

(動け……動けレーゲン、こんなところで止まるなッ。()()()の私に一端の軍人としての誇りをくれた教官に、せめて顔向けできる程度に働いてみせろッ)

 

 酸欠のせいだろうか。頭の中で変な声が聞こえた。

 

【願ウカ……?】

 

(……ん?)

 

【──汝、自ラノ変革ヲ望ムカ? ヨリ強イ権能ヲ欲スルカ?】

 

 初めて聞く声色。そもそも人間のものかすら怪しい言葉の羅列が、悪魔の囁きのようにラウラを誘っている。

 そこから僅かな時間に、ラウラの脳内を過去の記憶が駆け抜ける。自分に問え。

 何故ここに立っている? 何故誇りを求める? ただ一夏に勝てば満足か?

 それを思えば、銀髪の軍人少女が出す答えは決まっていた。

 

(……ろ)

 

失せろ……! 私の戦いは私のものだ」

 

 絞り出すようなラウラの言葉と同時に、あるいはたまたまタイミングが重なっただけか、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲がネバついたコールタールのような漆黒の液体へと融解していく。

 

「なっ、クソ、離れろッ。拒絶されたなら潔く……!」

 

 要するに。

 端からラウラの答えなんて聞いちゃいなかったのだ。「尋ねる」というプロセスが含まれていただけで、パイロットの意思とは無関係に進むアルゴリズムが、ラウラすら知らない形へと彼女のISを変質させていく。

 

「私の戦いを穢すなッ! この、従えっ!」

 

 ベタベタと蠢き、全身を覆うようにへばり付いてくる粘性の液体を掬っては投げ捨てるラウラだが、捨てたそばからナメクジのように足元へ這い戻ってくる。

 やがて顔まで覆い尽くされるときに、彼女の断末魔が響いた。

 

「……貴様も裏切るのか、レーゲぇぇぇぇぇぇぇええええン!!!!

 

 



Loading VT-System...

==CORE REJECTION==

Retry Loading...

==CORE REJECTION==

Shutdown... DONE

Entering EDL_mode



ゆうせんじゅんいへんこう
ゆうせんじゅんいへんこう



FATAL ERROR: permission denyed. VT is not Root.

WARN: the Root permission has been reassigned.

(class::SYSTEM.EDL -> class::REQUIEM)

SIGKILL-> ps: VT.ReconstructionHandler

BOOT-key verified successfully!

decoding params... done

==CORE REJECTION==

==CORE REJECTION==

==CORE REJECTION==

==CORE REJECTION==

startup option changed succesfully

booting...



 

Code: 99X

Aggregation and Integration System


REQUIEM


QuelI->EXiV[zod]->EXiV[noz]->EXiV[nux]->

ExiV[bomb]->ExiV[endi]->ExeC->{RW};

 

 

 

 

 一夏がラウラの異変に気付いたのは、幾合にも及ぶ立ち合いの果てにショウの体勢を崩すことに成功したときだった。全方位視界の端に、その一部始終が映った。

 

 あれだけ高い壁に見えたこの男が、いざ戦ってみると随分楽に見えてしまう。

 もう少し打ち合うべきか? それとも一気に攻めきるべきか?

 そもそもそんな疑問が湧くこと自体がショウへのどうしようもない侮辱に思えて。

 決戦兵器たる零落白夜の輝きを刀身に宿す、最後の決心が鈍る。

 

 そんなときに。

 

(ラウラ!? 何が起きてやがる……)

 

 「気を付けろ」と言ったのは他ならぬショウだ。

 そういう意味で、戦いどころではなくなる理由が生まれるのは、一夏にとって都合の良い精神的な逃げ道として働く。

 

 改めて。

 一夏は良いことがしたかった。目の前の友人を裏切ってしまったのに、誰も自分を罰しないどころか、姉には「無かったことにして振る舞え」とまで言われる始末。

 齢16の男の子にとって、悪いことを良いことで上書くという代償行為は何ら矛盾しない。

 一夏だって限界だったのだ。

 

「悪いショウ。ラウラんとこ行ってくるッ」

 

「…………ッ!? 待てイチカ! そっちに近付くなッ!!

 

 一瞬遅れて放たれたショウの言葉は届かない。

 それが開放回線(オープン・チャネル)が知らぬ間に不通となっていたからだと気付く隙もなく、一夏の背は小さくなり────入れ替わるようにモンブランを構えたシャルルが突っ込んでくる。

 

(これで決めるッ。ガルーダを潰せばまた母さんと……!)

 

 後ろに気を取られた一夏とは対照的に、シャルルは眼前のガルーダしか見えていない。空中で姿勢を立て直しつつあるショウの心臓に杭を穿てば、それで勝ちが確定する。

 

 思い出がフラッシュバックした。

 過日、実家近くの大学都市からバスで向かったモン・サン=ミシェルを母と歩いた記憶の中のワンシーン。建物内の階段で見た「顔のないミカエルのレリーフ」がやけに強く脳裏に浮かび上がる。

 描かれた構図を指して母が、大天使ミカエルが司教に天啓を授けたのがここの創建伝説だと教えてくれた。幼い当時は神秘的な話だと思った。

 けれど、それから今までを思えばいっそ忌々しい。

 

(……天使もカミサマも、何処にもいないんだ。仮にいたって、僕たちを救ってくれないならいらない)

 

(仕方がないじゃないか。黙って苦しみ続けるなんて御免だもの。僕は僕の手で未来を取り戻す)

 

 信仰も、聖性も、正義も、今のシャルルには腐敗した無意味なものに感じられる。

 丁寧にモラルを守って慎ましく生きようとした結果が今なら、そんなものに縛られるだけ無駄だ。だって、目の前のよく知らない他人なんかより、明日にでも死んでしまうかもしれない母親の方が大事に決まっているのだから。

 

 シャルルはチャージ済みのモンブランを構えてガルーダへと肉薄する。狙うはその胸元、心臓部。そこから何処へ狙いが逸れようと確実に当てられる部位。

 体勢を立て直している最中のこの男に回避の隙は与えていない。だからこそ、勝利を確信する。

 

(──だからショウ、君の運命、僕が貰うよ)

 

 ガゴンッ!

 致命的なエネルギー製の杭が放たれる。反動がシャルルの左腕の骨を軋ませて、それが命中の合図となった。

 このためにショウを孤立させた。このためにラウラをけしかけた。このために一夏をぶつけた。

 けれど。

 

(うそ!?)

 

 命中したのはショウの右腕。籠手のように装備されたコンバーター《プラズマフレイム》の片割れが、まるで吸い込まれるように杭の前へと差し出されていた。

 十二分な強度を持たせて設計されていたコンバーターは、跡形もなくひしゃげ破損している。それでも、即座にパージすれば本体は無傷だ。

 一夏が離れた今、謎の「機能不全」は起こらない。透けたシャルルの狙いなど容易に見抜けてしまう。

 

 ショウは呆然とするシャルルの胸元の装甲を万力のような強さで掴むと、そのまま力任せに下方の壁面へと投げ飛ばした。

 即座に意識を一夏に向けたショウは、頭が痛むのを抑えながら警告を叫ぶ。

 

イチカ早く離れろッ、今のそいつは────あ」

 

 そうして、見てしまう。

 届かぬ場所の景色を。

 

 

 

 

 10秒ほど遡る。

 加速する一夏の先には、黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)だったものが佇んでいる。

 直前までのコールタールの塊のような外観から、より兵器らしい尖鋭さを取り戻し、更に変貌していく。白式のOSは目の前のこれをレーゲンとは認識していないようだった。

 

(何だ、ありゃ……レーゲンみたいで別物か?)

 

 小さく纏まった雫型のスラスターが腰部に一対。

 腕部と胸部の装甲が分厚く盛られ、特に胸元には鉤爪状の板状パーツが上向きに生えている。

 右肩に浮遊していたレールカノンは非固定部位と融合し、反対側には何もない。

 そして、顔面は濁った紫色のラウンドバイザーに覆われて中身を伺うことは出来ない。

 何処かガルーダに似て、真逆。パイロットの個人性の一切を剥奪する、兵器としてのカタチ。

 

(何だか知らねえけど、動かねえ今が最良のチャンス。零落白夜で切り開いて中身を引っ張り出す……これしかねえ!)

 

 中身(パイロット)を傷付けない浅さで零落白夜を叩き込んだ経験ならある。ショウとの初戦の記憶が苦い。

 その後の訓練と、幾度もの死闘の中で外敵を斬り捨ててきた。どの程度の出力でどういう角度で刃を振るえば良いか、感覚だけならある。

 

 重ねて。

 一夏は良いことがしたかった。別に、立場で言えば一夏が助けに行くべき理由はない。これは大人の誰かがやるべきことで、恐らくそれは姉である千冬の仕事になる。それは嫌だった。

 功名心ではなく、目の前で苦しみながら呑まれていくラウラを一瞬でも見てしまったから。あの日、姉に助けられたように、自分もそうありたい。そう振る舞えなかった自分を修正したい。

 

(待ってろラウラ……お前を引っ張り出して全部仕切り直すんだ。全部、ちゃんと分かった上で始めれば何も間違えるはずなんてなかったんだ。ショウのことだってきちんと話し合えば──)

 

 一夏はラウラを呑み込んだ漆黒の人型に肉薄して、調整した出力の零落白夜を宿したブレードを振りかぶる。

 

 すべて、やり直すための行動。

 適切な手段と、適切な経験と、能動的な意思を持った人間が最も近くにいる。一夏の振る舞いは、立場や責任を抜きにすれば確かに最善手であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ぇ?」

 

 ……それが今日この瞬間でさえなければ。

 

 バギンッ!!!!

 黒い人型は雪片弐型を片手で受け止めると、握力だけでそれを降り砕いた。

 そうして、呆けた一夏のガラ空きの胸元に反対の腕から生やしたレーザー刃をズブリと突き立てて、不要とばかりにアリーナの砂地へ投げ捨てた。

 赤い液体を撒き散らしながら、()()()()()()()は砂煙に呑まれて消えた。

 

「一夏ぁっ!!!!」

 

「あ、あぁ……アアアアアアアアアアア!!」

 

 シャルルとショウの慟哭は響かない。空気ですらそれらを伝えようとはせず、誰もがアリーナの中で孤独だった。

 その代わりに、今更になって2人の専用機がレーゲンだったものの情報を表示した。

 

 

REQUIEM-Type: "13/ORTHRUS"

Pilot: ■■■■■■

Status: ■■■■■■

Wave Cannon Type: ■■■■■■

Force Conductor: Open

──────

────

 

 

「レクイエム? オルトロス……? 一体何なのさ、こ──」

 

 シャルルに思考の暇は与えられなかった。

 バチバチと黄緑色の稲妻を散らしながら、瞬間移動と見紛う速度で突っ込んできたオルトロスの攻撃を避けねばならなかったからだ。

 

 両腕から生やしたレーザー刃はレーゲンの頃よりも長く、そして強力だ。あったはずの白式の絶対防御を苦もなく貫いたその威力を躱せなければ────その先にある運命からシャルルは意図的に目を逸らす。

 

「うっ、ぐううぅ……ッ!」

 

 攻撃に転じる余裕は無く、こんがらがった思考では瞬時加速による離脱も出来ない。

 そうして、オルトロスの右肩のレールカノンがシャルルの方を覗いた。

 

(まずっ────!?)

 

 轟音。

 辛うじて音と認識できる衝撃が空間を震わせて、シャルルの斜め後方の保護バリアにヒビを入れた。よく見ると客席のシャッターが全て降りているが、そんなことより。

 

(砲弾を弾丸で逸らした……? 助けたっていうの? 僕を?)

 

 ハイパーセンサーが捉えたのは、地上からこちらへ向けてレールガンを構えるショウの姿だった。

 つくづく恐ろしい技量だと畏れると同時、これだけ害そうとしてきた自分を助ける理由がシャルルには理解できなかった。

 届くはずもない感謝の言葉を言おうとして、それを遮るようにオルトロスの斬撃が迫る。

 

「わっ、ああッ!

 

 もう思考が目茶苦茶だった。

 どうしてこんなことになった?

 こんなの聞いてない。

 母さんを助けるはずだったのに、自分は何かの踏み台にさせられたのか?

 どうして一夏は刺された?

 どうしてショウは助けてくれる?

 

(一夏は優しくて、ショウには悪いと思っていて、ラウラは意外と単純で、緑茶は美味しくて……)

 

(……母さん、ラファール、一夏、モンブラン末期がんバイド回避ショウ白式デュノアコールドスリープエスプリ政府ガルーダ生死不明クロワッサン治療レクイエム折れたブレード救助コスモス

 

 走馬灯じみた記憶の濁流がシャルルの脳を内側から引き裂こうとする。

 

(ああ、もうイヤ……)

 

 銃を掴む手から力が抜けて、あらゆる気力が消えていく。雷光を放つオルトロスのブレードが、ゆっくり自分へ突き立てられるのを、シャルルの身体は黙って見ていることを選んだ。

 

 ──真っ黒い無言の殺戮者の背後から、()()()がぬるりと覗いた。

 純白の光で出来たブレードがぼやけた意識をきり払うように輝いているのが見えた。

 仄かな希望の香りが鼻を刺す。

 

(いち────────ちがう

 

 そんなはずはなかった。

 その人型もまた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

REQUIEM-Type: "99/weißritter"

Pilot: ■■■■■■

Status: ■■■■■■

Wave Cannon Type: ■■■■■■

Force Conductor: Online

──────

────

 

 レクイエムタイプ《ヴァイスリッター》。

 それは間違いなく()()()()()()()なのだろう。そうでなければ、ここまで近い外見のものがいきなり現れるなど考えられない。

 一夏は刺し貫かれるだけでは済まされず、その身を殺戮兵器として作り変えられることで冒涜されているのだ。

 

 オルトロスは即座に振り返ってヴァイスリッターの手首を蹴り飛ばすとワイヤーブレードで応戦を始めた。

 シャルルはそこから必死に距離を取る。白い方は自分を助けに来てくれたのではない。たまたま目に付いた敵を殺しに掛かっているだけなのだという直感と危機感だけが、その肉体を支配していた。

 

(こんなの、こんなの聞いてない……っ!)

 

 少しでも遠くへ、少しでも出口に近いところへ。そうやって飛ぶシャルルの背後、ヴァイスリッターと削り合うオルトロスのレールカノンがゆらりと輝きを灯す。

 砲口から再びの閃光──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「んなっ────!?」

 

 近くにいれば誰でも良いらしい。真っ白い殺戮兵器は崩れた体勢のまま同色のレーザーブレードを振り下ろす。

 シャルルは反射的に左腕で受けて、モンブランを犠牲に生き延びる。余波だけで腕の装甲にヒビが入り、純白の光に触れた鉄杭はまるで空気へ溶けるように消えてしまった。

 先ほどのショウと同じ動き。真似しなければ死んでいた。

 

 即座に刃が向きを変えて、二の太刀が振るわれる。今度こそシャルルには何も無い。

 景色がゆっくりになって、ヴァイスリッターの刀が細部までよく見える。同じ刀でありながら変形しているときの雪片弐型とは全く異なる、始めからレーザーブレードとしての運用しか考えていない意匠。本体が変貌する過程でこちらも作り替えられたのだろう。

 

(これが最期の景色なんて、そんな──────うぐっ!?)

 

 横腹に鈍く重い衝撃。視界の端に紅が見えた。

 

(ショウ!?)

 

 そのまま()()()()()()()()()()()()()()()()()()へふっ飛ばされるシャルルの目には、ヴァイスリッターへ斬り掛かるガルーダの姿が映った。それも、ピットの壁面にぶつかると同時にシャッターが閉じたことで遮られる。

 

「ま、待ってよっ! ショウは、ショウはどうするの!?」

 

 その言葉は誰もいないピット内に木霊するだけだ。

 何一つ出来ない無力を噛み締めながら、シャルルは安全な場所に放棄された。

 

 

 

 

失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した……!

 

 変貌した2機のレクイエムタイプを相手に、ショウはついに限界を迎えようとしていた。

 何も見えない。何もわからない。今まで嫌悪しながらも依拠してきたものは一切通用せず、純粋な経験と技能だけが今この瞬間のショウを生かしている。次の1秒がどうなるかなんて知らないし、今すぐ自分に世界一の幸運が巡ってきたとしても、10秒だって生き延びられるとは思えない。

 

 結末は知っていた。過程だけが何一つ分からなくて、失われた3日間を「事」が起こるその場に居合わせることで埋め合わせようとした目論見は今や最悪の結末を招いている。

 ラウラと一夏のどちらが起点だったか、それが分かればマシだったろうか。そんなことを考える余裕はショウから失われた。

 

 ヴァイスリッターの刀がショウ目掛けて振り下ろされる。

 直感と経験がその輝きを零落白夜と同質のものと断定した。受け太刀は最悪手。そのまま死を意味すると理解する。

 

「ゔっ、あぁッ!!」

 

 刀を掴む腕を自分のブレードの切っ先ではたき落とすようにして攻撃を躱すと、即座に横からオルトロスがレーザー刃による刺突を仕掛けてくる。AICとワイヤーブレードによる拘束もセットだ。

 

(死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ……!)

 

 AICは力任せで抜け出せる。ワイヤーブレードも対応できる。だが、そこに意識が割かれる一瞬ですら致命的だ。

 ショウはオルトロスの手首を掴んでヴァイスリッターの方へ向ける。即座に純白の刀が叩きつけられ、そのエネルギーを全て消し去った。

 

 ラウラは抗う術を持っておらず、嘲笑うようにその意思は冒涜された。

 一夏は胸を刺し貫かれた。どうしたら死なないで済むかだけ考えていたのに、結局のところ死ぬ結果しか景色には無かった。

 シャルルは? そんな人間、いただろうか。

 

 予め考えておいたことに頼ることは今や許されない。どうやったら次の瞬間も生き長らえられるか、何処へ逃げれば良いか、それら全ては今この瞬間瞬間において考えなければならない。

 そんな当然のことをする能力は、とっくの昔にショウの頭から退化して消えてしまっていた。

 

 巻き付いたワイヤーブレードで動きが鈍る。オルトロスのレールカノンが真横に突きつけられる。ヴァイスリッターはショウの首を落とそうと刀を振り被り、ポッドを飛ばせる余裕は一夏を相手にした瞬間から失われていた。コンバーターは今更取り替えも効かず、あらゆる手札が破り捨てられている。

 

 かつてモーツァルトは、自分の葬式に自分で書いた鎮魂歌(レクイエム)を使ったらしい。

 そういう意味では、今ショウに振るわれるものも自分で招いた葬送曲と言えるだろうか。

 

(え、どうして? なんで……)

 

 要するに。

 ショウは現実に置き去りにされたまま運命に食われる。今まで己が弄んできたもの全ての報いだと、納得も待たずに、呆気なく。

 元来、身構える者の背後に死神は歩み寄るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

こんかいのまとめ

 

・ラウラ

 

 誘惑と狂気を跳ね除けて、最後まで自分で戦うことを選んだ少女。

 誰かの強さに依拠することなく、己が己でいるという確信が欲しかった。

 でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ。

 

 

・一夏

 

 贖罪の機会を奪われ、せめて自分なりの「最良」で応えようとした少年。

 速く走っているときほど、転んだときの傷は重いのに。でも、止まるわけには行かなくて。

 秤に乗せる前にその心臓は捧げられた。

 

 

・シャルル

 

 慈悲も、モラルも、他人も、全て秤に乗せた少女。

 最初から僕に主導権なんて無かったの? なら、僕は一体何を選んだの?

 あとはもう、安全な盤外で溺れているだけ。

 

 

・ショウ

 

 砂漠で溺れ、湖で干乾びる「人間」。

 見たくない景色だけを視界に収め、本当に欲しいものは見てこなかったから、運命は目の前で見せびらかすようにそれを壊してしまった。

 ほら、嫌がってたくせに、そんなものに頼るから。

 

 




VTシステムは死んだ
レーゲンを支配するにはアクセス速度とシステム権限が足りなかったのだ


 多分ここが最も陰鬱だと思って書いてみた52話。

 本章のボスはなんとラウラと一夏の豪華タッグでした! という感じで酷いことになっています。
 「各々が自分の思う最良を目指した結果のドミノ倒し」がやりたかったのもありますが、ショウが抱えるものの答えが最大の理由です。

 レクイエムはクロスオーバーを描く上で「R戦闘機の名を冠する機体を出す」「武装にして既存キャラに渡す」に続く第三の選択肢です。
 FINAL2のクラファンに参加していた人はこの単語に見覚えがあるかも?

オリキャラの描写比率について……

  • 主要キャラならバンバンちょうだい!
  • 原作キャラの掘り下げに必要なだけ欲しい
  • なるべく原作キャラだけが良い……
  • 拷問だ! とにかく拷問せよ!
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