Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
Lacrimosa dies illa,
qua resurget ex favilla
judicandus homo reus:
Huic ergo parce Deus.
pie Jesu Domine,
Dona eis requiem. Amen.
「──沢村くん! 沢村くんッ!」
第6アリーナ内の管制室に真耶の悲鳴が響いた。
真耶はコンソールに手を伸ばして学園の中央管制システムへアクセスするが、まるで牢獄のようにアリーナの中と外だけが閉鎖され、助けに入る事ができない。分厚い隔壁が立ち塞がるように降りている。
「い、いちか……らうら……」
半狂乱のまま手を動かす真耶の横で、千冬は頭を抱えて項垂れていた。
一夏が、刺された。更に白式はよく分からない兵器へと変貌し、ショウの命を奪おうとしている。
なんだ? これは現実か? 極めてタチの悪い白昼夢か何かじゃないのか?
涙でぼやけたピントのままカメラ映像に目を向けると、そういった逃避思考は全て否定される。夢じゃない。現実。これが、現実。
……手前に、見覚えのある
『──ちーちゃん! ちーちゃん、聞こえる!?』
音割れ気味に響いた旧友の声は、逆に千冬の絶望を加速させた。この女が出張ってきたときに限って、まず良いことは起きないから。
『聞こえてんならそのアリーナからとにかく人を散らして!』
「一体何が起きているんですか博士!」
『ああ前のデカ乳女ね! ろくでなしのコンピュータウイルスみたいなのが暴れてる。普通なら起動もしないのに……間違っても普通のISで触んないでよ感染するからッ!』
束の声は少し引き攣っていて、焦りの色が強く滲んでいる。
でも真耶にはそんなこと、どうでも良かった。
「織斑くんがッ、織斑くんが刺されたんです! 今だって沢村くんが一人で2機相手にしてて……早く隔壁のロックを開けて!」
『私じゃないっての! 大体こっちは感染経路潰すので手一杯で……コアネットワークまで遮断させられてるのに』
「……は?」
コアネットワークの遮断。恐ろしいことにISの開発者ならそれができるのだろう。
だが、隔壁は誰がやった? 感染症患者を閉じ込めるのとは訳が違う。中で命が失われようとしているというのに!
そんなときだった。
「あ」
2機の怪物──レクイエムがガルーダに襲い掛かる。かつてレーゲンだった黒い方の手数を捌く隙に、かつて白式だった白い方が真っ白いブレードを振りかぶる。あれだけ何でも見透かしたように戦ってきたこの男が、呆気なく。
真耶は目を閉じてしまった。
『──よォし、くーちゃん現着ゥッ!』
管制室から数十メートル。大多数の人間が逃げ出して
「……ふう、間一髪でしたね」
空色のラウンドバイザーと両肩に翡翠色の球体が目立つ白色のIS──
ガタン、と重い音を立てて横たわる真紅のISは、今や死に体と言う他ない。その色はくすみ、所々に煤が付き、その前身たるワルキュリアと同じように胸元には深々と裂け目が刻まれていた。
全て、2機のレクイエムタイプに押された結果である。特に、最後の裂け目はヴァイスリッターに切り裂かれた傷だ。
クロエはショウがそれ以上の傷を負う前のギリギリのところで彼を亜空間に引き込んで助け出したのだった。
「お礼の一つくらいは言って頂きたかったところですが……」
「し、しししぬ……しぬ……っ」
「……そんな状態の相手に求めるものではありませんね」
胸部装甲が量子化して、中から投げ出されたショウは両腕で自分を抱きしめながら蹲って震えていた。
あるのは恐怖。いざその瞬間が訪れたと同時、為すすべ無く死の運命に絡め取られようとした数十秒前の景色がしつこくねっとりと脳内で繰り返される。
「そうしている間に状況を説明しますが、とても良いとは言えません。強力な感染性の形態移行プログラムが暴れています。なるべく少数かつ強力な人員で制圧と治療を実施する必要があります。さもなければ──」
「れくいえむ、やつが、やつがくる、
「貴方、何処でそれを……いえ、話が早くて助かります」
あるのは後悔。何が起点であったかを見抜けず、ただ一夏がゴミのように捨てられるのを見ているしか無くて。過程の一切を知らないくせに、結末としてその後に来る《それ》をショウは知っている。だから止めるべきだったのに。
「──沢村くん!? 大丈夫ですかッ」
通信越しに束からショウの安否を聞いた真耶と千冬が走ってきた。
真耶はショウを抱き起こそうとして、その手が止まる。胸元に袈裟斬りのような火傷痕が刻まれていたのが見えたからだ。じくじくと焼け爛れたそれは、丁度ガルーダの胸部装甲の傷と重なる。
「医務室! 医務室行こう、ね? 後は私たちがどうにかするから、だから早く安全なところに……」
真耶の脳内を後悔が埋め尽くす。
彼女はショウの出場を止められる立場にあった。男性操縦者を相手に教員として強制的に出場を止められたかはさておき、彼自身を説得して辞退させることは出来たかもしれない。そして、それが成功していれば、今の惨状を防げたかもしれない。
もう遅いことだ。だから、これ以上酷くなる前に、彼をこの問題から切り離して守らなければならない。それから、教員として一夏とラウラを止める。それが最善手だと確信していた。
だが。
「沢村……」
「チフユ……俺、俺さ、何も出来なかったよ。ラウラもイチカも、その場に居たのに、俺……ごめ──」
「──それ以上言うな。お願いだから、何も」
ショウは真耶よりも、後ろに続いてきた千冬の方を向いていた。ボロボロと涙を零しながら、歯を食いしばって、嗚咽混じりに呟く。
千冬はそんな彼の口を衝動的に手で抑えた。まだ現実を受け止めきれていない自分が、
アリーナの建屋が断続的に揺れている。中で2機の怪物が暴れ回っているせいだということはカメラ映像を確認するまでもない。
異変を感じて駆けつけたアリアがショウの胸元を手当てしている間に、押っ取り刀の楯無も集まってきた。
「織斑先生、それに山田先生も……一体何が起こっているんです?」
『──呼ぶ手間が省けたねロシア女。現在進行系でいっくんとドイツ女のISが暴走してるから隔離中。パイロットの安否含めて一刻も早く片を付けないと不味いから手伝って』
千冬の肩に止まる目玉っぽい機械──TP-2から、冷たい天才の声が響く。
「……何故だ。何故あの2人がこうなった?」
『レクイエムシステム……極めて侵襲的なコンピュータウイルスみたいなものなんだけど、感染したISの
抑揚の薄い口調で束が言うには、
元のインフィニット・ストラトスというシステムが持つ性質と同じでありながら、より苛烈で敵対的なそれは、ISを明確な兵器へと作り変える。
「随分詳しいようだけれど、何で知ってるの?」
『開発者だから。それ以上の答えがいる? とにかく、アレが他のISにまで感染してみなよ。未完成で敵味方の区別も付かない化け物が全世界に解き放たれることになる。バイド襲来とは別軸で人類の危機だよ』
「それだけじゃない。そうだろ、タバネ博士。……バイドが、来る」
『前から思ってたけど、ホントに何処でそれを知ったんだか……。まあショウの言う通りレクイエムのエネルギーは莫大でね、目立ちすぎるからこのままだと確実にバイドを呼び寄せることになる。生憎今すぐ迎撃に動けるだけの用意は無いし、こっちは感染経路になるあらゆる通信経路を塞ぎ続けるので手一杯だから、相当マズいと思って』
「束さま。後は私が」
割り込むように一歩前に出たクロエが、妙な機械を片手に口を開いた。
「改めまして、束さまの従者をしております。クロエと申します。
今お見せしている機械は白式専用のサーキット・ブレーカー……
「
『まあね。現状感染した側の白式については中身の回路を焼き切れば止められる。
「そして、もう1機。オルトロスの方ですが、こちらはOSを乗っ取っているレクイエムシステムを直接駆除する必要があります。駆除作業そのものは束さまにしか出来ませんが、問題は対象へのアクセス方法です」
「ちょっと待ってください、防疫のために通信経路が塞がれているんですよね。それならどうやって……」
『それが出来るISがそこに2つあるよ。1つはくーちゃんの機体。もう1つは──』
不安げな真耶の視界の端で、何かが動いた。
すぐに振り向くと、アリアの手を押しのけたショウがガルーダの残骸に身を預けながら立ち上がろうとしていた。肩で息をしている彼の目は涙でぐしょぐしょで、焦点も不安定だ。直前に明確な死の恐怖に晒されたのだから当然だが、妙な凄みのようなものが宿っていると感じた。
「……こいつだ。ガルーダならオシレーターを介して単方向の近距離通信ができる。ラウラの方に近付いて、その間にタバネが片を付ける。そうだろ」
「仰る通りです。一夏さまの方へ一度だけ近付いてこのブレーカーを起動する役と、ラウラ・ボーデヴィッヒの方へなるべく近い距離を保ち続けて駆除作業を進める役。状況の解決にはこの2つが必要になります」
『ま、ガルーダはそのザマだから数に入れないとして、私が片手間で感染を防いでられるISは後1機が限界──誰がやる?』
「……いいや。俺に、やらせてくれ」
ショウは震える身体で頭を下げていた。
「俺は止められなかった。一番それができる場所にいたのに、このままじゃイチカに顔向けできない」
「それ以上言わないでくれと言ったよな。沢村」
「それでも、大事なんだ。イチカも……チフユ、あんたも」
ショウは横たわるガルーダのスラスターの根本へ腕を突っ込んだ。少しして引き抜かれたその手に握られていたのは、真紅の輝きを灯した、拳ほどの球体。宝玉と呼べるほど透き通ったそれは、よく見ると拍動するように光が明滅している。
そのまま後ろへ振り返ると、彼は覚束ない足取りで歩み始める────学園へ納品されて間もない量産機【OF-3】の方へ。
(随分小さいけど、通常のコアと形態移行を経験したコアは形状が変わる。ショウの手にあるのは間違いなくコアだろうけど、だとしたら初期化もなしに専用機から載せ替えなんて不可能なはず。……いや、まさか)
楯無の脳内に、あり得るはずのないシナリオが浮かんだ。
ショウのガルーダは、自分との戦いで
──もしも。もしもだ。アレが
「ねえ、沢村くん。一体何を……?」
「これで、良いんだよな。マリコ」
それは学園に搬入され、シミュレーター兼実戦配備へ向けた調整のために置かれていた物の一つ。
そんなコアの積まれていない無垢なOF-3の胸元に、ショウは赤い宝玉を押し当てた。
宝玉は即座に吸い込まれるように消えて、すぐにOF-3からミシミシ、バキバキという精密機器からしてはいけない音を立てながら震え始めた。
心做しか、灰色の装甲に赤みが宿っていくように見える。10秒ほどで、それが気の所為でないと誰もが確信した。
この場の誰もが忘れていた。ガルーダというISは、そもそもどういう機体だった?
少しだけソフトウェアが多く積まれているだけの量産モデルではなかったか?
それは始めの形と性質を一切変えることなく、今日まで存在し続けてきたはずだ。
で、あれば。
「……タバネ。これで数に入るだろ」
群青色のラウンドバイザーに、真紅の装甲。両肩に移動してきた一対のレッド・ポッド。
それは紛れもなく、【OF-3 ガルーダ】であった。
『……マリコ、ねえ。これで、
◆
最終的にレクイエムへ挑むのは、クロエ、楯無、ショウの3名になった。
零落白夜の危険性とパイロットの相性を考慮し、ヴァイスリッターの停止にはクロエと楯無、オルトロスの浄化はショウ一人が担当する。
そもそも単なる訓練機で挑めるスペック差ではないという前提の上で、千冬は唯一扱える機体であるパトロクロスの修復が終わっていないこと、真耶は慣熟した教員機のスペックを上げるオーバーゾーンがレクイエムへの感染経路になるという理由でバックアップに回ることが束によって決められたからだ。
ガルーダに
「沢村くん、本当に……本当にやるんですか?」
「はい」
「死んじゃうかも知れないんですよ?」
「はい」
「……私への、当て付けですか? そうなんですよね。勘違いで傷付けてきた私が許せないから──」
「いいえ」
ショウはガルーダを解除せず、膝を曲げて顔の高さを真耶に合わせた。
「貴女は何も悪くないんです、ヤマダ先生。ただ俺には大事なことがあって、怖くても、傷付くとしても、やらないといけない。それだけのことなんです」
「命を懸けることなんですか? ……勿論、私だって織斑くんが大事です。教師として守らなきゃいけません。でも、貴方は違うでしょう? そうしなきゃいけない責任なんて、無いじゃないですか」
「理屈でも立場でもないんです。俺はただ、目の前で人が死ぬのを見たくないだけ。このまま時間が経てば、イチカは本当に死ぬかもしれない。止められなかった俺が何もせず見ているだけなんて、死んだほうがマシだから。……幻滅してください」
「そうかも知れませんね。身勝手で、見た目だけ大人の、最低の生徒です。
……弁解したかったら生きて戻ってきてください。私の方から近づくべきじゃなかった」
真耶は踵を返して、足早に管制室の方へ去っていった。その背中が少しだけ震えているのを、ショウはわざと無視した。
それと入れ替わるように、ISを纏った楯無が近付いてくる。大役を任されるだけに装備は整っているようだ。
「──ねえ、前から思ってたんだけどさ、『目の前で人が死ぬのを見たくない』って、他の人が貴方に同じことを思ったらどうするつもりなの?」
「いねえよ、そんな人間」
「やっぱり、貴方って悪い人ね」
「ああ、俺が知ってる中で一番悪い」
自覚あるだけ更に悪質よ……。
楯無はアリーナとピットを隔てる分厚いシャッターに目を向ける。時々向こうから伝わってくる振動は、2機のレクイエムタイプが今なお死闘を繰り広げていることに由来する。
近くに敵となる存在がいれば問答無用で死の刃を振るう怪物は、その戦いを通して常に自身を最適化し続けているという。時間が経てば勝手に消耗してくれるだろうという安直な希望を粉微塵にするように、刻一刻と状況は悪化し続けている。
そんな修羅場に、これから飛び込まねばならない。2対1とはいえ、圧倒的な実力者であるショウが轢殺されかける地獄である。楯無だって怖かった。
そんな楯無に、ショウは頭を下げる。
微塵もブレない
今ならわかる。その正体がパイロットからではなく、マリコと呼ばれたISコアからのものであることが。
「……イチカのこと、任せる。俺にはアイツに正面から向き合う力が無かった」
「因果なものね。4月のときは織斑くんに貴方のことを頼むって言われたのに。……普通に考えたら貴方が圧勝して当然じゃないの?」
「理屈じゃない。アイツの前に立つとさ、何もわからなくなるんだ。試合だったら楽しくぶつかり合えたはずなのに……もう、怖くて仕方がなくて。……最低だよ。何が約束だよ。何が友達だよ。
──黒い方は預かる。一切邪魔はさせない」
(返事に困るから泣くのか真面目になるのかどっちかにしてくれないかしら……)
その上で、楯無は一つ尋ねることにした。
「ねえ、このシャッター閉めたの、貴方?」
「……ああ」
「最低でも教員の権限が無いと動かせないシステムなんだけど、どうやって量子式のセキュリティを破ったの? 偽りなく答えて」
「正規の手順で認証した」
「……それ、昨日のうちにやったのね?」
「そうだ」
楯無の中で、数ヶ月前にあり得ないと放り捨てた仮説が息を吹き返すのを感じた。
理屈や整合性は知らない。ただ、前提と結果を並べるとそういう予測が勝手に生えてきてしまう。オカルトなんて言葉が生易しいと感じる程の理屈だ。
もしもそれが本当だとしたら、この男の振る舞いは地上の誰よりも傲慢で、そしてこの男は、
「……織斑くんのことを引き受ける交換条件よ。これが終わったら、貴方が今まで何を考えて行動してきたのか、全部話して。貴方が何に動かされてきたのか、一つ残らずね」
「ああ」
「勿論、みんなの前で」
ショウは数秒黙った。荒い深呼吸の音が3人の間だけを結ぶ小さな
「……約束、する」
ゆらりと下げたままだった頭を上げて、その男は絞り出すように呟いた。
後悔と怯えと諦めと、怒りと憎悪と決意の混じったその声は、逃げを捨てた証。
「全部話すよ。俺が見たくなかったもの。見てきたもの。否定してきたもの。その全部を」
「……そう。
ま、約束なんてしなくとも、カワイイ後輩を見捨てる理由は無いんだけどさ」
楯無が差し出した右手の小指に、ショウも同じように指を差し出した。
指切拳万。違えた者を万回殴っても許さないという、小指を捧げて結ぶ誓約にして呪詛だった。
「──ショウ様、こちらを」
ふよふよ浮かびながら近づいてきたクロエの手には、二個一対の籠手のようなパーツがあった。ショウも楯無も見たことのない機械だったが、裏面の形からそれが何か理解する。
「ガルーダ用のコンバーター、だったかしらね。OF-3の開発に博士が関わってたって話はホントだったわけだ。怪しいと思った」
「コンバーター《マルチバリア》。絶対防御相当のエネルギーバリアを形成・射出できる代物……それを使って作業ができる距離に居座れってことだろ」
「貴方にこれの情報をお見せしたことは一度たりとも無いはずですが……? ともかく説明不要で助かります。どうぞお使いください」
「あー、勝手に色々知ってるのがこの人だから、マトモに取り合うのは諦めた方が良いわよ」
困惑するクロエ、軽口で緊張を隠す楯無、未知への怯えを抑え込むショウがシャッターの前に揃った。
それを確認した束の指示で、地獄の門が今開く。
『──それじゃあ手筈通りに。始めるよ』
「ここは……どこだ?」
いつからそこにいたかは分からない。ラウラが目を覚ましたのは、どこまでも闇が広がる暗い空間の中だった。
初めから目が慣れているのか、周りには背の高さが様々な植物が生えているのが見える。種類は分からないが、太い幹の木や足元を隠す低木、気味の悪い肌触りの草など種々であった。不意に風のようなものが吹いて、ガサガサという音の多重奏がやかましい。
暗黒の森。ラウラはそこに立っていた。
「早く……早く戻らねば。私の戦いはまだ……」
何故こんなところにいるのか。理由はどうでもいい。
そんなことよりも、ラウラは一刻も早くここから出なければならない。自分ではないナニカに支配され、専用機も言うことを聞かなかったあの戦いをすぐにでも取り戻さなければ、自分のアイデンティティがこれ以上無く穢されてしまうと思ったから。
「──やあ」
突然の声にラウラは身を強張らせる。敵であるかも知れない何者かに備えて、太腿に括り付けていたナイフに手を伸ばす。手応えは無かった。ならば、無いなりに構えだけはしておく。
「何者だ。姿を見せ……何だ?」
ラウラの目の前には、自分と同じくらいの背丈の人型が立っていた。真っ黒くておぼろげな影でできたそれが暗黒の森の中できちんと認識できるのも不思議な話だが、ともかくそれは存在した。
その声色はどこか聞き覚えがあるようで、同時に初めて聞くような、そもそも「誰かの声」という感じの無い奇妙な喋り口調だ。
「ああ、姿のことは気にしないでくれ。ここじゃ意味がないし、僕からも君の姿はハッキリ見えていないんだ。
……改めて、僕はアアル。ここのシステムそのもので、テロ組織の
「……………………?」
突然流し込まれた情報の濁流にラウラの思考がフリーズする。
システム? テロリスト? 束博士の知り合い?
一つ一つを考えようにも、優先度の付け方に困る事柄ばかりで、余計に脳内が混乱する。
「つまり…………どういうことだ?」
「まあ、一種の案内人と理解してくれて良い。ここから出たいんだろう? 道を教えるよ」
「いきなり信じろと? 詐欺師でももう少し御託を並べるぞ」
「いやだって、並べたら並べたで君がまた固まりそうだし……。まあ、聞きたいことがあるなら歩きながら答えるから、とにかく付いてきてくれ」
アアルと名乗った人型はゆらりと移動を初めた。歩いているというよりは滑っているような、あるいは何処かに引っ張られているような、奇妙な動きだ。
留まっていても状況が好転する見込みが無いラウラは、仕方なくその後を追うことにした。
「……で、ここは何処なんだ。私はなぜここにいる?」
「それを説明する前に、ここに来るまでのことをどこまで覚えてるか聞いてもいいかい?」
ラウラは不承不承といった表情で経緯を話した。
学園でIS戦をしていたこと、突然自分の専用機から変な声が聞こえて、自分を飲み込むように変形したこと……そこからは記憶がなくて、どうしていきなりこんな真っ暗闇に閉じ込められているのかラウラには全く分からなかった。
「それだけ分かっていれば十分だ。端的に言えば──君のISはとあるプログラムによって作り変えられて、現在は自律状態で動いている。君の意識はコア内部のバイナリ野に隔離されて外に出られないようになっているんだけど、それがまさにこの場所さ」
「その、プログラムは」
「レクイエムシステム。ISの自己進化機構に干渉してバイドに特化した兵器に作り変える代物だよ。元々君のISに積まれていたVTシステム──こっちは君も知っているだろうから省略するけど、それの起動プロセスを乗っ取って動いている状態だね」
VTシステム。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。
それは高いIS適正のパイロットを安定確保できない現状への解決策として生み出された、自動戦闘システムだった。
実際に
しかし、自分のものでもない振る舞いを未経験の速度で再演させられることでパイロットが負う負荷は並ではなく、現在では条約でモデルの作成と保有が禁止されている。
「特に、君の機体に積まれていたモデルは
「……どういうことだ。私はそんなこと、知らされて……」
そんなものが人知れず自分の専用機に積まれていた事実は、ラウラにはとても受け入れられるものではない。
認められていたはずだ。認めさせていたはずだ。自分は優れた軍人であると、スコアでも指揮でも示してきたのに。だから最新鋭の専用機まで手にできたのに。
「
「貴様ッ……何故それを知っている」
鋼鉄の子宮より生まれし、作られた
良い遺伝子を選別して組み込み、優れた形質が発現するように薬物で調整し、最高のパフォーマンスを発揮できるような訓練プログラムを与えられた。生まれた理由も、生きる意味も、全てが用意されたシリアルナンバー付きの道具。
特に良い結果を生んだ成功例である自分の他にも同胞が幾らかいた気もするが、人工の人間を生み出すプロジェクトそのものが抹消された後はどうなったかも知らない。
ただ一人、生まれを語ることも許されず、公的には何処からともなく軍籍を与えられた特例の塊として、ラウラは生き続けてきた。
それを払拭して、己を己であると証明する。
そのための努力の全ては、どうやら無意味だったらしい。積み上げてきた自分の実力などよりも、定まったプログラムに貶められた
「僕は多くを知っているから。君の生まれも、どういう極秘プロジェクトに参加させられたかも、君の専用機にVTシステムを仕込んだのがドイツ軍であることもね。
……で、お粗末なことにそのVTシステムにはとんでもない脆弱性があってね、
「なら、ならそのレクイエムとかいうのは誰が仕込んだ……? それも軍なのか?」
「いや、僕だけど」
「は?」
「VTは飽くまでも既存の、それもスポーツレベルの試合での『良い動き』を再現することしか考えていない。元データがそうだから仕方がないとはいえ、全く将来性の無い代物だ。そんなものに君を使う? 冗談だろう? 今の人類にそんな
──とはいえ、僕が手を加えたのはコアへの水平伝播*1を狙って起動不可の断片状態で入れておいたところまでだ。僕がこうして喋れる程度にレクイエムシステムが形を持ってる時点で不可解だし、VTシステムと混ざってるような振る舞いも奇妙だね」
「貴様のッ!! 貴様のせいではないかッ!!
何がお人形遊びだ。貴様は私を愚弄した。私から自由意志を奪いッ、私の戦いを穢しッ、私が私である証さえ……っ」
ラウラはおぼろげなアアルの首筋に掴み掛かろうとしたが、両手がすり抜けてしまったために失敗に終わった。
「……もっとも、君に不利益を生んでいるのはこちらの落ち度だね。そこは謝罪しよう。済まなかった」
「謝れば済むとでも?」
「思っちゃいないけど、ともかく君を外に連れ出さないことには事態は解決しないからね。さもなきゃ人類はオシマイだし」
少しだけ申し訳なさそうなアアルの後を、ラウラは地面を踏みにじるようにして追いかけた。
無意味な八つ当たりだったが、暗く不気味な森の景色への不安はいつの間にか無くなっていた。
こんかいのまとめ
・真耶
貴方になんて関わるんじゃなかった。そう思えたらどれほど楽に生きられたんだろう。
だから大人として、責任だけは果たしてあげる。
・千冬
かつての教え子が弟を刺し殺そうとしている惨状を目の当たりにする。
束はまだ生死不明と言うけど、なら確かめに行かせてくれよ。力はあるのに、今度はただ見てなければいけないのか?
・アリア
セリフが貰えなかった学校医。焼き締められたショウの傷は応急処置出来るレベルではなく、半分見送るつもりで彼が戦うのを止めなかった。
彼はもう、向こう側の人よ。
・束
現在進行系で脳の大部分をレクイエム拡大の防止に使っている。ギリギリ未使用の言語野で会話しているが、情緒が追い付いていないので色々噛み合っていない。
ここまで後手に回されるなんて屈辱の極みだよ。
・クロエ
ゼロを駆る束の娘(?)。
事件発生当時は寝ていたため、急に起こされたことに少々イラついているのは秘密。
全部終わったら一緒に寝てください。束さま。
・楯無
急に呼び出された戦力その2。
一夏もショウも、どうしてこうも死にそうになってるのかしら……?
これ以上隠し事をするなら地獄まで追い掛けて暴いてやると約束させることに成功。
マリコから向けられた熱視線の意味は果たして。
・ショウ
一夏と向き合えないからって、何もしない理由にはならない。
既に起こったことを戻してくれる神様なんていないのなら、自分で取り戻すしかない。
ここまで来たら最後までやれよ、マリコ。
・ラウラ
ところ変わってコアの中。出会ったのはクマさんではなく謎の不審者でした。
生まれも矜持も穢されていっぱいいっぱいの筈の心は、不思議と怒りで凪いでいる。
知らぬ間に現実の肉体は危険な領域へ。
・アアル
ここにも出没した不審者。本人にとっても想定外が起こっている模様。
ラウラとその周囲については多くを知っている。特にラウラ自身よりも。
聞けば何でも答えるのは最低限の温情か、冷たい陰謀への手順か。
なるべく気味の悪い乗り換えシーンを作りたかった今回。
オリ主に持たせる専用機は当然何かしら一点ものにするのが世の習いですが、敢えてガルーダにはこれまでそういう性質を与えないまま進めてきました。何せベースとなったOF-3は量産モデルという設定ですから、必要とあらば何時でも替えがきく状態にあった訳です。
全部おかしいのはコアであるマリコです。おかしくされたのはパイロットのショウとフレームのOF-3です。
換言すれば、マリコさえ移植してしまえば何時でもガルーダは生まれます。何度でも。
レクイエムシステムの起動プロセスに関しては、日和見感染症を想像していただけると分かりやすいかもしれません。要するにVTシステムが動くときにセキュリティがほぼ無くなった隙を突いてレクイエムが更に乗っ取ってしまった形です。
とりあえず今回の事件を進めるための役者は全て出揃いました。
オリキャラの描写比率について……
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主要キャラならバンバンちょうだい!
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原作キャラの掘り下げに必要なだけ欲しい
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なるべく原作キャラだけが良い……
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拷問だ! とにかく拷問せよ!