Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
Confutatis maledictis,
flammis acribus addictis,
voca me cum benedictis.
Oro supplex et acclinis,
cor contritum quasi cinis:
gere curam mei finis.
安全のために僅かに開かれたシャッターから3人が突入して2秒。各々の目に飛び込んできたのは、更に変貌した2機のレクイエムタイプの姿だった。
シュヴァルツェア・レーゲンのものを継承していたオルトロスのワイヤーブレードは、光の玉を数珠繋ぎにしたレーザーチェーンに。白式の刀を再構築したらしいヴァイスリッターのブレードは、今や支持フレームすら無くなって完全な非実体式の真っ白いレーザーブレードへと変わっていた。
(この短時間での
(たったの十数分でこの最適化ペースですか、これ以上はシアさまでも止められなくなるかも知れませんね)
一般に、ISの
理由は簡単だ。単純にそこまでの複雑な経験を積ませられるほどISの性能を引き出せるパイロットが少ないためである。
レクイエムはその仕組みを上書きする。ISコアとパイロットという配役を、ISコアとレクイエムという形に置き換え、より合理的で攻撃的な形を生み出す。
パイロットとの調和など知ったことではない。ただ、今手元にあるもので最も効率的に敵を滅ぼす方法を実践する。
最優先の撃破対象を目の前の敵として死闘を繰り広げていたレクイエムも、3機のISが現れてはその興味を逸らさざるを得なくなる。
攻撃は即座に始まった。
(この踏み込み、まさか──)
無言のヴァイスリッターが火の玉のような苛烈さで楯無へ突っ込んでくる。
そのまま無数の剣戟を網目のように叩き込んでくるのを、刀を掴む腕の横に
楯無はこの剣戟に覚えがあった。
(同門ってだけじゃ説明できない。織斑くんだけの動きじゃなくて、明らかに
学園最強を名乗る暗部の長──楯無がその肩書を背負うに当たって、千冬との戦いを想定しない選択肢はあり得なかった。
既に現役を退いた彼女に対して過去の試合映像のそれが通じるかはさておき、そして今の自分で比肩できる相手かはさておき、楯無はイメージトレーニングだけは欠かさなかった。
エネルギーを分解する能力を備えた刀一本で世界を獲った相手の攻略法として考えたのが、「剣を振らせない」妨害戦術だった。
なぜこの敵がそんな動きを扱えるのかは知らない。とにかく知っているならそれを踏まえて動くべきだろう。
だが。
(思考が、置いてかれそう……。ミスしたら身体のどこかが確実に
一々相手の太刀筋を見切ってそれを逸らすようにアクア・ナノマシンを配置する操作により、脳への負荷が瞬間的に跳ね上がる。触れれば感染するというレクイエムシステムに対し、腕を掴んで切っ先を逸らす選択は選びたくない。束の援護があったとしても、こわい。
とにかく今はヴァイスリッターを引き付けなければならないが、あと何秒持つだろう?
「──シャドウッ!」
楯無の視界の端から、青白い光弾が水飛沫のようにいくつも飛んでくる。たちまち間合いを広げるヴァイスリッターに、更にレールガンの弾が迫る。
「ありがとうクロエさん!」
「ここからは2人で挟みますよ、各個撃破されたらそれこそ終わりですッ」
かつて白式だった相手と対立するように白いクロエのIS《デバイス・ゼロ》。その両肩に止まっていたヤシの実みたいな青色の球体《シャドウユニット》から放たれるレーザーが散弾銃のように面制圧力を発揮していた。
どこまで行ってもヴァイスリッターの得物は刀一本。手に持っているレールガンと合わせて手数で押せば、きっと勝ち目はある。
そう思って、楯無が得物のランスに内蔵されたガトリング砲を起動したときだった。
ショウの叫び声が響く。
「──全員壁際に避けろッ!」
ズバヂィッッッッ!!
それはまるで空中に枝葉を伸ばした新緑のように。
緑白色をした極太の稲妻が分岐しながらアリーナの中をのたうった。エネルギーが不足していたのか虚空でその先端は途絶えたが、軌跡に残る青白いプラズマと、鼻を刺す濃厚なオゾン臭がその威力を物語る。
その根本にいるのは、黒いレクイエムタイプ──オルトロス。胸元の鉤爪状のパーツからの放電のようだ。
『ライトニング波動砲!? いいや、誘導甘いからまだプロトタイプレベルか』
「何なのよアレ!?」
『誘導してきて食らったら死ぬ電撃でこれからどんどん威力が上がるよ、以上っ!』
(見たまんまじゃないの!)
波動砲はバイドへ対抗するため、波動と粒子としての性質の両方を併せ持っている。だが、単に目の前の敵を破壊するならば、そのような性質は不要だ。ただロス無く効率的に、瞬間的に最大のエネルギーを相手に叩き込むための形としてこの技術体系が選んだのが、放電による雷撃だった。
米国で研究されていたはずのこの技術をまるで先読みするように、そして、専用の設備が無くては扱えぬはずの波動砲を、このオルトロスは搭載していた。
「──っ!」
ショウがオルトロスへ突撃する。
対するオルトロスは肩部の大型レールカノンで向かい撃ちつつ、腰部から放たれる無数のレーザーチェーンで逃げ場を奪いに掛かる。
「……お前は怖くねえよ」
ガチンッ!
甲高い金属音とともに、突然オルトロスが上体を仰け反らせながら体勢を崩す。一瞬遅れてショウの手元から伸びたプラズマの尾がその正体──衝撃特化型レールガンだった。
先刻戦いの中で手放したものよりも先んじてネオンに作らせた
もちろん公式試合用のレギュレーションに真正面から中指を立てる仕様のそれは、今日までガレージに眠っていた。全てはこのときのために。
「構えてろタバネッ!」
遅れて伸びてくるレーザーチェーンを、両腕を起点に展開される黄緑色の半球──コンバーター《マルチバリア》で防ぎながら、スラスターの加速を乗せてドロップキック。堪らず地面を転がるオルトロスに向かって更にレールガンとポッドからの射撃を叩き込む。
『言われなくたって!』
そうして2機の距離が縮まった瞬間を逃さずに束が動き出す。
やることはバックドアの作成。この後に控える
──だが、白い死神がそれを許さない。
「ショウさまッ、後ろ!!」
(ちっ、取り逃した! ショウを狙って? いや違う──)
楯無が振るった蛇腹剣《ラスティー・ネイル》が白い怪物の首に巻き付こうとして、空を切った。
瞬間移動と見紛う速度の踏み込みが、
振り返ったショウの鼻先へ即座に肉薄したヴァイスリッターの剣が迫る。
別にショウを狙ってなどいない。
(死────いいや、今度こそ向き合わねえと……っ)
自動的に作動したマルチバリアが代わりに切り裂かれ、対するショウはその後隙の首を掴んで地面に叩きつけようとする────刀を掴んでいない方の純白の拳がショウの顔面を打ち据えた。
身体を仰け反らせながら威力を殺せたのは、実力なんかでは決してない。確実に運によるものだとショウは確信する。ガルーダの顔面を覆う群青のバイザーへ無慈悲にもヒビが入った。
そのまま追い打ちを掛けようとしたヴァイスリッターを、横から差し込まれたクロエのレーザーが追い払う。
「次は逃がしませんから! 束さまも早くッ!!」
『分かってるっての!』
「──ショウ避けてっ!!」
ヴァイスリッターが離れても危機は終わらない。生き延びた安堵を吹き消すように、背後でゆらりと起き上がったオルトロスのレーザーチェーンがガルーダに絡みつく。
レーザーチェーンは単なる拘束用の鎖だけではなく、大容量通信を可能とするデータバスとしての能力も備えている。
だが。
「透けてんだよその程度……!」
ショウはスラスターの推力を左右逆にして回転することで、逆にオルトロスごとそれらを巻き取りに掛かる。
近接武器を出す間もなく引き込まれたオルトロスとガルーダが胸を突き合わせる形で衝突した。
「ねえクロエさん、ガルーダって今までに何回
「──ゼロです。これからも」
(やっぱり……!)
束は、楯無とクロエのISに対してはレクイエムへの防護処理が出来ると語った。では、ガルーダは?
当然のように束が何かするのだろうと流していたが、2人分の定員に3人目は入れないはずだ。
答えは簡単だ。
OF-3には
レクイエムシステムがISを作り変えられるのは、ISがマルチフォームスーツという宿命と定義を持つからだ。なら、そもそもそれに該当しない兵器で挑めば発症のリスクは消え失せる。
ISたちの中に紛れ込んだ「もう一つのパワードスーツ」。
どれだけ経験を積んでも、それを反映することの出来ない不可壊の蛹の中にISコア《マリコ》を封じ込めて、今のガルーダは成立している。
ぎゅろろろろろろろろ……ッ!
青白い粒子と緑白色の粒子がガルーダとオルトロスの間を暴れるように舞い踊り、ケダモノ共の唸り声が二重奏となって大気を揺らす。形のある砲身を持たない確殺兵器を内包する両者は、恋人よりも迫った至近距離で、殺意だけを巨大なベクトルとして向け合っていた。
チャージは十分。後は解き放ってしまえばエネルギーの奔流が無惨に目の前の相手を食い千切るだろう。
『待ってよ死ぬ気!?』
「選べねえだろ、獲物放っといて相打ちなんてよォっ……!」
だが、その時は訪れない。
自分が波動砲を撃てば相手も撃つに決まっている。そうなれば揃って破片も残らず消えるのは確定的だ。
瞬間的に生じた相互確証破壊──それがオルトロスを突き動かす戦闘アルゴリズムを僅かに硬直させる。最も敵性反応の強いヴァイスリッターを放置して自分が斃れることを、レクイエムシステムは許さないからだ。
ショウの状況はさっきと何一つ変わらない。
ヴァイスリッターが近くにいるだけで、その中に織斑一夏が入っているというだけで、ショウの動きは鈍り、戦いは精彩を欠く。心に真っ白い恐怖が滲み出してくるのを感じる。
けれど。
(挽回させてもらうぞ。結末を決める前に、向き合えって言われた分のことだけでもやってやる。
俺は人間だ、ヒトデナシなんかにならない……ッ!)
それは奇しくも、レクイエムに呑まれる前の一夏と似た考えだった。
そうして、いま自分の頭で考えて動く戦いを死の運命の中で強要されることで、ショウの心には僅かながらの闘争心が蘇りつつあった。やはり奇しくも、2年前の衛星軌道上のときと同じ感覚。
何としてでも生きて前に進んでやる……!
「……!?」
ついに堪えきれなくなったオルトロスが、自身とガルーダを縛るレーザーチェーンを消して間合いを取ろうとした。先手必勝。相手の射線を躱しつつ、一方的にライトニング波動砲を叩き込む。そういう最適手。
だが。
「逃がす……かよォっ!!」
シールドバッシュに近い動きで、ショウは逃げるオルトロスにマルチバリアを叩きつける。暴発するようにあらぬ方向へ放たれたライトニング波動砲はアリーナの砂地を灼き融かしながら抉るに終わった。
そしてバランスを崩したその左肩、レールカノン目掛けて追い打ちのスタンダード波動砲。オルトロスの非固定部位が跡形もなく消える。
更に。
『経路の算出、出来たよ! フェーズ2行ってッ』
束の叫び声に呼応して、ショウがオルトロスの身体を力強く掴んだ。その身体からは青白い粒子が舞い踊る。それは時間と共に強さを増していった。
順調にガルーダが次にすべきことの準備を進めているのを確認したショウは、楯無とクロエの方へ意識を向ける。
「亜空間潜航を開始…………タテナシ! クロエ! イチカのことを頼むッ!!」
「任されたッ! 死ぬんじゃないわよウジウジ男!!」
「ご武運をッ!」
一際強く舞い散った青白い粒子が収まると、そこには少しだけ揺らいで歪む景色を除けば何も残っていない。
ヴァイスリッターとオルトロスを互いに別の場所へ引き剥がす。それこそが今回の作戦の中核部分であった。
◆
『──やることは単純。さっき言ったようにレクイエムタイプはそれぞれ対処法が違うから、人員を分ける必要がある。だから、まず2機を分断して別のアリーナに移すよ』
少し時間を巻き戻そう。
アリーナのシャッター前で待機する3人に束が語った作戦は、大まかに2段階に分かれる。
フェーズ1。
個別に対処せねばならないレクイエムタイプ同士が互いに作業の邪魔をしないように、そしてこれ以上の最適化をさせないように、どちらか一方を他のアリーナへ連れ出す必要がある。
だがそれは容易なことではない。今は暴走状態の2機を頑丈なシャッターと強固なエネルギーバリアで囲って閉じ込めている。だからこそ両者が外に出て暴れる結果には至っていないし、そこから片方だけでも出すということは、そのリスクを冒すことに他ならないからだ。
「病院の転院とは話が大分違うと思うけど────ねえ、もしかしてワープとか何とかで連れ出すとか言わないわよね」
『そのまさかだけど』
「……タバネ、経路の設定は任せる」
「あーそうだったわね。そのIS、黙って使わなかっただけで碌でもない装備のカタマリだったわね!」
楯無とクロエで対応するヴァイスリッターに対し、オルトロスへはショウ一人で当たる。移動するなら後者の方がコンパクトで、しかも、ショウが駆るガルーダには波動砲を応用した異層次元への突入能力がある。
過日、衛星軌道から降下するベルメイトの迎撃に当たったときに、地上からの砲撃からショウと一夏を逃れさせたのもこの能力だった。
存在が露見するだけでも国際社会からのバッシングと好奇の視線の対象になることが確定しているこれを、束もショウも今や隠そうとしていない。
『とりあえずくーちゃんとロシア女がヴァイスリッターを引き付けて、その間にショウがオルトロスを隔離する。行き先の封鎖はデカ乳女に任せてあるから、大事なのはとにかく死なないことね』
「あのそろそろ名前覚えて貰える……?」
そして、フェーズ2。
二手に分かれたそれぞれのアリーナでレクイエムシステムの除去作業が行われる。
共通するのは、どちらも至近距離でやらなければならないということ。大きく口を開けた怪物の前で、逃げることなく踊り続けろと言うくらいの無茶である。
「ねえ博士、ヴァイスリッターは白式がベースなのよね。情報が正しければ零落白夜がずっと出てるように見えるんだけど、どうして?」
「今の2機はコアの出力リミッターが完全に取り払われています。安全性を捨てて得た、ほぼ無尽蔵のリソース……それが常に零落白夜を発動できるカラクリなのです」
余裕の無いまま罵倒語が出かけた束を宥めるように、クロエが割り込んだ。
白式の切り札である零落白夜は、自身のシールドエネルギーをエネルギー消去作用を持つ純白の輝きへと変換する。試合ならば自身の命綱であるシールドバリアを自分から消耗させるリスクを負うため、一夏はいつも使い所に腐心していた。
今や、その制約は存在しないという。
「最悪ね。その為の2人掛かりか……ショウ、貴方の方は」
「問題ない。片方を連れ出せさえすれば、それで終わるんだ。だからどうか、イチカのことは……」
「分かってる。まっ、生徒会長に任せないな。
……私、最強だもの」
「……退屈だ。何か喋れ」
怒りというものは意外にも長続きしないもので、アアルの後に続いて暗黒の森を進むラウラの心中には、変わらない景色への飽きが膨れ上がっていた。
「何か、と言われてもねえ。聞かれたことには大概答えるから、好きに聞いてくれて良いんだけど」
「……外は、どうなっている?」
「分からない、というのが誠実な答えかな」と答えるその口調は、少しだけ申し訳なさそうだった。
「そもそも外の現実とこの中とで時間のスピードも連続性も違うから、仮に外を覗き見できても、何もかも全部終わった後って可能性がある。でもって、僕は、僕がこのシステムを作ったときにユーザーが円滑に戦闘行動を行えるように組み込んだ……喋れる説明書とでも言うのかな、そういう代物だ。
普通に考えて説明書や辞書が主体的に動くことはないし、そういう仕様と思ってくれ」
ラウラは俯いた。何より不安だった。
師である千冬の前で、自分が自分であると証明する。そうしたかったのだけど、結果は祖国の陰謀に踊らされ、拒んだはずの力に呑まれ、己の意思とは無関係に暴れているという。
そんな彼女に、アアルは「レーゲンのセンサー情報でも出せればよかったんだけど。占い師が水晶玉に映すみたいな感じで」と茶化しているんだか慰めているんだか分からないことを言う。
悲しみがスッと引いた。
「なら、レクイエムのことについて教えろ。何故こうなっている?」
お安い御用だ、と影みたいな姿の不審者は語り始めた。
「先程も言ったけど、レクイエムはISをバイドとの戦闘に特化した兵器に作り変えるものだ。IS本体の性質と蓄積された稼働データを統合し、元の機体に対して最適な形を生み出して、更に進化し続ける。
適切に稼働していれば君がこんなところに閉じ込められることも、暴走して自律稼働することも無かった……ここまでは良いかい?」
「良くないが、続けろ」
「未完成で危ないシステムなのは事実だから、状況が整うまでは起動しないように3重のセキュリティを仕掛けてあったんだ。一つはそもそも断片状態のレクイエムシステムが外部から補修されて動作可能な形になっていること。二つ目はVTシステムの起動時みたいにコアの制御権がガラ空きになること。三つ目は外部から始動キーが入力されていること。
完全なレクイエムシステムは篠ノ之束が、始動キーは僕がそれぞれ分けて保有していて、両方が揃わない限りは、偶然レクイエムが発動することは絶対にないはずだった」
「だが、現に動いているだろうが。貴様でないなら
「いや、それはあり得ない。彼女は愚かじゃないし、僕だって計画で動いてる。こんな劇物が勝手に動くなんてこと、絶対に起こさない。
どちらの手落ちかはこの際気にしても仕方ないが……現状を見るに、誰かが発動に必要なファイル群を何らかの方法で手に入れて君のISに入力したことになる。100%作為的なものと見ていいだろう」
「狙いは?」
「さあね。ただ……あんなものが動けば相当の混乱と被害が生まれるのは確かだ。善意でこんなことをする人間がいるとは思えない」
飽くまで他人事かよ、とラウラは青筋を立てた。
「さて、そこまでして君のISにコレを仕込んでおいた理由だけど……そもそもバイドって知ってるかい?」
「ああ、4月に学園を襲ったとかいうやつだろう? 教官も防衛に当たったそうだが、そもそも眉唾モノだな」
「まあ、君が信じなかろうが事実として存在する敵なんだけども。自己増殖と侵食作用を持つ高エネルギーの粒子群であり、生命体であり、機械でもあり……とにかく、他所の宇宙からやってきた厄介者だよ」
「つまらん
「その他所に出ようって最中だろう? 何より、君の抱える
「意味深な話を途中で切るなよ貴様……。強いて言えば井戸と、建物か? 随分大きいが」
時折ガサガサと茂みが揺れる暗黒の森を歩き続けてどれほど経っただろうか。少し開けたその場所は、周囲と違って真っ暗闇の中でも不自然に色彩を保っているようだった。
目に入るのは、屋根と滑車の付いた井戸と、重くて頑丈そうな柵に囲まれた直方体の白い建物。柵の一部には錠前付きの鎖が絡み付いていて、どうやらそこが門らしい。
「なら、井戸かな。底からバケツを引き揚げれば何か出てくるはずだ」
「何か、でなく具体的に言え」
「実際何でも良いからね。ここの景色は君の記憶や認識に大きく影響されるから、手に入るものがどう見えたところで本質には影響しないよ。とにかく手に入るであろう『何か』が大事なんだ」
再び胸の内にふつふつと怒りが湧き上がるのを感じるラウラは、滑車から伸びる太い縄を掴んで、手を動かしながら話の続きを催促する。
「前提の話なんだが、ISコアがどうやってエネルギーを得ているかは知ってるかい?」
「知らんな。興味も無い。パーツがあって、整備できて、不足なく操作出来るなら運用に支障は無かろう」
「おお、軍人らしい答えだ。答えを言ってしまうと、その根源は宇宙空間における真空の領域でね」
量子力学の分野において「真空」という言葉は、単に空気がない場所ではなく、空間のエネルギー準位が最も低い状態にある場所を指す。それより下が存在しない、宇宙の底ともいえるだろう。
一方で、「偽の真空」という概念がある。本来あるべき真空よりも、僅かにエネルギーの準位が高いところで真空が安定してしまっている状態だ。
ISコアは宇宙全体に広がる「偽の真空」からエネルギーを吸い上げている。これはストローでカップの底に残った少ない飲み物を吸うようなものだ。
しかしカップの底面である宇宙は広い。局所的にエネルギーを吸っても、周囲から浸透してくる偽の真空によってエネルギーの準位が補充されるため、空間の状態はほとんど変わらない。
結果として、ISコアは実質的に無尽蔵のエネルギーを手にしている。
「丁度いま君が引き上げてる井戸みたいな仕組みだ。……ただ、そうやって汲み上げた地下水はいつの間にか汚染されていてね、それこそがバイドそのものだった」
ラウラはバイドについて詳しくない。実際に戦ったわけでもなければ、軍経由で報告される少ない情報を信じているわけでもないからだ。
「侵食作用……があるとか言っていたな、そんなものをコアが取り込んでいるとは思えん。何の問題も起きていないぞ」
「そこは束が上手くやったよ。フィルターのような仕組みを作って、コアにはバイドの影響が及ばないように逸らしてる。ここで問題だ、逸らした先には何があると思う?」
「知らん」
「パイロットだよ。車の排気ガスを真正面から浴びるみたいに、ISを動かし続ける限りパイロットはバイドに曝されるようになってしまったんだ。
バイド体に触れ続けて受ける症状といえば、攻撃性の増加や幻覚、人格の希薄化などなど様々だけど、最終的には肉体が変質して別の生命体になってしまう。
……身に覚えがあるんじゃないかい、ラウラ?」
──自分が自分で無くなるような感覚がする。
いつからかラウラを苦しめているその症状は、ラウラが自己の証明に固執する最大の理由だった。
ISに乗っているときも、訓練で同僚を投げ飛ばすときも、誕生日プレゼントに贈られた本を読んでいるときも、部下の変な趣味に付き合っているときも、それは突然に現れた。
まるで自分という意識はここにいなくて、この身体は独りでに動いて勝手に人生を送っているのではないか……そう思えて仕方がなかった。
単なる思い込みや幻覚の類だったとしても、ラウラにとってはその感覚が事実として存在する。これから失われるものに対する幻肢痛のように。
──こわい。
だからこそラウラは「自分」を求めた。
戦って誰にも負けない自分を。あるいは偉大な師を誇れる自分を。
それを穢すものは全て取り除かれるべきだし、それを高める行為は何でもやろうとした。
いつか突然消えてしまうかも知れない「自分」を、何でも良いから世界に刻んでおく。それが造られた人形という生まれを超克して、己を保ち続ける唯一の方法だと信じていた。
「……話を、続けろ」
「バイド体に晒されることの危険性は束も認識していてね、人体に影響が出なくなる安定ラインまで汲み出すエネルギーの量にリミッターを設けることで解決していたんだ。人によってはそれでも敏感に影響を受けることもあるけど、致命的なレベルではない。無尽蔵のエネルギー源ということを考えれば、十分許容できる範囲のリスクではあったんだよ。
──問題は、それで満足しない連中がいた事だね」
「──っ」
突然、ラウラは井戸から手を離してひざまずいた。
足元が泥濘のように歪み、世界がぐるぐると回転して、自分がどこに立っているのか分からなくなるような感じがする。
「……こ、コアの出力上限の撤廃、高出力が要求される将来的な研究へのアプローチ、特殊兵装に対応できる肉体要件の模索────
今初めて口に出したはずの事柄が、何故か妙にしっくり来る。湧き上がるように情報が脳裏に浮かんで、勝手に身体が震えだした。どくどくと心臓が早鐘を打って、ぜえぜえという荒い呼吸の音が頭蓋の中で反響しているのを感じる。
きもちわるい。きもちわるい。
自分と同じような見た目と服をした子供たちのいる部屋を抜けて、灰色のコンクリートで囲まれた薄暗い廊下を歩いていく。奥には水密扉みたいな分厚い金属の塊があって、自分は誰とも知らぬ白衣の大人に手を引かれていくのだ。そして、その扉の向こうには────そんな情景、見たことないはずなのに。
「リミッターを外せば当然、より大きなエネルギーが手に入る。IS開発の黎明期にそれを試そうとした組織は少なくなかった。
けどここで不思議なことが起きる。パイロットが勝手に狂って死ぬのさ。
理由は勿論バイドによる精神汚染だけど、そんなの知らないドイツ軍の一部は何をしたかと言えば、既にあった遺伝子編集技術をベースに、汚染に耐えられるパイロットを探し出すプロジェクトを始めたんだ。
──それこそが
──カラン。
「『何か』が引き上げられたようだね。話は中断して次に移るとしようか、今の君には意識を逸らす先が必要だろうし」
それは琥珀色の光で象られた鍵……と呼んでよいのか分からない代物だった。手のひらから少しはみ出すくらいの長さで、先端に複雑な形があるのだが、不思議とその形が何なのかを認識できない。
それがどういう形「でない」かは表現できるのに、どういう形「である」かは言い表せない。脳が理解を拒む形状。
ラウラはそれを掴むと、井戸を支えに立ち上がった。
「チッ、他人事みたいに……」
「今の君には肉体が無い。苦しいと感じるのはそう思い込んでいるだけだよ。余計なことを思い出すキッカケになってしまったことは謝るけどね。
──さ、鍵を開けて次へ進もう。そろそろ出るための準備に手を付けられるはずだ」
わざとらしく大きなため息を吐きながら、重そうな鉄柵に近付く。
触れるとひんやりと金属の感触を与えてくるそれは、装飾のためのものというよりは、何かを中から出さないための鉄格子のようにも思える。
それに絡みついた太い鎖の一部、錠前と思しき金属の塊に、ラウラは琥珀色の鍵を突き立てた。
──目の前の柵ごと鎖が消失した。
「うわっ!?」
「単なる抽象化だよ。セキュリティを一つ外したから、そういう表現になっただけのことさ」
一行は白い建物を囲む庭のような領域へ入った。
外の森と違って地肌が露出し、種類も分からぬ低木や雑草がまばらに生えているそこは、人の手が入らなくなって久しい印象を受ける。建物をぐるりと迂回して入口を探すと、急に視界が開けた。
「次から次へと、何だ……?」
暗黒の景色の中に佇む白い建物。その手前に、琥珀色の輝きでできた大きな球体が浮遊している。奥に建物の出入り口が見えて、球体は装飾のためのオブジェのようにも感じられたが、あまりにも場違いな色だった。
不意に、アアルが口を開いた。
「話の続きをしようか、ラウラ」
「……」
「僕ら人類は生き残りを賭けてバイドと戦わなければいけない。敵を分析し、最適な対抗策を組み上げる上で、最も効果的な方法は何だと思う?」
「一般論だが、敵の武装と同じものを扱えるようにする。訓練のための仮想敵にしてもいいし、同じものが扱えるようになっておけば戦場での鹵獲運用も視野に入るからな。最低限、情報だけでも仕入れて優位性を確保すべきと教本に書いてある。
……まさか、この妙なオブジェが関係するとか言わんだろうな。流石に意味不明だぞ」
「おお、鋭いね。正解だよ。
相手が銃を使うならこちらも銃を。核なら同じく核を。敵がバイドならこちらもバイドで戦う──
アアルはラウラよりも前に進んで、琥珀色の球体の前に立った。
黒い影のようなシルエットが逆光となって際立つ。
「……そして、これがその成果物。バイドのエネルギーを兵器として利用すべく生まれた次元兵装──『フォース』だよ」
無人の、静まり返った第3アリーナ。
客席は最高出力のバリアとシャッターで封鎖され、ピットや非常口といった最低限の入口すらも塞がれた急造の檻の中、虚空がにわかに波打った。
……ぐわんぐわん。
そんな擬音が聞こえてきそうなくらい急激に空間が引き裂かれ、そこから猛スピードで黒い影が地面に向かって叩きつけられる。オルトロスだった。
大きく上がる砂煙を見下ろしながら、一瞬遅れて真紅のISも姿を表す。
ガルーダとオルトロス。戦いの配役はここに揃えられた。
『さて、ここからがフェーズ2だよ。波動砲も亜空間航行も使えなくなるから、そのつもりで』
コンバーターはマルチバリアに固定され、攻撃に使えるのはレールガンとブレード、あとポッドが2つ。他は作戦のために縛られる。
我ながら酷いことを言うものだ、とは思っていない。どの道やらなきゃ終わりなのだから、言うまでもなく既に酷いのだ。
どちらかと言えば、それ程までに過酷な条件に挑むという事実を口にすることで、分かりきったその事実を思考のメモリから取り除くことの方が、束にとっては意味が大きい。
答えるショウの声は恐ろしく冷え切っていた。
「問題ない。……もう、
『次つまんない敗北主義出したら口縫い合わ────待って、なにこれ。バイド体の湧出量が急増してる……?』
怪訝そうな束の言葉を待たず、オルトロスを包んでいた砂煙が晴れていく。
つい先程ガルーダの波動砲で消し飛んだはずのレールカノンが元に戻っていて、機体のシルエットはより細く絞られていた。
更に変化している。そう分析するほかない。
変化は更に続いた。
腰と背中から伸びた無数のレーザーチェーンが、オルトロスの頭上の一点を向いている。何処からともなく湧き出した琥珀色の粒子と、オルトロスの身体から浮き上がった量子化の輝きがそこへ集中し、有無を言わせず形を成した。
間近で見ていたショウは、それが元々レーゲンに搭載されていたAICによるものだと理解する。
すべてが終わると、レーザーチェーンは1本を残して姿を消し、量子化の輝きも消える。
それの頭上に残ったのは、何処か見覚えのある、琥珀色の球体。ただし、そこから生えた昆虫の顎みたいな黒い鉤爪が3つ、等間隔に並んでいる。
構え方はコーカサスオオカブトみたいな。
束はその正体を嫌と言うほど理解していて、少なくとも今この場で見ることは無いと思っていた。そんな希望的観測を踏みにじるように、ガルーダのシステムは今一度オルトロスの情報を表示した。
REQUIEM-Type: "13/ORTHRUS"
Pilot: ■■■■■■
Status: ■■■■■■
Wave Cannon Type: ■■■■■■
Force Conductor: Online [Anchor Force]
──────
────
『アンカー・フォース……コイツ、自分で引き込んだバイド体をかき集めて精製した挙げ句、次元兵装に仕立て上げたんだ』
ゆらり。
ショウは右半身を後ろに引いた。その横を琥珀色の輝きが駆け抜ける。
接触したアリーナの壁の一部を融かすように消失させながら、アンカー・フォースは顎をガチガチと動かして、再びショウの方を向いた。
それは、人類に牙を剥くことが考えられていなかった、人類以外の敵に向けられるべき最強の兵器だった。
『……やれるの、ショウ?』
「言っただろ」
再びの2対1。
アリーナという狭い檻の中で、ケダモノが1羽の鳥を食い殺さんと舌舐めずりをしている。
けれど、ショウはもう恐れない。
一夏は、それを飲み込んだヴァイスリッターは2人に任せてきた。向こうの檻を破ってこっちにやってくる可能性は存在するが、もう考えない。
それこそが信頼。生まれて初めてか、2度とないと思っていた行為。心の底から信じることなどできないと思っていた相手たちに、自分の命運を預けてきた。
ならば、もう、ショウはその手に残りのすべてを握っていた。
「……コイツは怖くないって」
双頭の獣と、運命に絡みつかれた神鳥。
どちらが生き延びるか、それを決められるのは一人しかいなかった。
こんかいのまとめ
・楯無
今日はツッコミ役に回るサイキョー生徒会長。
ショウが無事に作戦を進められたことに胸を撫で下ろしつつ、内心は全く平静でない。
次は一夏を救う番。可愛い後輩に先輩風を吹かせちゃいましょ。
・クロエ
基本的に非戦闘員だが戦いの心得は並以上に身に着けている。
両肩の補助武装《シャドウ・ユニット》を制御できるのはサイバーコネクタを埋め込んでいるため。
寝不足の怒りは敵にぶつけてしまいましょう。作戦遂行上は問題ないですから。
・束
相変わらず余裕が無い天才。呑気に説明してる暇があったらできることは億千万。
自分の拠点から離れられないためにショウに頼らざるを得ない歯痒さ。
あんまり「終わってる」とか言わないでよ縁起悪い。
・ラウラ
独りでに湧き上がる、知らないはずの記憶、プロジェクト。
こんなの聞いたことないのに、見たことないはずなのに、妙にしっくり来て。
軽薄な言葉が癪に障る、アアルへの怒りが今の支え。
・アアル
不審者の~ISの基礎構造講座~!
バラバラの断片として刻まれた古い知識は、何故か元の形を取り戻している。目に付いた後輩への施しなんて、気まぐれに決まってるだろう?
・ショウ
元よりチキンレースは大得意。
不可視の最悪のことは考えない。逃げるんじゃなくて、信じて任せたから。
もう何も怖くない。後はもう、俺が始めたことを終わらせるだけ。
突如、ラウラの脳内に溢れ出した
ようやく出てきた本作3種目のフォースはアンカー・フォースでした。うおォン 俺はまるでフォース製造装置だ。
オルトロスのベースとなった「もの」が何なのかは言わずもがなといった感じでしょうか。
ISコアのエネルギー源については、アプリ版のアーキタイプ・ブレイカーの設定を出発点にSFっぽいものを考えてみました。
あちらと違って本作の設定だと宇宙がエネルギー不足ではなく真空崩壊という形で滅ぶ危険がありますが、そんなことが起きたとしても何かを知覚する間も無く宇宙が別物に変貌していくので問題にはならないでしょう。
そういえば設定集を含めると今回くらいで100万字を超えるらしいですね。
……ウソでしょ?
オリキャラの描写比率について……
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主要キャラならバンバンちょうだい!
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原作キャラの掘り下げに必要なだけ欲しい
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なるべく原作キャラだけが良い……
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拷問だ! とにかく拷問せよ!