Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
2022/04/04 PM16:04
(重要性が薄いため開始15秒は省略)
『――親父、マズイことになった。金曜にクラスのやつと戦えって話になってるんだが、ワルキュリアの調整はいつ終わる?』
(6秒間無言)
『またお前は面倒事を……。金曜だったか、終わるかどうか微妙なところだが……少し待て、確認する』
『クラスの代表決めだかに巻き込まれちまってさ……申し訳無い』
(61秒間に渡り無言。背後から鳥の鳴き声のようなものが聞こえる。学園にいる沢村ショウ側のもの?)
『どうやら当日にはギリギリ間に合いそうだが、最終調整はそちらでやることになる。その分の時間稼ぎはしておいてくれ』
『了解。どうしようもなければ訓練機を貸すって言われてるんだが、断っていいな?』
『ああ、データ採取を考えればこの機は逃せん』
『だろうと思った。あ、そうそう、入学するときに持ち込んだわさびパックの箱についてなんだけどさ――』
(重要性が薄いため以後通話終了まで省略)
IS学園2日目。
昨夜からショウの教本で勉強している一夏の成長は目覚ましく、授業内容が別世界の言葉に聞こえていたのが、今は真耶に手を挙げて質問ができるようになった。
一夏に新しく発行された教本は後でショウが受け取っている。どうせ1ページも開くつもりのないショウにとっては新品でも書き込み有りでも大差無く、ならば一夏の勉強に役立てたほうが良いだろうと考えての措置だった。
また、前日に盛大な煽り合いを繰り広げた一夏とセシリアは、出逢う度に散歩中の犬よろしく睨み合っては「ふんッ」と力強くそっぽを向いて去っていくのを繰り返している。
こんなステレオタイプな啀み合いは中々見られたものではないし、いつ終わってしまうか分からないからと、二人がクラスの女子たちの観察対象になっていることに、一夏の方は気付いていない。この点、一夏は鈍かった。
「――え? 俺も?」
授業の終わったホームルーム後。後ろに箒を連れた一夏がショウに話しかけた。
曰く、昼食の時間に「誰が一夏にISの操縦を教えるか」という話題になり、近くにいた上級生が特訓の提案をしたところ、箒がそれを遮って「自分は開発者の妹だから」と手を挙げたらしい。
これから剣道場で基礎体力の確認をするから、ショウも一緒にどうかという一夏の申し出だった。
「でも、どうして剣道なんだ?」
「箒がまずはコレって言うから……。でも、箒は小4から全国大会に出てて、去年は優勝までしてるんだ! あの時は新聞に載ってて……こんな強い相手に教わるなら間違いないって」
「わーお……」
まるで自分のことのように箒のことを自慢気に語る一夏の後ろで、箒はもじもじと顔を赤らめている。
真正面から褒められるのもそうだが、他人に向けて言われるとそれ以上に恥ずかしく感じて――そうだ、今は竹刀を持っていないのだった……と怪しい思考を、箒は一夏に向けてしてしまう。
昨夜、仕舞い損ねた下着を見られた恥ずかしさのあまり、鉄心入りの素振り用竹刀で一夏を危うく撲殺しかけた思考は一晩では治らないようだ。
「まあ、この後やることって言えば走るくらいだったし、誘われたなら乗るかな」
「よっしゃ!」
ISの授業以外が免除されているショウには、基本的に時間がある。
ワルキュリアが手元にあれば、ひたすらイメージファイトに明け暮れていたいところだが、今はそれが叶わない。半ば禁断症状のように悪化していく苛立ちをぶつけるように、ショウは空き時間を走り込みと筋トレに費やしていた。
IS関連のコマが少なかった今日は、何時ものセットを既に終わらせてしまっていたので、この後何をするかで迷っているところだった。そんな時に降って湧いた提案をショウが断る理由も無く、偶には違うことをするのもアリかと快諾したのだった。
◆
――たたんっ、ばちんっ!
剣道場には掛け声と共に素早く竹刀を打ち合わせる音が響く。
当初の予定通り、早速道着に身を包んで手合わせを始めた一夏と箒を、端で正座するショウが眺めている……という構図を更に眺める女子数人というメタ構造が剣道場に形成されていた。
「――ちぇぇぇぇぇぇい゛ッ!!」
低く唸るような、雄々しく鋭い掛け声と共に、箒の竹刀が一夏の面に叩きつけられる。耐えきれず尻もちを突いたところにしっかりと竹刀を構え、間合いを取って残心する箒の勝ちだ。見物していた女子の半数を占める剣道部員たちにとっては、見事な一本である。
「……どういうことだ」
3戦合わせても2分足らずで勝負が終わってしまった一夏に手を差し伸べつつ、箒は苛立たしげに呟く。
「……どうって?」
「どうもこうもあるか!
どうしてここまで弱くなっているんだと聞いているんだ!」
くわっ。
試合中の気勢そのままに喋る箒の大声に、横で例によって眠たげに試合を見ていたショウは身体をびくりと引きつらせ、その目がぎょっと見開かれた。
「受験勉強してたから……かな?」
なるほど、それは仕方ない。箒は一瞬冷静になる。
ISの開発者の妹ということでIS学園への入学を勝手に決められた自分と違って、一夏は本来なら普通の受験生。試験当日にああなったのだからそれまで勉学に励んでいるのは何らおかしいことではない。
だが……それはそれとしても弱すぎる。箒は訝しんだ。「1日にしてならず」というのはどの武術にも言えることだが、それでも一夏は弱い。ほんの2、3ヶ月剣道から離れていたにしては余りにも不自然で、受け流されるつもりで打った面打ちが綺麗に決まるなど、箒の知る一夏ならまずあり得ないことだった。
6年前に別れて以降も剣道を続けていたのなら、もう少し歯応えがある筈では……?
「……中学では何部に所属していた?」
「帰宅部だ。三年連続皆勤賞だぞ!」
案の定である。
自慢気に語る一夏に、箒の堪忍袋が再び膨れ上がった。小学校卒業までは分からないにせよ、中学3年間まるまる剣道から離れていたのであれば、一夏のこの弱さも納得である。否、納得できるものか。
「もしかして、織斑くんって結構弱い……?」
「ISホントに動かせるの?」
「ボロ負けの恐れはないのかな」
……横から聞こえてきた見物人の物言いで再び冷静になれたものの、ジェットコースターめいた感情の乱高下により、箒の額に浮かんだ青筋がぴくぴくと痙攣していた。
事実といえど、部外者に幼馴染を悪く言われて良い気がするなどというのは、6年ぶりの再開ということを加味しても箒にはあり得なかった。
「……す」
「へ?」
「――鍛え直すッ! IS以前の問題だろうがコレは!!
何が帰宅部皆勤賞だ。あの頃のお前はそんな怠けたことしなかったはずだ、おかしいぞ!」
ズビシっ……。勝手にそんな擬音が浮かんできそうな気迫で一夏を指差す箒。竹刀の先端を向けるようなことはしなかったが、それでも箒は一夏の情けなさに怒っていた。
「そんなこと言われたって……ショウは部活とか行ってたか?」
あ、そこで俺に振るのね……。
困ったような表情を浮かべながらショウは立ち上がる。一夏の基礎体力は分かったので、今度はショウの番だ。
「まあ、俺も帰宅部だったよ。
――あれ、思えば部活とかやったことねえな……」
「ほら! ほら! ショウだって帰宅部なんだぜ、別におかしいことじゃないって!」
「たまたま隣にいたのが同類だっただけでイキイキするなたわけっ!
どの道お前が弱いのは事実だろうが。それで金曜日勝つつもりか!?」
「そうだぞイチカ。結局お前にも専用機が来るんだから、寝ぼけてらんねえだろ。
大変なんだぞテストパイロットってのは……」
口撃の十字砲火に、うぐぐ、と唸る一夏。
事は今日の3限、「IS制御概論」の終わり際に起きた。一夏が覚えた教本の内容を総動員して、何とかこのコマも乗り切れたと安堵した時に、千冬が思い出したように言ったのだ。
――ああ、織斑。お前の専用機だが、到着はギリギリになりそうだ。
「織斑千冬の弟に専用機を」と騒いだ奴が実際に居たのかはさておき、ショウの予測した通りの結果を急に突きつけられた一夏はたいそう驚いた。
その横からセシリアが、「訓練機を倒しても面白く無いから本当に良かった」としたり顔で煽ったせいで本日何度目かの一触即発の事態が起きたり、それを喧嘩両成敗と千冬が出席簿で二人共沈めたりと、授業の終わり際らしからぬ密度で色々起こった。
なお、一夏にどんな専用機が与えられるのかは未だに教えられていない。もしもそれが射撃特化型だったりしようものなら、剣道の経験はあまり役立たないかも知れない。だが、悲しいかな、箒が自信をもって他人に教えられるほど習熟している技術といえば剣道くらいのものである。そういう可能性には目を瞑った。
さて
腕の鈍り具合といったら酷かったが、道着の付け方くらいは覚えていたらしいと箒は少し感心した。しかし、先刻の呆れを挽回するには遠く足らない。そんなものは大々大前提だからである。
「うわっ、前見えねえ」
「面付けるときって毎回こうなんだよ」
「視界は狭いけど、思ったほど暗くはならねえのな」
箒の想定よりも意外に早く道着を着終わったショウは、何度か身体を捩って動きを確認した後、今度は一夏に竹刀の振り方を教わっている。振り下ろすときに竹刀が円運動のような軌道を描いてしまう辺り、きっと未経験なのだろうと箒は思った。本当なら真っ直ぐ振り下ろすからだ。
「時間も無いから、そろそろ始めよう……ショウさん」
「呼び捨てで良いよ、
「む、そうか。一夏、審判は頼むぞ。それくらいはできるだろう?」
「任された」
箒とショウは向かい合う。聞けば剣道どころか武術関係はほとんど未経験というので、試合の流れを軽く教えることになった。
向かい合ったらまずは一礼する。武道とは礼に始まり礼に終わるものだ。これから相対する相手への敬意を示すものだが、これは同時に臨戦態勢を表すものでもあるため、すぐに戦えるよう一般的な礼と比べて角度は浅い。
礼が終わったら、次は三歩前へ出る。この時、左手に提げた竹刀を腰の辺りまで引き上げて進む。親指を鍔に掛けるこの姿勢は帯刀姿勢と呼ばれ、これも臨戦態勢を表す所作である。
最後に蹲踞をするのだが、この時に右手で竹刀を抜いて中段の構えをする。その後は、審判の合図を待つのみである。
箒にとっては身に染み付いた動作で、考えるまでもなく体が動いてしまう。一方で見様見真似でぎこちなくこなすショウの姿を見ていると、かつての自分を思い出すようで恥ずかしくなる。箒は横目で一夏をギロリと睨んだ。
「――始め」
一夏の合図と同時に両者は立ち上がって、数度剣先を打ち合わせる。
箒がショウと相対して抱いた第一印象は、初心者の割には落ち着いているということだった。
世間一般のイメージのせいだろうか、剣道を知らない人間ほどとりあえず大振りの面打ちを仕掛ければいいと考えるらしい。そういう手合には、攻撃に転じる隙に小手打ちを入れるカウンターで簡単に対処できた。
ショウの場合、そうはならない。中段で相手を真っ直ぐ見据えて、払いにも巻きにも応じてこない。一見して隙の少ない構えで、初心者の割には用心深く見えた。
(――まあ、少し攻めれば崩れるだろうな)
だがどう高く見積もっても相手は初心者。細かい応じ技や足さばきなんて知る由もないだろうし、本音を言えば、このよく分からない男のことよりも一夏をどう鍛えるかを考えたい。箒は素直だった。
剣道場の利用時間は有限だ、さっさと終わらせて次に行こう……。その素直さのまま、あまり考えずに踏み込んだ。
「やあぁ……ッ!」
単純な、しかしコンパクトで素早い小手打ち。十分な気迫をもって打ち込めば、用心深いだけのショウならまずこれを防ぎに来るだろう。
――ぱしんッ!
箒の予測した通り、ショウは竹刀を持ち上げて小手打ちを鎬で受け流しに掛かる。抜きともすり上げともつかない妙な動きだったが、初撃を防ぐことには成功しているのでとりあえずといったところか。全国大会出場時の箒なら、こんな半端な振る舞いは絶対にしないが。
大抵の場合、打ち込みは初撃では終わらない。初撃の対処のために変化した相手の構えを利用せずに見送るなど、無駄でしかないからだ。
御多分に洩れず、箒も初撃に繋げて面打ちを叩き込もうとしていた。
(これで――――え?)
そこで変化があった。
竹刀を持ち上げて、面目掛けて突き付けるその一瞬。箒は、ぶん、という風切り音を聞いて、それから奇妙な気配を覚えた。
何か大事なものを見落としている気がして、勝手に箒の時間が引き伸ばされていく。
正面に見据えたショウの面。俯き気味だからだろうか、顔は影で見えない。
――ばちん。
打ち込んだ箒の竹刀が途中で唐突に進むのを止め、そのままずりずりと横へ逸らされていく。この2撃目で確実に勝てると踏んで打ち込んだ箒の体制もそれに引かれるように前方へ崩れ、丁度ショウの顔を覗くことが出来た。
目を、閉じていた。
(――まずいッ!)
箒はたたらを踏んでしまう。重心が揺らいだ今、箒はまさに隙だらけである。面胴小手、選り取り見取りどこでもどうぞ打ってくださいと言わんばかりの状態で、ここからなら誰でも勝ててしまう。
侮った。というよりは驕っていた。
これが去年の大会だったなら、なんとふざけた行為だろうか。かつて父に教わった通りに攻めていればこんなことにはならなかった。
何より、一夏の前でこんな体たらく……。
(…………なんだ?)
しかし、箒の予想に反して、いつまで経ってもショウは打ち込んでこない。体勢を立て直してみれば、ショウは攻めるどころか最初の中段の構えに戻っていた。
「――いや、攻めろよ」
ついつい、言葉が口を突いて出た。試合では、下手な発言で反則を取られることのないように掛け声以外で声を出すことはしないが、ことこの瞬間において箒は堪えられなかった。
しかも、対するショウの返事は驚くべきもので、
「え、今攻めて良かったのか?」
「あのままなら、どこ打っても勝ててたと思うけどな……だよな箒?」
箒の予想通り、本当に攻め方を知らないという自白が得られたところで、審判の一夏も呆れ気味の様子だ。ボケっと一夏に話しかけている様子は、最早試合のそれではない。
「じゃあ、どうやって攻めれば良かったのさ」
「え? ええと……あ、ほらこんな感じ」
一夏がショウの真正面を指差すと、遅れてショウも同じ方を見た。
「――めええぇぇぇんッ!!!」
攻め返してこないのが分かりきったショウの面に、箒の鋭い一撃が突き刺さった。
再びの、箒の勝利である。
◆
「……それで、一体何なのださっきのは……」
試合終わりの礼を箒に教わりつつ終え、道着を脱いだショウと箒は、一夏と並んで素振りをしていた。兎にも角にも、今の一夏に必要なのは体力作りと考えて箒が指示したことだった。
「さっきというのは?」
「小手打ちの後の2撃目を受け流しただろう。普通なら竹刀が間に合わないからあの受け方は出来ないと思うが」
「ああ、俺も気になるわ。横から見てたけど、あの時だけ竹刀が見えなくなってさ。
なんつーか、瞬間移動?」
試合には勝ったものの、油断を突かれたとはいえ一度は自分を出し抜いたショウの動きが、箒にはどうにも気になっていた。打ち込みは単純でも、鍛錬を積み重ねることで速度と精度を増せば、素人の反応速度はゆうに超える業になる。しかもあの時は面ではなく胴に打ち込むことも出来た。その判断を読み取る暇を与えたつもりは、少なくとも箒にはなかった。
これでも去年は全国大会を制覇している身、年上の男といえど簡単に不意を打たれては沽券に関わるというものだ。
「叩かれたら痛いだろうなって思ってさ、痛くならなそうな場所に竹刀を置いて、後は流れで押しのけた……みたいな?」
「『みたいな』ってなんだよ……」
「だって俺、剣道のこと何も知らねえもん。どうしたか聞かれたって、説明に必要な知識が無いからこうせざるを得ないだろうよ」
依存関係の解決は大事だぜと呟きながら、ショウは瞑目したまま竹刀を振り続ける。力強さを保ちながらも息を乱すこと無く、まるで機械のように全く同じ動きを繰り返すその様は、どこか人間らしさを欠いているように見えた。
「それはつまり、勝とうとはしていなかったと?」
「まあ、勝ち負けはどうでも良かったからな。基礎体力の確認だろ? やることって」
「呆れた……。試合くらいは勝ちに行くべきだろうが。
剣道の起こりは真剣を扱うものだ。加減して臨むのは非礼そのものだぞ」
眉間に皺を寄せながら竹刀を振るう箒を、あまり硬いこと言うなよと一夏が諫める。
だが一夏も忘れてはいなかった。剣道で有効打突に数えられる面、胴、小手はどれも、真剣で斬れば相手を戦闘不能に陥らせるか命を奪える部位である。剣術の一種である以上、これが命に触れる行為であるということを意識せねばならないというのは、箒と一夏が学んだ篠ノ之流剣術の師範である箒の父から何度も言われたことだった。
「真面目に挑むのも礼儀か……考えたこともなかったな」
その後3人は、剣道場の利用時間を素振りで使い切った後、軽く走り込みをして解散した。
翌日、一夏とショウの両腕をほんのりと筋肉痛が襲ったという。
「――改めまして、これからよろしくお願いします。織斑先生」
午後10時。寮の門限も過ぎた時間に、ショウは寮長にして同居人である千冬に頭を下げた。
初日の昨夜は千冬が多忙につき寮長室に戻らなかったため、ここで顔を合わせるのは2日目の今日が始めてだった。
下に小さいカーペットを敷いたローテーブルの上には缶飲料とツマミ類が並べられており、両者は向かい合って床に座っている。
壁に備え付けられたテレビには、キャスターが他愛もないニュースを読み上げる様子が映し出されていた。テーブルとテレビの直線上にあるやや大きめのソファには、ついさっき千冬が脱ぎ捨てたジャケットが乗っている。千冬にそれを片付ける気力はなく、しかもソファに並んで座るような間柄でもないので、両者はこの並びになった。
「こちらこそよろしくお願いします。沢村さん」
「おや、もう敬語は聞けないものと」
――がじゅっ。
千冬がチューハイの缶を開ける。プルタブは寝たままだ。周囲に響いたのは、千冬の
「……あのですね、もう今日の学校は終わってるんです。生徒教師の関係じゃないんですから、立場を気にする理由も無いでしょう」
千冬は少しだけ苛立たしげに、それ以上に疲れた様子で缶の中身を胃目掛けて流し込む。驚くべきことに休み無しでそれを飲みきった千冬は、だらんと空き缶を床に置いた。
実際、今日も千冬は多忙であった。突然生えてきた二人のイレギュラーに対応すべく、それらを預かる担任千冬に伸し掛かる仕事量は例年の比ではない。お陰で千冬は昨夜寝ていないし、折角のプライベートタイムに仕事のことを思い出させられたくはなかった。
「ああいや、コレでも自分は織斑せん――じゃなかった織斑さんのこと尊敬してまして……。自分なんかに敬語使って、無理してるんじゃないかと」
「無理も何も――ああ面倒くさい、お互い敬語は止めにしましょう。
どうせこれから暫く同居なんだ、それでいいだろう……沢村」
初手から一気飲みを決めた千冬の顔は既に赤い。ショウはそんな千冬に目を細めて、「それならお言葉に甘えて」と燻製イカの袋を開けた。周囲にふんわりと燻製特有の香りが広がる。後で他のツマミを食べる時に後を引きそうで、ショウは少し失敗したかと顔をしかめる。
「……チフユって呼べばいいか?」
「好きにしろ。……アルコールは飲まん口か」
「成人した時に同僚にさんざっぱら飲まされたよ」
「さては、その後吐いてトラウマにでもなったんだろう」
「いんや、何飲んでも風味が消毒液にしか感じなくてさ。酒税も掛かんねえし、だったらソフトドリンクで満足してるのが楽かなって」
「フン……まあ、無理強いはせんさ」
千冬はぐらりと床に寝転んだ。視界がぐわんぐわんと揺れている。やはり衝動的に一気飲みしたのは不味かったか。情けないことに、あ゛ぁ゛、という野太い声が漏れた。
ショウは酒類しか置かれていないテーブルを一旦離れ、キッチンから水を汲んだコップを両手に持って戻ってきた。
「……私の分はいらんぞ?」
「一気飲みした奴が何言ってんだ。肝臓を労る気があるなら胃の中で薄めとけ。
――てかさ、一応尊敬してるって言った相手がソッコー崩れてる様を見せられる身にもなって欲しいね」
「ならどこをそんなに尊敬してるか言ってみろよ」
ぐい、と起き上がった千冬は机に置かれた水を口に含んだ。口の中がリセットされるのでまた酒が進む。今度はビールを選んで開けた……ちゃんとプルタブを使って。
「そりゃあ勿論、人でなしばっかのこの世の中で、ヒトとして頑張って生きてるだろ?
人生の先輩だよ」
「ほざけ。誰でも変わらんだろうが」
千冬の返事に少し項垂れるような素振りをしつつ、ショウは燻製イカを齧る。ひたすらに味が濃いせいで一口ごとに水を飲むが、それはそれで味が薄まって微妙になる……そんなジレンマは咀嚼途中で飲み込んだ。
ニュースのトピックは次の内容に移る。
『――を飛行中だった、ビーチアビエーション社の運行するマクガイヤー388型機が消息を絶った件についての続報です。
現地当局の発表では、当該機は本来の空路を外れて不審な進路を取っていたと――』
ヘンだよなぁここ暫く……。
横目でテレビ画面を見つつ、ショウは呟いた。その目は教室にいる時同様に細く、眠たげだ。
「ここ最近で一番ヘンな奴が何言ってる」
「普通に生きてただけなんだがなぁ……」
テーブルに突っ伏すショウに向かって、千冬は向き直る。顔の赤さは相変わらずだが、姿勢を正したその姿は真面目な印象を与えた。
「うん……どうした?」
「その、済まなかったな」
「何が」
代表決めのことだと申し訳なさげに呟く千冬は、小さく目を伏せた。
千冬自身、ショウがクラスからは一歩引いた位置に居ようとしていることは理解していた。他の生徒とは世代も立場も違うし、授業では顔を合わせないコマも多い。
あのホームルームの時間。当時はその場の流れでそうなってしまったが、本当ならショウを推薦した生徒を諫めるのが正しかったはずだ。男性操縦者の実戦データの収集を上から命じられていた千冬が、可能な限り無理無くそれを実現するには、多少強引にでもショウを巻き込む他になかった。
「まあ、『やれ』と言われたからにはやるのが俺だからな。会社側としても丁度いい実地テストってことで許可も出たし、問題は無いよ。
――あ、でも俺の機体の最終調整の時間位は欲しいな。トップバッターで戦わされるのは困る」
「それくらいなら喜んで引き受けるさ。むしろコレだけで良いのか?」
「他に何かあるか? 八百長してくれってのも頼む相手が違うだろうし、データ取る意味無くなるし……」
「『他に』で真っ先に思い付くのが八百長とはな」
千冬はクククッ、と喉を鳴らして笑うと、次の缶を開けた。最早ヤケ酒同然のアルコール摂取量である。
流石に水だけでは味気無いと思ったのか、ショウはキッチンに再び向かうと、棚から蜂蜜、冷蔵庫からレモン果汁を取り出す。
「チフユ、レモネードいるか? ……お、生姜もあるのか、何時のだコレ」
「ああ、たのむ……」
あいよと背中で返事をしつつ、ショウは慣れた手付きで生姜の皮を剥いておろし金ですりおろす。生姜と蜂蜜、レモン果汁をコップに分けると、半分の深さまで水を入れた。
次に剥いた生姜の皮を耐熱容器に集めると、脇に置いてあった電気ケトルから中身を注ぎ込む。お湯は水を汲んだときに何となく沸かしていた。
3分程蒸らした後で皮の成分が溶け出したお湯をコップに注げば、ぬるめのホットレモネードの完成である。
コップ2つを持って、ショウはテーブルに帰ってくる。礼を言ってコップを受け取った千冬は、一口ゴクリと飲み込んだ。
「温まるな」
「そりゃどうも」
その後も飲み続けて見事に酔い潰れた千冬をベッドに放りつつ、ショウは空き缶とコップを洗って片付けて、それからシャワーを浴びた。
こんかいのまとめ
・一夏
帰宅部三年連続皆勤賞の男。
実際は部活の時間をバイトに費やしていただけだが、言ったら怒られそうなので箒にそんなことは言えない。何より剣道を止めてしまったことが格好悪いと思っている。
ショウはきっと強いんだろうなと内心期待していたが、初心者は初心者だった。
・箒
やっとセリフが貰えた娘。久々に会った一夏が弱すぎてブチギレ中。
でも大事な人なので必要なことを考えている。え、好きなのかって? そんなまさか~(竹刀ブンブン)。
自分の面打ちを打ち落としたときのショウに変な気配を感じた気がしたが、そんなことは無かったかもしれない。目を閉じたまま躱されたことについては侮られているようで不満。
・千冬
同居する相手と挨拶して早々に飲み始める女。それくらいしないとやってられない職場が悪い。
ショウは飲めないらしいので冷蔵庫の酒はぜーんぶ自分のもの。ヤッタネ!
レモネードは美味かった。その後時々ショウに作ってもらうようになった。
・ショウ
一夏がやるというので何となく剣道に付き合ってみたが、武術に縁遠い生き方をしてきたためか箒からは不評。面を打たれたがそんなに痛くはなかった。
突然チューハイ一缶を一気飲みし始めた千冬にドン引きしている。心配なので水を持っていったのは危機感によるもの。
何時のものかも知れぬ生姜をレモネードにぶち込んでみたが、千冬は全く気にしていない様子。
ぜんぜんわからない
俺たちは雰囲気で剣道を描写している
多少文献とか漁ったもののまだ理解できていない部分の多い剣道シーン。多分そのうちマサカリが飛んでくると思います
ホットレモネード、美味しいですよね。生姜入りのは風邪のときによく効きます。むせそうな時は片栗粉を加えてとろみを付けてもヨシ
千冬とショウは「学園の教師」と「企業から出向してきた社員」と言ったふうなビジネスライクな関係ではありますが、オフの時ぐらい楽したいよねと考えてタメ口会話にしています。「ショウが千冬に敬語を使っている時は学校の時間」と思っていただければ分かりやすいかも知れません
機体の説明とかいる……?
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絶対欲しい!
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あったらうれしい
-
うむっ、緊急連絡だ。