Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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Libera me, Domine, de morte æterna,
in die illa tremenda.
Quando cœli movendi sunt et terra,
Dum veneris judicare sæculum per ignem.
Tremens factus sum ego et timeo,
dum discussio venerit atque ventura ira.
Quando cœli movendi sunt et terra.
Dies illa, dies iræ
calamitatis et miseriæ,
dies magna et amara valde.
Requiem æternam dona eis, Domine
et lux perpetua luceat eis.


53-4 叡智の泉の底から

 

 

 

 

 空中ディスプレイに映る景色がうっすらと、赤と黒のグラデーションに染まっている。耳を劈く轟音ばかりが入ってくるので、内部からの音声は取り込まないようにして久しい。

 第6アリーナで戦う楯無の援護をしている間に、真耶の目に飛び込んできた第3アリーナの景色は、概ねそのような感じだった。

 

 一度噛み付かれれば死が確定するアンカー・フォースの突撃──フォースシュートを回避した隙に差し込まれる大型レールカノンを、更に身を捩らせて往なす。フォースがオルトロスから離れたところをすかさず蹴りに行き、体勢を崩して僅かな作業時間を束に与えた。

 天才の余裕のない言葉を信じるなら、手術の進捗は3割程らしい。

 

 常軌を逸した反応速度と戦闘能力だ。過日、サンデーストライクという量産機を通して出力されていたものとは比較にすらならない戦いが繰り広げられている。他ならぬショウの実力だった。

 しかも、この戦いはショウからすれば「殺してオシマイ」の戦いではない。自分が死なないようにしながら、しかし、何度でも相手に肉薄し続けなければならない。

 速攻でもなければ遅滞戦でもない、一見して遊びにすら感じられる戦い方を注文されて、その通りに出来るパイロットは今の世にどれほどいるだろう? 真耶には、何処にもいないような気がしていた。

 

 フォースが赤く輝いて、そこから紅色をした極太の光芒がショウを追うように放たれる。巻き添えでアリーナ内の監視カメラが一つ破壊されて、真耶はすぐに映像を切り替えねばならなかった。

 そうして殺意のサーチライトをくぐり抜けながら、ガルーダから向かわせたレッド・ポッドがオルトロスの肩を打ち据えると、それを振り払うようにフォースが飛び掛かっていく。再びの近接戦の機会が訪れた。

 

(あたまが、いたい……)

 

 二度と体験したくない感覚を思い出しながら、真耶は不調だった。レクイエムに変貌させられたISコアから発せられるバイド体が理由だが、彼女にはそれを知る由も無く、そんな余裕すらも無くなっていた。

 2機がおかしくなった時点から憶えのある気持ちの悪さを感じてはいたが、ショウがオルトロスを分断して、それが琥珀色の球体兵器──フォースを生み出してから俄然悪化した。

 

 ──自分が自分で無くなるような感覚。

 気付けばずっとそうだったかのように意識が薄められて、少しずつ憎悪と敵意が濃度を増していく。その対象は部屋の隅で祈るように両手を握り合わせる千冬であり、画面の向こうで人外の実力を振るうショウであり、漠然と、思い付く限りの全てでもあった。

 

 千冬は、敢えて何もしないという選択を取った。

 彼女自身を除いて、それを怠惰と罵る者は居ない。自分自身の影響力を思えばこその選択だからだ。

 千冬は目の前で弟が刺され、そして教え子が冒涜される様を目の当たりにしている。お世辞にも平静を保っているとは言い難く、正常な指示を出す能力が失われたという自覚があった。

 第2回モンド・グロッソのときと同じ。千冬にとって一夏は変わらず弱点だったのだ。

 

 自分が出て行って戦うこともできず、かと言って後方へ向けての指示を飛ばすこともできない恥辱に塗れながら、千冬は他者に命運を預けて祈っている。

 震える手では何も掴めないから、精々できることはそれだけだった。

 

 アリーナを映す画面の中、オルトロスが緑白色に瞬いた。

 ライトニング波動砲、と呼ばれていたものだ。さっきは射程が足りず誰も当たらなかっただけで、回避不能の雷速で迫る、死の合図が放たれる。

 

「──沢村くんっ!」

 

 画面が白飛びして、眩しさに真耶は目を閉じた。

 すぐに画面を見返すと、緑色の大きなエネルギーシールドを両腕から展開したガルーダが構えを解くところだった。シールドは切れかけの蛍光灯みたいに点滅しながら消えて、その発生装置──コンバーター《マルチバリア》が身体に悪そうな色の陽炎を立ち昇らせている。

 勝手に通じ合っているふうに、束とショウの声が交差した。

 

『クールダウン、40秒!』

 

『……次、23秒後』

 

 凄まじい性能だと思った。真耶の眼前に浮かぶもう一枚のディスプレイには、楯無たちが死闘を繰り広げる第3アリーナの地面に、同じくライトニング波動砲の傷跡が刻まれているのが見える。あれと同じ威力を身一つで受けきったのだ。

 とても正常な思考とは思えない。けれど、束すらそれを止めようとはしない。当たったら死ぬと分かっているものに対して、今日初めて使う装備に命を預けるなど。

 

(ねえ、本当に死ぬつもりなんですか……?)

 

 確かに、一夏を前にしていた先程と比べてショウの戦いぶりは勢いを取り戻している。自分のみならずレッド・ポッドに空中を思いのままに飛び回らせ、命中が死を意味するフォースの突撃を紙一重で難なく躱し、常人では追い付けない反応速度のオルトロスに白兵戦を仕掛けているのだ。

 まるで水を得た魚のような自由さと、機械よりも冷徹な正確さを以て、真紅の翼が戦場を舞う。

 けれど、真耶にはそれがどうしようもなく危ういものにしか見えなかった。

 

 思えばどうしてここまで彼に心を引っ張られているのだろう。真耶は自問する。

 始まりは勝手に自分から付けた因縁のはずで、それが建前だけでも解消された今となっては、ショウだって他と変わらぬ生徒の一人として扱うべきで。だとしたら、それでも心の中に彼を特別扱いして住まわせてしまうのは。

 

(ああ。そっか、私……)

 

 悪夢(バイド)の気配に苛まれ、今にも狂いそうな気分の今になって、気付く。

 

(心配なんだ。生徒じゃなくて、一人のヒトとして。負い目なんかじゃない、自分から何処か行っちゃいけない場所に進もうとするキミのことが)

 

(私より強くて、私より輝けるはずなのに、そうできないナニカに縛られているキミが。()()()と同じように、何処かに消えてしまいそうなキミが)

 

 そんなときだった。第6アリーナを映す画面が再び緑白色の光に染まり始める。

 

『もう次!?』

 

(マズい。まだ沢村くんのバリアは冷却中のはず……)

 

 再びライトニング波動砲が発射体制に入る。ショウはチャージを阻害すべくレールガンを数発撃ち込みながらレッドポッドをけしかけるが、今度はオルトロスの近くを離れようとしないアンカー・フォースがそれを阻む。それどころか、フォースから放たれる真紅の光芒《シェード・α》が正面を薙ぎ払う。

 

 元来、フォースとは究極の盾だ。E=mc²で記述される全ての質量・エネルギーを触れただけで吸収してしまう。それをぶつけるだけで最強の矛にもなれるが故に、矛盾を超越した悪魔の兵器なのだ。

 オルトロスは、それを教科書通りに運用していると言える。今のショウに、フォースを乗り越えて相手を叩く手段はない。そして、後に控えるライトニング波動砲を耐える術も。

 

(だったら……!)

 

 反応時間コンマ1秒。人体の限界に迫る速度で真耶の手がコンソールを叩いた。

 ──そして、発雷。

 

 ズバヂィッッッッ!!

 

 閃光が収まる。

 地面は黒く焼け溶け、大気が薄っすら青白い輝きを放っている。だが、それ以上に目を引いたのは、ショウとオルトロスの間を隔てるように地面から生えている、黒い直方体だった。

 第6アリーナには特殊ルール用の大型障害物を展開する機構が備わっている。並では済まされないISの火力に耐えるべく、圧倒的な剛性と冷媒の循環による耐熱性を兼ね備えた質量の塊が数カ所から生やせるようになっていた。

 

『ナイス障害物! 褒めとくよデカ乳女』

 

(やっぱりあり得ない威力……熱容量が一回で排熱限界ギリギリまで行くなんて。今なら小突かれただけでも壊れそう)

 

 ショウは、その障害物でライトニング波動砲をやり過ごすことに成功していた。

 真耶はショウの位置を狙って障害物を動かしていない。一か八かの賭けとして、一瞬の間にできることをしただけ。意思疎通の暇は無く、だが、見透かしたようにショウは隠れられる場所へ移動してきた。

 

(沢村くん。やっぱりそういうことなんだよね。キミは……)

 

 思えば、こうして全力の彼の戦いを間近で見たのは初めてだったかもしれない。これまでは量産機で正面からぶつかり合うか、何処か遠い所で互いに戦っているかの2通りでしか見たことがなかった。

 だから、今になって真耶のパイロットとしての感覚が、ずっと前から蟠っていた違和感に強い確信を与えてくる。

 

(……キミは、今を生きるように出来てないんだ)

 

 一つ一つの動きに判断のステップが存在しない。相手の動きや傾向を考えて次を選ぶという絶対不変のルールに、ショウは従っていないのだ。

 皆が現在の領域を生きているのに、彼だけは別の場所に立っている。理屈は分からないが、きっと、真耶が障害物を呼び出す位置もタイミングも、全て見通して戦っているのだろう。

 であれば、尚更。

 

(私は何も選ばない。今自分にできる全部を曝け出して、君が最善を選べるように)

 

 思うから、考えるから苦しいのだ。

 故に真耶は、今だけ自分を単なる実行装置とする。思いを向けた人間が、その辣腕を最大限に振るうための機械へと。

 

 その決意と、画面の中でオルトロスとフォースによる挟み打ちが行われたのは同時だった。

 

 

 

 


 

 

 

 

「……楯無さま、一つお願いがございます」

 

 触れたものを消化液めいて分解するエネルギーが飛び交う第3アリーナで、女子2人が防戦一方を強いられている。クロエが口を開いたのはそんな時だった。

 「何?」という返事は無かったが、楯無は丁度そう言いたげな一瞥を寄越した。

 

「1分……いいえ40秒で構いません、アレを引き付けてくださいますか? 切り札があります」

 

「それで勝てるの!?」

 

「そのつもりです」

 

 ナノマシンの遠隔起爆は封じられ、ガトリングも蛇腹剣もヴァイスリッターの表面で燃え上がる零落白夜のエネルギーに食い尽くされる。戦闘能力の大半を潰された楯無はすぐにでも首を縦に振り――顎下を純白の剣戟が駆け抜けた。

 

『くーちゃん!? それ使用禁止って言ったよね』

 

「他に手がありませんッ。このままでは二人揃って共倒れしてしまいます!」

 

『だったらそれこそ自殺行為って言ってんの! 処理負荷で身体の中から焼かれたいの!?』

 

 束はクロエが何を使おうとしているのかすぐに察しがついた。それはデバイス・ゼロが本来期待されていた能力そのもので、同時に未完成なもの。

 クロエだってその不安定さはよく理解している。だから束の前で、いつでも安全に停止できるような状態でしか使ってこなかったのだ。

 だからこそ、クロエはヴァイスリッターを打ち倒さねばならない。これは自分を拾ってくれた束の、そして寄り添ってくれたシアの命に届き得るものだという確信があった。このままでは共に命を掛けた楯無も、ヴァイスリッターの中に閉じ込められた一夏も、揃って死んで終わる。そんなバッドエンドがあってはいけない。

 絶対に。決して。

 

「束さま、私は今日まで貴女に助けられてきました。身分を持たず、打ち捨てられて死を待つのみだった身を救ってくださいました。だから貴女に、何か一つでも報いたいのです」

 

『そんな恩返し誰も求めてない!』

 

「だとしても、です。一度だけで構いません、この私のワガママを許してくれませんか──

 ──()()()()

 

 束は機械がフリーズするように何も言わなくなった。

 偶然、ヴァイスリッターの攻撃の切れ目がそこに重なって、まるで世界そのものが停止してしまったようだった。引き伸ばされた時間の中で聴覚が敏感になって、静寂に思えていたものの中に、束の絞り出すようなため息が混じっているのが聞こえた。

 

『……そりゃ、殺し文句って言うんだよ、くーちゃん』

 

「束さま……」

 

『──おいロシア女、くーちゃんに何かあったら後で絶対殺すからッ! 相手に指一本触れさせないで!!』

 

「あら嬉しいッ、貴女に殺されるまでは生きてられるってことでしょう?」

 

「30秒! 30秒で仕留めます! だからそれまではどうか──」

 

 「任されたッ」と楯無が叫びながらヴァイスリッターへ肉薄する。溺れかけの藁をも掴む思いで、水を扱う彼女は土壇場へ踏み込んだ。

 突然その周囲が真っ白い濃霧に覆われて、その中が見えなくなる。水蒸気爆発こそ起こせずとも、アクア・ナノマシンを凝結させるくらいは手札として残っていた。可視光は言わずもがな、赤外線やミリ波に至るまで撹乱してみせる強力なジャミングだ。

 

 楯無は、張った。

 ならば、今度は自分の番。

 

(行きましょう、ゼロ、黒鍵(クロカギ)。今度は躊躇なく、一緒に)

 

 ふわりと着陸したクロエは、混沌渦巻く霧の中を見据えて、呪文を呟いた。

 

「黒鍵の同調演算を許可。補助力場形成デバイスに指定。オシレーター、モードシフト──

 

 

 

 

 ──ハイパードライブッ!

 

 どくん。

 クロエの胸の奥が脈打って、熱を発しているのが感じられた。刺すように鋭い熱だ。それは中心から広がっていき、やがてクロエを痛みで苛む。

 同時に、デバイス・ゼロの胸元に浮かぶ青色の円の上に、赤い斜線が刻まれた。

 

 



O



 

 

 。それは空集合を意味する記号だ。

 (バイド)が一つ残らず無くなるまで殺し続ける、抹殺装置(Eliminate Device)としてのあり方を嘱望されたこの機体の、本来の姿。そして、能力。

 クロエは今、それを解き放とうとしていた。

 

……ぐ、う゛ぅ、ッ、ふーッ、ふーッ。まだ、まだァ……っ!」

 

 波動砲のチャージが始まる。虚空から湧き上がった青白い粒子が、クロエの側面を取り囲む数カ所へと収束していく。それを阻むようにクロエの身体を内側から無数の痛みが刺し貫いた。しかも、収束した粒子も不安定に蠢いている。

 束の手助けは無い。失敗したらどうしよう。もしかしたら何も出来ずに楯無と一緒に死んでしまうんじゃないか。そんな思いが悪寒となって脊髄から染み出して広がっていくようで。

 だが、やめない。

 

 酷くめまいがする。頭をぶつけた時みたいに視界がちらついて、星のような輝きが無数にスイと流れていく。だが、その中央に見据えた霧は中から暴れるように舞っていて、零落白夜エネルギーの短刀や光の斬撃があらぬ方向へ飛び出してはアリーナのバリアに大規模な破壊を与える。それは同時に、楯無がまだ生きて戦っていることの証拠でもあった。

 

(改良パラメータをコア2機に並列展開。過負荷(オーバーロード)は度外視。今から20秒で完全に仕上げる────ん?

 

 

 ぎゅろろろろろろ……!

 突然のことだった。エンジンが上手く掛かったように波動砲の駆動音が安定していく。

 

 

 

 

 

 

 クロエの視界の端に、ぽんぽんと幾つかのシステムメッセージが浮かび上がる。何処かのコアから波動砲を安定化させるためのパラメータが送られてきたらしく、即座にそれが適用されているようだった。

 今、コアネットワークは最上位権限でバラバラに寸断されている。残ったクロエのコアが繋がっているのは楯無を含む3機を結ぶ即席のネットワークだ。そして、それを構成する3機目のISは──。

 

(貴方なのですね、マリコ……向こうで戦っている間ですら、答えをこちらへ与えてくれる。本当に、本当に格の違う存在なのですね)

 

 これまで先達の歩みを支えに幾度となく失敗を繰り返して、今こうして決死の思いで調整しなければならないもの。その大元たる先達が、それに呼応するように一瞥を与えた。

 そうして、クロエのデバイス・ゼロは、神託を受けて完成する。

 







DEVICE-ZERO

R-9 RAGNAROK

Ta er Baldr var fallinn,

ta fellust ollum asum ordtok ok sva hendr at taka til hans,

ok sa hverr til annars,

ok varu allir med einum hug til tess,

er unnit hafdi verkit, en engi matti hefna.

Tar var sva mikill gridastadr.

En ta er asirnir freistudu at mala,

ta var hitt to fyrr, at gratrinn kom upp,

sva at engi matti odrum segja med ordunum fra sinum harmi.

En Odinn bar teim mun verst tenna skada sem hann kunni mesta skyn,

hversu mikil aftaka ok missa asunum var i frafalli Baldrs.







 

 

 霧の中へ飛び込んだ楯無は、人生で最も濃密な時間を過ごしていた。

 彼女の専用機《ミステリアス・レイディ》は霧を通して周囲の状況を手探りのように知ることが出来る。有視界ゼロの空間にあっても、相手と違って敵の動きを追うことは出来た。だが、くどいがヴァイスリッターの攻撃は全てが致命打となる。近距離ゆえに回避の隙は限りなく小さくて、それを躱しながら相手をその場に釘付けにしておくには、防戦一方では不十分だった。

 

(あー、なんでかな。妙にムカついてきた)

 

 恐怖に慣れた先にある、理不尽へのプリミティブな怒り。

 どうして自分がこんな目に遭わなければならないのだろう? これは自分の責任に見合った状況か? そういった等身大の疑問が不思議と脳内の警鐘をかき消すように浮かび上がってくる。

 どうせ自分が持ちうる手札は残らず封じられたのだ。30秒の後にクロエが使うという切り札がなければ、後はこのままジリ貧のまますり潰されるのが見えていた。楯無がヴァイスリッターに肉薄したのは、そういう自棄っぱちの側面があることも否定できない。

 

(そりゃ、学園を守るのは私の使命で、願いで、でもそれは外から守ろうって話のはずじゃない。何でこんな内ゲバで消耗させられてるの?)

 

(大体、織斑くんも織斑くんよ。男同士仲良さそうにしてたのに、互いに全部上っ面だけだったワケ? どうして今年はどいつもこいつもギスギスしてるのよ……!)

 

 ヴァイスリッターの飛び道具は二種に大別される。

 一つは「飛ぶ斬撃」。零落白夜エネルギーで作られたブレードを大きく振るい、その軌跡を斬撃として撃ち出してくる。僅かな溜めの後で繰り出される広い線の攻撃であり、両手それぞれから放たれる2連撃は近距離において回避不能だ。にも関わらず楯無が死なずにいるのは、先程ギリギリで突撃を踏みとどまらせた妙な感覚がまだ残っているからだった。

 

「──ゔっ

 

 一瞬の瞬き。楯無の左肩の肌が装甲の上から1センチほど抉られた。絶対防御は発動すらしない。

 溜めもなく放たれたもう一つの攻撃「短刀の投擲」。同じく零落白夜エネルギーで構成された短刀を最小の予備動作で投げつけてくる。速度も範囲も小さいが、大振りの後隙を埋めるようにねじ込んでくるこの厭らしさは何から学習したものなのだろう。直情タイプの一夏がそんなものを思い付くはずもないし、千冬だって剣一本の女である。

 

 傷口をアクア・ナノマシンで止血しながら楯無は痛みを堪える。もしもそれに気を取られて一瞬でも動きが鈍れば、それこそ命の切れ目だからだ。

 

 即座にランスに内蔵されたガトリングが火を吹くが、ヴァイスリッターの表面を覆う純白の炎に飲まれて消える。攻防一体にして万能の、死の輝き。

 もう30秒経っただろうか……そんなことを尋ねる余裕は端から無い。楯無にできるのは、クロエを信じて機械のようにずっとヴァイスリッターを引き付け続けることのみである。

 

(そうだわ。全部終わったらこの子泣かせよう)

 

 半ば現実逃避めいて、楯無の脳は苦痛を誤魔化すべく新たなモチベーションを発明する。

 大まかな景色はこうだ。医務室のベッドで目覚めた一夏に、堪えきれず千冬が抱き着くのだ。2人揃って安堵の涙を流すその状況を、他ならぬ自分の手で作る。ちょっとばかりセクハラを仕掛けただけですごい反応を見せた彼のことだ、今度だって相当に自分をイイ気分にさせてくれるに違いない。

 もしも陰鬱なまま黙り込むようなら、姉弟2人の顔面が涙でぐしょぐしょになるまで引っ叩いてやろう。そうだ。それがいい。それくらいは許されるに決まってる。

 

(人一人を殺したかも知れないって考えただけで震えてた男の子でしょうが。本当なら弱っちくて、暗い世界なんか知らなくて、友達と普通に生きてるべきだった人でしょうが。それが、全部否定されて暴走兵器として使い潰されるなんて、絶対許してやらない)

 

 蛇腹剣《ラスティ・ネイル》でケダモノの腕を絡め取ろうとした。剣が触れた傍から蒸発して、楯無は即座に手を離した。

 明確な隙。ヴァイスリッターは純白の大太刀を振りかぶって肉薄する。

 

 ──ブツリ。

 ついに楯無の頭の中で何かが切れた。

 無意識に染み付いていた驕り。どうせ使えないなら放っておこうとしてしまう習慣。無意味と判断した時点でその先を見ようとしない、諦観。

 ダメだろうが、それでは。

 

(あの男の強さは、何でも見透かしてるような気持ち悪さだけじゃなかった。目の前のコイツもそう──使える手札から限界まで手段を搾り出す権謀術策そのもの。そして、その搾りカスだって)

 

 前に見た記録で、ショウは壊れかけのレールガンを叩き付けたことがあった。ついさっきも、防御兵装のはずのマルチバリアでオルトロスに殴り掛かった。ヴァイスリッターだって、ブレードで斬りつけることよりもショウの顔面を素手で殴ることを優先した瞬間があった。

 そもそも、道具というものは道具である前に””なのだ。なまじ変幻自在のアクア・ナノマシンの操作に意識を向け続けてきてしまったせいで忘れていた、打製石器時代からの普遍的真理。

 

 楯無はランス《蒼流旋》を掴む右手に力を込める。僅かな時間でスラスターに最大の出力を求めて、身を屈めた。

 

「こン、のォ……っ!!」

 

 前身の体重を乗せての刺突。肩の抉れた左手をランスの柄頭に押し当てて、大振りを構えたヴァイスリッターの土手っ腹に突き立てた。

 即座に零落白夜の輝きがランスを先端から融かして蒸発させていく。だが止まらない。太陽に身を焦がすように、内蔵ガトリングの機関部分が無くなっても相手の胴体へ押し込み続ける。

 クロエの言った30秒を信じる。楯無はそれだけを考えて身を投じた。体勢を崩して得られる僅か3秒でも目標の1割である。死んでやる気は無い。でも、目の前に一人すら救えずにのうのうと生き延びる気も無い。

 最高最適の選択をするための、その前の一手。

 

 眩しい光の中に消えていきそうなその時だった。

 

──楯無さまッ

 

 パッ、と霧が晴れる。

 無慈悲にヴァイスリッターの大太刀が楯無の頸を撥ねた。

 

「ぁ……」

 

 空中へ投げ出された楯無の表情がクロエの方を向く。

 壮絶な笑みを浮かべていた。

 時間は止まらない。

 

(いいや、終わらせましょう──ラグナロック!)

 

 2基のシャドウ・ユニットが太極図のように周りを回転し始める。

 《デバイス・ゼロ》改め《ラグナロック》の周囲の集まっていた青白い粒子が、一瞬にしてクロエの胸元の一点に収束する。

 それがトリガーだった。

 

 ドドドドドドドドドドドドドド────ッ!!!!

 

 青白い光弾──波動砲が、まるで機関銃の如き周期で列を成してヴァイスリッターへ殺到する。最初の5発で零落白夜の防壁が弾き飛ばされ、後は無防備となった前身を隈無く殴打するようにエネルギーの炸裂が埋め尽くしていった。

 

 ラグナロックの波動砲は、その特殊な設計ゆえに、ガルーダのスタンダード波動砲のような貫通能力が失われている。その代わりに、着弾点を中心に炸裂するエネルギー榴弾としての性質を手に入れていた。

 単にチャージしただけの1発ではヴァイスリッターの防壁を揺らがせるだけに留まっていたが、逆に言えば、零落白夜がエネルギーを消去しきれなくなる飽和状態に到達できれば勝機はある。奇しくも、ついさっき楯無がランスを犠牲にした突撃と同じ理屈だった。

 

 それは、波動砲を扱う者たちの悲願。大きな隙と引き換えに、絶対的な確殺性能を得るべく進化と発展を続けた技術の到達点。エネルギーを蓄える力場を複数並列で形成することで、波動砲そのものを多重化させるシステム《ハイパードライブ》と、それを土壇場で実用段階に引き上げた《ハイパー波動砲》。

 いまクロエたちが手に入れた、新たな力だった。

 

 ヴァイスリッターの顔面──白く濁ったラウンドバイザーがチカチカと点滅して、その体制が大きく崩れる。

 ハイパー波動砲がエネルギー切れを起こしたのはそれと同時だった。クロエの視界に無数の警告表示が出て、大半のシステムがダウンする。背面の装甲が飛び出す絵本みたいに展開して、中から身体に悪そうな色の陽炎を立ち昇らせる機械群が我先にと露出した。

 

(動けっ、動いてくださいラグナロック。あと一手、遮断器(ブレーカー)さえ使えれば全て終わるのに……!)

 

 不意に、地面へと墜落していくヴァイスリッターの右手が純白の光を発する。それは猛烈な勢いで明るさを増していき、クロエはこれが致命的な何かの予備動作だとすぐに理解できた。 

 だが、もう限界だった。ヴァイスリッターを停止させて白式に戻すための遮断器(ブレーカー)。それを握る左手以外からは力が抜けて────、

 

(──あれ?)

 

 クロエは、自分の手に遮断器(ブレーカー)が握られていないことに気付いた。それから、視界の左側が蜃気楼みたいに歪んでいることにも。

 遮断器(ブレーカー)が、勝手に宙へ浮いて自分の手から離れていく。まるで()()()()()()()()()()()かのように。

 七色の光が舞った。

 

(今の、まさか──)

 

 七色の光は予備動作を終えようとしているヴァイスリッターへと真っ直ぐ軌跡を残して進んでいく。その先端の景色がぐにゃりと歪んで、隠れていたものが顕になった。

 頸をはねられたはずの、楯無だった。

 

これで────ッ!!!!

 

 空中で紫電が弾けた。アリーナ中が純白の光で埋め尽くされ、クロエも目を瞑ってしまう。

 それから、ガラガラと硬いものが崩れるような音が響いて、光が収まる頃には、一夏を抱き抱えた楯無が中心に立っていた。

 

「楯無さま……! ついに、ついに成し遂げたのですね」

 

 楯無は言葉の代わりに、震える左手でサムズアップをしてみせた。

 即座にアリーナ内に突入してきた教員たちの担架に一夏を預けると、ふらふらとよろめきながらクロエの前に近付いてきた。

 

「首、斬られたんじゃなかったんですね」

 

「敵を騙すには味方からってね。私の遮断器(ブレーカー)は壊れちゃったから、分身を斬らせてる間に取りに行かせてもらったわ。まあ、ちょっと怪我はしたけどね」

 

「本当に死んでしまったらどうしようかと思いました」

 

「あら、今日初めて会ったのに優しいのね。こんな良い娘さんがいるなら、博士も随分な幸せ者じゃないの」

 

「そのことは……その、恥ずかしいので」

 

 クロエの頬は、バイザー越しでも赤く染まっているのがよく見えた。

 

「……冷却剤、いる? 私の水はちょっと今品切れなんだけど」

 

「捕らえないのですか? 稀代のテロリストの仲間が弱っている今は好機でしょうに」

 

「つまんないこと言わないの。命を預け合った仲でしょ──冷凍ガスで良いかしら」

 

 クロエが力無く頷くと、楯無はその場にしゃがみ込んだ。一度力を抜かないと、すぐにでも気が狂ってしまいそうだった。

 

『こっちも終わったよ! くーちゃんは後でお説教ね』

 

「はい、謹んでお受けいたします」

 

 ショウもオルトロスを倒したらしい。これで全てが終わったのだと、二人の間に安堵が広がる。

 そうであれば、良かったのだけど。

 

『お祝いの言葉がちょっと少ないんじゃないの? ほらショウもデカ乳女もさ、なんか言いなよ。今日も無事に生き延び────なにこれ』

 

『束っ、真耶の、真耶の意識が無いんだ。ショウのバイタルサインも応答が……』

 

 一転して、あるいはそもそもそんなものはなかったのか、空気が元通りに張り詰めていく。

 

「……行かれるのですか、楯無さま」

 

「うん。約束、守らせないと。アイツを必ず引きずり出して、全部喋らせてやる」

 

「どうかお気をつけください。あれのコアは、もう恐らく、束さまでも理解できないものになっています」

 

 楯無は、ボロボロの前身に力を込めて立ち上がった。目指すは第3アリーナ。

 死んで逃げるなんて、許してやるものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

こんかいのまとめ

 

 

・千冬

 

 何も出来ない最強。

 一夏が戻ってくるように、ショウや楯無が無事に作戦を終えるように。お願いだから、どうか私たちから何も奪わないでください。そう祈ることしかできない。

 天の上まで見渡したって、神はいないのに。

 

 

・真耶

 

 バイドの干渉に苦しむ銃後の守り。

 決して同じ場所に立てない性質でありながら、ショウの在り方に辿り着く。

 2つの戦場への支援を続けるも、途中で意識を失った。

 

 

・楯無

 

 死地に陥れて後生く。弱いなりに後輩を救ってみせた、学園最強(ヒーロー)

 抉れた左肩が痛んで仕方無いが、約束を果たさせるべく次の死地へ。

 

 

・クロエ

 

 マリコの助けを借りてデバイス・ゼロの本来を姿へ昇華させたISの申し子。

 ラグナロックと黒鍵のコア間の通信摩擦により内臓の数カ所が熱傷を起こしており、学園側が用意した冷却剤で機能を復元した後で速やかに束の元へ帰還した。

 

 

 




ヲヤスミ、ケダモノ

 一夏の救出に成功しました。
 以前から「ゼロ」という名前で存在を匂わせていたラグナロックでしたが、未完成な状態を土壇場で完成させる展開にしたかったためこんな形に。仮にも最強格の主役機ですからね、波動砲がキッチリ出来上がるまでは名乗らせる訳にはいかなかったわけです。
 暴走状態の一夏と会敵した時点でハイパー波動砲を使わなかったのは、隙を晒すと即死する状況だったのと、火力が高すぎて一夏ごと消し飛ばしてしまう恐れがあったためです。

 千冬に何もさせないようにしたのは賛否両論あるかと思いますが、肉親が目の前で冒涜される様を見せられ続けたら誰でも多少は折れるだろうというリアリティ重視で書きました。
 続きは医務室のベッドに持ち越しです。

 ラグナロック起動時のアニメーション処理を入れましたが、スマホ版表示では動いてくれないようなので、表示がおかしいなと思ったらPC版に変えてみると解決するかもしれません。

 次回でレクイエム戦は終わらせます。

オリキャラの描写比率について……

  • 主要キャラならバンバンちょうだい!
  • 原作キャラの掘り下げに必要なだけ欲しい
  • なるべく原作キャラだけが良い……
  • 拷問だ! とにかく拷問せよ!
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