Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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あまりにも近くて、
あまりにも重なっていて、
あまりにも同じだから

きっと、これは、私の鼓動


53-5 その獣を井戸底へ / 光の神に運命の死を

 

 

「それで、私にどうしろというのだ。このフォースとやらを見せて終わりか?」

 

「まさか。周りに固定用の鎖が見えるだろう? それを鍵で解くんだ」

 

 暗黒の森の中にある、真っ白い直方体の建物。敷地へと足を踏み入れたラウラは、そのエントランス前に佇むアンカー・フォースを見ながら立ち尽くしていた。

 アンカー・フォースは3つの鉤爪のようなパーツに絡みついた鎖によってその場に固定されているようで、地面には長さを余らせたそれらがジャラジャラと乱雑なとぐろを巻いている。

 

「……貴様、私に何をさせたい?」

 

 ラウラは手の内にある琥珀色の物体──鍵を握り直した。

 ここは彼女の意識を閉じ込めている情報の世界で、現実とも非現実とも言い難い領域。未だに自分がこの場所にいるという確信が持ち切れずにいる中で、手の感覚だけは確かにある。

 

「仮に、フォースが危険なものの凝縮体だというのは信じてやるとする。だとしたら、それを解き放つ行為に何の合理的な意義がある? 貴様の言う通り私の心を侵し続けてきたやつに自由を与えたいと、私が考えるとでも思うのか?」

 

 黒い人影──アアルは少し困った様子で、これは緊急避難に近い危険行為なのだけれど、とラウラのすぐ横に立った。

 言うことによれば、このアンカー・フォースは今ここを形成しているレクイエムシステムの武装制御に関わるサブシステムを可視化したものだという。見えているということはそれが動いていることと同義で、つまり、外の現実ではこの危険極まりない兵器が振るわれていることを意味する。

 

「統率の取れたツーマンセルより寄せ集めの獣2匹の方が対応しやすいだろうってことさ。どの道ここから出るには外界からの手助けが不可欠だから、可能な限り内部から武装解除を進めておきたい」

 

「外の状況は分からないと言っていなかったか」

 

「ああ、言った。もしかしたらフォースの制御を外した所で手遅れって可能性はもちろん残ってる。そのときはフォースが野放しになることが問題にならないレベルの最悪だ。ゼロかプラスかの賭けと言えば然程悪い気もしないだろ?」

 

 返事を決めかねるラウラに、黒い人影はさらに続ける。

 

「結局は君が何処まで僕を信じるかの話でしかない訳だけど。

 ……ああ、参考までに一つ事実を伝えておこうか。このまま脱出が叶わなければ現実の君の肉体は植物状態のまま一生を終えるぞ」

 

「脅しか」

 

「脅かすもんか」

 

 ラウラはぎょっ、と視線をアアルに向けた。

 己は倫理を無視して作られた生命。それが魂を亡くして眠りについたとして、そのまま葬ってもらえるとは、とても考えられなかった。千冬との出会いを含めても、この世界はラウラに対してそういうタイプの優しさを向けてきたことは生まれてこの方無いからである。

 鉄柵の外を囲む暗黒の森がザワザワと騒がしい。図鑑にも載っていないような、恐るべき猛獣がそこから這い出てきそうに思えた。

 

 下の鎖に目をやると、石畳の地面を砕きながら突き刺さった杭に錠前付きで繋がれているのが見えた。ラウラは諦めたようにそれを鍵で外していく。全ての鍵が外れた頃、頭上に浮かぶアンカー・フォースは鉤爪状のパーツを顎みたいに開閉させながら、風船みたいに何処かへ流されていった。

 

 同時に、一つ思い出したことがあった。

 

「まずはお疲れ様、ラウラ。とりあえず内部から弄れそうな部分は他に無いから、次は外界に一番近い番地(アドレス)まで────なあ、どこへ行くんだい?」

 

 ラウラは駆け出していた。

 ひび割れた石畳の庭を抜けて、大きくてツルツルしたガラスの扉を押し開けて、リノリウム敷きのエントランスを曲がり、階段を何段も飛ばして駆け下りる。

 薄暗い非常灯が点々と照らす廊下の景色が後ろに流れていくように、気付けばラウラの左目を覆っていた眼帯も外れていた。琥珀色の輝きで塗りつぶされた瞳が顕になる。

 

 知っている。この場所は、この建物は、この先にあるべきものが一体何なのか。

 無我夢中だった。いま自分を突き動かしているこの感情の正体は知らない。けれど、行かなければならないという確信があった。まるで寄生されたカマキリみたいに目的地へ引き寄せられていく。

 

「おい! 待つんだ、聞こえてないのか?!」

 

 後ろからアアルが何か叫んでいるような気がしたが、ラウラにはどうでも良かった。

 

「ちっ、さっきのフォース・コンダクターの無効化と何かが連動したな。せめて声だけでも届いてほしいが……」

 

 ラウラはどんどんと地下へ下っていき、やがて足音はリノリウムからコンクリートの弾けるようなものへと代わっていった。真っ直ぐ続く、薄暗くて細い廊下。地下水が滲んでいるのか空気は湿り気を帯びていて、その奥に──あった。

 

「それ以上思い出すな! その記憶は君を────」

 

 分厚い鈍色の水密扉。記憶の通りの景色。

 アアルの忠告なんて聞こえちゃいない。ラウラはそれを迷いなく開けて────。

 

 

 

 

 

 

 真っ黒いものが全てを埋め尽くした。

 

 


 

 

 少しだけ、時を遡る。

 

 薄暗い部屋には何枚もの空中ディスプレイが浮かんでいる。映っているのは学園内のエネルギー収支、2機のレクイエム化したISと、それに挑むパイロットたちのバイタルサイン、遮断したコア・ネットワークを修復して伝染しようと試みるレクイエムシステムの図示など様々だ。

 それらに対して、束は素早く視線を動かしながらすべての情報を同時に把握しようとしていた。瞬きの一瞬すらも惜しまれる極限の状態であっても、天才は冷静だった。

 

(アドレスブロック内のアクセス権限をリセット、空間中のバイド体濃度の上昇傾向は変動なし、C2の承認によるラグナロックの型式認証を確認、学園の非常電源が稼働中──あーどうしよ嬉しいことがほとんど無い)

 

 束の瞳の中でチラリと黄金の粒子が踊る。彼女のISと思考をナノマシンで繋ぐことで、既存のインターフェースを置き去りにする操作速度を持つサイバーコネクタの最新仕様だ。常人では耐えられない情報量をその身で受け止めて尚、束は後手に回り続けていた。

 

 第一に、束はオルトロスとヴァイスリッターの2機から更に広がろうとするレクイエムシステムの先手を取って通信経路をブロックし続けている。一度塞いで終わりということはなく、他に対象すべく束が手を離した途端にその経路を使って最寄りのISに感染を試みる、終わりなきイタチごっこだ。

 常に彼女のリソースはその対応に蝕まれ続けている。

 

 第二に、クロエのことが気掛かりだった。異常者(てんさい)の束とて、人非人というわけではない。娘として可愛がる彼女を死地に送り出して尚平静でいられるような鈍色の精神を持ち合わせてはいなかったのだ。

 一夏の無事を祈ることしか出来なくなってしまった千冬との違いは、それを押し殺して肉体に命じることができる、機械じみた精神能力を天賦の才として扱えたことに尽きる。

 

 第三が、ショウのことだった。この鎮圧作戦の中核を成す役割を引き受けたこの男の実力を、束は数値として知っている。だが、一度でも死の恐怖を味わったのに自ら地獄に踏み込もうとする精神性までは評価しきれていない。彼に関するデマが広がっているらしいとか、直前に一夏と衝突したという話や、ガルーダが幾つかの異常現象に見舞われているという報告も財団から聞いている。要するに、不確定要素なのであった。

 

 チラリと第3アリーナの戦闘の様子に目を向ける。

 鬼神の如き、という修飾文が付きそうな戦いぶりだ。オルトロスの反応速度は人間の限界を上回っている。()()()()()()()()()()()()()()、というのもあるが、少なくともIS適正が高いくらいで追いつけるものではない。

 

(前から思ってた。いくら相手がプログラムとはいえ、レクイエムはバイドを滅ぼすためのシステム。チェスのAIとやり合うのとは訳が違うのに)

 

 イギリスの研究所ではショウとセシリアの異なる稼働記録が同時に現れたという話もあった。まるでこれから起こることを見透かしたように戦うこの男が、総当たり攻撃の候補を並べるように痕跡を残した。

 これもきっと関係がある。コアであるマリコも、人間であるショウも、互いに異なる特異な性質を持っていて、OF-3という苗床の上でそれらが絡み合っている。

 

 そんな考えを巡らせた瞬間だった。

 画面の中のオルトロスが黄緑色の稲妻を迸らせる。

 

「マズっ──」

 

 一瞬の閃光。白飛びから復活した画面では、真耶が出現させた障害物を隠れ蓑にして生き延びたショウが映っていた。

 誰もそんなことは教えていない。ライトニング波動砲が持つ回避不能の雷速の軌道を見切って躱すことだって、人間の反応速度でできることではない。

 束はショウの親も、生まれも知っている。でも説明できない。

 

「ナイス障害物! 褒めとくよデカ乳女」

 

 困惑を振り切るように感謝の言葉が漏れる。それを行うための最小限のリソースの中に人名は含まれていなかった。

 

 だが、障害物は敵にとっても等しく存在する。アリーナの内壁と障害物に挟まれた左右から、オルトロスとアンカー・フォースが挟み打ちを仕掛けてきた。

 

「ショウ、避け────えっ

 

 当然真上に飛び上がるショウだが、そのスラスターをレールカノンがしたたかに打ち据える。更に追い打つように、破損したスラスターへアンカー・フォースが食らいついた。即座にパージが行われるが、ほとんど食い千切られたようなものだった。

 真耶の悲鳴が上がる。触れたものを残らずエネルギーへと分解・吸収してしまう悪魔の顎が、ついに神鳥を捉えた瞬間だった。更にオルトロスが突き付けてきたレーザー刃を、ショウは辛うじて受け止める。

 

 束も堪えきれずに彼の名を呼んだ。時間の問題だ。このままではショウが食い殺される。

 だと言うのに、通信越しの声はぞっとするほど冷えていて。

 

──やれよタバネ、役目だろうが

 

「っ、言われなくても!!」

 

 そうだ。作業を進めなければならない。ガルーダとオルトロスが組み合っている今この瞬間が最大のチャンス。

 束は全力で思考を巡らせる。ショウがオルトロスの斬撃を受け止め、逆に膝蹴りを叩き込み、顔面に拳を受けている今の間に少しでも解決に向けて動かなければ、最悪を脱することはできない。

 

(まさか、わざと誘い込んだ? 自分のスラスターを犠牲にして、高々この数秒を稼ぐためだけに? フォースは────)

 

 オルトロスを成立させているレクイエムシステムを無効化し、中のパイロットを排出させる。その進捗が76%まで進んだところで、ショウの背後からフォースが迫る。今度は胴体ごと食い千切られるだろう──その束の予想に反して、アンカー・フォースの動きは鈍い。

 

(突っ込んで、来ない……? なにこれ、まるで道に迷ったみたいに)

 

 痺れを切らしたようにオルトロスからレーザーチェーンが放たれるが、アンカー・フォースがそれを受け入れることはなかった。そのまま数秒ふよふよと動き回ったあと、興味をなくしたように景色を波打たせながら虚空へと消えていった。

 

『──ははっ』

 

 困惑が透けて見えるくらいに一瞬フリーズしたオルトロスだが、激昂したようにライトニング波動砲のチャージを始め──ショウはサマーソルトキックの容量で顎下を蹴り上げて距離を取った。

 空中に樹状の光が広がる。

 

『ラウンド2と行こうぜ、寝坊助(ラウラ)

 

 


 

 

 喜びの時間。

 分かりきっていたことではあるけど、俺がオルトロスを第3アリーナに蹴り込むのに成功した時点で、こうなるのはほとんど決まってたんだ。()()()()、というのはイチカがどうしても不確定要素で、前みたいに背中からたたっ斬られるのが怖くて仕方がないからだ。

 なぜ不確定なのかって? 俺が知りてえよ。あと、誰だよ。

 

 でも、それはもう無視することにした。

 タテナシも、クロエも、その強さは何度だって見てきた。だから、任せられる。考えなきゃいけない変数ではなく、結果の決まった定数として扱える。

 誰かを信じるなんて、一体何時ぶりのことだろう。相も変わらず真正面から向き合うことはできないけど、二人は確かにそこにいて、それがどう見えるかなんて重要じゃなかったんだ。

 この考えを受け入れるのに、毎度のことながら時間が掛かってしまう。本当に、俺は学習しない。

 

「最善手しか選べない機械がッ!」

 

 オルトロスは、結局のところプログラムに従って動いている。行動目標も扱える武装も突然変化したり増えたりすることはない。有限と有限の掛け合わせなんだから、結局はこれも有限に収まる。組み合わせが天文学的な数字になろうが、数え上げてしまえるのだから、俺にとっては何も重要じゃない。

 結果は自動的に導かれる。

 

「フォースが使えなくなった途端にぶちギレやがって、だからお前は答えになれねえんだよ」

 

 レクイエムシステムに怒りなんてものがあるかは未だに分からないままだけど、()()()()にフォースがどこかへ消えたときの反応は毎度感情的に見えて仕方がない。余裕がないみたいにレールカノンを乱射しながら波動砲で狙うばかりで、いっそ戦いを諦めたのかとすら思えてしまう。まるで一匹でも敵を減らしてから終わろうとするような。

 俺の方もスラスターが半分無くなった。PICにしろザイオングにしろ、自力で大きな推力を出せるものじゃないから、スピードも半分になったようなものだ。戦略的に見れば、余裕がないのはこっちも同じなのは認めてやる。

 

 けど、()()()()()は、()()()()()()()()()は、これでも諦めなかった。そのまま先の結末をもぎ取って、その上で斃れた。その後を追って、その先に立つ俺にできるただ一つのことは、それを踏み越えて、また少し先の到達点を示すこと。

 

(ハナ)からテメエなんざ怖くねえよ。決まった動きに決まった変化、何回見せられたと思ってる?」

 

 そして、それもこれが最後になる。

 俺は辿り着いた。辿り着くことを自分で決められるようになった。

 これが見たくないものから目を逸らすだけの逃避に過ぎなかったとしても、確かにここに理想の景色が組み上がろうとしている。

 

 目の前で、人が死ぬのを見たくない。

 その通り、誰も死んじゃいない。

 

 無数のレーザーチェーンが一斉に迫ってくる。くるりと砲身を傾けて根元のオルトロスの顔面にレールガンを叩き込めば、ぐんと引っ張られて数珠つなぎの光が離れていく。すかさず懐に飛び込んで、胸元の放電ユニットを何度も蹴りつけた。デタラメに頑丈だ。

 ラウラには悪いことをしていると思う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ラウラだけじゃない。他の、俺以外の、俺が人間と思えないものたち全てに対してもそうだ。イチカにも、チフユにも。例外なんて作れた(タメシ)は無かった。

 思えば、俺は誰にも優しくなんて出来ちゃいなかった。当たり前だ。俺は俺が嫌なものを見ていただけで、何かに身を尽くそうとか考えて行動したことなんて無いのだから。

 

 自分で選んでいることと、大きな流れに引きずられることの違いが俺の中には無くて、だから、諦めていた。周りに人間がいないなら、俺だって人間じゃない。否定したくて堪らなかったけど、現実にそう言われているような気がしてならなかった。

 俺にとっての快と不快を分けて吐き出すだけの機械。決まった入力(せかい)に対して定められた通りの出力(たたかい)をするだけの装置。

 その通りに振る舞うのが一番苦しくなかった。

 

(ラグナロックの完成……なら、もう良いか)

 

 マリコがクロエのISにパラメータを送っている。向こうの戦力は持ち直すだろうし、イチカの救出はこれが決め手になるだろう。

 レクイエムシステムの除去率は83%。いかに天才といえど2つの戦場を同時に扱うのは効率が悪いだろうから、俺は多少の調整をしていた。向こうが片付いた瞬間に、最大のリソースを注ぎ込ませて、最速でラウラを引きずり出すために。

 何も命じた覚えはないが、マリコはそれを後押ししてくれているようだ。

 

 もしかして、俺を安心させようとしているのか?

 それとも、よそ見をするなと言っているのか?

 

 何だって良い。

 全ては、この後。

 俺の到達点は、ここだ。

 

 


 

 

 物事には原因と結果がある。足元に転がってきたリンゴは誰かが落としたものかも知れないし、ニュートンが見たように木から千切れたものかも知れない。

 基本的にその関係は複雑怪奇で、紐解くことは困難を極める。天気予報で来週は嵐になると言われたとして、その原因を辿っていくと「地球の裏で蝶々が羽撃いたから」なんて荒唐無稽な答えが出てくることは何らおかしくない。

 

 見分けが付かないくらい小さな差が、何処かで決定的に大きな結果を生んでしまう、というのがカオス理論の考え方だ。その差異がどうやって結果に作用するのか、それを完全に答える術はあっても、人類には現実的に扱えないほどに世界というものは拗れている。それこそカミサマでもなければ見通すことなんて出来やしない。

 

 でも、カミサマなんてそもそもいないのだ。

 もしもその存在を感じる瞬間があったとすれば、それは世界というものをよく把握できていない証拠だ。何も無いところから突然に結果だけが生えてくることも、原因となるべき行動をしたのに世界がそれを無視することも、有り得ない。

 万人にとって、自分が知覚できる世界(システム)が全体の一部でしかないのなら、知らないだけであらゆる物事は既に起こっている。

 

 


 

 

 それはヴァイスリッターに楯無の分身が首を斬り飛ばされたのと同時だった。

 束の目の前で、画面の中のショウが不意に動きを変えた。

 

 端的に言えば自殺行為そのものである。

 それまでは持ち前の異常な操縦技能でオルトロスの攻撃を回避しながら、僅かなその空隙に間合いを詰めて束の作業時間を稼いでいた。だが、今度は積極的に被弾を無視するようになっている。

 レーゲン譲りのレールカノンは真紅の装甲で受けながら体を斜めに傾けて砲弾を滑らせ、従える対象を失ったレーザーチェーンは巻き付かれる前に掴んで自分の間合いへ引き摺り込む。

 最大チャージを止めて必中の弾速だけに絞ったライトニング波動砲に限ってはマルチバリアで防いでいたが、偶に命中して装甲が焦げても、この男はうめき声一つ上げることは無かった。サイバーコネクタの仕様によって機体へのダメージがショウにフィードバックされているはずなのに、である。

 生存を無視するような戦術によってガルーダとオルトロスが接近する時間は以前にも況して増え、その分だけ束が作業を進める時間が与えられた。

 

(何、私の足元見てるわけ? くーちゃんが勝負を決めに掛かるのを待ってたとでも……?)

 

 ぎりり、という耳障りな摩擦音が束の内耳を揺らした。

 不愉快だった。既に何手も遅れているのに、状況を俯瞰できる立場にいながら、現場のショウにすら置き去りにされているような気がする。天才たる己がイニシアチブをまるで握れている感覚がない。

 自分の対応能力を見透かして、それに見合った状況になるようにショウがわざわざ整えてくれているようにすら感じるのは考えすぎだろうか? どちらにせよ、そんな考えが欠片でも浮かぶ時点でこのナルシストにとっては屈辱そのものである。

 

(フォースが無くなったって関係ない。一流のパイロットだって惨殺されておかしくない戦闘プログラムに、何でここまで一方的に────ん?)

 

 今日の騒動が始まったときと同じ、視界の端に映り込んだ、僅かな違和感。

 ショウのバイタルデータを示すデータの羅列に、束はそれを感じ取った。

 

(信号ロスの低下……適正値が上がっている? もう既に最高位のSなのに?)

 

『息巻いてたお前はどこに消えたッ』『俺はずっと、貴女から逃げていた』『それで一丁前に戦ってるつもりなんだろうな』

 

 支離滅裂な言葉と共に、センサー上ではショウのIS適正値が上がり続けている。元々僅かな伝達ロスだけが残っていたパイロットとコアの間から、一切の壁が取り払われていくようだった。

 

『それを確かめるだけの時間なんて』『とんだヒトデナシだ』『プログラムは自分の破綻に気付けない』

『お前に言ってるんだぞラウラ!』『ごめんなさい山田先生』『西洋わさびを混ぜたパックってのはな、要するにあれだ。あれだよ』

 

 1人分の声ではなかった。声色も、呼び掛ける相手も、どれ一つとして符合しないショウの声が幾重にも重なって束の耳をくすぐる。それこそ、スピーカーの向こうで何人ものショウが不協和音を奏でているかのようだった。

 画面の中で踊るガルーダは1機。中にいるべきパイロットも1人。では、この声は誰の声だ?

 

『どうせそうなるなら関わらない方が楽だって』『イチカをぶちのめすとか息巻いてたお前はどこに消えた?』『何度も何度も殺して、嫌になるくらい殺されて』

『いざ目の前にすると全員そう見えちまうのに』『そこんとこ俺は違うぜ、清流の恵みをナマでイッてるからな』『もう少し踊らせてくれよ……!』

 

 オルトロスから最大チャージのライトニング波動砲が放たれる。ショウを追尾するはずのそれは、真下に整列していたレッド・ポッド2基が避雷針代わりに焼かれることで地面へと落雷した。それを見た黒色のケダモノの首がぎょっと固まって、明確な隙になった。

 ショウは片方しか残っていないスラスターで加速し、刺し貫くようにレールガンの先端をオルトロスの胸に突き付け、有りっ丈の弾丸を叩き込みながらアリーナの壁と地面の境目に衝突する。

 

(ここ……ッ!)

 

 進度90%。今この瞬間で確実に決めるのだと束も確信した。

 追い詰められたオルトロスのレーザー刃が粗雑に振るわれて、ショウの左肩がずぶりと貫かれる。

 

『やめろ沢村、それ以上は──』

 

 進度95%。見ていられなくなった千冬の悲痛な叫びが響くが、状況は止まらない。

 筋肉が切れたのか、だらりと垂れ下がった左腕に代わって、ショウは右手のレーザーブレードを敵の首に押し当てる。反射的にオルトロスが両腕のブレードで押し返そうとして、瞬間的に鍔迫り合いの様相を呈した。

 最後に聞こえた男の声は、ブザー音みたいにピッタリと重なり合っていた。

 

 

 

 

『俺がそれになってやるよ』
『俺を恨んでいいぞ、セシリア』
『俺だって同じだなんて』

 

 

 

 

 ──そして、進度100%。シュヴァルツェア・レーゲンを蝕んでいたレクイエムシステムが無効化される。

 オルトロスの黒い装甲がバラバラと崩れていく。同時に、最後の抵抗とばかりに肩部のレールカノンがガルーダを弾き飛ばした。

 

『終わったよ! 回収急いでッ!』

 

『ゲート開け! 突入しろ!』

 

 一瞬遅れて最寄りのシャッターが持ち上がると、隙間からISを纏った教員が数人、担架を抱えて駆け寄った。苦悶の色が一切見られない顔で眠っているラウラはすぐに回収されて、アリーナの中央に力無く落下したガルーダだけが残った。

 

(……本当に、やっちゃったよ。とりあえずコア・ネットワークを元に戻さないと)

 

 束は現場へ向けて事態の収束を祝いながら、己の背後に鎮座しているIS──箒に渡すべく建造中の1機──に意識を向ける。レクイエムシステムの伝染を防ぐべく行っていたコアネットワークの封鎖を解除するのだ。

 

(あれ、もう解除されてる? 終わったら動くような自動設定なんてしたっけ)

 

 その特別なISには、他のISコアに対する命令能力があった。今回は束がそれを間借りする形で防疫に使ったが、本来はコア全体の中央集権構造を形成するためのものである。

 もしや、事態の収束を感じ取って独りでに命令を取り消したのだろうか? もう少し詳しい情報を得ようと束はそれに手を伸ばして、そうして、気付く。

 

──────コード・レッドが、無い?

 

 


 

 

 ひどく眠い。

 ミステリアス・レイディを纏って第3アリーナへの通路を浮遊しながら進む楯無の意識は、実に頼り無いものだった。

 過負荷に耐えながらアクア・ナノマシンを操作し、霧の中で死線を何度も掻い潜り続けた果ての疲労である。もはや痛みも苦しみも気付けにはならず、今すぐ医務室へ担ぎ込まれていたほうがずっと自然なはずだった。

 だが、楯無はそうしない。

 

「絶対に逃さない……このまま居なくなるつもりなら、必ず連れ帰る……!」

 

 楯無はショウに約束をさせていた。今まで散々思わせ振りで薄気味悪い振る舞いを続けて、周囲をかき乱し続けてきたことへの責任を取らせるために。本人が隠してきたもの全てを吐き出させるために。

 

 脳裏に浮かぶのは、過日の真耶の泣き顔だった。

 自分の分身を密かに学園全体に配置している楯無にとって、生徒教員を問わず他人のプライベートを覗いてしまう機会は少なくない。その日の真耶は、一夏に殴られたショウを医務室に運んだ後、誰にも見えない建物の影で啜り泣いていたのだった。

 実のところ色恋沙汰については耳年増な楯無にも、彼女の思いは容易に想像がついた。模擬戦と称した殺し合いを経て、その内心がどのように変化したのかは知らないが、結局のところ彼女はショウを思って涙を流している。だというのに。

 

他人(ひと)の気持ちも、知らないで……! 自分の身体が自分だけのものだと思ってるなら、だから貴方は一人ぼっちなのよ)

 

 ここ最近になって、ショウが孤立するような出来事が何故か頻発しているのは楯無も理解していた。セシリアから事を預かっているのに、実に情けないものだと思った。

 それでも不可解なのは、ショウ自身も孤立を選ぶように振る舞っていることだった。デマに対して弁解することもなく、何を言われたのかセシリアは本国へ帰り、周囲と軋轢を抱えるラウラと敢えてタッグを組んだ。

 

 その結果が今日のザマである。自分に誓った約束は嘘だったのだろうか? このまま一人いなくなって、墓に持ち込んでしまえば全ての秘密は守られるとでも思っているのだろうか?

 だとしたら。楯無は、自分でショウをこの世の誰よりも憎むだろうと確信していた。

 

 絶対に、あの男の前にたどり着いてやる。彼に少なからず心を寄せていたセシリアと真耶の前に引きずり出して、洗いざらい全てを吐き出させてやる。そして、彼を後ろから突き動かしている()()に必ず報いを受けさせてやる。

 濃密な死線に触れて一夏を救い出した今となっては、楯無に怖いものは何一つ無かった。今の彼女を突き動かすのは、純粋に怒りだけなのだ。

 

(……誰も居ないのね。お膳立ては済んでるってワケ?)

 

 まるで何かに導かれるように、楯無の行く先は誰一人おらず、静まり返っていた。タッグマッチの観客や生徒の避難に人員をほとんど割いているのか、一夏とラウラの治療に当たる教員を除けばアリーナに人は残っていないらしい。

 開放回線(オープン・チャネル)越しに聞こえてくる千冬の悲鳴混じりの言葉によれば、真耶は目を覚まさず、ショウからも応答が無いらしい。楯無のISにも情報が降りてこないせいか、ガルーダのパイロット情報が空白になっている。

 もう、沢村ショウなどという人物は残されていないみたいに、そういう演出みたいに、証拠が積み上げられていくのを感じていた。

 

 第3アリーナとピットを隔てるシャッターは半開きになっていて、隙間からボロボロのガルーダが見えた。周囲に陽炎が立ち上っていて、よく見ると機体が触れている地面の一部だけ、真っ黒くガラス化している。

 ハイパーセンサーが読み取ったその温度は摂氏500度を超えている。真紅の装甲は一層その赤みを強く主張しているように見えたが、どうやら実際に赤熱しているらしい。

 

「ふふっ、なあんだ。案外、簡単なのね」

 

 シャッターの隙間をくぐり抜けた楯無は、この懐かしい熱感に笑ってしまった。

 このガルーダが、いや、このマリコというISコアが、自分に何をすべきかを伝えている。言葉もなくそれが理解できてしまって、それどころか、あからさまであるとすら感じてしまって。

 楯無は、アリーナの散水ユニットにアクセスすると、壁面のノズルの全てをガルーダに向けて、有りっ丈の勢いで水を叩き込んだ。

 自棄っぱちにも似た居直り。0を突き抜けて削られた気力がオーバーフローを起こしているような感覚すらあった。

 

「こうすれば良いんでしょう。次は何? 私も焼き尽くすのかしら?」

 

 改めて。これはただの水道水ではない。楯無が仕込んでおいた大量のアクア・ナノマシンだ。

 以前の試合で、このガルーダという機体にはアクア・ナノマシンに強烈に反応する性質があるということを楯無は痛いほど体験させられた。当時はそれが怖くて仕方がなかったが、今となっては、いっそ見下してすらいた。

 このコアは、こいつは、私がいなければ何も出来ないのだ。ショウという最高のパイロットが間近にいながら、それでは足りないと駄々を捏ねている。

 

 変化はすぐに起こった。

 ガルーダに触れた水は僅かに蒸気を上げると、すぐにその全身を取り囲むように球体を成す。茶葉を散らした熱湯みたいにその色が真っ赤に染まっていき、目覚めるようなルビーの宝玉のように見えた。ショウがOF-3にねじ込んだ球体と全く同じ色だ。

 今や楯無の制御を離れたアクア・ナノマシンは、その一部を粘菌みたいに伸ばして、壁面のノズルから直接水を吸い上げていた。何処までも強欲なやつだと思った。

 

 目の届く空間の至る所から、ISコアに似た反応がぼんやりと発せられていた。コアなら一点から放たれるはずだから、少しずつ強さを増しているこれがコアの反応でないことは明白で、楯無は経験からその正体に見当が付いていた。

 レクイエムは倒した。2人は助け出した。だが、何一つ終わってはいないのだ。

 

「それでも足りないって様子ね──────良いわ、持っていきなさい」

 

 ついに、真紅の触手が楯無の方へと伸びる。それはミステリアス・レイディの後方に浮いていたナノマシン生産用ビットのアクア・クリスタルの一つを勢い良くもぎ取ると、根本へ引っ込んでいく。

 鈍い痛みと共に、楯無は自分の意識が急速に薄れていくのを感じていた。

 

(ああ──やっぱり、こうなるのね)

 

 楯無が最後に見たのは、赤色を通り越して漆黒に染まったアクア・ナノマシンが、誰かの瞳みたいにこちらを覗き込んでいるところだった。

 

 

 真っ黒いものが全てを埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

こんかいのまとめ

 

 

・ラウラ

 

 突き動かされるように記憶の奥底へ。眼帯が外れて恥ずべき左眼が顕になっているが、それを気にする他者なんてここにはいない。

 救われたことに気づけなければ、何処までも降りていける。禁忌を冒すのは、意外と簡単な事かもしれない。

 

 

・アアル

 

 せっかく助けようとした相手が勝手に落ちていくときはどうすれば良いんだろうね?

 予定外に次ぐ予定外が生むのは破滅か救済か。

 

 

・束

 

 可愛い娘が無茶している横で地獄に踏み込む男に怒りを燃やす天才。絶対に優れているのは自分なのに、勝手にこっちに合わせてこないでよ。

 それとも。今まで見捨てていた可能性に向き合う瞬間が来たのだろうか?

 失われたコード・レッドの行方は何処だろう。

 

 

・ショウ

 

 もうお前、パイロット扱いされてないってさ。

 他人に頼ることをようやく覚えたお子様野郎。加減を知らないので次は何もかも放り出して向こう側へ。

 全てを見透かす戦術も、最凶と渡り合う実力も、見捨てられる孤独も、何もかもは副産物でしかないのに。

 

 

・楯無

 

 怒りという名の太陽に身を焦がす。

 何が神秘だ。何が■■だ。そんなもの、責任を逃れる言い訳になんてさせてやらないんだから。

 本当に相手を理解したいのなら、同じ景色が見たいのなら、決して向き合ってはいけない。横に並び立つしか、答えにはなり得ないのだから。

 

 




 思えばここまで長かったなと思います。

 この物語を成立させるための主要なギミックの一つを次回で明かす予定ですが、これだけ話数を重ねておいて漸くというのが悲しいところ。作劇能力がもっとあればより早期に明かせたんでしょうか。自分もまだまだですね。

 今まで頑なにショウの過去を隠してきましたし、心理描写も半端な描き方しか出来なかったのも件のギミックが故なのですが、その分原作キャラたちの描写をのびのび書けたのは良かった……のかな?

 そういえば今週にはR-TYPE TACTICSのリメイクが発売されますね。こっちも本当に長かったです。一応R-TYPEの布教という体で描いている本作なので、良ければ原作の方も手にとって頂けるとファン冥利に尽きます。
 執筆に影響しない範囲で遊ぶぞ~!

オリキャラの描写比率について……

  • 主要キャラならバンバンちょうだい!
  • 原作キャラの掘り下げに必要なだけ欲しい
  • なるべく原作キャラだけが良い……
  • 拷問だ! とにかく拷問せよ!
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