Infinite stratos / False prophecy   作:✕せんたくだま

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寄る辺なき傍観者よ 時の天蓋に広がりし金枝よ
赤き冠の簒奪者にして目に見えぬ星々よ

今盲目の手に番えられし円環をもって 光の神に運命の死を



54-i 盲目なる宿木(ミストルテインの矢)

 

 

 あらゆる自由度の中で、時間だけが特別扱いされている。コイツだけは勝手に未来へ動いていくし、二度と同じ場所には戻ってこれない。

 なのに、ヤツらは時間すら単なる自由度として扱う。行けない場所なんて存在しないとばかりに、何処へでも染み出して、俺達の世界を侵食していく。

 こちらへ向かってくるヤツらを捉えるためには、自分たちだって同じように過去と未来を歩き回れるようにならなきゃいけなかったんだ。

 でも、そうしてしまうと、物事が起こるために必要な時間の幅というものはなくなって、全部がまとめて存在しないはずの現在に収束されてしまう。何処までも小さく窮屈に凍りついた時間の中で、俺達は一体何をもって過去と未来を定義すれば良い?

 何をすれば悪魔の通り道を探し出して塞げる?

 あの悪夢に、どうやって矢を突き立てる?

 

 俺達は、塵の中に答えを見出すしかなかったってのに。

 

 


 

「シャルルにハメられたわね。貴方の世間の評判、もうボロボロになってるけど」

 

「何か問題でも?」

 

「……何とも、思わないの?」

 

「それが学園にいる俺にどう影響する? 結局ここに辿り着くまで邪魔は入らなかったし、それよりあの男装女の背後の方が気になるんじゃねえか?」

 

「それはそうかも知れないけど、貴方のことを心配してくれる人がいるじゃない。お父さんとか、セシリアさんとか、山田先生も。それに、織斑くんもあんな誤解……」

 

「アイツに俺を殴らせない未来は無かったのかって? 不思議な話だけどさ、俺、あの姉弟の未来だけは何一つ見えなかったんだよ。完全なイレギュラーで……それに、あれは誤解でもないし」

 

 


 

 

 真っ黒いヤドリギが伸びていく。

 目覚めるほどに赤い果実を無数に実らせる枝葉の先へ導かれ、楯無は無数の景色の中を進み続けた。

 

『──ねえねえお父さん、僕もダイダロスに乗れる?』

 

 気付けば、楯無は車に揺られていた。舗装された山道を進む車窓の風景では、青々とした山並みが駆け抜けていく。

 取り立てて特徴がある訳でもないコンパクトカー。運転席には男性、助手席には女性が乗っているのがルームミラー越しに見えて、楯無は後部座席で窓際にもたれ掛かる男の子の隣に座っていた。

 男の子の口振りからして、前に乗っている2人は彼の両親だろうと推理してみる。

 

『うーん、ショウが大きくなったら、乗れるかも知れないな。今はまだまだ作り途中で危ないから』

 

(ショウ!?)

 

 楯無はぎょっ、と男の子の顔を覗き込んだ。濡れ羽色のショートヘア、黒い瞳は希望に満ちたように輝いていて、何処か世間知らずな様子も漂わせる小学生がそこにいた。

 えーっ、と頬を膨らませる男の子が、この後あの薄気味悪い営業スマイルと憔悴し切った目付きを見せられる男性に育つとはとても思えなかったのだが、今の楯無には何を以て疑えば良いのか分からなかった。

 

『お父さんを困らせちゃダメでしょう? それに、この後ショウは検査をしないと』

 

『それもメンドーだよ……IS、さわっちゃダメ?』

 

『触っても男じゃ乗れないぞ。今はガマンだ、お父さんたちが誰でも乗れるようなのを作るからさ』

 

(誰でも乗れる……もしかして、OF-3も?)

 

 会話の切れ目を狙って、楯無はショウと呼ばれた男の子の前に手を出して振ってみた。怪訝な表情をされた。

 

「あの、私の声……聞こえてる?」

 

『……』

 

 ショウは枕代わりに固く張っていたシートベルトを離すと、露骨に顔を背けて、窓の景色を見た。尾根側の景色といえば、苔むした擁壁が薄暗く流されていくだけのつまらないもの。見ようと思って見るものではない。

 

(干渉は、出来るのね。けど、今度は何をすれば……?)

 

 過去の改変。既に楯無はそれを体験している。

 未来を見通すということは、見方を変えれば未来から過去に対して影響が与えられているということでもある。だとすると、このメチャクチャな時間に巻き込まれた楯無にも同じことができるというのは、確かに納得感のある話ではあった。さりとて、これが一体何の()()()()()なのかは彼女にも分からない。

 

 それから、車はトンネルに入った。車内が一気に暗くなって、嫌な思い出が蘇る。

 山道を下ったあの時だって、ショウと二人で後部座席にいたのだから。

 

 座席が下から揺さぶられたような感覚があった。

 

「ねえキミ、驚かないで聞いてほしいんだけど────」

 

──ドゴォォォォォォォォンッ!!

 

 トンネルの出口が広がり、眩い光が差し込んだ直後。視界が土気色に塗り潰され、空間そのものがひしゃげるような暴力的な衝撃が車内を襲った。

 楯無の身体は実体を持たないかのように物理的な破壊をすり抜けたが、車体はそうはいかなかった。山の斜面を覆っていた巨大なコンクリートの擁壁が土砂崩れと共に崩落し、巨岩がトンネルから飛び出したばかりのコンパクトカーの「前半分」を無慈悲に押し潰した。

 

(ショウは!? 生きてるの……?)

 

 もうもうと舞い上がる土埃と、対照的に静まり返る周囲。

 奇跡的に原型を留めていた後部座席の割れた窓枠から、小さな身体が外へと転がり出た。ショウだ。額から血を流し、酷く咳き込んでいるが、辛くも脱出できたらしい。

 だが、運転席と助手席にいた、両親の姿は────。

 

『…………ぁ』

 

 V字に折れ曲がったルーフと、先端から半分ほどまで原形をとどめないほど完全に押し潰された車体。そこから、ピクリとも動かない男女の腕が、だらりと血塗れのまま垂れ下がっていた。指先から滴る真っ赤な液体が、アスファルトを黒く染めていく。

 即死。誰の目にも明らかな絶望の景色だった。

 

『……』

 

 ショウはただ呆然と、瞬きもしないで立ち尽くしていた。脱出の際に割れたガラスで切ったのか、腕からダラダラと血を流している。痛いだろうに、そんなものを知覚できる余裕すらないのだ。それどころか、あれだけ強く打ち付けられて意識を保っているだけでも十二分にすごいことだと楯無は驚いた。

 

「……行きましょう。ここから離れないと」

 

『だれ』

 

「誰でもいいの。それより貴方、ここにいたら巻き込まれるわよ」

 

『でも、おとうさんとおかあさんが』

 

 ふらふらと男の子は助手席から伸びた手に縋り付いた。血塗れの結婚指輪が嫌な輝きを放っていて、だが、それはピクリとも動かない。何度揺らしても、非力な小学生の腕力では何も変わらなかった。

 周囲がまだ少し揺れていて、この後も崩れるかも知れない。楯無は思わず手を伸ばした。すり抜けるかもしれないという懸念は外れ、彼女の手はしっかりと、震える少年の華奢な肩を掴んだ。

 

「離れて! このままじゃ貴方まで巻き込まれるのよ? 何も分からなくていいから、安全なところへ行って、それから救急車を……」

 

『ああ、そっか……119……』

 

 何かあったらここに電話するのよ、と母親に言いつけられていたのを思い出したショウはポケットから子供向けのスマホを取り出すが、それは画面がクモの巣模様みたいにひび割れて動かない。どうしようもなくて、ショウはまた固まった。

 楯無は反対側に回り込んで、動かない父親の腕の方を見た。フロントガラスを突き抜けて座席を押しつぶしているおかげで亡骸を直視することはなく、さらにドアポケットにゴテゴテとした二つ折りの携帯電話が入っているのを見つけることが出来た。支給品の特別に頑丈なものらしく、傷はあれど壊れてはいないようだ。

 ショウを呼んで拾わせると、指紋認証が操作を阻んだ。彼は無表情のまま血塗れの父の指を自分の服で必死に拭いた。死んですぐならまだ使()()()と楯無が教えたからだ。

 それから、楯無はショウを支えながら離れた道路の真ん中まで歩かせると、当初の目的通りに救急車を呼んだ。震える声で、傷を抉るように自分が置かれた状況をポツリポツリと口にする楯無は直視出来ずにいた。

 

 オペレーターに宥められながら電話を耳に当てているショウは、現実に心が追い付いたのかそれからやっと泣き始めた。携帯を取り落として、わんわんと叫ぶように両親を呼んで、しかしそれに答える大人は何処にもいない。

 救急車は3時間経っても到着せず、楯無は失血で意識が朦朧とするショウに必死で呼びかけて、その命を繋ぎ止めさせるしかなかった。その時には、涙も声も枯れ尽くしていたからだ。

 

(ああ、そうか。私……呪いをかけてしまったんだ)

 

 本当なら全て大人に任せて、立ち直れるまで悲しんでいれば良いはずの男の子に、この場にいるはずのない楯無は現実を直視することを強要した。未来永劫消えぬトラウマが、4月のあの日に半狂乱で救助に当たったショウの精神を歪めたのだとすれば、自分はなんて罪深いことをしてしまったのだろう。

 

 

 

 

 景色が加速していく。楯無はまた傍観者の席に押し戻され、ただ行く末を眺めていた。

 

 全身の怪我で通常なら暫く入院生活を送るはずだったショウは、異様な早さで母方の親族へ引き取られていった。親族たちはショウの母親を疎んでいたようで、みな口々に「死んでくれてよかった」と発する。それを、対照的に猫かわいがりを受けるショウはぼうっと受け流している。

 

 母親の実家は古くから続く占い師の一族らしかった。

 「高原」と聞けば楯無もその名前を2度3度と聞いたことがある古株だ。科学全盛の現代においては、ある種の宗教組織みたいな形で山奥で小さな集落を数十名の信者と形成している。

 

 高原という家系は、大昔から未来を見通すという触れ込みで名を馳せた霊能者の集団だ。古くは災害や権力者の死を予言し、商業の成功までも見通していたという。今でも政財界とはそれなりに太いパイプがあるようで、楯無がこの名前を聞かされていたのも、カルト宗教じみた現代の振る舞いが警察から目溢しを受けているのも、そういう流れによるものだったらしい。

 

 ショウの母親である高原 麗(タカハラ レイ)は、その高原家の次期当主──「真理御子」と称される教祖の立場を継ぐ身であったらしい。だが、聡明な彼女は高原家に未来が無いことを悟り、出奔。都会でイメージインターフェース分野の研究者としての地位を得た。

 もちろん実家の魔の手が彼女を家に引き戻そうとしたが、その頃にはグランゼーラの前身でもあるオラクル財団にスカウトされており、裏社会のパワーバランスとして身を落ち着けるに至る。そうして、JAXAの職員だった高原 仁(タカハラ ジン)と結ばれ、間にショウという一人息子を設ける。

 両親の死という混乱に乗じて、高原家はショウという1代飛ばしの次期当主を取り戻したのだった。

 

『ああ、真理御子さま、マリミコさま、我らにお導きを……』

 

 ショウは、集落の一角の地下室に軟禁されていた。平時は無数のテレビ画面と新聞の山が壁を埋め尽くしている部屋の中で寝る間もなく世界の情報を流し続けられ、時折信者が地上に連れ出したかと思えば、そこで求められるままに「予言」を与える。

 その予言というのも薄汚れた世俗的なものばかりで、やれ次の株価がどうとか、競馬の結果がどうとか、金儲けに繋がることばかりである。毎日毎日殺人的とも言えるレベルの情報量を流し込まれながら、その苦痛の先にあるのは大人たちに甘い汁を吸われるだけの日々。従わなければ食事さえ与えられず、ただ予言を吐き出すだけの機械として生き続ける他ない。

 引き取られてからの僅か一ヶ月で、ショウの黒い瞳からは光が失われ、楯無が見慣れた漆黒のそれに変わってしまった。

 

 それから大人たちは、ショウの能力の異常さを恐れるようになった。端的に言えば、当たりすぎるのだ。

 信者たちが名前も知らないようなアメリカの宝くじの当選番号も、予測が事実上不可能な大地震が某県を襲うことも、地球の裏側で蝗害が起こることも、集落の中で誰が病気を起こしていつ死ぬかまで、聞かれるまでもなく一つ残らず当ててみせた。

 それまで少しばかり先を読むのが上手いだけの人間が、小遣い稼ぎ程度の能力で信仰を留めていただけの高原家にとっては、前代未聞の異常な力。始めこそ大喜びでショウのことを利用し続けていた大人も、気味の悪さから彼を地下室から出そうとしなくなった。

 「人ではないから殺してしまった方がよい」とヒステリックに叫ぶショウの祖母や、むしろ積極的に利用すべきだと訳知り顔で語る世話役の一人がぶつかりあい、集落の中に不和の空気が漂い始めた。

 

 やがて、ショウを生かして利用すべく世話をしていた集落の一人が孤立し、地下室を訪れなくなった頃。楯無は漸く現実に入り込めるようになった。本当はもっと前の段階で手を差し伸べてやりたかったのだけど、黒いヤドリギが邪魔をした。

 

 ショウが集落に引き取られてから、いや、誘拐されてから半年が経とうという頃だった。楯無は、彼を閉じ込めている鉄格子をすり抜けて、その前にしゃがみ込んだ。

 

『……あの、ときの』

 

「ごめんなさい。随分遅くなってしまったわね」

 

『だれ? ……オバケなの?』

 

「私は、楯──ううん、刀奈(カタナ)。刀奈おねーさんって呼んで。……まあ、実際オバケみたいなものなんでしょうけど」

 

 それは彼女が更識の当主を襲名したときに捨てた、(イミナ)だった。本来ならば死ぬか次代に当主を譲るまで隠されたままのそれを名乗ったのは、それが最も自然だと思ったから。今この時間にいるはずの()()()()()はまだ刀奈と呼ばれていたし、この少年を前に、欺瞞に塗れた暗部の長の名を口にするのは、あまりにも酷いことだと思っていた。「何かあれば殺せ」とまで言われた相手ならば、尚更。

 

 青白い光を放つテレビ画面に囲まれた地下室の中央で、一人の男の子が糸の切れた人形のように跪いている。まるで枯れ木みたいな雰囲気を漂わせていた。齢10を超えたくらいの子供が、である。

 白無垢だが巫女服みたいなヨレヨレの白い装束に身を包み、対照的にその瞳は、この世にこれ以上黒いものなど無いのではないかと思わせるほど漆黒に染め上げられていた。希望など欠片も宿っていない、ただそこにあるだけの存在。これを生きているなどとは、とても形容できないと思った。

 これが高原翔(タカハラ ショウ)。後に沢村と苗字を変え、ヴァルキュリアとガルーダを駆ることになる男の幼少であった。

 

「おねーさんはね、貴方がこれから出会うかも知れない人。貴方がもっと大きくなって、強くなって、その時に助けられた人。──そう、だから私は、貴方を助けに来たの」

 

 目線を合わせる刀奈は、ショウの顔が酷くやつれていることに気付いた。どうやらあまり食べ物を与えられていないらしい。このまま地下室に居続ければ、結末はハッキリと分かりきっていた。

 

「ここから出ましょう。貴方には、会うべき人も、進むべき未来もあるんだから」

 

『そんなもの、無いよ。みんなそう言うんだ、ヒトデナシって、生きてちゃいけないって。……その通りだよね、お父さんも、お母さんも、ぼくのせいで死んだんだから』

 

「どうして、そう思うの? あれは、抗えない災害じゃない。誰にも、どうしようもなかったの。責任を感じることじゃないの」

 

 ショウは、ゆっくりと首を横に振った。

 

『今なら分かるんだ。ぼくは未来を見通す真理巫女だから、あのときだって、みんな生きてられる方法が分かったはずなのに。でも、あのときのぼくは自分だけ大丈夫な場所に動いた。あぶないって、そう言えば良かっただけなのに』

 

「それなら私だって! 分かってたら貴方を引っ叩いてでも車を止めさせてた!! ……いい? 後からなら何とでも言えるの。その時その場にいた人の気持ちなんて知らずにね。貴方がそれになってどうするの? ダメよ、そんな悲しいこと……」

 

 気付けば刀奈は、目の前の男の子を抱き締めていた。こんなこと、あってはいけないはずなのだ。欲深い大人が、少しばかり才能があるというだけで弱い子供を食い物にするなど。一人の子供に生きたいと思わせられないような奴らからこの国を守るために、楯無(さいきょう)という称号は存在するはずなのだ。

 

『いろんなテレビで言われてたよ。辛い事件で自分だけ生き残るのは悪いことって、不公平だって』

 

「今の貴方には、時間が足りてないのよ。子供らしく泣いて、悲しんで、それを受け入れるだけの時間が」

 

『……もう、何も見たくない』

 

「見なくていい。自分で見るものは自分で選んでいいの。見たくもないものを見せ続けられて、それから当てずっぽうを答えさせられ続けるような生活はおしまい。

 ……だから、行きましょう」

 

 刀奈は、幼いショウの手を引いて歩き出した。鉄格子が行く手を阻んだが、今の刀奈にとっては障害にすらならなかった。何故なら、その身体は刀奈のものではなく、マリコというISのものだったから。掴んで引っ張れば、簡単に引き千切れてしまった。

 

『おねーさん……妖怪なの?』

 

「自分でも疑わしくなってきたかも。けど、良いことを教えてあげる────私、最強なのよ」

 

 地下室を隠していた分厚い木の扉は蝶番を殴り抜いて取り除き、見張り代わりに地上階で暮らしていた集落の男は物を投げて黙らせる。正拳突き一発で壁に穴を開けて外へ出ると夜だったが、月明かりは十分にあった。どこか祝福にも感じられる柔らかな光。

 もう、誰も2人を止められない。元々殺してしまえと言ったのはお前達だ。人でなしどもめ、未来永劫このちっぽけな集落に閉じこもっていればいい──そう思いながら刀奈はショウの手を引いて進み続ける。

 

「そういえば、未来が見えるって本当なの?」

 

『……お母さんは、()()()()()()()()()とか何とか言ってたよ。訓練すればできる天気予報みたいなものって』

 

「ええと、フェルミ推定のこと?」

 

『たぶん、そんな感じかも』

 

「じゃあ、私が来ることも分かってた?」

 

『……ううん』

 

「あぁ待って待って、責めてるんじゃないの。こんなおかしいこと、予測できる方がおかしいんだから……それが普通なのよ」

 

 電柱の数や人口の変動傾向、気温といった一般的な情報を元に、検証することが困難な未知の内容を概算する手法として知られているものがフェルミ推定である。ショウの母である麗は、自分の一族が何をどうやって先を読むことができていたのかを知っていたようだ。

 例えば天気の傾向が分かれば作物の実りが推定できるし、有力者の食事や生活が分かればその健康が予測できる。一般の人間が取るに足らないと見捨てる情報を丁寧に繋ぎ合わせて、もっともらしい結論を手に入れる。儀式と称して薬理的に引き起こしたトランス状態と共感覚がそれをさらに後押しして、当代の御子を神託機械(オラクル)へと昇華させた。

 あとはそこに適当なオカルトをまぶしてやれば、今日まで続く信仰が出来上がるのだ。

 

(考えてやってるだけの当てずっぽうじゃないの! 何が未来視よ、こんなの、ただの不幸な未来予測でしかないってのに)

 

 ショウの場合、それに誰よりも適合する丈夫な脳を生まれながらに持っていた。常人ならば耐えきれず思考停止に陥りそうな無数の媒体からの情報をきちんと取りまとめ、頭の中にもう一つの世界とでも言うべき箱庭(モデル)を作り出し、それを動かすことで精密な未来を読み出すのだ。

 拗れた旧家の因習に、たまたま生まれ持った才能が出会ったことで生じた地獄。一個人の中に植え付けられた、究極のシミュレーションプログラム。

 刀奈はこの集落のことが許せなかったが、差し当たってはショウを送り届けることにした。

 

 人を丸呑みにしてしまいそうな暗い森を2人は歩き続ける。恐るべき野生動物や弱くなった地盤、見えづらい崖といった危険の全てはショウが見通して回避することが出来た。ただ一点、幼い身体を蝕む疲労だけが懸念点だったが、楯無は必死に彼を励まして進ませた。

 奇妙なことに刀奈はこの山に強烈な既視感があったが、それが何故かは全く思い出せない。ずっと前に来たことがあるような気もするし、そもそも今ここにいること自体、既に何度も経験しているはずのことにも思える。何にせよ記憶に従って迷わずに済むのは都合がよく、ショウを最寄りの交番まで連れて行くのにはそう掛からなかった。

 

「いい? さっき伝えた通りにするの。お父さんの友達に助けを求めて、こんな家から出るの。裏に色々怪しい人たちもいるようだけど、少なくとも貴方を守ってくれるから」

 

『……また、ひとり?』

 

「一人じゃない。貴方のことが気になって仕方がない人がいるんだから──」

 

 私みたいにね。と言い切るのが早かったか、自分の姿が消えるのが早かったか、ともかく刀奈はそれ以上の干渉を許されなかった。

 

 警察に呼ばれたコウスケは亡き友人の息子の惨状をすぐに理解し、連れ帰った後で養子縁組の手続きを進めることになった。親族に引き取られた子供を引き剥がすのは、一般的に考えれば法的なハードルは決して低くはない。だが、実家でショウが受けていた扱いや、裏で暗躍するオラクル財団の援助もあり、異例の早さで手続きが進んだ。

 そうして、ショウは実家の手が届かないグランゼーラの一員となり、中学校への進学も決まって、子供らしい人生を少しずつ取り戻せるようになった。

 

「……私、これで何か変えられたのかな」

 

 少し満足したように、刀奈はことの行く末を眺めていた。

 だけれど、それ以上ショウの人生が好転することはなかった。

 

 他人との付き合い方も分からず、養父となったコウスケとはあまり関係が深まらず、進学先の中学校でも孤立する始末。それではいけない、というのは本人も分かっていたが、その解決策としてショウが選んだのは、またしても情報の海に自らを投げ込むことだった。

 簡単な児童書、年齢に似合わない自己啓発書、辞書、歴史書、オカルト本……考え付く情報を片っ端から取り入れ、()()()()()をシミュレーションとして構築していく。だが、それらが実際に生かされることはほぼ無かった。何処まで行ってもシミュレーションは仮想のものに過ぎず、現実と相対するだけの力は何一つ培われることはなかったからだ。

 

 そんなシミュレーション漬けの人間が、外界と関わりを退けながら何かに没頭し、しかもコウスケに貢献できる方法としてのイメージファイトに惹かれたのは、当然の帰結だった。

 そうして、ショウは出会う。亡き父の残したOF計画のシミュレーターの管理サーバーとして組み込まれていたISコア──マリコに。

 

 


 

 

 その時は取り立てて気にする必要もないシステムメッセージだと思ってた。

 

 テストパイロット不在で放置されていたワルキュリアに引きこもって、毎日のようにイメージファイトに明け暮れる。言われるまま未来予測をしている以外に周りから褒めてもらえる方法を知らなかったから、シミュレーターでハイスコアを出し続けることでも同じように扱って貰えたのは幸運だったと思う。

 親父はいい顔をしてくれなかった気がするが、俺にはそれを気にするだけの余裕が無かったんだ。

 

 何より、俺は世界が怖かった。お父さんとお母さんを目の前で失ってから、頭の片隅に何時だって死というがチラついて離れない。何処へ目を向けようが、死ぬ未来が詳細に頭に浮かんでくる。建物を見れば、それが崩れて誰かが下敷きになるような気がして仕方がないし、何より、人を見れば、今すぐに死ぬとしたらどんな筋書きになるか、脳内で勝手に弾き出される。

 もしかしたら、世界というものが実は死で溢れているのではないかと怯え続けていた。死ぬのは怖い。でも、死ぬのを見るのはもっと怖い。だって、自分には1回でも、他人なら何回でも起こることだから。

 

 そんな俺に、「アナタの望みはなに?」って。

 無機質なシステムウインドウに文字だけ貼り付けて、それは目の前に現れた。

 俺は、どうか嫌なものを見ないで済みますようにと願うしかなかった。誰かに何かしてあげたいとか、幸せになりたいとか、そんなことを考えることは出来なくて、むしろ、今以上の不幸を見たくなかった。あらゆる悪いことは想像だけでもう十二分だったから。

 

「もう、誰も──ううん、知らないことは知らないままでいい。だから……

……目の前で人が死ぬのを見たくない

 

 これは契約だった。

 俺の望みを叶える代わりに、それを象ってマリコが成長するための。

 これは寄生だった。

 俺の思考を依代に、恐るべきものの居場所を探し当てて、滅ぼし、マリコが生き続けるための。

 

 いつか終わることが確約される代わりに、永劫に続くシミュレーション──本当のイメージファイトの始点はここだった。

 

 


 

 

 楯無は、またモノクロの空間に立っていた。漆黒の空と純白の真砂が敷き詰められた地面が何処までも続く、どこでもない場所。

 だが、今度はこの場に楯無以外の存在があった。視界を埋め尽くさんばかりに大きくそびえる、真っ黒い塊。細い植物の枝が何処までも絡み合って、まるで一つの大木のように形を成している。

 その中腹から、妙なものが突き出していた。目覚めるような赤を基調とした、胴の太い戦闘機のような形の、機械の残骸。翼は欠け、キャノピーはひび割れ、スラスターは片方が無くなっている。

 

「……ガルーダ?」

 

 直感的に、あれがそういう名前だと思った。単に色に見覚えがあるから、というだけでは無かった気がするが、実際のところ何故その考えに至ったのかを楯無は言葉に出来ない。

 その代わりに、彼女は真っ黒い木へと駆け出していた。もしもアレが本当にガルーダなら、そこにショウがいるはずだという確信があった。

 

 絡み合った枝葉を掴み、つま先を差し込んで登る。間近で見ると、色がおかしいだけで、それはヤドリギの集合体だった。目玉のように視線を放つ真っ赤な果実が無数に実っていて、楯無はそれをブチブチと握りつぶしながら高度を上げていく。不思議と身体は軽くて、ヤドリギ同士は強固に絡み合っている。お陰で機械の残骸のところまで登るのには苦労しなかった。

 

「……そう。ここに、いたのね」

 

 下を見たら目眩がするような高さだが、残骸の上ではそよ風一つ感じられない。

 ボロボロになったコクピットの中にまでヤドリギが入り込んでいて、色もあいまって機械のケーブルのようにさえ見えた。その座席の上に、ISスーツを纏った男の身体が一つ。

 紛れもなく、ショウのものだった。頭がヤドリギに埋め尽くされ、身動ぎ一つすることなく存在だけがある。枝葉をかき分けてみると、両目が無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 不思議と、生理的嫌悪感のようなものは無かった。ただ、このおびただしい量のヤドリギも、この意味不明な空間も、この男から生えているのだという理解だけが楯無の思考に追加されていく。

 

「そうやって、ショウに寄生していたのね。マリコ」

 

「……」

 

 気付けば、コクピットの中に白い少女が立っていた。全身を純白の一枚布で組み上げたような、非現実的な人型だ。表情はなく、その手には大きな弓と、無数のヤドリギの枝が捻れて出来た棒のようなものが握られている。

 

「他の方法は無かったの? これだけ長くショウの近くにいて、時間まで超越できて、もう少し人間に寄り添おうとは思わなかったの? ISコアには意識があって、学習もできるのに、これだけ費やしても寄生して利用するだけなの?」

 

 マリコは、両手の物を差し出した。

 

「そして、今度は私にも何かをさせようとしている。……教えてよ、ここまで私たちを酷い目に遭わせないといけない理由を」

 

 楯無が弓と棒を受け取ると、棒はより一層強く捻れて、鋭い矢へと変わる。それを見届けたマリコは、振り向いて遠くの空を指差した。

 ──真っ黒い空に、ゴールネットみたいな六角形の模様が重なった景色が、引き裂かれた。

 

 驚愕する。

 楯無は視界に飛び込んできた()()に対して、「見てしまった」と後悔した。思考の何処かで最大級の警鐘が鳴り響いているのを感じる。同時に、気持ちの悪い安堵のようなものが背筋を撫ぜるようだった。

 

 それは琥珀色をしていた。真っ黒い空間に差し込んだ、日光のように温かい輝き。

 それは瞳だった。この美しき宇宙に差し向けられた、新たな時代の風をもたらす神の威光。

 

 それは異層次元の奥底で、がむしゃらに帰り道を探して焦がれるように暴れていた。

 それは不用意に掘られた、大きな井戸の穴から這い上がろうとしている悪魔だった。

 

 それが訪れることを妨げる運命はなく、それが現れることそのものが運命の終わりを意味する。

 それに近付いて相対するものは、残らずそれに飲み込まれてしまう。

 

 ──()()()()()()。そうとしか呼べないものが一つ、真っ黒い空を瞼にして、楯無たちを覗き込んでいた。

 

「何よ、これ……」

 

 いつかショウの言った、時間方向の詰み。時間というものが一点に集約され、単なる自由度と化したこの空間だから遠目に眺めていられる、全ての悪夢(バイド)の根源。

 

 レクイエムシステムの暴走は、空間の真空領域からバイドを大量に引き上げてしまう事故でもあった。引き上げるための経路を通して、本当ならば何処までも遠い場所にいるはずのバイドは地球にやって来る。一度そうと決まってしまえば、どれだけ時間を遡っても結果を変えることの出来ない終末の予言なのだ。

 

「あんなもの、どうやって……私たちが今まで戦ってきたのは、時間を遡ってまで見てきた地獄は何だったの!? 山田先生がおかしくなるのも、セシリアさんが飲み込まれるのも、何もかも私に見せてきたのは──」

 

 抗えない未来(バイド)を覆すために。

 染み付いた予言を偽物だと一蹴するために。

 マリコがこの空間を生み出し、ショウが敵の這い出す道を見出した。

 だから、あと一手。

 

「……私なの? 何も知らない私に、アレを撃たせるためなの?」

 

 震える手で、楯無はギチギチと捻れ続ける漆黒の矢を弓に番えた。

 見覚えのある弓だった。いつの日かショウに悪戯で向けた、生徒会室にある三人張り。わざわざそれを渡してくるマリコの考えが楯無には分からなかった。けれど、あの琥珀色を射抜くために自分がここまで呼びつけられたのだということだけは分かる。

 未来視も、ここまでの道のりも、全てこのための副産物に過ぎなかった。

 

 狙うは一点。

 滅びを呼ぶ光の神を、冥府へと送り返すために。

 

 音も現実味も無いこの空間だが、ギリギリと指に食い込む弦の痛みだけがこれを現実だと主張している。的は動かない。

 人の思考に寄生することでしか形を得られなかったコアに代わって。

 運命を捻じ曲げるなどという傲慢に挑んだ偽物の預言者に代わって。

 楯無は、限界まで引き絞った腕を離した。

 

 

 

オリキャラの描写比率について……

  • 主要キャラならバンバンちょうだい!
  • 原作キャラの掘り下げに必要なだけ欲しい
  • なるべく原作キャラだけが良い……
  • 拷問だ! とにかく拷問せよ!
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