Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
あれよあれよという間に金曜日がやってきた。代表決めが決まってから4日と言われれば、実に短い準備期間だったと思う。
ドーモ、グランゼーラの沢村ショウです。元気じゃないです。
昼はトレーニングと授業、放課後はイチカの素振りに付き合って、夜はチフユの晩酌の相手をする生活は中々にキツイものがある。
白状すると3日で音を上げそうになっているが、今日の試合が片付けば素振りに付き合うのは止めても良さそうなので、何とか耐えましょうと言ったところ。
イチカといえば、教本の暗記が更に進んでいる。ホームルーム終わりの、剣道場へ行く前のちょっとした時間にあの副担任に質問しに行ったり、休み時間に俺のメモの内容を確認しに来たりと意欲的だ。昨日の授業では積極的に質問までしていた辺り、大分内容が飲み込めてきたんだろう、手伝った身としては誇らしい限りだ。
目標の完全暗記まではまだ掛かりそうだが、これも今日の試合が終われば今夜と土日で詰め込むことも出来るだろうから、時間の問題……ではあるんだけど、覚えるスピードが速すぎて少し気味が悪い。そのうちマジで電話帳の中身を丸々覚えるんじゃなかろうか。「暗記したので古い電話帳は捨てました!」……みたいな。
ちなみに俺は電話帳なんて覚えられないし、覚えようとも思わない。だって現物見たことないんだもの。その点それが家にあったらしいイチカには負けてます。
さて、今俺はこの学園の入口の一つ、本土とこのメガフロートとを繋ぐ海上道路に面した搬入ブロックの中にいる。ISの本体と周辺機器、火器・弾薬類、食堂用の食材に医薬品など、本土からこの学園に直接運ばれてくる諸々の品物は、大抵ここを経由して運び込まれる。
チフユによると海上輸送もあるそうだが、そういうのは燃料のような少ない回数で大量に運び込むようなものに使われることが多いんだそうな。要するに、ここはIS学園のロジスティクスの中核だ。
少し薄暗い、地下鉄の駅を広げたような空間はオレンジ色のナトリウムランプに照らされていて、プラットフォーム上には自動搬入用のロボットアームや輸送用の大型ドローンが並んでいる。プラットフォーム同士の間は道路が通っていて、大体10分に一度くらいのペースでトラックがやってきては、先述のロボットアームに荷物を預けて走り去っていく。
今こんな場所に突っ立っているのは俺一人だが、荷物が運ばれていく先である搬入ブロックの出口では、職員が物品の保安検査を行っているらしい。検査されるのには飽きたので俺は近付きたくないが、何にせよテロ対策お疲れ様です。
1時間ほど前に来たオオサワさんからの連絡では、あと30分もしないうちに我が愛機ワルキュリアがここにやってくるらしい。一体どれだけ待たされたことやら、一刻も早く新しいワルキュリアに会いたい、乗りたい。そんでもってイメージファイトを好きなだけやるのだ。
イメージファイト欠乏症に陥った俺の、今週のわさび消費量は酷いものだ。入学直前に持ち込める量には限界があったので、単価の高いちょっと良さげなわさびパックをちびちび消費していこうかと思っていたら、もう既に2箱60袋が消えている。持ってこれた分は6箱しか無いので、今回ついでにグランゼーラから持ってきてもらうことにした。
願わくば生わさびを大量にストックして、何時でもすりおろせるようにしたいところだが、わさびは鮮度が命。偶にしかキメられない貴重品だ。
◆
「久し振りだな、ショウ。元気してたか」
「いま元気になりました。ワルキュリアの移送ありがとうございます」
「ハハハ、こいつめ……」
時間通りにやってきた大型トラックの運転席からオオサワさんが降りてきた。薄暗いせいで顔が分からないが、多分笑顔なんだろう。さらに、開いたドアの向こうの助手席には親父の姿が見えた。急な厄介事をまた増やしてしまった。きっと疲れているはずだ。
トラックの荷台側面が自動で開くと、中の大きなコンテナを件のロボットアームがドローンに積み込んだ。あの中だ。あの中にワルキュリアが
ワルキュリア、ああワルキュリア、ワルキュリア。手の震えがひどい。二年以上、苦楽を共にした我が愛機に今すぐ会いたいところだが、それはアリーナへの移送が済んでから。今暫くの我慢を要する。
親父も降りて空になったトラックは独りでに走行を再開、トンネルの向こうへ消えていった。学園周辺では珍しくない自動運転だ。
ドローンごとコンテナが非破壊検査を受けているのを他所に、一足先にアリーナまで歩いて行こうという話になったところで、オオサワさんが引き止められた。
俺が頼んだわさびパックの保安検査に時間が掛かるらしい。何と謝罪したら良いか分からないが、グズグズしている時間はない。親父と二人で目的地を目指した。
「――授業はどんな様子だ?」
「ん? まあIS関連だけだからサンプル少ないけど、普通じゃねえの? 教本があんまし良くないかな。
ああでも、
「そうか」
クラス代表決定戦が行われる第2アリーナまでは徒歩で10分ほど。珍しく親父が俺のことを聞いてきた。学校なんて、行かなくなってから大分経つし、こんな親子みたいな会話ができるとは思ってもみなかった。
そもそも俺と親父が二人きりになる機会なんてそうそう無いし、二人で散歩なんて、思えばしたことがなかった。ちょっと、不思議な感覚がする。というか、散歩はいつもひとりごとだ。
「親父の方は? 俺のせいで色々忙しくなっちまってるんだろ?」
「まあ、な。
だが久しぶりにワルキュリアのオーバーホールが出来たのは楽しかったさ。恐らくこれが最後かも知れん」
「乗り換えか。ホントに寂しくなるよ」
◆
アリーナ内にあるピットエリアではチフユとイチカが待っていた。時計を確認すると、開始時間まではまだ少しあるようだ。俺が待たせたわけでは無いらしい。
親父とは先んじて別れて、コンテナの到着を整備用ガレージで待っていてもらっている。
「なあ、箒さんや」
「……なんだ」
「気のせいかも知れないんだが」
「なら気のせいだな」
「ここ三日間、素振りしかしてなかったよな。剣道の『け』の字しかやってないよな!?」
「お前が弱すぎるせいだろうが!」
ああなんだ、シノノノも居たか。
イチカとわあきゃあ騒いでいる横で、チフユは呆れたように瞑目している。
特殊合金製の装甲材で全面覆われたトンネル状の空間が広がっているのが特徴のピットエリアだが、無数の間接照明と壁面に浮かぶ空中ディスプレイのお陰で素朴さはあまり感じられない。冬場の空調が効かない時間帯に触れたら即座に凍傷を起こす危険性がある点を除けば、ISという大型の機械が移動できる空間として適切な設計と言えるだろう。
「おはようございます、織斑先生。待たせてしまいましたか?」
「いいや、まだ時間がある。――セシリアのやつは先にアリーナに出ていったがな」
「ありゃま」
聞くと、自分で準備を整えたセシリアは、当然自分が最初に試合をするとアリーナに行ってしまったらしい。残された俺とイチカの機体はまだ届いていないが、セシリアはそれを知っているのだろうか。一人でアリーナに突っ立ってる姿を想像すると、少し気の毒に思える。
「――織斑、乳繰り合ってないで来い」
「ちッ、ちちく――ッ?!」
ぱんぱん、と手を叩いてチフユがイチカを呼び寄せた。俺も追従して集合する。セシリアのせいでなし崩し的だが、試合の順序を決めるようだ。
ジャンケンでもするのかと実に若々しい案を出してくるイチカに、お前が先だぞと言ってみる。
「え? いや、俺のISまだ来てないし、やれって言われても」
「そこは俺も一緒だな」
「なら尚更、先にISが届いた方がやるべきじゃ」
「悪いな、織斑先生は俺が買収した。決定事項ってやつだよ」
こいつのレモネードが美味くてな……。飄々とした顔で買収を認めるチフユに、うわずっこい*1と返すイチカ。買収というのは完全な冗談なのだが、それに乗るにしたってもう少し言い方があるだろうに。何だよレモネードって。金色の和菓子とかの方がそれらしいと思うね。
しかもアレは何時のものかも分からない生姜をぶち込んだだけの、誰でも作れる代物じゃないか。価値がなきゃ賄賂にならんでしょ。
「――真面目な話、沢村のISは起動に手間取るらしくてな。なに、一般のISなら
ぶっつけ本番だが、モノにしてみせろ」
「マジで初心者にやらせることかよそれ……。
いや、ショウも初心者なんだろうけどさ、俺と違って知識がさ」
「知識といえば――織斑、
「え? ええと、ISがパイロットに合わせてOSとか装甲とか諸々のパーツをその場で作り変えてくれる……ってやつだろ?」
流石に教本のページまでは言えないけど、と自信なさげに額に手を当てるイチカに、チフユは及第点だなと辛口評価。それだけ言えれば十分だと思うけどね。あと口角上がってるの見えてるぞチフユ。
……ジジっ。
左手首に巻いていたスマートウォッチが震えて、画面には小さく「来た」の二文字。
安い廉価モデルで、自分の端末から飛んできた通知と時刻の確認くらいにしか使っていないが、今この瞬間だけは、この世のあらゆる道具を差し置いてよく働いたと思った。
俺はチフユに目配せをした。一瞬置いて頷きが帰ってきたので、俺はガレージへと歩き出した。スキップでもしてしまいたい気分だが、転びたくはない。一歩一歩。確実に、堅実に。
歩きだして30秒も経たない内に、足音とすれ違った。そのすぐ後に「来ました! 織斑くんの専用IS!」と大声が聞こえてきたので、じきに一戦目が始まることだろう。
◆
「は、ハハハ……」
「……頼むから、その気色悪い笑みを止めろ」
これが笑わずにいられるか。
親父の操作でおもむろに開かれる大型のコンテナ。広がっていく隙間に照明が差し込んで、待ちわびた赤が俺の視界に占める面積をどんどんと増やしていく。
「――久し振りだな」
――OFX-2
俺の、テストパイロットとしての仕事道具。かつて命を預けた愛機。
その姿がコンテナの中で、まるで誰かを待ちわびていたかのように佇んでいる。気のせいかも知れないし、或いは、待っていたのは俺のことではないかも知れない。けど、それでもいい。少なくとも俺はワルキュリアのことを待っていたのだから。
「時間がない、早く乗り込んでくれ」
「あ、あぁ……」
透き通った紫色のラウンドバイザーについつい見惚れていると、横から親父の催促が。予め着替えておいたパイロットスーツ姿で言われるまま近付いて、その紅色の装甲に触れると――
「い゛っでえ゛ぇっ!!!」
潮風漂う海辺にも関わらず、季節外れの静電気が音もなく右手中指を襲った。筋肉ではなく、骨と神経を突き抜けて脳幹を震わせる感覚。反射的に右手がだらんと垂れ下がってしまう程度には、めちゃくちゃ痛い。
親父からの視線が更に強くなった気がした。仕方ないじゃないか、不意打ちだぞコレ。
ビクビクと手を震わせながらもう一度の接触を試みると、今度は前面の装甲がふっ、と消える。今度こそ見慣れた景色だ。早速空いた場所から中の空間によじ登り、服を着るように手足を通して乗り込む。すると、消えた装甲が復活して装着が完了する。
Succsessfully loaded version 15.6.24
OS product: OFX-2
Cross-checking pilot data...
Sync with the nearest CORE_NODE ...
■■■■■■■■■■■■■■
Sync data-links...
Selected connection mode → Psyber_Connector: Layer 1.
Testing P.C. connection...SUCCESS!
Authorized Pilot: SHO SAWAMURA
Current status: nomal mode.
Disabled W. Cannnon.
Welcome to OFX-2 VALKYRIE
『マイクテスマイクテス……聞こえてるか?』
「ああ、問題無い」
宇宙用のワルキュリアにはスピーカーなんて物は付いていない。音というのは基本的に空気の圧力変動*2だから、真空中では言葉を発するのも聞くのも不可能だ。従って、外と通話するためには無線接続できる別のスピーカーが必要になる。
今回はガレージに大型のが備え付けられていたのでそれを拝借する。
『――外部電源確認、オシレーター起動。でもって燃料ペレットも確認……』
「ジェネレーターを点火したらあっちのハンガーに移動してくれ。別に取り出したいものがある」
OSが立ち上がり、視界には眼の前の景色が表示される。足元で親父がコンテナに備え付けられたコンソールと手に持った端末を見比べていた。
親父の言うものが何なのか、心当たりが無いこともないが一先ずは起動作業が優先だ。
『オシレーターのヘリカル力場形成ヨシ、レーザープラグ点火……臨界の安定を確認。さらに電源接続――親父、動くから退いててくれ』
「ああ」
俺の声に返事をしつつ端に避けた親父を確認しつつ、俺はコンテナから伸びた電源ケーブルをパージする。同じくコンテナ内に掛けられていたレールガンとレーザーブレードを腰にマウントすると、慣性制御機構を使ってふよふよ浮かびながら移動を開始した。
行く先は目標は一つ隣のガレージにあるIS用ハンガーだ。規格が合うか不安だったが、いざ乗ってみると問題無く機体が固定された。意外にも融通が利く設計らしい。
ここまで動くだけだったのだが、普段よりも大分動きが重くて硬い。具体的には加速と制動の感覚がまるきり違うのだ。まるで別の機械を使っているようで、違和感とストレスが強い。何よりこの後コレで飛ぶことを想像すると、無様に
おいワルキュリア、お前どうしちまったんだよ。
『それで、次はどうすればいい? あと動きがまるきり違うんだがどうなってんだコレ』
「駆動パラメータについてはコアを積む時にリセットされている。これから私がバックアップの重み付け設定を流すから、お前はイメージファイトを通してそれを補完してくれ。このコアにお前の作法を教えるんだ」
『マジかよ、へへへっ……』
「露骨に喜ぶな……」
そりゃあだって、二月ほどお預け食らってましたから。俺のライフワークにしてアイデンティティを取り戻せると言われたら嬉しいに決まってる。
改めまして、グランゼーラの沢村ショウです。すっごく元気です。
お許しが出たので早速システムを操作してイメージファイトを起動する。
手順の一つ一つがもどかしくも楽しい。こんな気分は初めてだ。例えるなら、生わさびをおろし金で一擦りずつ擦り下ろしていく感覚に近い。例えが分かりづらいって? 貴重なご意見ありがとう。誰だよ。
イメージファイトの起動に伴って、UI以外の視覚情報が一旦真っ暗になる。外界の情報は遮断され、シミュレータに専念できるという仕掛けだ。
加速度や物にぶつかったときの反動などの感覚が正確に再現され、俺はサイバーコネクタを通してそれらを知覚することができる。それはまさに現実そのものだ。
シミュレータのメニューは多種多様だ。
地面の存在しない青空をひたすら飛び回るものもあれば、一般の航空機よろしく空港での離着陸、ISSでの事故を想定したEVA*3、スオウさんの駆るレディ・ラヴとの仮想戦闘、スター・ウォーズのゲームでも作ろうとしたのかSF的な宇宙船を沈めに行くものまで、とにかく数が多い。
中学の頃からずっと続けてはいるが、なんで宇宙開発用のシミュレータに戦闘なんてものが組み込まれてるのか、2年前までは理解できなかった。そうだよ、マジで何だったんだよあのクソUFO。
◆
スラスターを吹かして突撃……の素振りを一瞬だけ見せて右旋回。先ほどまでいた場所を無数の光弾が群れを成して駆け抜けていった。
目の前には暗い宇宙が広がるばかりだったが、光弾の飛んできた方向に狙いを定めてレールガンを数発撃ち込むと、少しして2つ爆炎が上がる。お返しとばかりにミサイルの群れが飛んできた。
『――ショウ、そろそろ出番だぞ?』
「うわあああっ!?」
ギリギリでミサイルを回避してやろうとしたところで水が差された。回避には当然のように失敗し、燃え盛る視界の真ん中には「NICE JOKE」の文字。まったく、なんてタイミングで声かけてくるんだよ。
妙なイライラを残しつつイメージファイトを終了すると、目の前には親父の姿が。
「ったくなんだよ、急に話しかけんなよビックリすんだろが」
「口が悪いぞ、もう一度言うがあちらの勝負が終わったようだ。
……出られるな?」
「へーへー、悪うござんした。
いつでも出られるよ、整備ミスなんて今まで無かったし」
親父は少し呆れたような顔で手元の空中ディスプレイを眺めている。整備の重要性は分かるし有り難いが、人と話すんならカメラ越しでいいからこっち見ろっての。
「少しは確認する癖を付けろ。何かあったとき原因の切り分けにだな……」
「なんか起こる前提かよ、かもしれない運転は教習所で飽きた」
ああ言えばこう言う。
しょうもない言い合いを続けていると、センサーが視界の端に別の人影をとらえた。チフユだった。
先生は、俺の機体――OFX-2 ワルキュリアの足元まで来ると、腕を組んでじっくり確かめるように下から上まで見上げた。
「それがお前の専用機か。随分大きいというか……足長だな? こんにちは沢村さん、先日以来ですね」
「これは織斑先生、ご丁寧にありがとうございます」
「ああどうも、先生。デカいのは脚に付いてるコイツのせいですよ。
――親父、出るときはコレ外していくからな」
普段より幾分か小さく見える先生に、ワルキュリアの脚部を延長するように取り付けられたコンテナユニットを指差して見せる。
すると親父は目を見開いて「コンバーター1つだけで出るのか? 馬鹿を言うな」とか言ってくるが気にしない。こんなデカブツ付けてる方がバカだっつーの。
何より、このワルキュリアにとってはそんなもの足枷でしかないのだから。
「ISバトルなんて高速戦闘ばっかりなんだぜ? 吞気に武装の付け替えなんてしてられないって」
「あの沢村さん、コンバーターというのは……?」
「ほら、突然の専門用語に先生が困ってるぜ。説明してあげてくれよ開発者さん」
俺が軽く煽ると、親父は少しムッとした表情で「言われんでも」と説明を始める。それを聞いた先生はと言えば、俺たちの会話に少し困惑しているようだった。悪いね、俺たちこんな親子なんだ。
コンバーターというのは、OFシリーズで用いられる後付けモジュールの総称だ。基本的に2つで1つのペアで、人間で言うところの前腕部にそれぞれ取り付けられる。
OFシリーズのコンセプトは
俺の参加するOF計画では、以前行ったような軌道上デブリの回収を始めとして、人工衛星の投入や軌道修正といった多様なミッションが計画されている。でもって、ミッション毎に必要な道具を作ろうってことで色々なパーツが作られた。
だがここで、動作に必要なエネルギーはパーツによって異なるという問題が浮上する。電力を要求するやつで言うなら、多少電圧がブレても大丈夫なパーツもいれば、きっちり定格じゃないとすぐに壊れるデリケートなパーツもいるわけだ。一律に動力を流すと大変困る。
対策として考え出されたのは、『じゃあ一旦受け取った動力をパーツ側で変換すりゃいいじゃん』というシンプルなゴリ押しで、各パーツには対応する変換器が搭載されることになった。
……というのは大分昔の話で、俺の乗るワルキュリアが開発された時点では、本体側で適切な形式にエネルギーを変換してパーツに渡せるようになっている。
単なる慣例を引きずってるせいで分かりづらいが、コンバーターという名前はそこから来ている。
「――詰まる所、コンバーターというのはOFシリーズのための拡張モジュールです。一般のISにあるような武装を常時装備していると言っても差し支えないでしょう。パーツが分かれている関係上、量子化が難しかったのと、素早い切り替えが出来るようにコンテナユニットを付けているんですが……」
親父はコンバーターについて一通りの説明を終えた。
誇らしげな表情に混じってちょっとだけ嬉しそうなのはやはり開発者だからだろうか。そーいうとこだぞオタクめ。
「……だそうだが、大事なものなんだろう。それでも外していくのか? ショウ」
「まあ、的は小さい方がいいですから。何より、今回テストしろって言われてるのはコッチが主題じゃないんで……ねっ!」
ガチン、という金属音と共にコンテナをパージして真上に少し飛び上がる。親父たちのそばに向かって緩やかに降下しつつ、メインシステムからポッド・コンダクターを起動し『例のもの』を呼び出す。
info: Start communication on Layer 1... handshake confirmed.
耳をくすぐるシステムボイスと共に、全身の肌をピリピリというむず痒い感覚が駆け抜ける。それに続いて、さっきまで機体が停まっていた整備ブロックの隅から赤い球体が2つ、こちらへ飛んでくる。二つの球体はそれぞれワルキュリアの両肩の上に収まるように行儀よく静止した。
「沢村さん、これは?」
「ポッドデバイスです。ISとは全く別のところで開発していた支援ユニットなんですが……今回使ったコアとの相性が良かったのか諸々のリソースに余裕ができたんです。そこでコンバーターと併用できないかテストしようという話になりまして――」
「――親父、もう時間だ。俺ぁ行くぞ」
俺を放置したままポッドについて語りだしそうだったので制止しつつ、そのままカタパルトデッキへ徐行していく。スラスターを使わないで慣性制御のみで移動するにしても、事故を起こさないためには相応の注意が要る。
カタパルトが視界に入ると、それにオーバーレイする形で"incompatible"の表示。どうやら足がハマらずカタパルトが使えないらしいので、そのままスラスターを吹かしてアリーナへ出て行こうとすると、後ろから声がする。親父だ。
「おいショウ! 今お前が付けてるコンバーターが何か分かってるんだろうな!? 悪いことは言わないから交換していけっ!」
ワルキュリアのスラスターが生み出す暴風に顔を覆いながら親父が何か言っているようだったが、たった今相手してられない理由が出来てしまった。
見ろよ、アリーナのど真ん中でセシリアが仁王立ちしてやがる。
「大丈夫だって、ちゃんとポッドも使ってやるから! ……なんつってるかわかんねーけど」
親父を尻目に前進し、十分距離が離れたところで変速すると、背面の装甲がスライドして、背後に青白いプラズマがまき散らされた。これだから下手に変速ができない。背後に気を付ける癖が付くって意味ではそんな悪いもんでもないんだろうが。
近くで見るセシリアは、遠くで見るよりも更に怒っているように見えた。いや、望遠掛けてるか否かって話で見た目は変わらないんだけど。
アリーナの中は綺麗なもので、地面には小学校のグラウンドを思い出す砂が一面に敷き詰められている。風が吹くとひどく砂埃が舞って肺に悪いアレだ。よく見てみると所々に不自然な窪みがあったが、きっと直前の試合で出来たものだろう。骨やら瓦礫やらが転がっているよりはずっと整っているので、やはり綺麗だ。何も無いってのは良い。
外縁を一周飛び回ってから、アリーナの中央でホバリングする青色のIS――セシリアのブルーティアーズから10mのところで急制動を掛けると、ぐん、と全身に慣性が駆け抜ける。
この前の飛行試験と比べると制動の感じがイマイチ違う。さては親父、慣性制御系の設定を弄ったらしいが、さっきの徐行時には気付けなかった。随分デリケートな仕事をしたようだ。
「……遅いッ! 男性操縦者というのはどいつもこいつも私を苛立たせる才能でも持ってらっしゃいますの!? バカですの? 死にますの!?」
「いやぁ、申し訳ない。使う武装でちょっと揉めててさ。
そういうセシリアは元気そうで何よりだよ、さっきまでイチカと
こっちをずいずい指差して憤慨するセシリア。どうやら、普段のお嬢様口調が崩れる程度には待たせてしまったらしい。
直前に一戦やってるわけだから、修理や休息も考えてインターバルを挟んだ後で次の試合になるはずだが……もしかして親父はインターバルが終わってから俺を呼んだのか? 流石にそんなことは無いと思いたいが、このセシリアの怒号を聞いているとそうも言ってられない気分になる。
「……その口ぶり、もしかして、先程の試合をご覧になっていませんの?」
「ああ、シミュレーターでプログラム相手にあれこれと」
「なっ……」
啞然とするセシリアをよそに、こちらは
「準備不足で出てきたミスター・イチカは……まあいいでしょう。
――そ・れ・よ・り・も! そんなヘラヘラした態度で挑んでくるアナタっ! ましてや時代遅れの
セシリアも手持ちの長銃――視界にオーバーレイする形で《スターライトmkⅢ》と表示された――を構えてこっちにぐん、と向けてくる。
世に言うところの狙撃型ってやつだろうか、半端な動きでは狙い撃たれて終わる未来が見える。回避行動には注意した方が良さそうだ、特にさっきみたいな注意力の散り方はマズい。
てか何が時代遅れだよ。素肌丸出しで宇宙に行くほうが信じられないね。
「オー怖い怖い。これでも推薦された通りに来てるんだから、責任は果たしてると思うがね。
てかさ、『負けたら小間使いにしてやる』……だったか? そんなこと言ってた相手に『まあいい』ってのは……なんだ、もう怒ってないのか。
よく分からんが、仲直り出来たみたいで何よりだな」
何の気なしに返事すると、俺の言葉のどこに反応したのか、セシリアの顔が急に赤くなる。ワルキュリアの色温度調整ミスったか?
こちらへ向けていたはずの銃口の狙いもどこへやら、両手をワナワナ震わせている。
「そっ、そこはどうでもいいでしょう! 今は貴方の話をしているのであって……そう、懲罰! 貴方に懲罰を与えて差し上げますわっ!!」
「ああ、うん……うん?」
「レディを待たせた挙句、遊びに興じて試合の準備すらお座成りだなんて、笑止千万です!
図に乗った人間を身分相応に躾けるのも貴族の務めというもの……その性根を叩き直して差し上げますわっ! これから行われることは決闘ではなく、懲罰と思いなさい!!」
何だか急に懲罰懲罰と連呼するようになった。新手のルーティンってやつかもしれない。
そうだよな、これから戦おうって言うんだから何かしらの精神統一は必要だろう。自分だってイメージファイトで似たようなことを……あんま似てないか?
ともかく、見かけだけで言えばセシリアは急激に落ち着きを取り戻しているように見える。両手の震えも止まっているし、あの長物の銃の構えも何だか様になっている。
それにしても、あんな風に「自分が相手より優位である」と自分に言い聞かせるのは実際のところ有効なんだろうか。何かの拍子に形成逆転でも起きたら逆に動揺しそうなもんだけど、そうはならないと確信できてこその実力者なんだろうな。真似できる自信は無い。
「あー、オーケーオーケー。その……懲罰だっけ? それは甘んじて受け入れるよ、無駄に待たせて迷惑掛けちまったのは事実だかんな」
そうこうしているうちに、付近のスピーカーから試合開始の合図が聞こえてくる。声の主は分からないが、噂によると毎回こういう試合の度に実況したがる奇特な人がいるんだそうだ。きっとその人だろう。
『ISバトル! レディー!』
「――ただ一つ主張させて欲しいんだがね、別にシミュレーターは遊びでやってたんじゃないんだぜ?」
そう言いながら、腰のレールガンを取り外して構える。残弾ヨシ、エネルギー供給もヨシ。ダブルチェックも完璧だ。
『3!』
「遊びでないなら何だというのです? 試合のことなど忘れて」
セシリアの背後の景色が不意に揺らめく。望遠を掛けるとよく分かる。陽炎だった。
どうやらスラスターを準稼働状態にしているらしい。初動は飛び出す気か、あるいは。
『2!』
「そりゃあ精神統一ってやつだよ。慣れ親しんだことするのが一番手っ取り早い。それに――」
いよいよだ。先ずは様子見にスラスターの出力レンジを2速に設定しておく。脚部の装甲が少しスライドして、背後でまたプラズマが迸る。
急発進はしたくないが、動き始めが一番危ない。いざというときに動けるくらいの出力が2速の領域だ。
『1!』
「――こういうのは
直後、アリーナに大音量で矩形波が響き渡った。
初めての経験。真面目に、普通にやろう。でないと無礼になるのはシノノノが教えてくれたから。
愉快な対人戦の幕開けだ。
ここまでのまとめ
・オオサワ
久々に登場したMr.ダンディ。
グランゼーラ側の責任者の一人ということでワルキュリア移送の役を預かった。
ショウの部屋から持ってきたわさびパックの箱が検査に引っ掛かり、一人置いてけぼりに。
・コウスケ
ワルキュリアの移送と現地での最終調整のためにやってきたパパ。
ワルキュリアに対するショウのリアクションが一々気色悪いので困っている。あなたのせいでは?
・千冬
レモネード一杯で買収された女(自己申告)。
一夏のちょっとした成長が見られて喜んでいるが、つけ上がらせないよう笑顔を我慢をしている。
ISの事はそれなり以上に熟知しているつもりだが、グランゼーラの技術は見たことの無いものばかり。ポッドってなに?
・一夏
前話以降ずっと素振りしかさせてもらえなかった人。でも久々に剣を振るう感覚だけは取り戻せた自覚はある。
教本の暗記が進んだため知識面はある程度身に付いた。
それでもトップバッターは辛くないですか!?
・箒
下手に技術を教え込んでも付け焼き刃にしかならないので、一夏には素振りだけさせてみた。
立場上各国の専用機持ちの力量はある程度知っているため、順番が前後したくらいでは勝敗は変わらないと買収の件は気にしていない。
・真耶
足音。
・セシリア
詰め込み教育で覚えた日本語はまだまだ発展途上。気が立つとお嬢様言葉が崩れるのはご愛嬌。
概ね原作通りに一夏との初戦を終えており、慢心は無い。
でも全身装甲は時代遅れ。これだけははっきりと真実を伝えたかった。
・ショウ
ワルキュリアァーーッ! そろそろだよな、ワルキュリアァーーッ!!
たった2ヶ月お預け食らっただけでこのザマ。静電気(?)だって愛のムチに感じるレベル。
一夏が知らぬ間に仲直りしていたらしく少しびっくり。
というわけで少し間が空きましたがワルキュリアの再登場です。プロローグの事件で命を預けて以来、ショウにとっての半身のような存在ですが……なんか気色悪い。
内部に組み込まれたイメージファイトの描写は追々ちゃんとしたものを書ければと思います。ショウという人物の根幹ですので。
起動時のシステムメッセージは機種ごとに分けて描写しています。サンデーストライクよりはワルキュリアの方が多少リッチな描画処理……のつもりですがちゃんと表現出来ているでしょうか?
OFシリーズの専用武装のコンバーターは原典のイメージファイトの設定をこねくり回して組みましたが、結果として散らかった設定になってしまいました。仮面ライダースーパー1よろしく取り替え可能な武装があるよ~くらいに考えていただければと思います。
P.S.
サイトの仕様が変わったのかシステムメッセージの表示が意図したものとは異なる形になっています。そのうち修正したいところですが目処が立っていません。プレビューだと正しく表示されるんですけどね……
P.P.S.
どうも作者が執筆に使っているブラウザ環境が悪いようです。別のブラウザに変えたら無事に表示されたので、ダサい表示だと思ったら環境を変えてみていただけると意図したものがお読みいただけるかもしれません。
機体の説明とかいる……?
-
絶対欲しい!
-
あったらうれしい
-
うむっ、緊急連絡だ。