Infinite stratos / False prophecy 作:✕せんたくだま
なに作ろう なに作ろう
右手がパーで
左手もパーで
IS学園の全てのアリーナには管制室が併設されている。これは試合中に不慮の事態――基本的にパイロットの不調や、破損した部品による事故が大半を占める――が起きた場合の備えであり、そのアリーナで活動する全ての機体からのデータを監視するための施設でもある。
更に付け加えるとすれば、監視するだけではなく、問題が起こっても鎮圧できるように待機している教員への通報も行える。
今、管制室の壁に備え付けられた大型モニターには、アリーナ内に設置された幾つかのカメラの映像と、セシリアの駆るブルー・ティアーズ、ショウの駆るワルキュリアの稼働データが表示されていた。どちらもシールドエネルギー残量は最大で、パイロット・機体共に数値上はどちらにも不調は見られない。
「何というか、壮観ですね。こうも大量の情報をワッと見せられても、とても把握できる気がしませんよ」
「2対2やそれ以上での試合の際は、もっと画面が喧しくなりますよ。要するに慣れです」
モニターをざっと眺めながら関心するコウスケに、千冬は答えた。
部外者のはずのコウスケがどうしてここにいるかと言えば、カタパルトにてコウスケの忠告を聞かずにそのままアリーナへ向かうショウを見送った後、そのまま管制室へ行こうとした千冬が「どうせなら一緒に見ませんか」と誘ったからだ。それに続けて、「先程の解説の続きも気になりますし」とも。
直前の試合と違って、コウスケはこれから試合を行うショウの父親であり、同時に彼と同じ組織の人間でもある。真耶が不慮の事故に備えてカタパルトで待機しているため、本来なら管制室で一人寂しく試合を眺めなければならない千冬にとっては、実に都合の良い同行者だった。
『――こういうのは
「始まりましたね」
画面の中では、初動でセシリアの真上を飛び越える形で背後へ抜けていったショウが、振り返りざまにレールガンをセシリアに向けて数発発射。対するセシリアは真下へ急降下しながら回避し、そのまま向きを変えずに前進して間合いを稼いだ。
「……パイロットの会話まで聞こえるんですね」
「試合のルール上、各パイロットは
――コーヒーで良かったですか?」
管制室の奥からブラックコーヒー入りのコップを2つ持って来た千冬から片方を受け取ったコウスケは、小さく会釈してからそれをチビチビ飲み始める。コウスケは実のところブラックコーヒーが苦手だ。最低でも微糖がいい。だがここで「砂糖をください」と言える人間でも無かった。
『流石に全部躱すか、狙撃型相手にこの程度じゃ失礼だな』
『多少意表を突かれた程度で被弾するような腕では名乗れなくてよ、代表候補生という肩書は――ティアーズっ!』
親子でもこういうところは似ていないのか、などと思いながら千冬もアリーナのカメラ映像が映し出されている画面に目を向ける。
画面の中では互いにアリーナの壁面ギリギリのところで間合いを保ちながら数発銃撃戦を繰り広げた後、セシリアが自前のBT兵器――直前の試合で全損したが予備パーツがあったらしい――を展開して攻撃を激化させる。対するショウもレッド・ポッドを使って弾幕の濃度を急上昇させた。
飛び交う弾の大半がエネルギー弾であるためか、画面の中は無数の曳光でちょっとしたお祭りのようだった。
「先ほどの……ポッドデバイス、でしたか? やはり射撃能力があるんですね」
「ええ。特にあれはレッド・ポッドと言いまして、射角をパイロットが自由に制御できるような設計なんです。その分パイロットのやることが増えてしまいますが……。
しかし、セシリアさん、先程の試合よりも動きが良くなっているようですね。ビットを操作している間に動けないところを突かれていましたけど、今度は本体の周囲に追従させて制御量を減らしながら動いている」
「恐らく、ポッドの扱いを見て真似したのでしょう。土壇場でこういう事をやってのけてこその実力……という側面もありますから」
「貴方が言うと、重みが違いますね。
……やはり、現役時代はそういうことも多かったんですか?」
「多かった……というよりは毎日がそんな感じでしたよ。何せ、刀一本で世界を獲らなきゃなりませんでしたから」
そう言う千冬の目には苦労が映る。
「獲りたかった」ではなく「獲らなきゃならなかった」……敢えてその表現を使う理由を、何となくコウスケは感じ取った。
セシリアがポッドデバイスの使い方を真似た結果、現在双方の戦術は丸被りしている。
ビット兵装で相手を追い立てて、そこを手持ちの銃で狙撃する……まるで鏡写しのように同じことを繰り返した結果、不思議なことにここまで互いに目立った被弾は無い。あったとしても、各々のビット兵装からの低威力のものだけだ。
撃てば避けられ、撃たれれば避ける。そんな振り子の運動にも似たループが、かれこれ5分は続いているのだ。
『つーかさっきから何俺の動き真似してんだよ金取んぞコラ』
『戦術に著作権はありませんわよ。合理的な手段があれば取り入れるだけです』
『合理的ね、お褒めに預かりコーエーです。
……やっぱあんま嬉しくねぇからイチ抜けたッ!』
『ちょッ――!?』
突然撃ち合いをやめたショウが、変速しながらレールガンを腰にマウントしつつ、激しく蛇行して間合いを詰めにかかる。スラスターの推力に物を言わせたマニューバーだ。
対するセシリアは驚きで射撃体勢を解除できない。そのままショウを追う形で迎撃を試みるが、命中弾はない。
「
旋回Gが心配ですが驚きで――どうしました?」
ショウの制御技術とワルキュリアの加速性能に目を細める千冬だったが、隣のコウスケが両目を抑えて天を仰いでいることに気付いた。
呆れと諦観の混ざった雰囲気を漂わせるその素振りが、千冬には不思議でならなかった。今、ショウは回避と接近を両立できていて、セシリアはそれに追従し切れていない。間違いなくショウが有利な状況だ。
――親なら喜ぶ場面ではないのか……?
「アイツは距離を詰めた後、両腕のコンバーターで勝負を付けるつもりでしょう。問題はそのコンバーターなんです……」
画面に映るのは、今まさにショウが仕掛けようとしている場面だった。セシリアの照準を蛇行機動で散々振り回し、彼女がいい加減に追いかけるかとブルー・ティアーズのスラスターを吹かそうとしたその瞬間に、ショウは真っ直ぐ突撃する。両腕を前に伸ばして飛ぶ様は、アメリカの国民的ヒーロー「スーパーマン」を想起させた。
『――ッ!』
『これでも食らいやが――ってわああああァァァァァっ!?』
この距離なら外さない……。
ショウがコンバーターに射撃命令を送った次の瞬間。その眼前が一瞬にして青白い閃光で埋め尽くされる。
急に視界を失ったワルキュリアは、更に機体の制御も失って、そのまま上――アリーナの天井を塞ぐバリアへ向かって飛んでいく。
『――えっ!?』
『ぅおあああ止まれぇえっ!』
ショウの対応は早かった。コンバーターの使用を即座に止めて、スラスター出力を最高の4速にシフト、さらにそのまま制動を掛ける。
果たして、アリーナのバリアから1mくらいのところで、暴走したワルキュリアは静止する。
『……と、止まれた……?
いや、普段なら衝突コースな速度だったんだがな……』
『本当に、何をしてらっしゃいますの……?』
両手のマニピュレータをグーパーしたり、身をよじって各部のスラスターを確認するショウを、セシリアはその下の中空から、ひどく困惑した様子で眺めている。真面目に試合をしているセシリアからすれば、ショウの姿は――その操縦技術を加味しても――やはり遊んでいるようにしか見えなかった。
セシリアは一旦BT兵器を本体に格納して、エネルギーの充填を行うことにした。
「急な無視界状態からの急停止……先ほどから惚れ惚れする操縦技術ですね。私でもあまりやりたくありませんよ、アレは」
「シミュレータの賜物でしょうね。
――今アイツが装備しているコンバーターは『
「しかし、いざ使ってみると大して射程も無ければ、視界が無くなるだけの代物だった……と?」
「概ねそういうことです。活かす方法は恐らくあるんでしょうが、急に手渡されて使いこなせるような代物ではない。だから開始前に取り換えるようアイツに言ったんですけどね……」
呆れと疲れの混じった表情を浮かべるコウスケを見て、千冬はそれに既視感を覚えた。思い当たるとすれば、さっきの己自身だろうか。
せっかくの好機を無駄にする者を、もどかしくも見ていることしかできない。
或いは、どこの家族も似たようなものなのかも知れない。
ショウが突撃する瞬間を外部から見ていた二人――さらに言えば観客も――には、何かしら事故が起きたように見えただろう。何せ、プラズマフレイムで噴出されたプラズマはワルキュリアの前方の狭い範囲だけだった。射撃兵装にしてはあまりにも射程が短すぎる。それで視界を失って危うく衝突事故ともなれば、武装が壊れたようにしか思えない。試合中の二人にこそ聞こえていないが、放送席からは試合の中止が危ぶまれた。
『あの、一つお聞きしますけど』
『あ、はい』
『やる気……ありますのよね?』
『はい……』
『だったら! どうして! 武装の確認も無しに! 試合に出てこれますのッ!?』
『それはあの、来る前のごたごたで……』
『片付けてから来ればいいでしょうそんなもの!
待ちますわよ! わたくし、それ程狭量ではありませんわッ!!』
『いや現にさっきキレてた……』
『何か仰いまして!?』
ひいい、と情けない声を上げながら緩やかにセシリアの前まで降りてくるショウ。返事が慎ましやかなのは、血気迫るセシリアに気圧されたか、あるいは言い訳が無意味と悟ったからか。
『いやまあ、もう問題は起こらねえよ。俺が把握してないことはもう無いし……多分。
――しかし、スゲー足回りに調整されたもんだ。さっきのアレだって、普段なら制動にあと10mは掛かってたんだ。大したデータもないのに、この狭いアリーナ用のセッティングを組み上げちまうんだから、マジでヤバいエンジニアだよ、親父は』
事実、先日までワルキュリアの慣性制御系は大気圏・低軌道航行仕様のセッティングが行われていた。この仕様の想定するところは、学園のアリーナと違って閉所ではない。地面間際で飛び回ることはそうそう無いし、上空がバリアで区切られているようなこともない。代わりに気を付けなければならないのは、同じく空を飛ぶ鳥や航空機の類との衝突だ。基本的に軌道を変えて回避するべきこれらの要因のために、その瞬間の自機の速度に対して、止まることよりもその向きを変えることが想定されていた。
コウスケは、直前の一夏対セシリアの試合の様子と、その前に見ることができた他の試合の記録から、狭いアリーナでの飛行に対応できるような補正を考えて、ショウがアリーナへ出ていくまでの短時間で実装してみせたのだった。
「……言われてますよ、エンジニアさん」
「気のせいでしょう」
その割に嬉しそうですが、とは言わなかった。
対面すると素直になれないところもよく似ていると感じた千冬は、モニター内のショウの顔と、真横のコウスケの顔を数度行き来して、それから試合を注視した。
『そういったことは、終わってから直接本人に言いなさいな。
――準備運動には十分でしょう、いい加減再開しますわよ』
「……いや、うん。コレ凄いねぇシアちゃん」
成層圏より下の、何処かにある薄暗い一室。そこでは二人の人影が大型の空中ディスプレイを眺めていた。
打ちっぱなしのコンクリートでできた部屋の壁際を埋め尽くす何かの機材からは何本ものケーブルが伸びている。裏配線など欠片も考えられていないそれは、サツマイモの蔦のように床へ広がり、足場という足場を無くしていた。
「次に飛び出す言葉は『流石は私の研究成果』……ですか?」
まるで寝るように椅子に浅く腰掛ける一人目の人影――篠ノ之束の言葉を、どこかの民族衣装じみた目玉模様の仮面を付けたもう一人の人影が軽く皮肉る。ISスーツに浮かぶ滑らかなボディラインと高い身長、長いブロンドヘアー。
このシアと呼ばれた人物はヨーロッパ系の女性のようだった。
「その通り――と言いたいところだけど、結局はキミの持ち込んだ資料がベースだからね、巨人の頭を足蹴*2にしてるときにそれを言ったらプライドが無いよ。ん……」
束はぐん、と伸びをした。
空中ディスプレイに映し出されているのは、IS学園のアリーナで行われたセシリア対ショウの試合の録画――当たり前のような違法アクセス視聴――と、試合中のタイムスタンプを重ねた二人のバイタルデータの推移グラフだ。
「さて、
「何ですかそれ、人の名前をしょうもないDad joke*3の素材にするの止めてもらえます?
そもそも、私はエンジニアでもありませんから生憎とそういった専門的な内容は分かりかねま――ひぅっ!?」
皮肉で返事をしたシアの胸を、束はむにむにと揉んだ。努めてとにかくいやらしく揉んだ。片手で収まらぬサイズのそれらを、丁寧に、念入りに。
これ以上無いくらい無駄にテクニカルなその指捌きにより、シアの感覚神経は生娘の如く嬲られ、意図せず嬌声が漏れた。
「んふふ〜、言霊って知ってるかな? うら若き乙女の言葉をオヤジギャグとか言っちゃう娘にはセクハラオヤジ攻撃なのだ〜! うりうり〜」
身をよじるシアの反応をひとしきり楽しんだ束は、まあ冗談はその辺にして、と空中ディスプレイを操作し始める。幾つものウィンドウが現れては消えてを繰り返し、最終的に残ったのはワイヤーフレームで構成された試合の三次元モデルと、二人分の脳血流のヒートマップだ。
束が更に操作すると、倍速で2つの人型モデルが仮想空間内を動き始める。ヒートマップもそれに追従して変化するが、二人の脳の変化は非常に似通っていた。
「――端的に言えば一人じゃんけんだね。
二人のイメージインターフェースがコアネットワーク越しに互いの信号を拾って逆流、まるで2つの脳が1つになったみたいに同じ挙動を示してるんだ」
「高度な先読み……のようなものですか?」
「まあそんなところかな。お互いに相手が次に何をするか何となく分かって、しかも両者ともその自覚がないから、ずっとあいこが出続けるみたいに同じ動きがループしてるわけ。
偶にある命中弾も、お互いがそれを望んだから。でもバランスが崩れるからどちらも同じだけ弾が当たる」
しかし、束の言葉を聞いてなお、シアには疑問があった。セシリアのブルーティアーズに搭載されているイメージインターフェースはBTコネクタ、ショウのワルキュリアのものはサイバーコネクタである。パイロットの神経情報を読み取って機体の制御に充てる点では似通っているが、どちらも別規格のはずだ。
「ん~? その様子じゃあんまりオチてなさそうだね。
でもどっちもISコアが載ってる。赤い方はコア後付けの急造品だけど、きちんと機体の制御には噛んでるからね。そこまで来れば、多少の規格の差は吸収できちゃうのだ! ぶいぶい~。
……てかさ、見てよ後半のところ、これもう完全に事故じゃん。途中の切れ目で止めときゃいいものを、加減知らずに稼働率上げまくってパイロットの方が潰れてるなんてバカそのものでしょ」
自慢気に追加の解説を入れた束の表情は、まるでサイコロの面のようにコロコロと変わった。画面の中のワイヤーフレームを指差してバカと笑ってみせる様は、無垢な子供にさえ見えてくる。
「……やはり、貴女からすれば万人が路傍の石なのでしょうね」
「うんその通り。
けどまあ、この2人についてはちょっと見直してるかな。身の程知らずのバカだけど、そこいらの凡人じゃ起こせない現象を見せてくれたからね。この組み合わせには価値があるよ。
――流石は、
「その、呼び名は……」
どこか憂鬱そうなシアを横目に、束は床を蹴った勢いで椅子をくるりと回転させた。それに続けて、あっそうそうとポケットの中から小さいチップを引っ張り出す。
「シアちゃんの言った通り、全員分の用意はできそうにないけど、一応いっくんとその他必要分は揃えられそうだよ。進捗を纏めといたから、暇なときにでも目ぇ通しといて」
「いつも、ありがとうございます……あなたがいれば、きっと――」
そういう堅苦しいのはやめようよ、とシアの言葉を遮る束。そのままシアの手を引き寄せて、チップを握らせた。相手を労るように柔らかく重ねられた手は暖かい。
「私とキミの仲でしょ、もっと頼ってくれて良いんだからね。
――もう寝るのかな?」
「ええ。また暫く……」
「そっかそっか、次の
それは楽しみにしても良いものなのでしょうかと苦笑するシアは、受け取ったチップを胸元のポケットに差し込みながら、ふらふらと部屋を後にした。
その背が見えなくなるまで見送った束は、ぐるりと椅子を回転させて、再び薄暗い空中ディスプレイに向き直った。
「……おやすみ」
試合開始17分。
一旦仕切り直しの様相を見せたセシリアとショウは、改めて互いに向き合う。
「実を言うと……いや当たり前の話ではあるんだが、こうやって人間と
「まあ、そうですわよね。2人目として見つかってからどのくらいになりますか? 長くても二月くらいでしょうけど……。
むしろその程度しかISに触れていないはずなのに、その技量は何処から来ますの?」
セシリアに限らず、この試合を見る多くの人間がこの疑問を抱いていた。そんなショウは、セシリアの質問に対し「さっきも言ったが、シミュレーターだよ」と返事する。
言うなれば、ゲームセンターのレースゲームしか経験していない人間が、急にレースマシンに乗せられてプロ顔負けの運転をするようなものだ。誰にとっても、そして努力を重ねた実力者であるほど、にわかには信じ難い。
まともに答える気はないのかと呆れたセシリアは、それ以上は言わぬが花と閉口する。
「……それでさ、こうして他の技術に触れると、すげえなって思うわけですよ。俺の射撃がド下手なの差し引いてもさ、面白いくらい当たらねえの」
「ふふ、幾ら褒めても手加減はできかねますわよ?」
「まさか、とんでもない。ただ……敬意を表してだな、使いたくなかった隠し玉を披露しようかと」
ビットへのエネルギー充填が終わったセシリアは、改めてそれらを展開する。ついでに手動で近接用ブレード「インターセプター」も呼び出した。相手の近接武装への対策であり、咄嗟に呼び出せなかった先程の試合からの教訓だった。
問題なくそれらが機能することを確認したセシリアは、改めて視線をワルキュリアの方へ向けると、何やら両肩の赤い球体――レッドポッドが、仄かに紅い光を纏いながらぐるんぐるんと左右別々に回転している。その動きは丁度、運動の前に両肩を回すような様子にも見える。
「無理は身体に毒ですわよ」
「確かに、前回コレ使ったときは頭ん中ぐちゃぐちゃになったから実際その通りなんだが……。
一応リスペクトってことで受け取って欲しい」
ショウはワルキュリアの制御インターフェース「サイバーコネクタ」の通信規格を上位のものへ切り替える。閉じられていた瞼を開くように、ワルキュリアの顔面を覆う紫色のラウンドバイザーの輝きが増した。
パイロットスーツ越しに筋電位を読み取っていた今までの規格――レイヤー1と違い、ここからは制御全てが脳と直結されるレイヤー3だ。
「さて、お見せしよう――ポッド・シュート」
ギュンッ、という得も言われぬ音と共に、ワルキュリアの両肩に留まっていたレッドポッドが意思を持ったように飛び回り始める。それらは原子核の周りを公転する電子のように数秒飛び回った後、今度はブルーティアーズに挨拶するようにビットたちの両脇を通り過ぎて、またワルキュリアの両肩に収まった。
以前に研究所でショウがこの機能をテストした際、レッドポッドの制御情報を始めとする暴力的なまでの情報の奔流がショウの脳に雪崩れ込んだ。それは急激な脳血流と酸素消費量の増加を引き起こし、視野のブラックアウトや強烈な頭痛となってショウを苛んだ。大きいものでこそないが、ショウのトラウマの一つである。
しかし今、ショウはそれを飲み込むことができている。似た武装を使うセシリアへの親近感か、技量への尊敬か、なんにせよその理由は誰にも分からない。
「あら、
「どちらかと言えばアンタの周りに浮いてるそれに近いかな。動かすのが大変だから普段は本体にベッタリなんだが……。
――あと朗報だ。なんか知らんが前より思考がクリアになってるわ、情けない所見せないで済みそうだぞ」
ショウは奇妙な感覚を覚えていた。以前なら膨大な情報が脳を苛んでいたはずなのに、今は思考がクリアだ。通信規格を切り替える前よりも、五感と思考がはっきりしているとさえ感じる。
以前のテスト以降、ポッドシュート機能については「適正のある人間に使わせる」ことで対応することになっていたため、特段何かしらの改良が加えられたことも無かったはずだ。
しかし、今となってはどうでもいいことだった。
「それはなにより。……参りますわよ」
セシリアのその言葉が再開の合図となった。
両者は先ほどとは対照的に初手で距離を詰める。互いに近接装備を抜いて、一合、二合。そのまま離れざまにビットで斉射して距離を取る。
一足早く足を止めたセシリアは、ビットの射撃で回避を制限しつつ、レーザーライフルで離れ行くワルキュリアに向けて数発打ち込んだ。避ければビット、そのままならライフルの光弾が目標を抉る。セシリアにとっては十八番のような誘導戦術だ。
しかし、ショウはまるで背中に目でも付いているかのように急旋回を繰り返し、1発の命中弾も無くそれらを躱す。
――巧い。奇妙な程に。
感心するセシリアであったが、構えたライフルのスコープ越しに気付いた。60mほど先を飛び回るワルキュリアの肩部――先ほどまであった左側のレッドポッドが、無い。
人の頭よりも二回りくらい大きい、赤色の球体。この晴天の下ではどうしたって目立つはずのそれは、一体どこへ行ったのか。ハイパーセンサで全方位の視界が確保されているにもかかわらず、セシリアはつい構えを解いて周囲を見渡してしまう。
不意に、後頭部に強い衝撃が加わる。
空中に居ながら、押し込まれるように背骨と頚椎が曲げられた。
「――ごッ……?!」
一瞬だけ、セシリアの背後から忍び寄るレッドポッドをハイパーセンサーが捉えていたことが分かったが、ぶつけられてからでは遅すぎる。セシリアから見て右下へ抜けていったレッドポッドをビットとライフルで追撃しつつ、正面に向き直ると――目と鼻の先に青白い光の塊が近づいていた。
光の塊が、さっきショウの使っていた武装――プラズマフレイムのものだと気付いた頃には、間近に迫ったワルキュリアが右手のレーザーブレードの蒼白い刀身をセシリアの顔面目掛けて突き出していた。
反射的に空いていた左腕を構えて、ワルキュリアの右腕を外側へ逸らすことには成功したセシリア。だが、直後に鳩尾辺りに硬いものが押し当てられる感覚――。
ガン、ガン、ガン……!
「く、ふっ……!」
セシリアの下腹部に突き付けられたワルキュリアのレールガンが、ありったけの弾丸を撃ち込む。ISに備わった諸々の機能によって十分に弱められているとはいえ、衝撃の連続がセシリアの内臓を揺らした。
喉の奥が少し酸っぱい……セシリアは朝食のマーマレードを塗ったトーストが逆流しないように意識を向ける羽目になった。
「こン、のぉ……ッ!?」
肉薄するワルキュリアの胴体はレーザーライフルの銃身の真横にある。どう構え直してもこれで対処するのは不可能だし、セシリアにそんな暇はない。せっかく呼び出したインターセプターも意識の外で、それを握っている左手はショウのレーザーブレードを押し退けるのに使ってしまっている。
一手遅れているのを承知で、セシリアは周囲を漂うビットに自分ごとワルキュリアを撃つように命じる。自分への命中弾は1、ワルキュリアに3、その内の一発でレールガンを破壊することに成功した。
ワルキュリアはボロボロのレールガンをセシリアの前に投げつけると、潮時とばかりにブルーティアーズの真下をすり抜けて行った。
「……嘘、でしょう?」
間合いを稼ぐワルキュリアを追撃しつつセシリアが自身のシールドエネルギー残量に目をやると、そこには信じ難いものが表示されていた。
残量が、半分を切っている。
試合が中断されるまでの消耗は高々1割にも満たなかったことは覚えている。ともすれば、あのレッドポッドをぶつけられてからのたった十数秒の間に半分近くを一方的に削られたことになる。
アリーナ壁面の空中ディスプレイによると、ショウのシールド残量はまだ8割以上。互角の状態から、セシリアは急に不利に追い込まれてしまった。
「おいおい、慌ててどうしたよ。勝負はまだまだこれからだぜ?」
70m程離れたところに、セシリアに向けて手を振っているワルキュリアが見えた。その手にはレーザーブレードだけが握られており、その周囲を2機のレッドポッドが衛星のように回っている。
「全くもって、驚異的ですわね……ここまでとは。まさにUnbelievableと言う他にありませんわ。
誇ってくださいな、一国の代表候補生相手に一方的に立ち回ったんですもの」
知らぬ間に上がっていた息を整えながら、セシリアは賛辞の言葉を述べる。
思った通り至近距離ならド下手でも外さねえな、と照れ臭そうに頭に――引っ掻くわけにはいかないので本当に触るだけ――手をやるショウの表情は
「先日の言葉を撤回させてください。アナタのことを経験の欠けた未熟者と言ったこと、先ほどの懲罰というのも……今日で私も十分に未熟だということを思い知らされましたから」
そのまま謝罪の言葉を繰り出そうとしたセシリアだったが、おいおいとショウはそれを遮った。
「そういう辛気臭いのはやめてくれ。興が冷めちまう。こういうときなんだから楽しもうぜ、お互いに」
「……ふふっ、そうですわね。でしたら、ここからは私がChallenger……このセシリア・オルコット、今一度全霊を以て挑ませて頂きますわっ!」
レーザーライフル《スターライトmkⅢ》を構え直したセシリアは、ビット兵器《ブルーティアーズ》を伴いながらワルキュリアに向かって突撃する。愚直にすら感じられるセシリアの行動に、ショウはレッドポッドを上下に挟むように飛ばした後、自分もセシリアに向けて急加速する。
「ハハハッ、早速近距離戦かよ嬉しいなあッ!」
セシリアを眼前に捉えたショウは、飛ばしておいたレッドポッドをタイミングをずらしながら突撃させる。しかし、ブルーティアーズの増設されたハイパーセンサーはそれらを正確に捉えていた。グン、と寸でのところで身を捩ってポッドを回避したセシリアは、偏差撃ちの要領でワルキュリアをビットで撃つ。
「期待に応えてこその候補生! けどお忘れなきよう、手数が多いのは私ですわよッ!」
セシリアがライフルの引き金に指を当てると、ワルキュリアはロックオンアラートを発する。先ほど同様に旋回しながら回避機動に入るショウに対して、セシリアはライフルを――撃たない。
「――あ」
ショウが気付いた頃にはもう遅い。射撃を回避してすぐに元の機動に戻る……そのように予定して組んだマニューバーの通りにショウが姿勢を戻したタイミングで、セシリアは引き金を引いた。
直後、眩い閃光と共にワルキュリアの装甲の表面に幾何学模様が浮かび上がる。琥珀色の六角形を敷き詰めたそれは、ワルキュリアに搭載された光学ハニカム式のバリアだった。
ここまでのまとめ
・千冬
ISに乗ったことがないはずのショウの操縦技術に若干引いている。
アル中予備軍である前にカフェ中である。
コウスケにちょっとだけ親近感。
・コウスケ
今日も今日とて苦労人。
コーヒーは砂糖とミルクマシマシじゃないと嫌な人。MAXコーヒーを至高とする甘党。
ワルキュリアに積み込んだコアに合わせ、他部門の助言も受けつつ慣性制御をISとしての形に調整している。
・束
皆さんご存知天才にして天災。IS学園のセキュリティ? 何の問題ですか?
しかしその実態はセクハラオヤジ。でっけえおっぱいに埋もれる喜びを知るカチグミ。
ショウとセシリアのことはシアから紹介されている模様。
・シア
どなたですか?
束に何らかの資料を提供したらしい。その胸は豊満であった。
束からは気さくにセクハラを受ける程度には仲が良い(よくない)。
・セシリア
ナメた態度で挑んできたショウ(被害者)にブチ切れるお嬢様。
1つ前の試合でビットの制御と移動を両立できないことがバレてしまったものの、自機中心の相対座標なら何とか動かせると咄嗟に思い付ける実力者。
ポッドで殴られた後頭部を擦る暇はない。
・ショウ
交換が面倒くさいからと着の身着のままで出てみたら扱いづらいパーツでびっくり。
射撃に自信がないが、至近距離なら外さないよね。
ポッドシュートの脳負荷が軽減されててまたびっくり。よーし頑張っちゃうぞ〜。
いよいよ始まりました、セシリア戦前半です。
実力者の彼女なら直前の試合から上手いことフィードバックが出来るのでは? と考えて自機にビットを追従させる戦法を使っています。その直前の試合こと一夏VSセシリア戦については原作と同じなので省略しました。
プラズマフレイムは劣悪な視認性の割に威力が低いので個人的には使いづらいと思っています(同じく見辛いバルムンクはあんなバ火力なのに……)。
実際、これが搭載されているOF・フォースⅢの英語版の説明では"The lasers are tricky to use and require skill to master."と書かれているので、機体列伝含め公式からも難しい武装として扱われているようです。
しかし近接戦闘の多いISにこれを取り込むと、実はそんなに悪いパーツではないのでは? というのを次回描写しますのでお待ち頂ければと思います。
また、ポッド・シュートも登場させました。OFシリーズを語る上で無くせない要素の一つで、ショウには高負荷と引き換えに早速使いこなさせています。後で覚えとくんやで。
セシリアのブルーティアーズとの違いは、自機に追従させている間しか射撃ができない点で、撃ち合いに困ったらポッドで殴りに行くことになります。
今回から諸悪の根源こと束が謎のオリキャラを連れて登場。積極的に描写するつもりはありませんが、必須タグにガールズラブを入れている理由の7割は束にあります。
お気に入り・UAがちらほら増えてきて嬉しい次第。
感想もっとくれてもいいのよ
機体の説明とかいる……?
-
絶対欲しい!
-
あったらうれしい
-
うむっ、緊急連絡だ。