海夢の高校受験後の話です。
Ⅵ
「合格おめでとう! 海夢ちゃん‼」
三月になって二度目の週末。海夢は得意満面で来店した。
海夢は二月中にはすでにこの日の予約を入れており、受験の合否に関わらず来店すると宣言していた。
海夢が入店すると、りほ達が【祝・合格‼】のパネルを掲げ、祝福の歓声をあげて出迎えたため、海夢の笑顔は一瞬で泣き顔に変わった。
「嬉ぢぃ~! 不合格で泣がないでよがっだ〜!」
「本当だよね! おめでとう、よかったね!」
「涙でメイクぐちゃぐちゃよ~。今日はメイクもしてあげるわ」
一同で海夢の健闘を称える中、
「みんな、こっちも忘れちゃだめだよ!」
包の中には、AIRSで使っているシャンプーとトリートメントのミニボトルが入っており、メッセージカードが添えられている。
「海夢ちゃん、十五歳の誕生日、おめでとう‼」
「ちょっと遅くなっちゃったけど、合格発表日が誕生日なんてレアだから、ダブルお祝いにしました!」
今年二◯一八年の埼玉県立高校の合格発表日は三月五日で、それは海夢の誕生日と重なっていたのだ。
「うええええん、みんなあいがど~‼」
りほが海夢の
「こんなに泣くほど喜んでくれるなんて、こっちのほうがサプライズもらったみたいだよ。でもお父さんにもお祝いしてもらったんでしょ?」
海夢は鼻にティッシュをあてながら答えた。
「はい! お父さん、なんか会社からムリヤリ休みもらってたらしーんですよ。朝会社行くふりして一日お祝いの準備してんのヤバくないですか? あたし、合格の報告、学校から鬼LIME入れたのにリアクション薄っ! てなって、キレ気味で帰って玄関開けたら、クラッカー鳴らして飛び出てきたんですよ! お父さん引くほど泣いててー、それ見てたあたしも涙ガマンするのムリすぎて。玄関前で二人でガン泣きしてたら隣の部屋のおばーちゃんでてきちゃって、二人で謝りました!」
そして、両方の手のひらをサロンのメンバー達にむけて広げてみせた。
「これ、お父さんが誕生日と合格のダブルお祝いで買ってくれたんです!」
海夢の右手の小指と、左手の人差し指には、
「すっごーい! サプライズで一番嬉しいやつだよねー‼ 素敵なお父さん!」
「はい! 指輪は好きなのを選んでいーよって言われたんで、昨日一緒に買いに行きました!」
「ぎゃーっ、いいお父さんじゃん! 大事にしなきゃダメだよー!」
「高校生になってもっと奇麗になった海夢ちゃんを見せて、喜ばせてあげなきゃね!」
りほと
「それがですねー、これからお父さんに見せるの、ちょっと難しいんですよねー」
「えっ、どうして?」
学も不思議に思った。海夢の父親は娘が女の子らしくなっていくこと何よりも見たがっていたはずだ。
「お父さん、あたしが合格決まった翌日、転勤決まっちゃったんですよー。かなり頭抱えてました」
「あら……それは、お父さん、とても残念でしょうね……」
たしか以前、海夢からは父親が転勤の無い職場に転職したと聞いていたので、本人はかなり悩んだことだろう。
「可哀想……断れなかったの?」
「どこに転勤なの? 何ヶ月?」
学と一緒に、りほも心配そうに訊いた。
「お父さん最初はガチで断ったらしいんですけど、どうしてもお父さんじゃないと無理みたいで。なんかデカいプロジェクト? みたいです。九州のほうに新しい街を作るとかで、あたし聞いてもよく解んなかったんですけど、とりまそこに行かなきゃダメなんだそーです」
「すごい、大きな仕事してらっしゃるのねぇ。カッコイイじゃない」
「九州……しかも街作るの? 長そうだね……」
「はい、何年かかかりそーだって。ゆーてどんだけ帰ってこれるのかはこれから決まるってゆってました。あたしが寂しーってよりも、お父さんがマジで大変、ってカンジ」
海夢の晴れ姿は是非父親に見てもらいたい。学はそう思って訊いた。
「いつ頃、お父さんは転勤先に異動するの?」
海夢はこれにも苦笑しながら答えた。
「それが、意外に早そーってゆってました。あたしの卒業式のすぐ後、くらいかも」
「うわぁ、急だね……入学式くらいは見せてあげたいよね~」
その後、海夢のカットを担当するりほが施術しながらいろいろと相談にのり、卒業式と入学式には、海夢の父親に立派な姿を見せてあげられるようにしようと方針を決めたのだった。
「海夢ちゃん、高校入学おめでとう!」
「制服似合ってるよ! 可愛い!」
「これで晴れてJKデビューね~」
四月の第二土曜日。海夢はこの週に無事、第一志望である大宮の県立高校の入学式に参列した。
AIRSに高校の制服を着て来店した海夢は、自分の姿をみせびらかした。スタッフから入学祝いのアロマグッズを貰い、海夢は子供のようにはしゃいだ。
「みんなお祝いありがとうございます! 今日はよろしくお願いします。あたしもいよいよ金パかー! アガるー!」
「任せて! すこし時間はかかるけど、絶対奇麗にしてあげるからね!」
「お父さんに直接見せてあげられないのが残念よね~」
結局海夢の父親は、卒業式の三日後には九州に旅立った。だが、会社に色々条件を提示したとのことで、入学式には戻ってきて愛娘の晴れ姿をその目に焼き付け、その後の長い単身赴任生活を乗り切るつもりらしかった。
春休み中は海夢も父親について赴任先の九州にしばらく行ったため、AIRSに顔を出せるのは入学式直前になった。
海夢が以前から望んでいたブリーチとカラーは入学後に順を追って施術することにし、入学式にはいつも通りしっかりトリートメントして臨んだ。
海夢の父親は卒業式の時と同じく、参列した入学式でもずっと泣いたままだったらしい。海夢は特別飾り立てた装いでもなく、髪もストレートのままで、メイクも薄めだったから、『お父さんが感動したのはサロンでやってもらった髪のトリートメントのおかげだよ!』と海夢は喜んでりほに報告していた。少々ズレた感想だったが海夢の父親が喜んでいたことは間違いない。学たちも嬉しかった。
一人暮らしと新たな高校生活が同時に始まったにも関わらず、海夢には不安な様子はまったく見られなかった。それどころか入試と父親の単身赴任の準備を優先してこれまで我慢してきたことを全部やるつもりだと言わんばかりで、今までのどの来店時よりも楽しそうだった。
ちなみに、一人暮らしの食生活の話題では一悶着あった。
案の定、
「ここのシャンプー台、いつもおちつくー」
「それはよかったわ。ところで新しいクラスはどう?」
卒業から入学までの祝福ムードに包まれて、海夢は今、上機嫌でシャンプー台で学に頭を委ねている。
学は海夢の顔にタオルをかけながら、学校生活の話を切り出した。
「聞いて聞いて‼ 乃羽と同じクラスになったの。一学年が五クラスだからワンチャン一緒かもって話してたけどガチで同じでビビった!」
中学からの同級生である乃羽という名前の友達は、早い段階で実力が合格ラインに到達していたらしく、手の空いた時間で海夢に勉強を教えてくれていたらしい。入学式でクラスが発表され、同じクラスになったことを知って海夢は涙が出るほど喜んだそうだ。
「乃羽は春休み中に赤いインナー入れてて、マジかわたん……ピアスも二つくらいもう入れてたんですよ! クラスでもピアスもカラーも入れてる人けっこーいたし。あたしもピアスはやっと開けたけど、はやくもっといろいろやりたい!」
セット面に戻り
海夢にとってはいよいよ髪色を変えていく第一歩の日だ。海夢がこの日をどれだけ心待ちにしていたか、学もサロンのメンバーもよく聞かされていたので気持ちはよく分かっているし、自然と施術する側のテンションも上がるものだ。
海夢の耳には、小さなピアスが左右に一つずつ光っている。念願が叶ったわけだが、その余韻よりもこれから自分の髪色が変わることへの期待のほうがはるかに上回っているようだった。
海夢の頭髪は、今はクリップでざっくりと
「ピアス、似合ってる。とても可愛いよ! それにしても、本当によく頑張ったよねー。好きなこと全部我慢してたんだもんね」
海夢は褒めてもらった礼を言い、胸を張った。
「あたし、やるって決めたら絶対やる人だし! ギャルになるためにガチ勉強するって決めてたんで、ゲームもアニメも全部ガマンしました。ゆーてSNSはまあまあ? 見てたんですけどー」
高校に入ったらやりたいことをSNSを見てはリストアップして、友達とシェアしては受験勉強のモチベーションを高めていたことを、学はこれまで何度も聞いてきた。
「ピアスもカラーもそうだし、ネイルも受付のバイトもサロモも、やりたいこと全部できるわね~」
「そーそー! 爪も頑張って伸ばしたし!」
海夢はそう言って、奇麗に伸びた自分の爪を誇らしげに眺めた。雑な振る舞いをしていると爪を引っ掛けて剥がしてしまうから気をつけるように、という学の忠告を真剣に守って、海夢は大切に爪を伸ばしてきたのだった。
「あ、バイトの話は今日施術終わった後、店長が予定など話したいって言ってたよ。時間空いてるよね?」
「ありがとうございます! 大丈夫です。楽しみー」
念願が次々と実現していく期待で、海夢の顔は緩みっぱなしだ。学も自分のことのように胸が温かくなった。
「海夢ちゃん、カラコンもピンクのままで登校してるんでしょ?」
「はい! 嬉しすぎでヤバい! あ、でも聞いてくださいよ。あたしそれでこの間失敗しちゃってー」
学はそれを聞いてちょっと心配になった。
「海夢ちゃん、何しちゃったの?」
「いやー、クラス男子にカラコンバカにされたと勘違いして、ガチギレしちゃったー、みたいな?」
せっかく頑張って入った高校で海夢がまた男子の心無い視線に悩まされるのではないか、と学は一瞬血の気が引いた。しかし、勘違いの内容をよくよく聞いてみると、その男子は全く悪意があるわけではなく、単純に言葉の選び方を間違っただけのようだった。むしろ、海夢の見た目に好意的な助言をしようとしてくれたように思える。
「クラスメイトに恵まれたんじゃない?」
「そうよ、いい子じゃないの~」
りほと学がそうたしなめたが、海夢はどこ吹く風だ。相変わらず男子には興味がないらしい。自分の目標を見定めた彼女にはそこしか見えていない。
「JKギャルに、あたしはなる!」
「じゃ、そのステップを進めましょ! いよいよ塗っていくわよ~」
りほと学は、海夢の後ろ、左右に立ってそれぞれカラーカップとカラーブラシを持っている。中には薄青白いクリーム状の液体が入っている。比較的強めのブリーチ剤だ。
海夢は満面の笑顔で肯きながら、言った。
「お願いします! うわーテンアゲしすぎてムリなんですけど!」
「テンション上がりすぎてあまり動かないでね。薬剤強いから」
「はい!」
学は
海夢が受験勉強の息抜きにSNSで髪色や髪型を相談していたことはりほから聞いている。髪型は今のロングスタイルをほぼそのまま残す。
色が大きく変わるので、それにあわせて部分的に長さを調整する、とりほは言っていた。
「りほさん、そういえばあたし、受験勉強の間に、絶対やりたいことがまたできたんですよー‼」
薬剤塗布の施術中、海夢が目線だけで後ろのりほを振り返りながら言った。
「すごいね、そんなにやりたいことあって、カラダいくつあっても足りないね! 何をやりたいの?」
りほが会話をしながら施術を進めていく。
今日は海夢の髪を
海夢の
一方で学のブリーチワークはりほと同等の域にある。りほに安心して任せてもらっているという自負が学にはあった。
「〝コスプレ〟です! マジ、時間もカラダも倍はほしーです!」
「コスプレって、アニメとかのキャラの?」
「はい。受験勉強の間アニメとか我慢するぶん、SNSばっかり見てたら、コスレイヤーさんたちの写真にドハマりしちゃって。それ見ながらアニメのこと想像してたら、あたしもあのキャラになりたい、これもやりたい、って、めっ――ちゃふくらんで!」
学はりほに合わせて薬剤の塗布を続けながら言った。
「
りほが答えた。
「そうね。でもコスプレって地毛じゃなくてウィッグでやるんじゃない?」
海夢は目を輝かせてりほを見つめた。
「はい! コスプレのウィッグって人工の毛なのに奇麗なんですよ! 春休み中に池袋のコスプレ専用ウィッグのお店行ったんですけど、マジでスゴかったです!」
りほは
「コスプレウィッグの専門店のことは聞いたことあるなー。人工毛だけど結構よく出来てるよね。私も頼まれてコスプレイヤーさんのウィッグカットしたことなら何度かあるよ」
学はりほと反対側の塗布を行いながら、海夢に訊いた。
「コスプレって、髪の毛よりも衣装のほうが大変なんじゃない? アニメのキャラって衣装独特だし、体型も現実離れしてるのが多いイメージなんだけど」
海夢は口を尖らせて答えた。
「んー、そうなんだよねぇ。SNS上のレイヤーさんはみんなスタイルめっちゃ良くて、自分のサイズに衣装合わせてるっぽいし。キャラ愛パないですよねー。ゆーて既製品売ってるキャラもあるんだけど、あたしがやりたいコスは既製品が売ってなくてガチ自作しかないみたいな」
そう言いながら海夢は、SNSでフォローしているコスプレイヤー達の写真を見せてくれた。
学も美容学校時代にカメラ撮影やフォトレタッチを勉強しており、撮影の仕事に加わったことも何度かある。コスプレ写真は、学が見たところ程度の差こそあれかなり画像加工をしているようだった。
その中で、ひときわ目を惹くコスプレイヤーがあった。
「この子の写真、とても奇麗ね。画像加工もあまりしてないんじゃない?」
一見、とても幼く見えるが、中学生か高校生くらいだろうか。
ブリーチ剤を塗布する手をいったん止めて、しげしげと学が覗き込んでいると、海夢が勢いよく振り返ろうとしながら言った。
「学君、わかる⁉ この写真はジュジュさん! ガチでホンモノにしか見えない!」
りほと学は慌てて海夢の頭を押さえながら言った。
「もう! ダメだよ海夢ちゃん。地肌についちゃうところだよー!」
「びっくりしたわ~。そんなに好きなの?」
海夢は、ごめんなさい、と謝りながら、答えた。
「まず可愛さが鬼だし、衣装もヘアメもリアル感ハンパなさすぎるし写真もプロか! ってくらいきれー。あたしガチのファンなんですよー」
その後、海夢のコスプレ談義を聴きながら、りほと学はブリーチの施術を進めていった。
海夢はすでにコスプレ入門の本を購入していて、特に衣装の制作についてはあれこれと試行錯誤を始めているのだそうだ。しかし海夢は手先がお世辞にも器用とは言えない。本人も認めているし、美容師である学から見てもそういう評価になってしまう。
衣装を作るとなれば、手縫いはもちろん、ミシンを使うことも相応の技術が必要となってくる。一人では難しいだろう、と学は思った。
全頭を塗り終え放置時間に入ったところで、学は衣装を誰かに作ってもらうことを提案した。
「オーダーメイドって何十万もするし。知り合いにもできそーな人いないんですよー」
「ああ、スーツオーダーに近いかもね~。こればっかりはお父さんにお願いするわけにもいかないか」
「生活費は入れてもらってますけど、高校生にもなって趣味のお金はさすがに。まずはバイトして、って思ってるんです。でも何ヶ月もかかるのムリ……」
「服飾の知り合いは何人か居るけど、みんなプロだからねえ。仕事としてオーダーするしかないよね」
「ですよね……まあ、しゃーないっすね……」
ブリーチ放置時間の間は、りほも学も他の接客や業務にも入らなければならないため、海夢にはその間、スマホでコスプレ衣装についていろいろ調べてもらうことにした。
しかし、薬剤放置時間が終わって戻った学が結果を聞いたところ、コスプレ衣装作りについては結局、なかなかうまい方法は無いようだった。
海夢はダメ元で高校の先生やクラスメイトに当たってみることにしたらしい。服飾文化部もないし家庭科の授業も無いので、望み薄だとため息をついていた。
りほは海夢の話を聞きながら、薬剤を洗い流して色をチェックしていた。学も確認したが、予想していたよりかなり良い結果だった。
「一回で十七レベルくらいまで行ったんじゃないですか? 赤味も出てないし」
美容師は毛髪の明るさをレベルという数値で評価する。
だいたい十五レベル以上でかなり明るい色とされる。十六くらいだと少しオレンジがかった色味になるが、それ以上だとオレンジ色が消え、明るいベージュに見える。十九レベルにもなるとかなり白に近くなる。
最近は明るくブリーチした毛髪に、彩度の高い
「うん、ちょっとびっくり。放置時間は短めだったんだけどな」
りほは軽く毛髪をチェックした感想を学に伝えた。
りほは続けてカラースケールを取り出し、明度を確認した。ほぼ十七レベルだった。
「りほさん、これならもう一回抜かなくてもいいですし、ベージュ入れなくてもいいんじゃないですか?」
学は明度の結果と色をみて提案をした。
もともとの計画では、ブリーチを二回に分けて入れて十分に明るくしてから、奇麗な発色にするためベージュのヘアカラーを入れる予定だった。
「そうだね。とても奇麗な色だよ。抜きっぱなしで十分いけそう。今日はこれでドライしよう。次回の来店でチェックして、いい感じだったら最後の色、入れちゃおう」
海夢は二人のやりとりに期待感を隠せないようだった。
コスプレ衣装の製作が難航してヘコんでいたことも忘れてしまったのだろう。
「いいカンジなんですか? ワンチャン次で完成しちゃうカンジですか?」
「うん、たぶん出来るよ。かなり奇麗に入りそうだし、私たちも楽しみだよ」
「そうねぇ。海夢ちゃんの髪、ブリーチにとても合ってるみたいよ。美容師としてもちょっとワクワクしちゃうわね」
「二人ともめっちゃ上手だからじゃないんですか? ブリーチって店によって全然仕上がり違うって聞いてたし」
「それはそうよ~。りほさんのブリーチはなかなか真似できないわよ」
「学君も追いついてきたよね。私ももっと研究しなきゃ」
「AIRS(ココ)来てほんとよかったー‼ みんな最高! ありがと‼」
海夢の髪はりほによって丁寧にドライされた。
髪色に違和感が無いように眉毛も奇麗にブリーチしてもらって、淡紅色の瞳が一段と映えた。
いったん化粧も落としたので、メイクの上手な
シャンプークロスをオフされて
「あらぁ……立派なJKギャルねぇ」
普通なら称賛とは受け取ってもらいにくい感想だが、学の一言は素直な感動から零れたものだ。
海夢もその言葉を聞いて溢れんばかりの笑顔になり、次いで鏡に映る自分の姿を見た途端に赤い瞳からじわじわと涙が滲みはじめた。そして見る間に堰(せき)を切ったように流れ出した。
「うえええ、うええええ~‼」
「もう! せっかくのメイクとれちゃうよ!」
口調は怒らせているものの、
感謝の言葉も出せずにただ
「まだ泣くのは早いよー。次来たときには待望のカラーを入れるんだよ!」
「うああああああムリ~‼ 涙どまんない~‼」
「ちょっとりほさん! もっと泣かせるようなこと言わないでください!」
学たちは、そのあともしばらく続いた海夢の清々しい泣きっぷりを見ながら、着々と次回の予定を詰めていった。
店長とサロンモデルのバイトの相談をしている時も海夢は鼻声のままで、せっかくの
一週間後の週末、ふたたび来店した海夢に、りほと学は予定どおり仕上げの施術を行った。
時間をかけて丁寧に行われたヘアカラーリングで、海夢の髪には先端にあざやかなローズピンクが配色された。
ブリーチそのままの薄金色との間には奇麗なグラデーションがあしらわれている。
「――あ」
鏡に映った自分の姿を見た海夢は、目を見開いて硬直したようになり、大粒の涙をぼろぼろ零しながら鏡を見つめつづけた。
「ほら、涙拭くわよ」
こうなることを予想していた学は、あらかじめ用意しておいたハンカチで海夢の目もとを拭ってやった。
「海夢ちゃん。このカラーはすごく鮮やかだけど、普通のアルカリカラー剤よりも早く抜けちゃうから、こまめにレタッチが必要だよ。ほかのお店に行くときはちゃんと伝えてね。でも繰り返し入れても髪がほとんど傷まないから安心して。あ、シャンプーは優しくしてあげてね」
海夢は鼻をかみながら答えた。
「あい、わがりまぢだ! でも、あだじ、ごご以外のお店絶対いがないじ! ……っ、バイトもいっぱいくるし、ずっと、ずっと見てもらいます! お願いします!」
こうして、海夢は女子高生ギャルと美容室AIRSでのアルバイトの
りほの手によってトリートメントをしっかり施された海夢のグラデーションヘアは薄金色と淡紅色に艶めき、来店する客の目を惹きつけた。
ネイルも学と海夢で配色を決めたローズピンクパールのジェルが、今は長さも形も整った海夢の爪の上にきらめいていて、白い指に調和したシルバーのリングにも映り込んで華やかだ。
ピアスは経験豊富な皮膚科にお願いしたということで、右に三箇所、左に六箇所の穴を開けている。とくに左の耳介にはインダストリアルピアスをあしらっていて、見た人に強い印象を残していた。
「いらっしゃいませ!」
受付の海夢は来店した客を淡紅色の眼差しで迎える。
その瞳を細めて満面の笑顔を咲かせながら、彼女は奇麗になれる喜びを全身で表現するのだった。
続きます。