Ⅷ
「残り時間、四分です」
「オンタイムでいけます」
会場スタッフとサロン関係者のやりとりが学の耳に入った。
ステージ上にいるトップバッターサロンのスタイリストたちは皆、最後の仕上げに入っている。
「あのモデルさん、めっちゃカワイイ」
海夢が嘆息した。
さすがに有名店、モデルの選定も吟味されている。他のモデルはシャープなイメージで統一されているが、メイクモデルは柔らかな印象の女性を採用している。海夢の言うとおり、可愛らしいという表現がよく似合う。
「そうね。技術者も相当なキャリアの人だからすごいメイクをしているけど、モデルさん自身もとっても可愛いわ。でも海夢ちゃんだって負けてないわよ」
海夢は少し遠くを見るような目でステージを眺めている。学の言葉は耳に入っていないのかもしれない。
海夢は独り言のように言った。
「あのモデルさんも、ちゃんと好きピがいるのかなあ」
学は海夢がそう呟いた理由に目星がついた。
「それって、WiWiの先輩モデルさんの話つながり? 來愛(らな)ちゃんだっけ?」
海夢は頷いた。
「そーそー。恋するときれーになるってゆー話。來愛さんもあのモデルの人も、恋してるってカンジの幸せ顔だし」
学は目を細めて見
サロンモデルに加え読者モデルまで務めているような容姿を備えながら、今、初恋に悩んでいる少女の横顔を。
彼女は舞台裏に来てからすでに何度目かのため息をついた。そしてしばらくの沈黙のあと、学に問いかけた。
「学君は、今まで何人くらい、人を好きになったの?」
唐突に自分の身の上話を振られたが、学もそれなりの人生経験を積み重ねてきている。とくに
「そうねえ。ちょうど両手で収まるくらいじゃないかしら?」
海夢は、うわあ、と口の形だけで表現して、言葉を続けた。
「経験豊富じゃん。いーなあ。カッコイイ」
その全てが実った訳では無いので、実際のところ交際経験はもっともっと少ない。とはいえその一人一人に対して学は真剣だったと思う。
「そんなことないわよ。初恋、アタシも遅かったのよ。真面目だったし」
なのでそんな言葉を口にした。
海夢はくすりと口角を上げ、笑いを堪えるように言葉を返した。
「それ関係ある? ウケる。じゃーあたしも真面目じゃん」
初恋真っ最中の海夢は、自虐の匂いをこれっぽっちも感じさせずにそう言った。学も茶化すつもりはない。
「海夢ちゃんこそ真面目そのものよ。――あの〝ごじょー君〟もね」
海夢は今度こそ吹き出した。
「あはは、ごじょー君は真面目が作務衣(さむえ)着て歩いてる人だよ! お雛様職人の夢以外眼中ナシで生きてきた人じゃん。はあ、ガチで神……」
でもいまは客席に、その真面目な彼が作務衣を着て海夢の登場を待っているだろう。
「アタシもそう思うわ。だからこそ――海夢ちゃん、〝ごじょー君〟は、自分の中の〝好き〟って言う気持ちに、気づかないようにしているのかもしれないわね」
多分、彼は海夢の願いを叶えることだけに意識を傾けようとしている。雛人形職人のタマゴらしく、相手を喜ばせようという思いにただひたすら誠実に。それ以外の気持ちは全て邪念だとでも言うように。
「学君……。好きな気持に気づかないってか、自分で気づかないよーにすることなんて、あるの?」
学はこれにはステージの方を見ながら答えた。
「あるわよ。――アタシなんて長いことそうやって生きてきたわ。わかるでしょ?」
海夢は、はっとしたように口を抑えた。バツの悪そうな表情を浮かべて言う。
「そっか、ごめんね、学君。あたし、気づいてあげられなくて」
しかし今のは学が悪い。これまで海夢とこの話題を交わすのを避けてきたのだから。
海夢は
「いいのよ……アタシの方こそゴメンなさい。今のはアタシの甘えね――それより、アタシの過去の人生のことはともかく――彼のことよ」
海夢は言葉を返さず、じっと学が続けるのを待っている。
「自分が人を好きになるなんて
昔の学がそうだった。
学が〝ごじょー君〟――
学は彼の心を揺さぶりたかった。
学には狙いがある。自分以外の人間が海夢を全力で奇麗にするところを間近で見たとき、彼の中でどんな気持ちが湧き上がるのかを。
「だから、彼に気づかせてあげなきゃ」
それは〝嫉妬〟。
醜くも、瑞々しい感情。
「それが、アタシの恩返しよ」
今回も短かったので、続きは明日掲載します。