【外堀物語】   作:Halnire

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再び、学君の回想です。
海夢は美容室の受付・サロンモデルとして、すっかりAIRS(エアーズ)の一員になって馴染んでいます。


美容師・学 その9

 

      Ⅸ

 

 高校生活にすっかり慣れた海夢はAIRSへも頻繁に来るようになった。

 客として、受付のアルバイトとして、サロンモデルとして。

 もともと物怖じせず堂々とした立ち居振る舞いが持ち味の海夢だったが、受付の仕事やサロンモデルの撮影ではその長所が際立っていた。

 どんな有名人のお客が来店してもいつもと変わらない笑顔で迎え、大掛かりな撮影現場でも心底仕事を楽しんでいた。そしてそれらの経験がますます海夢の魅力を磨きあげていくようだった。

 

 コスプレ活動も続けているようで、ときどきりほや学に、ウィッグのカットやネイルを頼んできた。

 驚いたことに、海夢はせっかく伸ばした爪もあっさりと切ってくれと頼んできた。キャラクターによって爪の長さが変わるので、それに合わせるためだという。なんでも衣装を作る〝ごじょー君〟のこだわりは半端ではないらしく、メイクも含めて細部までキャラクターに合わせるための労力を惜しまないらしい。そんな彼の熱意に応えるためにも、海夢は自分にできることは全部やりたいのだそうだ。

 学は頻繁にコスプレをする海夢に合わせて、普段はチップで長さを延長してネイルを楽しめるようにしてあげた。

 

 

 

 七月にもなると、海夢は内容に関わらず、バイトを増やしてくれと店長に頼んできた。コスプレ活動で、良いカメラが必要になったから貯金したい、とのことだった。最初は断りがちだったWiWiの読者モデルの仕事も、今後は積極的にオファーを受けると店長に話していた。コスプレ衣装をオーダーメイドしてくれる〝ごじょー君〟にきちんとした額の衣装製作代金を渡したい、というのがアルバイトを増やす理由の一つらしい。海夢にしては珍しく、恥ずかしいのか表立っては言っていないようだが、りほや学は会話の中で察していた。

 その〝ごじょー君〟の衣装とメイクは、回を重ねるごとに上達しているようだった。スマホで撮った写真からでも解る完成度で、道具や資材もどんどん買い揃えているらしく、作品がより洗練されてきていた。

 彼自身が積極的に創作活動に取り組んでいることもそうだが、何より、海夢に対する誠実な気持ちが、見ている学たちにも伝わってくるのだった。

 

 

 

 夏休みに入ると、海夢はアルバイトで毎日のようにAIRSのスタッフたちと顔を合わせていた。

 読者モデルの仕事もかなり増やしていたため、学もりほも、カット、カラー、トリートメント、ネイルなどこまめに髪と爪のケアをしてサポートをした。

 読者モデルの仕事は屋外でたくさんの一般人に見られたり、大きなスタジオで大勢のスタッフやモデルと仕事をしたりすることが多い。しかし海夢にはまったく緊張というものが無いようで、学たちにはいつも楽しかったという報告で済ませてしまう。本当に肝が座っている女子高生だった。

 

 そしてこれだけ忙しくしておきながら、海夢は持ち前の行動力でプライベートの時間もひねり出していた。

 父親との時間は、盆休みこそ一緒に過ごせたものの、夏休みの宿題を放置していたことが発覚したため当の父親から予定をキャンセルされ、カンヅメにして勉強をさせられたと言っていた。

 それでも、その中で〝ごじょー君〟との時間は何よりも優先して作っていたようだ。コスプレの時間もいつも以上に濃密だったらしい。

 海夢は今回のコスプレの詳細はなかなか話そうとはせず、このことだけでも普段の海夢らしくなかったが、時折、腰のあたりに手をやっては急に赤面し、もじもじしていた。

 花火大会に行くときは、学がアップと浴衣着付けをしてあげた。ちょうどサロンモデルの撮影に使ったもので、大人の女を演出できるからと学がチョイスした黒の浴衣だった。〝ごじょー君〟の反応も上々だったらしく、着物のうなじの良さを学たちに自慢気に語ってくれた。

 夏休みが終わる頃には、海夢の姿は見違えていた。

 モデルの仕事を経験して成長したこともあるが、それが一番の理由ではなかった。

 スマホでLIMEを見るときの熱っぽく上気した頬や、憂いを帯びた眼差しは、モデルの技術として身につけた表情とはまるで異なっていたのだから。

 AIRSスタッフの誰が見ても、海夢は恋を心から楽しんでいる少女だった。

 

 

 

 一方、美容師としての学の仕事にも、変化があった。

 

 一つは、単純に技術レベルが高まったと評価を受けていることだ。

 成人式の前撮りは五月中から徐々に増えていたが、常連からの紹介ということで、何件も学がヘアアレンジと着付けをオファーされた。人生の節目の晴れ姿を任されるのは、学としても誇らしいことだった。成人式当日の予約もすでにたくさん入っている。

 ちょうどAIRSは雑誌WiWiが主催する年末のクリスマス合同ヘアショーに出場することが決まったところで、そこに学がヘアアレンジで出てはどうか、と店長からプッシュされた。

 学にとっては、美容学生以来、久々のヘアショー技術者としての出場であり、晴れがましい話である。断る理由など何も無かった。

 

 もう一つは、後輩の教育である。こちらは良い話ではない。

 三年目になるアシスタントが、どうやらサロンを辞めたい、美容師も辞めたい、と同期に零しているらしい。アシスタント一年目のときは、技術の遅れから予定されていない練習日や時間にもこっそり出席していた子だ。学も強めに叱ったことがある。

 彼女はあれからも努力を続け、それが認められてトップスタイリストの専属アシスタントとして忙しい日々を送っていた。常連客からもかなり可愛がられているし、技術も褒められている。今年入社した新人からも慕われていた。

 スタイリスト未満のスタッフが辞めたいと(ほの)めかすことは、どんなサロンであっても珍しいことではない。単なるガス抜きの愚痴であることも多いし、深刻に取り合わなくても自然に解消していることもある。

 だが彼女の面倒を長いこと見てきた学は、このアシスタントの性格上、冗談で終わらない可能性が高いと思った。だとすれば何が彼女を追い詰めたのか解らなかった。

 学は上司として、先輩として、彼女を導いてあげなければならなかった。

 

 学は問題の女性アシスタントと話をすることにした。

 学が機会を見つけて話しかけた頃には、彼女はもう練習会の時間をも理由をつけて休むようになっていた。

 

「自分の不器用さがもう我慢できなくて。ムリなんです。同期はそろそろスタイリストデビューできそうなのにあたしは試験に落ちてまだまだかかります。あと、今年の新人は何やらせても上手だし、それに可愛いじゃないですか。あたし美容師に向いてないのかなって……」

 

 やっと口を開いたアシスタントは学にそう打ち明けた。学には予想外の言葉だった。

 

「全然不器用じゃないし、専属アシスタントで活躍できてるじゃない。カットのテストで失敗しちゃったけど、課題は見えたんだし次は絶対合格できるわよ」

 

 アシスタントの子は黙って学の言葉を聞いている。学は続けた。

 

「今年の新人は立ち回りが器用だけど、それだけで上手くやれるほどサロンワークは簡単じゃないって、アナタが一番わかってるでしょ。あの子たちもこれから苦労して学んでいくわ。実際、あの子たちが真っ先に相談しに行くの、アナタじゃないの」

 

 女性アシスタントの目には、学の言葉を聴いているうちに涙が浮かんできた。

 

「……あたし、どうしても比べちゃって……そんなこと無いって解ってるのに、みんなが陰であたしのことバカにしてるんじゃないかって思っちゃって。可愛くない癖に技術もできない、どんくさいやつだって」

 

 学は優しく問い返した。

 

「どうしてそんなことを? 自分でもありえないって解ってるんでしょ?」

 

 彼女は鼻声になるのを堪えながら答えた。

 

「……あたし、昔から自分の顔とかコンプレックスあって。美容室でコンプレックス直してもらったことがあって、その時の美容師さんがヒーローみたいに見えました。美容師目指したのはあたしもそうなりたいって思ったからなんです。でも、可愛い子たちと一緒だとどうしても比べちゃって苦しくて」

 

 美容師を目指すきっかけとしては珍しくない。

 自分に自信をつけてくれた美容を仕事にしたい。むしろそういう人のほうが多いだろう。学だってそうだ。

 

「考えないようにすればするほど、逆に考えちゃうんです。あたしは自分を可愛くしてもらいたいだけだったんじゃないかって。他の人を可愛くしたいなんて全然思ってないんじゃないかって。そんなこと思ってる真っ黒な自分が嫌で嫌で。消えちゃいたくなるんです」

 

 ただ、ここまで自分自身を責める子は、あまり居ない。己に真剣に向き合いすぎて、追い詰める結果になってしまったのかもしれない。

 たぶん、自分の中の一番(いや)な感情、それに縛られてしまったのだ。

 

「サロモの海夢ちゃん、いるじゃないですか。あの子を大事にしてる学さんにこんなこと言うの、ダメだって解ってるんですけど。――あの子みてるとすごく辛いんです。自分じゃメイクもネイルも何もできないのに、生まれつき可愛くて、明るくて、悩みなんて何もなさそうで。ああいう子になりたかったって思っちゃうんです。どう思います? こんなあたし、人として終わってますよね?」

 

 嫉妬。

 美容の仕事にはつきものだ。むしろ彼女は自覚して言葉に出せているのだからマシだと思う。無自覚なまま嫉妬の対象を攻撃してしまう人のほうが多いのだから。

 それに、海夢にだって悩みはある。あの子だって人に見えないところでかなり悩んでいる。

 学はそれをアシスタントの子に言葉にしてかけてあげた。しかし自分の考えに縛られている彼女には届かなかった。

 学は言葉を変えた。

 

「アナタ、じゃあなんでここまで三年間、頑張ってこれたの? アタシや店長たちに叱られて、同期との競争でメンタルすり減らして、後輩にまで嫉妬して。苦しいだけだったの? 最初の憧れだけで、ここまで耐えてきたの?」

 

 学は少し、煽るように問いかけた。

 アシスタントの子は、学の期待と異なり、反発する様子もなく、じっと考え込んだ。

 

「……わかりません。なんで、ここまで頑張っちゃったんだろう」

 

 学は、これ以上、サロンのスタッフの誰かが彼女に言葉をかけても、彼女の悩みは解決しないと思った。海夢はなおさらダメだ。心苦しいが、彼女が自分自身の答えを見つけるしかない。

 ただ、彼女は自分の心の内を明かし、それを学に受け入れてもらえたためか、少しすっきりしたらしい。翌日は普通に出勤し、練習会にも参加していた。学は店長たちに相談し、マメに彼女の様子をみるように提案した。

 

 

 

 それからも学は忙しく過ごした。

 アシスタントの彼女は、毎日きちんと出勤している。ただ、相変わらず思い悩んでいることは表情や雰囲気でありありと見て取れた。しかしサロンは繁忙期に突入しており、店長をはじめ幹部スタッフは面談などに時間を割けていない。学はこまめに声をかけているがそれだけでは足りないはずで、焦りを感じていた。

 

 ヘアショーの話は急ピッチで進められた。

 常連のWiWiの編集者が間に入り、他のサロンの代表者と何度も打ち合わせが行われた。

 AIRSはテーマを〝Winter Buds ――冬の(つぼみ)〟と称して、比較的若手のスタイリストたちを出場させることにしている。これから花咲く世代、という意味をそこに込めたタイトルだ。

 若手スタイリストのうち三名はカットで、学ともう一人はヘアアレンジで出場する。

 カットのモデルは髪をばっさり切ることを了承してもらわなければならないため、確保には相応のルートがある。これは店長の伝手でオファーがかかっていて、すでに内定していた。アレンジモデルの一人もその伝手で決まっている。

 そして学のモデルは、海夢に決定していた。

 WiWiからも今のヘアカラー、ヘアスタイルを生かしたアップスタイルで出してもらいたい、とオファーがあったと学は聞いている。モデルとして読者ウケがよく、集客につながるという判断があったようだ。

 それに加えて日本髪を応用した学のアップスタイルは評判で、WiWiの編集者を通じて雑誌社に伝わっていたという。『海夢ちゃんを学に任せたい』と店長から直接そう告げられ、学も海夢も喜んで応じた。

 WiWiから提案された衣装の候補から、学は海夢のイメージカラーに合わせた薄桃色のホルターネックのタイトワンピースを選んだ。薔薇の花がモチーフだ。豪華で大人っぽく、WiWiの編集者も読者ウケが大変良さそうだと評価した。

 学は髪型も髪飾りもそれにあわせてカルテを作製していった。

 

 

 そんな中、十月のハロウィンの日の夜。

 学は初めて〝ごじょー君〟に出会った。

 完全な偶然だった。たまたま早上がりで、(ひかる)と近くのカラオケ店に居たところ、バニーガール姿の海夢と出くわした。

 秋寒の夜に普段以上の薄着で外出している海夢の姿を目ざとい(ひかる)が見過ごすわけもなく、学も今度ばかりはお説教に付き合うかと諦めていた。だがその時、海夢に詰め寄ろうとする(ひかる)を一人の男性が遮ったのだ。

 仮装の着ぐるみを着ていたが、背は学以上に高く、肩幅もある。そんな男性が威圧的に出れば大抵の相手はひるむだろうが、彼は口調も丁寧で、物腰もなんとか柔らかくしようと必死で取り繕っていた。あまりに腰が低いので、彼が〝ナンパされている〟海夢を庇うつもりでいることになかなか思い当たらなかったくらいだ。それでもその真剣な眼差しが、海夢を守ろうとする一心であることを物語っていた。

 短い時間だったが彼と言葉を交わしたことで、学は〝ごじょー君〟こと〝五条新菜〟への好感をさらに高めた。

 ぜひ来店してほしいと直接伝え、お説教をし足りない様子の(ひかる)を引きずるようにしてその場を去った。

 

「――あれは海夢ちゃん、好きになっちゃうよねー。羨ましいなー!」

「たしかに、想像以上に可愛い子だったわね、〝ごじょー君〟」

「絶対、AIRSに来てもらおうよ。お客さんでも、なんでもいいから」

「そうね、とにかく海夢ちゃんに連れてきてもらいましょ」

 

 カラオケを出たあと、学は(ひかる)と居酒屋で冗談まじりに〝ごじょー君〟来店計画を話し合った。だが、つもる話で盛り上がってしまい、酔いもあって、二人ともこのことはしばらくの間思い出せずにいた。

 

 

 十一月の下旬。ブリーチのレタッチのために久々に来店した海夢は、興奮気味に高校の文化祭で大活躍したことを報告した。

 

「海夢ちゃん、文化祭の準備で来れなかったんだっけ」

「そうそう、久々に顔見たって感じ」

 

 ヘアショーの打ち合わせがあったので学は時々海夢と会話を交わしていたが、りほも(ひかる)も、海夢とは久々の顔合わせだ。

 

「りほさんゴメンなさいっ。でもおかげでウチのクラス、学校全学年の中で優勝しました!」

 

 海夢は文化祭で〝ごじょー君〟の作った衣装がいかにすごかったかを自慢気に話して聞かせた。そして、舞台直前の仕上げのときは、クラス全員が彼のメイク技術に物音一つ立てずに見入っていたことを、顔を上気させて語った。

 

「ほんと海夢ちゃん、〝ごじょー君〟のこと大好きだねー」

「モチです! でもメイクのときのごじょー君は、誰が見てもガチのガチでカッコよすぎだったって! 神すぎて言葉出ねーって乃羽も言ってました。あたしはしてもらった方だからあまり見てないけど、なんかオーラが流れ込んでくる! ってカンジでスゴかったー」

「写真の一枚も無いって、海夢ちゃんの学校、生徒会厳しすぎるよ!」

「仕方ないんだって。時間なかったしさー」

 

 その後は〝ごじょー君〟にぬいぐるみを取ってもらった話とか、クラスメイトと撮ったプリクラの中で彼がいかにカッコイイとか、海夢の惚気(のろけ)が続いた。

 学と(ひかる)は、以前〝ごじょー君〟に会った際、AIRSに一度来てもらおうと計画したことを思い出した。

 

「海夢ちゃん、一度〝ごじょー君〟を連れてきてね」

「コスプレのウィッグカットしたの、彼なんでしょ? カット教えるわよ、って伝えてあげて」

「ボクもメイク、教えてあげるよ!」

 

 海夢も嫌がる様子はなく、むしろ乗り気でぜひ連れてこよう、という話になった。ただ、次の週末は海夢に別の予定が入っていて来れないため、平日の放課後バイトのときに〝ごじょー君〟を連れてくるということになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話も明日、掲載します。
次のお話では、新菜がAIRS(エアーズ)に来店します。
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