【外堀物語】   作:Halnire

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美容室AIRS(エアーズ)のステージ、開幕直前です。


美容師・学 その11

      Ⅺ

 

 ふたたび、ステージが暗転した。

 

 トップバッターサロンは手技を終えて、モデルもスタイリストも上手(かみて)に引き上げた。

 衣装に一工夫あるのだろう、クロスを纏ったモデルたちの背中にサロンのスタッフたちが何か施しているのが、反対側の下手(しもて)にいる学たちからも見える。

 観客席はざわついている。皆、モデルたちがどんな出で立ちで現れるのかを今か今かと待ち受けているのだ。

 

「新菜君が居るのは、この辺りよ」

 

 下手(しもて)に備え付けられているモニターは、ちょうど今、ホール後方にある調整室のカメラによって観客席全体を映し出していた。

 客席も暗転していて、一人一人の出で立ちは判別できないが、学は予め控えていた席番号表から、新菜の席位置を把握していた。

 学は画面の一点を指差して海夢を振り返った。

 

「打ち合わせのとき言ってた招待席のことだね」

「そう。ランウェイ正面からは少し左にズレてるわ」

 

 ホールには、幅も奥行きもある広大なトップステージだけでなく、その中央から幅三メートル、長さ十メートルを超えるランウェイが伸びている。

 手技が終われば、モデルは一人一人がランウェイ上をウォーキングし、衣装と、何よりも完成したヘアスタイルを観客にアピールする。ランウェイはモデルが全方向から視線を浴びるための花道だ。

 新菜やAIRSの招待客は、ウォーキングをするモデルから見ればランウェイ正面の左手やや後方に着席している。

 学はその位置を指差しながら、海夢に短い助言を与えた。

 

「いいの? ――」

「いいのよ、店長も承認済み――AIRS全員が応援しているわ。思いっきりやりなさい」

 

 強く頷く海夢を見つめながら、学は一週間ほど前の打ち合わせの日を思い出していた。

 

 

 

 

「ごじょー君、あたしのこと、どう思ってるのかな」

 

 クリスマスまで十日を切った平日の夜。

 AIRSでのヘアショー最終打ち合わせの後、海夢は学にそう零した。

 その日の昼、学校で海夢はヘアショーの招待券を新菜に渡した。

 サロン関係者の招待席があり、店長も是非来て欲しいと新菜の分のチケットを海夢に預けていた。『絶対来てね』という海夢の決意のこもった誘いに対して、新菜は『はい! 嬉しいです!』と、いつも通りの彼らしい、誠実な答えを返したという。だがあまりにも平常通りだったため海夢はこんな風に悩んでいる。

 結局、海夢はいまだに新菜と恋人同士にはなれていなかった。

 十二月上旬、知り合いたちとコスプレの集まりが行われたとき、海夢は勇気を出して新菜に好意を伝えたのだという。

 だが新菜は海夢が思い描いていた通りには受け取らなかったらしい。今までと同じく、彼は海夢の守護天使のような立場を望んで続けている。

 これは海夢の素性を知っていて、なおかつ新菜の真意を聞いていた学からすれば、残念ながら予想通りの結果だった。

 学が思うに、海夢自身が〝付き合う〟とか〝好きピが彼ピになる〟ということがどういうことか、相変わらずよく解っていない。それでも、新菜と一緒にコスプレ活動を続けられることが心から(たの)しく、その関係性で満足していたはずだ。

 だから学は、逆に海夢がなぜ急に告白という行動に踏み切ったのか、|訝(いぶか》しんでいたところだった。

 海夢が呟いた質問には答えず、学は質問で返した。

 

「新菜君は、今まで海夢ちゃんに触られて恥ずかしがったり、海夢ちゃんの格好見て照れたりしたこと、ないの?」

 

 海夢は唇に指をあてて、軽く考えたあと、答えた。

 

「ある、っちゃーある……かな。急にキョドったりとか」

「言葉に出して恥ずかしがったりしたことは?」

「あったかな、そんなこと――あ」

 

 海夢には思い当たることがあったようだ。

 

「あたしの下乳(したちち)想像して、ベロニカたゃの衣装見れませんってゆってた!」

 

 学はそれに補足した。

 

「海夢ちゃんの浴衣のうなじにも照れてたって言ってたわよね」

「そうだった!」

「ホントにアナタ、自分のことになるとキレイに忘れちゃうんだから……」

 

 学はため息をついた。だが、大切なことだ。

 学は海夢の目をしっかり見つめて言った。

 

「いい、海夢ちゃん。真面目な話よ。たぶん新菜君は――アナタに欲情するのがすごく悪いことだと思ってるの。意思がとても強い子だから、少なくともアナタと居るときは自分を抑えつけてるのね」

 

 欲情、と海夢は顔を赤らめた。だが、腑に落ちたという表情で呟いた。

 

「――だから、あたし、何もされなかったんだ……」

「何かされそうな日でもあったの? 最近お泊りしたとか」

「なんでわかんの⁉」

 

 学はなんとなく想像はしていた。十二月初めくらいから、海夢の様子がおかしかったからだ。

 学が訊くと、海夢はそのときの経緯を学にぽつぽつと話した。

 

「海夢ちゃん、アナタそれで自分が女として見られていないと思って焦りすぎたのね」

 

 海夢は項垂れた。

 

「あたし、焦ってたのかぁー……」

 

 学は同情した。

 新菜の存在は海夢が自分で考えているよりもずっと大きくなっているのだ。

 それを失うとなったら、その恐怖も焦りも計り知れないだろう。

 

「あたし……あたし、あんなごど、じなきゃよがっだのかな……」

 

 海夢はいつのまにか鼻声になっている。

 いつもであれば、どんな失敗をしても『ま、いっか、しゃーない』で吹っ切れる彼女が、後悔の涙を流していた。

 それを見て学は決心した。

 

「新菜君は、海夢ちゃんのことをすごく大切に思ってるわよ。それは間違いないの。――彼の気持ちをアタシが勝手に喋るわけにはいかないから、これ以上は言わないわ」

 

 海夢は驚いて学を見上げた。

 

「だから、教えて、海夢ちゃん。アナタ〝ごじょー君〟とどうなりたいの。アタシは、それを助けるわよ」

 

 学は海夢の肩に手を置いて、その瞳を見つめた。

 

 

 

 

 BGMが変わった。

 学の意識もステージに戻された。

 ふたたびスクリーンにサロンタイトルとショートムービーが流れ、モデルたちが明るく照らされた。その背には、天使や悪魔の大きな羽が装着されている。

 

「あの衣装、目立つねー。リズきゅんみたいでカワイイなー」

 

 海夢がウォーキングを開始したモデルたちを見ながら呟いた。

 

「前に写真見せてくれたやつ? 新菜君が作ってくれた、悪魔のコスプレだっけ? 確かに可愛かったわね~」

「あれ、ほぼほぼ全部ごじょー君がデザインしたんだよ! マジ神……」

 

 学も覚えている。まるでラブホテルの部屋みたいで、一体どこで撮影したのか、そっちの方が気になった記憶がある。

 

 モデルたちが颯爽(さっそう》とステージ上を闊歩(かっぽ)する。

 天使の羽を背負ったモデルは(たお)やかに、悪魔の羽を背負ったモデルはふてぶてしい表情で観客に視線をふりまく。

 

「海夢ちゃん、悪魔じゃなくて天使のほうが似合うんじゃないの?」

 

 からかうつもりはない。学は本心でそう言った。

 この子はあまりにも無垢すぎる。

 

「えっ、あんなカンジ? ムリムリ! クッソ女子じゃん! あたしにはムリすぎー」

「アナタが今着ている衣装だって、十分すぎるくらい女の子らしいじゃない。思いっきり新菜君に見せつけてきなさいよ」

 

 学は大変な労力を払って今の衣装を決定した。それくらいの自信はある。しかし海夢は学の言葉を聞いて、心なしか狼狽えたようだった。

 学はそれも予想していた。

 

「海夢ちゃん、アナタほんとうに新菜君のことになると、それこそクッソ女子よ。新菜君に作ってもらった衣装以外で、新菜君の前に出ていくのが怖いんでしょ」

 

 海夢は口を大きく開けて、しばらく言葉を失っていたようだ。

 

「――マジでよくわかるね。こういう感覚って、フツーなの?」

「乙女心ってヤツよ。アタシが何年乙女やってたと思ってるの」

「そうだった! レベチだわ!」

 

 ステージ上では、モデルたちがウォーキングを終えようとしている。

 上手(かみて)からは技術を施したスタイリストたちが、それぞれのモデルの元に向かうため、ステージに姿を現した。

 

「海夢ちゃん、読モでいろいろ奇麗な衣装、着てるでしょう? 新菜君が撮影現場に一緒に来たこともあったって言ってたわよね? それは平気なの?」

「あたしのために作られた衣装じゃないから、かな。全然へーき」

「これはアナタのために(あつら)えたものだから、罪悪感があるのよね」

 

 海夢は黙った。学が伝えたいことは、ここからだ。

 

「新菜君に申し訳ないって思う必要、ないわよ」

 

 ステージ上では、トップバッターサロンのスタイリストたちが、自分たちが作ったヘアスタイルをアピールしている。大詰めだ。もう間もなく、AIRSの出番が来る。

 

「海夢ちゃんに、こんな思いをさせてるんだから、少しくらい、心に痛い思いをさせてあげなきゃね」

 

 海夢はそれを聞いて心配そうに言葉を返した。

 

「学君、ごじょー君に何をするの?」

 

 学は片目を(つむ)ってそれに答えた。

 

「心配しなくていいわよ。――彼にはお礼をしなきゃならないの。アタシたちだけでは出来なかったことを、彼はやってくれたのよ。いくらお礼を言っても、言い足りないくらいよ」

 

 そう、彼への礼はまだ終わっていない。

 それは言葉では足りない。

 モノでも役に立たない。

 職人の彼には、技術で伝えなければならない。

 

 美容師・学の、己の腕で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一気に行きます。
次話も明日掲載します。
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