【外堀物語】   作:Halnire

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紗寿叶の年末のお話です。
短いです。すいません。


辛辣女と粗忽者 その7

 

 

 

 

      ⅩⅤ

 

「初詣に、二人ほど友人が合流するのだけど、いいかしら」

 

 鼓動がおさまるのを待ってからリビングに戻った紗寿叶は、団(らん)中の家族にそう問いかけた。

 

「もちろんいいわよ」

 

 母親が笑顔でそう答え、父親は頷いた。心寿もニコニコと首を縦に振っている。

 心寿が訊いてきた。

 

「桜ノ宮のお友達?」

 

 紗寿叶は首を横に振って言った。

 

「いいえ。喜多川海夢の同級生よ。彼女は来ないけど」

「五条さんは?」

「来ないわよ。心寿の会ったことがない人よ」

「そうなんだ……ちょっと緊張しちゃうな」

「大丈夫よ。それにこれからはいろいろな人に会っておかないといけないわよ?」

「そ、そうだよね。人に見られる仕事だもんね!」

 

 紗寿叶はそこで、少し間を置いて心寿に言った。

 

「――そうよ。やるなら堂々とやりなさい」

 

 心寿はまっすぐ紗寿叶の目を見て、強く頷いた。

 

「――うん!」

 

 紗寿叶は心寿を励ましたあと、森田姉弟の名前と合流時間を伝えた。

 家族での談笑はしばらく続き、一番就寝時間が早い心寿が自室に引っ込んだ後、紗寿叶と両親はプレゼントをツリーの下に仕込んだ。そしてそれぞれクリスマスの良い夢を祈りながら、自室へと移動した。

 紗寿叶はその後遅くまで、編み針を動かし続けた。

 

 翌朝、いつも通りの起床時間に紗寿叶は起きた。

 平日の今日、父親は通常勤務だったし、冬休みに入っているとはいえ乾姉妹は生活リズムを崩して朝寝坊をしたりはしない。

 むしろ誰よりも早く起きるのは心寿だった。クリスマスの朝は毎年そうだ。

 紗寿叶がリビングに降りた時には、心寿はサンタクロースからの贈り物を手にとって目を輝かせていた。

 

「おはよう、お姉ちゃん! ねえ、見て! サンタさん、こんな素敵なプレゼントくれたの!」

 

 心寿が手にしているのは、柔らかなミントグリーンに染められたソフトレザー仕立の小ぶりなメイクボックスだった。

 

「あら、素敵じゃない! 心寿、良かったわね?」

 

 紗寿叶は柔らかく微笑む。

 妹は目を潤ませて喜んでいる。

 苦心して探した甲斐があったと紗寿叶も喜びを噛み締めていた。

 涙なんか見せたらサンタの正体がバレてしまうかもしれない。

 紗寿叶は苦労して驚きの顔を装い続けた。

 

「私もコスプレするようになったこと、サンタさんも知っててくれたんだね」

「そうね。それにサロンモデルするときも、自分に合ったファンデとか持っていった方がいいんじゃないかしら。化粧品持ち運ぶにはとても便利よ」

「そっか! サンタさん、みんなお見通しなんだー! ありがとう、サンタさん」

 

 正直なところ、プレゼントは二週間くらい前には買っておいた。

 そのときはサロンモデルを心寿がやるなどとは考えてもみなかった。にも関わらず、紗寿叶が用意したメイクボックスが図らずも妹の新しい、二つ目の可能性の開花を祝福している。

 そして紗寿叶自身の心が、わだかまりなくそれを喜ぶことができる。

 それらはみんな、紗寿叶にとっては予想外の贈り物だった。

 

 ――サンタクロースは本当にいるのかもしれないわ。

 

 紗寿叶は妹に大切そうに抱きかかえられたミントグリーンのボックスを見つめながら、そんなことを考えた。

 

 

 

 

      ⅩⅥ

 

 年末の時間は飛ぶように過ぎていった。

 紗寿叶は自身の冬休みの宿題を片付け、自宅の大掃除を手伝い、母親とともに正月料理の準備に精を出した。

 紗寿叶はその合間に、自室で黙々と作業をした。

 今も紗寿叶は、少し照明を落とした部屋で、イランイランとレモングラスの香りに包まれながら手を動かしている。

 この香りは、心寿がクリスマスプレゼントに贈ってくれたアロマキャンドルのものだ。

 彼女が作り方をひそかに勉強し、デザインも香りも上品な手作りの贈り物を用意してくれた。

 

 ――どう、かな、お姉ちゃん。

 ――本当に素敵だわ、心寿。

 

 はじめての自作プレゼントの反応に不安がっている妹に、紗寿叶は満面の笑みで応えた。

 演技ではなく、本当に嬉しかったことを思い出す。

 心寿もまた、紗寿叶が編んであげたマフラーを宝物のように受け取ってくれたのだ。

 プレゼントは他にもある。

 編み針を動かす紗寿叶の爪はキャンドルの光を照り返し、淡いすみれ色に輝いている。

 〝サンタクロース〟が紗寿叶にくれたプレゼントは、有名ブランドのネイルポリッシュ三本。ベースコート、ペールバイオレットのネイルラッカー、トップコートのセット。紗寿叶にしてみればいつもより大分背伸びしている。

 心寿のメイクボックスと並べても違和感は無い。我ながらベストチョイスだったと紗寿叶は思う。

 

 一方でクリスマスを過ぎたこの期間、森田健星とはほとんど連絡をとりあっていなかった。

 彼も高校一年生だしやることは多いだろう。親戚の家に行くとも言っていた。

 こちらから連絡しては迷惑かもしれないし、彼のほうから連絡が来ないのも当然といえる――紗寿叶はそう自分に言い聞かせていた。

 にもかかわらず、紗寿叶は毎日のように、いやむしろ毎時間のように森田健星からのLIMEが入っていないか確認している。

 相変わらず思考と行動がちぐはぐな自分自身を、紗寿叶は扱いかねていた。

 

 大晦日の夜、乾家はオーソドックスな天ぷら蕎麦を作って食べた。

 蕎麦もスーパーで売っている物で特別なものではない。

 それでも大好きな家族と一緒に、無事年越しを祝いながら食べる蕎麦は格別のものだった。

 紅白をなんとなくテレビで流しながら家族と雑談をしていると、幕間(まくあい)のニュースに切り替わった。

 そこでは、一昨日から東京ビッグサイトで開かれていた冬のコミックマーケット――略して『冬コミ』――の話題が扱われていた。

 先日の『棺』併せを共にした成人コスプレイヤーたちもそこに参加していたのだ。

 

「SNS、アップされてたね」

「そうね、寒波が来ているのに、本当に熱心な方々だわ」

 

 彼女たちは今日、冬コミ』に参加したらしく、最終日の盛り上がりの中、極寒にもかかわらず薄着のコス衣装で写真をアップしていた。

 紗寿叶は彼女たちの写真の裏に、並々ならぬ工夫が重ねられていることを理解できる。

 しかし彼女たちはそんな苦労を微塵も感じさせない、素敵な笑顔だけを残していた。

 

 ――心寿に〝堂々とやりなさい〟と私は言ったわ。

 ――でも、私も、あの人たちの言葉がなかったら、コスを辞めるつもりだったのよね。

 

 先日の『棺』併せの前日。成人コスプレイヤーの彼女たちにサプライズとして、自分には似合わないと思っていた銀髪の大人女性キャラ(ブラック・ロベリア)のコスを着せてもらった日。

 あの時、紗寿叶は彼女たちに、いずれコスプレを辞めなければならないと思っていた自分の胸の(うち)を明かした。

 

 ――想いを隠す必要なんてない。

 ――堂々と楽しみなさい、と背中を押されたのは私のほう。

 

 彼女たちは、〝何時だってやりたいこと、欲しいものを諦める必要なんてない〟と言ってくれたのだ。

 その言葉は、あれから紗寿叶にとってお守りのようになっていた。

 

 ――私、自分自身に、堂々としなさい、って言いたかったんだわ。

 

「そうよね。私も負けてられないわ」

 

 急に独り言を呟いて立ち上がった姉を見て、心寿が驚いた様子で、どうしたの、と訊いてきた。

 紗寿叶はただ自室に一旦戻るだけであることを優しく告げてリビングを出た。

 

 自室の鏡を前にした。

 背が低く、幼児体型で、童顔な自分。

 年下に見られないように精一杯大人びた話し方を心掛けてきた自分。

 強気な発言を躊躇わなかった自分。

 本当は、新しい世界に出ていくことに臆病で、心を振り回されることに臆病で、恋愛に臆病な自分。

 そんな自分だって、隠す必要はない。

 

「乾紗寿叶。自分らしく、堂々と在りなさい」

 

 明日。

 自分の心を振り回す、あの男に対しても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続きます。
明日投稿します。
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