Ⅵ
こうして仕事に打ち込んでいる中でも、埼玉にいる海夢とはこまめに連絡をとっていた。
四月のうちは、
〝見て見て! 今日は行きつけの
〝ほら、左耳にインダス入れたよ! ちょっと痛いけど、思ったより全然へーき。つかビジュ最高すぎない?〟
〝涙袋描いてみた! どうどう?〟
〝サロンモデルのバイト、ちょー楽しい! ほら、これ写真!〟
とか、女子力アップに頑張ってるなーなんて思ってると、
〝今日の夕飯は自炊してみたー! 肉巻きおにぎりと白菜キムチー!〟
〝納豆と冷凍からあげとウィンナー丼! 簡単で好きな物全部乗せてしかも栄養価サイコーとか、あたしマジ天才か! って思ったね〟
〝今日は【
急に食レポだったりした。
僕も似たような食生活してたけど、海夢のこれはさすがにちょっと偏りが激しい気がする。あと塩分が多すぎる。
〝食物繊維もとったほうがいいよ。あとシイタケとか。癌を抑制してくれるんだよ。あとカリウム摂って塩分排出しなさい。バナナとかね〟
と打つと、すぐ返信がきた。
〝お母さんの遺伝が心配なんでしょー。わかったよ、シイタケとバナナ食べる!〟
翌日から、納豆からあげウィンナー丼に黒い何かが追加された。たぶんシイタケじゃなくて乾燥キクラゲだと思う。それにバナナミルクのパックが見える。たしかそれはバナナ果汁がわずか一パーセントの清涼飲料だったと思う。我が娘ながら、大雑把すぎだ。
そんな食生活の報告が、五月の終わりくらいに少し変化を見せた。
もちろん、行動力の塊のような我が娘のことだ。髪が金髪どころか見たこともないようなピンクのグラデーションになってたり、サロンモデルのアルバイトがいつの間にか僕でも名前だけは知ってるようなファッション雑誌のモデルにレベルアップしてたり、コスプレをするためにいままで触ったこともないミシンを始めてみたりと、一ヶ月の間に行動半径が格段に広がっていた。
心配もあったけど、海夢の可能性が広がっていくことに応援したい気持ちも強かった。むしろ食生活だけが、あいかわらず運動部の男子高生のような色気のないものばっかりで、心配していたところだった。
だから、ある日から急に、手間をかけて仕込まれた和食献立の写真が頻繁に送られてくるようになって、僕はどうしたのかと逆に
今日も送られてきた写真には、ちゃぶ台の上に並べられた茄子と人参とししとうの野菜煮浸し、シイラの竜田揚げ野菜あんかけ、じゃがいもとワカメの味噌汁。
海夢のLIME報告によれば、クラスの友達の家に夕飯を食べにきなさいと言われているのだという。その友達はおじいちゃんと二人暮らしだそうで、そのおじいちゃんが海夢を誘ってくれたらしい。
八月に戻ったらお礼を申し上げなくては。お名前を伺っておかないと、と思ってメッセージを入れた。
〝お名前はなんていうの?〟
〝ごじょー君だよ!〟
〝ごじょーくん?〟
くん、ってことは男の子か? 許せん……いや待て待て。近頃は女の子相手でも〝くん〟呼びしたり〝きゅん〟呼びしたりするのが普通らしい。海夢がそう言ってた。
そんなことを考えてると、海夢がこっちの疑問を察したかのようなメッセージを送ってきた。
〝『五条新菜』って書くよ。名前は、わかな、って読むの〟
ほうほう、やっぱり女の子だった。
近頃の女の子の名前は、漢字を面白い読み方するのが多いなあ。まあ、ウチの『
〝お料理は、その新菜さんが作っているのかい?〟
〝うん。ありえんくらい美味いよ! プロか! って思う〟
〝料理人とか目指してる子なの?〟
〝違くてー。おうちが雛人形屋さんで、ごじょー君も雛人形の職人さんになりたいんだって。料理は小さい頃からやってるから上手みたい。和食全般なんでも作れちゃうらしー。天ぷらとかサクサクふわふわでマジ神!〟
和食上手で雛人形好きかあ。ひょっとして着物とか似合う和風美人とかかな。
〝着物とか似合いそうだね〟
〝よくわかるね! いつも着物っぽいの着てるよ! それがエグいくらい似合ってて、めっちゃ! 尊すぎる〟
おお。いよいよ清楚なイメージが強くなってきた。
〝大人しい子だったりする?〟
〝うん。ふだんはすごく静か。テンションアガると声デカってなるしめっちゃしゃべる!〟
うちの子は気に入った子には物凄い勢いで詰め寄るからなあ。釘さしておこう。
〝遠慮しがちな子だったら、あんまりグイグイいっちゃダメだよー〟
〝あー、それマジで反省してるー〟
遅かった。もうすでに何かやらかしたらしい。
〝何かやっちゃったの?〟
〝やった。っつーか、あたしが思ってたよりごじょー君、ずっと真面目でさ〟
おいおい、清楚で真面目な子に何をやらかしたんだ……
〝
〝衣装?〟
〝あれ? 見せてなかったっけ? これ見て‼〟
直後に写真が画面に映された。
なんて言ったっけ。ゴシックロリータ、だったかな。メイド喫茶だっけかな――職場の若いのにこういう喫茶店が大好きなのが居たからなんとなく覚えてる――けど、これはそういうお店の写真じゃない。そうだったら困る。だって。
〝これ……海夢だよね?〟
〝そう! あたし雫たんになれたんだよ! すごくね⁉〟
〝どうしたのこれ……〟
〝だから、ごじょー君が作ってくれたんだって〟
〝だって、同級生でしょ? こんなの作れるの?〟
〝だから、めっっっっちゃ、すごいんだって。あとメイクもごじょー君だよ! マジ神!〟
どうやらゲームのキャラらしい。
そういえばコスプレをしたいとか言ってたから、高校で念願叶って大満足のようだ。
ただ、それをこのクラスメイトにやってもらっているというのは、ちょっと別の問題がありそうな気がする。
〝海夢、これ材料費も技術料も、ちゃんと払ってるの?〟
〝うん、材料費を多めに出してる〟
〝多め、なんてもんじゃ足りないよ。すごい手間かかってるでしょこれ〟
〝あー、やっぱそうだよね……わかった。これからもっとたくさん渡すようにする!〟
〝これから、って、まだ作ってもらう予定があるの?〟
〝うん。次はブラックロベリアだよ!〟
〝海夢、仕送りからいくら払ってもいいから、ちゃんとお金渡しなさい〟
〝ダメだよ、これは趣味のお金だもん。あたし、サロモバイトちゃんとしてるし、そっから出す〟
どうやら海夢はそこそこ稼げているらしい。
変なアルバイトではないことを確認しているからそこは安心だ。なので衣装代についてはあとは海夢に任せることにした。
「
なんにせよ、海夢はとてもいい友人と巡り会えたようだ。これは本当にちゃんとお礼を言わないといけない。
お盆休みに会えることを楽しみにしよう。
八月になった。
あれから海夢はサロンモデルのアルバイトだけでなく、雑誌の読者モデルのアルバイトも増やしてたようで、しきりにLIMEを送ってきたり、掲載予定の雑誌やウェブサイトの情報を連絡してきた。
僕も忙しい最中だったけど、台風のせいでデスクワークが増えていたため、同僚に写真をみせびらかしたりする時間はあった。
――喜多川さん、ほんとにファザコンなんですね。
――あそこまで親バカだと、いっそ清々しいよね。
などと言われていたのも聞こえていた。
ちなみに、いくら僕でも、海夢のコスプレの写真はみせびらかしていない。アレは我が娘ながら、いろいろとすこし際どい。
学力の報告も学校から入っていた。
中間試験と期末試験の結果は、予想はしていたとはいえかなり低かった。なので夏休みの宿題は、かっちりやらせるつもりだ。
受験とか学歴とかの問題じゃなくて、自分で選んだ学校だからだ。ちゃんと出来ないのはダメだ。
そして、お盆休み。
僕も久々に関東に戻った。
お義父さんの家にも久々に挨拶に行った。
北関東の北部の観光地にあり、古くからの家で、敷地が広い。墓地も集落の中にある。
その墓地に、
本当は〝喜多川家〟の墓地があれば良かったのかもしれない。だけど僕には身寄りがなく、事故で亡くなった両親も永代供養で弔われている。僕自身は転勤続きだったから
僕自身も死んだら同じところに入れていただこう。
「お母さん、もうキュウリに乗って来たかな」
「キュウリじゃなくて、
親戚一同でお墓を清め、迎え火を焚いてきた。今は仏壇でお線香を上げている。
精霊馬は海夢が作っていた。太い割り箸がキュウリを貫通してしまっているので、馬にはちょっと見えない。
「海夢ちゃん、ぜんっぜん雰囲気がぢがっでっから、最初誰がで思ってびっくりしたよ」
「頭も金髪だし、ピアスも一杯入っておっがねえ人かとおもったよぉ。あと、いろいろあちこちでっかぐなったな」
親戚の人たちにも海夢は人気だ。田舎の年寄りからセクハラネタを言われても海夢は気にした風もなく豪快に笑っている。僕はむっとしていたけど。
夜、親戚たちが酒に酔って寝静まった頃、僕と海夢は仏壇前に座っていた。
お線香を灯し、他のご先祖様たちと一緒に戻ってきているはずの
「今年から、海夢とはじめて別々に暮らしてるよ」
「あたしは一人暮らしへーきだよ! お父さんも、やりたい仕事頑張ってるって!」
「海夢も、友だちに恵まれてね。やりたいこと、いっぱい増えたみたいだよ」
「うん、お母さん。あたし、ごじょー君と居たら、やりたいことがどんどん増える。楽しいよ!」
「海夢に本当に素晴らしい友だちができたんだよ。まあ、彼氏とかの報告は、まだまだ先になりそうだけどね」
「えっ? あ、そー、かもね……」
ごとっ、と音がした。
丁度そのとき、海夢がつくった精霊馬の足が一本、はずれたらしい。馬が前のめりに転んだ。
「まるでずっこけたみたいだな」
僕はなんだかその様子がおかしくて笑っていると、海夢は訝しげに呟いた。
「……お母さん、ひょっとして見てるのかな……」
僕にはなんのことだかわからなかったけど、久々にちゃんと
送り盆を無事終えて、僕は北関東で行われている調査のヘルプに入ってから、埼玉に先に戻っている海夢と夏祭りにでかける予定を立てていた。
娘と祭りで花火を見るのなんて久しぶりだから、僕も楽しみにしていた。
しかし。
海夢はどうやら夏休みの宿題にまったく手をつけていないことが発覚した。学校に入ったら後は野となれ山となれ、ではダメだ。電話で
僕だってこんなこと、したくないよ……!
結局その後、急に仕事が入ってすぐに九州に戻ることになった。
五条さんに直接、お礼を言いたかったけど、その機会も作れなかった。また年末の休みにでも、時間をとらせてもらおう……。
九州に戻った僕のもとには、毎日、海夢から宿題の報告写真が送られてきた。
約束どおりカンヅメになって頑張っているようだ。感心感心。
それもある日から急にペースアップした。どうやら、例の五条さんが助けてくれているようだ。本当に彼女には頭がさがる。
〝ごじょー君が世界史と英語、教えてくれた! めっちゃわかりやすい!〟
〝五条さんは全部、宿題終わってるの?〟
〝とーぜん!〟
〝いや、海夢が自慢するところじゃないでしょ〟
というやり取りだけならともかく、
〝今日は冷や麦と、玉ねぎと小エビのかき揚げだった!〟
〝今日はカツオのたたきと、夏野菜の煮浸しだった!〟
〝今日はめっちゃ暑かったから、冷しゃぶうどんと冷や汁だった!〟
のように、毎晩の夕食報告が加わった。
毎日、五条さんの家で頂いているらしい。僕はもう、東のほうに足を向けて寝られない気持ちだ。
さらに追い打ちが続く。
〝こないだ着た衣装! リズきゅん! めっかわでしょ! もうマジ好きリズきゅん〟
〝こっちはベロニカたゃ!〟
〝いまは、雫たんの恥辱喫茶の衣装作ってくれてる!〟
と、着てる写真ではなくて、衣装だけ撮ったものが送られてきた。
最後のは途中経過だったが、それでもすごい作り込みだ。どれも五条さんの作品らしい。
毎食のご飯の用意もして、海夢の分まで作ってくれて、自分の勉強もやって海夢の勉強まで見てくれて、衣装製作までこなしている……それも何着も。
海夢によると、雛人形の職人になるための練習も毎日欠かさないらしいというから、とても高校一年生だなんて信じられない。
親の義務じゃなく僕自身の興味だけで言っても、ぜひ会ってみたいと思った。
そして、海夢をカンヅメにして一週間ほどした夜、海夢から連絡が入った。
〝これで全部終わったよ!〟
最後まで手こずっていた数学も無事終えたらしく、問題集の写真が送られてきた。
〝明日夏祭りあるから、お父さんと行けなかった分、ごじょー君と楽しんでくるからね!〟
と締めくくられていた。僕だって残念だったんだぞ、と返したかったが、やめておいた。
海夢がクラスメイトと楽しんでいる姿を想像して、僕も幸せな気持ちになれたから。
九月、十月、十一月、と飛ぶように過ぎた。
近畿地方に記録的な被害をもたらした台風二十一号の影響が九州にもあったからだ。調査などやり直しが必要な部分も多かった。
やっぱり忙しかったが、事業所のチームワークもよく、充実した毎日だった。
海夢からの報告は毎日ではなかったけど、ちょくちょく送られてきた。
〝サンシャインシティのコスイベ行ってきた! これ雫たん衣装!
〝体育祭、めっちゃ楽しかった! 五組は二位だったー。悔しい! これ、クラ
〝これごじょー君が作ってくれた、ありしゃコス! バニー最高すぎ!〟
〝風邪ひいたー。さすがに終わったと思ったけどごじょー君が看病してくれたー。おかゆ作ってくれてちょー美味しかった〟
〝文化祭、五組優勝した! あたしもミスコンで優勝した! ごじょー君の衣装とメイクがサイコーすぎた! 団結力すごくて感動した!〟
そして相変わらず五条さんの家でご飯を頂いている。
しかもなんと、朝ご飯用にお土産まで頂いている様子。……もう、五条さん家に向けて毎日礼拝しよう。
十二月になった。
年末年始はようやくまとまった休みがとれそうだった。
五月の連休を繰り下げた分も加わり、二週間くらい休みが取れる。冬季限定ではじめて出来る調査もあるので忙しいは忙しいが。
海夢は十二月初頭から、予定がいっぱいあって忙しそうだった。
〝合わせ〟という、コスプレの知人と一緒に一つの作品を作り上げるイベントを開催したらしい。
海夢は写真を送ってきた。
教会のホラーものらしい。スタジオ側で用意してくれた血糊が壁や小道具に塗られていてそれっぽい雰囲気が出てた。
シスター姿のコスプレをした女性たちの顔にも血糊がべっとりついていて、なかなか猟奇的だ。メイクも独特で、最初どれが海夢か僕ですら判らなかったほどだ。
今回は初めて男性メンバーの写真も送られてきた。
〝血糊をまく顔がさわやかすぎてコワっ〟という海夢のメッセージから察するに、血糊などを塗ったり片付けたりするお手伝い担当さんらしい。一人だけまるで時代劇の暗殺者みたいな写真だったから驚いた。スタジオのスタッフかな?
クリスマス前に、海夢がお世話になっている美容室のヘアショーも開催される予定だ。海夢はそこでヘアアレンジのモデルをやるのだそうだ。
僕もぜひ観に行きたかったが、さすがに休暇の前倒しはできない忙しさだった。
海夢には、『いろいろ予定があるだろうけど、期末試験はちゃんと勉強しなさい』とメッセージを送った。別に行けないからって
そんなやりとりを続けながら仕事を片付け、やっと関東に戻る準備ができる、という頃に、海夢から写真が送られてきた。
ヘアショーの写真だ。
親として
写真の一枚は、男の僕が見ても美型だとわかる男性と一緒に映っていた。
ヘアショーで海夢をモデルに起用した美容師さんらしい。
二人の眼差しはお互いに信頼しあっていることが写真越しに判るくらいだった。
美容師はだいぶ歳上のようだけど、ひょっとしたら……という予感がした。
そして、その予感は当たった。
しばらくして、海夢から衝撃のメッセージが入ったのだ。
やっと「わかまり」小説になってきました!