Ⅷ
僕はあれからも年末年始の時間を、海夢と過ごした。
九州の仕事の話をした。
海や川、野山をどんなふうに守っているか、語った。
海夢の学校の話を聞いた。
乃羽ちゃんが相変わらず元気いっぱいだと笑った。クラスメイトも先生もみんないい人だということがわかった。
僕たちは、お互いの話に耳を傾けあった。
新菜君が作ってくれたというコスプレ衣装も見せてもらった。
実物を見ると、その精巧さにますます目を奪われた。
『着てみせよっか?』と海夢が言ってくれたが、それはやめてもらった。我が娘でも目のやり場に困る。この衣装を作り、身につけた海夢を間近で目にしていながら、一切何もしないで共に過ごしてこられた新菜君のことを改めて感心したのだった。
お義父さん、お義母さんの家に行って正月のお祝いをした。
二人とも元気でそれぞれの生活を送っていることを明るく報告できた。
墓前に海夢と二人で
海夢が『サイッコーの彼ピができました!』と報告するのを見て、僕は『彼氏じゃない、婚約者だよ』と訂正してやった。
海夢はそれを聞いて真っ赤になりながら『あたし、約束どおり、ちゃんと幸せでいるからね』と
お線香の煙がゆっくりまっすぐに空に向かって昇っていった。
そんな風の無い穏やかな冬晴れの日だったけど、お墓を後にするとき、ちいさな木枯しが海夢の髪をやさしく吹き上げていった。
埼玉に戻ると、久々に初詣に出かけた。
新菜君と海夢の交際の話を聞きつけた、新菜君の従姉妹にあたる
海夢と新菜君、そして薫さんと四人で岩槻の神社に参拝した。
海夢の振袖姿は、七五三のとき以来だ。
あのときも、すごく忙しくて写真を撮るので精一杯だった。
ちゃんと神社の前で着飾った姿を見てあげられるのは僕にとっても初めてのことで、美しく育った愛娘の晴れ姿を見たら、卒業式や入学式のようにまた涙が止まらなくなってしまった。近頃、本当に僕は泣いてばっかりだ。
関東滞在の最終日、海夢と新菜君は、空港まで見送りにきてくれた。
ターミナルでは笑顔で手を振って別れた。
僕は充実した冬休みを終えた。
九州に戻った日の夜、久々に映画を見た。
あまりにも有名すぎて、タイトルはもちろん
石油採掘の穴掘りを仕事にしている男が主人公だ。
家族は妻の忘れ形見の愛娘が一人いるがケンカして上手くいっていない。そんなある日、地球に向かって巨大隕石が飛来していることがわかる。このままじゃ人類滅亡ということがわかり、隕石を内部から吹き飛ばすプランがNASA主導で発動された。ところがこれを実行できる人間が主人公達しか居ない。彼は穴掘り仲間を連れ、愛娘を地球に残して宇宙に行く……。
アメリカ映画らしい荒唐無稽さで物語はスタートし、お約束の山盛りトラブルに見舞われても主人公たちはなんとか目標を達成する目処をつけていく。しかし最後の最後のトラブルで、たった一人、巨大隕石の内部で核爆弾のスイッチを押す人を残していかなければならなくなる……。最初に白羽の矢が立ったのは、主人公の娘の恋人だ。同じ穴掘りの若手で技量も度胸もある。だが、主人公は土壇場でその若者を無理やり地球に送り返す。娘を頼む、と。
オチがわかっていても、クライマックスでは涙腺が崩壊した。隕石が爆散し、愛する娘がそれを地球から大きな花火のように見るところでは年甲斐もなく大泣きしてしまったくらいだ。
年頃の娘を持った父親なら、誰しも心臓を鷲掴みにされるシチュエーションかもしれない。
だけど僕だったら、せっかくの特大花火を娘に泣き顔で見させたくない。笑いながら、自分も一緒に見たい。ましてや自分自身が打ち上げ花火になるなんてまっぴらごめんだ。僕はもう、自己犠牲なんて要らない。
父親は娘のために自分を花火になどしなくていい。
娘といっしょに明るい未来を見たっていい。
――と、最近の僕は、そう思っていただろうな――彼に会う前、だったなら。
五条新菜君。
彼にだったら、悔しいけど、全部託してしまえそうだ。
打ち上げ花火になる自分なんて、想像したくなかったけど。
「久しぶりにラーメンたべよう」
こういうときは、シンプルなカップ麺がいい。
僕はキッチンでヤカンを火にかけた。
ピーっと鳴る甲高い音が待ち遠しい。
ヤカンの音で目を覚ます娘は、もうここには居ない。
食べたら、寝ないと。
明日から、また仕事だ。
僕の単身赴任生活が、ふたたび始まる。
Ⅸ
「喜多川さん、第二ビオトープの件だけど」
よし、一緒にアイデアをだそう。
「喜多川さん、ゼネコン側への書類、見てくれないか」
早々に提出して、先手打たないとね。
「喜多川さーん、来週の無田湿原での野外調査、チーム入ってもらえないかなぁ」
任せてほしい、デスクワーク続きでカラダがなまってる。
「喜多川さん、リーダーっぷりが板についてきたよ。迷いも何もないっていう意気込みを感じるね」
ええ。自分で目指した道ですから。正々堂々とやりますよ。
「喜多川さん。最近、ホントいい顔になりましたよね。なんだか目がキラキラしてますよ?」
ああ、そうだとも。
娘の声が聞こえるんだ。
――あたしの海を、守ってね。
僕の手には未来が託されているから。
たいせつな未来。
あの子たちの未来に、奇麗な花火を、打ち上げてやらないと。
〈了〉
あとがき:
本話:海夢パパ編は、まだ海夢パパの下の名前も単身赴任先も仕事内容もまったくわからなかった頃に書いたものです。
パパは「会社」に勤めていることだけはわかりました。でも業種はわかりませんでした。「真澄」という名前がわかっている今の段階では、どうやら普通の会社勤めっぽい印象ではあります(コンビニ弁当買ったりとか)。ただ、映画が趣味なのはしっかり描かれていましたから、そこは外すまい、と思っていました。
で、パパの社会的バックグラウンドを環境省キャリア官僚リタイア組の環境コンサルタントという設定にしました。
この設定についてはうろ覚えなので現況調査不足は否めないところですが、描きたかったのは、海夢が人の好きなものを決して馬鹿にしないという性格の土台です。
父親が好きなものは『地を這う虫』や『じめじめとしたところに暮らす生き物』ということにしました。
多くの人にとっては嫌悪の対象でしかないそれらを、必死に探し出して守ろうとする父親像。
どんな物であっても、人が好きなものを馬鹿にしたり貶めたりしてはいけない。だけど苦手なものは仕方ない。
――そういう価値観を自然と身に付けられる家庭環境を考えたつもりです。
そして正義感と礼儀正しさ、そして誠実さは母親由来なんだろうと考え、亡き母親を元警察官という設定にしました。
『自分の気持は、自分のために言わなきゃダメだよ』という海夢の台詞のオリジナルを母親の物だとすると、自分の中で自然と腑に落ちました。
海夢の父親が映画好き、という設定は、そのまま詳細に描き出すと矛盾が多く、結果として単なる設定にしかなりませんでした。なので、思い切って発想を転換しました。
『元々は母親の趣味であり、父親は母親の生前にその趣味を一緒に楽しんであげることができなかった、その罪滅ぼしのために映画を見ることを自らに強いている』
という設定にしました。これによって物語の重要な要素として動かすことができました。
新菜が海夢の好きなものを徹底的に理解しようと努力することの対比でもあり、父親の人間的な弱さも表現できると思いました。逆に言えば、新菜は人間として稀有なくらい、他者を理解しようとする力が強いことを表現したかったのです。
このような表現は本話の至るところに散りばめており、海夢パパの弱さが見えてくるように描きました。
最後のほうの『薫との対談』は絶対に入れたいと思っていた場面です。
これは一話の薫編で『父御さんの教育のたまものだ。男やもめでさぞ大変だっただろう』という文章を書いたときに浮かんできたものです。
絶対、海夢パパ編を書こう。薫が海夢パパを褒めるシーンを書いてあげよう、そう考えていました。
実際、男一人で娘を育てるのは相当大変だったことでしょう。ですが世の中にはもっと大変な困難を乗り越え、女手ひとつで立派に子供を育て上げている方も大勢いらっしゃるので、それに比べれば経済的に恵まれた男性である本作の海夢パパの苦労は大したことは無いかもしれません。
しかし、むしろそれを理解しているからこそ、海夢パパは周囲に『つらい』『苦しい』と言えなかったのだと想像できます。
同じく老爺一人で孫を見守ってきた薫に、慈愛をもって労ってもらう。同じ境遇の人に理解してもらう。それこそが海夢パパを救ってあげることになるのではと思って書き綴りました。
たぶんお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、本話で海夢パパが視聴する映画のタイトルは、実在の映画です。以下の二本です。
①ダンサー・イン・ザ・ダーク 2000年 デンマーク
鬱エンドで必ず名前が挙がる映画かもしれません。でもまだ子供(といえる)時代にこの映画を観たとき、ものすごく感動したことを鮮明に覚えています。
当時ビョークが大好きだったこともあり、友人と何気なく見に行きましたが、内容は鮮烈でした。
結末に救いがなく、あまりにも衝撃的なラストに映画館で涙がぼろぼろぼろぼろ出続け、呆然自失したことを今でも覚えています。
そんな映画ですが、私はこの映画を見て、むしろ生きる力をもらいました。人生を容易く変えてしまえる力をもった映画だと思います。
②アルマゲドン 1998年 ハリウッド
1999年の地球滅亡予言ブームで一番盛り上がったヤツかもしれません。
当時はリヴ・タイラーが奇麗、お父さん熱唱してんじゃん、ブルース・ウィリスとうとう地球救っちゃったよ(鼻ホジ みたいな感想でした。
隕石衝突モノだと同じ時期公開のディープインパクトのほうがまだリアリティあって、当時は私のアルマゲドンの評価は相当に低かったです。
が、大人になった今だと、なんかこの映画、無性に観たくなりますね。こーいうのでいいんだよこーいうので、ってヤツです。