【外堀物語】   作:Halnire

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少し、叡智なところがあります。
苦手な方は、どうかお避けください。


雛人形 その3

 

 

      Ⅳ

 

 桃の節句に向けて、新菜は毎日、縫い仕事に打ち込んだ。

 元々の予定が、初めて己の作った衣裳を(われ)に着せた上、客の前に飾ることであった。

 それだけでも新菜にとっては望外の見せ場であり、己の力を存分に揮いたいと(たか)ぶって居たはずである。

 其処(そこ)に、娘がその衣裳を着た(われ)を欲しいと願ってきた。

 娘が代わりに差し出す物も新菜は理解しておる。

 それを口にした娘の気持ちを(おもんばか)ってのことであろう、新菜の気勢はこれまでに無いほどのものであった。

 

 新菜は着付け師と呼ばれる人形の衣裳専門の職人の処へと足繁く通い、帰ってきては遅くまで裁縫に取り組んでおった。

 娘のために初めて衣裳を作ったあの夜更け以上に、新菜は丹精を込めて毎夜、(われ)の衣裳を縫った。

 娘への想いに報いるための衣裳であり、己のそれまでの人生の総浚(そうざら)いともなる衣裳である。

 新菜を突き動かす力は新菜を疲労も怯懦(きょうだ)も全て無縁の存在へと変えておった。

 新菜は連日連夜、(ほとん)ど夜を徹するほどに作業に取り組み、かといって学業を欠片も疎かにすることもなく、立派に衣裳を作り上げて見せた。

 それは薫も言葉を失くす程の出来栄えであり、大店でその衣裳を纏った(われ)を目にした雛人形職人達は、口々に傑作であると誉めそやすのであった。

 

 桃の節句を迎えて、(われ)は店で一番大きい雛壇の最上段に居た。

 雛壇の前には大勢の客や職人達が話し()うていた。

 展示は大盛況であった。

 (われ)の前には引っ切り無しに客が訪れては賛嘆の声を上げた。

 新菜も壇の横に立ち、客に丁寧に解説をした。

 娘はその新菜の仕事ぶりを見ては頬を染め、微笑んでおった。

 (われ)も鼻が高かった。

 新菜が精魂込めて作った衣裳がこれほどまでに大勢の人々の目を捉えて離さなかったのである。

 真に心躍る思いであった。

 

 二日間の展示を終え、片付けの時であった。

 (われ)は薫が用意した桐の箱に丁寧に収められ、正絹の包みで覆われた。

 新菜は約束通り、娘に手づから(われ)を贈ったのであった。

 やがて娘の部屋へ届けられ、包を解かれた(われ)は、この日の為に(しつら)えられた調度の上に置かれた。

 男雛はおらず(われ)一人であるが、小さな提灯(ちょうちん)も掲げられたそれは立派な雛壇のようであった。

 

 (われ)と娘を送り届けた新菜が帰るのを見送った後、部屋に戻った娘は(われ)に向かって言うた。

 

「いらっしゃい。迎えられて嬉しいよ。これから、よろしくね!」

 

 それから娘は、まるでかつての新菜のように(われ)に語りかけてきた。

 学舎が終わると真っ先に(われ)に向かってはその日の事を報せたものである。

 物の見方は新菜とは正反対とも言えたが、真直な心根は新菜と同じであり、語る事全てが清々しいものであった。

 (われ)はその話を面白く聞いた。

 

 或る夜、就寝前の娘は部屋の灯りを消した後、(われ)に寝床から語りかけた。

 

「あたしね、ホントはたぶん、ずっと男の人、怖かったんだ」

 

 それはあの日何故、新菜に『自分のこれまでを、貰って欲しい』などと言うたのか、その理由であろう。

 娘はそのままつらつらと続けた。

 

「なんかさ、じろじろ見られるよーになって、あー、あたしもそーゆー目で見られるようになったんだーって、最初はそんな感じだったけど」

「そのうちナンパされたりすると、さすがにちょっとね」

「あたしにも、女の子の部分があるってことじゃん? お雛様も女の子だから、わかってくれるかな?」

「でもあたしはまだ、なんかよくわかんなくて」

「でも、ここをちゃんと通らないと、あたし、新菜君のホントのカノジョになれない気がするから」

「これまでのあたしを、脱ぎ去りたい」

「これまでのあたしも含めて、全部、新菜君にもらってほしい」

 

 娘はここで口を噤んだ。

 暫く静寂が続いた後、娘は寝床から起き出て、(われ)の正面に座って口を開いた。

 

「――でもあたし、まだ自分が女だって自信が、無いんだと思う」

 

 そして、左手の人差し指で(われ)の唇の(べに)を軽く(なぞ)った。

 その指には銀の指輪が薄闇の中でも煌めいて見えた。

 

「お雛様、あたし、ちゃんとやるから。ちゃんと新菜君を抱きとめて見せるから。だからお願い――ちゃんと全部、見届けて」

 

 娘の眼は(われ)の魂に直接、語りかけようとしている様に澄み切っていた。

 

 ――娘よ。(われ)の動かぬ(かいな)の代わりに、そなたが新菜を抱きとめると、言うてくれるのだな。

 嗚呼、(われ)は今、そなたの物ぞ。必ず()、全うしよう。

 

 

 

 春分の日の朝を迎えた。

 今は卯の三刻(朝の6時)ほどであろうが、日が昇りかけており窓越しの空は明るく見える。

 娘はすでに目を覚まして身支度を始めていた。

 この日は日本国全体で祭日として扱われているようで、新菜も娘も学舎は無いと言うていた。

 新菜は朝の早いうちに娘の部屋へやって来る約束であった。

 娘の部屋はもともと家人は居らぬから、今日という特別な日を出来る限り長く二人だけで過ごす積りであろう。

 

 娘は朝食を口にした後、何度か湯浴みを繰り返した。

 髪を乾かし、胸と尻を隠す小さな布を掲げては思案し、やがて白い布切れに心を決めたようで身につけた。

 小さな(ボタン)と呼ぶ留め具だけで脱ぎ着ができる白い着衣を纏い、その上に臙脂(えんじ)色の、やはり前が楽に開け閉めできる着物を掛けた。

 化粧はせず、二つの指輪以外は装身具もすべて外していた。

 娘は、己の躰を(あま)す処なく新菜に明け渡す積りでおるらしかった。

 

 暫くして新菜がやって来た。

 慣れている様子で、二人は長椅子に並んで腰掛けた。

 だが其処(そこ)から先は二人とも黙したままで、お互い目を合わせることもなく、半刻程の時間が過ぎ去った。

 そのうち、新菜が覚悟を決めた顔で前を向くと、(われ)の方へやって来て、壇から(われ)をそっと取り上げると、置いてあった桐の箱に仕舞おうとした。

 これから娘と致すことを、(われ)に見られるのは恥しかったのであろう。

 

 だが娘が新菜を止めた。

 

「お雛様、そのままでお願い」

 

 新菜は驚いて娘を振り向いた。

 だが娘ははっきりと願った。

 

「あたし、お雛様と約束したんだ。だから、お願い。このままで、しよ」

 

 それを合図に、二人は近づき、顔を合わせた。

 どちらからともなく口を吸い合い、お互いの躰を(さす)り始め、そのまま寝床へと二人は静かに場所を移した。

 

 新菜が娘にのしかかり、娘は(しとね)にゆるゆると押し倒されてゆく。

 新菜は己が纏う藍色の着物を(おもむろ)に脱ぎすてた。

 稚児(おさなご)の頃から見慣れた新菜の躰は人形仕事を間違いなく(こな)すためか鍛えられており、肩や(かいな)丈夫(ますらお)のそれだった。

 新菜はその筋張った(かいな)を娘の臙脂色の着物に伸ばした。

 娘が躰をわずかに(おのの)かせたが、新菜はそれを気づいておろうに、躊躇(ためら)いもなく襟から手を入れて、娘の白い肩を(あら)わにした。

 そして娘が抗う間もなく、下に纏っていた薄衣も申し訳程度の布切れも、(たちま)ちのうちに()ぎ取った。

 新菜は再び、娘の口を幾度か吸った。

 新菜は娘を横抱きにし、琵琶(びわ)を奏でるように両の手の指で娘の躰を、時に(ゆっく)りと、時に素早く(まさぐ)った。

 次いで露わになった娘の双丘の(いただき)に二度、唇を落とし、その度に娘が吐息を漏らして仰け反った。

 新菜は何度も何度も唇を落とし、ゆるやかに咀嚼(そしゃく)し、甚振(いたぶ)った。

 新菜は娘の肢体の至る所を己が唇で蹂躙した。

 

 幾度となく娘の肢体を往復した後、新菜は娘の両の脚を広げ、腰を持ち上げると、顔をその間に入れた。

 途端に娘が悲鳴を上げた。こちらからは陰になって見えぬが、唇を(もも)の内側に()わせておるのであろう。

 膝に近いところから次第に躰の中心へと顔が動いていくが、それに合わせて娘の声も高くなっていった。

 娘は脚を動かして迫りくる欲の波から逃れようとしておるのだろうが、新菜の手は娘の両脚を(しっか)と抱えて離さない。

 ややあって新菜の顔が娘の太股で完全に隠れた。

 娘は全身を慄かせておる。

 この後に襲い来る波を想像し(おそ)れておるものと見え、声も無く、両手で新菜の髪を鷲掴みにして、ただ震えている。

 程なくしてそれが来たようだ。

 娘がひときわ高い声を上げ、長く続いた。

 新菜の唇か舌かは判らぬが、娘の雛尖(ひなさき)に触れたのであろう。

 新菜の片手は娘の脇の下から(おとがい)の下へと何度も往復し、その度に娘の乳房の頂に在る、膨らんだ蕾に指を擦らせておる。

 もう片方の手は娘の脚を抑えつけ、相変わらず少しも動かさない。

 娘は怒涛のような快感に襲われておるのか、そのうちに悲鳴はかすれた吐息にかわり、やがてそれも無くなった。気を()ってしまったらしい。

 清寂(しじま)が続く中、新菜の舌先が奏でる水音だけが部屋に木霊した。

 娘の脚の指は何度となく開いては縮こまるを繰り返し、頤を仰け反らせたまま新菜からの優しい責め苦を只管(ひたすら)に受け続けておった。

 

 それにしても新菜は一度も経験が無いとは思えぬほどに閨事(ねやごと)に慣れておるように見える。

 だがその理由も(われ)は解る。

 新菜が娘と心だけでなく肉体をもって繋がりたいと、長らく願っていた事を(われ)は知っておる。

 (われ)は散々と壁を向かされては新菜の吐息と娘の名を呼ぶ声を聞かされてきたのだから。

 何にせよ娘と出会うて以来、(われ)が知る限り新菜は娘以外のことを想うて自らを慰めたことなど無い。

 新菜は職人の孫だ。鍛錬を怠らぬ若者である。

 娘を身勝手に抱くことなど己に許しはしないであろう。

 実際に新菜は娘と将来を誓ってから後、この日のために学び、己一人で出来うる事はすべて、幾度も(れん)じておったのだ。

 いじましいとも言えるかもしれぬ。

 だが新菜は娘に嫌悪されたく無いという気持ち以上に、愛しい娘に恥をかかせたくなかったのであろう。己にも相手にも誠を尽くしておるのだ。

 

 だがこれより先は一人での修練は意味を為さぬ。

 愛しい娘と経験を重ねる以外にその道はない。新菜もそれは解っておる。

 だからであろう、再び新菜は不安と緊張のためか顔を強張らせはじめた。

 

 しかし(たと)うべきはかの娘の甲斐甲斐しさよ。

 気を()ったばかりで朦朧(もうろう)としておった最中であろうに、娘は新菜の不安の表情を決して見落とさなかった。

 娘は新菜の頭に(かいな)を回して抱き寄せると、優しく口を吸うた。

 そして片手を新菜の脚の間に伸ばした。

 自らの躰へ(いざな)おうとしておるのだ。

 新菜はそれに気づいた。

 娘に恥をかかさぬよう、そっと娘の手を()け、自らの手を宛てがい、何度か躊躇いながらも向かうべき場所へと己自身を案内した。

 二人は再び口を吸い()い、そのまま躰を少しずつ重ねていった。

 娘の苦悶の声が上がり、新菜が娘を案じる声が聞こえたが、娘は懸命に首を横に振り、新菜に案じる必要が無いことを伝えていた。

 娘は新菜と繋がったまま、新菜の頬に手を伸ばして愛おしそうに撫でた。

 そしてふと、(われ)の方に顔を向けた。

 

 破瓜(はか)の痛みに汗を浮かべ、上気した(かんばせ)のまま娘は(われ)を見て微笑んだ。

 

 ――心配しなくていいよ。

 ――あたしがちゃんと、受け止めてみせるから。

 

 娘は新菜の背に手を伸ばし、掌で優しく(さす)った。

 荒く息を継ぎながら上下していた新菜の躰は其処(そこ)で暫く動きを止め、次いで小刻みに震え始めた。

 おそらく嗚咽であろう。

 未だ新菜は己を低く見積もる癖が抜けぬ。

 今訪れている幸福が己の度を超えていると感じ、心の(せき)が溢れたものと見えた。

 娘は新菜の心を解っておるのだろう、言葉もなく、ただ掌で背中を擦ることは止めず、新菜に優しく続きを促していた。

 新菜はそのうち嗚咽を止め、ぎこちない腰の動きを再開した。

 二人の吐息と、時折漏れる声、衣擦(きぬず)れの音だけが続いた。

 間もなく新菜は何かに()かれたように己の躰を急き立てると、うめき声を漏らして顔を仰け反らせた。

 その顔を愛おしげに見上げる娘が新菜の(うなじ)に優しく手を回すと、新菜は糸の切れた傀儡(くぐつ)のように娘の躰へと落ちていった。

 新菜が果てたのだ。

 娘は己の首筋に新菜の顔を埋め、頭と背中を、只管(ひたすら)に優しく擦った。

 そして新菜の顔を両の掌で挟むようにして持ち上げ、新菜の目元に残る涙の跡に唇をつけたあと、掌で新菜の顔を挟んだまま口を吸うた。

 己の顔を持ち上げ、新菜の顔を己に引き寄せるようにして、幾度も幾度も口を吸うた。

 そのうち二人の息が切れると娘は新菜の顔を再び己の首筋に埋め、両の(かいな)を新菜の背に回した。

 そのまま今度は二度と離すまいとするかのように(しっか)りと抱いた。

 

 こうして、新菜が齢十六を迎えた日の朝。

 娘は自らの躰を新菜に(ささ)げてのけた。

 

 しばらくの間、娘は己と、新菜の荒い息が収まるのを待っていた。

 やがて少し落ち着いたのか、新菜の頭を抱きながら先程と同じように(われ)を見た。

 

 ――ちゃんと、できたでしょ?

 ――これからは、あなたの代わりに、あたしが。

 ――新菜君を、抱きしめてあげる。

 ――だから、さ。

 ――おねがいだよ、これからも。

 ――あたしたちを、見守っていてね。

 

 嗚呼、新菜よ、娘よ。

 そなたらが交わした(ちぎり)、しかと見届けた。

 そして娘よ――()や、海夢(まりん)よ――そなたの願い、確かに聞き届けた。

 (われ)もまた、そなたと、永久(とわ)の契を交わそうぞ。

 

 海夢とその娘たちは、(われ)を受け継ぐが良い。

 そなたらを、とこしえに見守ろう――

 

 

 

 

 




次回、最終話です。
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