【外堀物語】   作:Halnire

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雛人形、終話です。

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。


雛人形 最終話

 

 

      Ⅴ

 

 日々は過ぎた。

 あれからも新菜と海夢は度々、(われ)の前で愛を語り、将来を語りながら躰を重ねた。やがて学舎を卒業した年の弥生の月、新菜が齢十八を迎えた日に二人は婚姻の証となる書を(われ)の前で(したた)めた。

 

 それから暫くして二人は祝言を挙げた。

 祝言の儀式はいずこかの広間で行われ、大勢の来客が二人を言祝(ことほ)ぐために訪れた。

 (われ)は広間の入口で()の者たちを迎えた。

 入口には二人に因む品々が幾つも並んでいた。

 ひときわ目を惹くのは新菜が仕立てた海夢の衣裳の数々であった。

 それぞれの衣裳の前にはそれを纏った海夢の姿を模写した絵――〝写真〟と呼ばれるもの――が飾られ、来客の目を愉しませていた。

 幾度か新菜の部屋を訪れたことのある女たちが衣裳と写真を見ながら談笑しておった。

 海夢の仮装趣味の仲間たちであろう。

 

「ひっ、推し()が結婚……結婚……推し()……うわあああ……!」

(あきら)、落ち着いて! ドレス汚れるっ!」

涼香(すずか)さんミヤコさん、とても奇麗ですね」

「そういうあまね君、ドレスすごい似合ってる!」

「本当にお奇麗です。でも結婚式にドレスでいらっしゃるとは思いませんでした」

「ジュジュちゃんもありがとう。二人に感謝と祝福を伝えるなら、この服装じゃなきゃってね。僕にとってはこの姿が正装だよ」

「それにしてもジュジュちゃんも、本当に奇麗だよね。フォロワー百万超えたんだっけ」

「はい! お姉ちゃんはいつもとっても可愛いです!」

「いや、心寿(しんじゅ)ちゃんもモデルやってるじゃない……すごい人気だよ……」

 

 (われ)はそれらよりも奥、より広間に近い方に座しておった。

 隣には写真が幾枚か飾ってあった。

 或るものには大勢の若者たちが見守る中、衣裳を纏った海夢と、それに化粧を施す新菜が神々しく描かれていた。

 その写真を囲んで会話に興じているのは、新菜と海夢の学友達であろうか。

 

「しっかしすげーよな。いつになったら付き合うのかと思ってたけど」

「それな。付き合ったと思ったらもう婚約したとか言ってるし、高校卒業と同時に結婚だし」

乃羽(のわ)は聞いてたんでしょ~?」

「うちだって急展開すぎて脳バグってたかんね! みんなと変わんなくね?」

「ねー、あっちにいるの、ミヤコさんたちじゃね?」

「あ、マジだ。あまねさんガチのドレスじゃん! 男だって信じらんねー」

「それな! アキラさんもめっちゃ美人! なんか泣いてっけど」

「あれ? 四季(しき)君、どしたん? 急に崩れてビビんだけど」

「ガースー、そっとしといてやれ……」

「あっ、花ちゃんだ!」

 

 同級の徒だけでなく、師範も来賓として来ているようだ。

 柔らかい雰囲気の女性(にょしょう)が二人の学友達の処へとやって来た。

 

「ご招待頂けて先生嬉しいわ~。今日が待ち遠しかったのよ~。二人がベールオフしている姿なんて想像したらもう堪らなくって! ダヴィンチもボッティチェッリもお墓から飛び出てくるに決まってるわ!」

「……相変わらず先生、突っ走ってるね……」

 

 また或る写真には眩い光の中、髪を美しく結い上げ純白の衣裳に身を包んだ海夢が颯爽と歩く姿を描かれていた。

 こちらの写真を話題にしている一団は、他より少し年嵩(としかさ)な男女達である。

 海夢の通う髪結(かみゆい)(どこ)の職人達も今日は招待してあると言うていたから、()の者達であろうか。

 

「海夢ちゃんの花嫁姿、楽しみだね!」

「アタシは新菜君の花婿姿も楽しみよ~。そうそう、昨夜その話したらウチの連れ、嫉妬しちゃって今日は行くななんて言うのよ~」

「あいかわらず仲良しですね!」

「新菜君、これからいよいよ活躍するんだろうな。ボク、楽しみだよ!」

「店長、『なんでウチはブライダルやってないんだ!』って叫んでましたけど、落ち着きました?」

「いや、考えてみりゃ、ブライダルやってたら招待客にはなれねーもん。特等席で海夢ちゃん見れるんだからよ、むしろ良かったよ!」

 

 幼き頃の海夢であろう、歯茎を見せて(おど)ける童女と、おそらく若き頃の海夢の父親であろう男性が隣で苦笑いを浮かべる写真もあった。

 海夢の祖父と祖母と思われる老夫婦と、新菜の伯母である晴美(はるみ)と従姉妹の美織(みおり)達がこの写真を見て談笑していた。

 

 最も広間に近いところに飾られた写真には、大輪の山吹色の花々を背に、新菜と海夢と薫の三人が笑顔で並ぶ姿が描かれていた。

 その写真の前で足を止めている客は居なかったが、(われ)には誰かがその写真の前で談笑している様に感じられた。

 (われ)其処(そこ)に向かって問うた。

 

 ――其処な者達は、新菜の近縁の者か?

 

 (いら)えがあった。

 

 ――あら、お雛様に見つかっちゃった。

 ――今日は祝いの日だからって、特別なお計らいでお忍びで来てたのに。

 ――新菜の母親と、父親か?

 ――そうよ。こちらのおばあちゃんはよくご存知よね。あと、そちらは海夢ちゃんのお母様よ。

 ――海夢から聞いてるよ。守り神様なんだってね。娘たちをよろしく頼むよ。

 

 会話ができるとは望外であったが、中々に面映(おもは)ゆいものよ。だが応えは決まっておる。

 

 ――元よりその積りぞ。そなたらの願いも負うてみせよう。

 

 彼らはそれを聞き届けると笑顔で消えて行った。

 間もなく式が始まる。式場の一番眺めの良いところへ移って行ったのであろう。

 

 (われ)もそのうち、式場の給仕であろうか、二人の人間に運ばれて式場の中に設えられた壇の上に(うやうや)しく置いて貰うた。

 ここからは大勢の参列客が居並ぶ中、閉じた大きな扉が見える。

 

 やがて扉が開き、白い光が扉向こうから溢れ出すのであろう。

 其処(そこ)からは眩い衣裳を纏った新菜が(あらわ)れ、天女の如き衣に身を包まれた海夢が顕れるであろう。

 (われ)はその姿を忘れ得ぬよう、心の(まなこ)に焼き付けよう。

 二人の前途を言祝ぐために。

 二人の子孫の安泰を願うために。

 その系譜が未来永劫、続かんことを祈るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      Ⅵ

 

「お母さん、このおひなさま、すごくきれい……でもなんで一人なの? おだいりさま、どこ?」

「そうね、普通のお雛様はお内裏様と一緒ね。でもこのお雛様は、特別なのよ」

「とくべつ?」

「そうよ。お母さんがおばあちゃんから受け継いだの。その前は、おじいちゃんが持っていたのよ」

「おじいちゃん、すごく有名なひなにんぎょうしょくにんだもんね!」

「そうよ。それでね、このお雛様は、おじいちゃんがおばあちゃんに贈ってあげた守り神様なの」

「へえー! おじいちゃんが作ったの?」

「お衣裳はおじいちゃん。お顔はおじいちゃんのおじいちゃんが作ったのよ。とてもすごい職人さんだったのよ」

「うわあ、そんなに昔からあるのに、おめめもお顔も、すごいきれい……いいなあ。あたしも欲しい!」

「あなたが十六歳になったら、あげるわよ。五条の家系の、決まりなの」

「十六歳? なんで?」

「おばあちゃんがおじいちゃんから贈られたのが十六歳の誕生日だったからよ。お母さんもおばあちゃんから、十六歳の誕生日に贈られたのよ」

「へえ……あたしもはやく、大きくなりたいな!」

「そうね。だからちゃんと残さずご飯たべないと! おばあちゃん、絶対にご飯残さないでしょう?」

「……うん! わかった! 今日の夕ご飯なに?」

「今日はね――」

 

 

〈了〉

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがき:

 本作は福田晋一先生原作「その着せ替え人形は恋をする」の非公式ファンフィクションです。pixivの当方アカウントに2022年7月から連載を開始した「外堀物語」全6話を加筆訂正したものです。

 最後にあとがきとして、この「外堀物語」を書くに至った経緯をつらつらと書いていこうと思います。どちらかというとオタクの自分語りになりますが、『そういう裏話は興ざめになるから結構』という方はお避けくださいませ……。それ以外の方は、長文かつ駄文ですが、どうぞお付き合いくださいませ……。


 まず、「着せ恋」にハマった経緯についてです。
 私はアニメの3話くらいから着せ恋を知った人間ですが、最初は絵と劇伴の雰囲気がいいアニメだなという印象でした。しかし4、5話と見進めるうちに、新菜と海夢(わかまり)二人の関係性に引き込まれてしまい、アニメ8話、とくに海のシーンが強く心に焼きついてしまいました。

 8話初見の時点ではなんでここまで心に残るのか自分でも解らず、それを知りたくて原作を全巻購入しました。そこで判ったのが、着せ恋という作品がよくある恋愛物とは違い、とことんまで純粋さを突き詰めている作品だということです。

 大抵の恋愛物は主人公二人の間にトラブルがあったり、第二のヒロインが介入してモヤっとしたりと『濁り』や『苦味』の要素が入ります。それでこそコクが出て旨味が増しているという作品だって沢山ありますし、むしろ王道であると言えます。にも関わらず、着せ恋は主人公二人がひたすら純粋にお互いを尊重し、崇拝し、相手のために献身し続ける作品でありながら、いつまでも恋愛関係に発展しないもどかしさを味わえる、稀有な作品です。

 わかまり二人のキャラクターはそれぞれが魅力的ですが、話が進むにつれて別々に語ることが難しく、分かちがたくなっていきます。

 ヒロインの海夢は典型的な美人ギャルヒロインらしく行動力の塊で自分が好きなものに真っ直ぐ向き合い、正義感が強く人の心も大切にします。なんでもあけすけに物を言いますが、根は意外と臆病で本質の部分で自分に自信がありません。

 主人公の新菜は自分が好きなものを何よりも大切にしていますが自分に自信がありません。その分多感で人の弱い部分を大切にケアできる特質を持っています。臆病に見えますが、一旦心を決めた後は脇目も振らず真っ直ぐに取り組み、妥協せず誠実に対象に向き合います。

 物語のスタートラインでは真逆に見えた二人も、お話が進むにつれて少しずつ共通点が見えてきて、今ではまるで鏡像のような魂の形が浮き彫りになってきました。
 それが原作で花開いたのは、やはりコミック8巻に収録されている「麗様」編でしょう。新菜が引っ張られる存在ではなく、海夢と並び立てる人間であろうと覚悟を決めたあのシーン。台詞のない見開きの化粧シーン。二人の尊い関係性がたった一枚の絵から流れ込んできました。初見でもう涙が止まりませんでした。

 こうしてコミックを何周もしてからアニメを見直すと、アニメスタッフの方々がわかまり二人の関係性を何よりも大切にして構成や編集を重ねたのかが良く判るようになりました。

 ここでアニメ8話の海のシーンの話に戻るのですが、あのシーンは本当に沢山のカットが追加されています。新菜が逆光の海夢を見つめるシーン。新菜が水を掬い上げるシーン。新菜が水を掻き分けて歩くシーン。新菜の過去を振り返る気持ち、海夢と共にいて変わりゆく自分を肯定する気持ち、まだ見ぬ未来への高揚、そして海夢が新しい世界を見せてくれることへの期待を表現しているようでした。

 一方で海夢はその新菜を上から目線で見下ろすことなく、むしろ夢をひたすらに追い続ける求道者として、遥かに先をゆく憧れの存在として見るように表現されていました。劇伴も優しく、だけど心なしか切ないメロディで、柔らかく眩しく響きます。陽光に照らされる、さざなみ打つ穏やかな海そのものです。憧れと切なさを抱いた海夢の心そのものです。

 自分も彼の傍にいたい。彼女の傍にいたい。お互いがお互いの傍にいたいと本心から思っているのに、それぞれが相手を遥か高みに眩しく見上げている……。一度8話をそういうシーンなんだと感じてしまったら、もう尊くて尊くて、劇伴のイントロを聴くだけで涙が止まらない体になってしまいました。

 私はツイッターなどで情報を発信することは無かったのですが、抑えきれずに漏れ出す感情をキーボードにぶつけていました。気づけば、上で書いたような解釈や思いの丈を書き綴ったメモが8話だけで2千字ほど出来上がっておりました。アニメ全12話を視終える頃には、誰に見せるわけでもない感想文のようなものが結構な量溜まっており、適当なサイトやツイッターに投下するにはキモいなあと思って扱いかねていました。

 そんな中、アニメが終了して着せ恋ロスに陥ってた私がふとpixivを眺めていると、いくつかの二次小説に出会いました。わかまり二人のキャラクターや関係性を尊重していて、しかも本誌上に描かれることもなさそうな、完全なIFのストーリー。私は夢中になって読み漁りました。
 とくに、あるシリーズ作品は新菜と海夢の二人の性格や考え方を徹底的にトレースしていて、その上で本編ではありえない二人の睦事へと駆り立てるというストーリーを構築していました。私はその物語から物凄い熱量の原作愛を感じました。

 ちょうどこの頃、アニメが終了した後も着せ恋の熱が全く冷めそうになかった私は「ヤングガンガン」本誌を購読し始めていました。しかし折しも着せ恋は7週間ほどの休載時期に突入しており、私にとってはpixivの二次小説が着せ恋熱を温め続ける大切な熱源になったのです。
 しかし当時、pixivの二次小説界隈はそこまで作家さんも作品も多くはありませんでしたので、ただ消費するだけではそのうち熱量が尽きてしまいそうでした。エネルギーを貰ってばかりでは申し訳ない。私も供給側に回って少しでも貢献できないか。ちょうどスクラップなら沢山溜まってる。構築次第でなんとか小説にならないか……と考えたわけです。

 書き忘れておりましたが、着せ恋は、サブキャラも全員いい人ばかりです。むしろ登場人物全てがいい人ばかりの優しい世界で、その点でも濁りや苦味のない、徹底的に透明で爽やかな作品です。

 登場人物の誰もが新菜と海夢を温かく見守り、必要とあれば応援してくれることは間違いない。本編の中でそうなっていないのは単に彼らが二人の関係性に気づいてないからで、気づいたのであれば絶対に助けてくれるはずだ……。そう考えていました。

 私が書いていた駄文やメモは当然ながら私自身の視点で、いわば第三者から見たわかまり二人の関係性を愛でる物です。これらの駄文をサブキャラたちに語らせたら意外と自然に物語が構築できないか。外堀を埋めるように、わかまり二人の仲を進展させる助けとなるのではないか、と考えたところから『モブ視点』の「外堀物語」が成立しました。

 さらに正直に言えば、pixivに掲載されていた二次小説はすべて、新菜か海夢の視点で書かれていました。そのどれもが生き生きしていて、瑞々しさがありました。私にこの視点は書けないな……という畏れがあったのもサブキャラ視点を選んだ理由です。


 以上が、「外堀物語」の裏話的なものです。

 私の頭の中を垂れ流したものを誰が読みたがるのだとも思いますが、それだけにここまでお読み下さった方には、ただただ感謝しかありません。
 そもそも、本作は原作とアニメ「着せ恋」の世界観、人物描写の美しさをまるっとお借りして初めて成立しております。原作者様とアニメスタッフの方々、公式の方々には心から感謝しております。

 そして「外堀物語」をこれまで応援してくださった方々へ。
 私は小説をシリーズとして連載し、完結させたのは今回が初めての経験です。ましてやこうして紙媒体で発行することができるなどとは夢にも思っておりませんでした。
 私は小説の作法もネットの作法もいろいろ解っておらず、結果としてご迷惑をおかけした読者の方々もたくさんいらっしゃいます。
 それにも関わらず応援してくださり、感想を書いてくださり、リンクやリツイートを張ってくださり、『もっと読みたい』と仰ってくださった方々がいらっしゃったからこそ、「外堀物語」を最後まで描き終えることができました。

 本当に、ありがとうございました。
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