【外堀物語】   作:Halnire

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ムー その3

 

 

「これで仕上げね」

 

 お姉ちゃんが私の唇の下にハイライトを入れてそう言った。

 

「こちらも終わりました」

 

 まりんさんも五条さんがメイクを終えたらしい。いよいよ撮影だ。

 

 【ムー創刊号】表紙コスの準備は順調だった。

 お姉ちゃんが私の全身を採寸してくれて、体型に合った肌色の全身タイツを購入してくれた。

 五条さんやまりんさんとコス衣装のための布や装飾品、ウィッグや靴を買いに行ったりもした。少しだけだけど、私も料理教室のアルバイトで貯めた自分のお金で材料を買うことができた。

 五条さんが肌色の全身タイツに金色の生地や、角度によって赤や緑に輝いて見える布を縫い込んで衣装を作ってくれた。

 私はクロスの下に隠れたその衣装を、そっと手で触ってみた。

 

 衣装は実際に着てみると、五条さんのこだわりが直に感じられて本当に驚いた。

 全身タイツは首の部分や足の付け根に布の境界線があったのだけれど、五条さんは線が隠れるように、絶妙な位置に金色の生地をアクセサリーとして配置してくれて、境界線が全く見えないように処理してくれていた。

 私は胸が大きいせいであまり可愛い下着は持っていなかったのだけれど、今回はそれが幸いした。ベージュのスポーツブラの上に全身タイツを着るとほとんど下着が透けて見えなかった。もちろん五条さんが本格的に衣装制作にとりかかる前にこの点は確認しておいたけれど、出来上がりを見るとやっぱり安心する。ちなみにまりんさんはベージュのヌーブラで済ませている。羨ましい……。

 二人が持つ剣と光線銃は、プラスチックの既製品を五条さんが加工してくれた。シンプルな形だったため、一から造形する必要は無かったらしい。

 金色のハイヒールはむしろ品揃えが豊富で簡単に手に入れることができた。ウィッグもスワローテイルさんで購入した。ボリュームのある奇麗な金色で、もうアイロンでウェーブもかけてある。メイクも終わったから、いよいよこれをかぶるんだ。ワクワクするなあ!

 

「心寿ちゃんの部屋にこの背景布広げると、異世界の扉みたいだねー」

 

 まりんさんが笑いながらエジプトのピラミッドを背景に撮影するための布を壁に広げた。

 私の部屋はパステル調のクッションやタペストリーが多いから、ピラミッドの存在感がすごい。

 

「二人とも準備はそこまででいいですよ。クロスも纏ったままだし、汗かくとせっかくのメイク、落ちちゃいますからね」

 

五条さんが布の高いところのたるみをぴしっと延ばしながら声をかけてくれた。私の部屋なんだからこれくらいはやりたいな、と思っていたらお姉ちゃんからもつつかれた。

 

「心寿。貴女はモデルとしての仕事をちゃんとやるのが第一よ。これも慣れよ。気にせず大人しく座っていなさい」

 

 そういうものなのかな。ちょっと気まずいけど、じっと座っていよう。

 

「あたしも動いちゃってた! モデル歴長いけど全然慣れないっすねー」

「貴女はじっとしてるのが性に合わないだけでしょう」

「あはは、そーなんですよねー」

「褒めてないんだけど」

 

 一緒に手伝ってくれたまりんさんもお姉ちゃんに言われて嬉しそう。

 私はまりんさんを見つめた。すごく可愛いのにそれをひけらかすこともない。だけどいつも堂々として明るく、人に見られることをまったく恥ずかしがらない。お姉ちゃんとはタイプが違うけれど、お姉ちゃんと同じくらい、本当に格好いい人。

 

 ――私もああいう人になりたい。

 

 【ムー創刊号】の表紙の女の人に小さい頃、憧れた。以来ずっと、なりたい理想の女性像として私の心の奥底にいた。

 前に【棺】合わせで一緒にコスした時、更衣室で堂々と服を脱ぐまりんさんの奇麗な裸体に、私は見惚れてしまった。まりんさんはまるで【ムー】の表紙から抜け出してきたみたいに見えた。

 今日、まりんさんに引っ張ってもらって、私も同じ姿になれると思うと、夢を見ているんじゃないかという気持ちになってくる。

 そんな私のぼんやりとした視線に、まりんさんが気づいた。

 私を見つめ、微笑んでくれる。私も微笑み返す。

 長いつけまつ毛。黒のアイライナーが太くしっかりと引かれていて、ダークパープルのアイシャドウが目の周りをしっかりと縁取っている。その奥から覗いているのはカラーコンタクトに彩られた二つの瞳。吸い込まれそうになるほど深い碧。

 

 ――ああ、本当に奇麗。

 

 私も同じ顔になれているだろうか。せめて同じ人物を模倣しているんだと、五条さんにも認めてもらいたい。

 

「まりんさんと同じ顔に……見えますか?」

 

 それが言葉になって出てしまっていた。

 

「うん! マジそっくりじゃない? 姉妹みたいな?」

 

 まりんさんは私を見つめたまま答えてくれた。

 

「貴女みたいな妹を持った覚えは無いわ。……でも心寿。メイク、もう少し喜多川海夢に寄せた方がいいの?」

 

 お姉ちゃんがそこに突っ込みを入れた後、たぶん私の表情から読みとってくれたのだろう、私の望みを訊いた。

 お姉ちゃんのメイクに不満があるわけじゃない、ということをお姉ちゃんは判ってくれている。だから私は小さく、肯いた。

 

「五条新菜、心寿のメイクを喜多川海夢に近づけてもらえるかしら。私も大人っぽくて陰影の強いメイクは得意じゃないのよ。手直ししてもらえると助かるわ」

「手直しだなんて……でもそういうことなら、海夢さんに寄せるように少しいじってみますね」

 

 手直しと言っても、五条さんはシェーディングとアイシャドウを少し足しただけみたいだった。

 メイクを終えてまりんさんと再び目が合った。二人で鏡の正面に立った。

 

「マ⁉ ……あたし、心寿ちゃんになれてる?」

「違うわよ。でも、瓜二つね」

 

 ちょっと嫉妬するわ、とお姉ちゃんが呟いた。でもその顔は満足そうだ。

 私は言葉も出なかった。本当にそっくりだ。まりんさんと。憧れの【ムー創刊号】の女性と。なんだか目元が熱くなってきて、気持ちがあふれてしまいそうだった。

 

「心寿ダメよ。泣くのは終わってからにしなさい」

 

 お姉ちゃんに背中を軽く叩かれ、私は我に返った。

 すぐにウィッグを被せてもらう。ライティングを設置し、撮影のセットを整えた五条さんが『もう始められますよ』と合図をくれた。

 私は海夢さんと一緒にクロスを外した。

 

「ああ――すごいわ」

「――本当だ。目を、奪われます」

 

 鏡に映る二人の姿が目に入った。ひとりはまりんさん。もうひとりが、私なんだ。

 まりんさんはやっぱりスタイル抜群だ。本当に表紙から抜け出てきたみたいだ。でも、意外だったのは、その隣の私。

 ずっと、太っていると思っていた。身体が大きすぎて、何を着ても似合わないと信じ込んでいた。なのに、今鏡に映っているのは、まりんさんより一回り大きいけれど、ほとんど同じシルエットの女性の身体。

 

「――やっぱり心寿ちゃん、()えるわー。マジカッコイイ。ね、新菜君、そー思わない?」

「……そうですね、はい。ば、映え、ます」

 

 五条さんが目をそらした。スタイルがまりんさんに近づいていると言っても、全身タイツで押さえつけているだけだからかな、五条さんにはやっぱり認めてもらえないんだ……。

 

「――五条新菜。申し訳ないのだけど、ちゃんと心寿を見て、作り手としてはっきりコメントしてもらえないかしら……。心寿、貴方に否定されるんじゃないかと思って不安なのよ」

 

 五条さんははっとした表情になって私を見た。顔が少し赤いけれど、その目は真剣だった。五条さんが意を決したように口を開いた。

 

「そうですね……。ごめんなさい、恥ずかしくて直視できなかったんです。その、妹さんがあまりにも女性らしくて、い、色っぽかったものですから……」

「いろっ⁉ ちょ、新菜君――⁉」

 

 まりんさんが驚きの声を上げて、大きく頬を膨らませた。でもごめんなさい、まりんさん。私は、私は嬉しいです――。

 五条さんに認めてもらえた。女性らしいって、言ってもらえた。まりんさんには届かなくても、憧れの【ムー創刊号】の女性に少しでも近づけたと、自信が持てた。

 

「ありがとう、ございます」

 

 頭を下げる。涙は抑え込んだ。

 

「――心寿ちゃん……そっか、そうだよね」

 

 まりんさんが呟いた。お姉ちゃんがまりんさんを見て口を開いた。

 

「喜多川海夢、ごめんなさいね。後で思う存分、五条新菜といちゃついてもらっていいから、今は少し彼を借りるわ」

「いちゃ……」

 

 五条さんが少し顔を赤くしたけれど、すぐに言葉を続けた。

 

「――妹さん、とても似合っています。全身タイツはすこしのっぺりとした質感になりやすいとネットの情報には書いてあったので予め陰になる部分に色を入れておこうか迷ったのですが、海夢さんも、妹さんも身体の凹凸がはっきりしているので、陰影がくっきり出て存在感があります。手を入れなくてよかったです。それに、二人とも目鼻立ちがはっきりしていてメイクもよく似合っています。豪華で神秘的な感じが良く出ていて、金色の布地も光沢のある素材も違和感がありません。イメージ通りです。俺の技術では表現できなかった部分も多かったのですが、二人の容姿が人並み外れているので補って余りあるほどです。助かりました」

 

 容姿が、人並外れている……? 私が?

 

「新菜君、マジメにホメるから恥ずいよねー! でもその分ガチだから嬉しー! 心寿ちゃんも自信持っていいんだよー! だって新菜君だからね!」

 

 まりんさんが頬に手をあてて身体をくねらせている。

 私も顔が熱くなってくるのを感じた。そうなのかな。私も、自信を持って、いいのかな。

 

「心寿。そういうことよ。さあ、自信を持ちなさい。ちゃんと写真撮ってあげるから」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 撮影が始まった。

 お姉ちゃんはお父さんに借りた一眼レフカメラの使い方をすっかりマスターしていて、普段私に撮ってもらって間近に見てきた方法を応用していた。

 お姉ちゃんは背が少し低いので、真正面から撮影するときは五条さんにカメラを渡して撮ってもらっていた。

 

 まず、表紙の立ち姿を二人別々に撮ってもらった。

 扇風機をオンにして、風になびく髪を表現してもらった。苦労したのはライティングだった。【ムー創刊号】の表紙は逆光の構図だから、背景布と同じ方向に照明が必要だった。五条さんは背景布の上から光が入るようにライティングを調整してくれた。長身の五条さんじゃないと、この配置はできなかったと思う。

 一番撮りたかった構図だから、最初は緊張した。だけど、一枚目を撮り終わって画面を見せてもらった時、驚きで目蓋を閉じられなかった。

 ピラミッドのそびえる砂漠に、金色の装身具を煌めかせ、金髪を風になびかせた半裸の女性が細い剣を持って堂々と立っていた。それが私だった。

 信じられなかった。でもその写真が実在するんだと思えると、逆に自分が本当に【ムー】の世界に居るんだと信じられた。

 夢が叶ったんだと思い、胸がいっぱいになった。また泣いてしまいそうになったけど、ぐっとこらえた。反対に自分の中にある欲がはっきりと言葉になった。

 もっと、もっと撮ってもらいたい。

 五条さん。私を、私を見て欲しい!

 

 次にひざまずいて光線銃を構えているポーズの撮影に入った。こちらは順光なのでライティングを移動する。背景も宇宙を描いた布に替えた。

 まりんさんがまず被写体になった。堂々と銃をかまえるまりんさんが格好いい。本当に奇麗な人。

 横を見ると五条さんが食い入るように見つめている。――いいな。まりんさんはいつも五条さんに真剣に見つめてもらえるんだ。少し胸にちくっとしたものを感じた。でもあまり考えないようにした。私も今はちゃんと見てもらえている。大好きな【ムー】の世界にまりんさんと一緒にいられる。それだけで十分だ――でも、ちょっとだけ、私の気持ちを伝えたい、そんな欲が生まれた。

 私の番になった。

 光線銃の模型をかまえる。お姉ちゃんに指示されて、身体の向きを替える。ライティングの位置を五条さんが調整し、お姉ちゃんが一眼レフをかまえた。その指がシャッターを押す直前に、私は少しだけ身体の向きをずらした。

 光線銃が、五条さんを向いた。

 〝ズドン〟。私は心の中で引き金を引いた。

 

「心寿。ちょっと顔が笑ってるわよ」

「でも、いーんじゃないですか? めっちゃ色っぽい! 表紙と違うけど、絶対こっちのほうがいーですよ!」

 

 五条さんを見ると、顔が真っ赤だった。――命中しちゃったのかな。ちょっとしたいたずらが成功したような気持ちになった。

 

 まりんさんが二人で一緒に撮ろうと言ってくれたので、オリジナルの構図だけれど、二人一緒に被写体になっていろいろなポーズを撮った。同じポーズでも背景の布を替えて、ライティングの向きも工夫してたくさんの写真を撮ってもらった。どれも雰囲気ががらっと変わって新鮮だった。憧れのまりんさんと一緒に憧れの女性になって、憧れの世界で生きているみたいだった。

 私は、すごく幸せだった。

 

 

 

 

  ◇

 

 

 楽しかった撮影の時間も、やがて終わりを迎えた。

 

 ライティングや他の機材を片付け、背景布を畳んだ。部屋のカーテンを広げると午後の光が部屋いっぱいに射し込んだ。

 部屋は明るい。

 私は自分のウィッグを外し、ヘアネットを取り除いた。途端に【ムー】の世界から引き戻されたような気持ちになった。

 まりんさんもすでに自分のダブルカラーに染めた髪に戻っていた。青いコンタクトは外していて、もうメイク落としにかかっている。

 私もメイクを落とし始めた。

 同じ部屋には五条さんもいて、黙々と片付け作業をしている。ウィッグがクセにならないように丁寧に包み、洗濯ネットの中に収納している。それが終わるとてきぱきと小物をキャリーケースの中に片付け始めた。職人さんらしく、とても手際がいい。

 そうやって五条さんの仕事する姿を見ていると、私はまだ現実に戻れていないような気がした。なんだかまだ、気持ちがふわふわしている。ぼんやりとさっきまでの撮影のことを思い出している。すると、五条さんに向けて光線銃を向けた、挑発的な自分のことを思い出してしまった。

 

 ――ズドン、かあ。

 ――私らしくないこと、しちゃったな。

 

 私の撃ったビーム光線が、五条さんに届いてしまったような錯覚。五条さんはどう思っているのだろうか。そんなことを考えて、ついつい彼のことを見つめてしまう。――すると。

 

「心寿ちゃん? 今日はマジ楽しかったよ! ありがとね!」

 

 満面の笑みのまりんさんが私の前に座った。

 

「こんな合わせができるなんて予想してなかったし。心寿ちゃんのコス見れて健康になれたし。ガチで感謝しかない!」

 

 だけど、とまりんさんは続けた。表情がちょっとだけ寂しそうだ。

 

「だからこんなことゆーの、マジでゴメンなんだけど」

 

 そう言うとまりんさんは私から離れて、五条さんの方へ真っ直ぐ飛んでいった。――本当に言葉通り飛んだ。彼の首元に飛びついていた。

 

「うごっ! まっ、まま、海夢さん!」

「新菜君はあたしのだから! 心寿ちゃんでもあげらんないから!」

 

 まりんさんは五条さんの首元に自分の頬をすりよせて、絶対に離すものかと主張するようにしがみついている。

 

「なっ、海夢さん、なんで⁉」

 

 五条さんも予想していなかったのだろう、困惑しながらまりんさんに問いかけている。まりんさんは五条さんの首筋に顔をうずめながら答えた。

 

「……だってさ。今日の新菜君、ジュジュサマとなんかずっと通じ合ってるしさ。心寿ちゃんのこと、色っぽいとかゆってるしさ。……まー、ね? 心寿ちゃんガチでエロカワだったし? しゃーないっちゃしゃーないけど、でも今だって心寿ちゃん新菜君のことじーっと見てて? なんかメス顔だし? 食べちゃいそーな顔してるし? あたしもさすがに危機感ハンパなくなってぇー」

 

 私は顔が一気に熱くなるのを感じた。全然自覚がなかったけれど、私、そんな顔をしてたんだ! それも、まりんさんにはっきりと判ってしまうほどわかりやすく。

 

「――いいわよ喜多川海夢。今までありがとう……。もう返すから、思う存分やりなさい」

 

 お姉ちゃんはまりんさんにそう言うと、私の方に顔を向けた。

 

「心寿。貴女もあきらめて、一部始終見届けなさい」

 

 えっ、どういうことだろう? 一部始終って、何が始まるの?

 

「やった! ホントにいーんですか? ここで?」

 

 まりんさんがお姉ちゃんに問いかけると、お姉ちゃんは呆れた顔で答えた。

 

「約束だもの。もちろんいいわよ。――心寿にも丁度いいわ」

 

 まりんさんは五条さんにあぐらをかくようにお願いすると、その中にすぽっと飛び込んだ。そして五条さんの作務衣の上着に下から潜り込むと、がっしりと首筋にしがみついた。それこそ、前にホラー映画を一緒に観た時みたいに。

 それで思い出した。そうか。さっきお姉ちゃんはまりんさんに言ったんだ。

 

 ――後で思う存分、五条新菜といちゃついてもらっていいから、今は少し彼を借りるわ。

 

 思う存分が始まっちゃうんだ!

 うわあ、うわあ――‼

 

「まっ、海夢さん! ちょっと、くっ、苦しいです!」

「ダメ! 今日は離さない!」

 

 まりんさんはそう言うと五条さんの首筋に鼻をうずめ、犬みたいにくんくんと匂いを嗅ぎはじめた。

 

「すはぁー。ふぅ、今日の新菜君成分、やっと補給できたあー」

 

 まりんさんは肌色の全身タイツのままだ。ほとんどが作務衣の下に隠れている分、まるで全裸で五条さんに抱きついているように見えてしまう……!

 

「まっ、海夢さん――! これ以上は――!」

 

 五条さんが顔を真っ赤にして抵抗しているけれど、五条さんは力づくで引きはがすような人じゃない。だから結局はまりんさんの為されるがままになった。

 私はどうしていいか判らなくなって思わずお姉ちゃんを見た。お姉ちゃんも顔を赤くしていたけれど、椅子に座ったまま慌てず、お茶を飲んでいた。

 お茶をテーブルに置いてお姉ちゃんが口を開く。

 

「心寿。この二人と付き合うなら、これくらい慣れておいたほうがいいわよ」

 

 えっ、お姉ちゃんは何度も見てるの? これを?

 

「何度も、ってほどじゃないけどね。でも恋人と本気で付き合うつもりなら、これくらい堂々としたほうがいいのかもしれないわ」

 

 お姉ちゃんは遠くを見るような目になった。今はお姉ちゃんにも大切な人がいるからなあ。気持ちが解るんだろうなあ……。いいなあ。

 そんなことを思い浮かべていたら、お姉ちゃんが言葉を続けた。

 

「私も初めてこれを見たときは貴女と同じ顔をしてたのかもしれないわね。初見の反応、って感じだわ」

 

 その言葉で思い出した。

 

 ――初見の新鮮な反応って本当にゾクゾクするなあ。

 

 前に私の部屋でホラー映画を見ていたまりんさんの姿を見た時に、私が抱いた気持ち。

 今私は、まりんさんにやんわりと仕返しをされているのかもしれない。

 そう考えると、なんだか少し可笑しくなってきた。

 目の前では相変わらずまりんさんが五条さんの首にぎゅっとしがみついている。ホラー映画を観ていた時とは全然違っていて、幸せそうな、満ち足りた笑顔で。

 見ている私もだんだん穏やかな気持ちになってくる。

 ちょっとほろ苦いけど、甘く、温かいココアを飲んでいるような安心感。

 

 結局変わらない。

 私にとっては二人は永遠に憧れの存在だ。

 二人まとめて一つの存在。

 その間に、誰かが入る余地なんてない。

 

 でも、同時に私は思う。部屋の中で繰り広げられる光景を目にしながら、心の底から思うのだ。

 私にも、大切な誰かが隣にいてくれる日々が、やってくるのだろうか、と。

 そう夢想する私は、不思議と寂しさを感じない。

 新しい私を、わくわくした気持ちで期待するだけだ。

 

 だって世界はいつも神秘に満ちていて。

 人は誰もがミステリアスなのだから。

 

 

 

  〈了〉

 

 

 




あとがき

新菜は令和最強のスパダリなんで仕方ないんです。
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