【外堀物語】   作:Halnire

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あまね君視点、一人称の小説です。

あまね君が頑張るお話です。
舞台設定は、新菜と海夢の高校二年生の文化祭です。
いつメンがほとんど全員登場します。

イメージソングはELLEGARDEN「ジターバグ」。
乃羽がカラオケで歌ってた曲です。
この小説を書いている間、エンドレスで流していました。
よろしくお願いいたします。


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番外編Ⅲ 姫野あまね
姫野あまね  0:プロローグ


 

 

 ――気持ち悪い。

 

 時々蘇る、苦い記憶。

 暗がりへ引き戻そうとする声。

 視界を黒く染める声。

 

 ――言いません!

 

 その暗がりの中に響く、強い声。

 魂からほとばしるような声。

 僕に勇気をくれた、強い眼差し。

 熱い涙。

 

 二筋の白い光は暗闇を切り裂いて、僕の瞳に飛び込んだ。

 

 

 

 

  ◇

 

 

 九月末でもまだ眩しい陽の光を、池袋サンシャインシティに立ち並ぶビルの窓が目に痛いくらい照り返してきた。上空にかかっていた雲が切れたみたいだ。

 シャッターの音が何度か続いた。

 僕はその陽射しに思わず目を(つぶ)りそうになったけれど、少し立ち位置を変えてポーズを取り直した。意識して目を大きく開き、カメラのレンズに向けて笑顔を作る。

 

「あまねさん、次、うつむき加減で若干右を向いてください!」

「はい、ヨースケさん」

 

 顔なじみのカメラマンの声に応える。

 その後ろにはまだ三人くらいカメラマンが並んでる。さらにこちらを指さしてるカメラマンたちがその向こうに見えた。

 列がまた伸びちゃうかな、時間が心配だな、と思っていると、隣に控えていた短髪で長身の男の子がすぐに察したのか、僕に目配せをしてから列の後方に向かい、最後尾のカメラマンに声をかけてくれた。

 

新菜(わかな)君、列切り頼んでくれたの?」

 

 戻ってきた彼に、すらっとした長髪の女の子が声をかけた。ハイブリーチにピンクグラデーションの髪がとても奇麗(きれい)で目立つ。

 

「はい、そろそろ時間ですし、姫野(ひめの)さんもお疲れだと思いましたから」

「さっすがあたしの新菜君、やっさしー!」

 

 二人は僕の趣味〝コスプレ〟を通じて知り合った高校生カップルだ。

 女の子は喜多川(きたがわ)海夢(まりん)ちゃんというコスプレイヤー。SNS上やコスプレイベントでは〝まりん〟というコスネーム――一種の芸名で、普通はもうちょっと本名がバレないようにつけるもの――で活動している。

 男の子は五条(ごじょう)新菜君。まりんちゃんのコスプレ衣装や小道具を作り、メイクもしている。二人ともとても優しくて気が利く。

 今日はまりんちゃんはカメラマンとして参加していて、新菜君は僕のサポートをしてくれてる。とても心強い。

 

「行列を終わりにするやり方とか、ちゃんと決まってんだな」

「めっちゃ効率的。カメラマンもみんなマナー良いしな」

 

 黒髪で声の大きい男の子と、金髪の眼鏡の男の子が感心した様子で言っているのが聞こえた。

 

「もっとゴチャゴチャでカオスっぽいかと思ってたわ」

「それな」

 

 背の高い明るい短髪の男の子がそれに続き、黒髪の男の子が答えた。

 この三人は新菜君とまりんちゃんのクラスメイトの男子で、確か黒髪の子が森田(もりた)健星(けんせい)君、眼鏡の子が柏木(かしわぎ)四季(しき)君だ。背の高い金髪の男の子は村上(むらかみ)君、だったかな。彼は下の名前で呼ばれることが好きじゃないみたいで、みんな村上君と呼んでた。

 今日は健星君が見学希望で参加していて、四季君たちがそれに付いて来てる。

 実際のところ、今日は意外と暑くて僕も少しバテ気味だった。だいたいは着てる衣装のせいだ。僕以外にも大勢のコスプレイヤーが参加してる今日のイベントだけど、僕は女装で出てる。いつもは普通に男性用の衣服で過ごしてるから、不慣れな格好で力みがちということもある。

 それに今回は〝(すばる)ちゃん〟――スマホのアイドル育成ゲーム【スペースアイドル・コスモラバーズ】・通称【コスラバ】の人気キャラ・初瀬川(はつせがわ)昴――のSSR(すごいレア)衣装で参加していて、これがピンク色を基調としたゴシックドレスなんだ。既製品を直した物だけど、生地がぶ厚くて重い。

 

「そっか、今日少し暑いもんね」

「私も見惚(みと)れてて全っ然気づかなかった~」

「マジそれー。可愛すぎて永遠に見ちゃうよねー」

「女装って聞いてたけどさー、どのへんが女装なのか判らなすぎてガン見しまくってたわ」

「そーそー! メイクとかフツーに真似できねーって!」

 

 きゃいきゃいと明るい声を上げている女の子たちは、こちらも新菜君とまりんちゃんのクラスメイトたちだ。乃羽(のわ)ちゃん、瑠音(るね)ちゃん、成蘭(せいら)ちゃん、大空(だいあ)ちゃんって言ったかな。

 

「最後、SSRの絵、お願いします!」

 

 カメラマンのオファーがかかった。

 スカートをつまんで持ち上げ、片足に重心を移動してS字ポーズをとる。昴ちゃんらしいとびきりの笑顔でキメなきゃ。

 

「うっぎゃ、マジで可愛い……」

「どうしよ~大空、私一瞬心臓止まった~」

「……わかる。息できなくなりそーだった」

「俺は間違ってなかったのかもな……姫野さんの写真見て一目惚れした、あの時の俺は……」

「いや、間違ってんのは間違いねーけど、言いたいことは解るわ」

 

 みんな楽しんでくれてるみたいで嬉しい。撮影も順調だ。カメラマンさんたちも満足気にしている。

 それを見てると僕も女装を続けてきて本当に良かったと思える。

 そして、初めてコスプレイベントに来たときに僕を助けてくれて、勇気をくれた二人に心の中で感謝する。もう何度目かわからない感謝の言葉を。

 僕は今でこそ女装コスプレイヤー〝姫野あまね〟としてSNSのフォロワーも増えてきてるし、こうして人の大勢集まるイベントにもちょくちょく参加するようになってきたけど、元々は自分に自信がなくて引っ込み思案で、女装なんて人目を惹くようなことができる性格じゃなかった。

 女装をするようになったのは高二のときなんとなく姉にやってもらったメイクがきっかけだった。

 僕はれっきとした男だし彼女が居たことだってあるけど、背が低くて百五十センチ半ば位しかない。身体も細くて全然筋肉が付かない。昔から『頼り無さそう』『弱そう』とかバカにされ続けてきた。

 少しでも強くなりたくて運動部に入ったこともある。だけど最初から補欠チームに回され、学年が上がっても昇格試合すら出させてもらえず下級生の補欠チームに残留させられた。部員はみんな〝ちとせちゃん〟という呼び方で僕を呼んだ。そこには蔑みがたっぷり含まれてた。

 〝天野(あまの)千歳(ちとせ)〟という女の子みたいな本名さえも僕は嫌いになり、そのまま自分自身を大嫌いになりそうになって、高二の秋に部活を辞めた。

 でも姉はそんな僕の心境を知ってか知らずか――たぶん屈託の無い姉は知らなかったと思うけど――メイクと女装をいろいろやってくれた。

 僕の華奢な容姿に上手く合ったみたいで、家族だけじゃなく、姉の大学の友達とかにも褒めてもらえた。僕は少し心が晴れた。自分の容姿も他の人にはない特長なのかもしれないと、思えるようになったんだ。

 昴ちゃんはそんな風に変わり始めた僕に、さらに大きな影響を与えてくれた。

 

 ――この世界でたった一人……唯一無二のかけがえのない自分のことを好きで何が悪いの?

 ――自分のことが大好きだから、私は笑顔でいられるの!

 

 自信満々な昴ちゃんに僕は憧れた。

 昴ちゃんのコスプレをするようになって、僕はもっともっと強くなれた。自分を好きになれた。

 だから、初めてコスプレイベントに参加したとき、昴ちゃんとして見られても恥ずかしくないように、僕は自分にできるかぎり精一杯の努力をして衣装も整え、メイクもたくさん練習して臨んだ。

 人前にたった一人で女装して出ていくことはすごく勇気が必要だったけど、昴ちゃんなら堂々としてなきゃと自分を奮い立たせた。

 なのに、会場の更衣室で着替えとメイクを完璧に済ませ、いよいよこれから広場に行くその直前、なんとなく立ち寄った水族館でスカートのホックを引っ掛けて失くしてしまった。

 裁縫道具や予備のホックも用意してなかったし、薄暗い館内で小さなホックは全然見つからなかった。

 僕は途方にくれた。せっかくの昴ちゃんのデビューを、僕の不注意と不用意で台無しにしてしまった気分だった。

 暗い中一人手探りで這いつくばってホックを探しているうちに、昔の惨めな気持ちが蘇ってきた。

 

 ――やっぱり人前に出て女装するなんて、僕には無理なのかもしれない。

 ――僕にはコスプレは向いてないのかな。

 

 たぶん、あのまま諦めて帰ってたら僕は、コスプレイベントで人前に出ることはもうなかったと思う。

 だけど、暗がりで一人座り込んでいた僕を新菜君が目ざとく見つけて、声をかけてくれた。まりんちゃんと二人で一緒にホックを探しまわってくれて、見つけ出してくれた。それだけじゃなく、外れたホックを縫い直してもくれた。

 そのおかげで僕は昴ちゃんらしくデビューできた。

 たくさんの人に見てもらうこともできたし、写真も撮ってもらえた。

 SNSでフォローしてくれる人だっていた。

 僕はもっと自信を持つことができた。

 

 僕があの時どんなに心強かったか、どんなに感謝していたか、とても言葉では表せない。今になってもまだきちんと伝えられていない。

 だから僕は待ち望んでいる。

 二人にちゃんとお礼ができる機会を。

 

 




続きます。
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