【外堀物語】   作:Halnire

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前話から場面転換しています。

あまね君の部屋で打合せをします。
大人組が登場します。


姫野あまね  2:千歳の部屋にて(前)

 

 

 ピンポーンとインターホンの音が鳴り、モニターに映し出された人の姿を認めて僕はドアに向かった。

 

「こんにちはー」

 

 明るい茶色の髪をした女性が笑顔で挨拶をしてきた。隣には長い黒髪の女性、後ろには作務衣姿の背の高い男の子。

 

「ご足労ありがとうございます、ミヤコさん、アキラさん、それに、新菜君。いらっしゃい」

「お邪魔します、姫野さん。お部屋をお借りしてすいません」

「ホント、あまね君、ありがとう! 助かるよ」

「これ、どうぞ。新菜のチョイスだよ」

 

 アキラさんが紙袋を渡してくれた。焼きティラミスだ。これ好きなんだよなー。嬉しい。

 

 リビングに案内し、お茶の用意をしようとキッチンに向かうと新菜君がすかさず手伝いにきてくれた。さすが気が利く。

 

「男の子の一人暮らしなのに奇麗にしてるねー」

「うん、とてもいい部屋だね」

「あはは、さっき急いで掃除したばかりですよ」

 

 受け答えしながらお茶と頂いた焼きティラミスを出すと、お姉さん方からお礼と歓声が上がった。

 今日来てくれた二人、ミヤコさんとアキラさんはイベントで知り合った社会人コスプレイヤーだ。

 お二人ともコスのクォリティはすごく高い。

 今日はお仕事の都合でこれなかったけど、涼香(すずか)さんというカメラの得意な方と三人で、これまで長いことコス活動を続けてきたと言ってた。

 

「まりんちゃんは今日来れないんだっけ?」

「はい、美容室のバイトにしばらく行けてなかったので、今日は埋め合わせだそうです」

 

 まりんちゃんは行きつけ美容室のサロンモデルや受付のアルバイトもしてる。スタッフがみんなとてもいい人たちばかりで、長年お世話になってるみたい。

 

「ちょうどいいんじゃない? 今日はこっちの初回打ち合わせだし、(あきら)も正気でいてもらわないとダメだしね」

(みやこ)、言い方……でも実際あたし、姫がいたら取り乱す自信しかない……」

 

 アキラさんはまりんちゃん推しだ。

 好きすぎるあまり〝姫〟と呼んでる。

 まりんちゃんに近づき過ぎると感極まって号泣する。

 直接話すようになってもう一年近く経つけど、未だに触られたりすると泣き出しちゃう。

 今日の打ち合わせでは、アキラさんには細かい造形品とかのアイデア出しをしてもらわなきゃいけない。正気でいてもらわないとまあまあ困る。

 

「じゃあ、ま、とりあえず始めようか」

 

 アキラさんが話題を切り替えようと手を叩いた。

 それをミヤコさんが遮った。ミヤコさんは僕のクローゼットを見た。

 

「待ってよ。せっかくだからさ、あまね君の衣装、見たいなー」

「えっ……」

 

 新菜君の顔が一瞬青ざめた。

 このクローゼットには女装コスプレ用の衣装が全部入ってる。

 これにはちょっとしたエピソードがあって、新菜君にはその話をしたことがある。笑い話でごまかした、過去のことを。新菜君はそれを心配してくれてる。

 でも僕は笑顔でミヤコさんに返した。

 

「いいですよ! 僕の部屋を打ち合わせ場所にしたのも、クローゼットの中が見たかったからですよね?」

「あ、バレてた?」

 

 本当は僕もちょっとドキドキしてた。

 でも、大丈夫。

 そういう気持ちをこめて新菜君を見た。

 新菜君はまだ心配そうだったけど、僕の目をみて判ったみたいだ。

 僕はクローゼットを開けた。

 

「うわあー! やっぱり可愛いー!」

「すごい……! これだけ揃うと圧巻だねえ」

 

 ミヤコさんとアキラさんが歓声を上げてくれている。

 新菜君もほっとした表情でミヤコさんたちの方に向かった。そしてクローゼットの衣装を見て目を輝かせていた。

 この人たちが、僕の衣装を見て酷いことを言うはずがないんだ。

 一度イヤなことを言われたからって、みんなが同じことを言うわけじゃない。

 それを僕はもう、学んだ。

 僕の好きなものを、僕と同じように好きだと言ってくれる人たちと、巡り会えたのだから。

 

「さて、目の保養もバッチリだし、そろそろ始めよっか」

 

 改めてミヤコさんが音頭をとった。

 そもそも今日集まったのは、新菜君の高校文化祭【特別枠】の衣装制作のためだ。

 新菜君とまりんちゃんはクラスのミスコンとは完全に別枠。作った衣装は文化祭後も学校展示品になる。その分予算はかなりの規模だ。

 元生徒会長という人は相当なやり手みたいで、自分が卒業する前に今年度に向けて動き始め、年度予算をもぎ取っていたらしい。つくづく公立高校とは思えないなあ。

 校外から助っ人を呼んでもいいという点も特別枠ならではのメリットだ。

 これについて生徒会長はこんなことを言ったらしい。

 

 ――どっちにしろメイキング映像を撮って欲しいと思ってました。

 ――SNSじゃなくて、ステージイベント後に流す予定だったんです。

 ――いくら編集しても、それを見ればほとんどの作業は五条さんがやってるって解るでしょうから、助っ人は全然問題ないですよ。

 

 というわけで、今、このミーティングもところどころ、スマホで撮影しなきゃいけない。編集は生徒会に任せるらしいので適当に撮ってる。

 ちなみに新菜君とまりんちゃんが涼香さんたちに声をかけたら、予想どおりというか、即答で快諾だったみたい。

 ミヤコさんは『鴻上麗のフロックコートをまりんちゃんが⁉ 最前列で見ていいの⁉ おまけに衣装作りに関わっていいの⁉』と感涙してたっぽい。

 アキラさんはまりんちゃんが笑顔でお願いした瞬間、意識を手放したと聞いた。

 涼香さんは新菜君たちの生徒会に課金すると言ってマジで高校に電話したらしい。一歩間違ったら不審者だ。

 とにかく全員が歓喜して助っ人を承諾したんだ。

「三面図はこちらです」

 

 新菜君がカバンからフロックコートを着た鴻上麗の三面図――正面、後方、側方から見た外観、サイズ、素材、縫製や小物の配置、メイクの特徴などを書き込んだカルテのようなもの――をテーブルの上に並べた。

 彼はコス衣装を作るとき、いつもまず緻密な設計図を作る。

 今回の鴻上麗の衣装は明るい色の礼装だ。

 ホストクラブ〝レインボーローズ〟のナンバーワンホスト〝レイ〟としてセレモニーの中央に立つのだから豪華な装いのはず。

 しかも文化祭後には校内展示される。

 特別枠に相応しく、ゴージャスで重々しく、裏地までしっかり作り込む。

 その分使う生地も部品点数も膨大だ。

 そんな訳で新菜君が取り出した三面図は四枚もあった。

 

「書き込みの密度はいつもより大分控えめだね」

「今回は皆さんと相談しながら決めるための叩き台でしたので。細かいところは今日の打ち合わせ後に入れていきます」

 

 アキラさんの問いかけに新菜君が早口で答えた。

 

「一応、海夢さんのサイズは計り直してきました。今回のフロックコートは前回のスーツよりも体型が出にくいのでそこまで補正は必要ないのですが、海夢さんはバストが前より若干サイズアップしたので多少の調整は必要かもしれません。あと腹筋やストレッチを継続的にやるようにアドバイスしてます。太もも周りは締まったため少し減ってます。腰回りは少し引き締まって堅くなり、筋肉がついたのは間違いありませんが逆に僅かにウェストが増えました。調整が必要なほどではないですが念のため書き入れてます」

 

 驚いた。

 新菜君がまりんちゃんの専属トレーナーみたいになってる。

 夕飯と朝食は新菜君が作ってて栄養バランスとカロリー計算は完璧だってまりんちゃんが言ってた。なんか読者モデルの編集さんからも感謝されてるらしい。それに加えて筋トレまで管理してるとかすごすぎる。

 

「新菜、いい仕事をしてるね」

「ありがとうございます! アキラさん」

「一体どこから目線なのさ、旭……」

 

 当の新菜君はアキラさんに上から目線で言われて嬉しそうだ。

 元々は、新菜君がSNS上で見たアキラさんの造形物に目を惹かれて連絡をとったことが始まりらしい。それ以来、新菜君はアキラさんのことを師匠のように尊敬してる。

 

「姫を頼むよ、新菜……」

「はい、アキラさん……」

 

 新菜君がまりんちゃんと付き合い始めてからも、新菜君への信頼度は下がるどころか上がる一方だ。

 今じゃアキラさんにとって二人はまとめて〝推し〟みたいなものだと思う。

 

「まず、何よりも色だね。明るい色なのは間違いないんだけど、あそこアニメにもなってないしカラーページもないしで想像でやるしかないんだよねー」

「白は〝お弁当〟のシーンで使われたし、たぶん別の色だよ」

「アクセサリーも豪華ですし、このシーンは普段控えめな麗様も思い切って綺羅びやかな色を使ってると思うんです」

「都、フロックコートって昼の礼装だよね? 昼らしい爽やかな感じのほうがいいのかな」

「でもそのシーンで紬十喜子が着てたの、思いっきりイブニングドレスじゃなかった?」

「そういえば原作も昼夜どっちってはっきり書いてなかったよね。ホストクラブだから夜だと勝手に思ってた。あたしは行ったことないからわかんないけど、ホストクラブって昼やるときあるの?」

「オープニングセレモニーだから〝昼の礼装〟なんじゃないかな。ああいうの世間一般だと大抵昼に開くもんじゃない?」

「ああ、なるほどね。〝ホストクラブだから夜だけど、セレモニーの性格的には昼〟みたいな感じか」

「そうそう」

「じゃ、どっちで解釈してもいいのかな」

「漫画だしね」

「それを言ったらね……」

「まあ、じゃ、新菜君が好きな色で良いよ!」

 

 みんなコスプレを長くやっているだけあって、礼装とかの知識もあるのかな。僕も勉強しようかな。

 

「そういえば涼香が『鴻上麗を闇堕ちさせたい!』ってよく言ってたなー」

「確かに、それぐらいこの作者って鴻上麗に黒系統のスーツって着せないよね」

 

 雑談を交わしながらも、みんな手際よく三面図の空白を埋めていく。

 

「パイピングはどうする? 漫画を見るとラペルからパイピング処理されてるっぽいんだけど、表地と同じで色がわからないよね?」

 

 男装についてはミヤコさんがとても詳しい。

 

「色は合わせたいですね。若干濃い目の同系統色でパイピング処理したいです」

「裏地は? 展示品になるなら、いい加減には作れないよね」

「全体的に柄物にしようかと思ってます。裏地の縁のところは暖色系のパイピング処理をしようと思うのですが、いかがでしょうか」

「ああ、あのUKブランドみたいな感じかな。まりんちゃんのアイデア?」

「はい、この間相談した時、そういう感じが良いって言ってました」

「表地が華やかな色だと、裏地は柄物でも茶系とかをベースにしたほうがいいと思うよ。どぎついのはレイらしくないでしょ」

「いいアイデアですね。是非そうしたいと思います。ありがとうございます」

「シャツは? たぶん純白だし既製品でいけそうだけど」

「ですが、襟と袖口が特徴的で……たぶん自作しないとダメだと思います。漫画でも結構アップで描かれてるので、ちゃんと再現したいんですよね」

「それなら既製品ベースで、カフスと襟だけ作り直したら? 基本的にほとんどベストで隠れちゃうでしょ?」

「そうですね! ありがとうございます」

 

 新菜君が嬉しそうに三面図に書き込んでいく。

 たちまち余白の多かったフロックコートの図は、文字と数字で埋め尽くされる。

 

「アクセサリーとかはどうする? 旭?」

 

 ミヤコさんがアキラさんに訊ねた。

 アキラさんはすでにアイデアを出してあったみたいで、スマホの画像を見せながら答えた。

 

「こんな感じで、シルバーアクセ用の銀粘土を使えば良いんじゃないかと思ってる」

 

 そこにはとても手作りとは思えない、複雑な彫刻のような銀のアクセサリーの写真が並んでる。

 

「すごいですね! こんな複雑なものを自作できるなんて初めて知りました」

 

 僕は思わず声が出た。

 新菜君は目を輝かせているが、驚きは無さそうだ。

 知ってたのかな? そう思って訊いてみた。

 

「アキラさんの造形作品でSNSに掲載している物は、全て拝見していますから」

 

 と、実に新菜君らしい返事だった。

 それを聞いているアキラさんも心なしか誇らしげだ。

 さっきの写真はアキラさんの作品らしい。

 

「欠点は耐久性だけど、一回か二回、コスで着用するだけなら全然問題ないからね」

「ラペルまわりはどうしようか? 既製品のアクセサリーを買って、そこに自作した造形物を付ける感じになると思うけど」

「それは俺が布で自作します。雛人形用の端切れも沢山有りますし」

「それはいいね。クォリティすごそー」

 

 小物や造形品もどんどんアイデアが出され、ほとんどアキラさん、ミヤコさん、新菜君の三人で決まってく。

 僕が意見を出すタイミングはほとんど無い。

 

「靴は既製品で白のストレートチップ。それ以外は選択肢ないね」

「そうですね。インソール厚めにして、つま先の詰め物でサイズを誤魔化す感じになります」

「シークレットシューズだったら背も高くなるし良いよ。ちょっと値は張るけど、七、八千円で買える。材料費考えたらむしろ安上がりだよ。あとヒール用のかかとストッパー入れといた方がいいかも。今回まりんちゃん、結構歩くでしょ」

「そんなのあるんですか。調べてみます!」

「それとメイクは――」

 

 結局、小一時間程度で、レイの衣装とメイクの三面図は完成した。

 男装、造形それぞれのエキスパートに〝作務衣の仕事人〟がコラボすると、打ち合わせからしてハイレベルだ。

 僕はほとんど一言も発しないまま、ここまで終わってしまった。

 

「さて、レイの衣装の生地は実物を見ないとね……。あまね君の部屋は池袋まですぐに出られるから、ほんと助かる」

「立地条件も最高。いい部屋だよ。とはいえ――」

 

 この打ち合わせが終わったら池袋に行って買い物をする。

 時間はたっぷりある。だけど……。

 

「――せっかくだし、次のヤツを片付けてから、だね」

 

 その言葉に合わせるように、新菜君はカバンを開き、全く別の三面図が描かれた用紙を、やはり四枚取り出した。

 

「いよいよあまね君の出番だね!」

 

 ここからは僕も、頑張らなきゃ。

 

 

 




続きます。
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