メイクなど、準備をがんばります。
新菜君の高校は文化祭の二日目を迎え、僕たちはステージイベントの開催をこれからに控えた体育館に居た。特別席を確保してもらっているので、場所の確認のためだ。
生徒たちはまばらで、二年五組のみんなの姿は見えない。【ミスコン】の準備で忙しいんだろう。彼らは昨日も今日も連続で頑張ってる。本当に団結力がすごい。
昨日の文化祭初日は模擬店やアトラクションなどの出し物がメインで、学校発行のチケットを用いた売上競争をやってた。
僕も新菜君の二年五組を応援しに行ったけど【ロシアンルーレットたこ焼きⅡ】はすごく繁盛してた。
模擬店を仕切ってるのは
去年はハズレとしてワサビ入りを用意してたらしいんだけど、それだと客の食欲を本気で煽りにきてるカレーとかのメニューには勝てなかったんだそうだ。
今年はその反省から、ハズレではなく、ハラペーニョソース、照り焼きチキン、めんたいチーズなどの普通に美味しい変わりダネを必ず二個入れるようにしたら行列が出来るほど大盛況になったらしい。
去年のライバルのクラスにも勝って、初日で売上トップを獲った。
明けて二日目の今日、いよいよ人気の【ミスコン】が開かれる。
今年は特別枠が学外にも宣伝されてるから、主にまりんちゃん目当ての予約が殺到したみたい。
ミスコンは体育館で行われるんだけど、学外のお客さん用の席は完全に満杯だった。僕たちは招待席なので一番前で見れるけど、他のお客さんは二階をびっしりと埋め尽くすくらいに入ってる。
この状況を見越して予め完全予約制にしていて、しかも予約が取れず来校できなかった人たちのために動画配信まで準備しているんだから、この学校の生徒会、すごく抜け目がない。
「姫を、この距離で……正気保てるかな……」
「これだけ人気なイベントで最前列って、贅沢ですよね」
「それだけの働きはするからね。遠慮なく楽しもうよ」
「私はあまね君のクローゼット見れなかったから、その分もここで補給しなきゃ……」
「涼香、まだ根に持ってるの……」
ミヤコさんにアキラさん、それに涼香さんもゲスト席が確保されてる。
涼香さんは初回の打ち合わせは来れなかったものの、その後はずっと手伝ってくれた。でも僕のクローゼットの衣装を見たことをミヤコさんから聞いたときは、その場に居なかった自分を呪ってこの世の終わりのような顔をしてたらしい。
あの日以降、【特別枠】組の集まりはミシンを使うことが多かったから、機材の揃ってる新菜君の家でずっとやってた。涼香さんは結局僕のクローゼットを見ることができないまま今日になっちゃったんだ。
しょうがないなあ、なんとかするか。
「じゃあ、大人組の打ち上げは僕の部屋でやりましょうか? 僕、バイトでバーテンやってるから簡単なカクテルなら作れますし」
「えっ、本当⁉ でもあまね君の部屋に限界オタ三人で押しかけるなんて……警察に捕まらない?」
「あはは。でも泥酔して衣装汚すのはNGでお願いしますねー」
そんな話をしてると、反対側からつつかれた。
「高校の文化祭なんですから、真っ昼間からお酒の話は慎まれたほうがよろしいかと」
ジュジュちゃんだ。
今日のゲスト席には彼女も招待されてる。
彼女は健星君の衣装の監修をやっていたけど、それと同じくらい特別枠にも力を貸してくれてた。
ジュジュちゃんはびっくりするくらいの美少女だ。
小柄な身長に対して頭身も輪郭も日本人離れしてるし肌も驚くほど奇麗。
だから補正や加工なしでもめちゃくちゃハイクォリティなコスが完成しちゃう。
同じくらい美形のまりんちゃんとはとても相性が良く、まりんちゃんの素材を引き立てるコスメイクについてはジュジュちゃんのアドバイスがとても役に立った。僕も勉強になったくらいだ。
ちなみに今日のジュジュちゃんはサングラスをしてる。
彼女ほどフォロワーが多くてしかも無加工なレイヤーだと顔バレする可能性が大だ。仕方ない。
「ジュジュちゃんも来ない? 打ちあーー」
「行きません」
涼香さんの誘いにジュジュちゃんは食い気味で即答した。
当たり前だ。ジュジュちゃんもまだ高校生なんだから、お酒の席に呼べる訳がない。
「ジュジュちゃん、まりんちゃんのクラスの打ち上げも参加しないの? 片付け後にやるって言ってたよ」
ミヤコさんがジュジュちゃんに訊いた。
あまり人とつるむ印象のないジュジュちゃんだからこれにも速攻で拒否るかな、と思ったけど、意外なことにジュジュちゃんが黙った。心なしか顔が赤い。
「……彼らにプリンセスリリィを薦めたのは私です。見届ける責任があります。打ち上げも反省会の意味があると聞いてます。かっ、監修した人間として意見を述べて、次回につなげる義務があります……」
なんかブツブツと自分に言い聞かせるように説明してる。
なんにせよクラスの打ち上げにはすでに誘われてて、本人も行くつもりらしい。ジュジュちゃんもどんどん世界を広げてるんだなー。
「それに、
ああそっか。
ジュジュちゃんの妹・心寿ちゃんは特別枠の支援者にはなれなかった。
彼女はジュジュちゃんの写真をとても上手に撮るスキルを持ってる。それにコスプレイヤーとしても僕たちと合わせを経験したり、どんどん成長してる。今日もまりんちゃんや健星君のコスを生で見たかったはずだ。
でも彼女自身は経験が浅いし技術もこれからだ。だから今回のサポート役としては認められず、ゲスト席もとれなかった。
本人はすごく残念がってたらしいけど、今は自宅の万全のネット環境で配信を待ってるんだとか。
参加できない分、観覧後の感想をまりんちゃんたちに直接伝えたいんだろう、打ち上げに行きたいと言っていたらしい。
ジュジュちゃんはとても妹想いなので、打ち上げに一人きりでは参加できない心寿ちゃんを思いやった結果なんだと思う。
「さて、と。観覧席は確認したし、私たちの仕事をしに行こっか」
「そうだね。被服準備室だったっけ?」
ミヤコさんが席を立って、みんなそれに続いて目的の教室に向かった。
僕たちは特別席が確保されてるけど、ずっと観覧しているわけじゃない。むしろ僕たちは新菜君とまりんちゃんのサポートをしに来たんだ。
とはいっても着付けとメイクまで終わってしまえば後は仕事がないので、健星君の出番には余裕で間に合う予定だ。
目的の部屋の隣は、被服室だ。
ここでは五組のみんなが作業をしてる。中から賑やかな声が聞こえる。
頑張ってるなーと思ってると、ちょうどドアが開いた。中の様子が見える。
「あっ、姫野さん! お疲れ様でーす!」
「お疲れ様です!」
ドアを開けた大空ちゃんたちが挨拶してくれた。
中では応援の練習をしていて、奥では瑠音ちゃんたちが健星君にメイクをしてる最中の様子。
「こんちはー。どんな感じ?」
「こっち来て見てくださいよ!」
「あっ、ダメだろバカ。減点になるじゃねーか」
五組の生徒が中に誘ってくれるが、もう一人の子がすかさずたしなめる。
そうなんだよね。
部外者が作業現場に立ち入るだけで減点になっちゃう。
よく見ると廊下に生徒会のスタッフが監視してる。なかなかルールに厳しい。
「応援してるからね!」
「みんな頑張って!」
声援を送る。
ジュジュちゃんもサングラスをとって目だけでエールを送る。健星君が一瞬顔をそちらに向けて頷いた。
みんなも歓声で答えてくる。すごい熱気だ。
すぐ横の被服準備室をノックすると、中から『どうぞ』と声が返ってきた。こっちの部屋は僕たちが入ってもお
「お疲れ様。これ差し入れ」
「ありがとうございます」
アキラさんが新菜君にお茶とチョコレートを渡した。
奥を見るとまりんちゃんが椅子に座ってる。上下ジャージ姿だ。胸がぺたんとしてる。補正下着は着用済みらしい。
「おつでーす!」
元気な挨拶が返ってきた。途端にアキラさんが固まる。
「姫っ……! すっぴんの姫……! 可愛い……!」
涼香さんがすかさず背中を擦って
「メイクの準備はできてるの?」
涼香さんが訊いた。新菜君は奥のテーブルの方を見ながら答えた。そこにはメイクの道具がきちんと並べられてる。
「はい。いつでも始められます。メイク先にやりますか?」
「衣装を汚さないよーに、ジャージも着てますよ!」
さすがに新菜君、手際がいい。でもミヤコさんは首を横に振った。
「まず、ポージングを確認しよう。これまであまり広いところで確認できなかったから」
「今回、暦ちゃんを追いかけるシーンがありますからね」
「それに最後、長いウォーキングがあるでしょ? レイらしく歩くのに慣れておかないと」
今回の特別枠は、各クラスのミスコンとはだいぶ違う。
各クラスのものは、それぞれ持ち時間が三分程度だと聞いてる。
司会がアナウンスし、ステージ
それに対して、特別枠は時間がトータルで十五分程度設けられてる。
司会アナウンス後、寸劇が約五分。次いで司会紹介、質問タイムが三分ほど。アピールタイムが一、二分。最後はステージと体育館内をウォーキングする時間までとってある。
その寸劇の構成は、新菜君とまりんちゃんが作った台本ではこうなってる。
まずステージ
原作漫画の展開をほとんど再現仕切っていて、盛り上がること間違いなし。
ミヤコさんは立ち姿や歩き方はもちろん、髪のかきあげ方、振り向き方まで細かく指導する。
追いかけて抱きしめるシーンもクライマックスなだけに何度も練習した。
練習の暦ちゃん役はジュジュちゃんが適役だったんだけど当然のごとく拒否された。アキラさんは卒倒しちゃうだろうし、男の僕はいろいろとまずい。なので今は涼香さんがその役を引き受けてる。
抱きしめられる度に『私も姫って呼んでいいのかな』とか『あっ、またトびかけた……ちゃんと正の字書かなきゃダメだよね』とか不穏なことを口走る以外は、ちゃんと暦ちゃん役をやり切ってくれた。
「衣装を着たあと、また通しで練習しようね」
「ヒュー! 本格的ー!」
「メイクの前に肌を整えなきゃいけないわね。五条新菜、お願いしていいかしら? 私はメイクの支度をするわ」
「はい、もちろん」
結構動いたので、まりんちゃんも少し汗をかいている。
タオルとデオドラントで汗を処理して、メイクの下準備に入る。
「元会長は一緒に練習しなくていーのかな?」
新菜君に背中を拭いてもらってるまりんちゃんが訊いた。
新菜君が一瞬、手を止めた。その後何もなかったかのように答える。
「元会長は練習しなくても大丈夫、とおっしゃってました。それに、一回きりのほうが感動も大きいからって」
「あーね。それもわかる!」
タオルを手にした新菜君が席を立った。代わってジュジュちゃんが丸椅子に座る。
これから彼女がベースメイクを施術する。
麗様は男装だけど本来女性キャラだ。あまり陰影をくっきりさせずに、女性らしさを残さないと雰囲気が出ない。
その点、まりんちゃんはもともと容姿端麗でしかも大人っぽい表情もできるというハマり役だ。だから素材を活かし、照明の下でも映えるメイクをしてあげれば自然と光り輝く。
「あなたの肌はとても――奇麗だわ、喜多川海夢」
ジュジュちゃんがまりんちゃんに語りかけながら化粧下地を塗っていく。
奇麗と言われたのがよっぽど嬉しいのか、まりんちゃんが泣きそうな顔をしてる。
「泣いたらやり直しじゃないの。泣くのはステージ後まで我慢しなさい――今回のコスは髪色も明るい金だし、いつものあなたに近いわよね。雑誌のあなたを参考にするわ。撮影のときはコントロールカラーつけてるの?」
「ぐすっ、いや、つけてないですねー」
正直言って羨ましい。
僕も肌質には気を使ってるけど、どうやっても男性としての限界で、ヒゲも生えるし角質は厚くなっちゃう。ゴツゴツとしたところが出ちゃう。コンシーラーやカバーファンデに頼らないと奇麗な肌は作れない。
ジュジュちゃんとまりんちゃんのは、美少女だからできる、美少女の輝かせ方。ずるいなあって思いながら見てたら、自然にほーっとため息が出た。
「ステージ照明は上からだけじゃなくて、正面からも入るのよね?」
「はい。照明スタッフがちゃんとやってくれるみたいです」
「じゃあローライトを入れたほうがいいわね」
ジュジュちゃんがフェイスラインにシェーディングを薄く入れた。強い照明の中でも輪郭をはっきりと出すためだと思う。そしてブラシで顔の中央部分にハイライトをのせていく。
ほんのりと光沢が加えられたまりんちゃんの肌は一段と瑞々しく映った。
美少女同士の静謐なメイクはなんだか背徳的で、とても絵になる。――なんて思っていたらシャッターの音が聞こえた。涼香さんだ。感じることは同じだったみたい。
目蓋にも丁寧にハイライトを乗せていくと、もともと存在感のある目元がさらに鮮明に浮かび上がった。
続いて柔らかくチークを入れたところで、ジュジュちゃんが手を止めた。
「ここから先のメイクは、五条新菜、任せたわよ」
新菜君がジュジュちゃんと交代して丸椅子に座った。
新菜君は手ぬぐいを額に固く巻く。
目を瞑り深呼吸を一つ入れて、次に目を開いた時、新菜君はもう別人だった。
新菜君がリキッドのアイライナーを手に取る。
筆を目頭に当てる。
ジュジュちゃんが作り上げた下地に鮮やかな黒が走る。
躊躇いなく線を引いていくその手つきは、まさに職人のそれだ。
ジュジュちゃんのメイクが見惚れてしまうものだとすれば、新菜君のメイクはその筆
声が出せない。
まりんちゃんの表情もさっきとは別物で、もう言葉は要らないんだろう、唇を柔らかく閉じたまま、新菜君に身を委ねている。
瞬きすら忘れそうになるほど見入っていると、たちまちのうちにつけまつ毛を着け終え、マスカラを乗せていった。
アイブロウを流れるように描き終えると、新菜君は最後にリップブラシを手に取った。
薄桃色の口紅を左手に、ブラシの毛先を口角に置いた。
新菜君は必ず最後に唇を塗る――雛人形と同じように、流行りのメイクとは全く異なるやり方で。
筆が中央へと滑らかに動いていくと、上唇が生き生きと縁取られた。
反対側の口角からも同じように薄桃色が塗られていく。次いで下唇へと、研ぎ澄まされた集中力で新菜君は筆を動かしていく。
やがて唇全体が艶めき、規則正しく繰り返される筆運びが、まるで脈打つ鼓動のように唇に映し出されるようになったところで新菜君は腕を止めた。
薄桃色に彩られた唇が僅かに開き、同時に柔らかく閉じられていたまりんちゃんの目蓋もゆっくりと開いた。〝鴻上麗〟という架空の存在が命を吹き込まれ、目覚めるように。
「――三人とも、お疲れ様」
アキラさんが沈黙を破った。同時にみんながほーっとため息をつく。
「いやー眼福眼福」
涼香さんも笑顔で手を叩く。
緊張が解け、それぞれが仕事を再開した。
まりんちゃんにはジャージを脱いでもらい、ドレスシャツとスラックスまでは自分で着てもらう。
衣装とアクセサリーを点検しながら身につけ、その状態でウォーキングのチェック。
衣装に問題はないことを確認したら、いよいよ体育館のほうへ向かう。
出番まで人目に触れないように、ケープを被せて移動する。
校長室が体育館に近いところにあるので、ありがたいことにそこを控室に使うようにと校長先生が気を利かせてくれてるんだそうだ。いい先生たちだなー。
「俺たちは生徒会と最終打ち合わせしてきますので、ここで一端お別れです」
「また体育館でね!」
新菜君と僕、アキラさんはこれから生徒会室に行く。
涼香さん、ミヤコさんとジュジュちゃんがまりんちゃんに付き従って校長室に向かう。
「じゃ、新菜君、あまねさん、それにアキラさん。行ってきまーす!」
まりんちゃんが元気いっぱいでこっちに手を振る。僕たちも手を振った。
アキラさんだけは祈るように手を組んで目を潤ませている。また泣き出しそう。
「あー、楽しみ! 健星君のシオンたんが見れないのだけが残念だけど、今年は録画もあるし絶対後で観ようー!」
まりんちゃんは外部の人も観に来て、配信だってされるステージのメインイベントの主役。
これから大勢に注目されるのに、まったく緊張した様子もない。
「ミヤコさんたちにポージングやってもらってめっちゃ楽しかったし、ジュジュサマと新菜君にメイクしてもらってガチでドキドキした! なんかあたし、既に今がもー最っ高に楽しい! ステージでキンチョーするとか泣くとかなんて微塵もありえないんだけど!」
新菜君がそれを聞いて苦笑する。
僕も新菜君がこの間、通話で言ってた罪悪感の意味が解った。
ごめんね、まりんちゃん。
一番ドキドキするのは、やっぱりステージの上だと思うよ。
次回、ステージが始まります。