【外堀物語】   作:Halnire

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ステージ開幕です。


姫野あまね  5:ステージⅠ

 

『――さん、めっちゃ可愛いパフォーマンスありがとうございましたー!』

『次は、三年五組の――』

 

 体育館の大歓声は外まで聞こえてきた。

 扉を開くと、照明を落とされた館内は喧騒と熱気で別世界のようになっていた。

 開会前は気づかなかったけど、ステージの両サイドには大きなスクリーンが取り付けられていて、動画配信用の映像がリアルタイムに映し出されている。カメラマンも複数の人が居て、ステージ下だけじゃなくステージ上で出場者間近からも撮影してる。

 素人目に見てもこれ、かなりお金かかってるんじゃないかな……。

 

「お疲れ様です!」

「お疲れ様! いよいよだね」

 

 指定席に戻ってくると、ちょうどすぐ近くに二年五組のメンバーたちが応援グッズを手に集まっていた。生徒会の計らいらしく、僕たちの近くに割り当ててくれたみたいだ。

 

「準備はバッチリですか?」

 

 大空ちゃんが問いかけてきた。楽しみで仕方がない、っていう顔をしてる。

 

「うん、完璧。まりんちゃんは時間になったら校長室から生徒会スタッフがエスコートしてくれるよ」

「そーなんですか。あれ? 五条君は一緒にいないんですか?」

「ああ、新菜君はまだ生徒会室に居ると思うよ。今は最終確認してると思う」

「ふーん。海夢のエスコートするんだと思ってた」

「ははっ、でもそれだと、一番いいポジションからまりんちゃんを観れないからね!」

「あっ、そーか! だからエスコートも代わってくれてるんだ」

「うちの生徒会ってそんな優しかったんだねー」

 

 僕は苦笑いしそうになるのを抑えた。

 新菜君が今何をやってるのか、クラスメイトも知らない。知ってるのは生徒会と僕たちサポートメンバーだけだ。

 

「健星君のポージングもオッケーかな?」

 

 僕も大空ちゃんに聞いてみた。

 自信満々の笑顔が返ってきた。

 

「モチです! あまねさんレベルはムリですけど、かなりいー感じですよ!」

 

 大空ちゃんの隣に居る乃羽ちゃんが続いた。

 

「メイクもバッチリですよー! 健星君、頑張ってスキンケアしてくれたから!」

「そうそう、毎日お風呂上がりに化粧水ちゃんとやったって言ってました!」

 

 僕が大空ちゃんたちとそんな話をしてると、その横から男の子たちがこちらに話しかけてきた。四季君と村上君だ。

 

「姫野さん、お疲れ様っす」

「こんちはっす」

 

 どうやら健星君の最後の準備をしてきたらしい。手応え十分って感じの表情だ。

 

「上手くいってるみたいだね」

 

 村上君に話しかけると、彼は照れ屋なのか、うつむきながら一言、うす、と答えた。

 四季君は僕の横のほうに視線を向けてる。ちょうどアキラさんのほうだろうか、顔が真っ赤だ。アキラさんはステージを凝視してるから気づいてない。

 彼はそのまま何も話さないままステージを見上げた。何かあったのかな……。

 ミスコンはどんどん進行して行く。

 去年のまりんちゃんのコスプレが与えた影響はとても大きいみたいで、結構凝った衣装が多い。

 男装も格好いいけど女装もみんな可愛い。バニーガール姿の男の子とかも居る。【コスラバ】の〝西蓮寺(さいれんじ)(はるか)〟ちゃんのコスも居た。

 みんな限られた時間と予算の中で精一杯頑張ってる。いいなあ。

 でも、もしも高校生のときにこんなイベントがあったら、僕は出場してたのかな――

『それでは最後のクラス! 二年五組――森田健星さんです!』

 

 過去へと気持ちが沈んでいこうとしたところで、館内に響いた司会の声が僕の意識を引き戻した。

 暗転した会場内に満場の拍手。

 照明がステージ下手(しもて)を映し出すと、そこに可憐なドレス姿が現れた。

 

「リ・リ・ィ‼ リ・リ・ィ‼」

 

 すぐ後ろの二年五組の子たちが一斉に掛け声を上げた。

 振り返ると、めいめいが応援グッズを掲げて声を張り上げてる。

 歓声に迎えられて健星君がステージ中央にしずしずと歩いて行く。

 白いユリの花を模したヘアアクセサリー。すみれ色に輝くショートカットの髪。同色に合わせた衣装はバレエのクラシックチュチュのようだ。

 とても細身で、男の子が着ているなんて思えないほどだ。

 

「すごいね……めっちゃ華奢に見えるよ」

「さすがあまね君……女装アドバイス、パーフェクト……」

 

 隣にいるミヤコさんと涼香さんがそう言ってくれた。僕も上手くいって嬉しい。

 でも衣装を着てる健星君自身はもっと頑張ってる。だって体型補正の下着を着て、胸板も背中の筋肉も、限界まで押しつぶしてるからかなり息苦しいはず。

 

「メイクもすごく上手だなー」

 

 僕も思わず独り言が出た。

 たぶん瑠音ちゃんのメイクだろう。肩幅も首周りも実際より細く見せるため、陰影や色使いにすごくこだわったんだと思う。

 その苦労あって、健星君のがっしりした体格は、ちょっと長身の女の子にしか見えなかった。

 当然、顔のメイクもばっちりだ。

 ちょうどカメラが健星君の顔をアップに捉え、スクリーンにも大写しになった。

 下地作りも僕のアドバイス通り何度も練習したみたいで、舞台用のオレンジコンシーラでヒゲの跡を消して、そこにカバーファンデーションを乗せているから、自然な感じが出てる。

 上からハイライトとローライトを上手く入れて男の子らしいゴツゴツした輪郭が上手く和らげられていた。

 もともと健星君はニキビもなく奇麗な肌なんだ。スクリーン上の彼の顔は、本物の女の子のように見えた。

 テープで目を大きく広げ、上目蓋を引っ張り上げたところに、あまり濃すぎず、長さのあるつけまつげを付けている。

 アイライナーで目を大きく縁取り、目尻を上げて強気な目を表現してる。

 青いカラーコンタクトはかなり大きいものをチョイスしてる。

 涙袋もすごい上手だ。

 正直言ってこれは僕よりも瑠音ちゃんのほうが奇麗に描けてると思う。

 チークは小学生らしく可愛らしいピンク。そして健康的なピンクのリップグロス。

 気の強いシオンちゃんらしく、全体的に唇は横に大きめに描かれてる。中央はしっかりボリュームがあってぷるんとしたツヤが出てるのに、口角は不敵にしっかり上がってる。

 

「衣装の手直しも良くできてるよね」

「補正下着を着た健星君に合わせて調整したんだね。サイズぴったりだよ」

 

 プリンセスリリィの衣装は既製品を使ったと聞いてる。サイズはXLサイズを買ったらしい。

 いくら長身の健星君とはいっても、XLサイズではブカブカになったはずだ。それを不自然にならないように全体的に詰めて調整したんだろう。大変だったと思う。

 新菜君のクラスメイトたちはみんな衣装作りが初めてなのに、新菜君やジュジュちゃんのアドバイスだけで自力で手直しを成し遂げた。

 

「村上君、すごいよね」

「家でも練習したんだって?」

「お、おう……。五条を心配させらんねーしな」

 

 本当にすごいな。

 彼はもともとミシンなんてろくに使ったことも無かったらしい。なのに、今回の新菜君不在の穴を埋めるために、九月に役割が決まってから必死で練習を続けたんだ。

 

「スカートも大きくて可愛いね」

「本当にこれは……すごすぎるよ……」

 

 アニメのプリンセスリリィのスカートは、複雑な立体造形をしてる。

 市販されてる衣装のスカートは入ってる芯が柔らかいので、そのままだと下がっちゃう。とくにサイズが大きくなるほど芯にかかる重さも大きいので可愛く広がらず、ダラっとなる。なのに健星君のプリンセスリリィは、背の高い健星君が着けててもしっかり自己主張してるくらい大きく広がってる。

 白のチュチュも可愛い。アニメから出てきたみたい。

 

「同じ色のレースの生地を探してきました」

「ユザワヤの宇佐見さん、本当に親切だったよね! 芯材の作り方丁寧に教えてくれたー」

 

 ユザワヤのベテラン店員・宇佐見さんは新菜君やまりんちゃんもお世話になってる大変親切な初老の男性だ。

 すごく広範で深い知識を持ってて、初心者にもわかりやすく教えてくれる頼もしい味方。でも、それにしたってここまで上手に作るなんてすごすぎる。

 

「成蘭、マジで器用だよね」

「マジー? 工夫した甲斐があったなー。褒められるとうれしー!」

 

 ここを作ったのは成蘭ちゃん。

 機転が効いていろんな工夫をしてくれる子だと聞いてはいたけど、ここまでやり遂げるなんて。

 

「ねえねえ、健星君、めっちゃ脚、きれーじゃない?」

「長くて細くてうらやましー」

 

 五組の女の子たちから健星君の脚線美にも羨望の声が上がった。

 ここには僕もたくさんアドバイスした。着圧式のスリムタイツの上に、肌色のストッキングを重ねてるんだ。上手くいったみたいで嬉しい。

 いつも歩くときは大股で男らしい彼が、今日は歩幅もめいっぱい小さく、ちょこちょこと内股歩きでステージ中央にやってくる。

 みんな脚に注目するだろうから、ウォーキングは自然にできるまで練習したほうがいいよってアドバイスもした。

 健星君はたぶん身につくまで鏡を見て何度も何度も練習したんだと思う。とっても歩き方が女の子っぽくて可愛い。

 会場に笑顔で手を振っているけど、表情もしぐさも全部、女の子らしくて可愛い。

 

「せーの!」

「健星しか勝たーん‼」

 

 二年五組の声援が響く中、健星君は笑顔をふりまきながら司会の横に立った。

 

「かんわいいー!」

「ガチで可愛い! 二年五組にこんな子いた?」

 

 観客からの掛け声もどんどん大きくなる。

 最後のクラスに相応しい大歓声。

 その中を女性の司会がマイクを差し出しながら健星君に近づいた。

 

『【フラワープリンセス烈‼】の〝プリンセスリリィ〟ですよね! 私、小さい頃大好きで毎週みてました! めっちゃ似合ってますね!』

『すごいですね、最初本当に男子だってわかんなかったです!』

 

 健星君はマイクが無くても聞こえるんじゃないかってくらい大きな声で答えた。

 

『マジっすか! 嬉しいっす!』

『うわっ、喋ると思いっきり男子ですねー』

『あっ、ヤベっ。えっと、私〝二階堂シオン〟です! みんな、よろしくね!』

「かわいいー!」

「こっち向いてー!」

 

 一度、素の口調で喋っちゃったけど、その後はちゃんと女の子らしい話し方を心がけてた。

 もちろん声は低いんだけど、全体的な雰囲気もあってとってもエモい。

 

『盛り上がりも最高潮なところですが! ここでアピールタイム、お願いします!』

 

 司会がステージの下手(しもて)側に()けた。これから健星君のパフォーマンスが始まる。

 健星君は右手を会場のみんなの前に向けて見せた。

 そこには青くきらめくクリスタルのようなものが握られている。それをカメラがアップに写した。〝フラワージュエル〟だ。これもみんなが自作したはず。

 

『プリンセスリリィー!』

 

 健星君はフラワージュエルを上に掲げ、精一杯高い声で叫んだ。

 くるくると軽やかにステップを踏み、ところどころで見得を切る。〝プリンセスリリィ〟の変身バンクを再現してるんだ。

 

『気高きユリの前に』

 

 両手を合わせ、大きく開いた手のひらを会場に向けてユリの花を(かたど)る。

 健星君はシオンちゃんらしい、これでもかってくらいの強気な視線を会場に向け、不敵な笑顔で声を張り上げた。

 

『二度と立てないようにしてあげる!』

 

 沸き立つ会場。少し脚を内股にして、会場に向かってしっかりと立つ。

 

『魔法少女……!』

 

 二年五組のメンバーも一斉に声を張り上げる。

 

『プリンセスリリーィ!』

 

 決めポーズが完成した。同時に体育館を大音響の歓声が埋め尽くした。

 

「やだマジであの子、かわいい……!」

「今日イチで目立ってるよね」

「普段からそういう活動してる子なのかな……?」

 

 僕たちとは別の特別席からもそんな声が聞こえてきた。外部の人たちにも大好評だったみたい。

 そして僕の隣にいる小柄な彼女の、思わず零れてしまったという感じの称賛の声で優勝は約束されたようなものだろう。

 

「あなたは……本当に素敵よ……プリンセスリリィ」

 

 魔法少女コスには、何より二階堂シオンのコスには、たぶん世界で誰よりも厳しい評価者。

 そんな彼女がずっと目をきらきらさせて見入っているんだから。

 司会が再びステージ中央に戻り、健星君にインタビューを再開した。

 

『すごく可愛いかったです!』

『最後に一言をお願いします!』

 

 健星君はマイクを受け取った。

 スクリーン上の彼の顔は、緊張した様子も全くない。

 

『どーもありがとうございましたー! 俺……じゃなくて私、ガチでコスプレしたの今日が初めてでしたけど、マジで楽しかったです! 今日のミスコンみて自分もやってみたい! って思った人がいたら、絶対やったほーがいいですよ! 応援しますんで!』

 

 ファンデーションの額を汗できらきらさせながら、健星君は一気に言いきった。

 一人称だけあわてて〝私〟に直したけど、ほとんどまんま健星君のしゃべりだった。でもその分、彼の本当の思いがストレートに伝わったと思う。

 会場の人の中にも、コスプレに興味を持った人がたくさん生まれたんじゃないかな。僕も嬉しかった。

 

 そして満場の拍手の中、健星君が手を振りながらステージ上手(かみて)側に()けた。

 

『最後のクラスが終わりました――が!』

『が!』

 

 二人の司会が悪戯な笑みを浮かべてお互いを見た。

 

『今年はこれで終わらないんですよね!』

『はい! 終われません!』

『いよいよ今日のファイナルステージ! しかも私達三年生でさえ未体験のステージです!』

『そうなんですよね! エキシビション枠なんて先輩達からも聞いたことがありません!』

『エキシビション枠は【ミスコン】の拡大版ですが、さきほどの森田君の言葉を借りれば〝ガチのコスプレ〟です!』

『ガチもガチ! 出場するのは、あの人です!』

『プロデュースするのも、同じくSNSを騒がせたことのある、あの〝ゴッドハンド〟の人です!』

 

 会場がどっと湧いた。

 生徒はもちろん、宣伝を知ってやってきた外部の人たちにとっても、一番のお目当てはこの二人なんだろう。

 

『昨年度、一年生だったにも関わらず、圧倒的なクォリティで優勝したんですよね!』

『はい! 去年は【生ホス】の〝麗様〟のスーツ姿で出場してました。私も見てましたけど、ご本人登場⁉ って思っちゃうくらいのクォリティでした!』

『モデルさんも衣装もメイクも、上級生としてのプライドとか悔しさとか感じてる余裕もないくらいレベルが違いすぎましたからねー』

『今では知名度もすごいことになりました』

『なので今年は、そんなお二人を完全別枠で、全力を出し切っていただこうという企画です!』

『準備もできたようです。それでは――』

『〝喜多川海夢〟プロデュースド・バイ〝五条新菜〟‼』

『【生徒会長はNo.1ホスト】より〝オープニングセレモニー・アフター〟です‼』

 

 会場から歓声が上がったけど、直後に体育館全体が暗転したのに合わせて一瞬で静まり返った。

 みんなの期待がひしひしと伝わってくる。いよいよだ。

 コツコツと靴の音が響いた。

 舞台下手(しもて)にスポットライトが当たると、そこに現れたのは、普通のワンピースの女の子。

 

「誰……?」

 

 会場から戸惑いの声が聞こえる。

 女の子が口を開いた。

 特別枠の出場者はピンマイクをつけているらしく、声がはっきりと聞こえる。

 

『せっかく麗様にご招待いただいたのに……私、こんな格好じゃ場違いだったんです……!』

 

 そう一言発して、ステージ中央まで走る。

 スポットライトが追いかけた。会場がざわつく。

 中央で構えていたカメラがその姿をスクリーンに大きく映し出した。

 

「あれ、【生ホス】の〝暦ちゃん〟じゃない?」

「オープニングセレモニーのシーンだ!」

「今年って演劇っぽいことやるんだね」

「テンション上がってきた!」

 

 生徒たちも初めての経験で期待を隠しきれないようだ。

 振り返ると、二年五組のみんなもステージを凝視しながら口々に感想を言ってる。

 

「あれ、元生徒会長だよね……」

「元会長って眼鏡外すと、暦ちゃんハマり役かも」

「すげえ……なりきってるんじゃね?」

 

 さっきまで会ってたばかりなんだけど、舞台に上がると暦ちゃんの雰囲気がさらによく出てる。

 とにかくめっちゃ楽しそうなのは間違いない。

 その元生徒会長がステージ中央、三十センチほどの高台から会場を見渡すようにして再び口を開いた。

 

『私……絶対、麗様に恥ずかしい思いをさせてしまったに違いありません』

 

 そしてうつむく。嗚咽が聞こえる。

 

『もう、消えてしまいたいです。こんなちっぽけな私、居なくなればいいんです……』

 

 元会長さん、ガチの演技に入っちゃってる。

 隣を見ると、ミヤコさんがアキラさんの手を握りしめてる。

 アキラさんは目が潤んでる。

 涼香さんの呼吸はすでにハァハァ荒い。

 

 会場全体が見入ってる中、もう一つのスポットライトが再び下手(しもて)を照らした。アキラさんの叫び。

 

「姫‼」

 

 金色の輝きがそこにあった。

 観客席を正面に、静かに(たたず)んでいる。

 

「麗様!」

「麗様だ!」

 

 会場から次々と声があがった。二年五組の生徒たちも声を合わせる。

 

「まーりーん‼」

「麗様ー‼」

 

 どよめきが悲鳴に変わり、会場を埋め尽くした。

 

「えっ待って! あの衣装はまさか……‼」

「うわああああああ」

「その色はズルい! 聞いてない‼」

 

 金髪のレイが(まと)うそれは、シャンパンゴールドのフロックコート。

 白でもなく銀でもなく、淡い金色の長衣だった。

 特別な場に相応しく豪華絢爛でありながら、シンプルで上品な色。

 新菜君が徹底的に考え抜いた結果、選ばれた色。

 控えめな性格の鴻上麗なら、これしかないという色。

 そんなサテン生地を慎重に裁断し、ラペルも含め裏地まできちんと縫製された本物仕様に近いジャケットだ。

 それは白いライトを反射してもむやみにギラつかず、重厚感があって、落ち着いた印象の〝レイ〟らしい華やかさを表現してる。

 ピークドラペルの縁はブラウンゴールドのパイピングをあしらわれ、アクセントになっている。

 同色のベストの下にはホワイトシルバーのアスコットタイ。これも複雑なエンボス加工の生地を丁寧に縫ったもので、上品な光沢と生地の模様が調和されていて目に鮮やかだ。

 シャツは市販品ベースだけどサイズは新菜君がまりんちゃんにぴったりなものを選んでいて、そこに光沢のあるサテンホワイトの生地でウィングカラーとダブルカフスを取り付けて原作の雰囲気そのままのドレスシャツを作り出した。

 ジャケットの袖から覗くカフスの長さも絶妙だし、首周りもまりんちゃんのきめ細やかな白い喉が一番奇麗に見えるように調整されている。

 

「ステージ映えも完璧! ――いやマジで感動だねこれは!」

 

 スーツやシャツのサイズやバランスについても、ミヤコさんのこだわりが光っている。

 男装については一歩も譲らず、徹底的に監修してくれたんだから喜びもひとしおだろうな。

 

「ゔゔっ……姫……がわいい! アグゼも似合っでるっ……! 奇麗……!」

 

 アキラさんが泣き出す一歩手前だ。

 ミヤコさんが自分もステージを凝視して顔を紅潮させながらも、片手でアキラさんを(なだ)めるという器用なことをしてる。

 まあでもアキラさんが泣きそうなのも仕方がないかなと思う。アクセサリーの類は全部、新菜君とアキラさんの熱い思いが詰まった自作品だからだ。

 アスコットタイを留めるネクタイリングは原作通りのデザインで、遠目にも判るくらい大きな花の意匠が彫刻されている。

 これは銀粘土を固め、新菜君が彫り出したものをアキラさんが丁寧に焼成した。指輪も同じく銀粘土による自作品。

 シャツの袖を飾るカフリンクスは、市販品の土台にやはり彫刻した銀粘土を後付したもので、そこにはUVレジンモールドで作った虹色の宝石が取り付けられてる。

 そして特に、胸元に咲く大きな花――ラペルに取り付けられたチェーンブローチが観客の目を惹き付ける。

 これは土台こそ既製品だけど、花の部分は新菜君が雛人形用の正絹生地の布を縫い合わせて作り上げた一点もののハンドメイドだ。花弁の一枚一枚が、色も、織りも異なっている。

 カメラがその花をアップにすると、スクリーンに映し出されたそのあまりにも精緻な造形に、観客が大きくどよめいた。

 カメラの移動によって光の角度が変わると、それに合わせてテクスチャが変わる。色も変わって見える。なのに全体で見ればそれは間違いなく高貴な花――たった一輪で気高く咲く虹色の薔薇だ。

 ホストクラブ【レインボーローズ】のナンバーワンだけに許された証。

 

「カッコいい……!」

「麗様――‼」

「結婚して――‼」

 

 黄色い悲鳴っていうんだろうな、こういうの。

 まりんちゃんは大歓声を受けて髪をかきあげた。

 スクリーンに彼女の横顔が大写しになった。

 まりんちゃんがカメラに合わせてすこし正面を向くと、ジュジュちゃんと新菜君が渾身の化粧を施した顔が、ステージ照明の中でくっきりと浮かび上がった。その途端、一瞬で絶叫が静まり返り、聞こえるのはため息だけになった。

 目鼻立ちの一つ一つとっても、全体の造形も、それはもう神様の手によって作り上げられた芸術品のよう。

 一度目を止めてしまったら、声を出すことすら忘れてしまう――まりんちゃんの天性、ジュジュちゃんの繊細な感覚、新菜君の巧の業。まさに三位一体で生まれた〝麗様〟の美貌は、観客全員をそうさせるだけの力があった。

 その静寂の中、鴻上麗に扮したまりんちゃんがステージ中央の暦ちゃんへと歩みを進めようと、向きを転じる。

 その仕草に伴ってジャケットが大きく翻った。

 ちょうど構えていたステージ下カメラが上衣の裏地を捉えた。

 

「花柄だ!」

「桜――かな?」

「あえて裏地に⁉」

「エモい……!」

 

 息を吹き返したみたいに、観客から再び驚きの声が漏れた。

 僕も同感できちゃうな。

 今回の衣装は文化祭後に展示品になるからということで、ステージではほとんど見えない裏地までこだわって作ることにした。

 でも完成品を見たまりんちゃんが『絶対観客にアピールしたい!』って言ってこの演出を入れたらしく、こうして観客の目に触れることができたわけだけど、それだけのことをする価値がこの裏地にはある。

 新菜君がミヤコさんと話し合い、宇佐見さんに探し出してもらった生地だというその図案は、藍色の地に茶色の枝、そして(かす)かに紅色を帯びた白い花。

 モチーフは〝ヒガンザクラ〟。

 

 ――麗様がもし自分自身を表現する花を選ぶとしたら、それは薔薇ではないと思うんです。

 

 新菜君は真剣な顔でそう言った。

 ナンバーワンホストとしての〝レイ〟に相応しい色と花。その裏に、普段見せない本当の〝鴻上麗〟を忍ばせる。

 そこに新菜君たちが注ぐ思いがあった。

 白のシークレットシューズで背丈も高くなり、背筋を真っ直ぐにして歩を進めるまりんちゃんはまさに〝男装の麗人〟って感じだ。

 そのまりんちゃんが扮する〝レイ〟が足を止めた。

 スロープの途中、ステージ中央の台上まであと一歩。

 

『暦!』

 

 レイが元生徒会長の扮する暦ちゃんに向かって声を張り上げた。

 

『許してほしい……! 暦の気持ちも知らないで……私は……!』

 

 暦ちゃんが首を横に振りながら答える。

 

『私、麗様に招待していただいてのぼせ上がっていたんです! 文字通り社交辞令だってことくらい、解らなきゃいけなかったのに……!』

 

 あの元生徒会長って人、迫真の演技だなあ。

 まりんちゃんもテンション上がってきたみたいで、表情が完全にレイになっちゃってる。すごく楽しそう。

 

『そんなことはない……! 私は本当に暦に来てもらいたかっただけなんだ!』

『あんな素敵なセレモニー、私なんかが行っていい場所じゃなかったんです……! 場所だけじゃない、ご出席されてた女の人たちだって素敵な方ばかりで、私とは住んでる世界が違います!』

 

 レイがスロープを登りきった。

 暦ちゃんの肩に手を伸ばすと、その肩がびくっと跳ねた。あれはたぶん演技じゃなさそう。

 

『私はそんな世界の人間なんかじゃない!』

 

 一声叫ぶと、レイは暦ちゃんの背中に手を回し、抱き寄せた。

 会場から絶叫。

 

『素の私……ホストの〝レイ〟でもない、生徒会長の〝麗様〟でもない、ただの〝鴻上麗〟が戻れる場所は、暦だけなんだ……!』

 

 そう言って、レイは上衣で包み込むようにして暦ちゃんをしっかりと抱きしめた。演出的には『裏地に隠した本当の〝鴻上麗〟が〝三島暦〟を求めた』って解釈なのかな。

 やばい、観てるこっちも感情移入して泣きそう――それに、罪悪感で胸が少し痛い。

 

 こんなに頑張ってレイになりきってるまりんちゃんを騙してるみたいで――。

 

 ステージ上では、そのまま暫く抱き合ったポーズだった二人だけど、まもなく暦ちゃん役の元生徒会長のほうから身を解いた。

 

『あれ? ちょ……』

 

 〝レイ〟のまりんちゃんは一瞬、素に戻ったみたいだ。

 本当なら二人はこのまま手をとりあってステージを降り、体育館内の通路をウォーキングする段取りだって聞いてる。

 だけどここで〝暦ちゃん〟が台本にないセリフを言った。

 その顔は紅潮して満足気だ。

 

『ありがとうございました。私はもう、十分です――〝麗様〟。でも、身を引いているのは、私だけじゃないんです』

 

 暦ちゃんはレイの耳元に顔を寄せて、何かささやいた。

 たぶん、『追いかけてきてはダメですよ』と伝えたんだと思う。

 

『誰よりもレイを想っているのに、レイのために体を張って引き立て役になりきろうとする〝あの方〟にだって、私は報われて欲しいんです』

 

 そう言って暦ちゃんは少しずつ、舞台の上手(かみて)側へと下がっていった。

 何が起こってるのかわからないという表情で台の上で立ち尽くすレイに、暦ちゃんが最後の一言をかけた。

 

『どうか〝あの方〟と、お幸せに』

 

 スポットライトがステージ下手(しもて)側に降り注いだ。

 会場がどよめく。

 上手(かみて)側に去った暦ちゃんを呆然と見送ったままのレイが、そのどよめきに釣られるようにして振り返った。

 その視線の先から、靴の音が響く。ハイヒールの音だ。かつん、かつん、と鳴る音は、決して小柄な女性の足音じゃない。

 上品には聞こえるけど、重量感のある響き。

 

「えっ?」

「何が始まんの?」

「聞いてなくない⁉」

 

 二年五組の子たちから驚きの声が上がる。

 大空ちゃんが目を大きく開いてステージ上を見つめてる。

 そりゃそうだよね。ここから先は、彼女たちにだって知らされてないんだから。

 

「は⁉」

「ええええー⁉」

「すごっ……‼」

 

 やがてステージ上に現れたその人影に、会場からは戸惑いとか賛嘆とか、いろいろな感情が混ざった悲鳴が投げかけられた。

 その人影は二メートルくらいありそうな、ものすごい長身。

 シルバーエナメルのポイントトゥハイヒールが眩いばかりの存在感でステージの床を掴んでいる。だから十センチくらいは身長を上乗せしてるんだけど、元の上背が無ければここまでの長身にはならない。

 身に纏っている毛足の長い白のファーショールだけでも、平均的な女性の身長くらいの丈があるだろう。

 そのファーショールから覗くふくらはぎはしっかりと肉づいていて〝なまめかしい〟という表現がぴったりだ。

 そして膝から太ももへ繋がり、銀色にきらめくマーメイドドレスのスリットの中へと消えてゆく。

 そのスカートのヒップは自己主張強く張り出していて、その上へとなだらかに続く、ぎゅっと絞られたウェストとの落差に目を奪われそう。

 さらに上に視線を移動すると目を惹きつけてくるのが大きくV字型に開いた白い胸元で、そこには遠目にもわかるくらいくっきりとした谷間があった。薄く塗られたハイライトがそれを強調して見せている。

 赤い宝石が散りばめられたシルバーのネックレスが色気をさらに引き立てる。

 その谷間に流れ込む大河のように、胡桃(くるみ)色に輝く長髪がゆったりとしたウェーブを描いていて、白い喉元、かたちの良いあごを縁取っていた。

 カーマインで象られた少し大きめの唇は、強い意志を伺わせるようにしっかりと結ばれている。

 高く、通った鼻筋。

 きりりとした切れ長の目には長いまつ毛。

 (とび)色の瞳がステージ中央のレイをまっすぐに見据えていた。

 

『えっ、待って待って……!』

 

 ステージ中央のレイは、今起こってることが信じられないと言うように口元に手をやった。

 それはもう、【生ホス】の〝レイ〟じゃなくて素のまりんちゃんに戻りかけている声だ。

 

「えっ誰誰⁉」

「なんだこれえ、マジで聞いてねえ!」

 

 すぐ後ろにいる二年五組のみんなもざわついていた。

 その中でたった一人、村上君だけが、茫然となりながらも確信をもった声でその人物の名前を叫んだ。

 

(つむぎ)様……!」

 

 そう――舞台に立っているのは、ナンバーワンホスト〝レイ〟のエース。  

 〝紬十喜子(ときこ)〟だった。

 

 

 

 




次話から、少し時系列をさかのぼります。
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