【外堀物語】   作:Halnire

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1:文化祭の企画(前)の続きの話になります。

カラオケでの打合せの日の夜まで、時間をさかのぼります。


姫野あまね  6:文化祭の企画(後)

 

『俺は――紬様に、なりたいんです』

 

 あの日の夜。

 池袋のイベントでみんなに僕のコスを見てもらった日に、新菜君が通話で僕に打ち明けた願い事。

 それがこの始まりだった。

 

 唐突な告白だったから僕も驚いた。

 でもその日のカラオケの最後のやりとりは僕の心にも引っかかっていたから、そのことを僕から切り出してみた。すると新菜君は、通話をかける時点で決心していたんだろう、言いよどむことなく打ち明けてくれた。

 

『俺は、あのとき海夢さんに俺自身の女装を見たいと言われ、恥ずかしくていつものように狼狽(うろた)えていました。でも、菅谷(すがや)さんが俺のことを、そういう性格じゃないと言ってくれました。正直、ほっとしました。でも次の瞬間には、ほっとしている俺自身に気づいて……愕然としたんです』

 

 そこから彼はぽつぽつと、この通話をかけようと決心するまでのいきさつを話してくれた。

 新菜君は『自分がそういう性格じゃない』って自然とクラスメイトに受け入れてもらえてることはすごく嬉しかったらしい。

 でも新菜君は同時に『自分がそういう性格のままでいい』と安心してることを自覚した。

 そこに、まりんちゃんの表情が追い打ちをかけた。

 

 まりんちゃんは新菜君をからかうことがよくある。

 これは僕がまりんちゃんから聞いたことがあるんだけど、困り顔の新菜君の顔が可愛くて大好きでついつい見たくなっちゃうから、らしい。

 だから新菜君は、まりんちゃんの『女装を見たい』という言葉も、からかってると思って真正面から考えることはなかったんだそうだ。

 

 でも今回は、『そういう性格じゃない』と言われて安心してる新菜君の顔を、ひどく寂しそうに見てるまりんちゃんに新菜君は気づいた。

 そこでやっと彼は彼女の本心にも気づいたんだ。

 まりんちゃんが新菜君の女装を見たいと本気で思っていること。

 そして今までもずっと彼女が本気だったということ。

 新菜君自身が『自分はそういう人間じゃない』と決めつけてしまっていることを彼女が寂しく思ってること。

 

『海夢さんに出会うまでの俺は、人前で目立ったり、賑やかな所に行ったり、流行りの物をみんなと追いかけたりというようなことを、自分にはできないと思い込んでいました。俺はそんな性格じゃない。俺には相応しくない。みんなには受け入れてもらえない。そう自分自身を決めつけて、小さい世界に閉じ籠もっていたんです』

 

 新菜君は小さいころからずっと雛人形のことしか考えてこなかったと言った。

 雛人形が大好きで、他のものには目もくれなかったと。

 だから『気持ち悪い』と言われたこともあったし、自分は気持ち悪い人間なんだとずっと思い込んでいたと。

 

 ――気持ち悪い。

 

 その言葉は僕の心にもじくじくとした痛みを与えてくる。

 

『でも海夢さんはそこから俺を引っ張り出してくれた。そして今日だって、いつだってずっと同じ言葉をかけ続けてくれていた。なのに俺はその言葉に耳を貸さず、閉じ籠もっていてもいいという解釈を都合良く受け入れていた。それに気づいてしまったんです』

 

 新菜君は止め処なく、まりんちゃんへの思いを語った。

 出会ってからこれまでのことを、まるで一つの物語のように。

 新菜君は自分を狭い世界から軽やかに引き上げてくれたまりんちゃんを尊敬していた。憧れ続けていた。でも決して手が届かないとも思っていた。『ごじょー君が一番だよ』と認めてもらえるだけで十分だと思っていた。夜闇を照らす星を穴の中から仰ぎ見る、地中のちっぽけな虫のように。

 でもその星は彼を、地を這う虫にはさせなかった。

 翅があることを教えてくれた。

 広く高い空を翔んでもいいんだと示した。

 虫はその光に誘われるように飛び立った。

 そのうち彼は自分がちっぽけな虫なんかじゃないと知った。

 憧れの彼女も手の届かない星なんかじゃないと気づいて、もっともっと近くで見たいという気持ちが生まれた。

 やがてそれは、彼女を自分の手でもっと輝かせるという誓いになった。

 彼女そのものを手に入れたいという、彼の本当の願いを押し隠したまま。

 

『俺は、もしかしたら今でも自分に言い聞かせ続けていたかもしれなかったんです。海夢さんを手に入れられなくてもいいと。彼女が輝いてくれるのであれば、他の誰かのものになってもいいと』

 

 でもまりんちゃんはずっと、新菜君と一緒になりたかった。だけど新菜君の頑なな思い込みの前に気圧されて、その勇気が出せなかった。

 新菜君の思い込みを取り除き、まりんちゃんの勇気を呼び覚ますには外からの助けが必要だった。

 繊細で大掛かりな仕掛けと、降り注ぐような称賛とが必要だった。

 

『去年の十二月、ヘアショーの大勢の人たちの助けを借りて、俺は海夢さんと付き合うことができました。あのときかけてもらった善意には、本当に、感謝してもしきれないほど恩義を感じています……。なのに俺は今、海夢さんの言葉に……慣れすぎてしまっています。彼女を手に入れたと慢心しているんだと思います。何かを成し遂げたつもりになってしまっているんです……本当は、まだ何もしていないのに。海夢さんの人生を受け止められるような、何者にも成れていないのに』

 

 そう自分を省みた彼は再び、まりんちゃんの声に真摯に耳を傾けようと決めた。

 何者かに成るために。

 自分自身の意思で、自分の殻を破ろうと誓った。

 

『海夢さんは、絶対に人を無理やり変えようなんてしない。そんな言葉を決して言わない人です。〝その人らしさ〟を誰よりも大切に扱ってくれて、〝その人らしさ〟を守るために躊躇(ためら)いなく体を張れる人ですから』

 

 だから新菜君は、自分からすすんで〝新菜君らしくない〟ことをしようと決めた。

 

『今日、菅谷さんたちは、俺がコスプレを好きか、と訊いてくれました。俺は、好きだ、と答えました』

 

 だけど新菜君は、今まで自分自身がコスプレをしようと思ったことはない。

 

『それで本当にコスプレが好きと言えるのか、魅力をちゃんと解っているのか――俺はもっと、コスプレに真剣に向き合うべきだと考えたんです』

 

 だから新菜君は、コスプレにきちんと向き合い〝自分らしくないこと〟をする。

 【生ホス】に登場する〝レイ〟のエース客〝紬十喜子〟という、絢爛豪華な女性キャラクターのコスプレを自分自身がすることを選んだ。

 

『村上が言っていたことを思い出したんです。原作と違ってもいい。〝紬様〟に幸せになって欲しい、と』

 

 去年の文化祭のミスコンで、クラスのために、まりんちゃんのために力を尽くしたいと強く願い、新菜君は小さく縮こまっていた自分の殻を突き破った。

 そのとき新菜君の想いが〝紬十喜子〟の想いと一つに重なったと感じた。

 大切な人を輝かせるために、自分は傍に居続けるのだと。

 そのためには自分自身は一番でなくてもいいのだと。

 

『文化祭ではクラスも、海夢さんも一番にすることができて俺の役目はそこで終わったと思いました。でも海夢さんは、俺の作った物が一番だと大勢に向けて言ってくれたんです。俺は心からの晴れがましさを覚えました。報われるということがどういうことか、生まれて初めて解りました』

 

 新菜君はまりんちゃんに報いるために、(そば)で尽くすことを決めた。

 それがまりんちゃんの本当の望みと新菜君自身が心の奥底に秘めた願いに気づくことに繋がり、やがて二人は結ばれた。

 この経験で、新菜君は、自分の気持ちを、自分のために表現することの大切さを学んだ。

 

『俺は、俺に大切なことを気づかせてくれた紬様を助けたい。ですが原作のストーリーでは紬様が報われることはないんです。でも紬様に救われてほしい、と願っている人は他にもいるはずだと俺は思いました。それでネットで調べてみたら〝IF(イフ)〟というジャンルがあることを知りました。原作を尊重しながら、原作では描かれなかった話を二次的に創作している方々がいることを知りました』

 

 一呼吸おいて、彼は続けた。

 

『俺は、紬様のための〝IF〟の物語を二次創作したいんです。俺の手で紬様を幸せにすることで、俺自身、もう一度殻を破りたい。だから』

 

 姫野あまねの力を借りたい――新菜君は、あのとき僕にそう願ったんだ。

 

 

 

 




今話が短かったので、次話は明日掲載です。
次話も時系列をさかのぼった話になります。
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