【外堀物語】   作:Halnire

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時間をさかのぼった話 第三弾です。

通話の、後半部分です。


姫野あまね  8:千歳と新菜(後)

 

 

 新菜君はそれから毎日、二人分の衣装や小物を作る作業に没頭した。

 平日も、学校帰りに僕の家に来て採寸したり、女装メイクを練習したりした。

 新菜君の家にも、アキラさんやミヤコさんが訪ねて行っては縫製や小物制作の手伝いをしたらしいけど、あくまで作業の中心は新菜君だ。

 涼香さんが撮ったメイキングの動画を見せてもらったけど、集中している新菜君は本当に職人の顔だ。

 今回はとくに気合の入り方もすごい。

 鬼気迫る表情、ってああいうのを言うのかな。ふだん穏やかな新菜君の顔が、まるで別人みたいに硬質で鋭い感じだった。

 いつもだったらめちゃくちゃ早口でコメントを喋ってる涼香さんが、動画を撮りながら一言のコメントすら入れることができなかったんだから、その場の緊張感が伝わってくる。

 まりんちゃんは何も知らされていないし、今回の文化祭が楽しみで仕方ないから、ほとんど実家みたいになってる恋人の新菜君の家には結構頻繁に出入りしてたらしい。ミヤコさんたちと作業を見守っていたこともよくあった。

 そんな日はまりんちゃんを遠ざけるようなことを新菜君がするはずもなく、彼はまりんちゃんを送った後、一人で深夜まで作業をする。

 たぶん、彼女を喜びで満たしたいという気持ちと、初めてのサプライズプレゼントをする好奇心が新菜君を突き動かしてたんだろう。そんな日が何日も続くことさえあった。

 

 そして文化祭を翌日に控えた夜、新菜君はLIMEの通話を入れてきた。

 新菜君の声は少しも疲れた感じがしなかった。ただ、まりんちゃんにずっと隠し事をしてきたことだけがちょっと負担になってきているようだった。

 でもそれも明日までの我慢。今までの苦労はそこで全部報われるんだ。

 新菜君が通話をしてきたのは、〝紬十喜子〟の衣装を着た新菜君自身を僕に確認してもらうためだ。

 新菜君は深夜まで衣装を作るだけじゃなく、メイクも練習を続けていたし、体型を整えるためにトレーニングもしてきた。

 慣れないハイヒールで自然に長時間歩けるようになるためにも練習が必要だから、新菜君は練習用のハイヒールを買って足元の暗い夜道を歩くということもやっていた。慣れないうちはヒールも折ってしまい、今日までに二足も壊しちゃったという。

 僕はそんな彼の苦労を知っている。でも僕は客観的に、冷静にチェックしなきゃいけない。

 女性らしい歩き方、身のこなし。それが全部できているかを。

 お互いのカメラをオンにすると、新菜君の家のショールームだろう、雛人形の陳列棚のある広い部屋が見えた。

 スマホを壁に立てかけてあるのか、遠目で衣装を着た新菜君が見える。

 

「……どうですか」

 

 新菜君が不安そうに訊いてきた。僕は思わず声が出た。

 

「……うわ――良いよ、すごく、良い――」

 

 そこに立っていたのは、どうみても大人の女性。

 装いも立ち姿も自信に満ちた、ゴージャスな美女。

 きゅっと絞られた細いウェストに左手を添えていて、その長い指は女性らしく閉じられてる。

 今日はネイルが無いから印象は大人しいけど、本番でミヤコさんがパールホワイトの長いチップをつけてくれたらぐっと印象が変わるんだろう。

 ウェストの上下はメリハリがすごく効いてる。

 〝おっぱいNEOsister〟でできた谷間は本物みたいだ。

 お尻もバンって張り出しててカッコいい。

 ドレスの上に不自然な段差も見えない。補正は完璧だった。

 ウィッグのスタイルもばっちりだった。

 ウィッグは結局、まりんちゃん行きつけの美容室で切ってもらい、ウェーブまで整えてもらったらしい。

 新菜君とまりんちゃんの二人を心から祝福してくれている人で、心を込めてやってくれたんだそうだ。

 アクセサリー類もほとんどが自作だ。

 アキラさんが監修して、新菜君が造形した、銀粘土にレジンモールドの赤い宝石をあしらったネックレスと指輪。〝紬様〟らしく情熱を象徴するルビーをイメージしたらしい。

 

「じゃあ歩いてみてよ」

「はい」

 

 新菜君はショールームの中を歩く。

 本番用のシルバーエナメルのハイヒール。それを自然に履きこなしてる。

 僕の指示に合わせて歩くのを止め、脚を揃えて立ってもらい姿勢チェック。うん、すごく奇麗。

 

「髪をかきあげてみて」

 

 顔にかかる長いウェーブヘアーを右手の長い指が横に流す。

 顔の輪郭が現れると、新菜君の顔だとはっきりわかる。

 

「……メイクしてないと、すこし恥ずかしいですね」

「あははっ、そうかもね! その気持よくわかるよー」

「自分の顔の輪郭を、こんなに気にするようになるなんて思いませんでした」

「ヤマトのりが手放せなくなるの、わかるでしょ?」

「ははっ、そうですね」

 

 新菜君とこんな会話ができるようになるなんて、僕だって思ってなかった。とても嬉しい。〝同士〟ができるって、やっぱりすごく心強い。

 

「新菜君、ありがとう」

「えっ、お礼を言うのは俺ですよ。なぜ姫野さんが?」

「それは内緒。でもまだお礼は返せてないんだ」

 

 待っててね。もうすぐ、気持ちを形にするよ。

 

 

 




同時にもう一話掲載しています。
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