【外堀物語】   作:Halnire

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いよいよ新菜のコスが完成します。


姫野あまね  9:文化祭当日準備(後)

 

 

「海夢さんは無事、校長室に向かいました」

 

 生徒会室で、新菜君が元生徒会長に伝えた。

 部屋には元会長と僕、アキラさん、それに新菜君だけだ。

 

「そうですか。いよいよ仕上げですね。楽しみだなあ」

 

 元会長はすでにワンピースに着替えてる。

 髪は地毛らしく、暦ちゃんの髪型に合わせて前髪をカットしてもらったらしい。気合がすごい。本当にこの舞台を楽しみに待っていてくれたんだろうな。

 まりんちゃんはさっき新菜君とジュジュちゃんでメイクを終えた。

 校長室には涼香さん、ミヤコさんとジュジュちゃんが付いていった。

 残りの衣装を身につけて最後のチェックをしているはずだ。

 

「こちらも準備を始めようか」

 

 アキラさんが言った。元会長がそちらに向いて挨拶をする。

 

「当校の文化祭にここまで親切にご協力くださって本当にありがとうございます。おかげ様で素晴らしいものが出来上がりそうで、私、在校生だったときよりもワクワクしてます!」

「あなたのリクエストだと聞いてるよ。あたしも高校のときの生徒会長がこんなに素敵な人だったら幸せだったと思う。こちらこそこんな体験をさせていただいて、お礼を言わなきゃ。本当にありがとうございました」

「まあ……」

 

 アキラさんが頭を深く下げ、元会長が顔を真っ赤にして口を手で押さえた。目が潤んでる。僕もアキラさんと同じ気持ちだったから同じく感謝を伝えた。

 

 そして新菜君のコス準備が始まった。

 生徒会室に設けられている洗面台でまず下準備をする。

 新菜君はヒゲが全然濃くない男の子だけど、朝から何時間も経ってるとすでに毛穴がところどころ、ちょっと目立っていたので剃った。顔の産毛も剃る。

 

「眉毛、本当に全剃りでいいの?」

「はい。完璧にやりたいので」

 

 まりんちゃんは初めてのコスのとき、躊躇いなく全剃りだったらしい。

 新菜君も迷わなかったから、僕は丁寧に眉毛を剃っていった。

 拭き取り化粧水で顔を拭い、短髪だけどネットで毛髪をまとめる。

 リフトアップテープで目の大きさを補正。続いて化粧下地を塗っていく。

 新菜君は男の子にしてはもともと肌が白くキメが細かい。でも今回は舞台メイクをした〝レイ〟とステージ上で一緒になるから、比較されても十分白く見えるように色と明るさを仕上げなきゃいけない。

 コントロールカラーは青みを強くし、ファンデは明るく、ハイライトも広くのせた。

 チークは骨に沿ってピーチピンクを入れ、ぼかす。新菜君は陰影が出やすいから抑え気味にしてある。

 それが終わると目元の化粧へと進んだ。

 新菜君の優しいタレ目はリフトテープで引き上げられ、大きく開かれている。それだけでもそこそこ紬様のような切れ長でクールな目に見える。だけど女性らしく見せるためにはひと工夫が必要だった。

 まずアイライナーをしっかり引いた。

 切開ラインから目尻まで長く、濃く。

 僕はメイクパレットを取り出す。涙袋用にセレクトされている専用のパレットだ。これは舞台用じゃないから、下の目蓋には少し濃い目にシャドウをのせる。ハイライトは強めに。

 つけまつ毛は長くて濃いものをつけた。

 髪と同じ胡桃色のアイブロウペンシルを手に取り、眉を描く。眉山は黒目のやや外側にとり、気の強い女性らしく、ゆるくアーチを描いたシャープな形に仕上げた。

 

「あまね君、メイクすごい上手だね」

 

 アキラさんが感心したように言ってくれた。

 アキラさんはお世辞を言わない人だ。彼女に褒められるのは嬉しい。

 

「前よりも上達してるように思う……勉強も練習もしたんだね」

 

 僕はすこし恥ずかしかったけど、頷いた。

 歌舞伎の化粧とかも勉強したなあ、なんて思ってると、新菜君が顔を動かさないようにしながら口を開いた。

 

「アキラさん、姫野さん、本当にありがとうございます……ここまでして頂いて、お礼はまたいつか、必ず」

 

 僕は手を一旦止めて、新菜君の目を見た。

 新菜君はいつも通り誠実な目のままで、本心で言ってるのがわかる。

 アキラさんを見ると、一旦新菜君のほうを見て、そのあと僕と顔を見合わせた。たぶん同じことを考えてるんだろうな。

 アキラさんは僕の代わりに口を開いた。

 

「新菜。お礼なんて要らないんだよ。むしろお礼を言いたいのはあたしたちのほう。姫と新菜に頼られてるなんて、こんなに嬉しいことはないんだ」

 

 それはアキラさんが前に僕と新菜君が一緒のときに話してくれたこと。

 まりんちゃんの存在。

 それを支える新菜君の存在。

 二人の存在がどれほど大きいか。

 

「っ……! 姫野さんにだって、助けてもらってばかり――」

 

 新菜君がそう言い切る前に、僕は遮った。

 

「違うよ」

 

 新菜君は目を丸くした。

 

「助けてもらったのは僕のほうなんだよ、新菜君」

 

 だから、僕も恩を返すんだ。

 あの日。

 僕が初めてのコスプレイベントに参加したとき。

 二人はスカートのホックを無くした僕を助けてくれた。

 それは本当に嬉しかったし、有り難かった。

 

 でも僕が救われたことは、それだけじゃなかった。

 

 僕はあの日、正直なところまだおっかなびっくりだった。

 勇気をくれた女装の趣味と昴ちゃんの衣装という鎧を纏っても、まだ、いつどこからあの言葉が飛んでくるかもしれないと思うと、怖かったんだ。

 

 ――女物の服なんて捨ててよ!

 ――気持ち悪いから!

 

 生まれて初めて女の人に告白された、その相手。

 初めて僕の部屋に来てくれて、本気で僕と付き合ってくれると信じた彼女。

 なのに、彼女は僕のクローゼットを見て、嫌悪感も露わにそう言った。

 僕が浮気をしてると思って、怒りと嫉妬でつい出てしまった言葉だったのかもしれない。

 僕に〝普通〟の男になって欲しいという期待だったのかもしれない。

 僕だってそのとき、自分に好意を抱いてくれた異性を大切にしなきゃという思いも持っていた。

 僕が我慢をして女装という〝アブノーマル〟な趣味を〝卒業〟すれば、恋愛を楽しんだりサークル活動に参加したりという〝普通〟の大学生らしい生活が手に入る――そんな考えも心に浮かんだ。

 でも、一度は信じようとした相手が軽蔑の眼差しで発したその言葉は、僕の心に深々と突き刺さった。その軽蔑の眼差しは僕に向けられたものじゃなく、僕に自信を与えてくれた〝女装〟という趣味に向けられていたから。

 僕は、それを許しちゃいけないと思った。

 僕は誠心誠意言葉を尽くして、女装が大切な僕の一部だということを彼女に説明した。でも、理解してもらえることは無かった。

 僕は別れようと彼女に言い、最後は受け入れてもらった。罵詈雑言を浴びながら。さらに深く傷つきながら。

 

 ――で、そのまま、彼女を捨てちゃったんだ!

 

 僕は新菜君とまりんちゃんから女装のきっかけを聞かれたとき、その彼女との結末をそう言って笑い飛ばそうとした。

 それまで他の人に話したことのない僕の過去。

 僕にとっては本当に辛かった、思い出すたびにじくじくと痛みを覚える心の傷痕。

 冗談話のようにでもして話さないと、もし二人に僕の選択を否定されたら耐えられないかもしれない、って怖くなったから。

 でも二人は、僕のそんな臆病な想像をすべて吹き飛ばしてくれた。

 

 ――そんなにたくさん衣装あるなら……!

 ――大事だって……ハマってるって見ればわかるのに……!

 ――なんで捨てろとか簡単に言えんのって!

 ――絶対許せないんですけど!

 

 まりんちゃんはそう言って、ぼろぼろと泣いた。

 僕のために、せっかくのメイクを台無しにしながら涙と(はな)水で顔をくしゃくしゃにしてくれた。

 心の底から僕のために怒ってくれた。

 

 ――ああそうか。

 ――僕は怒ってもよかったんだ。

 

 僕はあのとき、怒ることすらできないほど傷ついてたらしい。

 でもまりんちゃんが僕の代わりに怒ってくれた。

 だから僕はもう、怒りを手放したままで良くなった。怒りから自由になれたんだ。

 そして。

 新菜君の言葉が、さらに強く、僕の心の奥底に響いた。

 僕がまだ『女装なんて気持ち悪いと言われるかもしれない』という不安を打ち明けたとき。

 

 ――言いません!

 

 突然、新菜君は叫んだ。

 本当に強く大きい叫びで、思わず僕は目を見開いたんだ。

 僕の言葉を遮るように。

 僕が発してしまった『気持ち悪いって言われるかも』という言葉を、残さずかき消してしまおうとでもするかのように。

 

 ――俺、そんな事、絶対言いません‼

 

 新菜君の目は少し潤んでいた。

 まるで彼の高潔な魂そのものが(あふ)れ出たような、そんな熱く澄みきった言葉。

 人が大切にしているものを『気持ち悪い』なんて。

 絶対に言わなくていい。言われなくていい。言わせなくていい。

 それをはっきりと、信じられたんだ。

 新菜君。まりんちゃん。

 僕は二人から本当に強い力をもらったんだよ。

 だから僕は、いつか二人のために、もらった力を尽くそうと決めたんだ。

 

 今、新菜君は、まりんちゃんのために奇麗になりたいと強く願っている。

 そうなりたいと、心から僕を頼ってくれている。

 

 それなら僕は。

 絶対に僕の手で。

新菜君(きみ)を一番、奇麗にしてみせる」

 最後にカーマインの口紅を手にとりながら、言葉にした。

 

 




お待たせいたしました。
次回、ふたたびステージ上に場面が戻ります。
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