【外堀物語】   作:Halnire

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外堀物語 第3話は、非現実的(ファンタジー要素がある)なお話です。
苦手な方もいらっしゃるかもしれませんが、ご容赦ください。

初投稿: 2022年7月30日


第三章:トンビ
トンビ その1


 

      Ⅰ

 

 澄みわたる空と爽やかな風。

 見渡す限りの大海原。

 海と空の境目には薄く重なった白い雲。

 梅雨が明けて、真夏の湿気もまだ来ていないこの時期は、とても気持ちがいい。羽もべとつかないし、翼のすみずみまで風を感じられるわ。

 

 七月の湘南(しょうなん)の海。

 サーファーはいっぱい居るけど、海開きはまだなのか海水浴客はあまり居ないし、浜辺も人がまばら。

 それでも、砂浜や海岸沿いのブロックに腰をおろして、カップルで仲良くご飯食べたりしている人もいる。

 あれは地元民じゃなさそうね……だって、

 

「きゃーっ」

「うわっ、盗られた!」

「トンビ怖い!」

 

 そうなるわよねー。

 このへん、同族(トンビ)たちの狩り場になっちゃってるもの。地元の人はあんな無防備なことはしないわよね。

 すこし高くまで旋回していると、むこうのほうに、また一組、浜辺へ下りてくる若いカップルが見えた。この体、ほんとうに視力がいいものだからどれくらい離れているのかちょっと見誤っちゃうんだけど、たぶん二キロほど先かしら。

 近くまで行ってカップルをチェック。

 背の高い男の子と、金髪のスタイルの良い女の子。

 女の子は元気よく走り回ってて、あぶなっかしい。なにがあぶなっかしいって、スカートが短いのよ。見えちゃうじゃない。っていうか見えてるじゃない――今日は黒のレースなのね。

 

 そのうち、女の子がハンバーガーを食べ始めた。

 それ、しらす? 目が良すぎてしらすの目が一個一個まで見えるわね。ちょっとグロテスクだわ。

 それはともかく、そのメニュー、たしか、同族たちに人気だったわ。

 ほら、文字通り鵜の目鷹の目でみんなが狙ってるわ。気をぬくと、盗られちゃうわよ。

 ……でも、同族のみんな、ごめんなさいね。

 このカップルに、手、じゃないか、爪は出させないわよ。わたしが目を光らせてるうちは、ね。

 なんて、わたしが他のトンビたちを牽制してるっていうのに、あの子たちったらまったく上空を気にしていない様子。

 

「ポッテト、ポッテト~」

 

 のんきに買ったばかりのポテトをねだってる。

 ちょっと無警戒すぎじゃないかしら? ってわたしも呆れて見てた。

 そしたら。

 

「あ~ん」

 

 んまっ、女の子が男の子に、口をあけておねだりしはじめたわ。

 わたしの目の前で〝あーん〟ですって? さすがにちょっとそれはやり過ぎじゃないかしら!

 

「ちょ⁉ あたしのバーガー‼」

 

 って、あれ? 気づいたら何故かわたしの爪の間にハンバーガーが――どうやらあの子のを獲っちゃったみたい。

 まあ頂いちゃったものは仕方ないわね。味わうとするわ――あらおいしい。ハンバーガーにしらすって合うのねえ。これは、ごくん、ポテトも欲しくなるわね。

 

 それにしても〝あーん〟だなんて。

 わたしだって旦那にしてもらったこと、一回もなかったのに。

 わたしがしてあげた時だって、旦那は照れ屋だから人前じゃ絶対に食べてくれなかったわ。

 それをわたしの目の前でやっちゃう? ずるくない? なんてちょーっと嫉妬を感じてたら、考える前にこの体が勝手に動いちゃってた。本能に忠実なんだわ。さすが野生の猛禽類、トンビさん。

 

 でもね、わたしはあなたたち二人を応援しているのよ。新菜(わかな)、そして、海夢(まりん)ちゃん。

 今日は見守りにきたの。

 海デートなんて新菜、生まれて初めてじゃない? そりゃあちゃんとできるか心配だわ。だって、わたし。

 

 ――新菜の母親なんだもの。死んじゃってるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      Ⅱ

 

 今日はわたしの十回目の命日。

 わたしはあの人――新菜の父親――より一日長く頑張っちゃって、逝くのが遅くなってしまった。だから新菜に最期の言葉をかけてあげることはできたけど、でも余計に辛い想いをさせてしまったかもしれないわ。命の(ともしび)が消えていくわたしを、新菜はずっと、見続けなければならなかったものね。可哀想なことをしたって思うのよ。

 

 毎年この日になると、自分の命日の分を終えたあの人とバトンタッチするみたいに、この世で数時間だけ新菜を見守る機会が与えられる。

 昨年は新菜は高校受験に向けて勉強を頑張っていたわね。お父さん――五条薫(ごじょうかおる)――も掃除やお洗濯、頑張っていたわ。

 わたしもお仏壇からほとんど動く必要もなかったから、一日中家で応援してたのよ。そしたら頑張った甲斐もあって無事合格できたことを、新菜がこの春にお仏壇で報告してくれた。ほんとうにおめでとうって、あの人といっしょに喜んだわ。

 その逆に、一昨年は悲しかったでしょうね。お母さんがこっちの世に来てしまったから。

 新菜もお父さんも本当に沈んでいたわ。お父さんの背中が可哀想なくらい小さかった。

 わたし、あの背中をさすってあげたい、腕や体が欲しい、って強く願ったのよね。そしたら今年は、鳥の体を貸してもらえることになったのよ。

 

 今日はたまたま新菜が期末テスト中だったから、校舎の横の(こずえ)でお休みしてたキジバトさんの体でのんびり見守らせてもらった。

 真剣に問題を解く新菜ったら、仕事をしているあの人にそっくり、素敵――なんてうっとりしていた。

 そしたらいきなり海夢ちゃんが『海いこーぜ、今から!』なんて言うんですもの。近くを飛んでいたセキレイさんに急いで乗り換えて、カラスさんに飛び移って、家族で飛んでたツバメさんへと乗り継いで湘南新宿ラインを追っかけたわ。

 途中、電車の中が見えたけど、海夢ちゃんは新菜に寄りかかってすやすやとお休みしていた。海夢ちゃん、一夜漬けだって言ってたものね。だからあまり寝てなかったみたい。

 新菜は海夢ちゃんの頭が自分の肩に乗って緊張していたわ。そのうち新菜も海夢ちゃんの体温が移ってうとうとしてしまったようだけど。

 今思えば微笑ましかったわ。ふたりで頭を寄せ合ってすぅすぅ寝息立てているのが窓越しに見えてたもの。

 まあ、あのときはツバメさんの体で必死に飛んでてそれどころじゃなかったのよね。ほんとごめんなさいね、ツバメさん。いまごろ埼玉に戻っているころかしら。ありがとう。

 

 なんてことをトンビさんの体で思い出していたら、海夢ちゃんが砂浜からこっちを見上げて『まだついてくるんだけど』なんて言ってる。

 そりゃそうよ、この日が待ち遠しかったんだから。

 だって海夢ちゃんがお仏壇で言ってくれたんじゃないの。

 ちゃんと水ようかんお供えに持ってきてくれて。手をあわせて声に出して。わたし、嬉しかったのよ。『ごじょー君のことが大好きになりました。応援してください』って。

 なんていい子なのかしら。どうぞ五条家へ! こちらこそ末永くよろしくお願い申し上げますって言っちゃったわよ! お父さんも『どうでぇ、いい子だろう』なんてまるで本当の孫みたいに自慢するんだもの。旦那もお母さんといっしょに笑ってたわ。

 

 海夢ちゃん。

 あなたの気持ち、なんども聞かせてくれたわよね。

 お仏壇にも毎回手を合わせてくれたもの。

 衣装作りで新菜を頼ってくれたこと。

 新菜のがんばりを理解してくれたこと。

 新菜の夢を心から応援してくれていること。

 新菜の料理を美味しいって食べてくれること。

 新菜と一緒にいて心から楽しいって思ってくれていること。

 そして、ずっとずっと新菜と一緒にいたいと思ってくれていること。

 だから今日はがんばって応援しにきたのよ。

 

 二人の真上。

 海風を楽しみながら、特等席で海夢ちゃんの頑張りを見ているわ――なんて洒落込んでいたら。

 

「ポテトはあきらめてください!」

 

 ちょっ、新菜、ポテト投げた! 落としたらどうすんのよもう。わたしがちゃんとキャッチしたけど! それにしても、そんな思い切りのいいことを新菜がするなんて思わなかったわ。新菜の口癖じゃないけど、おもわず、『行動力!』って言いそうになったじゃない。まるで海夢ちゃんみたいだわ。

 あの子、今までは慎重すぎるところがあったけど、海夢ちゃんに影響されて、大胆に振る舞えるようになってきたのね。

 

 新菜に『二人っきりにしてくれ』って言われたような気がしたから、仕方なくポテト食べてる間は少し遠くから見守ることにした。

 トンビさんの体はとにかく目がいいから、一キロくらい離れても真上に居るみたいに、笑顔の二人がよく見える。

 レジャーシートを敷いて初夏の海をまぶしそうに眺めてる二人。絵になるわあ。ほんと青春よねえ、羨ましい。

 湘南は生前、夏の盛りにあの人と一緒に一回来たことがあるけれど、人が多すぎて満喫どころじゃなかった。わたしに近寄ってくる男の人たちを追い払うあの人を眺めてるだけで一日終わっちゃった記憶しかないわ。あれはあれでいい思い出だったけど。海で青春を謳歌(おうか)するなら、今ぐらいの時期が一番いいのね。

 なんて考えながら二人を見ていたら、急に海夢ちゃんが立ち上がって海に走り出した。

 泳ぐわけではなさそうで、制服のまま波打ち際を無邪気に飛び跳ねてる。

 見てたら海から何かを拾い上げた。ワカメかしら。両手でそのワカメを振り回してはしゃいでる。

 ああっ、もう! 小学生の男の子じゃないんだから。片手でいいからスカート押さえなさいっ! 下着が新菜に丸見えになってるわよっ。まだそういう仲にもなってないんだから出し惜しみしなさいよ! 今は新菜もすっかり真っ赤になってるけど、ずっと続くものじゃないんだから。

 あの人の息子なんだし、そのうち平気な顔して下着だって洗濯してくれるようになっちゃうのよ。そして通りから丸見えのベランダに干されたりするの。わたしの下着みたいに……。

 私の心配をよそに、海夢ちゃんが海で飛び跳ねながら新菜に呼びかけた。一緒に海に入ってと誘ってる。新菜は呼ばれるままに波打ち際までやってきたけどおっかなびっくり。

 そういえばわたしたち、新菜を海に連れていってあげる暇がなかったわね。お父さんも海に連れて行くなんて出来なかったでしょうしねえ。

 新菜、今日が海、初体験かしら。

 

 おそるおそる足を踏み入れる新菜を、海夢ちゃんがからかっている。

 なのに新菜は恥ずかしがる風もない。

 小さい子供みたいなキラキラした目で海を見つめてる。

 

 ああ、新菜の顔。

 あの子、初めての海に感動しているんだわ。

 

 新菜が波打ち際の水を、両手ですくいあげてじっと見つめた。

 優しい眼差し。

 

「俺、子供の頃から雛人形眺めたり、じいちゃんの真似して面相書きの練習するのが楽しくて、そればかりで他に目もくれなかったんです」

 

 お父さんが新菜に与えてくれた、両手の中に納まるほどの小さな、でもとっても奇麗(きれい)な世界。

 新菜に生きる目標と力をあたえてくれた、大切な世界。

 わたしたちに代わって新菜を守ってくれた、優しい世界。

 

「なので、行ったことのない場所が多くて」

 

 その小さな世界を、新菜はそっと、優しく、海に(かえ)す。

 果てしなく広がる夢を抱いた大海原へ。

 

 それを見つめる海夢ちゃんの真剣な顔。

 新菜が(こぼ)した言葉をひとしずくも漏らさないと決意するように。

 その小さな世界を必ず抱きとめてみせると誓うように。

 

「この間、じいちゃんに色んなものを見ろって言われたんですが」

 

 新菜が寄せる波を脚でかきわけ、大海原へと進む。

 もっと広いほうへ、もっと深い方へ。

 一歩一歩、たしかめるように、でも心躍らせながら、踏み出していく。

 そんな新菜を少し先から、海夢ちゃんが見守ってくれている。

 自分と同じ所までやってくる新菜を、まばたきもせず。

 

 とうとう二人が並んだ。

 

「いいですね、海。――奇麗です」

 

 新菜が見つめるのは、大海原の先、光る水平線。

 海夢ちゃんが見つめるのは、隣に並んだ新菜の、陽光に照らされた横顔。

 海夢ちゃんの表情は、憧れに輝いていて、それでいて切なさがせせらぐよう。

 締め付けられるような想いが見ているだけで伝わってくる。

 

 ――手を引いた。追いかけてくれた。驚くキミを見るのはとても楽しかった。

 ――今は追いついてくれた。あたしをすぐ(そば)で見てくれてすごく嬉しかった。

 ――でもキミは、きっとここで止まらない。

 ――いつかあたしを置いていく。もっと奇麗なものを見つけに。

 

 ああ、海夢ちゃん。

 できるならわたしがあなたを背中から抱きしめてあげたい。教えてあげたい。

 新菜はあなたに感謝しているの。憧れているの。

 新菜に広い海を見せてくれたのは、他の誰でもない、あなたなのよ。

 負けないで。

 

 ――あたしは、そんなキミが、好きになった。

 ――夢を追いかけるキミの傍にいたいよ。

 ――だから。

 

 ぐっ、とこぶしを握る音が聞こえるような気がした。その両手から海夢ちゃんの勇気がこぼれ出す。

 大丈夫。絶対届くわ。

 

「じゃあ、あたしと色んなとこ行こーよ!」

 

 新菜が振り返る。

 海夢ちゃんの心臓の音がここまで聞こえてくるみたい。ううん、確かに聞こえてくる。

 

「あたしと、ふっ――」

 

 言って! 海夢ちゃん! 行って!

 

「――二人で!」

 

 そうよ、海夢ちゃん。

 新菜が奇麗なものに出会う、そのときは。

 あなたも一緒にいてあげて。

 

 きっと、必ず。

 ずっと、いつまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      Ⅲ

 

「ああ……帰りどうしよう……」

「乾く乾く! 多分⁉」

 

 海の中のワカメで滑って転び、びしょ濡れになった新菜を見て思わず大笑いしちゃった。

 あなた、海夢ちゃんがあんなにキラキラした目であなたを見つめてくれているのに、そっちのけでどんどん深いところに行こうとするんだもの。我が息子ながら、すこし頭冷やしたほうがいいと思ったわ。

 まったく、朴念仁なところまであの人にそっくりよね。

 結局、海夢ちゃんもはしゃぎすぎて、上半身まで濡れてしまった。

 黒レースのブラが透けて見えちゃってる。新菜があわてて自分の濡れたシャツを脱いで絞って、海夢ちゃんにかけてあげてた。

 ここままじゃさすがに電車に乗って帰れないし、人のいるところにも行かせられないからって、新菜が近くのコンビニまで走ってタオルとTシャツを買いに行った。でも、買ってきたところでこのへん、物陰がないからどこで着替えさせるのかな。新菜がレジャーシートで人目から遮ってあげるしかないんじゃないかしら。

 海夢ちゃん、喜んじゃうわね。絶対に新菜をからかうと思うわ。

 

 新菜を待っている間、砂浜で座っている海夢ちゃんを上から眺めていると、海夢ちゃんが上を向いた。

 独り言を聴いてもらう相手が欲しかったのかな、こっちを見て口を尖らせて言った。

 

「ちょっとー? トンビさん、ずっと見てたでしょー?」

 

 そうよ、ずっと見守っていたわ。

 

「あたし、必死すぎで恥ずいんだけど! マジ今でも思い出すと顔赤くなるし――って、トンビに向かって必死に叫んでるあたしちょっとイタいかも……」

 

 イタくなんかないわ。とても可愛かったわよ。それに。

 新菜のために、必死な想いをふりしぼってくれたのだもの。

 

 ――ほんとうに、ありがとう。

 

「えっ? 今の声? トンビさん?」

 

 そろそろ、時間なの。

 あの人が呼んでいる。行かなきゃ。

 海夢ちゃん、また、来年。

 そして、これからも。

 

 ――新菜のことを、よろしくね。

 

 

 

 

 

 

 

 

      Ⅳ

 

「電車、空いててよかったー。スカートとズボンは濡れたままだし、混んでて人にくっついたらメーワクだよねー」

「そうですね。Tシャツも、厚手で良かったです」

「着替えるとき、ごじょー君こっち見ないんだもんなー。恥ずかしくなっちゃった? どーせ減るもんじゃないしー、見ろよー」

「みみみ、見るわけないじゃないですか‼」

「声デカっ!」

「あっ、皆さん、すいません……」

「ところで、さ。変なこと()いても、いい? 気を悪くしなければいーんだけど」

「なんですか?」

「ごじょー君の、お母さんって、いつ亡くなったの?」

「――十年前の……今日、ですね。そうだ、今日、命日だったんだ……」

「そっか……ごめんね、辛かった?」

「いえ……大丈夫です。でも、なんでそんなことを?」

「ん。なんとなく……そうだ。ごじょー君」

「はい?」

「あたし、約束したよ」

「はい、夏休み中、いろいろ誘ってくださるって。よろしくお願いします」

「うん、ヨロ! でもそれだけじゃなくってね――ごじょー君のこと、よろしくね、って言われたから」

「言われた? 誰にです?」

 

 ――これからもずっと一緒にいるって、約束しちゃったよ?

 

 

     〈了〉

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