【外堀物語】   作:Halnire

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 海夢が常連客で、サロンモデルも勤めている美容室AIRS(エアーズ)の美容師、学(まなぶ)君が主人公のお話です。

 アニメでの登場は皆無、原作でも登場回数は少なく、現在(105話)までは作中でそれほど重要な言動をしているわけではありません。ですが、いつも海夢を可愛くしようと心を砕いている様子が描かれています。
 また、オネエ言葉を使うキャラでもあります。『その着せ替え人形は恋をする』が扱うテーマから考えても、ただのイロモノとしてこういう人物設定をされているとは思えません。
 いずれ本編でも海夢に何か重要なアドバイスをくれるかもしれない、などと想像しながら書いたお話です。
 

 外堀物語中、最大の文章量がある章です。
 13回に分けて、約4週間にわたって掲載します。
 長いですが、何卒おつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

初掲載: 2022年11月15日


第四章:美容師・(まなぶ)
美容師・学 その1


 

      Ⅰ

 

 モニター越しに、ステージが暗転するのが見えた。

 

 会場が一瞬、静まり返り、司会が舞台下手(しもて)から壇上に向かって歩いていく。これから開幕宣言が行われる。

 

「ウィウィ・ユナイテッド・パカリー・バレー・2018クリスマスコレクション、開催です! 渋谷(しぶや)エリアの技術力に定評のある五つのサロンによる、初の合同ヘアショー! そのテクニックを心ゆくまでご堪能ください!」

 

 男性司会のよく透る声が響き渡った。

 音楽がスタートし、トップバッターの美容室のオープニングムービーがスクリーンに映し出された。表参道(おもてさんどう)にあるヘアメイクでも人気のある有名店だ。

 場内が拍手で沸いているのが、この控室まで聞こえてくる。

 

「よし、次ウチらだ。ワゴンとチェア、下手(しもて)側へ! 技術者チーム、最終確認念入りに。ヘッドセットはもう身につけておいて。モデルさんの衣装とメイクもチェックおねがい!」

「はい!」

「オーケーです」

 

 店長の号令がかかる。(まなぶ)はアシスタントと共に、ワゴンの道具を最終チェックした。そして、カットクロスを(まと)って(たたず)んでいる長髪の女性に声をかけた。金髪の毛先に淡紅色のグラデーションが鮮やかだ。

 

海夢(まりん)ちゃん、寒くない? 今日のクロスは厚めだけど、真冬に薄着の格好だし」

 

 呼ばれた女性は、すこし躊躇(ためら)いがちな声で答えた。

 

「ううん、大丈夫。ありがと、学君」

 

 今日は女性ファッション雑誌【WiWi(ウィウィ)】主催のコラボレーション企画で、渋谷・表参道・代官山(だいかんやま)エリアの美容室の合同ヘアショー【United(ユナイテッド)Puckery (パカリー)Valley(バレー) 2018】が、ここ、恵比寿(えびす)ガーデンプレイスのホールで行われている。

 

「エアーズさん、前のサロンさん全員()けるんで、予定どおり三分後のコールで下手(しもて)に入ってください!」

 

 主催者側のスタッフが声をかけてきた。

 学が所属する美容室、〝AIRS(エアーズ)〟は、今日のヘアショーの二番手だ。学はアップスタイルの技術者としてステージに立つ。

 学が海夢と呼んだ女性はそのモデルだ。細い肩が、寄る辺なさげに揺れる。

 

「緊張してるの?」

 

 学は海夢に優しく声をかけた。

 海夢はわずかな無言のあと、返事をした。

 

「うん……あたし、こんなビビリだったかなあ……」

 

 海夢はこれまでAIRSのサロンモデルとして数多くの現場実績がある。今日ほどの大人数ではないとはいえ、観客の前で堂々とステージをこなしてきた経験もある。海夢が緊張している理由は、仕事の失敗を恐れてのことではない。

 学には心当たりがあった。

 

「怖いのね、海夢ちゃん。彼に、ちゃんと見てもらえるか」

 

 海夢はうつむいて、きゅっと手を握りしめた。

 いつもの立ち居振る舞いを知っている学にしてみれば、彼女にはあまりにも似つかわしくない所作だった。

 

「本当に、彼のことになると、海夢ちゃんはいつもの調子が出なくなっちゃうのね」

 

 学のそのセリフに、海夢は振り返って尋ねた。

 

「学君、いつものあたしって、どんなカンジ?」

 

 学は即答した。

 

「堂々として、好きなものを好きと宣言して、それで失敗してもくよくよしない。たくさんの人の目を集めても、心から楽しいと思える子」

 

 その返答を受けて、海夢はふたたび視線を控室のモニターに戻した。

 

「だよね……あたし、人に見られて怖い、なんて思ったことなかった」

 

 つられてモニターを見ながら、学は言葉を返した。

 

「そうね。高校になってからはそうだったかもね」

 

 モニターでは、トップバッターサロンのスタイリストが手技を披露しはじめた。

 いまはアップスタイルの技術者がコームで手早く逆毛(さかげ)を立てている。学もよく知っている腕のいいスタイリストで、手つきは滑らかだ。

 

「でも、中学のときは、いろいろ考えて、悩んでたわよ。小学校のときもそうだったって、アナタ言ってたじゃない?」

 

 海夢はふたたび学を振り返って口を開いた。

 

「よく覚えてるね、学君。そーいや、そんなこともあったかなあ」

 

 学は苦笑して言った。

 

「自分の悩みなんてきれいさっぱり忘れちゃうんだから。アタシは大事な常連さんとの会話だもの、そりゃ覚えてるわよ~」

 

 海夢は、ありがとう、と礼を言い、形の良いあごに手を当てた。軽く上を見上げるようにして何かを思い返すように呟いた。

 

「高校になってから、ってことは、まだ一年にもなってないんだなー。あたし、もともとどんな人だったんだろー」

 

 モニターはステージ奥のハンディカメラの映像を映し出している。観客席を背景に、スタイリストがモデルにカットする様子がアップになっていた。海夢は背景(そこ)に居るはずの人影を探すようにモニターを見つめている。

 学もその視線を追いかけるようにモニターを眺めながら、海夢がこれまでどんな想いで自分の容姿や内面、それに過去と向かい合ってきたのかを思い返していた。そして、どんな想いで、生まれて初めての恋を噛み締めてきたのかを。

 目を(つぶ)り、モニターの映像を視界から締め出すと、自然と海夢が初めてAIRSに来店した日のことが想い起こされた。

 

 ――あれは、二年前の冬の終わりの頃。近づく春を遠ざけようとするかのように、ひどく冷え込んだ二月下旬の日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初話は短いので、続きは明日掲載です。
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