Ⅲ
「学君、そろそろ
「学ちゃん、海夢ちゃん、行くよ!」
学と同じくステージ技術者であるりほと
AIRSは全員で五人の技術者がステージに立つ。残り二名とそのモデル、補助役はもう舞台
海夢は控室のモニターをぼんやり眺めている。
そこにはステージ上のスクリーンにスタイリストの手が大映しになっている様子が見えた。その指に操られるシザーズが照明を受けてきらめくたびに、紺青に染められたカットモデルの髪が舞う。鮮やかなストロークカットだ。
「AIRSさん、
会場スタッフのコールが入った。遅れるわけにはいかない。
「さ、急ぎましょ。海夢ちゃん」
「うん」
学と海夢は、舞台
ステージに映り込まないように照明が落とされており、薄暗い中、たくさんのモニターを見ながら大勢の会場スタッフがインカムで連絡を取り合っている。
「海夢ちゃんはこの椅子に座って待っていてね」
「ありがとうございます」
AIRSのアシスタントが海夢に気安く声をかけた。
海夢が常連客になって二年ほど。今年になってからはサロンモデルなど色々な仕事も引き受けているから、ほとんどのスタッフは海夢に親しみを感じている。一方、敬語で礼を言った海夢は大人びて見えた。うつむきがちの目が色っぽい。
舞台
「さっきの続きだけど。海夢ちゃん、はじめて
海夢は自分の両胸に手をあてがい、何か呟いた。音響に邪魔されて聞こえないが、何を言ったかは解る。
吹き出しそうになるのを
「もう、そっちじゃないわよ。海夢ちゃんは確かに最近すごく発育良くなったけどね。胸もそうだけど、腰つきもしっかり女らしくなってきたし、なんかまだ成長中じゃない? サイズは、きつくない? 胸まわりとか、ヒップとか」
「ムネは実際、ビミョーにきつい。気にならないレベルだけど。お尻は、もともとダボっとしてるから大丈夫」
海夢はいつも通りの声量で返答した。海夢の声はよく透る。
「バストもヒップもまた少し大きくなったのは間違いないわね。結局太ったわけじゃなかったのね」
「学君、マジでよく見てるよねー。なんか最近、ごはん美味しくて、カラダが喜んでるカンジするんだよね。ガチでデブってたお腹は元のサイズに戻ったっぽいからダイエットは終わりにしたけど、増えたムネとか元に戻ってないし」
海夢は秋口から体重が増え始めた。AIRS店長の伝手で始めた雑誌の読者モデル撮影で、編集者から体型の変化を指摘されて発覚した。学もなんとなく気づいていたが、海夢は肌の色ツヤもよくなっていて、以前に増して健康そうだったから気に留めていなかった。
「彼の手作り料理ってやつでしょ。栄養バランスも完璧で海夢ちゃんの体型も考えてくれて、一食の品数もレパートリーも豊富で、しかもとびきり美味しいって、理想の彼氏じゃないの。アタシのツレなんてなんにも作れないわよ。海夢ちゃんが羨ましいわ〜」
海夢はあははと朗らかに笑って、それからまた少しうつむいた。
「彼ピじゃないんだよねぇ……」
ため息が学にも聞こえた。いつの間にか会場の音楽が止んで静かになっていた。さっきの笑い声とか会場に聞こえてないだろうか。
「ステージに声入っちゃうんで、少し声落として下さーい」
やはり会場スタッフから注意を受けた。学は海夢と一緒に、すいませんと謝り、次いで小声で海夢に話しかけた。
「もうすぐ彼氏になるわよ。今日、嫌でも海夢ちゃんを意識するわ」
海夢は、不意を突かれた様子で学を見た。
「カラダの成長もそうだけど、海夢ちゃんは気持ちの部分で本当に成長したわよ。アナタ、もともと自分が女の子だって、あまり意識してなかったと思うわ。可愛い女の子にはなれないって思い込みもあったみたいだし。でも
海夢は真剣な顔で口を開いた。
「うん――サロンのみんなにはすごく感謝してる。あたし一人じゃ自信なかったけど、色々アドバイスくれて、コーデも教えてくれて。モデルの仕事も正直、ガラじゃないし無理かなーって思ってたけど、みんなが助けてくれてここまで来れたもんね」
学は呆れ顔を作って答えた。
「お人好しねえ。手助けって言ったって、お金いただいて職業柄できることをしているだけじゃない。そこを自分のモノにできたのは海夢ちゃんの努力のたまものでしょ。それに――」
無論、学だって本心は嬉しい。照れ隠しであることは自覚している。
だから学はすこし間をおいて続けた。
「――アナタが居ると、アタシも力を貰えるのよ。海夢ちゃんが奇麗になればなるほど、アタシ達も、もっと奇麗にしたいって思えるから、ウデに磨きがかかるんだわ。こちらこそ、ありがとうって言いたいのよ」
海夢の目が大きく開かれた。
「だから、任せて。これはアタシの恩返し」
学はそう紡いだ。
海夢の成長を美容師として見続けた、自分の記憶を振り返りながら。
短いので、続きは明日投稿です。