黒鹿毛の好走ウマ娘   作:飲み水の確保

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一発ネタ。続きません。



1話

 

──レベルが違う

 

 

 そう思わされたのは、学園に入学して間もない頃だった。学園に入って初めて行われた模擬レースで。それも、圧倒的な実力差により痛感せられたのだ。

 今も、目を瞑るだけでそのときの光景が瞼の裏に映る。いとも簡単に、わたし達に現実を知らしめた世代のトップ層の姿が。

 

 

「──フゥ」

 

 

 深呼吸をして、目を大きく(しばた)かせた。

 口から呼吸音が漏れる、足元からはコツリコツリと高い音が響く。わたしは視線を左から右、右から左へと動かして周囲を窺った。ザワザワとした人々の喧騷が耳にこびりついた。

 

 

「エイシンガーネット、三番人気です」「──の状態も良く、好走が期待できそうですね」

「頑張れーー!!応援してるぞー!」

「ライブで歌っている所、見せてくれー」

 

 

 実況の声、観客の応援する声。多くの声が辺りを飛び交っているのが聞こえてくる。声の先を見ると、舞台の上で一人のウマ娘がポーズを取っているのが見えた。──(ばしよ)中京。芝1200米新バ戦。

 三番人気の彼女は、栗色の毛をしていてバ体はそこそこ大きい。栗毛の少女(エイシンガーネツト)は真剣な面持ちをして、周囲の人たちに手を振っていた。

 

 わたしはその様子を一瞥したのち、息を吐き出すと観客たちのざわめきを意識から外した。『他の娘を気にするよりも、自分のことに集中しろ』と強く念ず。

 その甲斐あってか、周囲の音は遠のいて行った。耳には一定のリズムで呼吸をする、自身の呼吸音しか聞こえなくなる。

 

 

「……集中、しないと」

 

 

 そう呟き、顏にパシリと手を叩き付ける。一回、二回と顏に手を当てると、わたしは『パドック』での準備運動に戻った。どんよりと曇り模様の中、中京レース場はとても賑わっている。

 今にも雨が降り出しそうな空色の中、メイクデビューが行われる。初出走の舞台としては、余り気持の良い天候ではなかった。

 

 

◆◇

 

 

 

──トレセン学園。

 

 正式名称『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』とは、日本に住む才気溢れるウマ娘が集う教育機関のことである。輝かしき未来を摑まんとする数多(あまた)のウマ娘たちが憧憬、羨望し、そして夢を叶える場所。

 

 ウマ娘レースが盛んな日本では、知らぬものなど居ない機関だ。

 

 よほど特殊な場所に生まれない限り、日常生活でレースの話は聞こえてくるだろう。マスメディアに疎いわたしとて、物心が付く頃には既に、ウマ娘のレース体系ぐらいは頭に入っていた。

 

 日本ではそれほどまでに『競走ウマ娘』の注目度は高い。そして、その『競走ウマ娘』の教育機関たるトレセン学園の人気はと言うと、推して知るべし。

 人気が高いと言うことは、入学希望者が多いと言うこと。入学希望者が多いのならば倍率もそれに応じて高くなり、並大抵の実力では入ることすら出来なくなる。

 

 

(……当然の論理だ)

 

 

 学園の入学基準は公表されていないため、はっきりとしたことを言うことは出来ない。──が、あれほどの高倍率なのだ。受験生の質はどうであれ、受験生の上位しか合格は出来ない。

 そもそも、トレセン学園が日本におけるウマ娘レースの最高学府であるのだ。それなら、日本に住むウマ娘のうち、実力上位者からトレセン学園に入れられることになる。必然的に、日本のエリートたちが集う学園ということになるのだ。

 全てのウマ娘の憧れの地、選ばれし優秀なものだけしか入ることの出来ない場所。

 

 

(──そんなトレセン学園に、入学することが決まった)

 

 

 その(しら)せが届いたとき、わたしは非道く浮かれたものだ。

 そのときの嬉しさなど例えようがなく、ウマ娘専用のグラウンドを走り回り、興奮を抑える他なかった。

 ウマ娘として生まれた以上、多くの人の前で走れるこの学園への入学は、此の上ないことであった。ウマ娘の本懐に近づけるのだ、浮かれない筈がない。

 

 もとより実力はそれなりにあった。トレセン学園に合格できたのがその証拠だ。

 中央で戦っていく自信も十分あったし、地元では負けなしとは言えずとも、他のウマ娘たちと比べて足は十分に速かった。

 努力だって当然していたし、才能だってそれなりに有ったのだろう。

 

 

 社交力の低いわたしにとって、レースは一種の誇りでもあったし、レースで走っている瞬間だけ『わたしが主人公(わたし)である』と信ずることが出来た。

 だからこそ、それはもう熱心に打ち込んだ。身体が丈夫であったのも、それを手助けした。しかし、

 

 

──上には上が居た。わたしより能力の高い子が、努力をしている子が、そしてその両方を持ち合わせている子が。

 

 

「──さあ続きましては、五枠七番、『ミズホライコー』です。バ体重は430、2番人気。心身共に状態は良さそうですね!」

 

 

 スピーカーから、実況の男性の声が聞こえてくる。その声により、わたしの感覚は現実に引き戻された。

 今紹介されているウマ娘への男性の声は、他の娘のソレと比べて熱量が高く、彼の推しウマ娘であることが伝わってくるようだ。

 

 十二月の中京レース場は曇り模様、体感寒く感じる。最低気温は一体何度ぐらいなのだろうか。推し量れない。

 

 

「──の完成度の高さは魅力的ですよ。しっかりと作られています」

 

 

 実況者は何やら、舞台に立っている少女の魅力を語りだす。──新バ戦、メイクデビューであるというのに一体何を語るというのか。

 捻くれたわたしはそのように感じてしまうが、不思議と観客たちの声援は大きくなる。追い切りやらパドックでの様子やらと、実況者の話は盡きない。

 

 

(……二番人気なだけはある、凄い活気だ)

 

 

 わたしは心の声でポツリと呟いた。ストレッチを少しだけ止めて、見入ってしまう。しかし、ずっと止まっている訳にはいかない。すぐさまストレッチを再開させた。

 ここ、パドックはレースに出走するウマ娘が準備運動をする場所である。他に、出走ウマ娘が準備運動をする様子を見て、どのウマ娘が勝つか予想・勝ちウマ娘の投票の最終決定をする場所でもある。

 

 

 見る人によっては、『ウマ娘の足を見ただけで仕上がりが分かる』とも聞くが、それは本当かしらと考えてしまう。

 

 

「──一番人気こそ逃しましたが、素質自体は負けていませんね」

 

 

 (くだん)のウマ娘が、観客に向かってポーズを取る姿が見える。ポーズを取るごとに小さくない歓声が沸く。期待の高さが窺えるようだ。

 わたしは気持を落ち着かせるために、再度息を吐き出した。深呼吸をするのはこれで、何度目になるだろうか。考えるだけ無駄である。──落ち着かなければ。

 

 

 

「──」

 

 

 どんよりとした曇り模様の中、パドックは滞りなく進んでゆく。今は、六枠九番の子の名前を呼ばれているところ。わたしは七枠十一番であるので、この次の次だ。

 パドックの外からは、観客が「ああだこうだ」と予想を言い合っている声が微かに聞こえてくる。

 

 

 

(──今日は、阪神で三歳(ジユニア)女王決定戦がある日だ)

 

 

 この日は、わたしと同じジュニア級のウマ娘たちによるGⅠレースが阪神レース場で行われていた。来週には三歳王者戦の朝日杯だってある。もっと早くにデビューをしたかったと思えど、身体は出来上がらず。結果、十二月デビューと相成った。

 そんな時期の新バ戦であるが、それでも中京レース場は盛況だった。ひとえに、ウマ娘レースの人気の高さを物語っている。

 

 

 

「──続いてはこの子、六枠十番『シバノジョオー』です。バ体重は436キログラム、少し緊張してるように見えますね。八番人気です」

 

 

 わたしより一つ若い番号のウマ娘の名前が呼ばれる。八番人気のウマ娘だ。彼女は、少しだけ緊張した素振りを見せる。手を遠慮がちに胸の高さまで上げて小さく振った。

 実況者は二、三十秒ほど話した後「レースまでに緊張が解れると良いですが」とコメントを残すと、次のウマ娘の紹介に移ろうとする。

 

 

──わたしの出番だ。

 

 

 誘導ウマ娘さんが次は貴方の番ですよ、と言わんばかりに、舞台の場所まで先導してくれる。その動作を見て身体の緊張は高まった。六枠十番の次は、七枠十一番。それは確かにわたしの番号だ。

 

 

 そそくさと、移動を始める。

 

 

 簡易的な階段を登り、舞台の裏側に立つ。カーテンは閉じられている。暫くすると、準備が整ったのか、実況者の「続きまして──」との声が聞こえてくる。

 身体が震える。いっそ逃げ出したいぐらいであったが、それを堪えて前に進む。

 

 (いよいよ)『顏見せ』の時間だ。

 

 カーテンがシュルシュルと開いていく。その様子を実況者は確認すると、彼はウマ娘の名前を紹介する。

 

 

「七枠十一番はこの子、『▲□▼◯▽◆△▷』です。バ体重は464、七番人気に推されています」

「この評価に、不満げな表情をしていますね。ですが、気合は十分そうです」

 

 

 実況者がわたしの名前を呼ぶ。よく通った聞き取り易い声だ。舞台から周囲を見渡すと、多くの観客たちがわたしに目を向けている。

 

 七番人気。十四人立てのレースなので、ちょうど真ん中の評価であろうか。

 決して人気が低い訳ではないが、メイクデビューの段階でこの評価とは、将来への期待はそれほど大きくないのだろう。それもそうか。

 

 

「仕上がり、気合ともに十分ですが、どうも決め手に欠ける印象がありますね」

「メイクデビューともありデータは少ないですが、この前評判を覆すレースに期待です」

 

 

 実況者はそのような無難な評価を下すと、その後十秒ちょっと話すと、次のウマ娘の紹介に進もうとする。これ以上語ることがなくなったのだろう。

 ウマ娘の紹介と言っても、見ている人に取ってレースはエンターテイメントの側面が強い。尺の関係もあり、有力ウマ娘でない限りは長い時間語られることはない。

 

 

 人気薄の……言い方は悪いが、レースに余り関与しないであろうウマ娘を紹介するよりも、注目のウマ娘を紹介する方が見ている人に取って分かり易い。

 新バ戦だと人気上位の二、三人に実況者の注目ウマ娘が紹介される程度だろうか。

 

 

(──例えば、一番人気に推されているだろう彼女とか)

 

 

 わたしは壇上から降りる途中にチラリと舞台の方を見る。幕がされており奥が見えない。わたしが舞台上から完全に降り切ると、実況者は声を出した。

 

 

「さて、それでは次のウマ娘の紹介に移ります!」

 

 

 舞台幕が開く。そこには、体格の大きい一人のウマ娘の姿があった。

 

 

「お待ちかねの、七枠十二番。バ体重498、増減マイナス2キロ。本日一番人気に推されているのはこの子、『マチカネムサシノ』です!」

「彼女の逃げ足がどこまで炸裂するのか、期待ですね」

 

 

 一際大きな声を上げて、わたしの次のウマ娘の紹介をする。一番人気のウマ娘だ。一番人気とだけあって、流石のバ体である。

 今日出走するウマ娘の中で、一番身体が大きいのではないかと感じる。

 

 

「──最終追い切りは良かったですしね。近親には今年の大障害を制したウマ娘も居ますし、期待は大きいですね。単勝1.6倍」

 

 

 実況者の声に、大きな歓声が湧いた。圧倒的な一番人気だ。この歓声に彼女(マチカネムサシノ)はと言うと、独特なポージングを構えてそれに応えていた。マチカネのウマ娘ならば『()もありなん』と、観客たちは気にせず声をあげた。

 

 

 

 彼女の姿を尻目に、わたしは本バ場の方面へと向かっていく。パドックを見ていた人たちの近くを通ると、どのウマ娘が勝つか議論する声が聞こえてきた。

 

 

 

「前走よかったみたいだし、ムサシノちゃんを応援しようかな」

「直ぐにバテないかな?ここはミズホちゃんにするよ。毛艶も良かったし」

「前走、1800の四コーナーまで先頭って聞いたし、今回の距離は保つでしょ。ムサシノちゃん、自信なきゃ連闘なんてやんないだろうし」

 

 

 少なくない観客が思い思いの言葉を発する。その中には、わたしを応援する声も聞こえてくるような気がする。──自惚(うぬぼ)れだろうか。

 解説の人はどんどんとウマ娘を紹介していく。でも、正直それを聞くだけの余裕はもうない。緊張が増していく。

 

 

 パドックから暫く歩くと本バ場に到着した。本バ場入場である。そして、それからちょっと経ってから誘導ウマ娘に連れられ、わたしはゲート前まで導かれた。

 他のウマ娘たちもゲート前で思い思いに過ごしている。伸びをしたり、牽制のようなものをしたりと様々である。

 

 

 わたしはと言うと、身体を動かさないと落ち着かないため、ストレッチをして過ごした。

 

 

 一番人気が単勝1.6倍、二番人気が7.1倍で三番人気からは二桁倍。七番人気のわたしは当然二桁倍である。三番人気以下は僅差であるので、それより下の人気差は気にする必要はないと思う。

 

 自分の走りが出来るかどうかだけ。

 

 

 

 そのように自分を落ち着かせていると、ファンファーレが聞こえてきた。レースの始まりを告げるファンファーレだ。場の空気がガラリと変わる。

 

 ファンファーレが鳴り終わるのを合図に、ウマ娘たちが奇数番から順にゲートに収まっていく。わたしは誘導されるように、ゲートに収まった。

 各ウマ娘が、どんどんゲートインを完了させていく。

 

 

「……」

 

 

 わたしは発走準備が整うのを狭いゲートの中で待つ。模擬レースの際も思っていたが、この時間は正直苦手だ。早く走りたいとウズウズしてしまい、気が気でない。

 その気持を理性で無理やり抑え込むと、全ウマ娘がゲートに収まる瞬間を集中して待つ。

 

 

──集中、集中、集中。

 

 

 全神経を尖らせて、今か今かとゲートが開くその瞬間を待つ。その瞬間は直ぐに訪れる。

 

 

 

「──さあ、芝1200mメイクデビュー。今、十四番のウマ娘がゲートにおさまって…………スタートです!」

 

 

 

◆◇

 

 

4R
ジュニア級 新バ戦 芝1200m(左)

4R
ジュニア級 新バ戦 芝1200m(左)

── 以下「pc」版

1
ニシケンハンター 
△○ー9番人気先行

 

2
シービーダイコク 
ー△ー10番人気先行

 

3
マルブツカチドキ 
△ーー4番人気追込

 

4
エイシンヒダカオー
△ーー5番人気差し

 

5
エイシンガーネット
▲▲△3番人気差し

 

6
キクカタイムマシン
ーーー13番人気差し

 

7
ミズホライコー  
◎△○2番人気逃げ

 

8
エレガントクイン 
ー×ー12番人気逃げ

 

9
ヤマヒサシルバー 
ーーー14番人気追込

 

10
シバノジョオー  
ー☆ー8番人気先行

 

11
ビコーアルファー 
ーー△7番人気先行

 

12
マチカネムサシノ 
○◎◎1番人気逃げ

 

13
スギノドラゴン  
☆ーー11番人気追込

 

14
フサイチドリーム 
ー△▲6番人気先行

── 以下「sp」版

1
ニシケンハンター 
△○ー9番人気先行

 

2
シービーダイコク 
ー△ー10番人気先行

 

3
マルブツカチドキ 
△ーー4番人気追込

 

4
エイシンヒダカオー
△ーー5番人気差し

 

5
エイシンガーネット
▲▲△3番人気差し

 

6
キクカタイムマシン
ーーー13番人気差し

 

7
ミズホライコー  
◎△○2番人気逃げ

 

8
エレガントクイン 
ー×ー12番人気逃げ

 

9
ヤマヒサシルバー 
ーーー14番人気追込

 

10
シバノジョオー  
ー☆ー8番人気先行

 

11
ビコーアルファー 
ーー△7番人気先行

 

12
マチカネムサシノ 
○◎◎1番人気逃げ

 

13
スギノドラゴン  
☆ーー11番人気追込

 

14
フサイチドリーム 
ー△▲6番人気先行

 

 

 

◆◇

 

 ゲートが(ひら)く。わたしは反射的に、足を前へと踏み出した。出遅れをしたウマ娘は居ないと思う。後ろを振り向いて確認をする、なんてことは出来ないので定かでないが。ブオオと風の抵抗を感じる。

 

 

「──きな出遅れはなし。さて、(はな)を切ったのはこの子、十二番の『マチカネムサシノ』、好スタートです」

 

 

 わたしの隣にいた大柄のウマ娘が前に駆け出す、『マチカネ』冠名の子だ。大きなバ体を存分に活かして、力強く前に出る。そんな彼女の後ろには、二人のウマ娘が追従していこうとしている。

 

 わたしは、その後ろの集団の中で様子を窺った。

 

 

「──二番手には七番『ミズホライコー』、八番『エレガントクイン』が三番手追走します」

 

 

 中京レース場は左回りのレース場だ。芝1200メートルはバックストレッチからスタートして、直線を真っ直ぐに走る。そして3コーナーを曲がり最終コーナー曲がるとゴールはすぐそこだ。

 短距離レースであるのだから、ひとつの判断ミスが取り返しのつかないことになる。出遅れなど以てのほかだ。

 

(冷静にいかなければ……)

 

 

 ちらりと周囲のウマ娘を見て、ペースを確認する。一番人気の彼女は、相も変わらず飛ばしている。逃げウマ娘が居るというだけで、ターフは緊張感に縛られる。彼女の前走のデータは一応確認していたのだが、頭が回らず上手く思い出すことができない。

 先頭から一つ後ろのウマ娘、七番の()も注意しなければならない。2番人気は伊達でない、力強い走りだ。

 

 

「──バ身後ろには、二番『シービーダイコク』絶好の位置取りです。そして先団の後ろには一番『ニシケンハンター』、差がなく十四番『フサイチドリーム』落ち着いています、外を回りましては十一番▲□▼◯▽◆△▷、十番『シバノジョオー』も居ます」

 

 

 そして、わたしは今、中団の塊にいるのだろうか。逃げている一人とそれに追従する二人。そのちょっと後ろに一人。そしてその後ろにわたしを含む四人の集団が出来ている……といった所か。

 

 

(思ったよりも冷静にやれてる。思考を続けられている)

 

 

 わたしは、そう自分を鼓舞し走り続ける。

 

 

「──ど離れて、五番『エイシンガーネット』。その外六番は『キクカタイムマシン』が並び掛ける。そこから、数馬身ほど離れて四番『エイシンヒダカオー』が他のウマ娘を観察しています!」

 

 

 実況の人が何かを喋っているのが聞こえてくる。ウマ耳は人間よりも聴覚が優れており、耳を澄ませば実況の話を聞くことだって出来る。

 尤も、何か有益な情報を喋っているかも知れないが、そんなものを聞く余裕などないのだが。

 

 レースに集中をする。逃げウマ娘に釣られて、ペースが少し速くなっている……ように感じた。

 

 

 後ろから大きな足音が聞こえてくる。何の考えなしに、後ろからの威圧から闘争心を駆られて駆け出したくなる。

 しかし、それでは潰れてしまうため、我慢をする。

 

 

「──最後方(さいこうほう)『マルブツカチドキ』『スギノドラゴン』『ヤマヒサシルバー』大きく離されています。殿に居る三人のウマ娘はここから巻き返せるか。3コーナーを通過して──」

 

 

「──ふッ!」

 

 

 最初のコーナーを通過したところで、最内に居たウマ娘がジワリとペースを上げた。それに釣られるように、わたしより一つ内に居たウマ娘のペースも上がる。

 いや、足音的には後ろにいたウマ娘との差も縮まっていっている……?わたしのペースが落ちているのだろうか。

 

 どのような展開になっているのか分からない。しかし、不安ではあるが、自分を信じて走るしかない。わたしはペースをそのままにした。

 

 

 後ろから来たウマ娘がわたしに並びかける。栗毛の娘(エイシンガーネツト)に、鹿毛の娘(キクカタイムマシン)だ。

 

 

 前方には逃げを打つ『マチカネムサシノ』が見える。だが焦ってはいけない、仕掛けるのはもう少し経ってから。今は体力を温存しておくのだ、と必死に言い聞かせる。

 

(カーブを曲がり切れていないウマ娘は居ない。位置取りもまあまあ良い。)

 

 

 

 そして、そのときは想像以上に早く訪れた。

 

 

「もうッ、スタミナが!」

 

 

 焦ったような声が聞こえた気がした。その直後、先頭を走るマチカネムサシノのペースが目に見えて落ちていく。仕掛けるならば此処だろう。

 後はどこまで追い付けるか。全力を出す。

 

 

「最後の直線に入る。ここで、十二番『マチカネムサシノ』のペースが落ち始める。そして後続のミズホライコー……八番『エレガントクイン』が末脚を見せる。『ミズホライコー』も食い下がる」

 

 

 最後の直線。一番手と二番手との差が殆どなくなりはじめており、鹿毛のウマ娘が先頭に立とうとしていた。

 早く追い付かなくてはと思い、全力でスパートを掛け続ける。同じく、少し前にいるウマ娘もスパートをかけた。

 

 

「先頭が入れ替わる。八番『エレガントクイン』であります。すぐ後ろに、二番『シービーダイコク』七番『ミズホライコー』『マチカネムサシノ』離されます!」

 

 

──追抜く。

 

 わたしは足を前へ前へと全力で動かし、追い付こうとする。前を走っていた二人のウマ娘を追い抜かし、スピードの落ちた一番人気の彼女に目を向ける。彼女は前を走っていた三人に追い抜かされており、四番手にいた。

 

 わたしは一番人気の彼女(マチカネムサシノ)に並びかけようとする。彼女を追い抜くと、前は先頭集団の三人だけとなる筈だ。

 

 

 しかし、

 

 

『エレガントクイン』が前に出る、『シービーダイコク』『ミズホライコー』必死に迫る。外からは▲□▼◯▽◆△▷がジワジワと差を縮める。しかし、『マチカネムサシノ』がふんばる、粘っている!!」

 

 

 しかし、届かない。

 出せるチカラ全てを出して足を動かしているのに、前には全然追い付けない。ほんの少しづつ差が縮まっていくだけで、届かない。

 

 

「一着争いは八番『エレガントクイン』、七番『ミズホライコー』。逃げる逃げる『エレガントクイン』今、ゴール!八番『エレガントクイン』が優勢か」

 

 

 目の前で、何人かのウマ娘がゴールをする瞬間が見える。それは、わたしの敗北が決定したということ。間もなくして、わたしの身体もゴール板を抜ける。

 しかし、その時点でもう結果は決まっていた。

 

 

 暫く経った後、着順確定のランプが点灯する。一着8番、二着7番、三着2番、四着12番、五着11番。その表示に歓声が湧く。

 

 

「ハァハァハァ、」

 

 

 肩で呼吸をする。1と1/4バ身差で五着11番と表示されている。──自分の番号だ。

 一度抜いたはずの、十二番『マチカネムサシノ』に差し返されての五着だ。

 

 

「──しかし、十二番人気のウマ娘が勝ちましたね」

「あの末脚を見れば、当然のように感じてきますね」

 

 

 実況者が口早に声を出す。少しだけ興奮しているように見える。荒れたレースは、人を少なからず興奮させる。そうか、一着は十二番人気の子だったのか。

 

 

「はぁはぁ、ハぁ」

 

 

 息が荒い。走った後だから、それは当然である。酸素が全身に行き届かず、喉元で止まっているかのように錯覚する。

 

 

「……ご、ちゃく」

 

 

 先頭から三、四バ身離れての五着。タイム差にして、0.7秒ほど遅れてのゴール。

 

──悔しい。

 

 悔しい。とても悔しい。悔しくない、はずがないのである。握りこぶしを強くする。

 メイクデビューはウマ娘にとって大事なレースの一つだ。メイクデビューの開催期間はまだあり、チャンスは残っているのだが、最初のレースの持つ意味合いは大きい。

 

 

「はぁ……まだだ。まだ、折返し……メイク、デビューが」

 

 

 初出走のウマ娘に紛れて、メイクデビューに破れたウマ娘が再チャレンジすること。メイクデビューの開催期間までであれば、二走目、三走目とまたメイクデビューに出走できる。

 例えば、今日走っていた『マチカネ』の子も二戦目のメイクデビューであった。

 

 

 わたしの状態に問題がなければ、十中八九それに挑むだろう。──でも、

 

 

「勝ちた、かったな……」

 

 

 激しい呼吸に紛れて、そのような言葉が口から漏れる。

 わたし、『ビコーアルファー』の初出走は、こうして敗北という結果となったのだった。

 





3着のシービーダイコク号、帝王賞馬コンサートボーイ号相手に重賞を勝った馬らしいです。

誰か映像持ってません?めっちゃ見てみたいです。
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