人類の存続が絶望的な世界に転生した勇者は世界を救う為にひた走る。
世界を絶望が包み込んでいた。
あまねく希望は淘汰され、人族は窮地に立たされていた。
そんな陰りはじめた世界に救世主が現れた。
これは誰もが絶望し死にたがりな世界に転生した一人の純粋な少年の物語である。
◇◆◇
転生したと思ったら親元から離されて王様のお城っぽいところで英才教育が始まりました。
ボクは毎日毎日、これでもかと豪華なものを食べさせてもらって、特別な教育を施してもらった。
剣や槍の使い方も習った。
そうして変わらぬ日常を過ごして12年が経った。
王様は言った。
「勇者よ」
ボクには名前がない。
みんなはボクを勇者という肩書で呼ぶ。
ボクを示す言葉がそれ以外に存在しないからだ。
「お前も十二になった。成人にはまだ早いが……わしらにはお前をこれ以上、手元で遊ばせている余裕はない」
「はい」
玉座にて跪くボクに王様は続ける。
「お前にはこれまでありとあらゆる資材を投資して育ててきた。今こそ恩返しの時だ。協力してくれるな?」
「はい」
「そうか。とはいえ初めての仕事でそこまで難しい頼みをするつもりはない」
王様は続ける。
「まずはその鍛え上げられた武勇にて王国近辺の魔獣を討伐して参れ」
「はい」
「一匹たりとも残すでないぞ。魔獣を殲滅しろ。内容は以上だ。幸運を祈る」
「……はい」
◇◆◇
「勇者様、行かれるのですか?」
「はい」
玉座を出たところで声を掛けてきたのは王女様だった。
金髪の美人さんだ。
ボクには縁遠い人だ。
王女様は数少ないボクの話相手でもある。
こんな無駄飯喰らいなボクに怖い目を向けない珍しい人だ。
「それではこれを持って行ってください」
「これは?」
「一度だけ命の危険から装備者を守る秘宝のペンダントです」
それは、恐ろしく貴重なものだ。
おそらく王城の宝物庫に保管されているような、そんな代物。
「いえ、お気持ちは嬉しいですが、ボクには必要ありません。──ボクは、死にませんから」
「……確かに、伝説では勇者は死なないと言い伝えられています。しかし、本当にそうであるかは私たちにはあずかり知らぬところですわ。心配なのです。貴方がある日突然いなくなってしまうのではないかと」
「……つまり、お守りのようなものであると?」
「はい。そう思ってもらって構いませんわ」
「……ありがとうございます。……必ず帰ってきます」
「はい、お気をつけて」
王女様はそう言ってボクに微笑んだ。
ボクは少しだけ、気恥ずかしかった。
もしかしたらボクは王女様のことが好きなのかもしれない。
帰ってこよう。
そしてこの国を守ろう。
ボクは心の中で密かにそう思った。
◇◆◇
「もしや、貴方は──いえ、貴方様は!」
「はい、勇者です」
自分で勇者と名乗ることに抵抗はある。
でも、それ以外に自分を示すものが何もないのだからそう言うほかないだろう。
「あァ!? このチンチクリンが勇者だとォ!? 冗談も大概にしろッ!! ──ただのデブの子供じゃねぇか!」
突然後ろから肩を掴まれて罵られた。
それを止めてくれる人はいない。
周りを見渡しても遠目にこちらの様子を窺っている人たちばかりだ。
みんな、体に傷を負っている。
腕がない人、脚がない人、片目がない人、耳がない人。
彼らは失ってきた人たちだ。
冒険者は命がけ。
そして失った肉体が治ることはほとんどない。
魔法はある。
地球の人間にはできない、超人的身体能力もある。
でも治癒魔法はない。
それはどれだけ怪我や損失が今後の人生にとって重たい出来事かを示していた。
「こんにちは」
「あァ!? ふざけてんのかてめェ!」
胸倉を掴まれた。
ボクは咄嗟に相手の腕を掴んで、地面に這いつくばらせた。
王宮武術というらしいが、どちらかといえば合気道と言った方が分かりやすいだろうか。
「ァぐッ! なんだッなにがどうなったッ!?」
「──この馬鹿! なにやってんだい!」
ボクが手を離すと、相手の方に茶髪の女の人が駆け寄っていった。
同じパーティーなのだろうか。
「本ッ当に申し訳ありませんでしたッ!」
「大丈夫ですよ。幸い怪我もありませんでしたし」
「寛大な心に感謝いたします」
珍しいな。敬語が使えるなんて。
冒険者は荒くれものばっかりだって聞いてたのに、それこそ女の人の横でむくれっ面をしている男の人のように。
男の人は直剣を背負っていて、全身を皮鎧で覆っている。
軽戦士という奴だろうか。
対して女の人は弓をわきに置いている。
弓使いのようだ。
「あの、勇者様はこちらに何をしにいらしたんですか? 噂では王城で特別な教育を受けているって……」
噂になっていたらしい。
それはそうか。
世界は本当に勇者という存在に期待しているのだ。
この絶望的な世界を替えられるんじゃないかって。
期待が重い。
でも、
「ボクは教育を終え、今日から勇者としての仕事をすることになりました」
「えっ……」
その驚愕は幼さに対するものだろうか。
あるいはこの太っただらしない体に不安を抱いているのかもしれない。
おそらく両方だろう。
「はッ、こんなデブ小僧に何ができるってんだ」
「アンタは黙ってなさい! そ、それにしたって些か早すぎるのでは……?」
「すでにギルドの方には承認していただきました。あとは責務を全うするだけです」
「責務、っていうのは……?」
「──ゼノ平原、ジュマンジュの森、そしてエクレシアの泉。そこに潜む魔獣すべての殲滅です」
「ぶゥ──!!」
男の人が噴き出した。
女の人は放心している。
信じられないのだろう。
実力を示さずに大言壮語を吐いたところで信じてはもらえまい。
それがたとえ勇者と言えどだ。
「おまッ、それ本気で言ってるのかッ!? ギルドの奴らはなんでこんなバカげた依頼を承認してやがるッ! 俺が文句言ってくるッ!」
「馬鹿! やめなさい! っ、でも、本気なの?」
「はい」
敬語が崩れた彼女に問われてボクは平然と答えた。
ボクはその為にこれまで生きてきたのだから。
◇◆◇
「休憩しなくて大丈夫ですか?」
「誰に物を言ってんだ。俺はお前より先輩でベテランだ。この程度でへばったりはしねぇよ」
ボクの問いに男の人が答える。
ボクたちがいるのは件のゼノ平原、その真っ只中である。
周囲には──夥しい数の魔獣の死体が転がっている。
「チッ、勇者ってのはこんなバケモンなのかよ」
「何か言いましたか?」
「……なんでもねェよ。おい! リアラ! 他に魔獣は!?」
「──いないっぽーい! 取り合えずここら一帯は終わったみたい!」
ゼノ平原は広い。
王宮産の魔物寄せと言えど、魔獣をおびき寄せられる範囲には限度がある。
ゼノ平原全域の魔獣を駆逐するにはおそらくこの行為をあと十回は繰り返す必要があるだろう。
「休憩が必要なさそうなら次に行きます。準備してください」
「魔石は取っていかねェのか?」
「これだけの数では時間がかかりすぎます。しかしアンデッド化されても面倒なので昼過ぎにはギルドに戻って死体の除去を依頼しましょう。報酬は魔獣の魔石で」
「はァん、なるほどな。頭良いじゃねェか。それも王城で習ったのか?」
「ええ、まぁ」
「はッ、リアラ! 次行くぞ!」
「──えぇ~! もう! 人使い荒いんだから!」
まだ使えそうな弓を回収していた女の人、リアラさんは残りの回収を諦めてこちらに駆け寄ってきた。
少しだけ魔石を取って彼女の消費した矢の費用に充てるべきかもしれない。
あとで相談しよう。
◇◆◇
男がいた。
アンドレーという男だ。
彼はリアラという幼馴染と冒険者をしていた。
故郷の村をゴブリンに滅ぼされて冒険者を志した。
幸い彼らには才能があった。
元々村では狩りを得意としていて、剣と弓、それぞれで才能を遺憾なく発揮した。
冒険者としての歴が長くなってくると、他の奴とパーティーを組むこともあった。
二年くらいは一緒に冒険をしただろうか。
リアラ以外の仲間はみんな死んだ。
弱かったからだ。
それは俺も同じだ。
リアラ以外を守る余裕がなかった。
あいつらはもしかしたら俺のことを恨んでいるかもしれないな。
俺は強くなろうと思った。
これまでもそう思っていたが、明確な変化は王都のギルド長に師事し始めたことだろうか。
王国最強と言われる騎士団長とタイマンを張れると噂のギルド長だ。
それはもう強かった。
そんな人に師事して三年。
気づけば年齢は二十を超えていた。
時間が経つのは早い。
今だにギルド長からは一本も取れないが、それでも俺は強くなった。
ここら一帯の魔獣には負けない、ベテランの冒険者だ。
冒険者としての位だって上から一つ下のランクだ。
普通は四人パーティーで目指すランクだが、俺たちは二人で成り上がった。
そんなある日いつものように討伐依頼を受けようとしたところ、異様な存在が目に入った。
──子供だ。
背は俺の半分あるかどうかってくらいのチビ助だ。
村が魔獣に襲われ孤児になった奴らは決まって冒険者ギルドを訪れる。
こいつもその一人だと思った。
可哀そうだが、よくあることだ。
そう思って目を離そうとしたその時だった。
「勇者です」
聞き捨てならなかった。
子供は確かにそう名乗った。
あり得ない。そう思った。
だが、よくよく見てみれば身なりがおかしい。
孤児にしては清潔すぎるし、装備も高級品だ。
なによりあり得ないのはその体型、デブだ。
豚みたいに丸い体と顔。
これが勇者だなどとなんの冗談だと思った。
冷やかしか。
そう思い、ふざけたガキに手を出した。
するとどうだ。
──訳も分からぬまま地面に叩き伏せられたじゃねェか。
ありえねェ。ありえねェよなァ。
この俺が抵抗すらできなかった。
この冒険者ギルドで二番手とも言えるこの俺がだ。
俺は、興奮した。
これが勇者。
常外の存在。
このクソッたれな世界を変える存在。
それを確信し、俺はお前が本物か見定めるなどと適当な言い訳をして魔獣討伐についていった。
その結果は、想像を絶していた。
十、百、千、次々と増える魔獣を、あろうことか勇者は素手で殴り殺していた。
あり得るか? それも俺たちを守りながらだ。
剣で殺すと血を落とすのが大変だとかふざけた理由でだ。
魔法も使わず、剣も使わず、なのに傷一つ奴は負っていなかった。
──化け物だ。
そう思った。
そう思って、笑った。
どうしようもなく、高揚した。
こいつに付いていけば、あるいは俺ももっと強くなれるかもしれない。