「姉ちゃん? 来るよ日下部」
「まってあとちょっと!」
五条悟は、散乱した姉の部屋を片付けていた。五条悟が最初に入ってきた部屋である。
現在時刻は午後二時五〇分。日下部一級術師が来るまであと十分。
姉は襖の向こうのどこかの部屋で、外向け用の着物の着付けをしている。
五条悟は地面に散乱した、姉の下着や酒瓶、酒の缶などを広い、片っ端からゴミ袋にぶち込んでいた。
「姉ちゃん? 着物着付け遅くない?」
「もう半年着てないのよ! あと体サイズ合わなくなってるし!」
「まだ成長してんの?」
「私にもわかんないわよ! ていうかあんたが今日って言わなかったらこんなことにはならなかったわよ!」
「太ったんじゃね?」
「だまれ!!」
直球にお怒りの言葉をもらった五条悟は流石にこれ以上言わないことにした。
(全部取るのめんどくさいな)
五条悟は術式を使うことにした。
手を前に出し、術式に呪力をながしこみ、発動する。
――術式順転、「蒼」
彼の前に、蒼い「虚空」が現れる。すべての物質は、それに向かって吸い寄せられるのだ。
しかし、今回彼が使ったのは、ほんの弱い術式。せいぜい掃除機くらいの吸引力しか無い。
それを地面に這わせると、次々に「蒼」の虚空が、姉の下着やゴミなどを、圧縮しながら吸い込んでいく。
部屋の中心の四角いちゃぶ台を中心に部屋の中をぐるぐる回せば、すぐに地面に散乱していたゴミたちは消えた。
虚空をゴミ袋の上に移動させ、蒼を解除する。
すると、バッと集められたゴミ達が開放され、ボトボトと袋の中に落ちる。
「ん?」
その落ちていくものの中に、なにかキラリとしたものが混じっているのを、五条悟の六眼は見逃さなかった。
目にも止まらない速さで手を動かし、それを掴む。
手を広げてそれをみてみる。
「ん?」
なにか宝石のような……しかし、砂のような大きさの石だ。六眼で見るところによれば、それは呪力によって生み出された結晶体のようなもの。
「なんだこれ」
姉の術式は傀儡操術だ。構築術式ではない。しかし、なぜここにこんなものが?
「ん」
気配を感じた。
家の前に誰かが来ている。
(来たか)
姉のために来てくれた客だ。今は二時五十五分。約束の時間より数分速い。
「姉ちゃ〜ん。来たから先でてるね」
五条悟は扉の向こうの姉に言った。
「待ってごめんもうちょい待って!」
「先行くね」
五条悟はゴミ袋を片手に振り返り、そこにある襖に手をかけた。
ガラリとそれを開ける。
縁側が見える。ここから二メートルくらい離れたところに。
五条悟は背のふすまを閉め、足を踏み出した。
そして空中に足を踏みしめる。
数歩歩き、誰の目にも見える縁側についた。
振り返ると、そこにはなにもない。一面の、芝生の庭園があるだけだ。
五条家の家はだだっ広い。
だから、敷地の端にある姉の世界から入口までは、数分歩く距離にある。約束の時間になるまではちょうど着くだろう。
✕
数分後。使用人によって、五条悟は客間に日下部がいると伝えられた。
六眼でそれは既に承知している。
黒い目隠しをつけ、襖の前に立つ。
「や、日下部」
客間の襖を開け、軽く手を上げて五条悟は客人に挨拶した。
来客用のソファに座り、足元の机には湯呑みのお茶が出されていた。
五条悟を見るなり、彼は苦い顔をした。
「何? 僕とそんなに会いたくなかった?」
五条悟はおどけて見せる。
すると日下部が、ようやく口を開けた。
「誰が五条家の屋敷になんて行きたいんだよ。他の御三家に目つけられるぞ」
「でも断る度胸は?」
「ないよ! 畜生!」
「だよね」
日下部は根っからの面倒くさがり屋だった。術式なしの剣術だけで一級呪術師にまで上り詰めたというのに。
どこからか聞いた噂が、「術式とやる気以外すべて持っている男」とまことしやかに言われているらしい。本人が知っているかは知らない。
「で、俺に推薦してほしい人間ってマジで誰なんだ。推薦ぐらいお前の家に来なくてもできるだろ」
「従姉なんだよね」
日下部は目を丸くした。
「…………いるの?」
「いるよ。従姉の一人くらい」
「マジで?」
「大マジだよ」
すると、日下部は口に手を当てて考え込み始めた。
「確かにそりゃあ…………まあそうか。五条家に隠されてた……一級術師に推薦できるくらいの実力を持つ女か。何か外に出せない理由があるんだな。ていうか俺に頼むなよ。冥冥とかのほうが口堅いだろ」
「めんどくさくなりそうだし。事あるごとに頼んでたら財布すっからかんになるよ」
五条悟は、日下部の対面のソファに腰を下ろした。
日下部は顔を上げ、五条悟に目をあわせた(とは言っても目隠し越しだが)。
「マジでいるのか?」
「いるよ。実力は申し分ない。今回は二級受級査定だけど、まあすぐに一級にもなれるでしょ」
「マジかよ……じゃあなんで今まで実力隠してきたんだよ」
「本人の意向でね。今までも別にフリーランスで活動してたよ。外には出てないけどね。京都校にメカ丸って子いたでしょ?」
「マジか……アレと同じ術式か。しかも遠隔で任務こなせるくらいの範囲レベルって事か……」
五条悟は嘘を言っていない。血筋的には、彼の姉、五条雪は従姉である。五条悟が生まれる前に、五条家の中で今の親に引き取られた。だから戸籍的にも従姉→養子の扱いになっている。ちなみにこれは成人してから判明したもので、まだ二人の間には実感がない。
「ん。来たね」
五条悟の六眼によって、待合室に来る姉の気配が見える。
「お前の従姉いくつ?」
「三十。でも見た目メチャ若いよ。なんでかしらんけど」
「マジ?」
「今日マジって何回言った?」
ガラリ、と襖が開けられた。
そこには、優美な着物に身を包んだ、五条雪がいた。恥ずかしそうに頬を染め、視線を足元に落としている。
日下部は絶句した。
まず、デカい。身長百八十越えてんじゃん。
そんで着物のサイズ合ってねーんじゃねーのか。胸がキツキツに着物の中に収められてるし、布地が張りすぎて電球の光反射してんじゃん。
そんでこれで三〇とか嘘だろ。五条(悟)も大概だが、普通ならそろそろ女が一番呼ばれたくない呼ばれかたをされるぐらいの年だ。
でもこの女は違う。ぱっと見二十代前半だ。見ようによっちゃまだ育ち盛りの女にも見える。とても三十路とはマジで思えん。
それら諸々を飲み込んで、日下部はなんとか立ち上がり、軽く礼をした。
「ど、どうも。日下部です」
すると、その女も挨拶を返してくる。
「は、はじめまして……五条……雪、です。よろしくお願いします…………」
声高っ。めちゃめちゃ乙女じゃん。日下部はそう思った。
「さー雪さん座って座って。お茶でも淹れますから」
立ち上がった五条悟は、おちゃらけて姉に近づいた。
もっとも、この場では他人行儀のように振る舞うことになっているが。雪さん呼びもそれ故である。
日下部は、着席しようとする雪に、同情の眼差しを向けた。『苦労人ですね、こんなやつの親戚なんて……』と。
すると偶然にも雪と目があった。雪はそれに気づいたのか、『ああ……いつも五条悟がお世話になっております。お疲れ様です』という眼差しを返した。
五条悟は急にくしゃみが出そうになった。
「じゃ、お茶いれるから。二人とも適当に話しといてね〜」
五条悟は気楽なステップで部屋から出た。
「いつもお疲れ様です、五条雪さん。まさか、五条悟に従姉がいるとは…………」
若干気まずい中で、日下部は口を開いた。
「いえ……そちらこそ。私はほとんど外に出ない身ですし…………」
また沈黙が流れる。
「えっと…………今回は二級呪術師昇級……というより受級試験を受けたいということで……」
「はい……というか従弟が言い出したんですよね。いきなり、取れと」
「ああ……なるほど。理解しました。なかなか苦労をなされて……」
先ほど目線でしたやり取りの確認作業だった。
「一応その……書類を。
「はい……ずっとフリーランスで」
そう言う、自己紹介を兼ねた会話が数回続いた。
日下部は安心した。五条家の良心だ、この子は!と。
「――で、試験内容は一級ほどのものではなく、二級相当の術師と任務を、私と別の一級術師の監督のもとでこなすことによって、その出来に応じて二級もしくはそれに準ずる準二級の階級が与えられます。準二級の資格が与えられた場合は、次のステップとして、単独で二級相当の任務をこなせば、審査のもと二級の階級が与えられます。説明は以上です」
「――ありがとうございます。よくわかりました」
「質問とかはあります?」
「いえ――特には」
数十分かけ、説明が終わる。
日下部は「あいつめんどくさいからどっか行ったな」と確信した。結局雪の分のお茶は使用人が持ってきていた。
「説明終わったみたいだねーーー!!」
スパァンと襖が開け放たれた。
二人揃ってのけぞってびっくりした。
「なんだよびっくりしたぁ!?」
「説明おわった!? 終わったね! じゃあ次は僕からね!」
五条悟の有無を言わさぬ勢いに、日下部は押されるしかなかった。
彼は立ったままで話を始めた。
「対面したところ申し訳ないんだけど、試験は雪さん自身の傀儡でやる。いいよね?」
「マジ?」
日下部が聞き返す。
「マジだよ。別に名簿登録のほうは
「まあそういうことなら……傀儡で試験受けれるならいいんじゃね? 京都校のメカもいるしな」
日下部は了承する。
「試験はいつ頃になりそう?」
五条悟は一拍おいて聞いた。
「呪術界はいつでも人手不足だ。任務は有りあまってる。準備が整い次第、来週にでもできるさ。監査役はまあ適当にいるだろ。七海とか」
「僕も七海に頼むつもりだよ」
「ったく……同情するぜ。この試験もお前の意向なんだろ? 雪さん言ってたぜ。お前に無理やり受けさせられたって」
「あれ……バレたか」
「目的はなんだよ? 言わねーだろうが」
日下部は訝しげに五条悟の目を覗き込む(目隠で見えないが)。
「教師になってもらう」
「はあ!?」
日下部は目を丸くする。
「教師に!? それもお前の都合か!?」
「僕にも色々考えがあるの。宿儺も受肉したんだ。備えあれば憂いなし。あるものはできるだけあったほうがいい。でしょ?」
日下部は口元に手をあて、少し言い淀んだ。
「お前のやりたいことなんで別に何でも良いけどよ……あんまり派手なことして俺を巻き込むなよ」
「善処はするよ。縛りはできないけど」
「まあいいや……話はこれで終わりか? 俺は帰るぜ。休日っつっても任務はいくらでもあるからな」
「そう。送ろか?」
「いらん。帰る」
そう言って日下部は雪に一礼だけして席を立ち、「じゃあな」と残して部屋から出ていった。
ばたりと襖が閉じられる。
五条悟は姉を振り返った。
「さ、姉ちゃん、お疲れ」
姉ははあ……と息をついた。
大きな体が、ソファの上で縮こまる。
「うん……疲れた。他人に会うの、何年ぶりかな……」
なぜか、口調がいつもより幼くなっていた。
「ま、いよいよ、というか早速来週だよ、姉ちゃん。高専にも二級術師いるし、誰かと一緒に任務できるかもね。てか、恵二級じゃん」
「恵? あの恵? あの子元気?」
姉は顔を上げて五条を見上げた。
「そりゃもう元気だよ。ていうか宿儺受肉の現場に立ち会ったの恵だよ」
それを聞いた途端、姉の顔がかあっと赤くなった。
「恵を!? 宿儺の指回収任務に!? さらに宿儺の受肉の現場に!?」
先程まで縮こまっていた姉とは思えないほどの怒号だった。部屋に反響する。
五条悟は「やっべ」という顔をした。
伏黒恵。かつてその身を売られそうになり、五条悟によって引き取られた子だ。
五条悟もだが、五条雪はそれ以上に、伏黒恵をかわいがっていた。伏黒恵のお陰で家から出る頻度が十倍になった時期もあった。
しかし中学に上がって、伏黒恵も多感な時期になり、雪に対して若干拒絶手前の敬遠の雰囲気を漂わせたことにより、雪が恵の家庭を訪ねることははたとなくなった。雪は人の雰囲気や感情を読むことにめちゃくちゃ長けていた。しかしそれが思春期の純情によるものだとはついぞ気が付かなかった。
「でもさでもさ」五条悟は姉を諌めるように、言い訳をするように言い出した。「恵に会えるの久しぶりじゃん。楽しみじゃない?」
雪は少したじろぐ。
「…………まあ……別に決まったわけじゃないけど……楽しみ」
「でしょ? まあ姉ちゃんも楽しみにしてなよ。七海も来るしね」
「私七海と面識ないし…………」
「まあ楽しみにしてなよ。じゃ、姉ちゃん、おやつでも食べようよ。良い時間だし」
雪はため息を付き、腰を上げた。
「結局私が作るんでしょ」
「カスタードプリンのもっかい作ってくんない?」
五条悟は部屋の襖を開けた。
「う〜ん……お金払って欲しくなってきた…………」
続く!!
一日に二話も書いてしもた……書くの楽しい……。良ければ感想とかご遠慮なくお願いします。
読んでくれて感謝!!
五条姉やこの話に何を求めますか? 参考までに
-
姉っぽい感じ
-
戦闘
-
エッ
-
日常のほんわか
-
人心無?(シリアス的な)