短編1話完結。
「他に、誰ぞおらぬか」
織田信長が上機嫌で言った。
御前仕合。信長の選んだ者を戦わせた。双方とも、感嘆するに充分な戦い。決着後は、互いの健闘を称え合い、退場した。
居並ぶ家臣達に伝わる。これは余興ではない。
天下布武に向けた信長の意思表示。織田は身分を問わない。力のある者は認め、取り立てる。
道場には戦いの熱が残る。
観衆の奥から、前列の家臣をかき分けてきた。首を左右にひねったあと、信長に向き直る。
「次は俺にやらせてもらってもいいかい?」
蜂須賀小六が言う。
墨俣の妖怪を集めた川並衆の顔役であり、自身も妖怪の血を引く。藤吉郎と手を組む形で織田に加わった。
「おもしろい」
信長は興味深げに小六を見た。
「許す。あやかしの力を見せてみよ。うぬと川並衆、悪いようにはせぬぞ」
「話がわかるねえ、大将。そうこなくちゃ」
藤吉郎は織田家に士官してから、異例の早さで武勲を立て、家中に知れ渡る。小六と川並衆は、妖怪の武力で藤吉郎を支えてきた。
避けて通れない軋轢が生まれる。行商人の藤吉郎を武士とは認めない者も多い。妖怪を仲間に連れている様子も反感を抱かれた。
小六もまた、本来なら手柄とされるであろう働きをしていながら、時には差別されてきた。
「そら、あやかし退治がしたい奴はいねえのか?」
「うわぁっ!」
鎖鎌を取り出す。分銅を振るい、周囲の者を追い払う。
「お、おい、小六。あまり乱暴なのは。な?」
藤吉郎がうろたえる。
立ち回りはいつも考えている。軽々に衝突しては未来はない。織田家に居場所を作ろうと苦心しているさなかだった。
離れた位置で明智光秀が静観していた。かたわらにいる斎藤利三が口を開く。
「では……僭越ながら、拙者が」
「利三、殿?」
それぞれの顔を見て、藤吉郎は思考に詰まる。斎藤利三は明智光秀の懐刀と言われる側近。暴力で渡り合うべき相手ではない。
「いい度胸してんじゃねえか」
小六は道場の中央まで歩を進めた。利三も応じる。
腕の紐を締め直す。手を閉じ開き、なじませる。準備しながら利三を見た。
大太刀を背負い開始位置に立つ。聞き取れないほどの声で、なにやら文言を唱えていた。
「なんだありゃ」
「精神統一の真言だろうな」
不安げな顔で藤吉郎が言う。
「剣術と陰陽術の達人だ。明智光秀殿の腹心で、信長様にも重用されている」
「ぶちのめせば、俺の方が上ってわけだ」
「いや、それは……」
利三よりも、背後にいる光秀が気になった。
金ヶ崎の戦いでは、助勢を申し出てきた。別働隊で参戦はしたものの、肝心の撤退時に連携が取れず、孤立した藤吉郎達は窮地に立たされた。
その後は藤吉郎について探りを入れている様子が見られる。利三の立ち合い志願も、光秀の思惑が感じられた。
織田での影響力を考えると、敵対はしたくない。慎重にならざるをえない人物。
「おい。手加減しろなんて言わねえよな」
「一切不要にて願います」
声が利三に届く。
「蜂須賀小六殿の全力をお見せ頂きたい」
「だとよ」
小六は藤吉郎に言葉を投げた。
真意を計りかねる。ならば流されてもよい。近付いて、相手がよく見える。
「わかった。勝ってこい。俺達の強さを見せてやれ。あとは藤吉郎流でなんとかする」
利三を見る。肩越しに光秀と目が合った。
対峙する。数歩の間合い。
小六は鎖鎌を構えた。旋回する分銅が空を切る。手を放せば利三に襲いかかる。
「抜かないのか?」
利三は腰を低く落とし、愛用の大兼光を、納刀したまま前方に向けた。
「抜き、即斬。……参られよ」
鎖分銅がある小六の鎌に、利三の大太刀は長さで劣る。先手を取らせて合わせる。利三は呼吸まで止まったかのように静止した。
緊張した空気が観衆にまで届く。
武器を打ち鳴らす叩き合いだった先刻とは違う。今回は一瞬一閃で決まる。誰もが固唾を呑んで目を凝らした。
墨俣に棲む相棒、鎌鼬を思い浮かべる。木を薙ぎ倒す大鎌。藤吉郎は達人と呼んだ。小六も感じる。
小六が踏み出せば、利三が抜き払う。
しばし見合う。
風切り音が消える。小六は頭上で回していた鎖をゆるめ、分銅をつかんだ。手首を返し利三に投げる。
掛け釣瓶の仕込み。放たれた分銅は、速くも遅くもなく、獲物を惑わせる。
利三の視線が分銅に重なる。
瞬間。小六は跳び上がった。
鎖を引き、空中で身をひねる。分銅は弧を描きながら回転。小六を中心に渦巻いた。
利三も踏み出す。大太刀がさやを走り、刀身が光る。宙に跳ねた河童を狙う横一閃。
突風にも似た音が響く。観衆に吹き抜けたかのようだった。
掛け釣瓶は、大きく回転させた鎖分銅で弾きながら、手に持つ鎌で斬りかかる。小六は大太刀の軌道を読んでいた。背中で受け止める。
小六の防具は水中での戦闘も想定した軽装だが、甲羅のような装甲を身に着けており、背面からの奇襲に備えている。
装甲は強度に加えて、複雑な形状の突起がある。刀剣を弾き、通さない。小六が振り向きながら突き進む。着地。叩きつけ、利三を吹き飛ばした。
「小六ッ!」
藤吉郎が叫ぶ。立ち上がり、小六に駆け寄った。
時間が動き出す。観衆がざわめく。
付近の者が様子を見るより早く、利三は立ち上がる。側頭部を負傷していた。血を流してはいるものの、深手ではない。
小六と藤吉郎の前まで歩く。足取りは堅実で、決着を感じさせない。
「いや。もう、な?」
藤吉郎は小六を見た。認められた御前仕合とはいえ、利三を殺しては、光秀との敵対は避けられない。
「お見事」
一礼。利三の頭からわずかに血がこぼれ、道場の床に落ちた。
「お手並みのほど、とくと拝見させて頂きました」
「……おう」
言葉に内心が見えない。不審感だけが浮かぶ。
「鎌を使わなかったのは、手心でしょうか」
掛け釣瓶で飛びかかった小六は、鎌では斬らず、握った拳で殴りつけた。
「首まで取ろうとは思わねえよ。それに……な」
背中の装甲を取りはずした。藤吉郎が息を呑む。
破壊されている。
突起の上から一直線に、深い切れ目が割り込む。剣だけではない。火の陰陽術を大太刀に乗せ、焼きながら斬った。
「やっぱり手加減しやがった」
自分の目で見て確信した。装甲だけを斬られた。受け止めた背中の感覚。太刀の勢いに反して軽い。
胴体まで届くはずの抜即斬。
「お前の方こそ、お情けか?」
「拙者も同意ゆえに。ここは戦の場ではございませぬ」
通じながらも重ならない思い。
それは人間と妖怪の隔たりそのもの。遠い過去から、いつか未来まで続く。
気配を察した藤吉郎が顔をしかめた。
小六はため息をつく。
「命を握り合ったんだ。少しは腹を割れよ」
周囲の煮え切らない様子に嫌気が差す。人間は好きではないが、藤吉郎や信長に会い、意せずして妖怪との仲介を引き受けるようになった。
たびたび対立する中で、関係が生まれていく。今までなかった感情が小六に去来する。
「血を拭いたら、一緒に湯屋はどうだ?」
「いえ。拙者はあまり……そのような」
数歩下がり、再び利三は礼をする。
堂々と歩き道場を去る。藤吉郎が気付く。すでに明智光秀の姿もない。
小六は口を結ぶ。藤吉郎も落としどころが見つからず、言葉に迷った。
「なんだあいつ。風呂は嫌いなのか」
「まあ、今日はこのへんでな……」
扇子の音が響く。
上座にいる織田信長。一動作でその場を仕切り、注目を集めた。
「他にも、誰ぞいれば、名乗り出るがよい」
人妖を併せ呑み、織田の天下布武は進む。