米女メイは酷く浮かれていた。普段はその眼光から近寄りがたいと言う不名誉なイメージを拝命している彼女だか、今日は目尻も下がり、練習も休憩中に鼻歌交じりなどと、まさしく文字通りご機嫌な様子であった。
「四季ちゃん、メイちゃんって本当はあんな感じなの?」
「全然……あんなに浮かれてるメイは初めて見るかも」
加入当初のイメージとの乖離を不思議がって音羽が四季に訪ねるが、メイと長い付き合いがある四季ですら、ああいったメイの様子は初めて見るらしい。
「よっ、四季~! ご機嫌だなぁ~!」
「その言葉、鏡に向かって言った方がいいと思う……」
「メイちゃん、何かいい事でもあったの?」
「ふっふっふ……実はだな……じゃーん!」
そう言ってメイが二人に差し出したのは、スマホの画面……そこには、自転車が映っていた。
「婆ちゃんがさ、ちょっと遅めの入学祝いだって自転車買ってくれたんだ! それが今週の土日届くんだけどさぁ~、早く乗り回したくて仕方がないんだよ!」
「そうなんだぁ。よかったね、メイちゃん!」
「あぁ! それでさ、四季。ちょっと付き合ってくれよ。一緒にサイクリング行こうぜ!」
言わずもがな、この自転車を乗り回すのに付き合って欲しいという意味だろう。期待を込めた眼差しで四季に訪ねるメイ。
「Sorry、メイ……その日は、飼ってるクワガタのエサを見に行かなきゃいけなくて」
「なにぃ~!? そんなぁ……」
その願いは叶わず、先程までの浮かれムードが明後日の方向に飛んで行ってしまったのかその場でガックシと膝をついてしまった。
「あわわ、どうしよう。メイちゃんが……」
「……音ちゃん。ちょっといい?」
「どうしたの、四季ちゃん?」
「これこれ……と、言うわけでゴニョゴニョ……」
「う~ん……よし、わかった!」
項垂れるメイを前に、四季が何やら音羽に耳打ちをした。その直後、音羽はメイに声をっける。
「ねぇ、メイちゃん」
「あぁ、なんだぁ……オトちゃん先輩……」
「もし、メイちゃんがよかったらなんだけど……サイクリング、僕を連れてってくれない?」
「本当か!?」
音羽のその言葉を聞いた瞬間、メイは膝にバネを受けたかのように飛び上がって、音羽の手を取った。余程嬉しかったのだろう。
「ありがとな~! 一人で乗るのはちょっと寂しかったからさ」
「ううん。僕も、メイちゃんともっと仲良くしたいって考えてたから」
「おう! それじゃ、週末はよろしくな!」
そう言って、ニカッと笑うメイ。そのまま部室の方へと駆けていくメイを、音羽は微笑みながら見守っていた。そんな音羽を小突く人物が一人。
「むぅ……やっぱり、音ちゃん羨ましい……」
「四季ちゃんもサイクリング行きたかった?」
「それもあるけど……あ、でもメイの事も羨ましい……二人の間に……ブツブツ……」
「?」
音羽の肩をトントンと突きながら小声で呟く四季に、音羽は首をかしげていた。
***
時は飛んで週末、音羽は中学の頃に買って貰った銀の自転車を漕ぎ漕ぎ、メイが指定した公園へと走っていた。集合場所について程なくして、待ち合わせていた人物が風を切りながら颯爽と登場した。
「よっ、オトちゃん先輩!」
「おはよ、メイちゃん! うわぁ……自転車、凄くカッコいいね!」
「へへっ、まぁな。昨日少しだけ試しに乗ってみたんだけど、最高なんだぜ!」
メイが跨がる自転車は、メイのイメージカラーの如き
「それじゃ、早速行こうぜ。街中だとそんなスピード出せないけど、ここから少し走ったらサイクリングロードがあるんだ。そこに行こうぜ」
「わかった! ついて行けるかわかんないけど……」
「あはは、心配すんなって。でもその代わり、今日は一日中突っ走るつもりだから、最後まで付き合ってくれよ?」
「お、お手柔らかにお願いします……」
そうして二人は、メイを先頭に街中を緩やかに走り出した。無論、ただ走るだけではなく他愛もない会話をしながら。
「そういやさ、オトちゃん先輩はなんでスクールアイドル部に入ったんだ?」
「うぅ~ん……みんなの力になりたくて、かな」
「そっか。じゃあ最初は、スクールアイドルに興味があったとかじゃないんだな」
「まぁね。でも、今は色んなグループを見て勉強してるし、その中でも結構いいなって思うグループはあるよ。勿論、1番好きなのはLiella! のみんなだけどね」
「おっ。じゃあ、今度ウチにあるDVD持ってきてやるよ。先輩達と一緒に鑑賞会しようぜ!」
「それいいね! すっごく楽しそう!」
夏の照りつける日差しはどこ吹く風、二人は会話を弾ませる。
「オトちゃん先輩、疲れてないか?」
「ううん。まだまだ全然。でも、喉渇いちゃったかな」
「そっか。自転車って結構水分いるからな、コンビニでも寄っていこうぜ」
音羽が喉の渇きを訴えたのもあり、二人はコンビニへと進路を取った。内部はクーラーが効いているのもあり、二人は涼みながらそれぞれお目当ての品を探しに行く。
「あ、これ新作スイーツじゃん」
「そうなの? メイちゃん、そういうの詳しいんだ」
「まぁな。でもこういうシリーズってついつい手に取っちゃうからなぁ……出費が……」
「それ、くぅちゃんも言ってた気がする。二人、気が合いそうじゃない?」
「わわわ、私が可可先輩と!? いやぁ、そんな恐れ多い……」
「スクールアイドルへの情熱とか、結構同じベクトルを感じるんだけどな。話しかけてみたら、絶対くぅちゃん喜ぶって」
「うぅ、そうかなぁ……」
Liella! のメンバーの話になった途端、メイは顔を赤らめながら、だがしかしうつむいて話を続ける。
「私、こんなナリだからさ。話しかけられたら結構怖がられる事とか多くて。その事を悪く言ってくる奴らもいるんだ。そういうのは無視してればいいけどさ、もしまたそんな事があったら……」
「大丈夫。Liella! の皆は優しいし、メイちゃんを怖いって思ってる子は一人もいないよ。それに……」
「それに?」
「僕も、もうメイちゃんといっぱい話してるけど怖いなんて微塵も思わないし、話す度にメイちゃんの事もっともっと知りたいって思えるもん」
「オトちゃん先輩……って、恥ずかしい事言うなぁ!」
「なんでー!?」
音羽の言葉に照れ隠し、音羽をドンと突き飛ばすメイ。音羽はヨロヨロと二、三歩かに歩きをしてからその場に踏みとどまった。
「むーっ……」
「ご、ごめんってメイちゃん」
「……スイーツ」
「え?」
「スイーツ一つで、許してやるって言ってんだ!」
「は、はいっ!」
と、そんな一幕もあってから、二人はコンビニを後にした。
「ごくっ……ごくっ……ぷはぁ! なんかこう、生き返るって感じがするね!」
「ならよかったぜ。あむっ……ん~、これ美味ぇ!」
ゴクゴクと、音羽がスポーツドリンクを喉に流し込む傍ら、メイは嬉しそうに音羽が買ったコンビニスイーツを頬張っていた。
「ふふっ。メイちゃんが喜んでくれてるならよかった」
「あ、オトちゃん先輩も一口食べるか? ほらよ」
「いいの? それじゃあ、お言葉に甘えて。あむっ……ん、美味しい!」
「だろ~!」
少し休憩を挟んでから、二人はまた風を切って走り出した。
「メイちゃんは運動するのが好きなの?」
「まぁな。体育好きだし、走ったり、こうしてサイクリングとかするのもな」
「ふふっ。じゃあ、今後とも頼もしいね」
「あ、あんま期待しないでくれよ……ただ、スクールアイドルが好きだったってだけだし、実際に踊るのはまた別で……」
「そう? でも、千砂都ちゃんがメイちゃんのダンスを凄い褒めてたよ!」
「ち、千砂都先輩が~!? でっへへへへ~」
他愛もない会話を風に流しながら、二人は走り続ける。
「オトちゃん先輩、疲れてないか?」
「まだまだ平気。でも、結局どこまで行くの?」
「ふっふっふ……それは内緒だぜ? お楽しみは秘密の方がいいからな」
「そっか。だったら、メイちゃんにお任せしますっ」
「おう! でも、そろそろ腹減っちまったな」
またしばらく走っていると、今度はメイが空腹を訴え始める。太陽も二人の真上を通過するタイミングであり、腹時計が鳴るのも無理はないであろう。
「お昼ご飯、どこで食べよっか」
「この後も走るし、手っ取り早く元気が出るのがいいよな」
「うぅ~ん……あ! あそこにうどん屋さんがあるよ!」
「それいいな!」
おあつらえ向きな昼飯を見つけた二人は、そこで腹ごしらえをする事にした。
「私、肉うどんにしよっかなぁ~。オトちゃん先輩は?」
「僕は……柚子ぽんのさっぱりうどんにしよっと」
「先輩、みかんが好きなんだっけ。柑橘系全般好きなのか?」
「言われて見れば……そうなのかも?」
「なんで疑問形なんだよ」
しばらく待ってから運ばれてきたうどんを、二人は思いっきり啜る。その瞬間、うどんに絡んだ露の旨み。メイの口の中にはそれと共に肉の油が。音羽の口の中には柚子のサッパリとした爽やかな酸味が広がった。
「うっひょ~! うめぇ~!」
「ホントだ、美味しい……! 今度、みんなとも行きたいね」
「あぐっ……がつがつ……」
「メイちゃん、聞いてる? ん、ちゅるっ……いい食べっぷりだけれど」
「オトちゃん先輩には……むぐむぐ、言われたくないぜ」
丼の中身をあっという間に胃に流し込んだ二人は、またまた走り出す。
「……もう結構走ったんじゃない?」
「まだまだ、これで半分ぐらいだぜ?」
「えぇ……」
二人は走る、走る……
「おっ、ここからサイクリングロードだ! 気合入れていくぞ~! ひゃっほ~!」
「あ、メイちゃん! 置いていかないで~!!」
***
そうして走り続けて数時間、すっかり夕日が傾き空が茜色に染まる頃。メイ達二人はようやくゴールへと辿り着いたのであったが。
「着いた~! って、あれ? オトちゃん先輩? おーい! こっちだぞ~!」
「ぜぇっ……はぁっ……」
音羽が息絶え絶えなのも無理はない。数時間、休憩を挟みつつもほぼぶっ通しで走り続けた上、ラストスパートにメイが走り始めたのは上り坂がひしめく山間の道……山道をビュンビュンと縫って走るメイについて行くのがやっとであったのだ。50メートルは離れていたであろう間を埋めて、やがて音羽がメイに追いついた。
「メイちゃん、凄く元気だね……」
「いやぁ。コイツの乗り心地もメッチャ良くてさぁ」
「あ、あはは……」
「それよりさ、オトちゃん先輩。前、見てみろよ」
「え……?」
笑っている膝を抑えながら、音羽は前を向く。するとそこには……
「うわぁ……」
今まさに、夕日が海岸線の向こうに沈もうとしていた。空も、海も、街も、山も。視界に入る全てが茜色に染まっていた。開けた場所から見えるその景色は、まさに絶景と言うに相応しいであろう。
「メイちゃん、これが見たくて?」
「あぁ。なんかこう、好きなんだよな。夕焼けって。普段は色々な色に溢れてる世界が、この瞬間だけ真っ赤に染まるこの感じがさ」
「ふふっ。ステキな考えだね」
二人は並んで、茜色に染まる世界を見つめる。不意に、メイが口を開いた。
「今日は、ありがとな。付き合ってくれて」
「うん。僕も、メイちゃんと一緒にこの景色が見られてよかった」
「最初はさ、ちょっと不安だったんだ。四季以外の誰かと出かけるなんて、初めてだったし。でも、今日オトちゃん先輩と一緒に走って、色々話をしてさ。オトちゃん先輩とここに来られたのも、間違いじゃなかったのかなぁって思って……と、とにかく! 誘ってくれて、ありがとな!」
「こちらこそ、こんなに素敵な景色を見せてくれてありがとう!」
「お礼を言い合うのってちょっと照れくさくて苦手なんだけどさ、世界も茜色に染まってたら、恥ずかしがってるのもわかんないって言うか」
「ふふっ。そうかもね」
そうして二人はいつまでも、夕日に染まった世界に浸り続けて……
「そういえば、メイちゃん」
いようとしたのも束の間、音羽が少し震えた声でメイに訪ねる。
「どうしたんだ?」
「今日、ここに来るまで何時間ぐらいかかった?」
「えぇっと、大体9時間ぐら……あっ」
「夏は日の入りが遅いからね……気づかなかったけど……」
「あれ、もしかしてこれヤバい感じか?」
二人顔を見合わせる。茜色に染まった世界でもわかるぐらい、互いの顔は真っ青に染まっていたそうな。
「「ど、どうしよ~!?」」
山の頂上付近で慌てる二人を無視して、太陽は無慈悲に沈んでいく。結局、この後メイが自分の両親に電話をして車を出して貰って事無きを得た。メイの母親が音羽……男子と出かけていた事に酷く驚いた事や、夜遅く帰った音羽に珍しく湊人の眉間の皺が寄った事は……また別のお話。