「よーし、今日はここまで! 皆お疲れ様っ!」
「ふぇぇぇ……」
「ふーっ、ふー……」
ジリジリとした日差しも鳴りを潜め、すっかり空が赤く染まった夕刻。数時間に及んだ練習の終わりを告げる千砂都の掛け声が響き、Liella! メンバーは各々身体の力を抜いていく。
中腰になって息を整える者、床に手をついて息を上げる者、更には床と一体化するように倒れ込む者。
皆それぞれ程度の違いはあれど、疲労を隠せずにいるのは同じである。
「皆さん……大丈夫、ですか……?」
「私は何とかな……」
「Very Hard……」
「腰も、足も、バキバキですの……」
「足が、棒になっちゃったっす……」
「ククも、デス……パタリ」
「皆、大丈夫……?」
後ろで練習内容をノートに纏めていた音羽が身動き出来ない様子の皆の元に駆け寄り、手早く水分補給用のボトルを手渡していく。
一同は音羽に礼を言うと、手渡されたボトルを口に付けるとほぼ垂直に傾け一気に中身を身体に流し込んだ。
その勢いに少し気圧される音羽に、かのんと千砂都が同時に声を掛ける。
「おとちゃん、お疲れ様っ!」
「おとくん、お疲れ様! 結構通しでやっちゃったけど大丈夫? 疲れてない?」
「ううん、僕は大丈夫! 皆こそ……大丈夫?」
「私は平気だよ! むしろ今からが本調子って感じ?」
「そうだね、このままランニング3セットはしたい気分かな!」
「か、勘弁してクダサイ……」
「少し休ませて欲しいっす……」
「言うじゃない。何セットでも走りきって見せるわ。ほら冬毬、行くわよ……冬毬?」
「し、少々、お待ちを……はぁっ、身体の、コンディションを、整え、ます……ゲホッ……」
「いや明らかに走れる状態には見えねぇぞっ!?」
「皆、あまり無理はしないでね……」
かのんと千砂都が追加で走り込みを提案し、その言葉に多種多様な反応を見せる皆。そしてその様子を見て皆を心配する音羽。
マルガレーテと冬毬。2人の新入部員を迎え、ラブライブ2連覇という前人未到の目標に向けて、Liella! はいっそう練習に精を出している。
その中でも1期生……特にかのんと千砂都の気合いの入りようは段違いで、時間が多く取れる休日とあればほぼ毎回練習終わりに何かしらの追加練習を提案する程であった。
皆も一旦は驚愕したり2人に食いついたりするなどはあるものの、結局は最後の最後まで練習をやりきるという一連の流れまでが恒例となっていた。
「ふぅっ……走るのは良いけど、少し休ませて……」
「一旦、息を……はぁっ、もう、少しで……ふぅ……」
「ふー……よし、整った。行こう」
「ふぇっ!? 四季ちゃん早いっすよぉ!」
「効率的な呼吸法を実践した。きな子ちゃんもやる?」
「ぜひ、お願いするっす……」
「っし……行くか!」
「あともうひと踏ん張りです! 皆さん、頑張りましょう!」
「ハァァァ!! タマシイを燃やし尽くしマショウ! 加油!!」
「はぁ……相変わらず騒がしいわねあなた達……」
「じゃあ、僕も準備してくるね!」
「おとちゃん、ありがとう! お願いっ!」
「うん! 行ってきます!」
乱れていた息を次々に整えた皆が、意気込みを口にしながら柔軟体操で身体のコンディションを整えていく。
その一連の様子を見ていた音羽は、これからのランニングに備えて追加の水分や専用の記録ノートを取りに一旦部室へ戻ることにした。
足早に駆けだした音羽の後ろ姿を皆で見送った後、恋とメイが一瞬心配そうに顔を歪める。
その様子を見た四季と千砂都が、それぞれ横から話しかけた。
「2人とも、気づいた?」
「えぇ……少しではありますが、音羽くんの目元に隈が……」
「歩く時もちょっとふらついてたからな……」
「多分、疲れが溜まってる。夜更かしもしている可能性が高い」
「確かに、今日の音羽先輩、笑顔に元気が無いような気がするっすね……」
「まったく、隠そうったって無駄ったら無駄よ。ホント分かりやすいんだから……」
千砂都の言葉を皮切りに、今日の音羽の様子について各々気づいた点を挙げていくLiella! メンバー。
今日一日、音羽に大きく目立つ様な不調は見られなかったものの、目元にうっすらと浮かんだクマや、歩く際のほんの少しのふらつき。その他諸々のいつもとは違う点から、音羽の身体には疲れが溜まっているのだと皆一様に判断していた。
そのため、今日の練習でも音羽をなるべく移動させないように動いたり、練習メニューを少し短くした上で余計な時間を作らない様に最大限効率化したりと、彼に無理をさせない様に練習を行っていた。
音羽はスクールアイドル部のサポーターの他に結ヶ丘高等学校の生徒会の副会長も兼任しており、その業務は多忙を極める。しかも、スクールアイドル部が11人となった事で、彼の心身に溜まる負担は益々大きくなる一方であった。
音羽自身にとっては大した事が無いかもしれない不調であっても、積もりに積もればいつか大きな災いを産む。
音羽には、いつだって元気でいてほしい。
それがスクールアイドル部一同の願いであった。
「それで、どうするの? 何時もの流れでランニングまで決まったけど、グラウンドを5周なんかしてたら音羽にますます負担がかかるわよ?」
「そうだね……今日は1周だけにしておこう。物足りないかもしれないけど、おとちゃんの体調が最優先だからね!」
「今日の分はまた来週取り返していこう! 皆も最近凄く頑張ってるし、今週末は丸ごとオフって事で!」
「何トッ!」
「やったっすぅ!」
「メイ、後で作戦会議」
「何のだよ……まぁ、後でな」
「大幅なリスケジュールが必要ですね」
「急ね……まぁ、自主練の時間が取れるから良いけど」
音羽に確実に休養させる為とはいえ、オフはオフ。皆がそれぞれ休日の過ごし方を思案する中、入口の方からゆっくりと足音が聞こえ、扉が開け放たれる。
記録用のノートやストップウォッチを持った音羽は、屋上に入ってきた途端に自分に一斉に向けられた視線に少し驚いた様子を見せながらも、明るく声を掛けた。
「皆、準備できたよ!」
「よしっ、じゃあ行こうか!」
◇
「よしっ! 今日はここまで!」
千砂都のハツラツとした声がグラウンドに響く。
いつもより陽が明るい中、皆平気そうな様子で軽く息を整えて汗を拭く。
先程までは膝に手を着いて息を上げていた可可やきな子ですら、グラウンド一周程度では大した負担にならないのか、少し息は乱れながらも談笑する余裕を見せていた。
「よし、と。皆、お疲れ様! 今日のランニングは凄く短かったけど……何か、あったの?」
「何か……ね。えぇ。確かにそうね」
「えっ……? もしかして、何か悪い事が起きて、急がなきゃ行けないとか……?」
「確かに、悪い事が起きてる。私達は一刻も早く練習を終わらせて身支度を整えなきゃ行けない」
「そ、そんなに……」
「Liella! にとってのエマージェンシーです」
「えまー、じぇん……って、緊急事態って事!?」
「そうデス! クク達はトニカク急がなければなりまセン!」
「わ、分かった……! 何かお手伝いが必要なら、何でも言ってね!」
「……うん! さっ、おとちゃん急ごっ!」
「うんっ!」
かのんの少し詰まったような返答に若干違和感を覚えながらも、今は気にする時では無い、Liella! にとっての緊急事態なのだから。と、音羽は部室へと駆け足で戻っていく。
「……健気ね、本当に。頼りなさそうな背中してるのに、他人の為にあんなに頑張って。辛いとか、思わないのかしら」
「それがおとちゃんのいい所だよ。他人の……仲間の為に、全力を尽くせる。誰にも、私にだって真似出来ない。おとちゃんは、"すごい人"だよ」
「凄い人、ね。でも、それで自分の体調管理を怠る様じゃ、本末転倒なんじゃないの?」
「そこは私達が支えていけばいいのよ。音羽は、どうしても無理しがちな子だから」
「意外と甘いのね、あなたも」
「甘くなるわよ、自然とね。にしても、そんな表情しちゃって。あんたも本当は音羽が心配なんじゃないの?」
「なっ……そ、そんな訳ないでしょっ! ただ自己管理がなってないって思っただけよ!」
「ふーん。ま、そう思っとくわ」
心の奥底の本音を言い当てられたのか、慌てて取り繕うマルガレーテとそんな彼女をしたり顔で見つめるすみれ。
2人とも音羽に対して厳しい物言いをする時はあるものの、彼を心配する気持ちは同じ。
そんな2人の言い合いにクスリと笑みをこぼしながら、かのんは皆と共に更衣室へと向かうのであった。
「悪ぃ皆、少し遅れた!」
「よし、みんな揃ったね! って、2人とも、それは……?」
「秘密兵器」
「なんだかヤバそうな匂いがプンプンしますの……」
いくつか怪しげなビンを持った四季とメイが部室に入り、Liella! メンバー全員が揃う。
いつも通りの空気感の中で、音羽は一人そわそわと落ち着かない様子で辺りを見回していた。
「ねぇ、千砂都ちゃん。緊急事態って……何が、あったの?」
「そうだね、そろそろ説明しなくちゃだよね。おとくん、緊急事態って言うのは……」
「いう、のは……?」
何故か自分を神妙な面持ちで見つめる千砂都に、恐る恐る問いかける音羽。
ますます眉間に皺を寄せながらゆっくりと答える千砂都の纏う雰囲気に、思わず背筋を伸ばして姿勢を整え、言葉の続きを待つ。
「……それっ!」
「むきゅっ!?」
そうして迎えた言葉の先には……突然のほっぺアタック。
何が何だか分からないまま、千砂都にほっぺを揉みしだかれる音羽。
困惑の表情を隠せないまま、ただされるがままにひとしきり揉まれ続けた後、千砂都が軽く、音羽の目元を親指でなぞった。
「……おとくん。また、夜更かしした?」
「あっ……え、えっと……ちゃんと、寝たよ?」
「音ちゃん、何時間寝たの?」
「えっと……4、時間……」
「その就寝時間を……何日、続けたの?」
「い、5日間、です……」
「5日……やっぱりかぁ……」
四季と千砂都の少々圧のこもった問いに、言葉を挟む余地もなく、声のトーンを下げながら淡々と答えるしかない音羽。
元々嘘や言い訳が出来ない性分な上に、度々無理をするなと言われ続けて来た負い目もあったのか、音羽はすっかり縮こまってしまった。
彼自身としては、言いつけを守りつつ自分なりに無理のない範囲で各種作業に取り組んでいたつもりではあったのだが……。
「ごめん、ね……心配、かけて……」
「おとちゃん。頑張らないでって言いたいわけじゃないの。私達の為に頑張ってくれてるのはちゃんと皆分かってるし、本当に嬉しい。おとちゃんが前より無理しなくなってるのも、ちゃんと分かってる。でも……過保護かもしれないけれど、いつもと様子が違うと、やっぱり、心配になっちゃうんだ」
「かのんちゃん……」
「オトちゃん先輩、今日、歩く時少しふらついてたぞ」
「今日の音羽ノ笑顔、いつもと比べて元気が無いヨウに見えマシタ……」
「何より、その目のクマよ。昨日まではギリギリ黙ってたけど、流石に見逃せないったら見逃せないわよ」
「う……」
皆から自分ですら気づいてなかった不調まで言い当てられ、ますます縮こまる音羽。
そんな彼の様子を見て皆は少し申し訳ないと思いつつも、次々に優しく言葉をかけていく。
「今の音ちゃんには、しっかりとした休養が必要。
様子を見るに、2~3日間は取った方が良い」
「四季ちゃんの言う通り! って訳で、今週はオフにしようと思うんだ! おとくんもしっかり休もう?」
「う、うん。分かった……皆、ごめんね……今度から無理しないから……」
「申し訳ありません、音羽くん。責めるような形に
なってしまって……」
「大丈夫だよ、恋ちゃん。無理しちゃった僕が悪い訳だし……」
「今度からは、より積極的に音羽くんをお手伝いしますね! 生徒会でも、スクールアイドル部でも、私に手伝える事がありましたら何でもしますから!」
「恋ちゃん……うん、ありがとう!」
「まったく……私が使ってるホットアイマスクあげるから、しっかり睡眠取りなさいよ?」
「ククの低反発マクラもあげマス! 着る毛布もありマスよ?」
「ぬいぐるみを抱くと安眠できるらしいぞ?」
「寝る前にハチミツ入りのホットミルクを飲むとぐっすり眠れるっすよ!」
「特定の環境音を聴きながら寝ると、安眠できるそうですよ」
「皆、ありがとう……」
皆の優しい言葉に触れ、音羽の心の中に暖かい気持ちが溢れていく。
こんなにも自分を想ってくれる、大切だと言ってくれる。そんな皆が、Liella! という居場所が、何よりも大切で大事な居場所だと、音羽は改めて認識する。
「それでね、おとくん。もし良かったらなんだけど……久しぶりに、皆で一緒にお風呂に入らない?」
「えっ……え、えぇぇっ!?」
「……千砂都先輩、今、何て言った……?」
「えっ? みんなでお風呂に入ろうって言ったよ?」
「その一個前ですの!!」
「久しぶりに……あっ」
「そういえば、2期生や3期生の皆には言ってなかったね……あはは……」
「懐かしいわね……最後に入ったのがちょうど1年半前ぐらいかしら?」
「凄く楽しかったデス!」
「えぇ。久しぶりに音羽くんと入浴できて、とても嬉しかったです!」
「だっ、だだ駄目だよっ!! そんなっ、だって僕は……」
「男、だから?」
「っ……うん……」
マルガレーテの問いに、音羽は小さく頷く。
衝撃の新事実に騒いでいた2・3期生も、思い出話に花を咲かせていた1期生も、皆一様に静かになって音羽を見つめる。
「僕は、男だから。だから、皆と一緒に入ったら、嫌な気分に、させると思うし……僕の裸なんか見せたら、気持ち悪いだろうし……皆も嫌、でしょ……?」
「おとちゃん……」
音羽は男性。かのん達は女性。
その違いから起こりかねない過ちを、音羽は何よりも危惧していた。
皆を想うからこそ、皆が大事だからこそ、皆を傷付けるような真似はしたくない。
自分のような"不純物"が、一線を超えてはならないのだと、音羽はそう認識していた。
「東音羽はLiella! に必要ない」
「スクールアイドルに男子サポーターなんて有り得ない」
「Liella! のノイズになってる」
「早く、消えろ」
そういう"声"が挙がっているのも、十分に分かっていたから。
自然と、目頭が熱くなる。
そういうつもりじゃ、なかったのに。
「だから……だからっ……」
「だから、何?」
「……え?」
「音羽は音羽でしょ? なら別に構わないわよ」
「そんな、でもっ……」
「最初はびっくりしたっすけど……音羽先輩となら、きな子は大丈夫っす!」
「私もだな。裸になったっていつものオトちゃん先輩だろ? なら構わねぇよ。一緒にゆっくりしようぜ」
「私も構わない。それに、音ちゃんの裸……ふふっ、興味深い」
「私もですの。一緒にお風呂に入ったぐらいで壊れるほど、私の音羽センパイへの信頼は脆くないですの!」
「私も姉者の意見に同意です。それに、音羽さんには、私達に対する害意は一切ないという確固たるエビデンスがありますから」
「ほら、皆もこう言ってるんだし。そんなにあなたが怯える事じゃ無いんじゃない?」
「みん、な……あっ、うぅっ……」
「音ちゃん……!?」
「大丈夫っすか!?」
「皆……良いのっ……? 僕は、男だよっ……?」
「男性が女性かなんて関係ない。私達は、"Liella! の仲間のおとちゃん"と一緒に、お風呂に入りたいんだよ?」
「かのん、ちゃっ……」
「音羽が1人ダケ仲間外れなんて、ククは嫌デス! ククは音羽と一緒にポカポカしたいデス!」
「まったく、心配性なんだから。お風呂で裸を見たり見られたりぐらいで幻滅する訳ないでしょ? 私達が音羽と一緒にお風呂に入りたいって言ってるんだから素直に受け入れなさいよ。もう……」
「音羽くん。私はもっと、もっと……音羽くんと一緒にお風呂に入りたいです。昔のように、ゆっくり温まりましょう?」
「ふふっ……決まりだね、おとくん! 一緒にお風呂で、いっぱい楽しもう?」
「皆……ありがとう……僕、ぼくっ……うぁぁ……」
「もう、泣き虫ね? ほら、ハンカチ」
「あり、がどっ、ひっく……」
「さっ、おとちゃんが落ち着いたら、みんなでお風呂に入りに行こう!」
「「おー!!」」
活気のある声が部室に響く中、音羽は自分の心の中に再び暖かい気持ちが溢れていくのを感じていた。
暖かくて、心地よくて、泣きそうになってしまうぐらいに優しい皆と、ずっと、もっと、一緒にに居たい。
いくら拭っても止まらない涙を必死にこらえながら、音羽は皆から受け取った優しさをしっかりと刻み込むように、制服の胸元を強く握り込むのであった。
◇
「ん、しょ……よし、と。皆、準備終わった?」
「おう!」
「後は音羽センパイ待ちですの!」
「レンレンのお家のお風呂……楽しみデス!」
「それにしても、お風呂セットまで用意してもらってごめんなさいね、恋。大変だったでしょ?」
「いえいえ。せっかく私の家に来て下さって頂いているのですから、これくらいはさせて下さい」
「にしても、おっきいっすね……脱衣所だけでこの広さ……」
「圧巻、ですね……」
脱衣所だけで一般家庭の浴室の何倍もあろうかという程の広さに圧倒されるきな子と冬毬。
Liella! 一行は、音羽と入浴を共にする以上、出来るだけ他人の邪魔が入らない場所にしたいという意見や恋自身の希望もあり、葉月邸にて入浴する事になった。
かのん達はそれぞれ脱衣を終えてバスタオルを体に巻き、後は別室で着替えている音羽を待つのみとなっていた。
「それにしても遅いわね……服を脱ぐだけなのに、何をもたついているのかしら」
「まぁまぁ。裸を見せ合うわけだし、おとくんも心の準備がしたいんだと思うよ?」
「以前に比べて倍以上の人数になっていますからね……それだけ緊張も大きいのかも知れません」
「そうだとしても遅すぎるでしょ、まったく。どうやったって最終的には裸を見せ合うんだから、さっさと腹を決めなさいよ」
「随分堂々としてんな、マルガレーテ……裸を見せるなんて、お前が一番嫌がりそうだと思ったんだけどな」
「だって、音羽でしょ? 裸を見せたぐらいで何か変わる訳じゃないし、音羽との関係を変える気もないわ」
「おぉ、肝座ってんな……」
「そういうメイ先輩はどうなのよ?」
「私は……正直、まだ緊張してるな。男に裸見せるなんて事今までしたこと無かったし、しかも相手がオトちゃん先輩だってんなら、尚更……っ……」
「尚更?」
「~~~っ! だぁーもうっ! とにかく、私はオトちゃん先輩に裸見られても全然平気だっ!! ふんっ!」
「な、何なのよ……」
そう言い切ると、メイは脱衣所の隅っこへと小走りで駆け出していった。
困惑の色を隠せないマルガレーテだけが取り残され、メイの態度に隠された感情を悟った四季とすみれが、少しニヤつきながらその後ろ姿を見つめていた。
「え、えっと……入っても、いい……の、かな……」
そんなやり取りを、ほんの少し開いたドアの隙間から覗く音羽。
まるで自分が皆の裸を覗いているかのような罪悪感に駆られながらも、脱衣場に自然に入るタイミングを見計らう為にはこうするしかないと彼は考え、こうして行動に移している。
「皆は大丈夫だって言ってくれたけど、やっぱり、恥ずかしい……気持ち悪いって思われたら、どうしようっ……」
「……音ちゃん?」
「ふぇっ!? あっ、四季……ちゃん?」
「やっぱり、音ちゃんだ。入らないの?」
「え、えっと……その……どのタイミングで入ったら良いか、迷っちゃって……あははっ……」
「そうなの? 私達は何時でも大歓迎なのに」
「そ、そうなのっ……?」
突如自分の名前を呼ばれ、素っ頓狂な声を挙げる音羽。
声の主を探ろうと俯いていた顔をゆっくりと上げると、目と鼻の先に四季の顔面が迫っていた。
あまりの近さに驚愕しつつも、四季の問いに若干目をそらしながら応答していく音羽。
普段なら目を合わせてきちんと応答すべきではあるのだろうが、今の四季は裸体。
タオルを巻いていてもハッキリと分かる豊かな膨らみとチラリと覗く谷間が、彼に正面を向かせまいと主張していた。
「四季ー、何してんだー?」
「音ちゃん、行こう?」
「えっ、ちょ、四季ちゃ……わっ!?」
「あっ、おとちゃん!」
「わっ! 音羽先輩、裸っす……!」
「いやお風呂に入るんだから当たり前ですの」
「あ、あわわっ、うぅ……」
「お、おぉ、オトちゃん先輩の、は、裸っ……!」
「相変わらず真っ白な肌してるわね……体の毛もあんまり生えてないし。本当、女の子みたい」
「お、女の子っ……うぅ……」
「音羽、ソンナに恥ずかしがる事はありまセンっ! 皆裸、同じデスっ!」
「で、でもぉ……」
「いつまでそこでうじうじしてるのよ。ほら、行くわよ!」
「あっ、ちょ、マルちゃ……わっ!」
「どうしたの、よ……え?」
パサリ、と音がする。
マルガレーテが振り向いた先に居た音羽の足元には、タオル。
音羽は今、正真正銘の全裸であった。
体毛が少なく、透き通るような白い肌。
女性と見紛うような華奢な身体。
薄く膨らんだ胸板。
そして、控えめなサイズではあるが、確かに彼が男性であると定義付ける……
「……あなたも、ちゃんと男なのね」
「ひゃぁぁっ!! 見、見ちゃだめぇぇぇ!! というか、ごめんなさいぃぃっ!!」
「音ちゃんの音ちゃん、Cute」
「み、見ちゃったっすぅ……!」
「これは……何と言うか、すごいですの……」
「音羽さんの、裸……」
「お、おっ、オトちゃん先輩のっ、お、おち……」
「うわぁぁぁぁ……!!」
「何よ。裸を見られたぐらいで女の子みたいな声出しちゃって、情けない。どうせお風呂場で見られるんだから今見られたって変わらないわよ」
「でも、だってぇ……」
「あはは……おとちゃん、はいタオル」
「ううっ……ありがとう、かのんちゃん……」
かのんから渡されたタオルを弱々しい手つきで受け取り、再び腰に巻く音羽。
今の彼の脳内は、股間のモノを皆に見せてしまったという罪悪感と羞恥心で満たされていた。
突然のハプニングに少々苦笑いする1期生とは対象に、予期しないタイミングで音羽の全裸を初めて目撃してしまった2期生と3期生はそれぞれ驚愕した様子を隠せておらず、それが彼の羞恥心を更に加速させる結果となっていた。
その中でも、四季とメイは驚愕や羞恥とはまた別の感情を抱いていたのだが、それを彼は知る由もないのであった。
「うぅ……本当に、ごめん……」
「ナンデ謝るのデスか? 音羽のカラダ、すっごく綺麗じゃないデスか!」
「でも……いきなり見せちゃったから……」
「大丈夫大丈夫! まぁいきなりだったけど……みんな嫌がってる雰囲気じゃ無さそうだし!」
「そ、そうかなぁ……」
「ま、見せちゃったものは仕方ないじゃない。切り替えましょ、音羽」
「う、うんっ……うぅ……」
「あはは……じゃあ皆、お風呂入ろっか!」
「おー!!」
「お、おーっ……」
皆が元気よく声を上げる中、未だに顔を赤らめた音羽は弱々しい声でそれに合わせるしか出来なかった。
その様子が可笑しかったのか、かのんがほんの少し笑みを零すと、笑われて益々恥ずかしくなったのか音羽の頬はリンゴのように赤くなってしまった。
ごめんごめん、と笑いながらかのんは俯く音羽の手を握り、一緒にお風呂場に入っていくのであった。
◇
「ほわぁ……と、とんでもない広さっす……」
「すっげぇ綺麗だな……」
「私達も何回か入った事あるけど、いつ見ても本当に広いねぇ」
「そ、そんなに褒められましても、何も出ませんよっ? あ、お風呂の後の牛乳はご用意していますが……」
「牛乳はあるんだね……」
「おとちゃん、私達は見られても大丈夫だから、目を開けないと危ないよ……?」
「ううっ、良いの……?」
「音羽先輩、きな子達は大丈夫っすよ?」
「マニーも取りませんの、大丈夫ですのよ……?」
「んっ……皆、本当に、嫌じゃない……?」
「嫌じゃないって言ってるでしょ?」
「音羽さん、このままでは環境的に怪我をするリスクが非常に高いです。目を開けた方が安全かと」
「うっ……わ、分かった……開けるね……」
ゆっくり、ゆっくりと固く閉じていた目を開いていく。
最初に視界に入るのは浴場に漂う湯気、そのすぐ後に輪郭と色を持って、皆の姿が見えてくる。
「わっ……」
音羽の視界に移るのは、裸。
湯気と水気を纏い、艷めく肌。
ほんのりと赤みを帯びた頬は、いつもとは違う状況である事を強く自覚させる。
一糸纏わぬその肢体は、まるで彫刻のようで。
「……」
「あれっ、オトちゃん先輩? おーい……?」
「音ちゃん、フリーズしちゃった」
「もしかして、きな子達の裸を見たショックで、意識が……」
「さすがにそんな打たれ弱く無いわよ……。多分、見とれちゃってるんでしょ。ほら音羽、戻って来なさいったら」
「……っえ、あっ……す、すみれちゃん……?」
「おとくん。私達の裸、どう?」
「ふぇっ!? え、えっと……皆、凄く綺麗だなって……」
「綺麗、ね……ふふっ、あんたらしい感想ね」
「うんうん。確かに」
「僕、らしい……?」
「普通は、もっと別の感想が出てくるもんだぞ? エロいとか、触りたいとか……」
「えっ……メイちゃん、そんな事思ってたっすか……?」
「ふふっ、メイはむっつりスケベなんだね」
「ちげーよっ! あくまで一例だ一例!! でも、綺麗って褒めてくれるのが、なんだかオトちゃん先輩らしいよな」
「そ、そうかな……僕は、思った事をそのまま言っただけだから……」
「それが嬉しいんだよ、私たちは」
「そ、そっか……それなら、良かった……」
「音羽。私の身体、綺麗?」
「音羽くん。私の身体は、いかがですか……?」
「えっ、恋ちゃん、すみれちゃ……わ、わぁっ……」
「はいはいそこまで! 湯船に浸かる前におとくんが上せちゃうよ?」
「何よっ……千砂都のけち」
「けちで結構。さ、おとくん。身体洗おっか!」
「う、うん……そうだね。じゃあ僕は……」
「あっ、おとくんは自分で洗っちゃダメだよ! 私達が洗ってあげる!」
「えっ?」
そう千砂都が告げた瞬間、即座に数人のメンバーが集まってくる。
かのん、すみれ、四季。少し遅れて恋とメイ。
それぞれ真剣な顔で音羽を見つめ、その雰囲気に思わず音羽も姿勢を質して皆を見つめ返す。
「音羽くんの身体は、私が洗います」
「待ちなさい、恋。今日は私に任せて頂戴」
「ちょっと待ってよ2人とも! 私もおとちゃんの身体洗いたいよっ!」
「先輩達、ここは私に任せて欲しい。私なら、効率的かつ綺麗に音ちゃんの身体を洗える」
「わ、私だってっ! オトちゃん先輩の身体を隅々まで洗って……すみ、ずみ……? あぅ……」
「一体何なのよこの状況?」
「というかかのん先輩、今サラッと凄い事言ってたような気がしますの……」
「み、皆っ、僕は大丈夫だから、1人で洗えるから……」
「それっ!」
「わっ……ち、千砂都ちゃん……」
「おとくんはいつもすっごく頑張ってくれてるし、今日は私達に身を任せて癒されて欲しいな?」
「んっ……良いの、かな……」
「良いよ良いよ! せっかくの裸の付き合いなんだし!」
「はだかの……」
少し実感が湧かないような声色で答える音羽に、後ろから抱きつく形で密着した千砂都がそう答える。
少々意地の悪いやり方をしたなとは思いつつも、こうでもして外堀を埋めなければ音羽は自分で身体を洗ってしまうだろうと千砂都は考えていた。
初めて一緒に入浴した際は自分達の前で裸になる事すら固く拒んでいた事を考えるとまだ慣れた方ではあるものの、音羽は裸の状態での千砂都達との身体的接触を避けている。
彼が異性として、そして仲間として当然の距離感を保っているのは百も承知ではあるが、それでも千砂都は音羽とこの機会にもっと距離を近めたいと思っていた。
勿論、疲れが溜まった音羽を癒すのが一番の目的ではあるが、一緒に裸で入浴するという非日常的なシチュエーションだからこそ話せる事も、出来る事もあるのではないかと千砂都は思い、彼をお風呂と誘ったのである。
わざと身体が密着するようにして抱きしめ直す度に、可愛いらしい顔を赤くしていく音羽の反応を楽しみつつ、千砂都は話し合いの終結を待つのであった。
「あ、皆。話纏まったみたいだね!」
「うん! 私と恋ちゃん、すみれちゃんの3人で音ちゃんの身体を洗おうって話になったんだ」
「へぇ、3人で……ふふっ。良かったねおとくん! 頭の先から足の先までピッカピカになっちゃうんじゃない?」
「3人とも……良いの?」
「良いに決まってるでしょ。隅々まで洗ってあげるから、覚悟しなさい?」
「本当は私一人で音羽くんの身体を洗ってあげたかったのですが……」
「む……恋ちゃんは小さい頃にずっとおとちゃんの身体を洗ってたんだし、1回ぐらい良いでしょ?」
「それとこれとは別ですっ!」
「別じゃないよっ!」
「2人ともそこまで! おとくん困っちゃうよ?」
「う……」
「分かり、ました……音羽くん、ごめんなさい……」
「ううん、僕は大丈夫。その……3人とも、よろしくお願いします」
「ふふっ、なんで敬語なのよ。ま、良いわ。そこに座りなさい?」
「私達が全部やってあげるからね!」
「うん……ありがとう!」
音羽が椅子に座るとあっという間にタオルを持った3人が取り囲み、頭はかのん、上半身はすみれ、下半身は恋と分担し、音羽の身体を隅々まで丁寧に洗い上げていく。
音羽と幼い頃から度々入浴している恋、妹と入浴した経験のあるかのんとすみれといった他人の身体を洗うのに手馴れたメンバーが揃っているからか、度々小さく漏れてくる音羽の声はとても気持ちの良さそうなものであった。
「おとちゃん、痒い所ない?」
「うん、大丈夫!」
「音羽、脇洗うから少し腕上げなさい?」
「ん……こう、かな?」
「オッケー。じゃあ洗っていくわね」
「音羽くん。足先、失礼致しますね」
「ありがとう。少し足上げるね」
「ふふっ、ありがとうございます」
「すげぇ……先輩達、あんなにスムーズに……」
「これが慣れっすか……にしても、すごい光景っすね」
「まさに酒池肉林ですの……!」
「音ちゃんの身体を洗えなかったのは残念。でも……かのん先輩達に譲って、正解」
「効率的かつ丁寧。非常にグッドな洗体ですね」
「そうだとしても、何だかくっつきすぎな気はするけど……?」
「音羽、気持ち良さそうデス!」
「うんうん! 3人で洗うのって意外にスムーズに行くものなんだね!」
「じゃあ、流すね!」
「うんっ……ん……」
「ふふっ、すっかり綺麗になりましたね」
「当たり前よ。私達が隅から隅まで綺麗に……」
「すみれさん、如何しましたか?」
「……クマ、こうして見ると随分酷いわね」
「……そうですね」
音羽の目元をゆっくりと撫でながら、顔を歪めるすみれ。かのんと恋も同じ表情で、目元にはっきりと色付いたクマを見つめる。
1期生が最上級生となり、Liella! が11人になってからというものの、音羽の負担は益々増えるばかりであった。
勿論、かのん達も生徒会とLiella! 両方の場で音羽の負担を減らすように尽力してはいたのだが、それでも彼にこうなってしまうまでの負担を背負わせてしまった事に悔しさを覚える。
「ごめんね、おとちゃん。いつも……ありがとう」
「私達も、音羽くんを今よりもっと支えられる様に頑張ります」
「だから……助けが必要な時は、直ぐに言いなさいよ」
「皆、ありがとう。僕も、皆の為にもっと頑張るね! 勿論、無理はしないように……」
「ふふっ、そうだね!」
「今度目にクマ作ったらデコピン1発よ?」
「ええっ!? そんなぁ……」
「……皆の為、ね」
かのん達と楽しそうに笑いあう音羽。マルガレーテは、そんな彼を若干複雑そうな顔で見つめるのであった。
「……」
音羽は1人風呂場の椅子に座り、身体を洗う皆を静かに見つめていた。
湯船にゆっくり浸かれるように、と一番最初に洗ってもらいはしたものの、皆を置いて自分だけ先に暖まるのは悪いと思い、全員が洗い終わるまで待つ事にしたのだ。
待っている間も寒い思いをしないように、と皆が身体に巻いてくれたタオルや大きめの風呂桶にお湯を貯めて作った即席足湯の暖かさをその身で感じながら、音羽は静かに胸に手を当てる。
そんな彼に、忍び寄る影。
「おーとちゃん!」
「わっ……! か、かのんちゃんかぁ……びっくりした……」
「ふふっ……隣、いいかな?」
「うん、大丈夫」
「ありがと。よいしょ……結構待たせちゃったから、身体が冷えちゃってないか心配だったんだ」
「僕こそ、ごめんね。せっかく最初に洗ってくれたのに、わがまま言っちゃって……」
「大丈夫大丈夫! ちょっと心配はしたけど、基本はおとちゃんの気持ち最優先だから! まぁ、すみれちゃんはだいぶ怒ってたけど……」
「うっ……だよね……」
「ふふっ、これは後でデコピン確定かな?」
「そ、そんなぁ……」
慌てた様子で額を抑える音羽を見て、かのんは笑みを零す。
今日の練習終わりからの一連の騒動の中で、音羽の泣き顔や苦しそうに歪んだ顔を見る度に、心臓を太い針で串刺しにされた様な痛みを覚えていた。
最近はあまりそのような顔を見ていなかっただけに、久しぶりにあれほど苦しそうにする音羽を見て、かのんは胸のざわめきを抑えられずにいたのだ。
だからこそ、先程から幾分か恥ずかしそうにしながらも、皆と楽しそうに笑いあっている音羽を見て、かのんは心の底から安堵していた。
音羽には、ずっと笑顔でいて欲しい。
ずっと、笑っていて欲しい。
それだけが、かのんの望みであった。
ゆっくりと音羽の手のひらに指を搦め、少しだけ距離を近づける。
「ねぇ、おとちゃん。お風呂、楽しい?」
「うん……最初はすっごく恥ずかしかったけど、今は楽しい……よ?」
「ふふっ……良かった!」
「かのんちゃん……ありがとう。僕と一緒に、お風呂に入りたいって、言ってくれて」
「おとちゃん……」
「こんな事言うのは、わがままかもしれないけど……かのんちゃんや皆が一緒に入りたいって言ってくれて、僕……嬉しかったんだ。でも、もし嫌がられたらどうしよう。拒絶されたらって思って、怖くなって、涙が溢れて来ちゃって……おかしいよね。普通はこんな事、思っちゃいけないのに……」
「……おとちゃん」
「んっ……かのん、ちゃん?」
「わがままじゃないよ。わがままなんかじゃ、ない。おとちゃんが私達の事、そこまで大切に思ってくれてて……私、嬉しいんだ。だから、おとちゃんの望む事は、何でもやってあげたい。おとちゃんを……幸せにしたいんだ」
「かのん、ちゃん……」
「おとちゃん、まだまだ幸せになっちゃおうよ! 今日だけじゃない。明日も、その先も、ずーっと! 辛い事や苦しい事があった分、いっぱい!」
「いっぱい、幸せに……」
「うんっ!」
音羽には、まだまだ幸せが足りないとかのんは思う。
これまで苦しんできた分、今苦しんでいる分。
今も自分達のために頑張り続けて、傷つき続けている音羽を、もっと幸せにしたい。
かのんは改めてそう決意を固め、繋いだ手をぎゅっと強く握るのであった。
「ちょっと、そこの2人! イチャイチャするのはいいけど、早く浸からないと体冷やすわよー!」
「はーい! じゃあおとちゃん、行こっか!」
「うん……ねぇ、かのんちゃん!」
「おとちゃん?」
「僕……今、すごく幸せだよ!」
「ふふっ……そっか!」
音羽とかのんは、皆の元へゆっくりと向かっていく。
繋がれた手に、確かな温かさを感じながら。
「ふぅ……」
「オフロワタルシミ……」
「やっぱり湯船は最高っすねぇ……」
「デリシャスなお湯ですね……」
「うん……ふぁぁ……」
お湯に首元まで漬かり、恍惚とした表情を浮かべる一同。
きな子、可可、冬毬と共に目を閉じてゆっくりと暖まる音羽に、水中から迫る影があった。
影が正面に迫った瞬間に音羽は気づくも、もう遅かった。
バシャン、と水が跳ねる。
「Hello」
「わぁっ! し、四季ちゃん!?」
「無音潜水、大成功。驚いた?」
「う、うんっ……凄いね、四季ちゃん……!」
「ふふっ、ありがとう……音ちゃん、気になる?」
「えっ? な、何が……?」
「私の、おっぱい」
「ふぇっ!?」
四季にそう問われ、音羽は顔を茹でダコのように真っ赤にしてしまう。
正面に居る四季の身体には先程まで巻かれていたタオルは無く、正真正銘一糸まとわぬ全裸。
一切の縛りから解き放たれた豊かな乳房は、音羽の目と鼻の先でその存在を主張していた。
「そ、そんな事っ、無いよっ……」
「そう、なの? 音ちゃんは私の事、嫌いなの……?」
「それは違っ……! ふぁ……」
「ふふっ、やっぱり気になるんだね。おっぱい」
「ううっ……」
「揉んでみる?」
「えっ……?」
「疲れを癒すには、おっぱいを揉むのが効くって聞いた。音ちゃんには、いっぱいリラックスして欲しい。だから、揉んで良いよ。むしろ……揉んでほしい」
「四季ちゃんは、触られても……嫌じゃないの?」
「うん。音ちゃんになら……大丈夫」
「四季ちゃん……」
「わ、私もっ!」
「メ、メイちゃん!?」
「ふふっ。メイ、やっぱり来たね」
「私のおっぱいも、揉んでくれ。四季ほどデカくはねぇし、柔らかくも無いだろうけど……」
「メイちゃんまで、どうして……」
「そんなの、オトちゃん先輩を癒す為に決まってるだろ。私は、オトちゃん先輩の為なら何だってしたい。力に……なりたいんだ」
「でも、僕に触られて……嫌じゃ、無い? メイちゃん、前にそういう事してくる男の人、嫌いって言ってたから……」
「あぁ、確かに嫌いだ。でも、オトちゃん先輩は違う。オトちゃん先輩になら、私は……その……」
「メイ、ちゃん?」
「メイ、ヘタレ」
「う、うるせぇうるせぇっ! とにかくっ! オトちゃん先輩になら私は何されても構わねぇって事だ! だから、その……いっぱい揉んで、いっぱいリラックスしてくれよな……?」
「メイちゃん……」
四季とメイは、音羽に少しずつ、少しずつ近づいていく。音羽は裸体から目を逸らしそうになりながらも、なるべく正面を向いて2人を待つ。
先程までの会話とはまるで違うその真剣さに、周りも思わず3人の様子を見守っていた。
「……音ちゃん、良いよ」
「うん……2人とも、触る、ね……」
「おう……んっ、ふ……」
「ふぁ……」
「こんな感じで、良いかな。痛く、ない?」
「んっ……大丈夫……」
「何だか、不思議な気分だなっ……んぅ……」
音羽は、2人の乳房をゆっくりと撫でていく。まるで割れやすい水風船を扱うかのように、優しく、丁寧に。その手つきが擽ったいのか、2人は小さく声を出しながら軽く身を捩る。
「わわっ……何だか、凄い事になっちゃったっす……」
「女の子の方から揉んでほしいなんて、普通は言われる事無いですの。音羽センパイは幸せ者ですの」
「しかも、あの四季とメイに言われるなんてね。あの子の人徳ってやつかしら。にしても、大胆に行ったわね……」
「当然デス! 音羽は良い人なんデスから!」
「えぇ、そうね……本当に」
「私達はおとくんをマッサージしてあげよっか!」
「了解しました」
「えっ、み、皆っ……んぁ……!」
戸惑う音羽をあっという間に皆が取り囲み、全身に無数の手が伸びる。
あ、と声を漏らす隙も与えずに全身を柔らかく揉みほぐされる快感が襲いかかり、音羽は思わず
嬌声を上げてしまった。
腕、太腿、脇腹、肩、ふくらはぎ、足先。
ありとあらゆる筋肉が丁寧に揉みほぐされ、解れていく。
「音羽先輩っ、これくらいの力加減で、大丈夫っすか……?」
「うんっ……ん、ありがとうっ、きな子ちゃん……」
「いえいえ! 音羽先輩にはいつもお世話になってばかりっすし、これくらいお易い御用っすよ!」
「にしても、音羽センパイのお肌って本当に真っ白でツルツルなお肌ですの。手触りも滑らかでモチモチしてますし、羨ましい……」
「とても過労で疲れを蓄積していたとは思えない位に良好なコンディションですね。音羽さん、普段肌のケア等は如何されているのですか?」
「んっ…….えっと、特には何もしてないかな……」
「な、何と……! 凄まじいポテンシャルですね……」
「でしょ? 何もしなくてもコレなんて、羨ましいったら羨ましいわよ。ん、ここ凝ってるわね。ちょっと力入れるわよ、音羽」
「うんっ……っん、ぁ……」
「肩も結構凝ってるね……このまま揉みほぐしていくからね、おとちゃん」
「はわぁ……音羽のお腹、モチモチデス……ずっと触っていたいデス……」
「こらこら、遊ぶのはまだ後だよ可可ちゃん。今はいっぱい身体を解してあげなくちゃ! おとくん、痛くない?」
「うんっ……んっ、大丈夫。ありがとう……」
「恋先輩。ゆっくり、指を沈みこませるように押していきましょう」
「分かりました。音羽くん。足のツボ、押していきますね……!」
「うんっ、お願いっ……んぁ、ふぅっ……んぐ……」
「ううっ……許して下さい、音羽くん……少しの辛抱ですから……」
「恋先輩、グッドな押し込み具合ですね。それでは音羽さん。反対側、失礼します」
「ふぇっ、冬毬ちゃ、あぁぁぁ……!」
「音ちゃん、もっと……」
「オトちゃん、センパイっ……」
「あぁ……あっ、ごめんね、2人とも……じゃあ、いくよ……?」
「うんっ……んっ、あぁ……」
「ふぁぁ……!」
音羽の優しい手つきで乳房を揉まれ、再び嬌声を上げる四季とメイ。
音羽自身も皆からのマッサージが気持ちいいのか、時折小さく嬌声を上げながら身体を小さく震わせており、そのせいか今この空間には音羽を中心とした独特の雰囲気が漂っていた。かといって不快なものであるかと言えばそうではなく、皆が笑顔となり、笑い声が絶えず聞こえる和やかな雰囲気でもあった。
「……随分人気ね、音羽」
「んっ、マルちゃん……どうしたの?」
「音ちゃんにおっぱい揉んでもらいたいの?」
「そんな訳ないでしょ!? 何で今の流れからそうなるのよっ!」
「え、えっと……ごめんね……」
「あなたもそれくらいで落ち込むの止めなさいよ、もう。単純に聞きたい事があるだけよ」
「聞きたい、事……?」
「音羽。あなた、いつまで皆の為に頑張るつもり?」
「えっ……?」
「いつも見てて思うのよ。皆の為、皆の為……あなたはいつも、そればかり。そうやって無茶をして、体調を崩して……本末転倒にも程があるわよ」
「それは……」
「音楽の才能も、自分の時間も、上達する為の努力も、全部他人の為に費やして……少しでも、自分の為に使おうと思った事は無いの? どうしてそんなに他人に尽くせるの?」
「マルちゃ……んっ……」
マルガレーテに腕を強く握られ、痛みに少し顔を顰める音羽。思わず立ち上がろうとするメイとすみれを静止し、かのんはじっと2人を見守る。
皆の視線が自分に向いている事に気づきつつも、マルガレーテは顔を顰めながら言葉を続ける。
「私は分からないのよ、音羽。あなたがなんでそんなに他人の為に頑張れるのか、分からないのよ……ねぇ、どうして? 努力も、才能も、全て自分の為にあるものじゃないの……?」
「マルマル、それは違っ……むぐっ!?」
「可可ちゃん。今はしー、だよ。これはおとくんがマルガレーテちゃんに答えなきゃいけない事だから」
「むぐ……わかひまヒタ……」
「ねぇ、音羽。あなたは……」
「マルちゃん」
「何よ……っ!?」
マルガレーテの手に、自分の手をそっと重ねる音羽。
疑念を止めどなくぶつけていた彼女の言葉が、止まる。
気圧されたのだ。いつもと変わらない笑顔の、いつもと変わらない瞳の奥の、光に。
「僕は……まだ、自分だけの夢を見つけられてない。自分が、どんな人になりたいかも、まだ、よく分かってない。でもね……それでも、分かってる事が一つだけあるんだ」
「……何よ」
「僕は……皆と作る音楽が、好き。大好きなんだ。
皆と一緒なら、どこまでも本気になれる。自分を……信じられる。こんな僕を、仲間だって、大切な人だって、そう言って受け入れてくれた皆の力になりたいんだ。僕に出来ることなら、何だってする。何だって、してみせる。僕が、僕自身の意思で、そうしたいって決めた事だから」
「……辛くないの?」
「ううん。頑張る事は、辛くないよ」
「……頑張った先に、何があるの? あなたに、何が返って来るって言うの?」
「僕は……皆と一緒に居たい。皆と一緒に、毎日を過ごしたい。それだけで、十分なんだ。そうさせてくれれば……後は、何も要らない」
「何よ、それ……そんなの、理由に……」
「なって、ないかな……ごめんね。でも、全部本当の事。皆が居てくれれば、僕は幸せだよ」
「……」
「ねぇ、マルちゃん。1つだけ、お願いしても……良いかな?」
「……何?」
「……僕の事を、嫌いにならないで、欲しい。こんな曖昧な答えしか返せなくて、いつも迷惑ばかりかけてて、身勝手なわがままかもしれないけど……」
乳房を揉む手はとうの昔に止まっている。
マルガレーテの手を見つめるように、俯きがちに答える音羽。
先程までの覇気すら感じる真っ直ぐな瞳とは打って代わり、声も瞳も震わせながら答えるその姿は、まるで弱った子犬のようであった。
先程まで混乱と疑念の中にあったマルガレーテの思考は、この瞬間にリセットされる。
「……馬鹿ね、あなたは」
「うっ……ご、ごめんなさい。嫌だった、よね……」
「そうじゃなくてっ!」
「わっ……!」
「……音羽。あなたが呆れるぐらいのお人好しで、情けないぐらいに寂しがり屋だってのは十分すぎるぐらいに分かったわ」
「うぅっ……」
「だから、その……Liella! にいる時ぐらいは、一緒に居てあげる。でも勘違いしないで。あなたのコンディションが悪くなったら私が困るってだけだから。半端な曲出してきたら、承知しないわよ!」
「……良いの?」
「良いって言ってるじゃない、もう……」
「……っ! ありがとう、マルちゃん! 僕、マルちゃんの為にいっぱい頑張るから、これからもよろしくねっ!」
「なっ……もう、分かったわよ……よろしく、音羽」
「うんっ!」
東音羽と言う人間を未だ彼女は理解しきれてはいない。彼がなぜ他人のために尽くすのかについても、正直まだ納得は出来ていない。
でも、一つだけ理解出来た事がある。
東音羽は、どうしようもないぐらいのお人好しで、寂しがり屋な人間なのだと。
そう思うと、目の前で嬉しそうに頬を赤くするこの少年が、何だか放っておけなくなるのだ。
そう思いながら、表情を思い切り綻ばせながら自分に笑いかける音羽に、マルガレーテは返事を返していく。
自分の口元が、やんわりと上向きに弧を描いているとも知らずに。
「ふぅ……な、何だか無事に解決したみたいで、良かったっす……」
「ヒヤヒヤしましたの……」
「うんうん、丸く収まって良かった、良かった!」
「にしても……ねぇ、音羽とマルガレーテって……」
「うん、結構距離感近くなってるよね……あれ、恋ちゃん?」
「……音羽くん」
「恋ちゃ……わっ!?」
「きゃっ……! な、何よっ!」
「音羽くんは、わ、渡しませんよっ!」
「んっ……恋、ちゃん?」
「な、何の話……?」
いきなりの宣戦布告に困惑するマルガレーテをよそに、恋の腕でがっちりホールドされて動けなくなった音羽の周りに、皆がどんどん集まっていく。
不満そうだったり、どこか嬉しそうだったり、表情は様々だ。
「おとくん。マッサージの続き、してあげるね?」
「おっぱいセラピー、まだまだし足りない。いっぱい、揉んで?」
「あ、あうっ……その、よろしくお願いします……」
「何なのよ、もう……」
いきなりの雰囲気の変わりように困惑しながらも、とりあえず形成された輪の中に入る為にゆっくりと近づくマルガレーテなのであった。
◇
「ふぅー。いいお湯だったね、おとちゃん!」
「マッサージ、気持ち良かった?」
「うん。今日は、本当にありがとう」
「ふふっ、良いよ良いよ!」
「また一緒にお風呂に入ろうね、おとちゃん!」
「うんっ!」
「おっぱいセラピー、大成功。満足……」
「それお前が満足してるだけなんじゃねぇのか?」
「メイ、物足りなかった?」
「そ、そんなんじゃねぇよっ!」
「また、やろう?」
「なっ……分かったよ。またいつか、な」
「ふふっ、うん」
「おっぱいセラピー、ね……次は私も揉んで貰おうかしら」
「私も、機会があれば……」
「へぇ、恋もそういうの興味あるの?」
「なっ! い、いかがわしい理由ではありませんっ! ただ、少しでも音羽くんの癒しになれればと、そう思って……」
「はいはい。そう思っとくわね」
「うぅ……」
「音羽先輩のお肌、凄かったっすぅ……」
「きなきなも分かってクレマシタか、音羽のモチモチお肌の素晴らしさガ……!」
「はいっす! 何だか、いつまでも触り続けていたいっていうっすか……もう、とにかく、凄かったっすね……!」
「ククも、アンナお肌になりたいデス……」
「羨ましいっすぅ……」
「今日は色々とスクープになりそうな出来事ばかりでしたの……」
「姉者。重々承知かとは思いますが、今日の出来事はトップシークレットですよ」
「分かってますの!」
「……音羽さんの、身体……」
「冬毬、何か言いましたの?」
「いえ、お気になさらず」
「……?」
「何だか、疲れたわね……」
「あはは……ごめんね、色々騒がしくしちゃって」
「はぁ……まぁ、良いわよ」
「ごめんね、マルちゃん……心配、かけちゃって」
「なっ……し、心配なんてっ! 私はただ、あなたの自己管理のなってなさが目に付いたから言っただけでっ……」
「そんな事言っちゃって。さっきまで随分楽しそうだったじゃない?」
「マルガレーテちゃん、音ちゃんの前ではずっと笑顔だった」
「な、なぁっ……!!」
「全部バレバレだね、マルガレーテちゃん?」
「ぐ、ぅぅ……ちょっとあなた達、待ちなさいっ!!」
「わーっ! 逃げろーっ!!」
「あはは……」
目の前で始まった追いかけっこに苦笑いを零しつつも、音羽は皆といる時間が自分にとって一番心地良い時間なのだと、改めて認識する。
ずっと、ずっと続けばいいのにと願っても、時間は止まらず、過ぎていく。
なら、どうすれば良いか。音羽はもう知っている。
「……皆っ!!」
「……?」
「その……もし、嫌じゃなかったら……また、皆で一緒に……お風呂、入りたいな……」
「「勿論!」」
勇気を振り絞った一言。
振り返った皆は誰1人違わず皆笑顔で。
一早く駆け寄ったかのんと恋に手を引かれ、音羽は皆の輪に入っていった。
空には満点の星々。
一際輝く星々に囲まれ、照らされて。
優しい光を放つ星が、キラリと瞬いた。
あとがき
──────────
……随分理性的になっちゃったな(当社比)
再び皆様おはこんばんにちは。
まさか2作目を寄稿させて頂けるとは……ありがたいかぎりです。
お風呂でとにかく皆をイチャイチャさせよう!音羽くんを癒そう!!をコンセプトにしつつ、男と女、避けられない性別差にLiella!はどう向き合うかなと考えながら書かせて頂きました。
せっかくの裸のお付き合いという事で、とにかく裸の表現やお風呂場のより密接な雰囲気等には拘らせて頂きました。
体を触れ合わせる時の肌の質感等、裸でしか書けない表現が沢山あったので書く時に新鮮さを覚えつつ、あんまりそういった方向に振り切りすぎると星トラそのものの雰囲気を壊してしまうので、あくまで健全(……?)な雰囲気を保ちつつ裸の触れ合いを書いて行くのが中々に難しかったです。
今回2期生、3期生も加えての12人というかなりのキャラを動かしていくのもかなり大変でした。
そこは純粋に動かしきれない自分の力不足だと思うので、もっと小説を書いて文章力を付けていきたいですね……。
音羽くんを幸せにしたい皆、皆から幸せを受け取り、皆を想う音羽くん。
そんなLiella!と音羽くんの関係性が、私はとても素敵だと思っています。
東音羽よ、幸せであれ。
最後に改めて、星達のオーケストラ原作者の龍也さん、及び企画の共同立案をして下さった苗根杏さん、共に作品を制作した皆様、本当にありがとうございました。