別冊星達のミュージアム 第2号   作:苗根杏

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17作目は、にわにわさんの作品です。
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私だけのSecret

 とある休日の朝。夢現な音羽が寝返りを一つ。これから訪れる喧噪などほど遠いであろう幸せそうな寝顔をしながら、剥がれた布団を手探りで直そうとしていると……突然、枕元の携帯電話がけたたましい音を鳴らしながら、音羽に寝覚めを促した。

 

「うひゃあっ!?」

 

 音羽が驚いたのは無理もない、携帯から鳴ったのはアラームではなく、電話の着信を告げる音……所謂、モーニングコールというモノであった。

 音羽は何度か、Liella!の面々にモーニングコールを貰った事はあったが、それは前日に確認の電話を入れて貰ってから、或いは次の日に大事な用事があってどうしても起きなければならない時に頼んだ時だけであった。だから尚更、何もない休日の朝に俄に騒ぎ出した携帯に驚いたのであった。

 音羽は携帯を手に取り、携帯に記された人物の名前を読み上げる。

 

「夏美ちゃん……?」

 

 それは、つい先日入部してきた後輩の名前……鬼塚夏美であった。

 

「もしもし、夏美ちゃん?」

『あ、音羽センパイ? おはようございますのー!』

「うん、おはよう……どうしたの、こんな朝早くから。今日は、特に予定なんてなかったと思うけど……」

『よかったぁ。音羽センパイ、今日予定はないんですのね?』

「うん……?」

 

 寝ぼけ眼を擦る音羽を置いていくかのように、夏美は話を進める。

 

『今日、私とデートして欲しいんですの!』

「……はいっ!? デデデ、デート!?」

『も~。音羽センパイ、驚きすぎですの。デートと言っても、私の動画にしゅつ……んんっ、私の動画撮影を手伝って欲しいんですの!』

「あぁ、そういう……」

『因みに、音羽センパイに拒否権はないんですの。お部屋の窓、開けてくださいの!』

「窓ぉ……?」

 

 言われるがままに部屋の窓を開け、玄関の方を見下ろすと。朝日に照らされながら、携帯電話を片手に手を大ぶりにしている夏美が立っていたのだった。

 

 ***

 

 天気は快晴。木漏れ日差す森の中、ピロンとスマホから録画を告げる音が鳴り、カメラの前に屈んだ人物のキューを受けて、カメラが捉える人物……夏美が、自身の動画お決まりの口上を連ねていく。あの後、夏美と音羽は都内某所の自然を活かしたレジャー施設へとやってきたのだった。何も知らされていない音羽は、ただただカメラの前で夏美を見守るのみであった。

 

「オーニナッツー! 日々のあれこれエトセトラ。あなたの心のオニサプリ、オニナッツこと鬼塚夏美ですのー! 今日はぁ、Liella!のマネージャーの音羽センパイと、アスレチックで遊んで行こうと思いますのー!」

「……へっ!?」

「普段は裏で私達Liella!を助けてくださってる音羽センパイ。その素顔に迫っていくのが、今回の企画の本分なんですのー!」

 

 そう。これこそが夏美の企みであった。普段メディアへの露出が少ない音羽をダシに、視聴率を荒稼ぎしようと思い立ち、早速行動に移したのだ。

 

「はい! というわけでぇ、音羽センパイ! 意気込みをどうぞ~ですの」

「はいぇっ!?」

 

 スタンドのスマホを取り外し、くるりとレンズの方向を180度変えた夏美。そのレンズが捉える人物は当然音羽なわけで、まさかカメラの興味が自分に向くとは思っていなかった音羽は再度素っ頓狂な声を上げながら、タジタジといった様子であった。

 

「え、えぇっと。頑張ります! よろしくお願いします!」

「カットカット! 言葉がチープ過ぎますの。もっとこう、カメラの向こうの視聴者達の心に届くような言葉を!」

「え、えぇっ!? えぇーっとぉ……」

「うぅーん……まぁ、いきなりセンパイには難しすぎましたの。それでは早速! 始めて行きたいと思いますの~!」

「ちょっと待ってよ、夏美ちゃ~ん!」

 

 そう言って、カメラを持ったまま木々の間を縫っていく夏美。音羽はまだ本分であるアスレチックすら始まっていないのに、夏美に振り回されて息絶え絶えであった。

 

 ***

 

「まずは~こちらの吊り橋を渡って行こうと思いますの~♪」

 

 まず、音羽達の前に立ち塞がるのは、一本の丸太を宙吊りにした橋であった。平均台の要領で渡っていけばいいのだが、如何せんバランスを取るのが難しそうだ。音羽がそんな事を考えていると、夏美はひょいとその上に飛び乗ったかと思うと、スタスタとその上を歩き始めた。自撮り棒で自身を捉えながらの芸当に、思わず音羽も舌を巻いてしまう。

 

「うわぁ……! 夏美ちゃん、バランス感覚凄いね!」

「ふっふっふ……体幹は、千砂都センパイとすみれセンパイに散々扱かれましたの。これぐらい、お茶の子さいさいですの~♪」

 

 宣言通り、夏美は大きくフラつく様子を見せずに、そのまま端まで渡りきり、地面へと飛び降りた。そのまま夏美は、音羽へとカメラを向けそのレンズで彼を捉える。

 

「さぁ! 次は音羽センパイの番ですの~!」

「う、うん! 頑張るよぉ~……!」

 

 自身の胸の辺りで両の拳をグッと握りしめ、文字通り頑張る姿勢を見せる音羽。音羽は良くも悪くも純真である。故に、夏美と同じように目の前の橋を渡りきろうと意気込む姿勢を取っていたのだ。

 

「それじゃ、行くよっ!」

 

 掛け声と共に音羽は片足を丸太に乗せ、それに続けてもう片方。なんとか両腕を広げてバランスを取りながら、辿々しい足取りで進み始めた。なんとか半分は進んだであろうか、といったところで夏美が向こう側から音羽に呼びかける。自分の足下を見ていた音羽は、夏美が何やら悪戯めいた笑みを浮かべている事には気づけなかった。

 

「音羽セ~ンパイっ!」

「な、何、夏美ちゃん!? 今、集中しててそれどころじゃ」

「にっしっし~、それそれですの~!」

「ひゃあああ!?」

 

 そして次の瞬間。あろう事か夏美は、丸太の一本橋を掴んで、ぐらぐらとゆすり始めたのだ。当然、その上にいた音羽はたまったもんじゃない。バランスを崩した音羽は、丸太の上に倒れ込んで、情けなくしがみつくことしか出来なかった。

 

「夏美ちゃん、助けて~!」

「にゃはは! 音羽センパイ、面白いですの~!」

「ひぃ~いぃ~!」

 

 半ば泣き叫んでいる音羽の悲鳴はどこ吹く風、夏美は丸太を揺さぶる勢いを強める。

 

「うわぁっ!? いつつつ……」

「あっ……音羽センパイ!」

 

 遂には、振動に耐えきれなかった音羽が丸太から落っこちてしまった。流石にそこまでするつもりはなかったのか、夏美はカメラを止めて尻餅をついた音羽に駆け寄る。

 

「お、音羽センパイ。ケガは……」

「ううん、平気。ごめんね、夏美ちゃん」

「えっ……な、なんで音羽センパイが謝るんですの」

「夏美ちゃんが折角視聴者さんを楽しませようとしてくれたのに、僕がそのペースについていけなくて……」

「え、えぇ……」

 

 少しは非難の言葉を貰うだろうと覚悟していた夏美だったが、そんな事は無かった。寧ろ、逆にこちらが謝罪を貰う始末。音羽の言葉は半分あっている。夏美とて、何も悪意だけで音羽に悪戯を仕掛けたワケではなく、あくまで動画内のイベントの一環としてやっただけ。それにしては些か酷い悪戯であったが、それを受けて少しも怒らない音羽の善性に夏美は半ば呆れを覚えていた。

 

「音羽センパイ、いつか悪い大人に騙されないか心配ですの……」

「急にどうしたの?」

「なんでもないですのっ。音羽センパイはもう少し、その……怒る事も覚えた方がいいと思いますの。今のは明らかに、夏美が悪いんですの」

「う、う~んと……じゃあ、ちょっと痛かったんだからね。他の人にこんな事したらダメだよ?」

「それでよし、ですの。さぁ、撮影を再開しますのっ」

 

 少しトラブルを挟んだが、そこはプロ(アマだが)。夏美はさっと自分の中で撮影モードに切り替え、再びカメラを回すのであった。

 

 ***

 

 その後も夏美と音羽はアスレチックを進んでいく。

 

「次はジップラインですの~! まぁ、派手なターザンだと思えばいいんですの」

「ぴゃああああああ!!! 夏美ちゃん、止めて~!」

「止まる事は出来ませんの、一気に駆け抜けていきますの~! 風が気持ちいいですの~!」

 

 宙吊りのまま森の中をかっ飛んだり。

 

「次は水上エリアですの。音羽センパイ、落ちたら」

「うひゃあ!」

「……言う前に落ちたらフリが出来ませんの。動画的にはNGなんです、のぉっ!?」

 

 湖の上で二人仲良く入水したり。

 

「ぷはっ……夏美ちゃん、大丈夫!?」

「カ、カメラは大丈夫ですの。ちゃんと防水仕様ですし」

「そうじゃなくて! 夏美ちゃんの事!」

「心配し過ぎですの! これでも私、体は丈夫ですので」

「だめ、何かあったら練習も休まなくちゃでしょ? はい、これ持ってきた上着。夏美ちゃんが着て」

「そういうところは真面目なんですのね……まぁ、ありがたく貰っておきますの」

 

 色々なイベント……もといハプニングを乗り越え、いよいよ二人は最後のエリアへとやってきた。

 

「最後のエリアは~、巨大迷路ですの! 生け垣を利用した、このアスレチックの名物ですの。さ、音羽センパイ。夏美は後ろから音羽センパイを撮っているので、先に行って欲しいんですの!」

「うんっ、よろしくね」

 

 そう言って、迷路の中へと足を踏み入れる二人。手探りで前を進む音羽は、後ろにいる夏美が何やら悪戯めいた笑みを浮かべている事には気づけなかった。そう、この鬼塚夏美という女、罪の意識が薄れてきたのか先の件では飽き足らず、また音羽に悪戯をしようと考えていたのだ。

 

(にっしっし……さっきは少し失敗してしまったけれど、今度はケガとかもする心配がないし大丈夫ですの。カメラは無理だけれど、面白い音声が録れる事間違いなしですのー♪)

 

 迷路に入って5分程経った頃、夏美は音を殺して音羽とは反対方向の道へと別れた。そのままダッシュで行き止まりへとやって来た夏美は、スマホのアプリを起動してそこから流れ出る音声を確かめる。

 

『あれ、夏美ちゃん? 夏美ちゃーん!』

「にししっ。ちゃんと録れてますの。音羽センパイが私を求めて彷徨う声が」

 

 どこで仕入れたのか、夏美は予め音羽に盗聴器を付けていたみたいだ。この女、動画のためならどこまでもあくどい事が出来てしまうのである。

 

『うぅ、どこではぐれちゃったのかなぁ……』

「さぁ、思う存分寂しがって泣き叫ぶがいいですの! にゃはは~!」

『夏美ちゃん、どこかで寂しい思いをしてきゃいいけど』

「はっ……?」

 

 このまま音羽のいいリアクションが録れるだろう、そう思っていた夏美は突如、自分を心配している音羽の声に戸惑っていた。どうやら夏美、罪の意識と共に音羽が内包する善性も忘れてしまっていたようだ。

 

「ちょ、ちょっと! これでは夏美の方が迷子になっているみたいですの!」

『というか、体調は大丈夫かな!? 迷路は全体的に日陰だし、まだ服も乾いてないだろうから凍えてなきゃいいけど……』

「う……い、言われてみれば確かに少し寒いですけど! でも大丈夫ですの! 大丈夫……」

『夏美ちゃーん! 夏美ちゃん、出ておいでー!』

「うがああああ! やめてくださいですのおぉぉ!!!」

 

 最終的に迷路全体に響き渡るであろう声で夏美の事を呼び始めた音羽によって、羞恥に耐えられなくなった夏美はこれまたダッシュで音羽の事を探しに走り始めた。

 

「うぅ、確かここで別れたから……こっちに行って。あれ?」

 

 音羽を求めて闇雲に迷路を彷徨う夏美。そんな事をしては結末は……。

 

「ほ、本当に夏美が迷子になってしまいましたのー!」

 

 最早、誰がどう見てもどちらが迷子かは明らかである。おまけに走ったせいで体力も奪われたせいで、益々寒さが身に刺さるようになってしまった。

 

「う、うぅ……音羽センパイ……ごめんなさいですの……夏美が悪かったですのぉ……だからぁ……」

 

 泣きじゃくる夏美は、迷路の中心部……丁度、花壇に花が咲き乱れているエリアにやってきた。丁度広いエリアで、程良い陽光が差すその場所に、待ち人はいた。

 

「夏美ちゃんっ!!」

「あ、音羽センパイ。よかった~どこ行ってましたの」

「それはこっちの台詞!!」

 

 音羽と出会い、表面上は取り繕おうとした夏美だが、それは音羽の声にかき消されてしまう。

 

「もう、心配したんだからね! もう僕から離れちゃダメだから!」

「なっ……そ、その言い方はマズいですのっ」

「僕は真剣なんだからねっ!」

「むぅ……わかりましたの。ごめんなさいですの」

「うん……それで、大丈夫? 寒かったりしない?」

 

 気が済んだのか、そこにいたのはいつもの優しい音羽だった。

 

(ふぅん……ちゃんと、怒る事も出来るんですのね)

 

 などと、夏美は思いながら。音羽の問いに答えることにした。この場所は日が照っていて温かな空気が辺りを包んでいる。だがしかし、夏美は。

 

「……まだ、少し寒いから。温めて欲しいんですのっ」

 

 嘘も方便。自分の教訓に、身を任せ、音羽の胸へと飛び込んだのだった。

 

 ***

 

「ふふっ。楽しかったね」

「こっちは散々でしたの……」

 

 あの後、迷路を抜けた二人は帰路へとついていた。

 

「それで、夏美ちゃん。動画の公開はいつぐらいになりそうなの?」

「んー……今回の動画はNGですの」

「えぇっ、そうなの!? 折角よく撮れてたと思うのに……」

「それを決めるのはチャンネル主である私ですの。それに……」

 

 それにの後に続く言葉。

 

(今日の思い出は、音羽センパイと夏美の……二人だけの、秘密にしておきたいし)

 

 それは、音羽にも言えない、夏美の秘密であった。

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