「音羽、星を見に行かない?」
誰もいない2人きりの部室で、平安名すみれは音羽にそう言い放った。
「お星様? うん、いいよ!」
「本当? 嬉しいわ」
音羽としても断る理由はなく、即決であった。そんな音羽に、すみれが詰め寄る。
「……久しぶりのデートね」
「デッ、デート!?」
「あら、男女が2人っきりでどこか出掛けるのを、デートと呼ばずして何と呼ぶのかしら?」
赤面する音羽を挑発するかのように、すみれが妖しく微笑む。音羽とて、これまですみれと2人きりで、ましてやLiella!の他のメンバーとも2人で出掛ける事は何度もあった。だがしかし、改めてそれを“デート”と言葉にされるとたじろいでしまうのが、初心な音羽という人物なのだ。初心であるが故に、すみれの頬も音羽と鏡映しのように染まっている事には気づかない。
「私が行きたいのは……これ。車は父さんが出してくれる事になったから、安心していいわよ」
頬の朱を冷ました(ように装った)すみれから音羽に差し出されたのは、1枚のポスター。次の土曜日に、何某の星座の流星群が来るので、それを皆で鑑賞しましょうと、某所の公園を指定した物だった。流星群の他にも、望遠鏡等の貸し出しもやっており、天体観測を楽しめるイベントと銘打ってある。すみれは星が好きなのだろうか、ならば一緒に楽しみたい、と思った音羽はデートという単語から来る照れをかみ殺し、首を縦に振るのだった。
「そっか……うん、わかった! 楽しみだね」
「えぇ。それじゃ、当日はよろしくね」
そう約束を交わして、音羽とすみれは互いの席に戻る。その際生まれたすみれの小さなガッツポーズにも、音羽は気づかないのであった。
***
時は飛んで、音羽とすみれの約束の日がやってきた。その日の練習を終え、すっかり日も暮れた頃に、音羽の家のインターホンが鳴らされた。
「はーい、すみれちゃん?」
『迎えに来たわよ、音羽』
「今行く、ちょっと待ってて」
音羽は凍えないようにコートを羽織ってから、玄関の扉を開ける。すると、待ち人はそこにいた。すみれはいつも身につけているニーハイソックスにミニスカートと、冬の寒空にはやや耐え難い格好をしていた。
「やっほ、音羽」
「こんばんは、すみれちゃん」
「父さん、待ってるから。早く行きましょ」
音羽が出るやいなや、音羽の手を引くすみれ。音羽の為にオシャレをしてきたが、内心寒いすみれ。早く車に戻りたくて足を速めたのだったが、音羽はそんな事はつゆ知らず。楽しみなのかな、と少し微笑ましい気分になりながら、音羽はすみれの父が運転してきた車に乗り込んだ。だがしかし、ここで音羽は一つのイベントにエンカウントしてしまう。そう、音羽は……すみれの両親に出会うのが、初めてなのであった。
「あ、あのっ。よろしくお願いします」
「うむ……君が音羽君だね」
「はいっ」
「もう、父さん。そんな音羽を威圧するような真似しないで」
音羽はやや緊張した面持ちで、すみれの隣、後部座席に腰掛ける。
「……君は、すみれとどういう関係なのかな」
「ちょっと、父さん! セクハラよ、それ!」
「は、はいっ。すみれちゃ……すみれさんは、僕にとって、特別な友人なんです。いつもいつも、すみれさんには助けて貰ってて……」
「そうか……」
「音羽も乗らないの!」
「えっ、ご、ごめん。ダメだった?」
「……これからも、すみれの事を、よろしく頼んだよ」
「はいっ、わかりましたっ!」
「もう、2人とも……でも、これって公認って事よね……ふふっ」
「すみれちゃん何か言った?」
「なんでもないったらなんでもないわよ!」
そんな会話をしながら、車を走らせること数十分。目当ての公園に着いた一行は、すみれの父が見送る中寒空の下へと繰り出した。すみれは時々止まりながら、屈んで露出した太股をさすっていた。
「すみれちゃん、大丈夫? 寒くない?」
「平気よ。それよりも……ほら、音羽。上を見てみて」
「ん……うわぁ、凄く綺麗!」
「ここの公園、東京とは思えないぐらい星が綺麗なのよね。それにしても……本当に綺麗」
2人が上を見上げると、すみれの言葉の通り頭上には満天の星空が広がっていた。人の光を忘れた地上で見る星空は、まさしく圧巻の一言。2人は思わず息を吞んで、顔を見合わせて笑い合う。
「まさか、ここまでなんて思ってもいなかったよ」
「えぇ、そうね。会場では望遠鏡とかも使えるらしいから。早く行きましょ」
「うんっ!」
星々の見守る中、音羽とすみれは人だかりのある場所へと歩き始めた。音羽は上機嫌なのか、寒空にも関わらず鼻歌を歌っていた。
「ふんふふんふ~ん♪」
「音羽が鼻歌なんて珍し。ていうか、それって夏の大三角の歌でしょ?」
「そうだっけ?」
「そうよ。冬の大三角はシリウス、ベテルギウス、プロキオンよ。ほら、あの1番明るいのがシリウスで、あの赤っぽいのがベテルギウス。プロキオンは……左の明るいのね」
すみれが次々と夜空の星々を指差すのを、音羽は感心しながら見ていた。
「へぇ~。すみれちゃん、詳しいね」
「ま、ギャラクシーな私だもの。これぐらい当然っ」
「ふふっ……っと。着いたんじゃない?」
「そうね。それじゃ、始めましょっか。天体観測」
暫く話している間に、2人はどうやら目的の場所まで着いていたみたいだ。係の者に頼んで望遠鏡をレンタルし、早速2人は望遠鏡を覗き込む。まずは音羽の番だった。
「わぁ……! 望遠鏡だと、お星様が何倍もよく見えるね!」
「ふふっ。子供みたいにはしゃいじゃって」
「あれが、すみれちゃんの言ってたシリウスかな?」
「どれどれ、ちょっと見せて……えぇ、あってるわ。綺麗ね……」
すみれがほぅ、と星々に感心しているところで、音羽は平素より感じていた疑問をすみれに投げかけるのだった。
「すみれちゃん、お星様好きなの?」
「えぇ。私もああいう星みたいにキラキラした人になりたいって思ってるの」
「そっか……すみれちゃんらしいや」
「それ、褒めてるの?」
「ふふっ、褒めてるよ。素敵だなって。すみれちゃんなら、きっとなれるよ。どんな星よりもキラキラ光ってる一番星みたいな人に」
「ん……ありがと。まぁ、私はあんたの一番星になれたらそれで、なんて……」
すみれが何やらゴニョゴニョと呟いたが、それは音羽には聞こえなかった。すみれの小さな呟きは、星々にしか聞こえなかったのだった。
2人が星空を堪能していると、いよいよ本日のメインイベントである流星群の観測の時間がやってきた。人々は望遠鏡から目を離し、星空を見上げる。2人も例によって上を見上げ、光の雨が来るのが今か今かと待ち焦がれていた。そうして。
「あっ、来たよ!」
群衆の中から幼い声が一つ上がった。その声の指し示す通り、人々の頭上で光の粒が流れたかと思うと、一瞬でそれは消えていった。
「あぁー……最初の、見逃しちゃった」
「もう、音羽ったら……ぼけっとしないの。ほら、次が来るわよ」
最初の流れ星を見逃して落胆している音羽を、すみれが宥める。そして、空はすぐにすみれの言葉の通りになった。流れ星の雨が、次々と降り注ぎ始めたのだ。
「音羽、顔上げなさい! 流れ星来たわよ!」
「えっ……うわぁ、本当だ! あっちにも、こっちにも!」
最初に流れた星屑を皮切りに、夜空には次々と流れ星が生まれていた。そして、変化は夜空だけではない。流れ星が消える前に3回お願い事をするとその願いが叶う……とは、昔から使い古されたおまじないであるが、未だに現役を張っているその慣習に倣って、地上では人々が次々と夜空の流れ星に願いを託していた。
音羽も星空に向けて手を合わせたところで、ふと隣のすみれに目をやると、すみれはただ腰に手を当てて夜空を見上げているだけだった。
「すみれちゃん、お願い事はいいの?」
「しないわよ、そんな事。願い事ってのは、お星様なんかに頼らないで自分で叶えるの」
「へぇ……カッコいいなぁ、すみれちゃん」
「別に、当然よ……ところで、音羽はお願いするとしたら何にするの?」
「ん~……すみれちゃんが言った通りだけど、ラブライブ!優勝は僕達自身の力で叶える事だから。だから、皆が無事にラブライブ!を終えられるまで、健康でいてくれたらいいなって」
「んぎゅっ……そ、そうなのね」
「んぎゅ?」
「なんでもないったらなんでもないっ! ま、まぁ無病息災ぐらいだったら流れ星にお願いしても悪くないかもね」
思わず胸の高鳴りが口から飛び出てしまったすみれだが、急いで誤魔化した。すみれも手を合わせて自身と、それからLiella!メンバーの健康を星に祈る。すみれが手を合わせていると、何やら隣の音羽がソワソワとし始めた。
「……音羽、どうしたの?」
「い、いやぁ。明日オムライス食べたくなって。お願いしてもいいかなぁ?」
「それぐらい買うか作るかしなさいよ。というか、明日はお休みだったわよね。ウチに来たら作ってあげるわよ」
「本当? 嬉しい!」
「もう……可愛いんだから」
「すみれちゃんも、折角だから何かお願いしたら?」
「言ったでしょ、私は星任せになんてしないって」
「う~ん……じゃあ、もしも仮にお願いするとしたら、どんな事をお願いするの?」
「どんなって、それは勿論……」
勿論。その後に続く言葉を飲み込みながら、すみれは音羽を見る。純朴で、濁りを知らない瞳が湛える光は、夜空に輝くどんな星よりも美しい。その輝きを……1番そばで見ていたい。自分のモノにしてしまいたい。そんな願いは、夜空を泳ぐ光に託すのは不相応だろう。だからこそ。
すみれは、音羽の瞳に灯る“星”に向かって、そっと願いを紡いだ。
「音羽……あんたは、私とずっと一緒にいてくれる?」
「え? そんなの、お願いされなくても。僕達“マブダチ”でしょ?」
「っ……ありがと、音羽っ」
「えっ、すみれちゃ……!?」
音羽が驚いたのも、無理はない。音羽が何を言う暇もなく、すみれは音羽に向かって抱きついていたのだった。突然の出来事に驚いた音羽だが、後から羞恥が雪崩れ込んできてその頬を朱にそめる。触れ合った頬と頬から、互いの熱が伝い合って。
「音羽、顔真っ赤」
「な、なんでわかるの……」
「だって、私と一緒だもの」
そういって、すみれは音羽の肩を持って自分と向き合わせる。音羽が目にしたのは、暗闇を照らすのではないかといえるぐらいの熱を頬に孕んだ、すみれの笑顔だった。