別冊星達のミュージアム 第2号   作:苗根杏

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19作目は、りらんさんの作品です。
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踏み出す、映画製作への道。

「失礼しました……うぅ、廊下に出ただけでこんなに寒いなんて……早く部室行こう……」

 

 ラブライブ地区予選を終えて2日が経ったある日の放課後のこと。日直の仕事を終えて職員室を出た東音羽はスクールアイドル部の部室の方へとやや足早に歩みを進めていた。

 

 日が進むにつれて気温の低下を感じることが増え、移動教室や帰路に着く際も冷たい風が肌を刺すように吹いていたのをふと思い出す。廊下に出ている時間を極力縮めたい。早く暖房の効いた部屋へと場所を移したい一心で階段を駆け上がった。こうして部室の扉が見える手前まで来たところでスピードを少し緩めると、眼鏡をかけた見知らぬ女子生徒が1人で部室の前に佇んでいることに気づく。

 

「あの……」

 

「ん? おぉ! あなたは東音羽サン!? 部室に入るタイミングを伺っていたらいいところに!!」

 

「ち、近い……あの、何か用ですか?」

 

 勇気を出して声を掛けてみると、逆に向こう側から距離を詰められて後ずさってしまう音羽。それでも冷静さを取り戻しつつ、ドアの前に立っていた理由を目の前の女子生徒に尋ねてみる。

 

「音羽くん? 誰かと話しているのですか?」

 

 そんな音羽の疑問に眼鏡の女子生徒が応えるより先に、部室から黒い髪を後ろで1つにまとめた女子生徒……葉月恋がひょっこりと部室から顔を出した。

 

「おぉ! 葉月サンも丁度いいところに!! お願いします!! どうか昼間にもお話ししたあの件、前向きに検討してもらえるとありがたいんです……!」

 

「いや、ですからそう言われましても、私1人に決定権はありませんので……」

 

「そこを何とか!! 葉月サンは生徒会長!! つまり生徒の中で最高決定機関と呼ばれる存在ではありませんか!!」

 

「さ、最高決定機関って……とりあえず、まずはかのんさん達が部室に戻ってきたら話を……」

 

「あ、あの! 一体、何の話……なの?」

 

 恋に対してマシンガンを連射するかのような勢いで捲し立てる女子生徒。状況を呑み込めない音羽は半ば無理矢理と言わんばかりにマシンガントークを遮り、女子生徒と事情を知ってるであろう恋へ説明を求めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「映画研究部の自主制作映画に!?」

 

「私達が!?」

 

「はい! 是非とも出演して頂きたいんです……!」

 

 数分後、音羽と恋は部室に戻ってきたかのん、可可、千砂都、すみれの4人も交えて女子生徒へと改めて話を伺ってみる。要点を纏めると、彼女は映画研究部の部長を務めており、かのん達の所属するスクールアイドルグループ『Liella!』に自主制作映画への出演依頼を申し出るべく部室へと訪ねてきたのだと言う。

 現時点では来年4月に行われる新入生歓迎会のプログラムの1つである部活動紹介の中で上映、更には同時期に動画サイトにて公開するという見込みを立てており、脚本も大方完成しているとのことだ。

 

「なんと! 遂にクク達も銀幕デビューということデスか! めでたい話デス!」

 

「銀幕デビューって随分大袈裟な物言いね。というか映画研究部……今日までそんな部が存在してたなんて知らなかったわ」

 

「はぁ、やっぱそうですよね……」

 

 すみれの何気なく発した一言に反応したのか、部長はわかりやすく肩を落としてみせた。それを見た可可は『今それを言う必要はあったのか』と言わんばかりにすみれへと冷ややかな視線を送りつつ、静かにツッコミを入れる。

 

「すみれ、無神経デス」

 

「あ、いや、気を悪くしたならごめんなさい。別に悪い意味で言った訳じゃないのよ」

 

「いえ、いいんです。部員は自分を含めて3人しかいない、正式な部としての承認を受けてないから部費も下りない、顧問もいない……という散々な状況なので設立からまだ1作も作れていないんですよ。恥ずかしながら……」

 

「つまり、部活というよりは同好会の立ち位置に近いのかな?」

 

「そうですね。先程の発言からお察しの通り、作品を発表することさえままならないので影の薄い部と思われてしまうのは仕方ないかな……って」

 

 記憶をよく辿ってみると、普段の学校生活どころか学園祭の準備期間中さえも映画研究部に関する話題が上がることは一度もなかったと音羽は記憶している。恐らく生徒会長である恋や理事長、一部の教員しかその存在を認知していないのだろう。恋以外の面々の反応を見る限り、それはどう考えても明白だった。

 

「けど、今年こそはこの状況を変えたいって自分は思ってます! せっかく自分の好きなことを目一杯やりたくて映研を作ったのに、何も活動しなければ意味がありません! このままだといつかは……いや、来年に廃部が決まってしまう可能性も考えられます。それで、僭越ながらこの間のラブライブ地区予選にも出場していた『Liella!』と敏腕マネージャーである音羽サンにお声掛けさせてもらったという訳です。皆さんなら話題性もビジュアル面の人気もピカイチですし!」

 

「敏腕マネージャーって……まだそこまでのレベルには達してないよ……」

 

 音羽はそう謙遜するように言ってみたものの、スクールアイドルが若い世代を中心に強い影響力を及ぼしているということは既に自覚していた。初めて『Liella!』のサポーターとして配信で顔を出した時の流れるようなコメントの数々。それらは彼の中で根強く記憶に残っている。

 

「とまぁ、このような部長さんからの相談は『Liella!』に加入する前から度々受けていました。ですが皆さんも知っての通り、以前の私は廃校問題について考えるあまり他のことに手を回す余裕がなく、期待に応えられませんでした……ですが周りに音羽くん達のような心強い友人が増えた今なら、私でも映画研究部の皆さんに最大限お力添えすることができるような気がするんです。どうか力を貸して頂けないでしょうか」

 

「ククは賛成デス! 映画作るなんて滅多にできないデスしとにかく楽しそうデス!」

 

「右に同じよ。ショウビジネスの世界で培ったカリスマ性が遂に活きる時! 求められてるなら応えてナンボでしょ?」

 

「私も助けを必要としてる人がいるなら力になるよ! もしかしたらLiella! の活動にも何か繋げられるものがあるかもしれないし、やってみて損はないんじゃないかな? ちぃちゃんは?」

 

「私は……当然マル! 協力するよ! 練習のスケジュールは組み直す必要があるから、上手いこと調整しないとだね」

 

 頭を下げる恋の隣にかのん達はそれぞれ並ぶ。どうやら『Liella!』は満場一致のようだ。

 

「……正直、演技なんてやったことないし映画がどうやって作られるのかも何もわかってないけど……こんな僕でも必要とされてるなら、頑張ってみたい……かな」

 

 部室にいる全員の注目が自身へと一斉に集中し、音羽は思わずたじろいでしまう……が、彼の中には初めから断るという選択肢など存在していなかった。その声色からはどことなく頼りなさは感じられるものの、『やってみよう』という心意気も十二分に伝わってくる。

 

「決まりだね!」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!! ありがとうございますっっ!!」

 

 かくして、音羽達結ヶ丘スクールアイドル部一同は映画研究部の映画制作プロジェクトに協力することになるのだった。

 

 

 

「おはよう、みんな」

 

 数日後、撮影現場である公園へと到着した音羽は先に来て準備を進める『Liella!』のメンバー達へと挨拶を交わしていた。

 

 そんな彼の本日の身なりは、毎日のように着込んでいる結ヶ丘の制服に学校指定のリュック。一見いつも通りに見えるが、右肩には少し細長い何かの収納バッグを掲げている。

 

「ねぇ、その長いケースは何?」

 

「あ、これは『Liella!』の宣で……」

「音羽サンおはようございます!! よく眠れましたか?」

 

「わっ!? び、びっくりした……何とか」

 

「急に現れるんじゃないわよ! 心臓止まるかと思ったんだけど!?」

 

「あはは、すみません……それより皆さん、今日からよろしくお願いしますね!」

 

 バッグの存在に気づいたすみれが中身と用途を尋ねてくる。が、いつの間にか横にいた部長が会話へと割り込んできた為完全に話す機会を失ってしまった。

 

 そんなことがありつつも音羽は衣装に着替えつつ、持ってきた縦長のバッグから"何か"を取り出して組み立てたりと撮影への準備を進めていく。

 

「では、早速撮影を開始しまーす! 全員準備は大丈夫ですか〜?」

 

「いいわよー」

「できてマース!」

「問題ありません!」

 

「私も! おとくんは?」

 

「スゥー……ハァー……よし、大丈夫……!」

 

「行きますよ〜? よーい、アクション!!」

 

 大きく、ゆっくりと深呼吸をした後、部長から合図がかかる。それに合わせ、金色の宝石が埋め込まれたペンダントを首に掛けた恋がゆっくりと歩き始めた。

 

「失礼お嬢さん、あなたの持ってるそちらのペンダント……もしかして『黄金の涙』ではありませんかね?」

 

「『黄金の涙』? いえ、聞いたことありませんが……」

 

 そんな恋の目前に、アイスクリームのような角の生えたカチューシャを頭に着けた可可と忍者のような衣装を身にまとった千砂都が立ち塞がる。

 

「しらばっくれても無駄デスぜ? その綺麗な雫型、その輝き! どう見ても『黄金の涙』デス! それなりの報酬は渡しマスから、代わりにそれをこっちに寄越すデス!」

 

「そんな! 渡せません! これは母から授かった大切なペンダントなのです!」

 

「だそうですよドログソクムシ様? どうしますかい?」

 

 千砂都が後方の人物を見やると、仮面を被ったすみれが腕を組みながら恋の方へとゆっくり近づいて来た。その両肩と頭部のヘルメットには大きなグソクムシの形をした装飾が貼り付けられている。部長曰く、すみれ達の衣装は一昔前のアニメに登場する3人組の某悪役を意識して作ったとのことだ。

 

「抵抗するつもりね。なら力ずくで奪い取りなさい!」

 

「「アイアイギャラクシー!!」」

 

「きゃっ! やめて! 離してください!!」

 

 可可と千砂都が恋の腕を無理矢理押さえつけ、首に掛けたペンダントを奪おうとする。その時……

 

「そこまでだぁ!!」

 

「何奴ッ!?」

 

「あなたは……!!」

 

 レスラーを彷彿とさせる橙の羽型のマントに、白を基調としたマスクを身につけた音羽。そんな彼に与えられた役名。それは──

 

「翼の戦士・トーンウィング参上ぅー! ドロヘアンナ一味ぃ! 悪事はやめるんだぁー!」

 

『翼の戦士 トーンウィング』。作品タイトルは主演である音羽の名前をそのまま英語に直訳しただけのネーミングではあるものの、想像よりも上手くマッチしている。初めてタイトルを聞かされた時、音羽自身は我ながらそう感じたらしい。

 

「出たわねトーンウィング! あんた達、やっておしまい!!」

 

「「アイアイギャラクシー!!」」

 

「かかってこいぃ! ククーンにチサットー! 最初から全力で行く……ぞぉッ!?」

 

「「音羽!?」」

「おとくん!?」

「おとちゃん!?」

 

「カーット!!」

 

 可可と千砂都の元へと駆ける音羽。が、勢い余ってしまった為か2歩進んだところで転倒し、撮影は中断されてしまう。

 

「音羽くん、大丈夫ですか?」

 

「いたた……ごめん、足がもつれちゃって……」

 

「音羽サン! ケガはありませんか?」

 

「ごめん! 大丈夫!」

 

「なら良かった……気を取り直して、もう一回行きましょう!」

 

 ーーー

 

「かかってこいぃ! ククンン……」

 

「カット!! ヒーローは舌足らずじゃダメですよ!!」

 

 ーーー

 

「正義の味方ぁ、トーンウイング参上ぅー!」

 

「カット!! 台詞の語尾伸ばさないでください!!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 ーーー

 

「ふっ! はっ!」

 

「とりゃ! おりゃ!」

 

「えい……っとととと!?」

 

「カット!!」

 

「うわぁ! おとくん大丈夫!?」

 

「随分と派手にコケたわね……」

 

 ーーー

 

「もう音羽! 台詞といいアクションといい、シャキッとしなさいったらしなさいよ! あんた主演でしょ!? そんな下手くそな演技じゃ笑いものになるわよ!!」

 

「うぅ……本当にごめん……」

 

 あれからテイク数を何度も重ねたものの、撮影は思うように進行しないまま時間だけが経過していく。気づけば時刻は既に16時30分。日が短くなり、太陽も徐々に沈み始めていた。

 その上NGと判定を出されたシーンの8割は自身の不出来に原因があった為、音羽は自信を喪失しかけていた。

 

「まぁまぁすみれさん、音羽くんも頑張っているのですから」

 

「そうデスよ! そんな言い方するのは可哀想デス!」

 

「それはそうだけど……でも撮影、昼間から全然進んでないじゃない。短編映画とはいえこんな調子じゃまずいでしょ。かのんの出番なんてまだ先なのに朝からずっと待たされっぱなしだし」

 

「私のことは気にしないで! おとちゃんのペースでやっていいからね」

 

「ありがとう。でもすみれちゃんの言う通りだよ。上手くできない僕が悪いから……」

 

「おとちゃん……」

 

「ほら! すみれが偉そうに喋るから音羽が落ち込んじゃいマシたよ!? そこまで演技経験ないクセに、身の程を弁えて発言しやがれデス!」

 

「私のせい!? ……いや、全く原因がないとは言いきれないけど」

 

 こうしてフォローしてくれる者もいるが、寧ろその優しさが今は辛い。かのんや可可の気遣いとは正反対に、かえって無力感に苛まれていく。

 

「音羽サン、どうしますか? まだ続けられそうですか?」

 

「ごめん部長さん、せっかく台本考えてくれたのにワガママ言っちゃって申し訳ないんだけど、僕に主演は荷が重すぎるというか……正直無理かも……」

 

 音羽の発したそれは実質的な降板宣言だった。プロの現場ではこのような理由で仕事を放棄することは許されないということは理解していたが、このまま座長を任され続けてもかえって迷惑をかけてしまう。

 

「そっかぁ……じゃあ主演は他の人に交代して……」

 

「ちょっと待って。実際にやってみて思ったんだけど、こういう派手なアクションものって素人だけでやるのはちょっと危ないんじゃないかな? 普通ならスーツアクターさんとかスタントマンの指導があったりワイヤーで吊ったりとかするけど、そういったものがないから全部自己流になっちゃうし」

 

「そう聞くとククも不安になってきマシた……運動やアクションには苦手意識がありマス……」

 

「うーむ確かに。指導してくれるスタントマンの宛も私にはありませんし……わかりました。ならプラン変更です!」

 

 5日後。部長の手によってかのん達に新たな台本が手渡され、『トーンウィング』とはまた違う新たな作品の撮影が始まろうとしていた。撮影場所は空間のおよそ6割程がグリーンバックにて占められたスタジオ。作風の都合上、今作の撮影は大半をこの場所にて行うらしい。

 

「この衣装、着るの久しぶりデスね!」

 

「だね! 初ライブの時のこと思い出しちゃうな〜」

 

 そうはしゃぎながら話す2人。というのも、今彼女達がまとっている衣装は『Liella!』が5人体制になる前……更に言ってしまうと、かのんと可可の2人のユニット『クーカー』として初めて立ったステージで着用したもの。

 これは主演がかのんと可可に決定した後、代々木スクールアイドルフェスの映像をたまたま目にした部長の提案で作品にも流用することとなったのだ。『Liella!』の宣伝としても大きな効果が期待できるだろう。

 

「可可サン、澁谷サン、準備はいいですか〜?」

 

「はーい!」

「いいデスよ〜!」

 

「じゃあ行きまーす! よーい……アクション!!」

 

 ーーー

 

「オレンジ、遂にハヅキ城に来まシタね……!」

 

「そうだね。ここに囚われたレン姫と、悪の女王・グソックムシがいるんだ……」

 

「はい。気を引き締めていきマショウ!」

 

 かのんと可可は緊張した表情を作りつつ、グリーンバックの上を進んで行く。こうしてスタジオの中心部に来たところで足を止めると、2段程高い台の上で待ち構えていたすみれが高らかに声を上げた。その傍らでは青のドレスを纏った恋が手足を拘束された状態で立っている。

 

「グーソグソグソ! よーく来たわね!」

 

「女王グソックムシ! レン姫を返しやがれデス!」

 

「タイニースターズの皆さん! 助けに来てくれたのですね!」

 

「レン姫! 私達が来たからにはもう大丈夫です!」

 

「大丈夫ですって? グーソグソグソ! 笑わせてくれるわ! そう簡単にいくと思ってるのかしら? レン姫を助けたいのなら妾を倒してみせなさい!」

 

「言われなくても! ブルー!」

 

「ハイ!」

 

「輝く火炎! タイニーオレンジ!」

 

「煌めく水流! タイニーブルー!」

 

「「魔法少女タイニースターズ!」」

 

「平和を乱す悪しき者よ!」

 

「星の魔法であなたの穢れを取り払いマス!」

 

 口上がスタジオ内へと響き渡る。『魔法少女タイニースターズ』。かのんと可可がステージで披露した楽曲『Tiny Stars』を元にして名付けられており、チーム名だけでなく作品そのもののタイトルにも使われているのだ。

 

「行きマスよオレンジ!」

 

「うん!」

 

「アクア・シューティングスター!」

 

「バーン・シューティングスター!」

 

 かのんと可可はそれぞれ技の名前を叫び、手を前へと突き出す。ここを含めた魔法を放つシーンは後に合成にてエフェクトを加えるとのことだ。

 

「甘いわ! そんな星屑共で妾を蹴散らせると思うな!」

 

 それに対し、すみれは手に持ったステッキをコン、と床へ1回打ちつける。

 

「打ち消された!?」

 

 音を聞いて数拍おいた後、かのんは驚愕の台詞を口にした。台本によると『前方にバリアが張られ、技が掻き消される』とのことだ。

 

「今度はこちらからお返しさせてもらおう! 喰らうがいい!」

 

 再びすみれがステッキを打ちつけると、かのんと可可は揃って後方へと軽く跳びながら転倒する。ここは『地面から放たれた光によって吹き飛ばされる』シーンだ。

 

「オレンジ! ブルー!」

 

「女王グソックムシ……やはり強いデス!」

 

「全然歯が立たないなんて……!」

 

「その程度か? まぁいい。トドメだ!」

 

 すみれはエネルギーを溜め込むように両手を前方へと構え、2人に向けて放つようにポーズをとる。その時、横から音羽と千砂都が割り込むようにして両者の前方へと立ち塞がった。

 

「僕はマスクド・ウィング。翼の仮面騎士!」

 

「私はマスクド・ストーム。嵐の仮面騎士!」

 

 音羽の衣装は顔に着けた橙色の仮面とシルクハット、革靴以外は全て『トーンウィング』で着用していた物と同一のものであり、対する千砂都はそれの色のみを桃色へと替えた色違いの物を身につけている。一部の装飾品が違うだけで『トーンウィング』のヒロイックな雰囲気は完全になりを潜めており、魔法を使う戦士のそれへと仕上げられていた。

 

「マスクド・ウィングにマスクド・ストームだと……? また邪魔が入ったか!」

 

「助けてくれたんデスね!」

 

「誰だかわからないけど、ありがとう!」

 

「タイニーオレンジ、喜ぶのはまだ早いよ! まずは目前の敵を挫くのみ!」

 

「僕達も助太刀する。さぁ行こう!」

 

 音羽の台詞に合わせ、かのんと可可、そして千砂都は隣へと並ぶ。そして4人は鋭い眼光での上に1人立つすみれの方を力強く見据えるのだった。

 

 ーーー

 

「カット! 音羽サンいいですよ! 最初より声にハリが出てきましたね!」

 

「ほんと!? ありがとう……」

 

 ここで部長からカットの合図がかかる。『トーンウィング』の撮影の時から演技での発声方法について指摘を受けてきたこともあったのか、彼女の率直な称賛に音羽は顔を赤らめながらも胸を撫で下ろした。

 そして、その前方では納得いかない様子で足をじたばたと動かしながら叫ぶすみれの姿が。

 

「って、この前から言おうと思ってたけど! なんで私の衣装だけこんなにグソクムシ要素が強調されてんのよ〜ッ!!」

 

「似合ってるよ!」

 

「うん! すみれちゃんにピッタリだと思う」

 

「まさに悪役って感じがする!」

 

「これぞ造形美ですね! グソクムシなのに上品なのが魅力的です!」

 

「それでいて程よく小物感がありマス! まさに職人技!」

 

「あ、そう? ありがと……ってならないわよ!! 褒めるならもっと上手く褒めなさいよ!! 大体衣装はグソクムシなのに攻撃にその要素が全く見られないのもおかしいd……」

 

「声が反響してうるさいから静かに話すデス」

 

 それもその筈。すみれの着ていた衣装は両肩にグソクムシの装飾が貼り付けられた白いドレスと『トーンウィング』でも身につけていたグソクムシのヘルメット。一部が改造されているとはいえ、音羽と千砂都の例に漏れず、彼女もまた前作より流用された衣装を着用していた。

 

「グソクムシの衣装は置いといて、今回のはいい感じに撮れてるんじゃないかな?」

 

「うん! 台詞も少ないし、難しいアクションもないし、これなら僕も最後まで撮りきれるかも」

 

「さっき撮ったこの映像にも必殺魔法のエフェクトと、背景にはお城の内装が追加されるんだよね? 完成が楽しみだなぁ」

 

 肉弾戦の描写に特化した作風の『トーンウィング』とは違い、こちらは物理的に触れない光線や魔法などが主体として使われる作品だ。特殊かつ独特なデザインが使われる必殺技や背景はそのほぼ全てが後付けによって映像に加えられる。

 

 ……のだが、恋がふと口にした疑問によって今後の状況が一変するとは、この時は誰もが想像していなかった。

 

「ところで、エフェクトやCGの制作費は大丈夫なんですか? 台本には『青や赤の星型のビーム×100』や『ピンクとオレンジの竜巻』などと書かれていますが……」

 

「予算は演者の僕達が気にしなくていいんじゃないかな? 台本はそこも考慮した上で書かれてると思うよ」

 

「……」

 

「あれ? 部長さん?」

 

「何よ急に大人しくなっちゃって。まさか『考えてない』なんて言わないでしょうね?」

 

「……すみません。仰る通りです」

 

「は? 冗談言ってる場合じゃないわよ」

 

「いや、マジで言ってます……」

 

「オイったらオイ! そこは否定して欲しかったんだけど!?」

 

「でも、工夫すれば何とか安く抑えて作れるのでは?」

 

「えっと、一般的に業界で言われる3DCG制作の相場は『1分100万から140万』だって」

 

「とても払える額じゃない……」

 

 1分100万から140万。それは学生にとって……いや、一般企業に勤める社会人にとっても響きの違うパワーワードだ。映画研究部3人と音羽達が学業や活動の合間に一月アルバイトをしても払うのは容易ではなく、それが数十分ともなると金額は倍以上に膨れ上がる。一同はここまで費用がかかるものなのかと、思わず絶句するのだった。

 

 

 

 そこから更に間が空くこと数週間。音羽はスマートフォンの地図アプリを頼りに、次の作品の撮影場所へと向かっていた。

 

「あ、かのんちゃん」

 

 荷物の重みに耐えながら歩いていると、前方には同じ目的地へと向かうであろうかのんの姿が。音羽は小走りで近づき、横に並びながら「おはよう」と軽く挨拶をする。

 

「おとちゃんおはよー。今日も荷物沢山持ってるんだね」

 

「うん。映画だけじゃなくて『Liella!』のこともやらないとだし」

 

『Liella!』という単語が音羽の口から出た瞬間、かのんは大きなため息を吐きながら俯く。

 

「はぁ〜……おとちゃん達がこんなに色々考えてるのに私だけ全然集中できてないじゃん。しっかりしろ、私ー!!」

 

「ちょ、かのんちゃん近所迷惑になっちゃうよ! ……映画の撮影だけじゃなくて東京大会の練習もあるし、その上小学校からも出演依頼が来て……色々なことを同時進行でやるのって大変だね」

 

「うん……」

 

 音羽は『魔法少女タイニースターズ』の撮影が頓挫してからこの日まで、自身の周囲にて起きた出来事を順番に振り返っていく。

 

 まず1つは『Liella!』が数週間前に行われたラブライブ地区予選にて上位8校のうちの1校に選ばれ、東京大会への切符を勝ち取ったこと。もう1つは、かのんと千砂都の母校である青山南小学校から『Liella!』に歌って欲しいという旨の依頼が舞い込んできたこと。

 

 そして、かのんが日常にてどこか上の空な表情を見せるようになったのも、これらが知らされてからそう時間はかからなかったような気がする。どちらも『Liella!』にとっては吉報ではあるが、特にパフォーマンスを行うメンバーには相当の緊張感や重圧がかかることとなる。

 

 何か励ましの言葉をかけられたら、という想いは音羽の中にあったものの、軽々しくそれを口にするのはあまりにも無責任ではないかとも考えてしまい、結局は思いとどまることとなった。

 

「今回の脚本で何とか形になるといいんだけどね」

 

「まぁ前の2作と比べれば比較的演じやすい感じはあったからその点は大丈夫かも。現実味のあるお話だから情景も浮かびやすいし」

 

 そうして話しているうちに2人は撮影現場へと到着していた。その目前には二階建ての家がどっしりと佇んでいる。ここは映画研究部の部員が暮らす家らしく、家族が仕事で家を空けているこの日のうちに室内でのシーンのみ撮り終えてしまおう、という話になったそうだ。

 

「では音羽くん、今日もよろしくお願いしますね。恋愛モノではありますが、変に構えずいつものように接してください」

 

「うん! よろしくお願いします……!」

 

 恋へと促され、音羽はその横へゆっくりと腰を下ろす。

 今回の作品タイトルは『おとれん物語』。ジャンルとしては恋愛系に分類され、アクションやCGなどを一切使用する必要のない、ごく普通の男女同士の恋愛を描いた物語となっている。現実的な内容であることから衣装や小道具の殆どは市販品や持参物のみで揃えることができるので、予算が安く済むという点でも映画研究部の面々にとっては大変魅力的だ。

 

「カット! いいですよ2人共! 初々しさや緊張感はそんな感じのイメージでお願いしますね」

 

「はい!」

「わかりました」

 

「あの2人、息が合ってて本物のカップルのように見えるわね。本格的なショウビジネスの現場でもやっていけるんじゃないかしら」

 

「誰の目線で語ってるんデショウか。このグソクムシは」

 

 部長の合図で次のシーンの撮影がテンポよく進む中、少し離れた位置からその様子を観察するかのん、可可、千砂都、すみれ。

 本来4人の演じるキャラクターは家の中のシーンにおいて一切出番がないのだが、見学と撮影の補助という形での同席が許されていた。

 

「では、このまま終盤のシーンも撮っちゃいましょうか!」

 

「先に終盤から撮るの? あ、でも中盤のデートのシーンは明日以降に屋外で撮影するって言ってたっけ」

 

「ドラマや映画の現場は時系列順に撮り進める訳じゃないから少しややこしいのよね。このシーンも物語においてはほぼ終わりの方だし、事前に台本を読み込んである程度距離が縮まった感じを出さないといけないのが難しいポイントではあるけど……」

 

「2人共、初めから上手くその空気感を作れてるね」

 

 元々恋は音羽と幼馴染ということもあり、『Liella!』の中では関係性も特に親密だ。話す際の間の開け方や癖などを無意識のうちに熟知しているのか台詞回しも非常に小気味良く、些細な所作も自然体で行えている。これといったNGのカットも殆どなく、進行は現時点でかなり順調な状況だった。

 

「はい! では次に『床ドンからのキスシーン』、撮りますよ〜!」

 

「そっか! ここも終盤だった! 自分の出番よりもドキドキするよ〜……」

 

 部長からそう告げられた瞬間、どことなく音羽と恋の表情が強ばったように見えた。そして当然、それは遠くから見ているだけの立場にあるかのん達もまた然り。恋愛モノにおいて定番とも呼べるシチュエーションではあるが、年頃の高校生のみで作る映画の内容としては少し本格的すぎるのではないかと、皆どこか気が気でない様子だった。

 だが映画制作においてそんなことを気にしている場合ではない。部長は彼らをよそに開始の合図を出すのだった。

 

「ご、ごめん……! ずっと座ってたから足、痺れちゃって……」

 

「い、いえ! 大丈夫……です……よ……」

 

「唇、綺麗だね……」

 

「あ、ありがとうございます……今日の為に頑張ってメイクしてみたんです……」

 

「そうなんだ……嬉しい、な……」

 

「……」

 

 恋から返答はない。台本には『ちょっと、顔どんどん近づいてませ……』という台詞と、直後にそのままキスを交わすことが記載されているはずなのだが……

 

「……あれ、葉月サン? 台詞忘れてますよ?」

 

「恋ちゃ……ってうわぁぁぁぁぁ!?」

 

 何かあったのだろうかと、音羽は目を開けて恋の方を見る。彼女は顔をひどく赤面させながらその場で伸びていたのだ。

 

「音羽、どうしマシた……レンレン!? レンレンしっかりするデス!! 今心臓マッサージを……」

 

「違うよ可可ちゃん! 多分、おとちゃんの顔が良すぎるあまり気絶しちゃったんだよ!」

 

「そんなぁ!? 僕のせいなの!?」

 

 叫び声を聞きつけたかのん達も音羽の元へと駆けつける。思わぬ形で撮影が中断となってあたふたと慌てていた音羽はそれでも何とか落ち着きを取り戻しつつ、すみれと共に近くのベッドへと恋を運ぶ。

 

「うーん……はっ!? 私は一体何を!?」

 

 それから恋が意識を取り戻したのは2時間後のことだった。

 

「レンレン! 目が覚めて良かったデス! 記憶は失ってないデスか?」

 

「えぇ……そうです! 確か音羽くんに床ドンをされてから鼓動が早まり、意識が朦朧とし始めてそのまま……」

 

「いや、殆ど最初からじゃない!」

 

「すみません……役と混同してはいけないとわかっていたのですが、想像以上に音羽くんの表情に心を撃たれたもので……つい変に意識しすぎてしまったんです」

 

「うぅ……やっぱ僕のせいなんだ……」

 

 恋が気を失った理由を聞き、音羽はごめん、と肩を落とす。不本意ではあるが、長いこと撮影を止めてしまったと彼は負い目を感じていた。

 

「うーん、流石に少し刺激が強すぎましたかね……これも内容を変えないとダメでしょうか」

 

「いや、変えなくていいんじゃない? 配役だけ変えればどうにかなると思う」

 

「つまり?」

 

 これはまずいのでは、と思った部長は台本からの変更を提案してみたが、かのんは既に代替案を用意していたようだ。その内容とは……

 

「例えば、恋ちゃんとおとちゃんの立場を逆にしてみるとか。おとちゃんって声も顔も女の子っぽさがあるし、どっちかというと攻めより受けの方が合ってると私は思うな〜」

 

「かのん、押しが強すぎて目がガンギマリ状態デスよ」

 

 とのことだ。どことなく興奮している様子のかのんに一同からの呆れた視線が集中する。

 

「まぁ案としては悪くないんじゃない? という訳だからそれで行きなさい、恋」

 

「いえ、私はもうお手上げです。というより今は音羽くんの顔を見るのも無理です。3秒で失神する自信があります」

 

「そこまでなの!?」

 

「でも恋ちゃんじゃ先輩役はちょっと女性的すぎるような気がするんだよねぇ……うーん誰がいいんだろうねぇ」

 

「じゃああんたが行けば? 言い出しっぺなんだし」

 

「えっ」

 

「すみれちゃんナイス提案! 昔いじめられてた時に助けてくれたかのんちゃん、カッコよかったな〜」

 

「じゃあそれで行きましょう。ということで、急遽ではありますが澁谷サンは葉月サンの台詞を覚えてください。そしたら45分後に読み合わせてみましょう」

 

「えぇぇぇぇぇっ!?」

 

 とはいえ時間は限られている。他の案は特に出されなかったので、ここはかのんの提案に乗っ取って進めていくべきだと部長は判断した。

 

「ご、ごめん……! ずっと座ってたから足、痺れちゃって……」

 

「い、いえ! 大丈夫……です……よ……」

 

「唇、綺麗だね……あれ? もしかしてドキドキしてる?」

 

「へ? いや、その……」

 

「ん? 台本にない台詞デスy……」

「アドリブよ。黙って見てなさい」

 

「そ、そんなに顔赤くしやがって……こ、こっちまで照れちまうよ」

 

「……」

 

 それからまた時間が経過し、ようやく撮影が再開された……のだが、何やら雲行きが怪しくなってきた。かのんは空いた方の手で音羽の顎、頬、額を順番に撫で回し始めたのだ。

 

「もしかして欲しいのかい? 俺の貪るようなKissが。いいぜ、ならお望み通り捧げてやるよ」

 

「……」

 

「恥ずかしすぎて声も出せないってか? 一瞬で終わるから大丈夫だよ。俺が大人の男の味を手取り足取り……いや、この場合は口取りって言うのか? とにかく教えてやるから心配すんn……っておとちゃん!?」

 

「カーット!!」

 

 こうしてまたもや中断される撮影。今度は音羽が茹でだこのように真っ赤になりながら伸びてしまっていた。

 

「えぇ……」

 

「またこのパターンデスか……」

 

「かのんちゃん、カッコよすぎるのも良くないよ?」

 

「いやそんなこと言われても!! おとちゃん! おとちゃん! 大丈夫!?」

 

「んん……? はっ! かのんちゃん!? ちょ、あの……僕が耐性ないのも悪かったと思うけど……あれはちょっとやりすぎだよ……」

 

 かのんは勢いよく音羽を揺さぶる。すると幸いにもその甲斐があったのか、彼は時間を空けることなくすぐさま目を覚ました。

 

「そうなの!? アドリブってあんな感じだと思ったんだけど……」

 

「いや、本格的な撮影現場なら多分怒られてたわよ」

 

「それどころかキャラも完全に崩壊してました……大人しくて心優しい先輩はどこへ……」

 

「そんなぁ〜! ……いやでも、正直おとちゃんが気絶してくれて良かったかも。受けの表情が想像より……その、エッチすぎて私あのままだと本能のまま襲っちゃいそうだったから」

 

「あんた何言ってるの!?」

 

「ごめん、そこまで言われると寧ろ怖いよ……」

 

「先輩役、また交代だね。次は誰が行く?」

 

 かのんが行き過ぎたアドリブを連発し、暴走してしまわないようにと判断した千砂都は次のヒロイン役を募ってみる。

 

「すみれちゃんとか?」

「すみれでいいと思いマス」

「すみれさん、お願いします」

 

「なるほど。実は私もすみれちゃんがいいと思ってたんだ。決まりだね!」

 

「じゃあ私が……ってはぁ? なんで私なのよ」

 

「さっきから『本格的なショウビジネスが〜現場が〜』とか大口叩いてやがったからデス。このことからもわかる通り、恐らくすみれは『キスシーンなんて事ない』とでも考えていやがるのデショウ。ククはそう解釈しマシタ」

 

「あー、唯一のお芝居経験者だもんね」

 

「うん! きっといい演技を見せてくれるはずだよ!」

 

「すみれさんが唯一の希望です!」

 

 メンバー達から多く名が上がったのはすみれだった。プロの現場経験がある彼女なら適任だろうと誰もが判断したのだろう。

 

「……りよ」

 

「え? よく聞こえまセン。何言ってるデスか?」

 

「無理ったら無理よ!! 芝居の経験があるって言ってもエキストラだったから主演クラスの役なんてやったことないの!! 大体ここにはほぼ演技初心者しかいないのに甘々なラブストーリーを¥☆=○な&? ♡が$÷〒!!」

 

「す、すみれさん!?」

 

「なんて言ったの?」

 

「アラビア語で喋られてもわかりまセンよ!」

 

「アラビア語なんて喋ってないわよ!! とにかく私は無理!! 絶対に!!」

 

 ほぼ満場一致の指名と期待の声に耐えかねたすみれは顔を紅く染めつつ、勢いよく捲し立てるかのように全員からの推薦を拒否した。

 

「グソクムシでもダメなら……千砂都がヒロイン役やってみマスか?」

 

「ごめん可可ちゃん、私も無理だと思う。だってかのんちゃんに詰め寄られた時のおとくん、こんな表情してるんだよ?」

 

 可可からそう提案されるも、千砂都はやんわりと素早く断った。そんな彼女の手には、映画研究部の部員から借りたビデオカメラが。

 

 そしてそこに映る音羽の顔は……ひどく恍惚に満ちている。

 

「……我被射穿了。我觉得我不能正常行动」

 

「衝撃のあまり母国語になってますね……」

 

「あんたこそ何言ってんのかわかんないわよ……でもこれで改めて『無理だ』って思ったわ。ショウビジネスの世界を生きてきた私でもこの顔を見ながら演じるのは荷が重すぎるもの」

 

「あまり言わないでよ……恥ずかしいよ……」

 

 カメラに映るものを見ながらお手上げとだと声を揃えて言う『Liella!』の面々を見た音羽は、羞恥心で自分の顔を覆う。

 

 好調に見えた『おとれん物語』。それはまたもや思わぬ形で頓挫することになってしまった。

 

「どうすんのよ! 撮影してもボツの繰り返しで何も進んでないじゃない!」

 

「すみません……私が不甲斐ないばかりに……主演にもかかわらず台無しにしてしまいました……」

 

「そんな! それを言ったら僕だって、演技もアクションも全然できてなくて何度もリテイク受けちゃったし、もっと上手くやってたら時間もかからずに済んだのに……!」

 

「おとちゃん落ち着いて。タラレバを言っても時間が戻ってくる訳じゃないし……」

 

「そうだね。作品によって求められる演技の仕方も全然違うし、過ぎたことを悔やんでも仕方ないよ」

 

 あれから新たな作品の案も複数上がったが、制作前から細かな問題点が露呈し、最終的にはどれも流れてしまった。

 

 例えば時代劇や西部劇ならば、ロケ地も限られる上にアクションの面でも不安が残り、ホラーならば部活動紹介の場で流すのはそもそもあまり好まれない。映画を作る上で考慮しなければならない点があまりにも多すぎるのだ。

 

「部員達は『脚本はどうにかする!』って言ってたけど、正直かなり無謀じゃないかしら。これまでに断念した3作品も春先から他の部員達と書き溜めていたプロットをこの短期間で何とか脚本として完成させたものだ、って言ってたのよ」

 

「それに、これ以上『Liella!』の練習時間を削るのはちょっとまずいかも。期末試験の期間中は部活自体も禁止だし、冬になって完全下校までの時間も短くなっちゃったから……」

 

「あと予算もデスね。一部は節約の為に使い回してるみたいデスが、流石に全部そうする訳にはいきまセンし……衣装や小物も新作を作る度に新しいものを作らなければならないのでそこにもお金がかかってしまいマス」

 

 時間、費用、そして人手の不足……挙げ出せばキリがないが、制作において特に要とされる物事はどれも圧倒的に数が足りていない。前者2つに至ってはこれまでに撮影した3作で必要以上に消費してしまった為、慎重に考えなければまた浪費してしまうことになるのだ。

 

『君は、何も出来ない。何も出来やしない』

 

 地区予選の前に見た夢。その中で何者かに言われた言葉が音羽の脳内を何度も駆け巡る。夢ではなく、まるで現実で言われたのではないかと錯覚してしまうくらいはっきりと覚えているその言葉。それは初めて夢を見たあの日以来、まるで茨のように絡みついて離れなくなっていた。

 

 想像したくはないが、これは何かの予兆ではないだろうか。自分が『Liella!』と行動を共にしたところで何をやっても無駄なのではないか。考えれば考える程、音羽の思考は恐怖で黒く塗り潰されていく。

 

「……くん? おとくん?」

 

「っ!」

 

 肩を叩かれ、現実へと強引に引き戻される。視線を横へと移すと、千砂都が心配そうにこちらを覗き込んできた。

 

「ぼーっとしてたけど大丈夫? 疲れちゃった?」

 

「ごめん、何でもないよ。もしかして何か言おうとしてた?」

 

「うん。いっそのことこれまで撮った3作をぜーんぶ1つにまとめて超大作を作れたらいいのにな〜って話をしようとしてたんだ」

 

「おかしいったらおかしいわよ。あの3作、ジャンルも世界観も設定も何もかも違うじゃない。作品の個性が強すぎるから小学生でもクロスオーバーさせようなんて発想に至らないでしょ」

 

「だよねぇ……」

 

 千砂都は自身の願望を口へと出してみる。だがそれは現実的に考えてみても簡単には成し遂げられない、机上の空論なのには変わりなかった。

 

「全部1つに……いや、意外といいんじゃないかな。それ」

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

 そう、机上の空論に過ぎない筈だった。しかしそれを聞いた瞬間、音羽の中で1つのアイデアが頭へと浮かんだ。『本当にこれで大丈夫なのか』という不安が全く残らないと言えば嘘になるが、一か八か賭けてみるのも悪くないかもしれない。

 その上、撮影日には毎回欠かさずやっていた"あれ"も恐らく役に立つかもしれない。その想いは音羽をこれ以上ない程に奮い立たせていた。

 

「おとちゃん本気? 収拾つかなくなるんじゃ……」

 

「えっと、そうならないように頑張ってみる」

 

「何をするんデスか?」

 

「実は……」

 

 それから1週間。ホームルームが終了した後、音羽は部室……ではなく視聴覚室へと急ぎ足で走っていた。その手にはケースへと収められた白いディスクが。

 

「はぁ……はぁ……みんなもう着いてたんだ……」

 

 目的の場所へと到着し、少し乱雑に扉を開きながら中へと飛び込む。そこには自分以外の5人が全員、椅子へと座った状態で待機していた。

 

「音羽大丈夫デスか!? 物凄く勢いよく入ってきマシタが……」

 

「ちょ、ちょっと、息は……はぁ……切れて、るけど……大丈夫……怪我はして、ないよ……」

 

「ホッ、それなら何よりデス」

 

 可可は音羽を支えながら誘導し、水の入ったペットボトルを渡しつつゆっくりと近くの椅子へ座らせる。

 

「それで音羽くん、完成したって本当ですか?」

 

「……あ、うん! お昼に部長さんから受け取って……これ」

 

 音羽の手からすみれへとディスクが手渡される。千砂都は説明書を横目にプロジェクターを操作し、備え付けのパソコンへディスクを収納したすみれへと再生の合図を出した。

 

「よし、プロジェクターは準備完了! すみれちゃんお願い!」

 

「それじゃ早速、流すったら流すわよー」

 

 ーーー

 

『結ヶ丘高校 映画研究部』

 

 映像はそのテロップと共に始まった。その画面が5秒程続き、テロップが消えると画面は明るくなる。撮影風景が流れ出したのだ。

 

「千砂都の台詞、なんかちょっと言い回しが爽やかすぎない?」

 

「確かに……これだと悪役感があまりないかも」

 

「もっとねちっこく喋ってみてもいいかもデスね」

 

「ここ、僕達が先導する形になってるけど、かのんちゃんとくぅちゃんが目立たなくなっちゃうんじゃ……?」

 

「そうね。この作品での音羽と千砂都はサブキャラなのに主役より目立ってる感じがして違和感しかないわ」

 

「でもこの後は力を合わせて共闘するんだし、立場的には対等っぽいよね」

 

「対等なのかしら? 音羽達の方が強そうな気もするけど。まぁそれはともかく、このシーンではどちらも引き立たせるのが理想的なんじゃない?」

 

「そうですねぇ……じゃあここは4人並んでみましょうか。あと、嵐サンはこの台詞を言う時に澁谷サンに手を貸してあげてください」

 

「オッケー!」

 

 時に演じる自分達で意見を出し合いながら台本に変更を加えたり、時に部長から追加で動作についての指示を受けたり……

 

 他力本願で怠けようとする者、1人だけに全てを一任しようとする者はそこに誰1人として存在しない。これらの光景以外にも、映像にはそれぞれが作品をいいものにしようと努めるありのままの姿が映し出されていた。

 

 そもそもこの映像はいつ撮影されたのだろうか。それは『おとれん物語』のロケを終えて帰路に着くところまで再び遡る。

 

「実は……これ、見て欲しいんだけど」

 

 音羽がスクールバッグから取り出したのは、映画研究部で所有するカメラよりも一回り小さなビデオカメラ。運動会などの学校行事で家族が使用しているのをよく目にする、言わば一般家庭向けのモデルだ。

 

「ビデオカメラ? 映研から借りたの?」

 

「ううん、家から持ってきた物なんだ」

 

「家から持ってきた? じゃあもしかしてその細長いケースって……」

 

「カメラを固定する為の三脚だよ」

 

 そう言いながら音羽は背負っていたバッグからちらりと件の物を覗かせる。それを見た一同は『だから撮影の度にそんなに大きな荷物を抱えて現場に来ていたのか』と、納得したように頷くのだった。

 

 それを確認した音羽は次にビデオカメラの電源を点け、撮影履歴から適当に動画を見繕った後に再生ボタンを押した。

 

「撮影中の私達が映ってるね」

 

「アングルがちょっと違うね。あと、ちょっとだけ遠くから撮ってるような?」

 

「実は今日も含めたロケの日、『Liella!』の宣伝になるかもと思ってみんなの様子を撮ってたんだ。あ、僕が撮影でカメラを離れないといけない時は映研のみんなにも協力してもらったんだよ」

 

「そうだったんですね。全然気づきませんでした」

 

「けど、この映像をどうするつもりなの?」

 

「全部まとめて、テロップやナレーションを加えれば1つの映画になるんじゃないかって思ったんだ。ちょっと無茶言ってるかもしれないけど……どうかな?」

 

『Liella!』の宣伝、活動記録用に残していた映像が役に立つかもしれない。一縷の望みが見えたところで音羽は改めてそう提案するのだった。

 

「なるほどデス! ドキュメント映画ってヤツデスね! やってみる価値は十分にあると思いマス!」

 

「私もいいと思う! みんなはどう?」

 

「私もマルっ! 賛成だよ!」

 

「なーにが『無茶言ってるかも』よ。あんたが無茶言うのなんて今に始まったことじゃないでしょ? 異論はないわ」

 

「いい案だと思いますが、それだけでは少し物足りない気もするので、映画を作った上での率直な感想なども撮った方がいいのではないでしょうか? その方が見てくださる方々にも伝わりやすいと思います」

 

「そうだね。じゃあ恋ちゃんの意見も取り入れつつ、その方向性でやってみようか。まずは部長さんに連絡してみるね」

 

 音羽の提案に異を唱える者はいなかった。そこに恋の案も加えつつ、映画研究部と掛け合いながら作られた作品。それがこの映像なのだ。

 

 Q.映画制作を体験した感想を教えてください。

 

 澁谷かのんさん

「いざやってみたら想像以上に大変でしたね……けど、演じるのって凄く奥が深くて。もっと突き詰めたいって。色々演じてみたらのめり込んじゃいました!」

 

 唐可可さん

「楽しかったデス! またとない貴重な経験ができマシタ! 『Liella!』としてステージに立つ時とは違った緊張感で挑めたんじゃないかなって思いマス!」

 

 嵐千砂都さん

「私達は3作品! 制作に参加させてもらいました。みんなの演じてる役も、私の演じてる役もとっても素敵で個性的な子達が多くて……お芝居が好きな人はこの部活に入ったら沢山経験を積むことができて楽しいんじゃないかなって思います!」

 

 平安名すみれさん

「正直いいことばかりじゃなかったわね。時には仲間にちょっとキツいことも言ったり、脚本にも反発したりしたけど……こんな私の意見も『Liella!』のみんなや部員の子達は積極的に取り入れてくれて、本気でやれる環境だったと思います」

 

 葉月恋さん

「初めてお話を頂いた時、『スクールアイドルとは違った苦労があるのかも?』とぼんやり程度にしか考えていなかったんです。実際、制作費が足りなくて諦めざるを得ないこと、思い通りに役を演じられないこともありました。ですがその分だけ反省を重ねて、次の作品へと繋げていく……撮った数だけ、そんな過程も楽しめるんじゃないかと思います!」

 

 東音羽さん

「僕なんてアクションも演技もみんなみたいに上手くできなくって、リテイクも沢山受けちゃったんですけど……みんな途中で投げ出さず、最後まで向き合ってくれて。それが何よりも温かかった! 本当にありがとうって言いたいです!」

 

『時には思い通りにいかなかったり、ぶつかり合ったりすることもあります』

 

『ですが限られた予算・時間の中で全員が努力し、取り組み、そして作品が完成した時……その体験は非常に有意義なものだったと胸を張って言えるでしょう!』

 

『映画研究部では皆さんの入部を心待ちにしています』

 

 -Thank you watching!-

 Special Thanks:Liella! の皆様、東音羽さん

 

 ーーー

 

「ブラボー! 素晴らしい映像デシタ!! 感無量デス!!」

 

「編集も綺麗にまとまってて、流石部長さんだね!」

 

 メイキング映像の他に音羽達の感想も含め約10分。映像が終了し、可可と千砂都は真っ先に絶賛の声を上げた。

 

「私も出来はいいと思うけど、これって映画というより部活の紹介映像じゃない? 映画を作る部活なんだし、もっと本格的な映画を別で作った方が良かったんじゃないかしら。というかそもそも部長もこの映像だけで満足してるの?」

 

「こんないい雰囲気の中で水を差すようなことを言うなんて、これだから女王グソックムシは。タイニーブルーのアクア・シューティングスターで宇宙までブッ飛ばしマスよ?」

 

「臨戦態勢に入るんじゃないわよ! ってか女王グソックムシって言うな!」

 

「すみれさんの意見も一理ありますが、部活動紹介は単にパフォーマンスや作品を発表するだけでなく、舞台裏に密着して普段の活動内容を伝えるということも私は重要だと思います。『どのような雰囲気で、どのような活動をしているか』というのは部活動を決める上で大切な要素ですし」

 

「部長さんとアイデアを出し合いながら作ったからそこは大丈夫だよ」

 

 文化部が新入生歓迎会で発表を行う場合、口頭説明や演奏の発表だけで済まされてしまう傾向にある。音羽はそんな特徴にも目を向けていたらしく、部長へと案を持ちかける際に『活動内容ができるだけ詳しく伝わるような動画にしたい』と伝えていたそうだ。

 

「あ、あとそうだ、これも『みんなに読んで欲しい』って部長さんが」

 

『今回は協力してくださり本当にありがとうございました! 皆さんには頭が上がりません……m(*_ _)m

 どうにかして完成した作品を公開したいと意識するあまり、具体的な活動内容とかどんな雰囲気で活動してるのか〜とか、そういうのを伝えることを失念してました(´^ω^`;)』

『音羽サンから意見を聞きつつみんなで作った映像、いざ見返してみたら自分でも凄くよくできていて……映画というとちょっと違うかもだけど、私達にとってはそんなこと関係なく自信作です! なのでまずは『この映像を通じて映画製作の魅力を伝えつつ、多くの人に入部してもらうこと』と『部活への昇格』の2つを当面の目標に掲げて活動していきたいと思います!』

『あ、それともしかしたら音羽サンには今後もLiella! の皆さんと共に出演オファーを送らせていただくつもりでいるので、その時は是非ともキャストとして出演してくださいね! よろしくお願いします(`・ω・´)ゝ』

『P.S.書き忘れてましたが……このメッセージ、皆さんにも読んで欲しいので時間のある時にじっくり読んでください(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈⋆)』

 

 スマートフォンの画面には、音羽に向けて送られた部長からの長文メッセージが3件送られていた。それらは改行が少なく、ひたすらに詰め込もうとしたのか文字数も非常に多かったが、それだけ熱量を込めて送ってくれたのだろう。一同はやや苦笑しつつ、大切に読み進めるのだった。

 

「ふふっ、熱烈なメッセージを送ってくださったんですね」

 

「もしかしたら、映研のみんなが本来撮りたかったものとはだいぶかけ離れてしまったかもしれない。でもまずは最初の一歩。空回りもしたり、弱音を吐いたりすることもあったけど、その手伝いはできたんじゃないかって、僕は思いたい……かな」

 

「そうだね。この行動がどんな方向に向かうのかも、みんなの願いが叶うかどうかもまだわからないけど……私達がやってきたこと、無駄にはならないよね!」

 

「このメッセージを見てもまだ文句言いマスか? グソクムシ!」

 

「言う訳ないでしょ! 音羽と部長が満足してるなら私は構わないわ。あとグソクムシ言うな!」

 

「これは負けてられないなぁ……よし、東京大会に向けて私達『Liella!』も練習頑張ろう!」

 

 紆余曲折を経た末に作られた部活動紹介の映像。それが公開された後、どれほどの部員が入部を決めるのだろうか。同好会から部活動へと昇格できているのだろうか。オリジナルの作品を1から生み出すことができているのだろうか。まだ誰にも想像のつかない未来へ期待と思いを馳せつつ、音羽達は屋上へと駆け出した。

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