別冊星達のミュージアム 第2号   作:苗根杏

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20作目は、にわにわさんの作品です。
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FLIGHT with you

「おとちゃん、海を見に行かない?」

 

 誰もいない2人きりの部室で、澁谷かのんは音羽にそう言い放った。

 

「海? うん、いいよ!」

「本当? 嬉しい!」

 

 音羽としても断る理由はなく、即決であった。そんな音羽に、かのんが詰め寄る。

 

「……久しぶりのデートだね」

「デッ、デート!?」

「うっ、うん……デート、だよ?」

「かのんちゃんも赤くなってるよ!?」

 

 かのんの言葉に頬を朱に染めた音羽であったが、それと同じ様にかのんの顔も真っ赤になっていた。

 

「とっ、とにかく! 次のお休みで、海行くから! おとちゃん、よろしくね!」

「うん……わかった。楽しみにしてるね」

 

 そう約束を交わして、音羽とかのんは互いの席に戻る。丁度かのんが大きくガッツポーズをしたのだが、音羽は気づかないのであった。

 

 ***

 

 週末、約束の日の朝。音羽が身支度を終えた頃に、彼の家のインターホンが来客を告げた。

 

「はーい、かのんちゃん?」

『うんっ! おとちゃん、行こ?』

「わかった! 今行くね」

 

 荷物を持った音羽は玄関に向かい、扉を開ける。そこには、白いワンピースに麦わら帽子を被ったかのんが立っていた。

 

「じゃーん! どうかな、おとちゃん。似合ってる?」

「う、うん……すっごく、似合ってる」

「えへへっ。良かったぁ。こういう服、あんまり着ないから」

 

 くるり、とかのんはその場で一回転してみせる。フワリと広がるスカートに煽られ吹く風が、服越しに音羽の脚を撫でる。

 

「おとちゃんはもう準備出来てる?」

「うんっ。それじゃあ、行こっか。行ってきまーす」

 

 家の奥へと行ってきますを告げ、かのんと音羽は2人、夏の日差しが照りつける住宅街を歩き始めたのだった。

 

「ところで、かのんちゃんはなんで海に行きたいって思ったの?」

「んー。作詞のヒントになるような事がないかなって思って」

「僕も一緒でよかった? お邪魔しちゃわないかな……」

「うん! おとちゃんと一緒なら、いいフレーズが生まれるかもし。それに……久しぶりにおとちゃんと、2人でお出掛けしたいもんね」

「そっか……ありがとう、かのんちゃん」

 

 他愛もない会話を交わしながら、2人は駅まで歩く。

 

「そういえば、あの夏美ちゃんって子。最近色々Liella!の宣伝とかして貰ってるよね」

「うん。可可ちゃんに動画を見せて貰ってけど、再生回数も凄いんだぁ。あーあ。このままLiella!に入ってくれたらいいのに」

「ふふっ。そうすれば、もっと賑やかになるね」

「おとちゃんもそう思うよね!? 私も早く誘いたいんだけど、すみれちゃんが待ってって言うから……」

「すみれちゃんが? どうしてだろう」

「よくわかんない。でも、すみれちゃんはきっと色々考えていると思うし……あっ、おとちゃん。駅ついたよ」

 

 話している内に駅に到着した音羽達は、電車に乗り込み目的地へと向かう。途中何度か乗り換えを挟み、電車に揺られていると、次第に車窓から見える景色は緑色を帯びていく。そうして、2人は目的の駅へと到着した。野ざらしのホームに木造の駅舎。如何にもといった雰囲気の駅を、潮風が撫でる。ここからでも海の青が見える程に開けた景色が、音羽達を出迎えた。

 

「着いたー! こんなとこまで来たの、初めてだよ!」

「僕も! ん~、潮風が気持ちいいね!」

「ここから暫く歩くとね、灯台があるんだ。そこから海を見てみない?」

「うんっ。それじゃあ行こっか」

 

 人気のない駅を出発し、2人は緑の道を縫って灯台の方へと歩いて行く。大部分が木陰になっている事と木々の間を潮風が吹き抜けるのが相まって、道中かのんはやや小刻みに震えていた。

 

「かのんちゃん、大丈夫?」

「あ、あははぁ。涼しすぎるのも考え物だね」

「ちょっと待ってね……はいっ。海の近くは寒いだろうと思って、ジャージ持ってきてたんだけど。よかったらかのんちゃんが使って」

「えっ、いいの? おとちゃんのなのに」

「うん。かのんちゃんが寒がってるより、全然いいよ」

「そっか……じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 音羽から受け取ったジャージに、かのんは袖を通す。いつもとは違う柔軟剤の香りがかのんを包み込んだ。

 

「ふぅん……これが、おとちゃん家の香り……」

「ん、かのんちゃん何か言った?」

「な、なんでもないっ! ありがとうね、おとちゃん」

 

 風を凌げるようになって寒さが和らいだかのんは、幾分か足取り軽く、再び灯台への道を辿り始めた。音羽もそれに追従する形で歩みを進め、ものの数分で灯台の下へと辿り着いた。

 

「到着~っ! 流石に日向は暖かいね」

「ジャージ、もう大丈夫?」

「うんっ! 洗って返すから、このまま私が持っておくよ」

「そっか。それじゃあ、よろしくね」

 

 再びかのんの身を包む純白が露わになり、使用済みの音羽のジャージがかのんのカバンの中にしまわれる。

 

「それじゃ……昇ってみよっか、灯台!」

「うんっ!」

 

 ***

 

 灯台の展望台まで昇ったかのんと音羽は、腕を思いっきり広げて潮風を一心に受ける。夏の日差しも相まって、先程まで感じていた寒さではなく、寧ろ心地よさとでも言うべき感覚が2人の全身を駆け巡った。誰もいないその空間は、さながら2人だけの特等席。

 

「ん~っ! 風が気持ちいいね、おとちゃん!」

「うん、そうだね……それに、ほら。かのんちゃん、前見てみて」

「うわぁ、とってもいい景色!」

 

 かのんと音羽が2人の視界を埋め尽くすのは、空と海、二つの青とその境界線。かのんは、展望台の柵から僅かに身を乗り出し手を伸ばして、目を細める。

 

「かのんちゃん、いい詞は浮かびそう?」

「綺麗……なんだか、どこまでも飛んで行けちゃいそうだよ」

「かのんちゃん?」

「さっきみたいに、腕を広げたら……この風に乗って、あの空と海の向こうまで行けるのかな」

「僕は……僕は、かのんちゃんにここにいて欲しいよ」

「えっ?」

 

 音羽の言葉に、かのんは目を見開いて音羽の方を見据える。かのんは平素から、音羽に少なからず好意を抱いている。そんな音羽からの、束縛とも取れるような言葉だった。そんな音羽だが、かのんの驚きを受けてか、顔を朱に染めてわたわたと弁解し始めた。

 

「あ、えぇっと! か、かのんちゃんや皆にはずっと頑張っていて欲しいし、僕だってそれを応援してるよ!? でも……でも、僕を置いていっちゃうぐらいに皆が遠くに行ったら、少し寂しいかもって思っちゃって……ごめんね」

「おと、ちゃん……! ふふっ、もう!」

「ひょわっ……ちょ、かのんちゃん!?」

 

 音羽が驚いたのも無理はない。音羽の言葉を受けて、かのんは音羽の胸に飛び込んでいた。音羽のが発した一言一句が、心の奥底に染み渡る。嗚呼、私はどうしようもないぐらいにこの人が好きなんだと、かのんはそう感じていた。

 

「たとえ、私があの空の向こうに飛んでいくとしても……その時は、おとちゃんも一緒だから」

「う、うん……その、ありがとう」

「……もうっ! おとちゃん、どういう意味かわかってる?」

「え?」

「むーっ……やっぱり、おとちゃんなんて知らない!」

「そんなぁ! ぼ、僕何かしちゃった?」

「そーゆーとこ!」

 

 好意が爆発したかのんからプロポーズ紛いの言葉を受けても、流石は音羽。一丁前に女子に照れる割に、色恋に関しては自前の鈍感を発揮していた。頬を膨らませたかのんはこれ以上音羽に何を言ってもムダだと判断したのか、展望台の柵から降り、備え付けられていたベンチに腰をかけた。そしてかばんからペンとノートを取り出して何やら言葉を綴り始めたのだった。

 

「かのんちゃん……えぇっと、作詞?」

「ん」

「い、イエスって意味だよね?」

「ん」

「……お隣、座ってもいい?」

「ん」

「じゃ、じゃあ……失礼します……」

 

 何やら不機嫌なかのんを刺激しないように、音羽はかのんから30cm程離れた場所に腰掛けた。だがしかし、かのんが音羽に近寄った事によって、すぐその30cmはないものとなってしまった。かのんは音羽に身を預けながら、ノートにペンを走らせる。

 

「か、かのんちゃん……?」

「ん」

「その……さっきはごめんね」

「……ん」

「かのんちゃんが言いたいこと、僕はまだよくわかんないけど……いつか、わかるように頑張るから」

「ん~……ホント?」

「ほ、本当だよっ」

「……言質取ったからね」

 

 かのんの言質、というのが何か音羽は理解できなかったが、それは言わぬが花であろう。音羽は黙って、かのんの作詞を見守る事にしたのだった。

 

 ***

 

「ふぅ……ま、こんな感じかな!」

 

 数時間後、潮風に揺られながら綴られた言葉はノートの見開き一ページを埋め尽くしていた。

 

「おとちゃん、書き上がったよ」

「本当? どれどれ……ふふっ、凄く素敵な歌詞だね」

「ありがとっ。おとちゃんが隣にいてくれたおかげ」

「僕は何もしてないと思うけど……」

「おかげだよっ。おとちゃんが隣にいると……凄く安心するんだ」

 

 かのんは再び、音羽の腕を取り身をすり寄せる。そんなかのんに、音羽は再び頬を朱に染めた。

 

「ん、くすぐったいよぉ……」

「おとちゃんが、私達と出会ってくれてよかった」

「かのんちゃん?」

「おとちゃんがいるからね、私達はいつも頑張れてるんだよ。だから、これからも私達はずっとずっと一緒。一緒にあの空の向こうまで、飛んでいこうね」

「……うん、わかった。僕もかのんちゃん達と一緒に行けるように、頑張るよ」

 

 音羽の目に、迷いはなかった。かのんの言葉を飲み込み、自分なりに今かのんにかけられる最上の答えを返したのだった。

 

「ふふっ、ありがとう。でも、その内……その時が来たら、ちゃんと私だけを見て欲しいな」

「え、えぇっと……僕はいつもかのんちゃんの事見てるけど……」

「ん~っ……やっぱり、おとちゃんには早過ぎるか」

「早過ぎるって……?」

「なんでもなーい。ま、それもそれでおとちゃんらしいか」

「えっ、あのっ、かのんちゃん?」

「……帰ろ、おとちゃん」

 

 音羽から離れたかのんは、くるりと振り返って音羽に告げる。

 

「ほら、早く来ないと置いて行っちゃうよ~だ!」

「あ、かのんちゃん! 待ってぇ~!」

 

 ***

 

「かのんかのん。この曲、みんなで歌う曲じゃないんデスか?」

「ん~、なんて言うかみんなで歌うにはって感じの曲なんだよね。だから、これは私の歌。今おとちゃんにもそう言って作って貰ってるんだ」

「えぇ、かのんちゃんだけズルい! 私も今度おとくんに作って貰お、ま~んまるな曲!」

「そうね。音羽に頼んで私に相応しい、ギャラクシーな曲を作って貰わないと!」

「ということは、各々音羽くんに作って貰う曲を作詞するという事でしょうか?」

「ひぇ、作詞だぁ~? 私にも出来るかな……」

「メイが書く歌、私も聞いてみたい。私も、おとちゃんと一緒に過ごした時間を歌にしてみる」

「きな子もソロ曲、歌ってみたいっす!」

「それで、かのん先輩。これの曲名は、一体なんなんですの?」

「ふふっ、それはねぇ……」

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