どこまでも、どこまでも青い空。
少し暑さを感じる程に輝く太陽。
爽やかな風が吹き抜ける通りを、1人の少女が駆けていく。
鮮やかなオレンジの髪を靡かせる少女……澁谷かのんは、視界に何かを捉えたかと思うと手を振って前方に呼びかけた。
「おーい! おとちゃーん!」
周りに配慮してか、声量こそ控えめながらもはっきりと透き通る声。
その声に一際強く反応する人影がひとつ。
「あっ! かのんちゃんっ!」
少し明るい茶髪を靡かせる少年……東音羽は、かのんの姿を認識すると、優しく微笑んでゆっくりと歩み始めた。
お互いを認識した少年少女は、笑顔を交わしながら近づいていく。
「ごめんね、おとちゃんっ。待たせちゃって……」
「全然待ってないよ、大丈夫。急がせちゃってごめんね……」
「大丈夫だって! その、おとちゃんに早く会いたくて急いで来たのもあるし……」
「っえっ……!? え、えっと……その、僕も同じ理由で、早く来ちゃって……」
「ふえっ!? そ、そうなのっ!?」
「……うんっ」
お互いの想いが一致した嬉しさよりも自らの発言に対する気恥ずかしさが上回ってしまったのか、顔をほんのり赤らめながらどちらともなく目をそらす2人。
程なくして再び目を合わせると、今度は何とはなしにおかしさが込み上げてきて、どちらからともなく笑い合った。
「ここまで一緒だと、何だか……」
「ふふっ、不思議だね……でも、何だか嬉しい……」
「そうだね、ふふっ……そろそろ、行く?」
「うん、行こっ!」
かのんから優しく伸ばされた手を音羽が優しく取る。
お互い笑顔を向け合いながら、一時の冒険へと出発するのであった。
「わぁ……! マンマルちゃんみたいな子が、いっぱい……!」
「ここ、ずっとおとちゃんと来たかったんだよね! ほーらおいでっ!」
渋谷の小さなビルの3階、小さな踊り場の先にある穴場のフクロウカフェを訪れた2人。
多種多様なフクロウ達に目を輝かせる音羽を横目にかのんが嬉しそうに片腕を挙げると、少し上の止まり木から颯爽と一匹のコノハズクが舞い降りて来た。凛々しい目付きをした彼はどうやらかのんに懐いているようで、撫でる手を心地よさそうに受け入れている。
常日頃からフクロウと接しているかのんの側だと安心するのか、一向に離れようとしない彼を音羽は微笑ましそうに見つめていた。
ふと、コノハズクが音羽に振り向き、じっと彼を見つめ始めた。普段は見慣れない人物だからか、次第に眼力を強め始める。
「あ、あぅ……その、ごめんなさい……」
「あはは……大丈夫だよ。おとちゃんは悪い人じゃないから、睨まないであげて?」
「ホーゥ……」
そう低く鳴くと、彼は大きく翼を広げ……
「わあっ!?」
「おとちゃ……! って、あ、あれっ?」
「んぅ……ほっぺが、ふわふわする……」
颯爽と音羽の肩に飛び乗った。
突然の光景に思考を処理できずフリーズする2人を尻目に、コノハズクは良い止まり木を見つけたと言わんばかりに目を細めてリラックスしている。
「あ、あぅぅ……かのんちゃん、ど、どうしよう……」
「……おとちゃん、そのまま動かないでね」
「え、えっ……?」
落ち着いた様子のコノハズクに遅れて、沈黙から復帰した2人。
突然肩に乗られて困惑する音羽とは対照的に、真剣な顔をしてスマホを構えるかのんに音羽の表情はますます困惑の色に染まる。
パシャリ、とシャッターの音が響けば、かのんの持つスマホの画面には困り顔の音羽と和んだ様子のコノハズクが共に映り込む。
「か、かのんちゃん、今……」
「あははっ、何だか面白い光景だから撮っちゃった。次、ピースしてみて!」
「ええっ……うぅ、こう、かな……?」
音羽が一旦体制を整え、ぎこちなく顔の横でピースサインを取ると、すぐにシャッター音が響く。
不動のコノハズクと表情豊かな音羽。その対比がかのんのツボに入ったのか、シャッターを切り続ける彼女は笑顔を絶やさないままだ。
音羽の表情は羞恥と困惑で赤く染まっていくばかりだが、構わず撮り続けるかのん。
「ちぃちゃん、可可ちゃん。私、2人の気持ちが分かった気がするよ……!」
「も、もうやめてぇ、許してぇ……」
その撮影会は、十数分に渡り続いたとか。
「さ、さっきはごめんね、おとちゃん。つい夢中になっちゃって……」
「大丈夫だよ、痛くなかったし。かのんちゃんが楽しんでくれたなら、僕は嬉しいから……」
かのんがお詫びと称して買った2人分の温州みかんクレープ。
その片割れを小さく頬張りながら、申し訳無さそうな顔をするかのんに少し控えめな返答をする音羽。
いきなり自らの身に起きた思いがけないアクシデントを面白半分に何十枚にも渡り写真に記録されるという、常人であれば激怒してもおかしくないような経験をしたにも関わらず、かのんに全く怒りの感情を向けていないのは、音羽の底抜けの優しさとかのんへの信頼故であろう。
「次はどこに行こっか?」
「そうだなぁ……今回はおとちゃんをフクロウカフェに連れて行きたくて誘ったから、この後の事はあんまり考えてなくて……」
「そっかぁ……近くのお店とか、入ってみる?」
「だね。とりあえずそうしよっか……ん?」
「かのんちゃん、どうしたのっ?」
「おとちゃん、あれ……」
「ピアノ……?」
突然行き止まりにでも突き当たったかのようにピタリと足を止めたかのん。
不思議に思った音羽がその視線の先に合わせるように見つめた先には、1台のピアノが鎮座していた。
色とりどりの鮮やかな花々で飾り付けられた台座に乗ったそれは、まるでオシャレでもするかのように天板にも花が乗せられ、鍵盤は虹の階段のように一つ一つ違う色で彩られている。
いわゆるストリートピアノと言われるそれは、様々な色で溢れる街の中でも一際目立つ色彩を放ってその存在を主張していた。
「綺麗なピアノだねぇ……」
「そうだね……あっ、そうだ! おとちゃん、来て!」
「わっ、ちょ……かのんちゃんっ!?」
目を子供のようにキラキラとさせながらピアノを見つめる音羽の様子を見て、かのんの脳裏に一つの案が浮かぶ。
早速その案を実行すべく、音羽の手を取り駆け出した。
目指すは眼前のピアノ。突然の行動に困惑する音羽を尻目に、駆ける足は止まらない。
「はぁっ、はぁ……ふぅっ……かのん、ちゃん……?」
「あっ……ご、ごめんね、おとちゃん? つい……」
「どう、したの……? いきなり、ピアノの前に来て……」
あっという間にピアノに辿り着いた2人。
急に走り出したからか、呼吸が乱れ気味のまま問いかける音羽の様子を伺いながら、かのんはピアノの椅子をそっと引いた。
「おとちゃん。私、歌いたくなっちゃった!」
「歌……」
「おとちゃんのピアノに合わせて歌いたいの! いいかな……?」
「うんっ……もちろん! かのんちゃんの為に、頑張るねっ!」
「ありがとっ! まだ息も乱れてるだろうし、準備できたら教えて……って、あっ! 楽譜……どうしよう……」
ピアノはあっても、肝心の楽譜は無い。屋外に置かれている関係か、備え付けの楽譜も無い様子だった。
その事実に気づき慌てるかのんの横で、小さく物音が響く。
「おと、ちゃん……?」
「かのんちゃん、大丈夫だよ」
椅子に腰掛けた音羽が優しく微笑む。
しかしその表情とは裏腹に、目に宿る光は真剣そのもの。
その目を見たかのんは、彼が何を成そうとしているのかを理解し、静かに耳打ちをする。
一通り聞き終えた音羽が静かに首肯し、それぞれの立ち位置に着く。
音羽が右手の五指を軽く鳴らして鍵盤に手を添え、かのんが胸に手を当て、深呼吸をひとつ。
先んじて奏でられた音羽の音色にかのんが声を重ねた瞬間。
世界に、「歌」が響き渡った。
音羽の奏でる旋律は、広がる青空のように雄大に、かつ圧倒的な音の「力」を以て周りの空気すら巻き込み、世界を塗り替えていく。
その旋律の上を駆けるかのように、かのんの歌声が伸びやかに響く。
まるで音羽の旋律の上で舞い踊るかのように、高らかに、声が響いていく。
お互いがお互いの旋律を引き立てあい、更なる音が生まれる。
通りかかった人々は思わず足を止め、その音の根源たる2人に目線を集中させた。
ある者は驚愕し、またある者は感動する。
それぞれ違う表情を見せながら、皆一様に2人の奏でる旋律に聴き入っていた。
お互いの音色を重ね合わせ、歌を作り出していく音羽とかのん。
その中で、音羽はかのんの歌声を「色」としてはっきりと認識していた。
澄み渡るような青と、鮮やかなオレンジ。その2色に包まれながら、音羽は自分の胸の中で膨らんでいく気持ちを自覚していく。
楽しい、好き、綺麗、心地いい。
いくら言葉を並べても形容しきれないほど、かのんの歌声は音羽にとって心地良いものであった。
しかし、そうして高揚する気持ちを音羽は強く自制する。
今は、かのんの為に音を奏でている。
自分を信じて任せてくれている彼女の為にも、失敗してはならない。
その責任を忘れないためにも、音羽は目の前の鍵盤に意識を集中するのであった。
かのんもまた、音羽の音色に包まれながら歌えている事に、強い喜びを覚えていた。
互いに背中合わせで姿が見えなくとも、彼の存在を、近くで感じられる。
大好きな歌が、もっと大好きになれる。音羽となら、もっと遠くまで歌を響かせられる。
高らかに歌い上げる中で、そうかのんは確信していた。
お互いがお互いを信じ、通じ合う。
2人の奏でる旋律は最後の一秒までその勢いを衰えさせる事無く、終演を迎えた。
曲が終わり、再び世界が元の姿に戻る。
人々はしばらく余韻に浸った後、溢れんばかりの拍手と喝采を2人に捧げた。
一呼吸おいて前を向いたかのんは、そのあまりの人数に思わず驚愕する。
それは、演奏を終えてかのんの隣にやって来た音羽にとっても同じであった様で、二人してその質量に圧倒されながらも、自分達の歌を聴いてくれた人々への感謝を表すため、姿勢を正し、2人して深く頭を下げた。
「「ありがとうございました!」」
「はぁ~っ! 楽しかったーっ!」
「すごい人の数だったね……まさかあんなに沢山の人が聴いてくれるなんて……」
空が青から紅に染まり、太陽が沈み始めた夕暮れ。
それぞれの家族へのお土産を手に提げた2人は、並んで帰路に着いていた。
「ふふっ、皆おとちゃんのピアノに聞き入ってたんだよ!」
「そうかな……? 僕は、かのんちゃんの歌声が素敵だからみんな聴いてくれてると思ったけれど……」
「そんなことないよ! おとちゃんのピアノ、素敵だったよ!」
「かのんちゃんの歌声の方が……!」
「おとちゃんの方が!」
「かのんちゃんの方が!」
「おとちゃん……って、これじゃ永遠に決着つかないね。ふふっ」
「確かに……そうだね。ふふっ、ふふふっ……」
お互いを賞賛し合う堂々巡りの中で、どちらともなく可笑しくなって、笑い合う。
そうしてお互い見合って、微笑み合って。
「かのんちゃん。僕、皆と作る音楽が、好き。大好き。皆の音色に包まれてる時が、1番幸せって思えるんだ」
「私も同じだよ、おとちゃん。私も、皆と作っていく歌が大好き。もっともっと……歌を、響かせたい! でも……」
「かのんちゃん……?」
語尾に含みを持たせるようなかのんの声色に疑問を覚え、首を傾げる音羽。
そんな彼の様子を笑顔で見つめながら、かのんは静かに音羽の両手を握り、指を絡めて握る。
「か、かのんちゃ……」
「おとちゃんの作る音色は……もっともーっと、大好きっ!」
「っ……!!」
突然の言葉に、目を見開く音羽。
その笑顔に偽りは無く、あまりの眩しさに目が眩んでしまいそうになる。
音羽の表情を見たかのんもまた、自分自身の言葉を思い返し、あまりの気恥ずかしさに顔を赤くしていく。
そうしてしばらくの沈黙が続き、かのんが手を解こうとしたその時、音羽がゆっくりと手を握り返した。
「ぼ、僕も……かのんちゃんの歌声が、すごく、すっごく……大好き、だよ……!」
「おとちゃんっ……!!」
「わっ……」
抑えきれなくなった感情を表すかのように、音羽に勢いよく抱き着くかのん。
よろけそうにながらも彼女の身体をしっかりと受け止めた音羽は、少し恥ずかしそうに微笑むと、ゆっくりとかのんの体を抱きしめ返す。
そうして暫く抱きしめあって、ゆっくりと体を離す。
お互い見つめあって、微笑んで。
「手、繋ぐ?」
「うん……!」
同じタイミングで、お互いの手を握りあって。
再び、2人は帰路に着いた。
空はすっかり黒に染まり、輝く星の中で、寄り添うように、2つの星がいっそう強く輝いていた。
おとかの(ご挨拶)
どうも皆様。旧自然派アークこと、再来アークでございます。
今回もご縁がありまして、再び星達のオーケストラの三次合同に寄稿させて頂けることに成りました。本当にありがとうございます。
個人的に音羽くんとかのんちゃん、この2人の組み合わせが持つイメージが「青春」という事で、晴れ空が綺麗な初夏の季節を舞台に、2人のちょっと特別な休日を青春感満載で書き上げられたかなぁと思います。
後半のデュエットシーンでは、音羽くんとかのんちゃんが、お互いの生み出す「音」についてどう思っているかを独自解釈を交えながら書かせて頂きました。
互いを信頼しながらも、音楽に深く関わっていたからこそ、相手の生み出す音が、声が、どれほどの凄まじい力を秘めているかを分かっていて。
だからこそ、安心して背中を預けられる。安心して、音を重ね合わせることが出来る。
この人となら、どこまでも高く、高く、歌を、声を響かせられる。
おとちゃんとなら。
かのんちゃんとなら。
お互いの音を信頼し、尊敬し、何より互いの奏でる音が大好きな2人ならではのデュエットが表現出来たかなと思います。
でも……真面目な話をしといて何ですが、個人的にはですね。音羽くんのかっこいい所と可愛い所を存分に書けたんで大満足ですね、やっぱ。
音羽くんは可愛い生き物なので……。
最後に、星達のオーケストラ原作者の龍也さん、及び企画の共同立案をしてくださった苗根杏さん、共に作品を制作した皆様、本当にありがとうございました。