別冊星達のミュージアム 第2号   作:苗根杏

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7作目は、シトネさんの作品です。
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影を落とす、二律背反。

 昔から、上を見上げて羨むことしか出来なかった。

 

 必死になって掴もうとした栄光は、いつも必ず違う誰かのものになる。スポットライトに照らされ、舞台の上で煌めきを放つ誰かの姿を見て、幾度も悔しさを噛み締めた。

 

 誰よりも、練習をした。

 誰よりも、知識をつけた。

 誰よりも、努力をした。

 

 だけど、いつも選ばれるのは私じゃない。

 それが、平安名すみれという人間の人生だった。

 

 幼い頃から子役として、ショー・ビジネスの世界で生きてきた。

 最初は、脇役であろうと自分が"何か"を為せていることが嬉しかった。自分という存在を、誰かに魅せる。それがとても楽しかった。

 しかし人間というのは実に強欲なもので、どれだけ大きな幸福であろうとそれが当たり前になってしまえば次第にそのありがたみを忘れていってしまうものだ。当然、脇役では満足できなくなって、より上を目指すようになった。

 

 "主役"という名のスポットライトに照らされた人の姿は、画面や写真を通して見るものよりも美しかった。

 主役と脇役の何が違うかと問われれば、迷いなく『才能や魅力の有無』であると答えるだろう。あの人たちはそれを持っていて、だから注目される。

 自分の中にある才能は何だろうと、必死に悩んだ。だけど、その答えが浮かぶことは無かった。

 だから、"努力"をした。

 

『一念天に通ず』という言葉がある。物事を成し遂げるために努力をすれば、それは天に通じて必ず成功する、という意味だ。

 ショー・ビジネス──つまり芸能界という世界において、下積みというのは非常に大切だ。どんな大物であろうとそこへ至るまでの道筋があり、そこには血の滲む程の努力がある。いわゆる一発屋と呼ばれるタイプの人だって、その一発のために努力をしているのだ。

 今はダメでも、明日は。

 明日がダメでも、明後日は。

 そうやって諦めずに努力を続ければ、少しずつだが仕事が増えるようになった。相変わらず脇役ばかりではあるが、それでも前に進めている。その喜びを新たな力に、更なる努力に励んだ。

 

 その頃からだろうか。同年代の子役が徐々に注目を浴び始めたのは。

 それまですみれと同じように脇役でしかなかった人たちが、少しずつ変わっていった。

 自分もそれに続くのだろう、と思えるほどにすみれは楽観的では無い。取り残されていっているという自覚が、余計に自らを焦らせた。

 仕事の数自体は、相変わらず増えていた。しかし、それもやはり脇役ばかりで──しかも同年代の子役の引き立て役のようなものだった。

 

 すみれも馬鹿では無い。その頃にはもう、自分よりも周りの人間の方が優れているということに気付いていた。だが、受け入れられなかった。受け入れられるはずがない。

 しかし現実は非情で、平安名 すみれという人間にスポットライトが当たることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子役を辞めてしばらくしたある日に、ちょっとした気まぐれで訪れた、都内のこども歌唱コンクール。日本の中でもトップクラスに大きな規模で行われているものらしく、かなり大きなコンサートホールで、界隈の重鎮が審査員として招かれていた。

 

(……所詮こんなものね)

 

 確かに、このステージで歌っている若き音楽家たちの歌は上手い。しかしそれは"子供にしては"というものであって、やはりプロのものと比べれば劣る。すみれの主観的な感想ではあるが、ここまでの出場者の中で将来的に大物になりそうな人はいなかった。

 もちろん、音楽に関しては素人同然の者の意見であるからそれが正しいわけではない。しかし、そんな素人同然の者でも分かるほどの才能を持った人間──すみれの目指した存在のような者は、やはりいないのだ。

 

(……最低ね、わたし)

 

 そんなことを考えて、安心感のようなものを感じてしまっている自分がいることに気付いて、自分自身を激しく嫌悪した。あの舞台にいる人たちは、自分と同じだと──そう思ってしまったことが、本当に気持ち悪かった。

 

(もう帰ろうかしら……)

 

 これ以上ここに居ても惨めなだけだと思い、立ち上がろうとする瞬間。

 一人の少年が、舞台袖から現れた。

 自信なさげな様子の、茶髪の少年。

 彼から、目が離せなくなった。彼には、他の出場者には無かったオーラがある。他の誰にもない、彼だけの才能を持っている。

 

「あの子……」

 

 目が離せなかった。

 歌声が耳に届くたび、首筋がゾクリと震える程の衝撃が走る。実力が周りと比べて飛び抜けている訳ではない。

 その使い方が上手いのだ。どう歌えば、どう表現すれば相手に伝えられるのか。すみれが散々悩んだそれを、当たり前のように最適解を選んで行なっている。

 追いつけない、と思った。どれだけ努力を積もうと、彼に追いつくことは不可能だと感じた。

 彼はすみれが求め、それでも得られなかった才能を持っている。そして、すみれを超えるほどの努力をしているのだろう。だから、あそこまで観客を魅了できる。

 

「東……音羽…………」

 

 それが初めて、すみれが敗北を確信した相手の名前であり──追い求めていた夢は叶わないのだろうと、挫折を味わった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「────サイアク。今さらこんなこと思い出すなんて」

 

 薄暗い部屋のベッドの上で、すみれは独りごちる。

 やけにリアルで、精神を逆撫するような夢だった。思い出したくない、思い出しても辛いだけの記憶だった。それが増してや、"彼"の記憶なのだ。

 いつの間にか、すみれの中でとても大きな存在になっていた東 音羽という少年。彼を想う程に胸に溢れてくる、暖かい感情と冷たい感情。

 

 音羽に自分という存在を見せつけたい、見て欲しい。

 

 自分に無い物を持っている音羽という人間が憎い。

 

 その二律背反はいつまでもすみれを苦しめる。

 本当は誰よりも凄くて、どんなことだって出来るほどの可能性を持っている音羽という友が、誇らしかった。しかし、今はそんな音羽への怒りも湧き出てくる。

 

「音羽の凄さ、ね…………」

 

 そんなものを語る資格は、もう無いだろう。彼が何よりも恐れていた、彼自身の存在を否定する言葉を、自ら進んで吐き捨てたのだから。

 あの頃から、東 音羽という人間はずば抜けた能力を持っていた。一時は挫折を味わい、その才能の片鱗すらも見えないほどに打ちひしがれていた時もあったが、それでも彼は再び立ち上がった。

 それは、すみれには出来なかったことだ。

 夢を諦めたわけじゃない。ずっと小さな悪あがきを続けて、本心では来るはずないと思っているスカウトを待ち続けた。

 そして、ようやく掴めたスクールアイドルというチャンス。しかしそれすらも、すみれは自らの手で捨て去ろうとすらした。

 

「私は結局、何がしたかったのよ…………」

 

 零した言葉は、雨音に掻き乱され消えていく。それが、誰かへと──音羽へと届くことは決してない。

 机の上に置かれた、音羽の忘れたペンケース。

 音羽のことが嫌いで、二度と会いたくも無いはずなのに。部室に忘れていたペンケースを、いつものように届けようと手にとってしまっていた。

 あれ程までの激情に駆られていたはずなのに。今はただ、もう一度音羽に会いたいと、そう思ってしまっている自分がいることに気付いて、すみれは自分自身がもっと嫌いになった。




 本作品を読んでいただいた皆様、はじめまして。創刊号ぶりの方はお久しぶりです。おとれん推しのシトネです。もう一度言いますがおとれん推しです。 創刊号に掲載していただいた作品に引き続き、今年もおとすみになってしまいました。なんででしょうね?
 さて、今回の作品は本編 57 話と 58 話の間の時系列として書かせていただきました。星達のオーケストラ(以下星トラ)という作品の平安名すみれというキャラクターがどんな子なのかと考えてみて、私は原作以上に『挫折を味わった子』という印象を受けました。この作品はすみれちゃんのそんな一面をフューチャーしました。後は、もしも恋ちゃん以外のキャラクターに本編以前で音羽くんとの繋がりがあったとしたら、という私の妄想をひと加えして、本作品の完成です。 読んでいる皆様はおそらく私よりもよっぽど星トラに詳しい方々で、解釈違いも甚だしいと思われるかもしれませんが、ともかく私の解釈はこれなのでつべこべ言わず受け入れてください。
 最後になりましたが、原作者及びこの企画を行ってくださったの龍也様、同じくこの企画を行ってくださった苗根杏様、共に三次創作を制作した皆様、ありがとうございました。
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